著者
得丸 公明
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. IT, 情報理論 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.110, no.137, pp.67-72, 2010-07-15
被引用文献数
2

地球環境問題がなぜ起きたのか探究した筆者は,人類,文明,言語の起源を訪ねて,最古の現生人類遺跡として知られる南アフリカ・クラシーズ河口洞窟を訪問した.あまりに快適な居住環境は,そこが人類誕生の地であることを思わせた.東アフリカの地下トンネル中で生活するハダカデバネズミの音声通信とヒトの話し言葉を比較し,符号語の数が3〜4桁も異なることを考究し,この違いはヒト言語のデジタル性にあると思った.情報理論や分子生物学の研究成果を参照した結果,ヒト話し言葉の背後には誰もまだ概念化できていないデジタル原理があり,それがオートマトンとして言語システムを駆動していると思った.
著者
高山 博
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.101, no.11, pp.1883-1920,2048, 1992

The baillis and seneschals were the key men in the field administration of Medieval France. It has been generally understood that despite their different denominations in the south and the north, they had almost identical functions in the royal administration. The author calls this general understanding into question, and makes clear differences in their administrative functions. He suggests that we should treat the baillis and seneschals as different officials, because the region of bailliages and that of senechaussees were under different administrative systems. He proposes a new framework to understand the administrative structure of Philip IV.
著者
菅原憲一 内田 成男 石原 勉 高橋 秀寿 椿原 彰夫 赤星 和人
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.289-293, 1993
被引用文献数
22

脳卒中片麻痺患者39名を対象に歩行速度および歩行自立度に関与する因子を知る目的で, 上田による12段階片麻痺回復グレード法(以下グレード), 患側下肢荷重率, 患側下肢筋力, 深部感覚障害, 身長, 体重, 罹病日数, 年齢を選びその関連性を検討した。その結果, 歩行速度・歩行自立度に対して高い相関を示したのはグレード, 患側下肢荷重率, 患側下肢筋力であった。また, 三変数間の相関も高かった。さらに歩行能力の二つの指標を目的変数としたステップワイズ重回帰分析の結果では, 歩行速度の第一要因は患側下肢荷重率であるのに対し, 歩行自立度の第一要因はグレードとなっていた。以上の結果から片麻痺の歩行予後予測には運動機能評価における定性的評価に加えて, 定量的評価が重要であることが示唆された。
著者
小沢 佳史
出版者
経済理論学会
雑誌
季刊経済理論 (ISSN:18825184)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.78-87, 2013

The aim of this paper is to show John Stuart Mill's first prospect for the stationary state. The stationary state is one of the famous terms in political economy, which means a state of human society where the wealth of a nation does not increase nor decrease. It is well known that Mill celebrates it in his treatise Principles of Political Economy. Our conclusion is that Mill's first prospect for the stationary state is one which does not suppose a realization of this state. Previous studies offer an interpretation that Mill regards a practice of associations as a process of realizing the ideal stationary state. For the 3rd and subsequent editions of Mill's Principles, we maintain that this interpretation is appropriate. However, this is only true with regard to these editions. The construction of this paper is as follows: First, it is shown that whereas he considers a progressive state of national wealth the best option for the time being, Mill thinks that an ideal of human society is the kind of stationary state in which people have no intention of increasing wealth. From this, a question arises as to how this ideal stationary state can be realized. Then we compare the theory of associations in the 1st and 2nd editions of Mill's Principles with that in the 3rd and subsequent editions. We conclude that in former editions, a prospect that the ideal stationary state can be realized through a practice of associations is not proposed; Mill judges a practice of associations not to be realistic at present and scarcely refers to changes in society to which it will give occasion. As described above, a realization of the ideal is not proposed in the 1st and 2nd editions of Mill's Principles. However, we can seek, even in these editions, the meaning of the theory of the stationary state: to change attitudes of legislators. Based on this theory, Mill proposes to legislators that they ought to put the greatest importance not on the mere increase of production but on the improvement of distribution, "as the true desideratum."
著者
大城 渡
出版者
名桜大学総合研究所
雑誌
総合研究 (ISSN:18815243)
巻号頁・発行日
no.16, pp.17-34, 2010-02

本稿では,2009年4月に沖縄県立美術館で行われたある企画展において,昭和天皇をモチーフにした作品を県美術館が非展示措置とした問題を素材として,憲法が基本的人権として保障する「芸術の自由」の意義と,地方自治法にその関連規定がある「公の施設」としての公立美術館のあり方が検討される。結論として,美術館のとった措置は,作品に反映された芸術家の人格や芸術の自由への適切な配慮を欠いた不当な措置であり,そして,行政当局により恣意的に選別されることのない多様な芸術作品を自由に鑑賞する一般公衆の知る権利や思想良心の自由を害するおそれがある。県美術館は本来その多様な利用形態にこそ特色のある,専門性ある公の施設である以上,住民にとって恣意的(と疑われるよう)な展示作品の選別は許容されない。今回の問題は,専門的かつ合理的な展示作品の選別の方法も含む,県美術館運営のあり方に大きな課題を残したと評価せざるを得ない。This article considers the recent case of the Okinawa Prefectural Art Museum's refusal to exhibit artwork involving the Emperor Showa. It focuses mainly on Government Speech in relation to several constitutional rights, including freedoms of thought and conscience and the freedom of artistic expression. It also examines the roles which public facilities such as art museums should fulfill. Although it is increasingly important that the modern state continues to encourage the cultural and artistic expression of individuals or organizations through substantial subsidies, public museums should not be permitted to censor exhibited works of art arbitrarily.
著者
永和 良之助
出版者
佛教大学
雑誌
社会福祉学部論集 (ISSN:13493922)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.19-36, 2008-03-01

介護保険の実施により高齢者介護事業は激変したが,本稿は,措置の時代から高齢者介護をほぼ一手に担ってきた社会福祉法人経営が,この介護保険の実施によりどのように変化したのかを明らかにする目的の下に著したものである。研究方法としては,公文書公開制度を活用し,社会福祉法人が経営する高齢者介護事業の内部資料を入手・分析する方法を採った。資料分析の結果,高齢者介護事業を営む社会福祉法人の多くが,介護保険実施以降,事業収入を大きく伸ばし,高利益を得,事業拡大していることが明らかとなった。だが,それは,人件費抑制,利用者のサービス経費の抑制によるものであり,これまでの「労働集約型産業」である社会福祉事業の姿を大きく歪めるものである。のみならず,かかる法人経営の高齢者施設(特別養護老人ホーム)では,利用者の生活は一層貧しくなり,介護職員の労働環境も荒廃していることを具体的に論証した。無論,すべての社会福祉法人が営利主義的傾向を強めているわけでも,利用者の生活が貧しくなり,介護労働が荒廃しているわけでもなL、。むしろ,介護保険になり,営利主義的社会福祉法人と非営利社会福祉法人の二極分化は,一層顕著になった。介護保険で「経営の自由」を得た社会福祉法人は,「自由」を得たがゆえに自己の本当の姿を露わにせざるを得なかったからである。本稿では,「経営の自由」を得た社会福祉法人(経営者)がその「自由」をどのように行使したかも論述した。本稿は,介護保険制度それ自体を論じるものではないが,社会福祉法人の経営変化,利用者の生活変化,介護労働の変化を通して,介護保険制度の持つ問題点にも言及している。
著者
植村 清加
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.271-291, 2004

本論文はフランス、パリ地域に住むマグレブ系移民第二世代が語る<つながり>のかたちを検討することから共同体を再考する。個人を基礎とする「市民たちの社会的つながり」に価値をおくフランス社会において、マグレブ系の人々はその「民族的共同体」や「共同体的属性」が可視化され周辺化された状況にある。その周辺化された「共同体」を自身の生活空間および社会関係の一部とする第二世代の人々は、親たちと自分を差異化し、「出身共同体の文化」から身を引き離してフランスの市民像にうまく合致する自己表象を行うが、その語りからは具体的な生活空間における対面的な関係をさす共同体への言及がみられる。本論文では、そうした彼らの語りと空間実践を、マルク・オジェが提示した「非-場所/場所」の概念、およびミシェル・ド・セルトーが提示した実践される場所としての「空間」概念にヒントを得て検討していく。こうした空間概念を用いることの主眼は、彼らの生活空間を形作ってもいる匿名的な「非-場所」としての都市において対面的な関係がもたれる「空間」に注目するためであり、そうした視点から<つながり>を分析することにある。彼らの語る「私たちの共同体」および「私は私たちの共同体からでている」という語りと空間実践の分析を通して本論文が提示するのは、彼らがローカル化された意味をもつ生活空間における対面的な交換や異なる意味の関係の重ねあいを通して<つながり>を語るとともに、そうした<つながり>を、意味づけの異なる関係と空間へと分割しながら共同体を維持しているということである。本論文は、「公私の区別」という空間概念を導入して提示されるフランス市民像における「個人」と「共同体」のあり方と並存して、そうした区分を横断する形で「個人主義的」であると同時に多民族的で、差異を含みもつ<つながり>としての共同体が生きられていることを、こうした彼らの実践から明らかにする。
著者
谷本 奈穂
出版者
関西大学
雑誌
情報研究 : 関西大学総合情報学部紀要 (ISSN:1341156X)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.57-67, 2007-07

社会学の領域において,「身体」というパースペクティブが注目されている。そこでまず本論では特にAデiddensによるボディプロジェクト(body projects)概念を検討した.次に,アンケート調査から,一般的な身体加工に関する意識を分析し,次のことを明らかにした.一つは身体加工において準拠されているのは,「自己自身」,「他者の視線」,「社会の視線」であること((1)自己系,(2)他者系(消極)系,(3)他者(積極系),(4)社会系と命名).もう一つは一般的な身体加工は,他者のため((2)(3)),社会への配慮のため((4))だけでなく,自己満足のため,自分らしくあるため((1))に行われることが多いことである.また,そこにはジェンダー差があり,同じ「他者の視線」を意識するのでも((3)他者(積極)系),男性は不特定多数な異性を,女性は自分の好きな特定の人だけを念頭においている.さらに女性は,自己満足や自分らしさといった「自己自身」を準拠することが多い.そして,外見の良し悪しでも差異が見いだせ,外見をほめられる経験の多い人は,(1)自己系,(3)他者(積極系)の理由を挙げ,ほめられる経験が少ない人は,(2)他者(消極系)の理由を挙げる.(1)自己系の理由を多く挙げるのは,女性であり,外見をよくほめられる人であった.このような一般的身体加工に関する意識は,他の身体における現代的現象と関連している.
著者
野崎 昭弘
出版者
大妻女子大学
雑誌
大妻女子大学紀要. 社会情報系, 社会情報学研究 (ISSN:13417843)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.251-255, 2006

円周率πを表すいわゆるブランカーの公式の初等的な導き方を示し,その打切り誤差が,π/4の逆数をグレゴリー級数で表したときの打切り誤差と正確に一致することを示した。またその導き方を応用して,自然対数の底eの収束の速い連分数展開を与えた。さいごにそれらの無限連分数の数値計算法を検討して,これまでに知られている直接的な計算法をブランカーの公式に当てはめるとすぐ桁あふれが起こってしまう(最初の10項しか計算できない)こと,また本論文で提案される計算法によれば,桁あふれを大幅に抑えられる(4百万項計算できる)ことを示した。
著者
家永 遵嗣
出版者
東京大学
巻号頁・発行日
1994

博士論文
著者
古明地 樹 Tatsuki KOMEIJI コメイジ タツキ
出版者
総合研究大学院大学文化科学研究科 / 葉山町(神奈川県)
雑誌
総研大文化科学研究 = Sokendai review of cultural social studies (ISSN:1883096X)
巻号頁・発行日
no.15, pp.47-64, 2019-03-31

本論では、江戸時代中期の絵師、橘守国(延宝七(一六七九)年―寛延元(一七四八)年)画作『絵本通宝志』(享保十四(一七二九)年刊、以下『通宝志』)を、「太公望図」を中心に分析することにより、守国が行った作画方法を明らかにし、守国作品の位置づけを試みる。今回の分析から、守国の作図は画題が持つ複数の定型表現を取り合わせて行われていると推定できた。これは、守国が狩野派に学んだ知識を絵師の需要に即して変容させたものであると考えるものである。近世中期以降、町絵師が増加することで、粉本に対する需要が増していた。狩野探幽の弟子である鶴澤探山に学んだ橘守国は、その需要に応じるように大坂で多くの絵手本を作成した。それらの絵手本は浮世絵師を含む町絵師に大きな影響を及ぼしたことで知られる。本論で扱う守国画作の『通宝志』は、柏原屋より刊行された絵手本である。様々な画題を紹介し、人物図や和漢の故事画題に関しては解説を付す形式をとる。自序に従えば、守国は、作画の際に先例となる図様を粉本として用いるべきだと考えており、粉本として『通宝志』を手掛けたという。この主張は典型的な粉本主義と同種のものだと言える一方で、図様の中には先例から逸脱したものが少なくない。特に、巻五上にはその傾向が強く表れる。巻五上は、狩野永徳以来宝永年間まで狩野派が描き続けてきた賢聖障子(けんじょうのそうじ)という画題を掲載している。賢聖障子とは、三二人の漢人物を描いた紫宸殿を飾る画題であり、守国が狩野派の粉本を目にしていたと推測される。しかし、守国が描く賢聖の図は狩野派画の賢聖障子資料と同一の構図ではない。粉本主義の主張と、描いた作品の独自性という矛盾に対し、本論では「太公望図」を中心として分析を行った。その結果、太公望図には、舶載の漢籍などに由来する肖像画的な系統と、故事を絵画化した系統の二系統が存在することが判明した。また、守国の作画は両者を取り入れていることが判明した。これは賢聖障子の画題紹介をすると同時に、絵師の需要に即した図を守国が作画したものであると推測する。このことから、『通宝志』巻五上から見る守国作品は、絵画領域において狩野派という雅文化の知識を、庶民文化へと普及させる一翼を担ったと考えられ、知識が庶民文化へ伝達される近世中期的特徴と一致するものである。In the 18th century, books classified as e-dehon (絵手本) or gafu (画譜), which are illustration books for painters to use in their works, were published in Osaka (大坂). Although these were low-brow media as printed books, some painters who studied drawing from such highly regarded schools as Kanoh-ha (狩野派), the most popular school in the Edo period, made e-dehon and gafu. This characteristic coincides with the character of the 18th century, a period where high culture and low culture converged.Tachibana Morikuni (橘守国) was a painter who studied the methods of the Kanoh-ha school and made many e-dehon in this period. The e-dehon by Morikuni influenced many painters, and this study focuses particularly on the influence on ukiyoe-shi (浮世絵師). Meanwhile, the influences on Morikuni himself are rarely discussed. What knowledge and drawing theories did Morikuni learn from the Kanoh-ha? How did Morikuni use this knowledge and theory in his work? In an attempt to answer these questions, this paper analyzes an illustration of Taikobo (太公望) found in "E-hon Tsuhoushi (絵本通宝志)" Volume 5 by Morikuni.Volume 5 of "E-hon Tsuhoushi" introduces "Kenjo-no-soji (賢聖障子)", an illustration of 32 Chinese people set at the shishinden (紫宸殿), the hall where royal ceremonies were held. Taikobo is one of the Chinese people depicted in this illustration. The Kanoh-ha school considered tracing to be the most important aspect of painting, and Morikuni made the same assertion in "E-hon Tsuhoushi". Thus, one would expect that Morikuni would draw the illustrations to be the same as the original "Kenjo-no-soji" in "E-hon Tsuhoushi". However, the illustrations in "E-hon Tsuhoushi" are different from the original "Kenjo-no-soji" by Kanoh-ha. Based on an analysis of Taikobo, this paper infers that the illustration was made from two traditional Kanoh-ha illustrations. In other words, Morikuni did not deviate from his claim when he made the new Taikobo illustration.These illustrations were likely drawn in response to requests from purchasers such as machieshi (町絵師), painters who also painted for townspeople. The original illustration of kenjo-no-soji is too prestigious for machieshi to use. By adopting Kanoh-ha theory and drawing new illustrations in response to the demands of machieshi, Morikuni successfully made new illustrations that were more convenient for them.
著者
東口 篤司 逸見 博文 金澤 朋扇 斉藤 学
出版者
日本哺乳動物卵子学会
雑誌
Journal of mammalian ova research = 日本哺乳動物卵子学会誌 (ISSN:13417738)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.134-138, 2009-10-01
参考文献数
14

薄い内膜では何故妊娠率が低いのか、そのメカニズムは不明である。本研究ではそのメカニズムを解明するために薄い内膜と正常の厚さの内膜のステロイドレセプター、Transforming growth factor α(TGFα)、酸化ストレスを比較検討した。対象は205症例、1,035自然周期で、妊娠率から排卵後5-7日目の子宮内膜が6cm以下を薄い内膜群(12例;妊娠率8.3%)、7cm以上を正常内膜群(193例;妊娠率51.3%)とした。薄い内膜群ではエストロゲンレセプター、プロゲステロンレセプター、内膜間質における酸化ストレスが有意に高く、TGFαが有意に低かった。これらの機能的異常が薄い内膜における低妊娠率のメカニズムと考えられた。
著者
稲葉 浩幸
出版者
近畿大学
雑誌
商経学叢 (ISSN:04502825)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.149-165, 2003-12-20

本稿では, ファイアマークの図案を分析し, その由来や意図を検証することを目的とする。ファイアマークとは火災保険契約の証として, 被保険者宅に取り付けられたプレートのことであり, わが国では1887年に設立された東京火災のファイアマークが最古のものである。ファイアマークの役割は, 消防組織が消火活動を行う際の目印また保険会社の広告・宣伝という実益的な機能がクローズアップされるが, そのデザインには「水」や「魔除け」といった図案が多用され, 防火の「お守り」としての側面も見られる。こうしたファイアマークの歴史的・文化的価値を評価し, わずかに現存するファイアマークを保存していく必要がある。
著者
伊東 史朗
出版者
毎日新聞出版
雑誌
佛敎藝術 = Ars buddhica (ISSN:00042889)
巻号頁・発行日
no.342, pp.73-106,図巻頭3p, 2015-09