著者
柴田 純
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.141, pp.109-139[含 英語文要旨], 2008-03

柳田国男の〝七つ前は神のうち〟という主張は、後に、幼児の生まれ直り説と結びついて民俗学の通説となり、現在では、さまざまな分野で、古代からそうした観念が存在していたかのように語られている。しかし、右の表現は、近代になってごく一部地域でいわれた俗説にすぎない。本稿では、右のことを実証するため、幼児へのまなざしが古代以降どのように変化したかを、歴史学の立場から社会意識の問題として試論的に考察する。一章では、律令にある、七歳以下の幼児は絶対責任無能力者だとする規定と、幼児の死去時、親は服喪の必要なしという規定が、十世紀前半の明法家による新たな法解釈の提示によって結合され、幼児は親の死去や自身の死去いずれの場合にも「無服」として、服忌の対象から疎外されたこと、それは、神事の挙行という貴族社会にとって最重要な儀礼が円滑に実施できることを期待した措置であったことを明らかにする。二章では、古代・中世では、社会の維持にとって不可欠であった神事の挙行が、近世では、その役割を相対的に低下させることで、幼児に対する意識をも変化させ、「無服」であることがある種の特権視を生じさせたこと、武家の服忌令が本来は武士を対象にしながら、庶民にも受容されていったこと、および、幼児が近世社会でどのようにみられていたかを具体的に検証する。そのうえで、庶民の家が確立し、「子宝」意識が一般化するなかで、幼児保護の観念が地域社会に成立したことを指摘し、そうした保護観念は、一般の幼児だけでなく、捨子に対してもみられたことを、捨子禁令が整備されていく過程を検討することで具体的に明らかにする。右の考察をふまえて、最後に、〝七つ前は神のうち〟の四つの具体例を検討し、そのいずれもが、右の歴史過程をふまえたうえで、近代になってから成立した俗説にすぎないことを明らかにする。
著者
岡田 正彦
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.71-90, 2001

文化7年(1810)、普門円通は主著である『仏国暦象編』を刊行し、自らの「仏教天文学」の学的組織を体系化した。「梵暦」あるいは「仏暦」と呼ばれる、この「仏教天文学」は、古今東西の天文学の知識をもとに仏典の天文に関する記述を渉猟し、最大公約数的な仏教天文学を体系化したものである。円通は天保5年(1834)年に没したが、その薫陶を受けた人々は「梵暦社」というネットワークをつくり、しばしば「梵暦運動」と呼ばれる思想運動を展開した。円通とその弟子たちの活動とその規模は、近世末期における仏教系の思想運動では特筆すべきものの一つである。ここでは、これまで省みられることの少なかった円通の門人たちによる理論を紹介し、仏教の各宗派に広く取り入れられながらも突然に姿を消した、梵暦運動の消滅とその後の「沈黙」の意味を考えたい。
著者
小原 一馬
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.3-118, 2011

Despite an abundance of application opportunities, for a long time Goffman's sociology of play/games has practically been ignored in the studies of play theory. The aim of this paper is to give his sociology of play an appropriate position in the historical development of play theories. To this end, the following points are demonstrated: 1. What were the achievements and the problems of the play theories (of Huizinga, Caillois, and Bateson) before Goffman? 2. How did Goffman inherit the previous works' achievements and solve their problems? 3. What kind of relationship did Goffman's sociology of play have with Csikszentmihalyi's flow theory, which had the greatest influence on the development of play theories after Goffman? While Caillois basically inherited Huizinga's definitions of play he criticized Huizinga's concept of play as being too wide, and his definitions of play are not appropriate for "play" as a whole but only to a part of it. Therefore, Caillois redefined "play" to the domain of culture, and also he classified "play" into four by two categories. Responding to Caillois' criticism of Huizinga, Goffman developed Bateson's frame theory, and he showed that the fun of play can be explained through a single, integrated one without any classification. This new frame theory by Goffman can be summarized as the playing field introducing various valuable things from the outside world into itself through its frame while blocking any irrelevant objects; it is important to balance the way of its reflection of the outside world in order to heighten participants' concentration on its unique reality utilizing randomness and symbolic distance. This theory of Goffman's is in a complementary relationship with Csikszentmihalyi's flow theory, which also emphasizes concentration, and thus its integration will lead to a more complete theory.
著者
伊藤 文人
出版者
日本福祉大学社会福祉学部
雑誌
日本福祉大学社会福祉論集 = Journal social Welfare, Nihon Fukushi University (ISSN:1345174X)
巻号頁・発行日
no.143, pp.57-79, 2021-03-31

本論考は,「社会福祉発達史」の視点と方法に関する戦後社会福祉学史上の意義と限界を明らかにしていく作業の一環として設定される.本論考では,「社会福祉発達史」という研究対象が生まれた背景としての戦後社会科学の知性史の一端にも触れつつ,そうした当時の知的環境のなかでこの研究領域を開拓した故高島進(1933-2016)がどのような問題意識を以てこれと対峙してきたのか,1970 年代初頭において提起された「社会福祉三段階発達史論」の到達点までの足跡を明らかにしながらその意義を考察するものである.
著者
鵜殿 正元
出版者
明治大学和泉校舎
雑誌
明治大学人文科学研究所紀要 (ISSN:0389598X)
巻号頁・発行日
no.11, pp.37-44, 1958-10
著者
プレモセリ・ジョルジョ
出版者
佛教大学大学院
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
no.45, pp.89-100, 2017-03-01

従来の研究では、泰山府君は病気治療や延命長寿から昇進や栄達といった現世利益の神として言われていた。さらに、最新の研究では、泰山府君は陰陽道諸神とともに、仏菩薩の変化・垂下とする顕密仏教の世界観のなかにあり、その秩序に組み込まれる存在として指摘された。しかし、このように描かれた陰陽道では、仏教を補完する信仰として存在しており、独自の世界観を持っていないように捉えられた。本論はこういった問題意識から出発し、『朝野群載』永承五年(一〇五〇)成立の都状と『台記』康治二年(一一四三)成立の都状に焦点を当てながら、泰山府君祭の生成と展開を分析した。その結果、泰山府君は、十世紀末に密教儀礼を取り組んだ上で、はじめて陰陽道神として生成したことがわかった。さらに、陰陽道は密教と競合することで、院政期において独自の世界観を維持しようとしたことを指摘した。その世界観では、泰山府君は顕密仏教の一環を担う存在には解消できない神格であった。陰陽道泰山府君都状台記祭祀泰山府君祭
著者
室田 辰雄
出版者
佛教大学大学院
雑誌
仏教大学大学院紀要 (ISSN:13442422)
巻号頁・発行日
no.35, pp.61-74, 2007-03

今回主題とする「文肝抄」は鎌倉後期に官人陰陽師の賀茂在材が編纂したとされる賀茂家陰陽道祭祀の次第書である。陰陽道祭祀に関しての研究は、従来、古記録や史書、道教経典、密教の儀軌書からの分析が大半であり、今まで明らかでなかった陰陽道側の言説を確認できる貴重な資料である。「文肝抄」の次第において特徴として挙げられるのは、院政期から鎌倉期の祭祀が見られる点と、地域社会との交渉であると思われる。その中でも、民俗社会における関連が見える「荒神祓」に関する分析を進める。結果、密教から荒神祓を取り込み、鎌倉中期の官人陰陽師賀茂在清が陰陽道儀礼に改編した。また、「文肝抄」における荒神は祓い清める対象であり、呪歌を詠むなど民俗社会への影響がみえる点もあった。また「文肝抄」?荒神祓?の影響を考察するために、中世末期成立安倍泰嗣編の「祭文部類」「荒神之祭文」を分析し、比較対象とした。結果、祓儀礼であった荒神祓は、荒神祭として祭られる対象となった。ただし、祭文の内容は祓の影響を受けている箇所もあり、祓から祭祀への移行した形跡を残している内容であった。「文肝抄」荒神祓賀茂家
著者
日吉 真美
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.52-62, 2019

<p>本研究の目的は「ひきこもり」当事者が乗り越えてきたものを本人の視点から明らかにすることである.2017年度に全国68カ所のひきこもり地域支援センターを利用する当事者に対するアンケート調査を行った.分析方法は,anova4による分散分析を用いた.分析の結果,次の特徴が見られた.それは「人と接することに対する恐怖」,「家や部屋から出ることに対する不安」,「何かしようという気力のなさ」,「過去のつらい出来事の想起」,「人の視線に対する恐怖」,「乗り物(電車など)に乗ることに対する恐怖」,「他人の価値観の受容のできにくさ」,「自分の中で何が起こっているかの認識の低さ」,「親子関係の悪さ」,「自分の病気や障害に対するつらさ」,「不登校やひきこもり経験に対する負い目」,「自分自身の自信のなさ」であり,この12の経験が「ひきこもり」当事者が乗り越えてきたものの一部であることが示唆された.</p>
著者
本田 佳代子 阿久澤 さゆり 澤山 茂 中村 重正 川端 晶子
出版者
一般社団法人日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会誌 (ISSN:13411535)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.226-231, 1997-08-20
被引用文献数
1

凍みいも2種を山梨県鳴沢村より,ブランコ,ニグロをボリビアより入手した。一般成分と糊化特性を検討し以下の結果を得た。1. 一般成分は,澱粉含量は56%であった。窒素含量も少なく生じゃがいもに比べて成分の変化がみられた。総食物繊維量は,生じゃがいもに比べて顕著に増加しており,中でもリグニンの含量が高かった。2. 示差走査熱量分析では,糊化開始温度が生じゃがいもに比べて凍みいもはわずかであるが高温側であった。また,ブランコ,ニグロでは低温側にあった。3. 澱粉の水可溶性区分の分子量を比較したところ,凍みいもとブランコ,ニグロは高分子側にピークがみられた。また,ヨウ素呈色反応によりFr I, II, III に分けたところ,生じゃがいもではFr III までみられたが,凍みいもではFr II までしか測定されず,凍結乾燥による組織成分の変化が示唆された。
著者
三野 たまき 松井 泉樹
出版者
一般社団法人 日本繊維製品消費科学会
雑誌
繊維製品消費科学 (ISSN:00372072)
巻号頁・発行日
vol.49, no.3, pp.207-216, 2008

近年, 脚の整容効果を目的とした着圧ハイソックスが多数市販されており, むくみを気にする人は足を細く見せるために圧の高い製品を選びがちである.しかし, 着圧ハイソックスの整容効果の詳細とこれが生体に及ぼす影響につては未だ明らかにされていない.本研究では快適で効果的なむくみを改善するためのハイソックスの基本設計条件を検討した.被験者は19~23歳の女子8名であった.一日2回, 測定間隔を4時間以上あけた午前と午後に, 下腿と足部の容積を自作の測定ブーツを用いて測定した.3種類のハイソックス ("ちょうど良い"と感じるAソックス, 最も低圧の市販着圧タイプのBハイソックス, Aハイソックスの上にサポーターで膝下から脹ら脛にかけて覆ったCハイソックス) を着用した時の, 被服圧とその圧感覚 (比率尺度によって評価) ・相対容積変化率 (午後の容積から午前のそれを差し引いた相対値) を調べた.すると, 足部ではAとCに比べBを着用した時の方が有意に圧は高く, かっ"きつい"と申告したが, どのハイソックスであっても相対容積変化率には差がなかった.下腿部では, A<C<Bの順に圧が有意に高く, その時の圧感覚も同一順に"きつい"と評価したが, 整容効果はAよりはB・Cであるものの, BとCは同程度であった.このことから下腿および足部の整容効果を期待する場合, 効果の期待できない足部を無理に圧迫する必要はなく, 下腿部のみの圧迫で充分であると考えた.また, 足部を圧迫せずに下腿部のみを圧迫 (Cハイソックス着用時) しても, 足部と下腿部をともに圧迫 (Bハイソックス着用時) した効果が下腿部で得られた.