著者
岡村 光善 斎藤 光男 西田 委甲子 福井 美佳
雑誌
全国大会講演論文集
巻号頁・発行日
vol.41, pp.269-270, 1990-09-04

コンピュータの進歩に伴い、その取扱うデータが数値から文字,図形,画像などその範囲が広がっている。またその利用者も専門家の手を離れ、一般に広がってきている。そうした流れの中で、マンマシン・インタフェースが益々重要な役割を果たすようになってきており、その中でも人間の視覚に訴えるコンピュータグラフィクス分野の発展は目覚ましい。しかし3次元図形の写実的な表示には、画素単位の多大な計算を必要とするため、実時間での応答は非常に難しく専用のワークステーションで実現されているのが現状である。このボトルネックを解消し、より広い分野での利用を可能とするため、グラフィクス処理専用のLSI(HSP:High-speed Shading Processor)を開発してきた。今回、パーソナルコンピュータ上で実用的な3次元グラフィクス処理を実現するために、HSPを使用したグラフィクスボードと基本的なソフトウェアを開発したので、その概要について述べる。
著者
M・A Huffman 川本 芳 ナハラゲ チャーマリ A. D.
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究の目的は分類に使われてきた形態変異と糞試料で検出した遺伝子変異の比較で認められたちがいから、トクモンキーおよびラングール類の亜種分類を再評価し、スリランカ霊長類の系統地理的特性を総合的に理解することである。トクモンキーでは海抜2~2,129メートルの間に明瞭な尾長の地理的勾配が認められ、尾率は標高に従い有意に小さくなった。この形態変異は亜種境界には厳密に対応せず、むしろ本種が標高と寒さに対しアレンの法則に従う適応をもつことを示していた。新しいPCRプライマーを作成し、ラングール類の亜種の違いを試験した。これら霊長類2種の亜種の違いをさらに調査するためこれらのプラマーを利用していく。
著者
松本 健治 國土 将平
出版者
鳥取大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

大学生164名で男女別に体脂肪率,皮下脂肪厚,BMIと自己の体型認識との関連性を検討した 男>女の有意項目はBMIと除脂肪体重で,女>男の有意項目は体脂肪率,体脂肪量及び胸部を除く9部位の皮下脂肪厚であった、男では体重とBMIにおいて体脂肪率,体脂肪量,除脂肪体重及び10部位全ての皮下脂肪厚と有意相関があった。女でも男と同傾向で,体重と体脂肪率との間及びBMIと体脂肪率との間のr^2は男よりも低かった。体脂肪率が従属変数で,身長,体重,BMI及び10部位の皮下脂肪厚が独立変数の重回帰分析の結果,男は腹部,体重,大腿前部,胸部の4変数(R^2=.77),女は上腕背部と肩甲骨下部のみが採用された(R^2=.53)。男女間で自己の体型認識に有意差があり,女は,「太っている」が60%以上みられた、測定項目との関連は,男女とも,BMIが最も強かった(男:r=.83,女:r=.75)。体型評価尺度で,女は65%が,「自分でみた感じ」が非常に重要と答え,男女間で有意差(P<.001)があった。また「体重」と「筋肉量」にも男女間で有意差があった。男は「他人や友達との比較」と体脂肪率との間で,負の有意相関がみられた.女ば「他人や友達との比較」とBMI,体脂肪率,体脂肪量,上半身6部位の皮下脂肪厚との間で,負の有意相関があった、男は身長と体重で有意に高値を,女は,有意に高身長と低体重を理想としていた。それが,理想BMIの18.6にもみられた,脂肪を落としたい部位の有無で,女は99%があると答え,有意な男女差とも一致しており,部位は男女ともお腹が最多で,有意差はなかった。太もも,お尻,腕は,女が有意に高率であった、今後の自分の体型は,女が有意に高率で80%以上がやせたいと答えていた。他人と比較しての体型認識は,女が有意に高率で60%以上が太っていると答えた 体質的に食べても太らないかは,女が有意に高率で75%以上が太りやすいと考えていた
著者
藤田 和恵 本多 宣裕 栗原 武幸 大場 秀夫 沖本 二郎
出版者
社団法人 日本感染症学会
雑誌
感染症学雑誌 (ISSN:03875911)
巻号頁・発行日
vol.78, no.10, pp.905-909, 2004-10-20 (Released:2011-02-07)
参考文献数
8
被引用文献数
4 3

A 47-year-old woman was hospitalized because of urinary-tract infection. She was treated with antibiotics for 6 days. However, severe watery diarrhea and pyrexia developed 6 days after stopping administration of antibiotics. Stool, throat and blood cultures were positive for methicillin-resistant Staphylococcus aureus (MRSA) and negative for Clostridium difficile DI toxin. In spite of administration of VCM, she died of septic shock. At autopsy, macroscopic observation revealed a pseudomembrane in the ileum. MRSA enterocolitis can occur in patients with antibiotic-related diarrhea, and physicians should be aware of its rapid clinical course and possible lethal outcome.
著者
竹末 芳生 横山 隆 児玉 節 山東 敬弘 村上 義昭 宮本 勝也 津村 裕昭 立本 直邦 松浦 雄一郎
出版者
Japan Surgical Association
雑誌
日本臨床外科医学会雑誌 (ISSN:03869776)
巻号頁・発行日
vol.55, no.8, pp.1921-1925, 1994-08-25 (Released:2009-01-22)
参考文献数
17

過去5年間において当科で経験した術後MRSA腸炎24例を対象とし,発症時期によりMRSAを分類し,その病態,発症機序につき検討した.術後6日以内の早期発症は16例, 7日以降の晩期発症は8例認められた.早期発症例は中等,重症例が75.0%を占め,また末梢血中白血球減少例が62.5%であり,晩期発症例の25.0%, 12.5%と比較し高率であった.これは早期発症例では術後腸管運動が回復しておらず, MRSAが産生した毒素が腸管内にとどまり血中に吸収されたためと考えた.晩期発症例の特徴は長期絶食(11.8±3.1日),抗生剤長期投与(13,9±8.2日)であった.これらは常在細菌叢の変化を生じ, MRSAへの菌交代現象をおこし易いが,腸管運動が正常のため毒素血症は稀であり,軽症例が多くを占めたと推察した.晩期発症例は内科領域で経験されるMRSA腸炎と類似の発症機序が考えられ,早期発症例が術後腸炎の特徴を有していると考えた.
著者
西村 好晴 竹中 博昭 岩瀬 和裕 矢倉 明彦 吉留 克英 大西 隆仁 高垣 元秀 石坂 透 別所 俊哉 大畑 俊裕 井上 匡美 大嶋 仙哉 田中 智之 片井 敦雄
出版者
Japan Surgical Association
雑誌
日本臨床外科医学会雑誌 (ISSN:03869776)
巻号頁・発行日
vol.53, no.11, pp.2569-2573, 1992-11-25 (Released:2009-03-31)
参考文献数
11

術後MRSA腸炎の重症化に影響を及ぼす因子と補助診断法につき検索した.対象症例12例を重症群6例,軽症群6例に分けた.重症群とは腎機能障害を併発した症例, 39℃以上の発熱を認めた症例,あるいは維持輸液以外に1日2,000ml以上の輸液負荷を要した症例とした.術前,術中の諸因子に有意な(p<0.05)差はなかった.腸炎発症までの術後日数は重症群が3.7±1.1日と軽症群の7.1±2.7日に比し有意に短かった.腸炎発症時の白血球数は両群間で有意差はなかったが,核左方移動係数は重症群が72±26%であり,軽症群の6±4%に比し有意に高値であった. Toxic Shock Syndrome Toxin-1 (TSST-1)の最高希釈倍数は重症群が27.4±0.4倍であり,軽症群の26.6±0.5倍に比し有意に高値を示した.腸炎発症までの期間が4日以内であること,腸炎発症時の核左方移動係数が高値であること, TSST-1の最高希釈倍数が高値であることは重症化を示唆すると考えられた.
著者
田村 淳 北口 和彦 崎久保 守人 上村 良 大江 秀明 吉川 明 石上 俊一 馬場 信雄 小川 博暉 坂梨 四郎
出版者
日本臨床外科学会
雑誌
日本臨床外科学会雑誌 (ISSN:13452843)
巻号頁・発行日
vol.69, no.7, pp.1565-1572, 2008 (Released:2009-01-06)
参考文献数
18
被引用文献数
1 1

当院外科入院患者において,腸炎症状を発症した症例に偽膜性腸炎またはMRSA腸炎を疑ってバンコマイシンの経口投与を行ったのでその投与状況と効果について検討した.2001年1月から2005年4月までの外科入院患者4867例のうちバンコマイシンの経口投与を受けた症例は41例で,約9割が手術症例であった.その内訳はCD抗原陽性で偽膜性腸炎と診断された症例が10例,便培養検査にてMRSA腸炎と診断された症例が10例,これらを疑ってバンコマイシンを投与したが検査結果により否定された症例が21例で,臨床症状からの正診率は49%であった.治療により全例において症状は軽快し,腸炎による死亡例は認められなかった.腸炎発症前に投与された抗菌薬をセフェム系とカルバペネム系に分けて検討すると,後者の方が腸炎発症リスクが高いと考えられた.手術部位別の比較では,MRSA腸炎は上部消化管手術後に多く発症する傾向がみられた.バンコマイシンはこれらの腸炎の標準的治療薬であるが,腸内細菌叢を攪乱することによりVRE等の新たな耐性菌感染症の発症リスクとなるため,適正な投与基準を設ける必要があると思われる.
著者
鈴木 秀三 藤野 栄一 野口 弘行
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会構造系論文集 (ISSN:13404202)
巻号頁・発行日
vol.69, no.585, pp.123-129, 2004
参考文献数
12
被引用文献数
3 7

Impact hammer tests were conducted to demonstrate the effect of human load on vertical vibrational characteristics (first natural frequency and damping factor) of wooden floors. The specimen was a 6.5m-long-span and 1.0m-wide wooden floor consisted of two 120mm wide and 300mm deep laminated wood timbers and 21mm-thick plywood sub-floor. The support and live load conditions of the specimen were changed. The live load combined with human load and furniture load ranged from 0 to 60 kg/m^2 respectively were applied to the wooden floor. The test results indicate, I) Human load hardly affects the first natural frequency of the wooden floor, ii) The value of damping factor at first natural frequency increases in proportion to the rate of human load over the weight of a wooden floor, iii) The measured first natural frequencies of the wooden floors coincide with those calculated according to the vibration theory for bending continuous model with the bending stiffness and the weight (the sum of dead load and furniture load except the human load) of the wooden floor.
著者
吉村 あき子
出版者
奈良女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

様々なレベルの類似性に基づくメタファー発話の解釈プロセスには、ソースをプロトタイプとし、ターゲットをその要素に含むように最小労力で抽象化された上位スキーマの構築が関わっていること、ストーリーレベルのメタファー発話は、制約を課せられた帰納的推論によって導出される推意を伝達することを明らかにし、演繹規則による2種の推意のみを主張する、現時点で最も有望視される発話解釈理論「関連性理論」を修正発展させた。
著者
柳川 洋一 萩原 章嘉 西 紘一郎
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.168-173, 2008-03-15 (Released:2009-07-19)
参考文献数
13

42歳の女性が歯痛,発熱,下顎~頸部腫脹で近医を受診し,感冒と診断されたが症状が悪化し,当院に搬送された。来院時,敗血症性ショック状態であり,頸部と胸部の造影CTで頸部及び縦隔膿瘍,膿胸を示唆する所見を得たため,頸部皮膚切開,気管切開と両側に胸腔ドレナージを施行した。口腔内を観察すると顎下腺開口部の拡大を認めた。以上の所見から,唾石症によると思われる顎下腺の炎症によりLudwig's anginaが生じて,降下性縦隔炎,膿胸,敗血症性ショックを合併したものと判断した。抗菌薬,人口呼吸管理と多房性膿胸に対するCTガイド下の外科的ドレナージの追加により全身状態は徐々に改善し,第58病日独歩退院となった。Ludwig's anginaは顎下部間隙膿瘍のことであり,主に齲歯から発生する。これが疎の口腔咽頭組織間隙を通じて感染が他に波及すると髄膜炎や降下性縦隔炎や膿胸を合併することもある。Ludwig's anginaは稀な疾患ではあるが死亡に至る可能性があるため,炎症所見を伴った下顎部腫脹の患者を診察した場合は,Ludwig's anginaを考慮する必要がある。
著者
朴 晋熯 田中 俊光
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要. アーカイブズ研究篇 (ISSN:18802249)
巻号頁・発行日
no.10, pp.155-174, 2014-03

本稿では、玉尾家によって作成されて保管された年代記を通して、労働と余暇がまだ分離されなかった江戸時代の農村における庶民の余暇と旅についてその実態と意義を調べようとした。中山道に面する鏡村に住む玉尾家は近隣の神社や寺で開催される祭りや娯楽行事に積極的に参加した。労働と余暇、宗教と世俗を二分法的に分ける現代社会と異なって江戸時代の神社や寺の宗教活動は庶民の余暇活動と密接な係わりを持っていた。江戸幕府は奢侈禁止令などを通して庶民の娯楽や余暇を規制しようとしたので、庶民たちは祭礼の名目を借りてその正当性を獲得しようとした。一般の人々は寺院で開催される秘仏行事や神社の儀礼として行われ始めた歌舞伎や能、相撲などの行事を楽しんでから日常生活に戻ったのである。一方、玉尾家は子供を含む家族旅行の形態で最も人気の高い旅行地である伊勢神宮へ行ってきた。そして当主の地位を相続する男性は30歳を前後にした時期になると故郷を離れて長距離旅行に行ってきた。こうした長距離旅行は彼にとって故郷を離れて新たな人間関係に接しながら、見聞を広める絶好の機会になったと思われる。このように江戸時代の長距離旅行は個人の人生において通るべき一種の通過儀礼として、重要な意義を持っていたといえる。This paper examines the aspects of travelling in a rural community and the meaning of leisure in the Edo period when the labor and the leisure were not yet separated, using a chronicle kept by the Damao family (玉尾家)as a historical text.The Damao family members participated with great interests in various religious festivals hosted by the neighboring shrines and the Buddhist temples. Differing from the modern time divided into two area such as labor and leisure, religious rituals and secular festivals, the Edo religious activities of the shrines and the temples were closely related to the commoners' leisure time activities. This became even true, considering that the sumptuary legislation by the Edo Shogunate forced the commoners to pursue religious outlook to justify their leisurely activities. The exhibition of a Buddhist image of a Bibul (a Buddhist statue not usually shown to the public) and the plays such as, Kabuki, Noh, and Sumo, all offered enjoying and refreshing moments to the commoners before they returned to the daily routine.The Damao family made it their ritual to visit the Ise Shrine, the most popular attraction site, during the childhood accompanying the father or brothers. Especially in the case of a male heir of the family upon reaching the age of thirty, he would leave the hometown going on a long-distance trip. This custom was to offer him a golden opportunity to experience human relationship beyond the locality and to broaden his views on worldly businesses. As shown from the Damaos case, a long-distance trip of the Edo period was considered to be important rite of passage which an individual should go through in his life.
著者
吉原 大志
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要. アーカイブズ研究篇 (ISSN:18802249)
巻号頁・発行日
no.10, pp.139-153, 2014-03

本稿は、災害時に被災した歴史資料(被災資料)の保全活動と、その担い手を社会のなかに広げるための方法について、阪神・淡路大震災を機に設立されたボランティア団体である歴史資料ネットワーク(史料ネット)の取り組みから考えようとするものである。史料ネットの活動の基礎には、地域の歴史資料そのものを保存するだけではなく、それを実現するための拙い手を、社会のなかに広げようという考えがある。これが、2004年の水害対応をきっかけとして、水損資料の応急処置方法とともに、「どこでも・誰でも・簡単に」資料保全の担い手になることができるという意識の普及を目指す水損資料修復ワークショップの実践へと展開した。この取り組みをさらに広げていくために、東日本大震災や紀伊半島水害の被災地における「思い出の品」を残す取り組みのような、被災地のニーズに即して史料ネットの日常的な実践を捉え面すことの必要を提起し、実際に史料ネットが始めている試みを紹介した。The purpose of this study is providing method for spreading subjects conserve, disaster-damaged historical materials, as a case of "The volunteer network for historical materials"."The volunteer network for historical materials" have conserved disaster-damaged historical materials since the Great Hanshin-Awaji Earthquake in l995. Their mission is not only conservation of damaged materials, but also spreading subjects conserve these materials. And they have held workshops for achievement of this mission.Now, in damaged areas, people look for their memorial materials like photos, home movies. Based on this movement, "The volunteer network for historical materials" try to spread objects of conservation through their workshops.
著者
吉原 大志
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要. アーカイブズ研究篇 (ISSN:18802249)
巻号頁・発行日
no.10, pp.139-153, 2014-03

本稿は、災害時に被災した歴史資料(被災資料)の保全活動と、その担い手を社会のなかに広げるための方法について、阪神・淡路大震災を機に設立されたボランティア団体である歴史資料ネットワーク(史料ネット)の取り組みから考えようとするものである。史料ネットの活動の基礎には、地域の歴史資料そのものを保存するだけではなく、それを実現するための拙い手を、社会のなかに広げようという考えがある。これが、2004年の水害対応をきっかけとして、水損資料の応急処置方法とともに、「どこでも・誰でも・簡単に」資料保全の担い手になることができるという意識の普及を目指す水損資料修復ワークショップの実践へと展開した。この取り組みをさらに広げていくために、東日本大震災や紀伊半島水害の被災地における「思い出の品」を残す取り組みのような、被災地のニーズに即して史料ネットの日常的な実践を捉え面すことの必要を提起し、実際に史料ネットが始めている試みを紹介した。The purpose of this study is providing method for spreading subjects conserve, disaster-damaged historical materials, as a case of "The volunteer network for historical materials"."The volunteer network for historical materials" have conserved disaster-damaged historical materials since the Great Hanshin-Awaji Earthquake in l995. Their mission is not only conservation of damaged materials, but also spreading subjects conserve these materials. And they have held workshops for achievement of this mission.Now, in damaged areas, people look for their memorial materials like photos, home movies. Based on this movement, "The volunteer network for historical materials" try to spread objects of conservation through their workshops.
著者
新沼 久美
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要. アーカイブズ研究篇 (ISSN:18802249)
巻号頁・発行日
no.10, pp.121-138, 2014-03

聖路加看護大学の大学史編纂・資料室では2006年から収集したオーラルヒストリーのデータ45件分を保管している。これらのオーラルヒストリーの収集手法を分析し、課題を検討することを通して、大学アーカイブズにおいてオーラルヒストリーを収集するにあたり必要となる作業について考察した。大学アーカイブズにおけるオーラルヒストリーの位置づけを大学組織運営の経営知としての資料、大学活動の主体者である学生(卒業生)の活動に関する資料の2つに限定して捉え、そのうえで大学アーカイブズでオーラルヒストリーを収集する際には、実施概要の作成、本人校正、公開・保存の同意書取得、データベース化、利用規程整備が必要な行程としてあげられることを示した。This study considers necessary steps to collect oral history at college archives, through examining the method how to collect the oral history which St. Luke's college of nursing archives did previously.First it is proposed that oral history is the collection of 1) the records of college management, and 2) the one of student activity. Then in order to archive oral history as college archives, it is concluded that 5 steps are required; recording process of project, interviewee's proofreading, permission to use the interview, online catalog, and use policy.
著者
長谷川 貴志
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要. アーカイブズ研究篇 (ISSN:18802249)
巻号頁・発行日
no.10, pp.99-120, 2014-03

2011年の「公文書等の管理に関する法律」の全面施行は、日本における公文書管理制度に大きな変化を齎した。こうした公文書管理制度が法令によって制定された背景には、それまでの行政機関における公文書管理の不備が、国民の権利を侵害し、国民に対する説明責任を全うできなかったことにある。本稿では、戦後外務省が作成・取得した文書によって形成された外交記録を検証対象とし、以下の三つのことを明らかにする。第一に、戦後の外交記録公開制度が如何に整備されたか。第二に、占領期における外務省の文書管理と外交記録の特徴とは何か。第三に、外交権回復後における外務省の文書管理と外交記録の特徴とはなにか。これまで戦後の文書管理が本格的検証にされていないなかで、戦後外務省が国際情勢の変化にどのように対応したのかという問題を文書管理という側面から明らかにすることとしたい。Putting in force of "Law on the management of official documents etc." in 2011 originates big change in management system of official documents in Japan. This big change is caused by defect of management of official documents by government. And this defect had been violating citizen's rights. The government could not perform a duty related for citizens of course.This paper is about the validation of diplomatic record conducted by Japanese Ministry of Foreign Affairs.With this validation, we can check 3 points following.The first, there adjustment process about the opening system related diplomatic record to the public in post war.The second, inoccupation period, what the characteristic of the diplomatic records and documents management is.The third, in recovery period of diplomatic privileges, what characteristics of the diplomatic record and document management is.This verification is intended to clarify aspects concerning dealing with counter move of Japanese Ministry of Foreign Affairs in the international situation with document management problems. Because previous management of official documents in post-war has not been verified enough and has some defect.