著者
田中 宏明 花本 征也 小川 文章 山下 洋正
出版者
京都大学
雑誌
国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))
巻号頁・発行日
2018-10-09

抗生物質による水環境汚染は、世界的に解決すべき喫緊の課題となっている。我々は抗生物質の自然減衰に対して先駆的に研究を行い、英国テムズ川では、国内河川よりも抗生物質の減衰が大幅に速いこと、金属錯体形成反応や河床間隙水塊との水交換といった日本では観測されない反応や現象が生じていることを見出した。しかし、これらの反応・現象に対する知見はまだほとんどない。そこで本研究では、英国テムズ川を対象とし、現地調査、室内実験、数理モデルを駆使して、ⅰ)金属錯体形成反応を考慮した抗生物質の底質への収着のモデル化、ⅱ)河床間隙水塊を考慮した河川水-底質間の抗生物質の移動現象のモデル化、ⅲ)抗生物質の水環境中濃度予測モデルの構築を実施する。本研究は、新たな反応・現象のモデル化により、化学物質、特に現在、世界的課題となっている抗生物質管理に資する普遍的な環境濃度の予測システムを構築するものである。新型コロナウイルス蔓延のため、英国への渡航ができない状況が続いている。令和3年度は、これまで英国との交流のコアとなってきた、第23回日英内分泌かく乱物質・新興化学物質ワークショップが11月29日-30日にオンラインで開催され、それに参加するとともに、以下の内容を共同発表した。人に投与された医薬品の水圏への排出源は概ね明らかになっているが、家畜に投与された医薬品の水圏流出経路は国や地域によって異なっており、十分な知見は得られていない。そこで、本年度は動物用及び人用医薬品の河川調査を、全国各地の畜産地域において年間を通して実施した。また、昨年度構築した、畜産場・下水処理場・浄化槽を排出源とした医薬品の水圏排出モデルによる河川負荷量の予測値と、現地調査による観測とを比較することで、動物用及び人用医薬品の水圏流出量の予測可能性を評価した。
著者
酒谷 雄峰
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.10, pp.709-713, 2019-10-05 (Released:2020-03-10)
参考文献数
12

超弦理論は重力を含んだ素粒子の統一理論の有力候補であると考えられている.この理論では,物質を構成する素粒子は,大きさを持たない点ではなく,実は観測できないほど短い弦であると考える.素粒子が弦で構成されていると仮定すると,点の場合とは異なった不思議な現象が起こる.それに伴って,従来の重力理論である一般相対論とその基礎であるリーマン幾何学は,超弦理論の性質を取り入れたものに修正される必要があると考えられる.近年,超弦理論におけるT双対性と呼ばれる対称性に基づいた新たな幾何学が発展し,それを応用した重力理論の研究が進展している.超弦理論は10次元時空において定義されており,現実的な4次元の時空を導出するには,10次元のうち6次元は現在の観測にかからない程小さくする必要がある.このように時空の一部を小さくすることをコンパクト化と呼ぶ.例えば,6次元空間を平坦な空間とし,座標xをx ~ x+2πRのように周期的に同一視するコンパクト化の方法がある.これはトーラスコンパクト化と呼ばれ,Rをトーラスの半径と呼ぶ.実は,超弦理論においてトーラスコンパクト化を行うと,T双対性と呼ばれる弦理論に特有の対称性が現れる.弦理論に特有の長さスケールをlsとするとき,これは,半径がRのトーラスでコンパクト化された超弦理論と,半径がls2/Rのトーラスでコンパクト化された超弦理論が等価であるという対称性である.T双対性は,弦が半径Rのトーラスと半径ls2/Rのトーラスを“区別できない”ことを示唆しており,例えばTフォルドと呼ばれる異なる半径の2つのトーラスを貼り合わせた空間(右図)上も,弦は何ら特異性を感じず運動できると考えられる.しかし,Tフォルド上では,空間を一周まわると空間の大きさ・曲率が突然変わってしまうため,通常のリーマン幾何学ではTフォルドを大域的に記述できない.Tフォルドのような不思議な空間を記述するには,超弦理論に特有の対称性であるT双対性を尊重した幾何学・重力理論が必要になる.近年,閉弦の場の理論を用いた議論から,T双対性に基づく超重力理論としてDouble Field Theory(DFT)が提案された.DFTでは,T双対性を明白にするため,トーラス上の通常の座標x mに双対座標x(˜)mを加えた「一般化座標」を導入し,それらの座標を持つ2倍の次元を持つトーラス(ダブル空間)における重力理論を考える.ダブル空間上では一般座標変換の定義が通常のものから修正されており,共変微分や曲率テンソルの定義も通常のリーマン幾何学のものとは異なる.そして,この新たな幾何学量を用いれば,一見特異に見えるTフォルドの貼り合わせ部分も,実は滑らかにつながっていることがわかる.さらに,DFTの作用はT双対性が明白になっているため,T双対性変換の下で互いに関係づくIIA型超重力理論とIIB型超重力理論を,統一的に記述できることもわかった.最近,DFTの様々な応用が研究されている.特に,超弦理論の対称性を用いることで超重力理論の解を生成する手法が近年急速に進展しているが,その研究の中で「一般化された超重力理論」と呼ばれる変形された超重力理論が提案された.実は,この一般化された超重力理論もDFTから導出できることがわかり,これに基づいた議論から,従来は超弦理論が整合的に定義できないと考えられていた新たなクラスの時空においても超弦理論を定義できる可能性が示唆されている.さらに,従来から研究されている超重力理論の解の生成手法についても,これまでにDFTで開発された様々な手法を応用することで,より一般的かつ明確に議論できるようになっている.今後も,DFTのアイデアをより発展させることで,超弦理論のさらなる進展につなげられると期待している.
著者
李 鈺
出版者
新潟大学
巻号頁・発行日
2021

新大院博(文)第63号
著者
永岡 紗和子
出版者
千葉大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究は、自閉スペクトラム傾向の高い若年層向けの強迫性障害の心理教育について描いた漫画を作成し、テキストによる心理教育との効果の比較を試みた。大学生56名を対象に質問紙調査を実施した結果、自閉スペクトラム傾向の高群は、テキストよりも漫画での心理教育の方が治療を理解しやすいと評価する傾向が示された。また、テキストのみの心理教育では、自閉スペクトラム傾向の高群は低群よりも理解度が下がる傾向が示された。これらのことから、自閉スペクトラム傾向の高い若者にとっては、治療を視覚的にイメージしやすい漫画での心理教育が、治療の理解を向上させる可能性があると考えられる。
著者
髙岡 有理 亀田 誠 矢島 裕子 辻 泰輔 錦戸 知喜 吉田 之範 土居 悟
出版者
一般社団法人 日本アレルギー学会
雑誌
アレルギー (ISSN:00214884)
巻号頁・発行日
vol.65, no.8, pp.1009-1017, 2016 (Released:2016-09-09)
参考文献数
18

【目的】小麦アレルギーの経口免疫療法の有効性の報告はみられるが,その方法について比較した報告はない.今回筆者らは小麦の経口免疫療法の効果を摂取間隔の異なる2つの方法で前向きに検討し,その摂取頻度が与える影響を評価した.【対象】うどんの経口負荷試験陽性例で最終負荷量と最大誘発症状より乾麺重量で0.5~5gから摂取開始可能と判断した49名から同意を得て,摂取頻度により週6回以上(頻回群)と週2回(間歇群)の2群に年齢を層別化して無作為に割り付けた.摂取頻度を遵守しかつ経口免疫療法を遂行できた各群16名合計32名を今検討の対象とした.【方法】頻回群と間歇群に経口免疫療法を行い6カ月目の摂取量を評価した.【結果】6カ月後に目標量(3歳以下乾麺重量20g,4歳以上乾麺50g)以上に摂取あるいは負荷試験陰性だった割合は両群ともに75%だった.【結論】小麦アレルギーの経口免疫療法での6カ月後の目標到達率は,1週間当たりの摂取頻度を2回まで落としても毎日の摂取と比較して摂取頻度による明らかな違いがみられないことが示唆された.

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著者
日本民族衛生学会
出版者
日本民族衛生学会
雑誌
民族衛生 (ISSN:03689395)
巻号頁・発行日
vol.32, no.6, pp.234-246, 1966 (Released:2010-06-28)
著者
数実 浩佑
出版者
日本教育社会学会
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.49-68, 2017-11-30 (Released:2019-06-14)
参考文献数
32
被引用文献数
2 1

学力格差のメカニズムを考察する際の有力な理論として,文化的再生産論があげられる。しかしこの理論に基づく実証研究においては,ある1時点において親から子へ文化資本が伝達されるメカニズムに注力してきた一方で,通時的な観点から子どもの文化資本(知識,ハビトゥス)がどのように変化するかを分析した事例はほとんどない。そのため,ある1時点において生じる学力格差を説明することはできても,なぜそれが維持・拡大するかを説明することができていない。 そこで本稿では,「なぜ学力の階層差は維持・拡大するのか」という問いを設定し,パネルデータを用いた計量分析を通して検討していく。その際,学力と学習態度における因果の方向に着目し,両者に双方向の因果関係が見られるかについて明らかにしたうえで,学力格差のメカニズムについて考察する。 主な知見は次の3点である。(1)学年が上がるにつれて,学力に対する家庭の文化資本の影響が弱まっていく。(2)学年が上がるにつれて,学力の時点間の相関の強さが強まっていく。(3)学力と学習態度の間に双方向の因果関係が見られる。 分析結果をふまえ,スキルの自己生産性とポジティブ・フィードバックという概念を用いて,低学力の子どもにさらなる不利が累積するという仮説を提示し,家庭の文化資本に起因する初期学力の差が,その後の学力格差の拡大に不可避的に転じていくメカニズムの重要性を強調した。
著者
東野 治之
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.114, pp.21-32, 2004-02-27

大嘗会の際に設けられる標の山は、日本の作り物の起源に関わるものとされ、主として民俗学の分野からその意義が注目されてきた。しかしその歴史や実態については、いまだ未解明の点も多い。本稿では、まず平安初期の標の山が中国風の装飾を凝らした大規模なものであったことを確認した上で、『万葉集』に見られる八世紀半ばの歌群から、新嘗会の標の山が、同様な中国風の作り物であったことを指摘する。大嘗会は本来新嘗会と同一の祭りであり、七世紀末に分離されて独自の意味をもつようになったとされるが、そうした経緯からすれば、この種の作り物が、当初から中国的な色彩の濃いものであったことも容易に推定できる。そのことを傍証するのが、和銅元年(七〇八)の大嘗会の状況であって、それを伝えた『続日本紀』の天平八年(七三六)の記事は、作り物の橘が金銀珠玉の装飾とともに用いられていたことを示している。従って、大嘗会の標の山は、大嘗会の成立に近い時点で中国的な性格を持っていたわけで、その特色はおそらく大嘗会の成立時点にまで遡るであろう。このように見ると、標の山は神の依り代として設けられたもので、本来簡素な和風のものであったが、次第に装飾が増え中国化したとする通説には大きな疑問が生じる。そこで改めて標の山の性格を考えると、その起源は、すでに江戸時代以前から一部で言われてきたように、儀式進行上の必要から設けられた標識にあり、それが独自の発展を遂げたものと解すべきである。なお、大嘗会の標の山について、その形態をうかがわせる史料は限られているが、元慶六年(八八二)の相撲節会に用意された標の山に関しては、菅原道真が作った文から詳細が判明し、大きさや装飾が大嘗会のものと類似していたことがわかる。この文についての従来の読みには不十分な点があるので、改めて訓読を掲げ参考とした。
著者
菅野 雅元
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

小児のアトピー性皮膚炎(AD)発症に関して、母乳による育児は賛否両論あるが、科学的には確定していない。 完全母乳栄養・育児(母乳のみで育児)の母子の出生コホート研究において、AD発症群と非AD群において、「母乳成分の何が違うのか?」という観点から母乳中の自己成分による炎症性サイトカイン産生誘導活性(DAMPs活性)の比較検討を行った。我々の結果から、その活性物質は飽和脂肪酸である事が同定できた。 では、飽和脂肪酸がどのような機構で皮膚や消化管に存在する自然リンパ球で炎症性サイトカイン産生を誘導・増強し、それがどのようにアレルギー疾患発症(特にアトピー性皮膚炎発症)に繋がるのかを明らかにした。