著者
杉山 光信
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.57-74, 2008-06-30

この論文では栗原彬の仕事を取りあげるが,それは歴史的現実へのコミットという点でわが国の市民社会論の立場を受け継いでいると考えるからである.栗原彬の仕事はエリクソンのアイデンティティの概念を出発点としている.ふつうアイデンティティは幼児期から老年期に至るまで個人がライフサイクルの各段階での課題を達成するとき確立されると考えられている.つまり個人の心理発達の問題と理解されている.しかし,栗原の理解はこれとちがっている.1960年代アメリカでの公民権運動にコミットするエリクソンに学び,歴史の転換期と青年期の存在証明の探求が出会うときにアイデンティティがもつ衝迫力を中心とするものである.それゆえ栗原にとって,アイデンティティは個人と歴史社会とを同時に視野に取り込むことのできる戦略的概念なのである.このような理解に立って,栗原は昭和前期の政治指導者のパーソナリティや行動と時代を分析してみせる.また高度成長期に豊かさとともに増大する管理社会化のもとにいる青年たちを分析する.そして最近では水俣病未認定患者たちの運動とともにあり,彼らのもとで「存在の現れ」の政治を認めるに至っている.「存在の現れ」とはアレントが『人間の条件』で語る「行為」に近い考えである.以上のような理解のアイデンティティ概念を手に歴史的現実にコミットする栗原彬の仕事は,社会学研究に多くの示唆を与えるものである.
著者
大内 謙太郎
出版者
一般社団法人 日本老年歯科医学会
雑誌
老年歯科医学 (ISSN:09143866)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.96-101, 2017-09-30 (Released:2017-10-12)
参考文献数
22

前頭側頭型認知症(FTD)を有する患者に対して,亜酸化窒素吸入鎮静法にクラシック音楽の聴取を併用することにより,歯科処置を終了しえた症例を経験したので報告する。 患者は67歳,男性。義歯修理が予定されたが,連続する顎タッピングのために通常の治療は困難と判断され,全身疾患を有する患者の全身管理を専門とする全身管理歯科治療部へ紹介となった。既往歴として3年前にFTDと診断され,神経科精神科で外来加療中であった。 全身管理を担当する歯科麻酔科医が口腔内を診察したところ,患者は口腔内に飴玉を含んでいた。今回,口腔内の飴玉除去への拒否感が強く,また顎タッピングのために歯科治療の実施が困難であったため,亜酸化窒素吸入鎮静法とクラシック音楽の聴取を併用して精神鎮静を図り,3回の歯科処置を行うこととした。 1回目の歯科治療では,亜酸化窒素の投与開始3分後に飴玉を容易に吐き出した。2回目および3回目の歯科治療では,経鼻カニューラを装着したところ自発的に飴玉を吐き出した。亜酸化窒素吸入鎮静下で,顎タッピングなく3回の治療を終えた。 理解度の低い認知症患者に対しては,静脈内鎮静法や全身麻酔法が適応となる。前頭側頭型認知症患者の歯科治療において,亜酸化窒素吸入鎮静法を用いたところ,円滑に歯科治療を施行できたことから,亜酸化窒素吸入鎮静法も認知症患者の行動調整の一方法となりうることが示唆された。
著者
森永 裕美子 難波 峰子 二宮 一枝
出版者
岡山県立大学保健福祉学部
雑誌
岡山県立大学保健福祉学部紀要 (ISSN:13412531)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.57-65, 2014

本研究は、育児期の父が、どのように" 父らしく" なるのか、父自身の内面(意識)と行動から明らかにすることを目的に、3 歳6 か月児をもつ夫婦11 組のうち父を対象に、父自身が" 父らしくなったと感じたところ" についてインタビューした。 その結果、「母とのやり方の違い」、「仕事か育児か優先順位への迷い」、「父の家事・育児に対する考え」、「母に対してとる配慮」、「父自身で抑制」「父としての家族への責任」、「父としての子どもとの関わり」、「子どもの直接的反応への感情」、「子どもがいることで経験する慈しみ」の9つのサブカテゴリ、『父の中で葛藤する』『バランスをとる』『父として役割を遂行する』『父として実感する』の4つのカテゴリ、【父が折り合いをつける】と【父として自覚する】という2つの中心的概念が抽出された。そしてこれら2 つの中心的概念は、父の内面(意識)と行動から父が父らしくなる一因であることの示唆を得た。We examined how fathers involved in child care became like a father from their awareness and behavior as fathers. Semi-structured interviews were conducted with 11 couples of parents who had a 3.5 year old infant supposed to receive a routine medical examination and completed a questionnaire when the infant was 3 and a half years old.Fathers were asked when they actually felt they had become like fathers. Analysis identified 9 subcategories related to changes of awareness and behavior as fathers: Difference in child care between father and mother; Dilemma between work and childcare; Image of a father doing housework and child care; Thoughtfulness to mother; Self-restraint; Responsibility to family; Relationship with the child; Feelings about reactions from the child; and Affection experienced by having a child. The subcategories were classified into 4 categories: Inner conflict; Keeping psychic equilibrium; Playing a fatherly role; and Having a real sense of fatherhood, and the two central concepts: coming to compromise and awareness were identified. And these two central concepts got the suggestion of being the cause that father came to seem to be father from the inside (consciousness) and an action of father.
著者
磯村 淳 河中 治樹 小栗 宏次 渡邉 英一
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告 = IEICE technical report : 信学技報 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.114, no.515, pp.139-144, 2015-03-16

本研究の目的は,カメラを用いた男性の尿量及び尿流率推定における精度向上である.循環器系疾患の患者のための排尿量管理や,下部尿路機能障害の早期発見のためにも簡便な排尿量及び排尿流率計測方法が望まれている.実験では排尿を模擬した液体を撮影した後,原画像から液体のみを白色画素として残す2値画像に変換するために背景差分法を用いた.撮影を蛍光灯の下で行ったので,2値画像内にはノイズが生じた.2値画像内の白色画素の近似曲線に基づいてノイズを軽減すると,液体の総量及び流率の推定精度向上が見られた.男性の排尿を模擬した液体推定における背景差分法及び2値画像に対するノイズ軽減手法の有効性を示した.
著者
森 覚
出版者
大正大学
雑誌
大正大学大学院研究論集 (ISSN:03857816)
巻号頁・発行日
no.31, pp.300-289, 2007-03

2 0 0 0 OA 説経節

出版者
吉田屋小吉 [ほか]
巻号頁・発行日
1800
著者
Takayuki Kobayashi Katsuhiro Shiratake Toshihito Tabuchi
出版者
一般社団法人 園芸学会
雑誌
The Horticulture Journal (ISSN:21890102)
巻号頁・発行日
pp.OKD-070, (Released:2017-10-12)
被引用文献数
3

Formaldehyde (HCHO) absorption capacity (indicating that HCHO was absorbed into foliage) was measured. Then, the metabolism-related substances (glutathione: GSH) and enzymes (glutathione-dependent formaldehyde dehydrogenase: FALDH and formate dehydrogenase: FDH) in the foliage of wild tomato species were investigated histochemically. In the measurement of HCHO absorption capacity, fresh foliage explant, which was placed in a sealed glass container, was treated with the adjusted 5 ppm HCHO from outside. As a result, in Lycopersicon (Solanum) pennellii LA0716, the HCHO concentration in the glass container significantly decreased down to 0.08 ppm, which is a guideline value indicating the safety of indoor air concentration established by the World Health Organization (WHO). On the other hand, the HCHO concentration of L. chilense TOMATO(WILD)94 did not decrease to the guideline value. Therefore, these results showed that LA0716 was an HCHO “high-absorbing” type in terms of capacity to remove HCHO, and TOMATO(WILD)94 was a “low-absorbing” type. An interspecific difference was observed among the wild tomatoes that were used in this study. In addition, changes in localization of HCHO metabolism-related substances and enzyme activity during treatment with HCHO was observed in the HCHO “high-absorbing” type, but was not shown in the HCHO “low-absorbing” type for each passage of time after HCHO treatment. In our study, we showed the possibility that fresh foliage explant in one wild tomato species, L. (S.) pennellii, absorbed and metabolized “toxic” HCHO.
著者
田中 重人
出版者
Japan Society of Family Sociology
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.30-30, 2001

研究者を志す初学者にとって, 先行研究の分厚さは大きな壁である。研究のためには, 基本的な道具として使う概念や, それらの組み合わせでできる命題を用意しておかないといけない。こうした分析道具は先行研究を読んでそこから掘り起こしてくるのだが, 関係しそうな論文を手あたりしだいにあさっていくのでは効率が悪い。論文はむずかしい専門用語で書いてあって, 理解するのに骨が折れる。しかも読むべき先行研究は山のようにあるから, どこから手をつけてどこでやめるかが大問題だ。研究を効率よく進めるには, 先行研究がどのように体系化できるのか, 系統的に整理された情報を前もって集めておかないといけない。<BR>日本家族社会学会の企画による「家族社会学研究シリーズ」の第5弾は, 家族社会学がつくりあげてきた分析道具を19種の「アプローチ」に整理して示した本である。編者の野々山によれば, アプローチとは「固有の基本的概念と基本的仮定から成り立っている」 (p.3) ものである。各章がアプローチ1つずつを担当しており, すべて「○○的アプローチ」という表題になっている。「○○」には次のようなことばが入る : (1) 比較制度論 (2) 形態論, (3) 歴史社会学, (4) 人口学, (5) ジェンダー研究, (6) エスノメソドロジー, (7) 構造機能論, (8) システム論 (9) 家族周期論, (10) 家族病理学, (11) 家族ストレス論, (12) 相互作用論, (13) 交換論, (14) ネットワーク論 (15) 家族ライフスタイル論, (16) ライフコース論, (17) 構築主義, (18) 計量社会学, (19) 事例研究。各章ではそれぞれのアプローチがもつ基本的な概念や仮定が説明されるとともに, これまでの研究, とくに日本での具体的な研究の成果が示される。家族社会学の世界にこれから足を踏み入れる初学者や, 隣接領域から興味をもってながめている研究者にとって, 家族社会学の蓄積をこのように系統的に整理した案内書があるのは心強いことと思う。<BR>この本の整理の仕方に対しては異論もあるだろう。アプローチとは, 研究者が試行錯誤を繰り返して洗練させてきた分析道具をあとから系統的に整理したものなので, 違う視点から整理すれば違うまとめ方になるはずである。だが, ともかく1つの視点から見通しよく整理された入門書として, この本は十分成功している。<BR>逆にいえば, 「○○的アプローチ」などというのは, 入門段階の読者のための便宜的な名称だともいえる。研究者として本格的にやっていくためには, 1つのアプローチにこだわることなく, 必要な分析道具を種々のアプローチから借り出してこないといけない。幸い, この本の各章ではこれまでの代表的な研究が豊富に引用されている。さらに各章末には (引用文献とは別に) 2~6本の「参考文献」があがっていて, 著者による簡単なコメントがある。自分の研究に少しでも関係がありそうな研究を探して分析道具を貧欲にかき集めるというアクティブな研究姿勢を取るために, これらの情報が役立っだろう。
著者
ケズナジャット グレゴリー
出版者
同志社大学国文学会
雑誌
同志社国文学 (ISSN:03898717)
巻号頁・発行日
no.82, pp.104-116, 2015-03

本稿は一九五五年に発表された『陰翳禮讃』と『蓼喰ふ蟲』の英訳にいたる過程を検討する。二作における日本像は、戦後アメリカで流通した日本像と同様に一九世紀のオリエンタリズムに基づいたものであることを指摘する。また、翻訳者エドワード・サイデンステッカーと編集者ハロルド・ストラウスが定義する「翻訳に値する日本文学」を確認し、その上で当時の英訳はどのように読まれたかについて考察する。

2 0 0 0 OA 形容詞論

著者
内藤 正子
出版者
日本中国語学会
雑誌
中国語学 (ISSN:05780969)
巻号頁・発行日
vol.1996, no.243, pp.134-143, 1996-10-25 (Released:2010-03-19)
参考文献数
22

The adjectives of the Chinese language have usually been classified as verbs by Western grammatical studies. The term“stative verb, ”used originally in nineteenth century grammars of Hebrew and regularly employed in descriptions of Chinese, has a different use from“statal verb”or“status verb”as it has come to be employed in English grammar. It is defined for Chinese as a verb that describes a state of being, corresponding generally to the English be plus an adjective or adjectival.This terminology expresses clearly the verbal function of the predicate adjective and is certainly an effective pedagogical device. However, there remain several significant issues that require further discussion; (1) the Chinese copula shi differs from the English be in both its properties and functions, (2) the predicate adjective of the form Adj. +de and a form such as hen+Adj. must be kept distinct both syntactically and semantically, and (3) the attributive adjective, unlike the verb, is able to modify a noun both with or without the use of de. This paper attempts to clarify these various issues and to offer a useful framework for the description of the adjectival category of Chinese grammar.
著者
春成 秀爾
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.40, no.6, pp.517-526, 2001-12-01 (Released:2009-08-21)
参考文献数
36
被引用文献数
1 2

自然環境の変化,大形獣の絶滅と人類の狩猟活動との関連,縄文時代の始まりの問題を論じるには,加速器質量分析(AMS)法の導入により精度が高くなった14C年代測定値を較正して,自然環境の変化と考古学的資料とを共通の年代枠でつきあわせて議論すべきである.後期更新世の動物を代表する大型動物のうち,ナウマンゾウやヤベオオツノジカの狩猟と関連すると推定される考古資料は,一時的に大勢の人たちが集合した跡とみられる大型環状ブロック(集落)と,大型動物解体用の磨製石斧である.これらは,姶良Tn火山灰(AT)が降下する頃までは顕著にその痕跡をのこしているが,その後は途切れてしまう.AT後は大型動物の狩りは減少し,それらは15,000~13,000年前に最終的に絶滅したとみられる.その一方,ニホンジカ・イノシシは縄文時代になって狩猟するようになったとする意見が多いが,ニホンジカの祖先にあたるカトウキヨマサジカが中期更新世以来日本列島に棲んでいたし,イノシシ捕獲用とみられる落とし穴が後期更新世にすでに普及しているので,後期更新世末にはニホンジカおよびイノシシの祖先種をすでに狩っていた可能性は高い.縄文草創期の始まりは,東日本では約16,000年前までさかのぼることになり,確実に後期更新世末までくいこんでおり,最古ドリアス期よりも早く土器,石鏃,丸ノミ形磨製石斧に代表される神子柴文化が存在する.同じような状況は,アムール川流域でも認められている.また,南九州でも,ほぼ同じ時期に土器,石鏃,丸ノミ形磨製石斧(栫ノ原型)に加えて石臼・磨石の普及がみられ,竪穴住居の存在とあわせ定住生活の萌芽と評価されている.豊富な植物質食料に依存して,縄文時代型の生活がいち早く始まったのであろう.しかし,東も西も草創期・早期を経て約7,000年前に,本格的な環状集落と墓地をもつ定住生活にいる.更新世末に用意された新しい道具は,完新世の安定した温暖な環境下で日本型の新石器文化を開花させたのである.
著者
木村 涼子
出版者
Japanese Educational Research Association
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.302-310, 2000

本稿の目的は、そもそもフェミニズムが近代社会における「公私」の区別をいかにとらえたかを踏まえた上で、近年のフェミニズムと公教育に関する議論を検討することにある。20世紀初頭の婦人参政権獲得運動に代表される第一波フェミニズムの主張は、近代的な「公」の定義を前提として、「公」的領域への平等な参加を求めるものであった。しかし、1960年代以降の第二波フェミニズムは、「公私」間の線引き自体を疑問視した。「個人的なことは政治的なこと」という第二波フェミニズムの有名なスローガンは、「公私」の区別に対する批判を表明している。第二波フェミニズムは「公」領域のみならず「私」領域においても性差別が存在することを告発した。生活世界全体をつらぬく、男性優位の権力関係を問題にしようとしたのである。現在、フェミニズムは日本社会において市民権を獲得していると言われる。近年の議論の中では、かつて反体制運動であったフェミニズムが、今や権力側に身をおいているのではないかということを憂慮する主張もみられる。教育に関して言えば、フェミニズムは学校における性差別を告発し、女子にとっての学習環境の改善を要求してきたが、そうした運動は、初等教育から高等教育まで、さまざまな学校段階に影響を与えてきた。その結果、「男女平等教育」や「ジェンダー・フリー教育」といった名の下に、フェミニズムの公教育への制度化とよぶべき事態が生じてきている。公教育そのものを批判してきた第二波フェミニズムにとって、公教育内部へのフェミニズムの制度化は、内在的な矛盾となる。フェミニズムは、学習-教授プロセスに関して、独自の方法論を発達させてきた。第二波フェミニズムが重視する方法論は、たとえば、従来の教師-生徒間の序列的な関係を前提とした一方的かつ受動的な学習を拒否し、「個人的なことは政治的なこと」という原則に基づいて、学習者自身の主体性の確立やコンシャスネス・レイジングの実現を目指すものである。フェミニズムの観点から子どもたちは平等や自由や解放について学ぶべきという理念は、教師-生徒間の不均衡な権力関係が存在する学校の状況と矛盾せざるをえない。そうした矛盾を抱えつつ、男女平等をめざす教育のゆくえはいかなるものになるのか。今後のジェンダーと教育研究の課題は、現在進行中の男女平等をめざす教育推進の実態と、それが何を教育現場にもたらしているのかを、実証的に明らかにしていくことである。