著者
小幡 圭祐 松沢 裕作
出版者
慶應義塾経済学会
雑誌
三田学会雑誌 = Mita journal of economics (ISSN:00266760)
巻号頁・発行日
vol.110, no.1, pp.75-91, 2017-04

はじめに1 内務省における「本省事業」の起草2 太政官における処理過程3 「別紙」の性格むすび研究ノート
著者
影山 昇
出版者
放送大学
雑誌
放送教育開発センター研究紀要 (ISSN:09152210)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.63-98, 1995

Japan, an island nation, owed much of its prosperity to the exploitation of marine resources during the Meiji period. In 1888, a Fisheries Institute called "Suisan Denshujo" was founded in Tokyo. "Suisan Denshujo", which was the predecessor of the Tokyo University of Fisheries, was established to teach techniques in fishing, manufacturing and cultivation, and to train technical experts in the fishing industry. The first schoolmaster was Akekiyo Sekizawa (1843-1897) and the second, Tamotsu Murata (1842-1925). In this article, the author reviews the two schoolmasters' contributions to the development of the Fisheries Institute.
著者
清地 ゆき子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.46-61, 2010-04

本稿は,日中語彙交流の視点から日本で訳語として成立した恋愛用語が,1920年代に中国語に借用されたことを明らかにすることを目的として,日中異形同義語「三角関係」と"三角恋愛"の成立及び定着過程を考察したものである。結論は次の4点てある。(1)「三角関係」は,1910年代後半に森鴎外や島村民蔵により訳語として成立した可能性が高い。(2)"三角関係"は1920年代初め,日本語借用語彙として中国人留学生らの創作作品などを介して中国語にもたらされた。(3)中国語では"三角関係"ではなく,1920年代前半に日本でも一時期使用された"三角恋愛"が定着した。(4)中国語において"三角恋愛"が定着した背景には,1920年代前半に,《婦女雑誌》を中心として,恋愛が頻繁に議論された社会状況があった。
著者
郡 千寿子
出版者
弘前大学教育学部
雑誌
弘前大学教育学部紀要 (ISSN:04391713)
巻号頁・発行日
vol.117, pp.1-7, 2017-03-28

現代語の形容詞「おいしい」は、「味が良い」ことを表現した古語「うまし(うまい)」を女性たちが「おいしい(いしい)」と言い換えて使用し始めたことに由来1)するものである。江戸時代の往来物資料には、同義語でありつつ使用者の性別を分化する「うまい」と「おいしい」の両語形が確認できるが、意味としては「おいしい」は、「味が良い」ことに限定されていた。「おいしい」の使用者は、当初は女性だけであったが、その後、男性にも波及し、現在では「味が良い」意として一般的に使用されている。ビールの広告用語では、「おいしい」より「うまい」が多用されており、「うまい」は、「おいしい」の誕生によって敬意が低減した一方で、味覚表現の「おいしい」に比して、より強調的で断定的な意味を有する語として機能していると考えられた。他方、近年、「おいしい生活」「ヱビスは時間をおいしくします」といった「味が良い」意味でない、新しい用法が生まれ、定着しつつある。その背景には、「おいしい」が、古い語形「うまい」がもつ多様な意味に影響されて、意味を拡大派生させた一面があると考えられるであろう。
著者
村山 実和子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.4, pp.16-30, 2012-10-01

近世の資料を中心に,「あつくろしい」「かたくろしい」「むさくろしい」などのように,形容詞を派生する「クロシイ」という接尾辞が見られる。まず,その意味・用法について観察すると,主にク活用形容詞に付き,不快感や非難など言語主体から対象へのマイナス評価を表すことが分かった。次に,その形式については,現代語では「あつくるしい」のように「〜クルシイ」という形が見られることから,従来は「〜クルシイ」が「〜クロシイ」へ形を変えたものとされてきた。しかし,中世の資料や現代方言に「〜クラウシイ」という形が見られること,「〜クロシイ」も「〜クルシイ」も連濁しないことなどを考え合わせると,「〜クロシイ」→「〜クルシイ」という変化であったと考えられる。「見苦しい」「息苦しい」のような,音形・意味ともによく似た「〜グルシイ」という形が存したために,このような語形変化が生じたものと考えられる。
著者
柳田 征司
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.186-174, 2008-01-01

抄物研究の現在は、戦前に研究をはじめた第一世代の研究者が世を去り、戦後から六〇年代までに抄物論文を発表しはじめた第二世代が研究成果をまとめ、他方七〇年以後抄物論文を発表しはじめた第三世代が研究を推し進めている、そういう時期として捉えられる。抄物の発掘・整備について言えば、日本語史上の通説を覆すような資料を含む厖大な量の資料が伝存しており、これを推進しなくてはならない。抄物による言語の研究は、価値の高い資料によって日本語の歴史の根幹に関わる問題を解明し、更にはその全体を説明することを目指さなくてはならない。抄物はそのための思索をするにふさわしい沃野である。しかし、他方で資料や用例の報告なども軽視してはならない。
著者
新屋 映子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.33-46, 2006-10-01

「彼はかなり熱心だった。」という形容詞文に似た表現として「彼はかなりの熱心さだった。」という名詞文がある。本稿は後者のように形容詞の語幹に接尾辞「さ」が後接した派生名詞を述語とする文の性質を、形容詞文と比較しつつ考察した。「〜さ」は抽象的な程度概念であるため単独では述定機能を持たず、性状規定文の述語であるためには連体部を必須とする。述語としての「〜さ」には性状の程度を中立的に述定するものと、評価的に述定するものがある。評価的に述定する機能は「〜さ」と形容詞が共通に持つ機能であるが、「〜さ」による述定には何らかの文脈的な前提が必要であり、形容詞文の評価性が形容詞によって表わされる性状の「存在」自体に向けられているのに対し、「〜さ」を述語とする文の評価性は連体部に示される性状の「あり様」に向けられているという違いがある。連体部と「〜さ」との意味関係は多様で、連体部は「〜さ」を述語とする文に豊かな表現力を与えている。
著者
小川 剛生
出版者
慶應義塾大学国文学研究室
雑誌
三田國文 (ISSN:02879204)
巻号頁・発行日
no.21, pp.8-17, 1994-12

はじめに一、中世公家と除目説二、良基の徐目執筆(1) : 康永元年京官三、良基の徐目執筆(2) : 貞和二年縣召
著者
油尾 聡子 吉田 俊和
出版者
The Japanese Group Dynamics Association
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.1-11, 2013

社会的迷惑行為の抑止方法には,禁止や制裁といった方法が取られることが多い。しかし,これらの方法は迷惑行為者の反発心を喚起させるため,長期的にみて抑止効果が弱い。本研究は,これらの方法の問題点を解決すると考えられる報酬による社会的迷惑行為の抑止効果を実証したものである。具体的には,社会的迷惑行為の行為者に対して認知者が好意の提供(親切な行動)を行うことによって,そうした行為が抑止されるのかどうかを検討した。好意を提供された迷惑行為者は,"好意を与えてくれた他者に対して,同様のお返しをしなければならない"という互恵性規範が喚起され,社会的迷惑行為を抑制すると予測された。大学生153名を対象とした実験室実験の結果,飲み物を振る舞ってもらうことを通して好意を提供された迷惑行為者の中で,特に,互恵性規範が喚起されやすかった人々は,社会的迷惑行為を抑制するよう動機づけられることが示された。最後に,好意の提供による社会的迷惑行為の抑止方法は,迷惑行為者と迷惑認知者の感情的反応と関係性の良好さをも配慮した長期的に有効可能性の高い方法であることが考察された。<br>
著者
鍛代 敏雄
出版者
東北福祉大学
雑誌
東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館年報 (ISSN:21862699)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.61-70, 2018-06-23

本稿の課題は、鎌倉期にはじまる石清水八幡宮寺祠官の印章に関する調査・研究の成果を報告するところにある。石清水八幡宮の印章に関するまとまった研究はない。そこで、本文では、別当・社務検校を務める祠官の私印について、あらためて検証した。とくに鎌倉期に確かめられる、幸清・宗清・耀清の3者の印章に関し、その形態、使用法、機能の3点を中心に論述した。なかでも、耀清の印章は、斯界においてほとんど知られていなかったが、国立歴史民俗博物館所蔵の国宝『宋版史記』の所蔵者であったことをはじめて発見した。その書誌学史上の意義は少なくないものと考える。なお、筆者は石清水八幡宮研究所主任研究員を兼任しており、本稿については、かかる調査・研究の成果の一部である。また、本学の博物館学芸員資格にかかわる単位取得履修講座・古文書学の授業を担当している。その概論のなかで、花押や印章の講義を行っている。今後の古文書学の授業に反映させていく所存である。This issues paper is to report the results of the investigation and research on the seal of the Iwashimizu- hachimangu (石清水八幡宮)shrine Temple the Shikan starts in the Kamakura(鎌倉)period. No large study on the sigil of the Iwashimizu-hachimangu shrine. So, about my impression of the Shikan(祠官)in the body, serve as intendant, Bettou (別当)and Kengyo(検校)again verified. Concerning the seal of kousei(幸清), sousei(宗清) and yousei(耀清), seen especially during the Kamakura, was discussed focusing on the forms, how to use, features three. The Shi ji(史記) was printed during the Song(宋)dynasty in China, in the collection of the treasures of the National History Museum of folkways, yousei sigil is little known in the field, but for the first time found. The significance of the bibliographical history no less considered. The Iwashimizu-hachimangu shrine Research Institute, and serves as this part of the results of such research and studies on paper. Also, are responsible for class credits course course concerning the qualification of Museum curator and Paleography. In its introduction, teaches kaou (花押) and seal(insyou 印章). On teaching of Paleography in the future to reflect.
著者
下沢 敦
出版者
共栄学園短期大学
雑誌
共栄学園短期大学研究紀要 (ISSN:1348060X)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.127-152, 2007

拙稿「鎌倉期悪党禁令中に現われる「傍輩」の語義の再検討」では、「向後」・「傍輩」の「懲粛」は、「向後」・「傍輩」の〈見懲らし〉に他ならなかったとする見通しを立てておいた。小稿は、十四世紀段階に入った鎌倉時代末期における関連資料の検討を通じて、それを確認しようと試みたものである。小稿において、所期の目的は、概ね達せられたと考える。鎌倉時代の最末期に至ると、専ら武家側の怠慢から、悪党逮捕の実が上がらなくなるに伴い、悪党処罰の実も上がらなくなった結果、「向後」・「傍輩」の〈見懲らし〉の一般予防の効果が著しく低減したが、時代が南北朝期に移り変わっても、悪党が多数残存していたことから、「向後」・「傍輩」の〈見懲らし〉は続行されていた。のみならず、「向後」・「傍輩」の〈見懲らし〉は、悪党が記録上から姿を消したとされる南北朝期後半以後にもなお存続し、十五世紀中葉の室町時代中期に至った所までは確認できた。
著者
今井 久代
出版者
東京女子大学
雑誌
東京女子大学紀要論集 (ISSN:04934350)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.37-64, 2019-09-30

"The Tale of Genji" has "Itooshi" with 386 examples including derivatives. However, this word is difficult to grasp because of the differences between (1) two conflicting senses and (2) the synonym "Kokorogurushi." In this paper, it was noted that "Itooshi", like "Kokorogurushi", is "the emotion of A who is in contact with B who is in a difficult state". "Itooshi" is an emotion with "guilt" that makes A realize that he is not the same as B. I argued that the sympathy with "guilt" is the difference between "Itooshi" and "Kokorogurushi".『源氏物語』には「いとほし」が、派生語も含めて386例存在する。しかしこの語は、 ①対立的な二つの語義、②類義語「心苦し」との違いにより、語義がつかみにくい。 本稿では、「 いとほし」が、「心苦し」と同様に、「 つらい状態にあるBに接している Aの心情」であることに注目した。「 いとほし」は、AにBと一心同体ではないことを 意識させる、「罪悪感」を伴う感情である。「負い目」を伴う共感であることが、「 いとほし」と「心苦し」の違いであると論じた。