著者
大釜 敏正 池上 文雄 野田 勝二 寺内 文雄
出版者
千葉大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

多様な香りを有するバラの香りは、どのようなイメージ空間で捉えられていて、生理学的及び生化学的にどのような影響を及ぼすのか、について検討した。得られた概要は以下のとおりである。1.イメージ構造の検討には、セマンティック・デファレンシヤル法を用いた。評価尺度は、既往の文献及びパーヒューマーの助言をもとに、両極15対及び単極2対を選定した。現代バラ6種の香りについて官能検査を行い、因子分析を行ったところ3因子が抽出された。それらは、「総合的な評価」、「質」及び「強さ」を表していて、ニオイのもつ性質とほぼ対応する。男女間で評価に違いがみられたのはダマスク系の香りで、ティーの香りにはほとんど差はなかった。単複尺度を含めて男女とも評価が高かったのはブルーの香りであった。2.自転車エルゴメータを用いた運動負荷から生じるストレスに及ぼすバラ(ブルー)の香りの影響を唾液中のアミラーゼ活性を指標として調べた。香りは運動負荷を取り除いた直後に与えた。運動経験の豊富な被験者群における運動負荷後のストレスは、運動経験の少ない群よりも小さく、バラツキも少なく、バラの香りを与えた場合には、時間とともに減少し、安静時の値よりも小さくなる傾向がわずかではあるがみられた。3.バラの香りの有無が精神的なストレスに及ぼす影響を調べるため、計算課題を与え、作業終了直後の脳波及び心電図の計測を行った。また、快適感、集中度、疲労感、緊張感に関する主観評価も行った。バラの香りを与えた場合は、ブルーおよびダマスク系のいずれの香りもα波帯域の比率が有意に減少し、β波帯域の比率が増加した。心拍数には香りの有無による影響は認められなかった。また、主観評価では、緊張感に有意な差がみられ、ブルーの香りは緊張感を減少し、ダマスク系の香りは増加した。
著者
池原 瑞樹 山田 耕三 斉藤 春洋 尾下 文浩 野田 和正 荒井 宏雅 伊藤 宏之 中山 治彦 密田 亜希 亀田 陽一
出版者
特定非営利活動法人 日本肺癌学会
雑誌
肺癌 (ISSN:03869628)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, pp.231-236, 2001-06-20 (Released:2011-08-10)
参考文献数
12
被引用文献数
2 2

造影CT画像と単純GT画像におけるCT値の差によって, 肺野微小病変の質的診断を試みた報告はある. しかし造影thin-section CT (以下造影TS-CTと略す) 画像のみでのCT値の解析でその質的診断を試みた報告は少ない. 今回, CT画像上充実型を呈する肺野末梢微小病変を対象として, CT画像による質的診断を目的に造影TS-CT画像におけるCT値の解析を行った. 対象は, 最近3年間に当施設で切除された20mm以下の肺野微小病変47例である. 組織型は原発性肺癌が23例, 転移性肺腫瘍が6例であり, 非癌性病変は18例であった. CT画像は造影剤35mlを経静脈的に0.8ml/秒の速度で注入を開始し, その50秒後の画像である. CT値は病変内に真円に最も近い最小のROIを作成し, 病変の中心部と大動脈中心部の平均CT値を測定した. 結果は, 原発性肺癌では非癌性病変に比べて “病変部のmean CT値” および “病変部のmean CT値と大動脈のmean CT値の比” のいずれも高値を示し, 有意差を認めた. 以上より, 造影TS-CT画像でのCT値の計測は, 充実型を呈する肺野微小病変の質的診断に寄与する可能性が示唆された.
著者
片山 直美 山口 貴代 大島 加奈子 小野田 さつき 古山 直美 冨永 美知穂 田中 理恵 瀬古 友美 住田 実穂
出版者
Japanese Society of Taste Technology
雑誌
美味技術研究会誌 (ISSN:13481282)
巻号頁・発行日
vol.2007, no.9, pp.39-47, 2007

2015年には団塊の世代がすべて65歳を超えて4人に1人が高齢者という, 文字通りの超高齢社会を迎えるわが国において, 加齢に伴う身体機能の低下のため, 栄養不足や誤嚥性肺炎などの原因となる嚥下機能低下による摂食障害は大きな問題として取り上げられることが推測される。そこで本研究は現在市販されている嚥下食品に対して, 「見た目」や「香り」などの主観的な要素と「飲み込みやすさ」などの客観的な要素を取り入れて評価を行うことで, より良い嚥下食の開発に役立てることを目的とした。被験者として健康成人16名(20.4±0.51才, 女性:名古屋女子大学家政学部食物栄養学科学生)を用いて, 嚥下食品(全176品目)に対して評価した。方法は, 被験者に「見た目」「味」「香り」「のど越し」「舌触り」に対してそれぞれの食品を食べた後, 10段階評価を行なわせた。結果, 冷たくてのど越しの良い「ゼリー類」に高い評価が下された。また「煮こごり」「カレー」「シチュー」など香辛料を用いたさまざまな食品が選ばれ, 香りや見た目に違和感のない食品に対する評価が高かった。今後, 作成される嚥下食において「香り」と「見た目」の一致は重要で, さらに「香辛料」を用いて食欲をそそる調理方法が必要である。また盛り付けに対する配慮が必要である。
著者
野田 浩資
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究
巻号頁・発行日
no.12, pp.57-71, 2006-10-31
被引用文献数
2

「京都」は1994年に世界文化遺産に登録された。本稿は,1990年代後半以降の京都市の景観問題,歴史的環境保全の軌跡を,「伝統の消費」という観点から論じる試みである。具体的には,「町家保全」と「まちなか観光」の動きを追跡することとなる。前稿(野田,2000)では,主に1990年代半ばまでを扱い,<京都らしさ>を求める「外からのまなざし/内からのまなざしの交錯」が,都市計画と景観保全に制度化されたことを指摘した。本稿では,歴史都市・京都をとりあげることによって,世界遺産という「外からのまなざし」によって,「古都という名称のテーマパーク化」が進行しつつあるという,悲観的な診断をもとに,グローバル化の進む現代社会において「外からのまなざし」「グローバルなまなざし」に抗した「都市再生」のあり方について考えてみたい。
著者
野田 毅
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネス (ISSN:00290491)
巻号頁・発行日
no.941, pp.99-102, 1998-05-18

昨年末、国会の最大野党だった新進党は、私たちの自由党を含め6つの党に分かれました。分裂後、小沢一郎・旧新進党党首を支持するわれわれは自由党を結成し、衆議院で自由民主党、民主党に次ぐ勢力として出発しました。 自由党結成後すぐの今年2月、西岡武夫・副党首が急きょ長崎知事選に出馬したが敗退しました。同時に行われた長崎4区の衆議院議員補欠選挙でも、公認候補が落選。
著者
若田 光一 小野田 鶴
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネスassocie (ISSN:13472844)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.68-72, 2010-01-19

2009年、日本人初の宇宙長期滞在を果たした。航空会社に入社して3年目、ふと目に留まった求人広告が人生を変えた。少し変わった採用試験を経て宇宙飛行士候補に。超音速ジェット機の操縦で基礎力をつけ、雪山を歩き回ってリーダーシップの極意を知る。米航空宇宙局(NASA)で学んだ、宇宙飛行士の仕事術とは。
著者
野田 正彦 田下 聰 福田 達也 梶島 孝雄
出版者
信州大学理学部
雑誌
信州大学理学部紀要
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.89-98, 1984-10-15

The sex of triploid ginbuna (Carassius auratus langsdorfii) are all females, reproducing gynogenetically. The artificial sex reversal was carried out successfully by the oral treatment of methylteststeron for two months after hatching out. In the sex reversed triploid ginbuna, the processes of spermatogenesis from spermatogonia to the primary spermatocyte was similar with diploid males. But thereafter though in the diploid male two different types of nuclear plate in diameter were observed, in the triploid ginbuna it was observed only the same diameter of nuclear plate. From these observations, it was concluded that the first maturation division might be omitted in these males as in females. Further, the triploid males produced the unequal diameter and DNA contents of sperms. This might be caused by unequal nuclear division during meiosis. Artificial insemination of triploid female with the sperm of sex reversed triploid male, resulted in the all triploid females. The sperm of triploid male might be possess the ability to activate the egg of triploid female gynogenetically.
著者
野田 優希 古川 裕之 福岡 ゆかり 松本 晋太朗 小松 稔 内田 智也 藤田 健司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101534, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】 近年、各種スポーツに関する外傷・障害調査は多数報告されているが、バレーボールに関する報告は比較的少ない。過去の報告では、その多くが全体もしくは男性のみ、女性のみの疾患別の割合を示したものであり、傷害と性別の関係を分析した報告は我々が渉猟し得た限りではみられない。そこで今回、2007年4月から2011年10月までに当院を受診したバレーボール競技者の傷害調査を行い、男女間で傷害発生部位が異なるか否か、また各部位ごとの発生傷害に違いがみられるかについて傷害発生率をもとに検討した。【方法】 2007年4月から2011年10月までに当院を受診したバレーボール競技者718名1524件(男性431件、女性1093件)のうち30代未満の競技者(469名、1046件)を男女に分けた(男性:142名、332件、女性:327名、714件)。傷害部位は、肩関節、腰部、膝関節、下腿、足関節、足部、その他の7部位に分け、各部位ごとの傷害発生率を算出した。また、各部位で傷害を疾患別に分類し疾患別傷害発生率を算出した。分析については、各部位ごとの傷害発生率が男女間で違いがみられるか検討し、さらに各部位内の疾患別傷害発生率が男女間で違いがみられるか検討した。統計学的検定には、カイ二乗独立性の検定を用い有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 当院倫理委員会の承認を得、各被験者には本研究の趣旨と方法について説明し同意のうえ実施した。【結果】 各部位別の傷害発生率は、肩関節は男子で11.8%、女子で7.6%、腰部は同様に11.8%、13.6%、膝関節は27.6%、23.8%、下腿は5.6%、8.3%、足関節は21.7%、14.7%、足部は7.1%、16.0%で部位ごとの傷害発生率に性差はみられなかった。各部位内での疾患別傷害発生率では、肩関節と腰部、足部で男女間に違いがみられた。これら3部位内において男女間で傷害発生率が異なる傾向がみられたのは、肩関節では、インピンジメント症候群と腱板炎・腱板断裂でともに男性の発生率が高い傾向であった。腰部では椎間板性腰痛症でこれも男性の発生率が高い傾向であった。足部では中足骨骨膜炎・疲労骨折、扁平回内足で、これは女性の発生率が高い傾向であった。【考察】 バレーボールの傷害特性として、肩関節、腰部、膝関節、足関節に傷害が多いことは周知のとおりである。また、バレーボールは男女問わず小学生から中高年まで幅広い年齢層に競技者が多いスポーツである。そこで今回傷害発生率に性差がみられるか検討した。選択した7部位の傷害発生率に性差はみられなかったが、これはバレーボールの傷害において男女ともにこれらの部位に傷害発生率が高いことを示しておりこれまでの報告を支持する結果となった。肩関節、腰部、足部において男女間で違いがみられた。肩関節では、男性においてインピンジメント症候群、腱板炎・腱板断裂の発生率が高く、腰部では椎間板性腰痛症の発生率が高い傾向であった。また、足部では女性において扁平回内足、中足骨骨膜炎・疲労骨折の発生率が高い傾向であった。これらのことから、男性ではスパイク時に肩関節へ繰り返しストレスが加わり関節運動の破綻をきたしていること、またスパイク時の体幹の伸展屈曲動作により椎間板へストレスが生じていることが推察された。女性においてはブロック・スパイクジャンプ時・着地時に足部へ繰り返される荷重ストレスが傷害発生の要因であることが考えられた。試合を見ていても、男性では一発の強烈なスパイクで得点が決まり比較的ラリーが短いのに対し、女性では長いラリーの末得点が決まることが多い。このような試合の流れの違いが、今回の疾患別傷害発生率に男女間の違いとなって表れたのではないかと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 スポーツ現場、日々の臨床においてバレーボール競技者を治療する際に感じている男女間での傷害の違いを提示することができた。バレーボールにおける傷害と性別の関係を知ることで、より効果的にトレーニング指導、傷害予防を行ことができる可能性が示唆された。
著者
尾上 剛士 薄井 宙男 八幡 真弓 吉江 祐 山本 康人 市川 健一郎 野田 誠 斉藤 壽一 磯部 光章
出版者
The Japanese Society of Internal Medicine
雑誌
日本内科学会雑誌 (ISSN:00215384)
巻号頁・発行日
vol.95, no.12, pp.2547-2549, 2006-12-10
被引用文献数
1

症例は42歳, 女性. 進行する浮腫, 全身倦怠感にて来院. 心エコー上右心負荷所見が強く当初原発性肺高血圧症を疑った. 入院後急性増悪しショック, 急性腎不全となったが右心カテーテル所見より脚気心が疑われビタミンB1投与により速やかに循環動態が改善した. 健康に関心が強く健康食品を中心とした食生活を送っていた事がビタミンB1欠乏の原因と考えられ, 偏った健康知識が致命的となりかねなかった教訓深い症例と考えられた.
著者
野田 弘 尾池 和夫
出版者
公益社団法人 日本地震学会
雑誌
地震 第2輯 (ISSN:00371114)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.635-643, 1986-12-25 (Released:2010-03-11)
参考文献数
8

Variations of the level of ground water were observed at four stations near the epicenter of the shallow earthquake (M4.6) which occurred in the southern part of the Lake Biwa which has been recently a low seismicity region.About ten days before the occurrence of the earthquake anomalous changes of the water level were observed. Considering the relation between the variation of water level and rainfall in the ordinary period these anomalous changes were precursors of the earthquake.Co-seismic steps of the water level were observed at two stations. One of them was a sudden ascent which was observed at the region where initial P motions were compressional. At another station which was in the dilatational P region sudden descents were recorded.Such characteristic variations of the ground water level are detectable by using deep wells when an earthquake occur conspicuously in the low seismicity region, even if its magnitude is small.
著者
林 嘉彦 高倉 賢二 山出 一郎 石川 弘伸 石 紅 後藤 栄 和久田 晃司 野田 洋一
出版者
近畿産科婦人科学会
雑誌
産婦人科の進歩 (ISSN:03708446)
巻号頁・発行日
vol.49, no.5, pp.516-527, 1997

子宮内膜内微小環境を修飾することにより胚着床率が改善するか否かを明らかにするために,胚と各種生理活性物質との子宮内膜内共移植を試みた.移植には胚盤胞(ICR)を用い,受卵雌には8~10週齢の同系偽妊娠マウスを用いた.生理活性物質はヒスタミン,プロスタグランジンE2,プロゲステロン,hCGについて検討したが,ヒスタミン(100μM)との共移植でDay2受卵雌の着床率が改善(31.5%)した.マウス子宮内膜間質細胞の培養系にヒスタミンを添加(100μM)したところ脱落膜化の過程にはなんら影響が認められず,また卵孚化胞胚培養系にヒスタミン添加(100μM)を行ってもトロフォブラストの発育にはなんら影響が認められなかった.一方,胚・ヒスタミン共移植後の子宮内膜には著明な間質の浮腫が認められた.以上より着床率改善の機序はヒスタミンによる脱落膜化修飾作用あるいは胚発生促進効果を介したものではなく,血管透過性充進の機序を介した微小環境の変化によるものと考えられた.本研究により胚・生理活性物質の内膜内共移植によって着床率が改善されうる実験的根拠が得られた.〔産婦の進歩49(5);516~527,1997(平成9年9月)〕
著者
野田 浩二
出版者
水利科学研究所
雑誌
水利科学 (ISSN:00394858)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.67-94, 2013

公共政策は一般的に,政策決定,政策実施,政策評価の3段階に分けることができる。政策決定では,誰が政策を決定するのか,各社会アクターはどのように決定に携わるのかといった点が主テーマとなり,官僚主導型あるいは政党主導型なのかが争われてきた。近年は,官僚と政党といった古典的なアクターだけでなく,NGO・NPOなどの新しいアクターの動向まで視野に入れた研究が増えている。政策実施はいったん法律が成立した後の,いわば実務上の行政活動を対象とし,政策評価では政策の正否が判断される。代表的な環境政策過程分析をみると,審議委員としての自身の経験や行政担当者へのヒアリングに基づき,容器包装リサイクル法の政策過程を明らかにし,さらには容器包装リサイクル法改正の政策決定を分析した寄本の研究は重要な先行研究である。また,環境保全よりも産業界の経済的動機がドイツ容器包装リサイクルシステムをうみだしたことを明らかにした喜多川の研究や,1949年の水質汚濁規制勧告の政策決定を分析した平野の研究,公害健康被害補償法の政策決定を内外の圧力を踏まえて分析した松野の研究も重要である。これらの既存研究は法律制定過程に注目し,誰がどのように政策決定に関わったのかを明らかにしようとしてきた。環境政策を含めて公共政策研究は政策決定に注目し,政策実施についての研究は進んでいない。真渕はその理由として,政策実施段階での行政の動きが地味であり,また政策実施はうまくいって当然と考えられやすい点を指摘した。本稿の分析対象である旧水質2法における多摩川水質基準の策定過程は,政策決定ではなく政策実施である(多摩川(上流)の水質基準は1966年に,多摩川(下流)は1967年に設定された)。なぜ,旧水質2法なのか。これは,わが国の水質保全政策の歴史によるからである。旧水質2法,すなわち「公共用水域の水質の保全に関する法律」(水質保全法,昭和33年12月25日法律第181号)と「工場排水等の規制に関する法律」(工場排水規制法,昭和33年12月25日法律第182号)は確かに1958年に制定されたが,それが機能しだしたのは1960年代中旬以降であった。旧水質2法の特徴は,人の健康被害や産業被害の除外を要する地域を「指定水域」として指定してはじめて,水質基準を設定することにあった。経済企画庁長官は水質審議会の議を経て,指定水域と水質基準を決めた(水質保全法第5条,第13条)。実際には,各水域で特別部会を設置し,そこで実質的な議論がなされた。目的条項が調和条項であったことから分かるように,旧水質2法の基本思想は経済成長あっての水質保全であった。そのため,水質基準は産業界や省庁間の政治的交渉や政治的妥協に基づきやすく,実際に,国と地方との事務折衝と水質審議会の動向が決定的に重要であった。この点がよく表れているのが,東京都の水道水源であった多摩川の水質基準策定過程なのである。東京都と神奈川県は旧水質2法より前に独自の公害防止条例を制定し運用していたために,多くのノウハウを得ていた。その科学的かつ行政上の蓄積が,国に対する共闘を可能とし,国よりも厳しい水質基準を求めることを可能とした。多摩川問題をもっとも包括的に分析した市川の研究や「新多摩川誌」でも,旧水質2法下の水質基準策定過程は取り上げられていないし,隅田川などの水質基準策定過程を取り上げた公害問題研究会の研究でも多摩川は対象外であった。通常,水質基準策定を深く知るための資料は残されていないが,幸運にも,神奈川県立公文書館に多摩川水質基準策定に関する行政公文書が残されていた。これらの貴重な資料を活用することで,これまでブラックボックスであった多摩川水質基準策定過程を明らかにすることができ,環境政策論への含意の抽出が可能となる。
著者
野田 浩二
出版者
水利科学研究所
雑誌
水利科学 (ISSN:00394858)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.67-94, 2013

公共政策は一般的に,政策決定,政策実施,政策評価の3段階に分けることができる。政策決定では,誰が政策を決定するのか,各社会アクターはどのように決定に携わるのかといった点が主テーマとなり,官僚主導型あるいは政党主導型なのかが争われてきた。近年は,官僚と政党といった古典的なアクターだけでなく,NGO・NPOなどの新しいアクターの動向まで視野に入れた研究が増えている。政策実施はいったん法律が成立した後の,いわば実務上の行政活動を対象とし,政策評価では政策の正否が判断される。代表的な環境政策過程分析をみると,審議委員としての自身の経験や行政担当者へのヒアリングに基づき,容器包装リサイクル法の政策過程を明らかにし,さらには容器包装リサイクル法改正の政策決定を分析した寄本の研究は重要な先行研究である。また,環境保全よりも産業界の経済的動機がドイツ容器包装リサイクルシステムをうみだしたことを明らかにした喜多川の研究や,1949年の水質汚濁規制勧告の政策決定を分析した平野の研究,公害健康被害補償法の政策決定を内外の圧力を踏まえて分析した松野の研究も重要である。これらの既存研究は法律制定過程に注目し,誰がどのように政策決定に関わったのかを明らかにしようとしてきた。環境政策を含めて公共政策研究は政策決定に注目し,政策実施についての研究は進んでいない。真渕はその理由として,政策実施段階での行政の動きが地味であり,また政策実施はうまくいって当然と考えられやすい点を指摘した。本稿の分析対象である旧水質2法における多摩川水質基準の策定過程は,政策決定ではなく政策実施である(多摩川(上流)の水質基準は1966年に,多摩川(下流)は1967年に設定された)。なぜ,旧水質2法なのか。これは,わが国の水質保全政策の歴史によるからである。旧水質2法,すなわち「公共用水域の水質の保全に関する法律」(水質保全法,昭和33年12月25日法律第181号)と「工場排水等の規制に関する法律」(工場排水規制法,昭和33年12月25日法律第182号)は確かに1958年に制定されたが,それが機能しだしたのは1960年代中旬以降であった。旧水質2法の特徴は,人の健康被害や産業被害の除外を要する地域を「指定水域」として指定してはじめて,水質基準を設定することにあった。経済企画庁長官は水質審議会の議を経て,指定水域と水質基準を決めた(水質保全法第5条,第13条)。実際には,各水域で特別部会を設置し,そこで実質的な議論がなされた。目的条項が調和条項であったことから分かるように,旧水質2法の基本思想は経済成長あっての水質保全であった。そのため,水質基準は産業界や省庁間の政治的交渉や政治的妥協に基づきやすく,実際に,国と地方との事務折衝と水質審議会の動向が決定的に重要であった。この点がよく表れているのが,東京都の水道水源であった多摩川の水質基準策定過程なのである。東京都と神奈川県は旧水質2法より前に独自の公害防止条例を制定し運用していたために,多くのノウハウを得ていた。その科学的かつ行政上の蓄積が,国に対する共闘を可能とし,国よりも厳しい水質基準を求めることを可能とした。多摩川問題をもっとも包括的に分析した市川の研究や「新多摩川誌」でも,旧水質2法下の水質基準策定過程は取り上げられていないし,隅田川などの水質基準策定過程を取り上げた公害問題研究会の研究でも多摩川は対象外であった。通常,水質基準策定を深く知るための資料は残されていないが,幸運にも,神奈川県立公文書館に多摩川水質基準策定に関する行政公文書が残されていた。これらの貴重な資料を活用することで,これまでブラックボックスであった多摩川水質基準策定過程を明らかにすることができ,環境政策論への含意の抽出が可能となる。
著者
野田 浩二
出版者
水資源・環境学会
雑誌
水資源・環境研究 (ISSN:09138277)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.16-23, 2015 (Released:2015-07-11)
参考文献数
17

わが国の環境研究を振り返ると、環境政策の政策過程分析は意外なほど少ない。本稿の目的は、1964年に制定された新河川法を素材に、水政策の政策過程分析の意義と可能性を論じることにある。政策過程は、誰がどのような根拠や思想に基づいて、どのように政策をつくるのかに焦点を当てる。そこには、官僚組織内部あるいは国会で法律が調整される様を分析する制定過程も含まれるが、制定過程分析よりも長い期間を想定する。政策過程を分析するさい、制定過程ではなくより歴史的に多角的に政策変化を分析するための「鳥の目」と、ある法律案が法律になるまでの一連の制定過程を分析するための「虫の目」のどちらも重要となる。前者は御厨貴が指摘した点、つまり1950年代は建設省主導による新河川法改正のために外堀が埋められる期間であり、河川法以外の水資源関連法の政策効果が重要であった。さらに、新河川法の制定過程を虫の目から分析すると、この解釈は正しいことが分かる。今後、水政策の政策過程分析をもっと増やすことが求められ、鳥の目と虫の目の両方から分析することが重要である。