著者
小口 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.61, no.12, pp.872-893, 1988-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
6 7

松本盆地周辺の8流域における,最終氷期末期以降(晩氷期~後氷期)の地形発達について,流域間の相違点に注目して検討した.最初に,晩氷期~後氷期の扇状地発達の違いから,流域を3つに分類した.次に,この時期の気候の温暖・湿潤化によって山地斜面上で形成された「開析斜面」の発達程度の違いから,流域を3つに分類した.2つの分類の間には対応関係があり,このことは開析斜面形成時の侵食によって供給された岩屑が扇状地を形成すると考えられることから合理的に説明される.、統計解析の結果,山地斜面の「起伏・傾斜」「地質」「標高」の各要因が開析斜面の発達速度を独立に規定したことがわかった.これらの要因の差に応じて,各流域における山地斜面の発達が異なり,そのために各流域の扇状地発達に差を生じたと判断される.
著者
山内 啓之 鶴岡 謙一 小倉 拓郎 田村 裕彦 早川 裕弌 飯塚 浩太郎 小口 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.169-179, 2022 (Released:2022-06-14)
参考文献数
25

近年,バーチャルリアリティ(VR)の技術が様々な分野の教育実践において注目されている.地理教育においてもVRを活用することで,対象者の地理的事象への関心や理解を向上できる可能性がある.そこで本研究では,仮想空間に再現した現実性の高い環境を観察したり,散策したりするVRのアプリケーションを構築した.対象は横浜市にある人工の横穴洞窟の「田谷の洞窟(田谷山瑜伽洞)」とした.アプリケーションは,田谷の洞窟保存実行委員会と研究者が連携して取得した洞窟内の三次元点群データと,筆者らが現地で撮影した全天球パノラマ画像,洞窟の小型模型,環境音を用いて構築した.アプリケーションの使用感と効果を評価するために,市民の交流イベントにおいてVRの体験会とアンケート調査を実施した.その結果,VRアプリケーションは,幅広い年代の利用者に体験の満足感や地理的事象に対する関心や理解を与えることが判明した.
著者
小口 高 山田 育穂 早川 裕弌 河本 大地 齋藤 仁
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

日本地球惑星科学連合(以下連合と記す)には、2005年の発足時から地理学に関連する学会が団体会員として参加している。2019年2月の時点において、連合の50の団体会員のうち学会名に地理の語を含む学会が6つある。他に学会の英語名に Geographical を含む学会や、地理学と関連が深い地図学や地形学の学会なども参加しており、地理学は連合の中で一定の役割を果たしている。特に、連合の地球人間圏セクションでは地理学の研究者が主体的に活動している。一方、地理学関連の諸学会の会員の中で、連合の大会や活動に参加している人の比率は低い。この理由として、地理学者の過半を占める人文地理学者が理系色の強い連合に親近感を持たないことや、各学会が独自の春季大会等を行っており、連合大会と重複感があることなどが挙げられる。しかし、連合と地理学が強く結びつくことは、双方にとってメリットがあると考える。近年、文科省などが科学における文理連携・融合を重視しているため、連合の活動を理系の研究以外にも広げることが望ましいが、この際には文理の連携を長年実践してきた地理学が貢献できる。一方、2022年度に高等学校の地歴科で必修となる新科目「地理総合」において、自然災害や地球環境問題が重視されていることに象徴されるように、地理学の関係者が地球科学の素養を高める必要も生じている。本発表では、連合と地理学が連携しつつ発展していくための検討を行う。発表者は連合大会に継続的に参加している3世代の自然地理学者、人文地理学者、および修士まで工学を学んだ後に地理学のPhDとなった研究者の5名であり、多様な側面からの考察を試みる。
著者
小口 高 鍛治 秀紀 鶴岡 謙一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.106, 2023 (Released:2023-04-06)

東京大学情報科学研究センター(CSIS)は1998年に発足したGISの研究組織である.CSISは文部科学省が認定した共同利用・共同研究拠点であり,様々な地理空間情報をCSISが多数収集して「研究用空間データ基盤」を構築し,収録したデータを提供している.CSISがデータを収集・購入する際に,データの提供元と覚え書きを交わすことによって,外部の研究者がデータを利用する可能性を確保している.この仕組みにより,個人研究者がデータを入手する際の経済的な負担や手間を軽減している. 「研究用空間データ基盤」に登録されているデータはデジタルデータであるが,地理学では長年にわたり,紙の地図が基本的なデータとして活用されてきた.紙地図は現在も作製されている.この際には,地図を構成する要素のデジタルデータを用いて地図のデジタル原版を作製し,それを印刷するのが今日の一般的な状況である.一方.古い時代の紙地図は,デジタルデータから作成されたものではなく,現存する紙地図自体がデータとして意味を持つ.各所に保管されている古い時代の紙地図の一部は,スキャンやデジタイズによってデジタル形式になっている.このような古い地図の情報を活用して地域の過去の状況を明らかにし,近年の状況と比較することは,地理学の主要な研究方法の一つである.古い時代の地図は,学校教育や生涯教育の場でも活用されており,社会的にも重要である.たとえば,「ブラタモリ」のようなテレビ番組では,過去から現在に至る地理的環境と人の営みを結びつける際に,新旧の地図がしばしば活用されている. このような点を考慮し,CSISはデジタルデータとともに紙地図の資産にも注意を払ってきた.CSISが「研究用空間データ基盤」の提供のような本格的な活動を,紙地図についても行うことは,組織の性格やマンパワーの点から困難である.しかし,紙地図の活用と関連した試みをいくつか行ってきた.日本地理学会と関連した一つの事例は,2000年代後半に試みられた「デジタル地図学博物館」の構築である.これは,CSISが日本地理学会の国立地図学博物館設立推進委員会(現在は地図資料活用推進委員会と改称)と連携し,様々な機関が公開していた地図のスキャン画像を,検索によって即座に閲覧できるシステムの構築を目指したものである.この際には,古地図などの画像を公開している全国の博物館などのウェブサイトを対象とした.このプロジェクトは,画像のURLの変更に対する対応の難しさなどの課題が生じたことと,地図を含む画像の検索がGoogleなどの検索エンジンで可能になっていったこともあり,プロトタイプの構築とその試行的な運用で終了した. 2018~2019年度には,東京大学のデジタルアーカイブズ構築事業の一環として,多数の紙地図のスキャンニングと,地図画像の公開システムの構築を行った.スキャンニングの対象となった地図は,1980年に東京で開催された10th International Cartographic Conferenceの際に,約40ヶ国から日本地図学会に寄贈され,その後に東京大学柏図書館に移管された約1200枚の紙地図の一部を含む.具体的には,国土地理院、海上保安庁、日本水路協会、日本オリエンテーリング協会、U.S. Geological Survey, Geological Survey of Finlandなどが製作した紙地図をスキャンし,著作権の問題がないことを確認した後,「柏の葉紙地図デジタルアーカイブ」としてオンライン公開した.このアーカイブは,独自に開発した地図検索システムを使用しており,高解像度の地図を高速に表示するとともに,メタデータの表示や検索の機能も持っている.ただし上記の1200枚の地図の大半は著作権が消滅していない等の事情があり,公開できたコンテンツの数は限られている. 最新の紙地図と関連したCSISの活動として,埼玉大学教授だった故谷謙二氏がオンラインで公開し,教育の場を含む様々な場面で広く活用されている「今昔マップ」の保守が挙げられる.「今昔マップ」は,国土地理院およびその前身の機関が紙地図として出版した明治時代以降の地図をウェブ・ブラウザで表示する機能を持ち,さらに新旧の地図を並べて比較できる.谷氏は2022年に8月に急逝されたため,氏が管理していたサーバーで稼働している「今昔マップ」の今後の継続性が不透明となった.地理学関係者やご遺族による検討の結果,CSISが「今昔マップ」を含む谷氏が整備したオンラインコンテンツの保守の主体として協力することになった.当面の目的は,現状の「今昔マップ」の提供を継続することである.今後,現行の「今昔マップ」には含まれていない地域の地図画像を,新たに追加する可能性についても検討する予定である.
著者
中田 康隆 日置 佳之 永松 大 小口 高
出版者
日本景観生態学会
雑誌
景観生態学 (ISSN:18800092)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.23-33, 2021 (Released:2022-03-03)
参考文献数
39

かつては日本列島にも多くの海岸砂丘が存在していた.しかしながら,これらの海岸砂丘は開発され,縮小と消失が進行している.鳥取県下には鳥取砂丘や北条砂丘を代表とした大小さまざまな海岸砂丘が存在する.本研究では,空中写真,旧版地形図,絵図などの時系列地理情報をGISにより統合化し,鳥取県における1818年(文政元年)から2000年(平成12年)までの海岸砂丘の土地被覆の変遷を定量的に把握した.また,植生に焦点を置き,生育地としての海岸砂丘の歴史的変遷を検討した.1818年時点の海岸砂丘(砂に覆われた無植生の裸地,及び草本や矮小低木に被われた砂が移動する範囲)の面積は大・中規模砂丘で1,893 ha,小規模砂丘で115 haであった.しかし2000年には海岸砂丘の面積が大・中規模砂丘で141 ha,小規模砂丘で25 haになり,残存する海岸砂丘は海浜と前砂丘の一部のみとなった.このような海岸砂丘の他の土地被覆への転換は,主に砂防林の造成に伴う海岸砂丘の固定,畑地の造成,市街地の拡大で生じた.自然性が高い海岸砂丘植生の指標である成帯構造の成立には,海岸砂丘の奥行が100 m以上必要であり,1818年にはこれが満たされていた場所が多かった.この状況は1900年頃まではおおよそ維持され,一部の海岸砂丘では,種の多様性を形成する丘間湿地も確認された.丘間湿地は1952年までにほぼ消失したが,少なくとも大・中規模砂丘では100 m以上の奥行が確保され,成帯構造が成立していたと考えられる.しかし1974年には,ほぼすべての海岸砂丘で奥行が部分的に100 m以下となり,2000年には100 m以上の奥行を持つ場所が激減した.一方で,断片的に奥行が確保されている場所では,ハマナスやハマウツボ等の安定帯に生育する希少種が確認され,成帯構造も成立している.したがって,これらの場所の保護区指定や,動的な環境の部分的復元には意味があると判断される.
著者
山内 啓之 小口 高 早川 裕弌 瀬戸 寿一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.288-295, 2019 (Released:2019-08-28)
参考文献数
13

筆者らは,大学の学部や大学院のGISの実習授業を充実させるための教材を開発し,オープンな活用ができるコンテンツとして広く公開するためのプロジェクトを実施している.教材は,既存プロジェクトの成果である書籍『地理情報科学GISスタンダード』と対応するように構成した.GISを用いたデータの処理には,フリーかつオープンソースのソフトウェアを利用した.これらの教材は,GIS実習の課題や使用するソフトウェアの特性を考慮し,二次利用しやすいようにオープンライセンスのパッケージとして整備し,GitHubを用いて試験公開を行っている.本稿では,開発中の教材の設計と初期の構築の経緯をまとめ,既存のGIS教材との比較を行い,本教材の有用性について評価した結果を解説する.
著者
山内 啓之 小口 高 早川 裕弌 瀬戸 寿一
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2020
巻号頁・発行日
2020-03-13

We have been conducting a project to develop GIS exercise materials for Japanese university students. In this project, we distribute the materials on the Internet via GitHub. The learning contents in the materials are divided into four sections according to the target of learning: 1) basic operations of GIS software, 2) equipment usage for field data collection, 3) utilization of Web GIS, and 4) GIS programming with Python. Explanation of GIS analyses in the materials consists of short text descriptions and screen-captured images showing data processing using free GIS software packages such as QGIS. We also provided sample data compiled from open data for the exercises. Users can learn GIS using the materials with free of charge. The online materials have been utilized in not only universities but also industries, governments, and groups of citizens in Japan. In this presentation, we introduce the construction and operation of the materials, and demonstrate how they worked in the community.
著者
河端 瑞貴 小口 高 岡部 篤行
出版者
Geographic Information Systems Association
雑誌
GIS-理論と応用 (ISSN:13405381)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.81-89, 2004-07-31 (Released:2009-05-29)
参考文献数
25
被引用文献数
3 3

The GIS Association in Japan established a working group to develop GIS core curricula in October 2002. This article reports an initial work conducted by the group investigating GIS curricula in the U.S. and GIS textbooks in English. The first part of this paper describes the GIS curriculum projects carried out by two organizations in the U.S.: the National Center for Geographic Information and Analysis (NCGIA) and the University Consortium for Geographic Information Science (UCGIS). The second part examines items in these organizations' curricula and GIS textbooks in English. This report was prepared to provide data useful for the development of the GIS core curricula in Japan.
著者
小口 高 斉藤 享治 原 美登里 門村 浩 林 舟
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.109, no.1, pp.120-125, 2000-02-25 (Released:2010-10-13)
参考文献数
18

Data for Japanese alluvial fans have been made available on the Internet using ArcView IMS, a GIS-based map server software package. This system permits easy on-line browsing of the data from anywhere in the world and the creation of thematic maps at various scales for the area around an alluvial fan.
著者
小口 高 早川 裕弌 桐村 喬
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2015年大会
巻号頁・発行日
2015-05-01

研究者が作成したデータを他の研究者も利用できるようにすることは科学の発展のために重要である。ただし研究者はデータ提供のボランティアではないため、自身の分析が終わるまではデータを公開しないといった選択があり得る。データを公開する場合にも、利用者がデータの出所について論文中で明記することを望んだり、データに不備が見つかったような場合に利用者に連絡できるようにしたいといった要望があり得る。ただし、そのような管理を含むデータの配付を個人の研究者が行うのは労力を要し、個人がデータの配付に利用できるウェブサイト等を運用していない場合もある。さらに、個人の対応ではデータの存在が広く知られにくく、利用が促進されない可能性もある。これらの問題を解決する方法として、第三者的なデータを配付する機関の管理下でデータを公開する形が考えられる。東京大学空間情報科学研究センターは、地理空間情報を用いた研究を行う共同利用・共同研究拠点として活動している。同センターでは「空間データの利用を伴う共同研究」を行っており、センターが入手したデータを一定の規約の下で全国あるいは海外の研究者に配付し、研究の活性化を行っている。データには行政機関や企業が作成したものと、個人研究者が作成したものが含まれる。データの配付の際には利用者の情報や使用目的が登録されるため、データの提供者はデータの使用状況を随時把握できる。また、データ配布のためのプラットフォームを個人が整備する必要がなくなる。本発表では、このような東京大学空間情報科学研究センターの活動を紹介し、個人研究者が作成したデータの公開に関する将来展望を述べる。
著者
小口 高
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.81-100, 1994-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
45
被引用文献数
6 8

扇状地は源流域からの土砂供給を強く反映する地形である。それゆえ,扇状地発達の検討に際しては源流域の山地斜面の侵食史の把握が重要な意味を持つ。このことを考慮し,筆者はこれまで松本盆地周辺および北上低地西縁の流域において,扇状地と源流域の山地斜面の地形分類と編年を行い,扇状地発達と斜面発達との関係を論じてきた。ところで,扇状地の形成に関わる土砂供給の量は主に源流域の起伏に規定される。したがって,扇状地発達の一般論を確立するためには,多様な起伏を持つ流域を取り上げて比較する必要がある。しかし,上記の2地域のうち松本盆地周辺は日本で最大級の起伏を持つのに対し,北上低地西縁は扇状地を持つ割には起伏が小さく,日本の扇状地の多くが位置する中間的な起伏の地域については未検討であった。そこで,このような地域として山形盆地東縁を取り上げて扇状地と源流域の地形分類および編年を行い,その結果を松本・北上の2地域での結果と比較してみた。 空中写真判読,縦断面図の作成,および現地での堆積物層序の調査によると,山形盆地東縁の流域の河成面はQ1~Q5の5段に区分される。扇頂より上流側では最終氷期極相期頃まで河床が上昇し,その後は基本的に河床が低下している。一方,晩氷期~現在の扇状地発達は流域により異なり,扇頂より上流側と同様に河床が低下した場合と,埋積により河床が上昇した場合とがある。山地斜面では,最終氷期極相期頃に凍結融解作用により従順な平滑斜面が形成されたが,晩氷期以降は流水の作用の増大により,平滑斜面を切り込んで開析斜面が発達した。このような河成面および斜面発達の特徴は,松本・北上の2地域とほぼ共通である。これは,最終氷期極相期以降に, 3地域が同様の気候変化を受けたためと考えられる。 松本盆地周辺の流域では、扇状地発達の特徴と開析斜面の構成比率との間に対応が認められ,これに基づき3つのステージからなる晩氷期以降の流域の地形発達モデルが提唱されている。今回得られた山形盆地東縁の流域の資料と,既存の北上低地西縁の流域の資料を検討したところ,松本盆地周辺と同様の斜面発達と扇状地発達との対応が認められた。このことは,松本盆地周辺における地形発達モデルが,より小起伏の地域を含む広域に適用できることを示している。
著者
小口 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2008年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.262, 2008 (Released:2008-07-19)

I.日本のGISの発展と自然地理学 日本のGISの発展が,欧米に比べて遅れていたことがしばしば指摘されている.特に1990年代初頭におけるGISの普及度は欧米に大きく引き離されていたが,現在までにこの差はかなり縮小した.しかし,まだ欧米との差が大きい分野もあり,自然地理学はその一つとみなされる.日本で自然地理学へのGISの応用が遅れている理由として,1)特に初期において日本のGISを牽引した地理学者の多くが人文地理学を専門としていたこと,および2)日本ではGISの導入に積極的な工学の研究者が多いが,応用対象として都市や交通といった人文社会的な要素を選ぶ傾向があること,が挙げられる. 一方,欧米においては,自然科学と人文科学に関するGISが,よりバランス良く発展してきた.たとえば1986年に世界最初のGISの教科書を著したピーター・バーローは自然地理学者であり,1980年代以降に米国のGISを牽引しているマイケル・グッドチャイルドやデービッド・マークも,初期には地形,地質,生態などの自然を主な研究対象としていた.今後,日本においても自然地理学を含む自然科学におけるGISが,より発展することが望まれる. II.地理空間情報活用推進基本法と自然地理学 2007年8月29日に施行された「地理空間情報活用推進基本法」(以下,基本法)は,日本のGISを産・官・学の多様な側面において発展させる推進力になると考えられる.この法律が,上記した日本の自然地理学におけるGISの発展の相対的な遅れを解消するために有効かを,基本法の内容を踏まえて簡単に検討した. 上記の基本法は,主に国民生活と経済社会の向上を目指しているため,全体としては自然よりも人文社会に関する要素が重視されている.したがって,基本法は従来からの日本のGISの特徴を反映しているとみなされ,この法律が自然地理学におけるGISの応用を飛躍的に発展させるとは言い難い.しかし,自然地理学に関連したいくつかの課題については,確実に発展を期待できる.たとえば,基本法は13項目の「基盤地図情報」を制定しているが,その中には海岸線と標高点が含まれている.これらの情報が高頻度で更新され,GISデータの形で提供されることにより,地形変化の定量的な研究が容易になる.たとえば,これまで海岸侵食の実態をGISによって分析する際には,複数の時期の空中写真や地図を必要に応じて幾何補正し,海岸線をトレースしてベクター・データを作製する必要があった.今後はそのような手間が減り,幾何補正の際の誤差といった問題も軽減される.内陸の地形変化を調べる際にも,標高データが頻繁に更新されれば,写真測量などによって自前で複数の時期のDEMを作製する手間が減少する. III.GISアクションプログラム2010と自然地理学 2007年3月22日に測位・地理情報システム等推進会議が「GISアクションプログラム2010」を決定した.このプログラムの副題は「世界最先端の地理空間情報高度活用社会の実現を目指して」となっており,基本法と連動する動きを,より具体的に述べたものとみなされる.本プログラムでも,基本的には人文社会関係の情報の充実が重視されているが,「防災・環境などに関する主題図」「沿岸詳細基盤情報」「地質情報」「地すべり地形分布図」「生物多様性情報」といった自然地理学に関する情報も取り上げられている.これらの多くは省庁が以前から整備しているものであり,「生物多様性情報」に含まれるベクター植生データなど,研究者に頻繁に利用されているものが含まれる.その継続的な整備とデータの配布の促進が本プログラムに記されていることは,今後の自然地理学の発展に重要といえる.
著者
浅見 泰司 山田 育穂 貞広 幸雄 中谷 友樹 村山 祐司 有川 正俊 矢野 桂司 原 正一郎 関野 樹 薄井 宏行 小口 高 奥貫 圭一 藤田 秀之
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2016-04-01

あいまいな時空間情報概念の整理、あいまいな時空間情報に既存の時空間情報分析を行った時の影響分析、まわり、となりなどの日常的に使われながらも意味があいまいな空間関係の分析ツールの開発、時空間カーネル密度推定手法の開発、歴史地名辞書の構築と応用分析、あいまいな時間の処理方法の提案、古地図と現代地図を重ねるツールの開発、あいまいな3次元地形情報の分析、SNSの言語情報の空間解析、あいまいなイラストマップのGPS連動ツールの開発、スマートフォン位置情報データの分析、アーバンボリュームの測定と応用、あいまいな敷地形状の見える化などの研究成果を得た。
著者
高橋 昭子 小口 高 杉盛 啓明
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.11, pp.800-818, 2003-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
43
被引用文献数
8 6

多摩丘陵と隣接する低山を対象に解像度10mのDEMを作成し,DEMの解像度とDEMから計算される地形量との関係を調べた.DEMの解像度が低下すると算出される傾斜が減少し,縦断曲率はゼロに収束する.傾斜の減少量は既存の事例よりも概して大きく,複雑な地形を持つ日本の丘陵地や低山の地形解析には高解像度のDEMが必要なことを示している.次に,50-m DEMの補間によって得られた10-m DEMの地形表現力を検討した.補間の誤差が最小であった手法は,薄板スプライン関数を用いた動径基底関数法,最小曲率法,平滑化を行わない修正シェパード法であり,クリギング法も実際のバリオグラムに対応した関数を用いた場合には有効であった.補間によって解像度を高めたDEMでは傾斜の表現力が向上しているが,縦断曲率の表現は不十分である.調査地域の一部では,過去数十年間に大規模な人工地形改変が行われたが,上記した補間の誤差に関する検討結果は,地形改変の程度には基本的に依存しない.
著者
山内 啓之 小口 高 早川 裕弌 飯塚 浩太郎
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-05-17

Free and open source GIS software has been utilized for GIS education all over the world. However, as far as we recognize, GIS education in many Japanese universities underutilize such software packages. Therefore, we developed GIS exercise materials explaining spatial data analyses using free and open-source GIS. We have been providing these materials for higher education and designated them as the GIS Open Educational Resources. We used the materials in a university exercise class, which was held as an intensive course for three days at The University of Tokyo. During the exercise, we have conducted questionnaire surveys to clarify the three criteria: difficulty, understanding and satisfactory levels of the students. The results showed that the students felt difficulty in some situations such as the utilization of GIS for the first time and complex operations using different types of data. The contents of the exercise syllabus and materials were improved based on the feedback. We conducted another GIS exercise class at the university to verify the utility of improvements. In this presentation, we show the improvements in the exercise syllabus and the comparison of educational effects on students before and after the improvements.
著者
松本 淳 多田 隆治 茅根 創 春山 成子 小口 高 横山 祐典 阿部 彩子
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2002

本研究では,アジアモンスーン地域における過去の気候資料と,日本のさまざまな緯度帯から取得される地質試料(サンゴ年輪やボーリングコア等)の解析によって,過去数10年〜数千年の時間スケールでアジアモンスーン域の降水量変動および各流域洪水の洪水史をまとめ,モンスーンにともなう降水量変動と洪水の歴史の関係を長期的に復元し,地表環境の変化との関係を考察することを目的として研究を行なった。千年規模での変動として,日本海南部隠岐堆の海底コア三重県雲出川流域のボーリングコアを解析した。後氷期には約1700,4200,6200年前に揚子江流域で夏季モンスーン性降雨が強まり,雲出川流域において約6000年前には堆積速度が大変に速く,この時代には広域的に洪水が頻発していた可能性が判明した。また,琉球列島南端の石垣島で採集されたサンゴ年輪コアの酸素同位体比と蛍光強度の分析によって,過去の塩分変動を定量的に復元できることがわかった。20世紀後半の変動としては,近年洪水が頻発するバングラデシュにおいて,GISとリモートセンシングデータによってブラマプトラ川の河道変遷と洪水との関係を検討し,河道が約10年周期で河川の平衡状態への接近と乖離とを繰り返したことがわかった。また大洪水が雨季には稲作に大きな被害をもたらすものの,引き続く乾季には大幅な収量増加がみられることを見出した。流入河川上流域のネパールでの降水特性を検討し,ネパールで豪雨が頻発した年とバングラデシュにおける洪水年とが対応していないことがわかった。さらに日本においては,冬の終了や梅雨入り・梅雨明けが近年遅くなっていることを明らかにした。気候変動研究に多用されているNCEP/NCARの長期再解析データには,中国大陸上で観測記録と一致しない変動がみられることを見出し,アジアモンスーンの長期変動解析にこのデータを使用するのは不適切であることを示した。