著者
渡来 靖 岡本 惇 中村 祐輔
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100195, 2016 (Released:2016-04-08)

駿河湾域ではしばしば駿河湾収束線と呼ばれる収束線が形成され,駿河湾周辺の静岡県東部地域に局所的な荒天をもたらすこともある.駿河湾収束線の研究は古くからなされているが,近年の気候学的特徴は十分に調査されていない.本研究では,最近20年間の地上観測データから駿河湾収束線の気候学的特徴を明らかにするとともに,その形成条件について検討する. 駿河湾収束線の典型事例を抽出するために,相模湾を囲むAMeDAS観測点8地点(御前崎,菊川牧之原,静岡,清水,富士,三島,松崎,石廊崎)の地上風時別値を用い,平面近似法により一時間ごとの発散量を求めた.求まった発散量が負値であれば駿河湾域で地上風が収束していることになるが,その中で発散量が −1.0×104 s-1以下となった場合を強い収束と定義した.これは,発散量が負値となった全時間のうちの上位約5%に相当する.さらに,強い収束が少なくとも3時間以上連続した場合を収束事例とした. 1995~2014年の20年間について,駿河湾域での強い収束の出現頻度を調べたところ,強い収束は寒候期の1~3月に最もよく出現し,平均約3~4%の出現頻度である一方,夏季の6~8月にはほとんど出現しなかった.1~3月の3か月間の収束事例をカウントすると20年間で162事例(平均8.1回/3か月)であったが,2013,2014年の12回/3か月から1999,2002年の1回/3か月まで,出現頻度の年々変動は大きい. 抽出された収束事例について,ひまわり赤外画像を元に駿河湾域の雲の形状から分類を行った.全事例のうちの49%は上層の雲等の影響で相模湾域の局所的な雲の形状を判別するのが困難であった.30%は駿河湾付近を始点として南東方向に延びる雲列が見られ,駿河湾域やその南東側での地上風の収束により形成されたものと推測される.線状雲列が見られた事例はさらに,雲列の東側にも雲域が広がる場合(以降T型と呼ぶ)と,そうでない場合(S型)に分けられる。S型,T型の割合はそれぞれ19%,11%である.残りの21%は,相模湾域に雲が見られなかったり,明瞭な雲列が形成されていない事例である. 輪島,浜松,館野のゾンデデータより求めた上空850hPa面の地衡風を調べたところ,強い収束の出現時は北~北北東の風であることが多く,その傾向はS型でもT型でも違いはなかった. S型の典型事例である2012年1月2日と,T型の典型事例である2012年3月21日について,領域気象モデルWRF Version 3.2.1を用いて再現計算を行い,相模湾域における収束線の形成要因を調べた.S型事例における駿河湾域の地上付近を始点とする後方流跡線解析の結果によると,相模湾では主に富士川の谷からの北風と,伊那谷を通って赤石山脈を迂回するように吹き込む西風が収束していることがわかる.T型事例ではさらに,関東山地を迂回して伊豆半島を越えて吹き込む東風も見られる.駿河湾域での収束線形成には,駿河湾周辺の地形の影響を受けて山地を迂回する流れが卓越することが重要であることを示唆する. 駿河湾収束線は主に1~3月に出現し,出現時の上空の風は北~北北東風である.S型やT型で見られる列状雲は伊豆諸島付近まで延びており,中部山岳域を大きく迂回するような地上風系に影響されていると思われるが,駿河湾域での強い収束の形成には駿河湾周辺の谷筋を抜ける流れが重要であることが示唆された.
著者
中川 清隆 中村 祐輔 渡来 靖
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.163-179, 2019 (Released:2019-07-03)
参考文献数
61
被引用文献数
1 1

Summersの式はシンプルな数式でありながらプルーム型都市境界層の形成とそれに伴う都市ヒートアイランド形成をうまく説明するが,同式により予測される都市温度の水平分布は閉じた等温線を形成せず,市街地の最風下端に最高温度が出現する,という矛盾を含んでいることは自明である.この矛盾が市街地内の一様な熱源分布の仮定に起因するか否か調査したところ,例え市街地内に非一様に熱源が分布しても,熱源付近で等温線間隔が密になるものの地上気温の閉じた等温線は出現せず,市街地の最風下端が最高温度となることが明らかとなり,Summersの式が都市境界層内に冷熱源を持たないことがその原因と推測された.そこで,都市境界層内に都市温度に対応するニュートン冷却機能を付加したところ,市街地スケールおよび風速の条件によっては明瞭なドーム状の都市境界層が形成され,最高温地点が風上寄りに移動した地上気温の閉じた等温線形成に大きく近づくことが明らかになった.
著者
丸山 大弥 中村 祐輔 小川 真司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】脳血管患者のリハビリテーション(以下リハビリ)において,予後予測を行う事は重要となる。年齢や認知機能は脳血管患者の予後に影響を及ぼすという報告は多く見られるが,対象を運動FIMの重症度で分類した報告は少ない。予後予測を行うにあたって,入院時の運動機能は影響すると考えられる。そこで,当院回復期リハビリテーション病棟(以下回リハ)の脳血管患者を重症度で3群に分け,年齢・認知症の有無が運動FIMの利得に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。【方法】H26年7月からH27年3月末までに当院回リハを退院した193名の内,死亡退院や急変による転院を除外した脳血管患者57名を対象とした。対象を3群に分け,13~39点を重度介助群(n=13,age=72.3),40~77点を中等度介助群(n=31,age=73.0),78~91点(n=13,age=68.9)を自立群とした。その3群間で運動FIM利得,MMSE,年齢,在宅復帰率,在院日数について比較した。統計は,一元配置分散分析,Spearman順位相関分析を行った。【結果】3群間で年齢,MMSE,在宅復帰率に有意差はみられなかったが,運動FIM利得,在院日数に有意差がみられた(p<0.05)。post.hoc検定により,FIM利得は重度介助群と中等度介助群,自立群と中等度介助群において有意差がみられた(p<0.05)。また,在院日数は,すべての群間で有意差を認めた(p<0.05)。脳血管患者3群それぞれにおいて,運動FIM利得とMMSEや年齢の間に相間関係はみられなかった。【結論】先行研究では年齢と認知機能はFIM利得に影響を及ぼすと報告があるが,本研究では必ずしも影響を及ぼすとは断定できなかった。要因として,先行研究との比較で基本属性データに差がないことから,さらなる詳細な基本属性データの高次脳機能や麻痺の重症度等の影響が考えられる。また,サンプルサイズが少ないことも要因の1つとして考えられる。層別化した3群では,中等度介助群のみFIM利得に有意差がみられた。自立群では天井効果で改善点数が小さくなり,重度介助群では座位の安定などFIMの評価項目に含まれない内容での僅かな能力の改善が生じたためと考える。入院時運動FIMの層別化した3群で在宅復帰率に有意差はなかったが,入院時の運動FIMと在院日数は正の相関関係にあった。重介助群は入院時の介助が多く必要な事に加えて,中等度介助群に比べFIM利得が小さい為,ADL獲得に長い期間が必要となる。さらに,身体機能の改善のみでADLの向上が困難な患者においては,多職種や家族と連携し住宅改修等に期間が必要となる。そのため,入院日数が長期化すると考えられる。脳血管患者の年齢と認知機能は必ずしもFIMの改善に影響を及ぼす要因でない事が示唆された。高齢で認知機能の低下した患者であっても,積極的なリハビリの介入によりFIMの改善が可能となると考えられる。重介助群の予後予測では,今回の結果も考慮し適切な判断が必要とされる。
著者
中村 祐輔 重田 祥範 渡来 靖
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.213-222, 2019 (Released:2019-07-03)
参考文献数
10
被引用文献数
1 1

地上気温観測において,その観測値は周辺環境に大きく影響される.観測点周辺の土地利用は一般的に不均一であるために,その影響を受けた気温のばらつきを評価することは観測値の空間代表性を理解する上できわめて重要である.そこで本研究では,一つの気温観測所周辺域で発生する気温のばらつきを評価することを目的に地上気温の多地点観測を行なった.観測は,熊谷地方気象台の周辺域において2014年3月1日から2015年2月28日にかけて実施された.観測の結果,観測領域内の気温のばらつきは年平均で1°C程度であることが示された.さらに,熊谷地方気象台が位置する地点の気温は,観測領域内において恒常的に高い傾向を示した(平均+0.4°C).そして,領域内における気温のばらつきの要因としては都市が影響していることが示唆された.
著者
位田 隆一 熊谷 健一 中村 祐輔 吾郷 真一 上田 國寛 前田 達明
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

本研究は、ユネスコの「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」を素材に、人間の生命の設計図といわれるヒトゲノムの研究と応用に関する倫理的法的社会的影響について、実践的建設的検討を加えることを目的とした。初年度は、国際生命倫理委員会(IBC)作成のヒトゲノム宣言案についてのアンケート調査を行い、宣言案についての我が国の関係者の意見の集約、ユネスコで最終的に採択された「ヒトゲノム及び人権に関する世界宣言」の内容の検討、並びに採択後の宣言のインプリケーションと立法をも含めた国内措置の可能性の検討を行った。調査結果によれば、(1)詳細についての意見対立はあるが、全体にはかかる宣言の採択を支持していること、(2)我が国も立法化も含めた何らかの基準設定が必要であること、(3)研究の自由は確保するべきであるが、人間の尊厳や人権に反するような研究とその応用は規制すべきこと、(4)ヒトのクローン個体の作製は禁止すべきこと、などが明らかである。第2年度は、この「宣言」内容の正確な解釈を試み、またさまざまな問題点を提示し、かつ国内立法化への可能性を探った。各研究者はそれぞれ、宣言の作成経緯と逐条解釈及び人権法の発展における意義、国内民事法におけるヒトゲノム実験と遺伝子診断の問題、ゲノム医学、遺伝子治療と癌遺伝子解析の立場からの宣言の実際適用上の問題点、宣言のフォローアップ、ヒトゲノム研究の成果の特許による保護の問題、ヨーロッパ人権条約におけるヒトゲノム研究と応用の問題を研究した。またこの宣言に関連して各国の国内法や指針、関連報告書などをできる限り収集し、一覧表を作成した。これを資料集として整理するよう準備中である。
著者
吉田 浩二 中村 祐輔
出版者
一般財団法人 日本消化器病学会
雑誌
日本消化器病学会雑誌 (ISSN:04466586)
巻号頁・発行日
vol.107, no.8, pp.1255-1261, 2010 (Released:2010-08-05)
参考文献数
7
被引用文献数
1

2009年9月,米国医薬食品局(FDA)は「治療用がんワクチンについての臨床的考察 Clinical considerations for Therapeutic cancer vaccines」を発表した.がんワクチン療法が,副作用が少なく高いQOLを保つ治療法となる可能性に言及している.がん治療の概念が変わりつつあることを,FDAガイダンスの解説から紹介し,現在,われわれの共同臨床研究ネットワークで実施されている膵癌,食道癌,大腸癌の「がんペプチドワクチン療法」の現状と今後の展開について紹介する.
著者
笹月 健彦 石川 冬木 野田 哲生 鎌滝 哲也 伊東 恭悟 丹羽 太貫 中村 祐輔
出版者
国立国際医療センター(研究所)
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
1999

本領域は、発がんの分子機構の解明を第一の目標とし、第二に細胞のがん化防御およびがん化した細胞の排除機構の解明を目指し、併せてがん研究の最終目標であるがん克服のための道を拓くことを目的とした。発がんの分子機能の解明のために、研究対象を分子・細胞レベル、臓器・個体レベル、家系・集団レベルにそれぞれ設定し、遺伝子および染色体の構造の安定性と機能発現のダイナミクスに関する恒常性維持機構、内的外的発がん要因によるこれらのゲノム維持機構の破綻と細胞のがん化の関連、新しい発がん関連遺伝子の同定および既知遺伝子も含めたこれら遺伝子群の変異に引き続く多段階発がんの分子細胞生物学的機構、を解明することを目指した。一方、発がん防御の分子機構の解明に当たっては、生体が備え持つ数々の恒常性維持機構によるがん化の防御、免疫系によるがん細胞の排除機構を分子レベルで解明することを目指した。DNA二本鎖切断によるチェックポイントの活性化、二本鎖切断の相同組換え機構と、それらの破綻と発がんの関係が明らかにされた。ヘリコバクター・ピロリ菌と胃がんとの関係が確立され、そのがん化機構の鍵となる分子が発見された。動物個体を用いてのがん関連遺伝子の機能解析により、Wntシグナル、Shhシグナル、PI3-Akt経路といったシグナル伝達系が生体内において果たしている役割と発がんにおけるこれらの活性化の重要性も明らかとなった。胃がん発症に関与する遺伝子の候補領域が同定され、21番染色体候補領域から胃がん感受性遺伝子が同定された。多数の癌関連抗原を同定すると同時に、NK細胞活性制御に関与する分子同定の分野やTヘルパー細胞の癌排除における役割、NK細胞やマクロファージなどの自然免疫系の特異免疫誘導における役割の分子レベルの解明も行われ、これら基礎研究成果の臨床応用のための探索的臨床研究の進展もみられた。
著者
鶴尾 隆 笹月 健彦 高井 義美 中村 祐輔 田島 和雄 谷口 維紹
出版者
東京大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
1999

総括班:研究期間内の毎年2回のがん特定領域6領域合同での研究代表者会議、夏、冬のシンポジウムを行った。また、がん、ゲノム、脳のミレニアム3領域合同でのシンポジウム、トランスレーショナルリサーチワークショップ、がん特定国際シンポジウムを開催した。総括班会議を開催し各領域の研究調整及び推進を行った。平成17年度には、「特定領域研究がん」の主要な成果を、次代を担う学生、若い研究者などを対象とした「がん研究のいま」シリーズとして、「発がんの分子機構と防御」「がん細胞の生物学」「がんの診断と治療」「がんの疫学」の4冊にまとめた本を刊行した。研究資材委員会:総分与数9300に達する腫瘍細胞株の供給を行ってきた。DNAバンクを設立し発足させる準備が進んでいる。スクリーニング委員会:9種の異なるスクリーニング系からなる抗がん活性評価系によって、これまでに約1500個の化合物を評価した結果、様々な特徴を持つ新規抗がん剤候補物質を見出した。研究交流委員会:290件の派遣を行い、日独、日仏、日韓、日中のワークショップを開催した。若手支援委員会:若手研究者ワークショップを開催し、延べ542名の参加者を得、18件の共同研究を採択した。がんゲノム委員会:臨床がん検体988症例、ヌードマウス移植腫瘍85検体(9臓器由来)、がん細胞株39株について遺伝子の発現情報解析を終了し、データベース化を行っている。腫瘍バンクについては、合計8000症例近い腫瘍組織とDNAが収集されて、平成14年度より研究者に配付している。動物委員会:末分化リンパ球NKT細胞の核を用いてのクローンマウスの作製に成功した。また、新しい遺伝子トラップベクターを開発した。分子標的治療委員会:耐性克服の研究を進めるとともに、イマチニブ、ゲフィチニブについては、その臨床効果と遺伝子発現パターンについての研究が進展し、臨床効果予測に有効な遺伝子群の同定に成功した。
著者
兼子 直 佐野 輝 中村 祐輔 辻 省次 大沼 悌一 満留 昭久 小国 弘量 磯村 実
出版者
弘前大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

てんかんおよび熱性けいれんの原因遺伝子解明を目標に、「てんかん・熱性けいれん遺伝(子)解析に関する共同研究グループ」を設立し、家系収集とサンプリングおよび連鎖解析を進めている。1999年末の時点で収集した家系は223家系であり、そのうち85家系でサンプリングが進行中である。家系調査の対象は、特発性てんかん、beingn adult familial myclonic epilepsy (BAFME)、autosomal dominant nocturnal frontal lobe epilepsy(ADNFLE)、benign familial infantile convulsions、severe myoclonic epilepsy in infancyおよび熱性けいれんである。このうち、特発性全般てんかんの一型であるbenign familial neonatal convulsios(BFNC)では、KCNQ3遺伝子としては2番目の変異が見いだされた家系がみつかり、罹患者のエクソン5 (KCNQ3チャネルのポタシウムイオンの通過路のP-ループ部分をコード)のcDNAの塩基配列925番のTがCに変異していることを発見した。これはKCNQ3チャネル異常がethnicを超えて、重要な遺伝子異常であることを示している。BAFMEは、遺伝素因の関与が大きいわが国に特有なてんかんの一型であるが、その遺伝子座位は第8番染色体長腕上にマップ(8q23.3q24.1)された。現在、責任遣伝子を検索中である。ADNFLEは夜間睡眠中にのみ部分発作を起こす稀な遺伝性てんかんであるが、本邦における最初ADNFLEの家系において、neuronal nicotinic acetylcholine receptor α4 subunit(CHRNA4)遺伝子のM2 domainにおけるSer^<252>がleucineにより置換(C755T)されていることを見出したこれはADNFLEに関連する第3番目のpoint mutationである。現在、BFNC以外の特発性てんかんおよび熱性けいれんについても、収集家系について連安鎖解析が進行中であり、さらに、これらの遺伝子異常によりてんかんが発病する機序について検討中である。
著者
山本 雅 渡邊 俊樹 吉田 光昭 平井 久丸 本間 好 中地 敬 永渕 昭良 土屋 永寿 田中 信之 立松 正衛 高田 賢蔵 澁谷 均 斉藤 泉 内山 卓 今井 浩三 井上 純一郎 伊藤 彬 正井 久雄 村上 洋太 西村 善文 畠山 昌則 永田 宏次 中畑 龍俊 千田 和広 永井 義之 森本 幾夫 達家 雅明 仙波 憲太郎 菅村 和夫 渋谷 正史 佐々木 卓也 川畑 正博 垣塚 彰 石崎 寛治 秋山 徹 矢守 隆夫 吉田 純 浜田 洋文 成宮 周 中村 祐輔 月田 承一郎 谷口 維紹 竹縄 忠臣 曽根 三郎 伊藤 嘉明 浅野 茂隆
出版者
東京大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

近年、がん遺伝子、がん抑制遺伝子の研究が進み、がんを遺伝子ならびにその産物の機能に基づいて理解することが可能になった。それと共に、細胞増殖のためのシグナル伝達機構、細胞周期制御の機構、そして細胞死の分子機構の解明が進んだ。また細胞間相互作用の細胞社会学的研究や細胞表面蛋白質の分子生物学的研究に基づく、がん転移の機構についての知見が集積してきた。一方で、がん関連遺伝子の探索を包含するゲノムプロジェクトの急展開が見られている。また、ウイルス発がんに関してもEBウイルスとヒトがん発症の関連で新しい進展が見られた。このようながんの基礎研究が進んでいる中、遺伝子治療のためのベクター開発や、細胞増殖制御機構に関する知見に基づいた、がんの新しい診断法や治療法の開発が急速に推し進められている。さらには、論理的ながんの予防法を確立するための分子疫学的研究が注目されている。このような、基礎研究の急激な進展、基礎から臨床研究に向けた情報の発信とそれを受けた臨床応用への試みが期待されている状況で、本国際学術研究では、これらの課題についての研究が先進的に進んでいる米国を中心とした北米大陸に、我が国の第一線の研究者を派遣し、研究室訪問や学会発表による、情報交換、情報収集、共同研究を促進させた。一つには、がん遺伝子産物の機能解析とシグナル伝達・転写調節、がん抑制遺伝子産物と細胞周期調節、細胞死、化学発がんの分子機構、ウイルス発がん、細胞接着とがん転移、genetic instability等の基礎研究分野のうち、急速な展開を見せている研究領域で交流をはかった。また一方で、治療診断のためには、遺伝子治療やがん遺伝子・がん抑制遺伝子産物の分子構造に基づく抗がん剤の設計を重点課題としながら、抗がん剤のスクリーニングや放射線治療、免疫療法に関しても研究者を派遣した。さらにがん予防に向けた分子疫学の領域でも交流を図った。そのために、平成6年度は米国・カナダに17名、平成7年度は米国に19名、平成8年度は米国に15名を派遣し、有効に情報交換を行った。その中からは、共同研究へと進んだ交流もあり、成果をあげつつある。本学術研究では、文部省科学研究費がん重点研究の総括班からの助言を得ながら、がん研究の基盤を形成する上述のような広範ながん研究を網羅しつつも、いくつかの重点課題を設定した。その一つは、いわゆるがん生物の領域に相当する基礎生物学に近いもので、がん細胞の増殖や細胞間相互作用等の分子機構の急激な展開を見せる研究課題である。二つ目の課題は、物理化学の分野との共同して進められる課題で、シグナル伝達分子や細胞周期制御因子の作用機構・高次構造に基づいて、論理的に新規抗がん剤を設計する試みである。この課題では、がん治療薬開発を目的とした蛋白質のNMR解析、X線結晶構造解析を推進する構造生物学者が分担者に加わった。三つ目は、極めて注目度の高い遺伝子治療法開発に関する研究課題である。レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクターの開発に関わる基礎側研究者、臨床医師、免疫学者が参画した。我が国のがん研究のレベルは近年飛躍的に向上し、世界をリ-ドする立場になってきていると言えよう。しかしながら、上記研究課題を効率良く遂行するためには、今後もがん研究を旺盛に進めている米国等の研究者と交流を深める必要がある。また、ゲノムプロジェクトや発生工学的手法による、がん関連遺伝子研究の進展によって生じる新しい課題をも的確に把握し研究を進める必要があり、そのためにも本国際学術研究が重要な役割を果たしていくと考えられる。