- 著者
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金澤 輝代士
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.76, no.6, pp.360-364, 2021-06-05 (Released:2021-06-05)
- 参考文献数
- 11
物理学にはブラウン運動を代表とする確率現象が多く存在し,それらは確率過程として記述されることが多い.そして,確率過程の枠組みとして最も確立しているクラスはマルコフ過程である.マルコフ過程とは,現時点の情報だけを元に時間発展が完全に決まる確率過程クラスであり,数学的に洗練された様々な枠組みが既に出来上がっている.実際,マルコフ確率過程(マルコフ確率微分方程式)の設定が具体的に与えられた場合,対応するマスター方程式(またはフォッカープランク方程式)を導出することによって,固有値問題に帰着させることができ,系の性質を体系的に理解することが可能である.一方で現実の物理現象の多くはマルコフ過程ではなく,非マルコフ過程であることも知られている.即ち,過去全ての時系列情報があって初めて,時間発展を記述することができる.例えば,歴史的に最初に発見されたブラウン運動を思い出してみよう.ブラウン運動は水中の微粒子を題材としたものであり,流体力学相互作用に由来して強い非マルコフ性を示すことが実際に知られている.このような非マルコフ過程に,一般の非線形系を含めて適用可能な処方箋は現在確立していない.そこで最近筆者とD. Sornette(ETH Zurich, SUSTech)の研究グループは,このような非マルコフ過程を体型的に取り扱う解析手法を研究している.特に我々はホークス過程とよばれる複雑系物理学の非マルコフ確率過程のモデルに着目し,ホークス過程に適用可能な場の理論的な解析手法を構築した.ホークス過程とはバーストを伴う臨界現象を説明する時系列モデルであり,地震・社会現象・疫病・神経系といった幅広い分野で活用されているモデルである.本解析手法を用いて我々は臨界点近傍におけるホークス過程の定常分布の漸近系を調べ,非普遍的な指数をもつべき分布が,一般のホークス過程で現れることを発見した.本手法の鍵となるアイディアは非マルコフ・ホークス過程を高次元のマルコフ過程に埋め込むことである(マルコフ埋め込み法).この方法を用いることで,非マルコフ過程であっても,マスター方程式のような従来のマルコフ過程の枠組みが適用可能になる.我々の論文では一般のホークス過程に対してこのマルコフ埋め込みの手法を適用し,無限次元空間のマルコフ場の確率過程にマップする理論解析手法を開発した.結果,場の理論型のマスター方程式を用いた漸近解析手法が有効であることがわかった.この手法の適用範囲はオリジナルのホークス過程だけに留まらず,より広いクラスの非マルコフ過程(例えば,非線形ホークス過程や,より一般の非マルコフ点過程など)の解析に応用できることが徐々にわかってきた.更に本手法は形式的に非エルミート場の量子論と形式的な対応関係が存在することがわかった(例えば,一般化ランジュバン方程式は調和振動子場の非エルミート量子論と対応関係がある).今後は非エルミート場の量子論と非マルコフ古典確率過程の一般的な数学的関係を調べることで,幅広い非マルコフ系に対して適用可能な新しい理論的枠組みを構築することができる可能性があるのではないか,と筆者は考えている.