著者
伊藤 光彦
出版者
豊橋技術科学大学
雑誌
雲雀野 : 豊橋技術科学大学人文科学系紀要 (ISSN:0388757X)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.57-74, 2006-03-31

古英語期から現代にいたるまでに,各時代を通してケルト語彙が英語に借用されてきている(Ito, 1988a)。本論での主な研究目的は,ケルト借用語の中でもブリタニック系の語彙を英語母語話者がどの程度受容語として理解しているかを調査検証した。特に,受容度の点で性差があるか,また年齢差があるかを検証した。この他に,アイルランド語借用語(Ito, 1997, 2000b),スコットランド語借用語(Ito, 2003),フランス語経由のケルト語(Ito, 2000a)の理解度との比較を検討した。研究に当たり,利用するコーパスはSODとし,採取された48語を用いた。調査方法は,48語のリストを示しその意味,定義を別の一群から選びマッチングを被験者に求めるアンケート方式とした。アンケート用紙作成に当たり,著者のこれまでの研究と一貫性をもたせるため従来と同じ形式とした(Ito, 1997, 2003)。調査の対象は英語を母語とする成人男性,女性とした。男性被験者25名,女性被験者25名の回答から得られたデータをもとに分析および議論をした。分析,議論にあたり上記目的のみでなく,回答率,正答率,正答率の高い語,他の辞書における48語の扱い等についても検証を行った。
著者
アブドゥッラー・ハンナ
出版者
日本中東学会
雑誌
日本中東学会年報 (ISSN:09137858)
巻号頁・発行日
no.4, pp.141-174, 1989-03-31

デール・アティーヤ(文語ではダィル・アティーヤ)は、ダマスカス地方の山麓地帯に位置している.年間雨量は200mmを越えない.降雨は冬期に集中している.灌漑地は、ローマ式運河によって灌漑されている.この運河は、崩壊したあと、14世紀半ばに改修された.この灌漑地は穀類の作付や果樹が中心であり、土地所有では小土地所有が支配的である.他方、非灌漑地では穀類が作付られ、羊や山羊などの飼育が行われているが、このデール・アティーヤ村の非灌漑地は農民の共有地であった.19世紀末期に、デール・アティーヤからダマスカス市に移住する傾向が現れた.これは、ダマスカス市内の建築現場に職を求めての移動であった.また、1895年から1940年にかけて、多くの若者がラテン・アメリカに移住した.かれらの大半は移住地に定住したが故郷の近親者に送金を行っていた.これは、デール・アティーヤ村の復興と発展をもたらした.さらに、ダマスカス市や湾岸産油国への大規模な労働移動が起こった.この出稼ぎによって多くの労働者が豊かになり、村に大きな家を建築した.これは、村の景観を一変した.そして、村の人口は、15,000人に達した.デール・アティーヤ村の社会は、20世紀前半において、富農、中農、貧農、職工、および牧羊者から構成されていた.富農は、1926年に国有地を購入した.この国有地は、もともと村の共有地であったが、有力者たちがこれを一度国有地に転換したあと、問題にならないほど安い価格で手に入れた.富農たちは、古いローマ式運河を改修し、1937年には、そこに農業用水を引き入れた.これら一連の措置は、中農や貧農の怒りを買った.かれらは、富農による土地や水利の独占的な支配に対抗するために団結した.これち中農や貧農たちの農民運動は、リーダーとして、国家の日常業務に影響力を持っていた退職警察官を担ぎだした.農民たちは、村の各ハーラ(居住区)を代表する24人の農民で委員会を構成した.1942年には、配水の管理を行うため最初の農業協同組合を設立した.事実、1943年と1944年に、土地と水を手に入れたい一心の農民たちによって、5kmにも及ぷ運河が開削された.しかも、この作業は肉体労働によって原始的な手段で実施された.農業協同組合の規定は、1943年に発布され、1951年に改正された.それによれぱ、組合の目的は、農業用水の引き込みと分配、組合の土地にたいする植林、およびもめごとの話し合いによる解決となっていた.1945年9月、組合の執行委員会は、組合の土地に農民が開削した運河を利用して農業用水を引くことを決定した.土地と水利の所有形態は、もともと共同所有であった.しかし、1951年に、組合員たちに土地が分配されこれらの土地は個別に経営されるようになった.デール・アティーヤでは、外国人の宣教活動により教育が普及していた.1897年、ロシアがオーソドックス派グループを通じて学校を設立したが、これは1918年にシリア国家所有の学校となった.また、デンマーク系のプロテスタント宣教活動も活発となり、カラムーン地域(デール・アティーヤもこの地域に含まれている)に学校をいくつか設立した.さらに、イエズス会派も1920年後に学校を設立した.デール・アティーヤ村には、これらミッション系の学校の他に、コーランを教えるクッターブ(kuttab)もあった.しかし村民の多数派を構成していたイスラム教徒のなかにも教育熱心で上述のミッション系学校に通う者もいた.民族系の初等教育が活発となるのは独立を達成した40年代になってからのことである.それ以後、ミッション系の学校にかわって民族系の学校が次第に普及してきた.1950年、デール・アティーヤに「文化人連盟」が設立され、小学校及びそれ以上の証書をもつ若者たちがこれに加わった。この連盟が設立された本当の目的は、農民を支配していた有力者たちの影響力を弱体化させることにあったと言われている。連盟の規約をみると、第2条で、連盟の目的を規定し、デール・アティーヤの文化的・社会的状況の改善をあげている。このようにして、協同組合の役割は、1970年代の初めに終わりを迎えた。
著者
平松 携
出版者
尾道大学
雑誌
尾道大学経済情報論集 (ISSN:13469991)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.101-126, 2006-06

1946年(昭和21年)に尾道市体育協会が設立され、初代会長に商工会議所会頭の金尾馨が就任している。当時の競技団体は、陸上競技、庭球、野球、バレーボール、柔道、剣道、スキー、山岳、水泳等である。また、1958年(昭和33年)に地区体育協会が設立ている。2004年(平成16年)の尾道市体育協会の傘下団体は、24競技団体、17地区体育協会、23スポーツ少年団で構成されている。尾道市体育協会は、スポーツフェスティバルなど全市民のスポーツ活動を担い、1970〜1980年代に尾道市民スポーツの基盤ができたといえよう。競技団体の活動は、60年間に変遷が伺えるが、各種目の大会を開催するなどスポーツの普及・振興の役割を果たしてきた。地区体育協会は、設立当初から町民運動会、地区バレーボール大会等の地域のニーズに応じたスポーツ活動に応え、地域住民意識を高揚してきたことの貢献度は高い。スポーツ少年団は、スポーツ種目別に情熱を注ぎ、スポーツを通して、たくましい青少年に育成の目的を果たしてきた。このように尾道市体育協会および傘下団体は、スポーツを市民に提供してきた役割は高く評価され、市体育協会の存在が尾道市民に徐々に浸透し、尾道市民に貢献してきた。
著者
佐藤 愼二 高倉 誠一 広瀬 由紀 植草 一世 中坪 晃一
出版者
植草学園大学
雑誌
植草学園短期大学紀要
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-9, 2006-03-31
被引用文献数
3

保育所・幼稚園における「障害」のある子どもおよび、いわゆる「気になる」子どもの活動参加の状況を把握し、そのために必要な環境要因・支援条件を検討することを目的とした。先行研究の検討からは、(1)「障害」のある子どもだけでなく、近年、「気になる」子どもへの支援が注目されていること、(2)保育所への質問紙調査による状況調査はあるが、幼稚園の状況が十分に把握されていないこと、(3)「気になる」子どもの支援にあたっては、環境要因・支援条件の重要性が指摘されていること、しかし、(4)環境要因・支援条件は十分に明らかにされていないこと等を指摘した。そこで、本研究では、(1)幼稚園も対象に含め、(2)「障害」のある子どもと「気になる」子どもを対象に、(3)環境要因・支援条件の検討に焦点を当てるため、(4)「運動会」での具体的な支援と子どもの様子との関係を明らかにすることを目的に、(5)質問紙調査をC県の全保育所・幼稚園を対象に実施することとした。
著者
Inada Yasuzi Nasu Keiichiro
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
Journal of the Physical Society of Japan (ISSN:00319015)
巻号頁・発行日
vol.61, no.12, pp.4511-4520, 1992-12-15
被引用文献数
8

Superconducting transition temperatures of a many-electron system coupledstrongly w'ith anharmonic PIIOIIOIIS have been studied, to clarify how drasticallyanlaarmonicity changes tlae isotope effect from the harmonic case. The diagonal self-energy of electron as well as tlte off-diagonal one is determined self-consistentlywitlain Migdal's approxinaation. Typical two types of anharmonicities are studied.The first is a sextic anharmonicity induced by a hard-core repulsion. Isotope shiftsbecome almost zero in this case. Whena Thais repulsion is stronger, the shifts are re-versed. The second is a small negative quartic anharmonicity in additiora to the sexticone, just in tlae case of a mixture of a hard-core and a soft one. In this case, on thecontrary, the slaifts are greatly enhancecl. Discussion is also given in relation to the ob-served anomalous isotope effects of newly discovered superconductors[isotope effect, superconductivity, N4igda1-Eliashberg theory, anharmonic ll phononl
著者
狩野 浩二
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学教育学部研究紀要. 教育科学編 (ISSN:09136606)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.137-163, 2005-03-25

斎藤喜博(1911-81)が学校づくりをすすめた群馬県島小学校(1952-63)では,運動会や学芸会など学校行事のすすめ方を"授業"と同様に発想し,展開していた。授業においては,教師と児童との接点に最大の関心を持ち,島小の教師たちは,児童の可能性をひらく教育実践にうちこんでいたが,同様にして,学校行事の運営にあたって,児童がのびのびと表現活動を展開するよう教材や指導上の工夫をすすめ,特に,児童の表現の事実から指導の展開を工夫していくということについて,舞台演劇の概念である"演出"ということばを使っていた。このことは,動的な教授・学習過程の内実を教師たちがとらえるために必要だったのであり,"みる"ということばとともに,島小独自の実践概念であった。
著者
竹内 さおり 白川 哲郎
出版者
大阪樟蔭女子大学
雑誌
大阪樟蔭女子大学学芸学部論集 (ISSN:18807887)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.151-156, 2007-03-20

本稿では、樟蔭学園デジタルアーカイブ構築の一部として、「朝輝記太留氏関連の写真資料」のデジタル化に関する取り組みについて報告し、さらに、「資料整理におけるQRコードの利用」について述べる。 朝輝記太留氏は樟蔭高等女學校の体育教師として、女子学生の体操教育に熱心に取り組んだ。その功績は、学園広報誌『樟蔭學報』における運動会の開催や登山の実施の記事として掲載されている。今回、調査対象とした「朝輝記太留氏関連の写真資料」は1935年にアメリカへ教育視察のために渡航したときの貴重な記録である。資料の状態がよくないので、できるだけ早くデジタル化しておくことが必要と思われる資料である。 これまでの作業で調査と整理が完了した資料は、資料保存箱に収納した。資料保存箱には、資料名を記したラベルを貼付してきたが、小さなスペースのため多くの情報は記入できないことに不便を感じていた。そこで、近頃よく見かけるQRコードを利用して、より多くの情報を付与できる工夫を行った。QRコードが携帯電話のバーコードリーダーを利用して容易に読み取れる点に注目して、ユビキタス環境へ近づけたいと思う。
著者
木下 秀明
出版者
社団法人日本体育学会
雑誌
体育學研究 (ISSN:04846710)
巻号頁・発行日
vol.17, no.6, pp.357-366, 1973-03-25

明治24年に設立された日本体育会は, 大正3年の経済的危機にいたるまで, 唯一の民間体育団体として, 社会体育と学校体操指導者養成に多大の貢献をしている. その創立期から最盛期を経て衰退期にむかう間の本会の活動についての概観である. 1.退役下士官日高藤吉郎による日本体育会の創立とその概要 2.創立期の活動である体育場, 運動会, 体操練習所, 体育講演会, 体育雑誌の刊行についての概説 3.閑院宮を総裁とし社団法人となって, 各地に支会を置いた日本体育会の発展状況 4.最盛期の活動である体操学校, 夏期講習会, 模範体操場とそのクラブ, 運動場開放, 内国勧業博覧会参加, 兵事講習会など中央での概況と地方支会の活動状況の数量的一覧 5.日本体育会の国際的地位の例示 6.日本体育会の衰退の概観