著者
大神 裕俊
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C3P3376, 2009 (Released:2009-04-25)

【はじめに】日々の臨床の中で,舌の動きを促すことにより姿勢やアライメントに変化が出ることを体験している.また治療展開の中で頚部の関節可動域は,舌の動きによってさらに機能的になり安定する印象を受けている.そこで今回,舌の動きを促した前後での頚部の関節可動域を測定してみたところ変化がみられたので報告する.【対象と方法】当院に通院し,本研究の趣旨に理解を得られた患者12名(年齢55.2±14.10歳).方法は棒付きキャンディーを使用し,端座位にて検者が被検者の口腔内でキャンディーを左右5回ずつ回転させ,そのキャンディーの動きを舌体で追わせる事により舌の動きを促した.この工程を左右各2セット行いその前後での頚部の関節可動域(屈曲・伸展・左右側屈・左右回旋)を測定し比較した.介入前後の比較には対応のあるt-検定を用い有意水準は1%とした.また介入後に頚部を動かした感想を聞いた.【結果】介入前と比較して介入後では全ての頚部の関節可動域において平均10度以上の改善傾向が見られた.また全ての頚部の関節可動域で有意差を認めた.測定値以外において介入前と比較し介入後で頚部を楽に動かすことができるという訴えもあった.【考察】今回,舌の動きを促すことで頚部の関節可動域に変化がみられた要因として,舌筋・舌骨上筋・舌骨下筋の作用,舌骨の動きによる影響が考えられる.舌筋は舌自体の運動に作用し,舌骨上筋は下顎骨・舌骨・口腔底・舌に作用し,舌骨下筋は舌骨を下に引いて固定し舌骨上筋による舌の運動を助ける作用を持つ.口の開閉運動に関与する力学成分は,頚椎後方から前方のベクトルと前方から後方のベクトルが舌骨の後方で交差している.この交点は第三頚椎レベルにあたり,顎関節・頚椎の運動を機能的に行うための協調支点となる.舌骨はこの協調支点と同じ高さにあり,付着する筋群や動きから動滑車の機能を持っていると考えられている.舌骨は前・後傾に動くことで舌骨筋群のベクトル方向を変え,上述した協調支点が常に第三頚椎レベルにくるように調節している.第三頚椎は頚椎カーブの頂点にあり,この頂点が偏位すれば頚椎全体に波及していく.今回の研究で行った口腔内でキャンディーを回転させることで舌の運動・口の開閉運動が起こり,上述の作用がある舌筋・舌骨上筋・舌骨下筋により舌骨の位置を正中化し,顎関節・頚椎の運動を機能的に行うための協調支点の調節を円滑にしたため頚部の関節可動域改善に影響がみられたのではないかと考える.【まとめ】舌の動きを促すことが頚部の関節可動域改善になり,治療展開の一つになるのではないかと考える.今後,舌の動きを促すことで影響を与える因子・研究の検討を深めていきたい.
著者
高田 治実 寺村 誠治 豊田 輝
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.30 Suppl. No.2 (第38回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.223, 2003 (Released:2004-03-19)

<はじめに>疼痛・痺れは、ADLや精神面に大きく影響する。リハビリテーション施行の上でも、訓練の中止や遅延の原因になることが多い。疼痛の対処には、種々の方法があるが、我々はDNICアプローチで、疼痛に対する治療を行い有効な効果を認めているので報告する。<DNIC;diffuse noxious inhibitory controlsとは>DNIC(広汎性侵害抑制調節)は、1979年にLe.Barsらによって、麻酔したラットの研究で報告された。疼痛のある部位と別の部位を同時に刺激することにより、脊髄後角や三叉神経脊髄路核尾側亜核の疼痛を伝達する広作動域ニューロンの活動が抑制され疼痛が改善される現象である。1990年には人の屈曲反射に関する研究で、内因性オピオイドの関与の可能性が報告された。<DNIC アプローチとは>本治療は、DNICの現象を応用し、疼痛を起こしている筋肉(責任筋)を検査し、その筋肉を軽く圧迫した状態で、疼痛が改善する別の筋肉(反応刺激点)を圧迫刺激し疼痛を改善させる。<方法>疼痛・痺れおよび幻肢痛に対し本治療を施行。施行頻度は、可能な限り毎日行った。治療時間は、5分から60分。評価は、VAS、睡眠状態、食欲、心理状態、ROMおよびFFDなどを用いた。<症例>症例1: MT、49歳、女性、看護婦、頚椎ヘルニア。H14年3月30日・31日にハードなテニスの練習を行い、その後左頚部、肩甲帯から上肢にかけて疼痛・痺れ出現。4月12日より本治療を開始。症例2:T.F、58歳、男性、自動車リース業、変形性腰椎症、腰痛症。H13年8月胡座位で腰痛出現し寝返り不能となる。同年9月13より本治療開始。症例3:K.T、53歳、男性、医師、頚椎ヘルニア。数ヶ月前から右頚部、肩甲帯から上肢に疼痛・痺れ出現。H14年2月に前期症状が増悪、本治療開始。症例4:H.I、58歳、女性、調理師。約2ヶ月前から疼痛・痺れが増強し、H14年5月14日より本治療開始。症例5:T.S、26歳、男性、ビルのメンテナンス業、左前腕切断。H14年7月21日交通事故にて左手轢断、同年8月13日より幻肢痛・左腕の疼痛に対し本治療開始。<治療>症例1:本治療10回施行により疼痛・痺れ共に消失。症例2:本治療8回施行により疼痛・痺れ共に消失。症例3:本治療23回施行により疼痛が消失。痺れはVASで1、気にすれば感じる程度となった。症例4:本治療施行により疼痛・痺れ共に消失。夜間痛も消失。症例5:本治療10末まで施行し、疼痛消失。痺れはVASで0から1、食欲、睡眠状態良好。<まとめ>今回報告した症例では、本治療で疼痛・痺れ、幻肢痛に対して著名な効果を認めた。今後は、本治療法の適応に関する研究も必要と考えている。しかし、DNICも理論的に不明な点が多いため、ケースを通して検証して行きたい。
著者
赤川 精彦 末次 康平 山形 卓也 荒木 秀明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ca0926, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 近年、体幹の安定性において、腹横筋や多裂筋などの体幹深部筋トレーニングが注目されている。腹横筋や多裂筋のトレーニングにおいて再発の予防には効果的である報告はあるが、疼痛の軽減に関しての報告は少ない。我々の臨床においても、腹横筋と多裂筋などの深部体幹筋トレーニングのみで疼痛が軽減することはほとんどない。安定化運動に関する無作為臨床試行論文をレビューしてみると、骨盤帯痛と慢性腰痛の再発予防に対しては安定化運動が効果的であるが、腰痛の機能障害と疼痛の緩和に対する効果は認められていない。今回は骨盤帯正中化後に骨盤帯に対する疼痛誘発テスト、joint play test、荷重伝達テストを施行し、深部体幹筋トレーニングと疼痛が生じないよう注意を払いながら深層筋と表層筋を共同収縮させる積極的な動的安定化運動の有効性を無作為に検討したので報告する。【方法】 対象は著明な神経学的脱落所見を認めず、足部、足関節・膝関節に問題のない骨盤帯に非対称性のある3 カ月以上の罹病期間を有する慢性腰痛症例46例である。対象の内訳は罹病期間が平均13.4±7.2 週間、年齢が平均34.8 歳、性別が男性34例、女性12例である。開始時、全例に対してZEBRIS 社製床反力計PDM を用いて両脚立位と片脚立位時の床反力中心(Center of Pressure:以下COP)を測定した。理学所見は、骨盤帯アライメントの確認、片脚立位時の立脚側の仙骨と寛骨の相対的位置関係、仙腸関節のjoint play test、仙腸関節に対する疼痛誘発テスト、疼痛(visual analogue scale:以下VAS)と体幹前屈角度(finger floor distance:以下FFD)、とした。対象は全例とも当院のフローチャートに準じ骨盤帯正中化獲得後、同様に所見を記録し、両脚立位と片脚立位時のCOPを測定した。骨盤帯正中化獲得後、深部体幹筋トレーニング群と積極的安定化運動(骨盤帯の不安定性に対しては股関節内転筋群と反対側外腹斜筋の共同収縮とした。治療内容は7秒間、7 回施行)群の2群にわけ、それぞれ同様の所見を記録し、両脚立位と片脚立位時のCOPを測定し、2群間で比較検討を行なった。【倫理的配慮、説明と同意】 研究施行前に全対象者に対して、研究の目的、内容を提示して同意を得た。【結果】 (1)VASは深部体幹筋トレーニング群の改善は認められなかったが、積極的安定化運動群のみ有意な(P<0.01)改善を認めた。(2)FFD は、深部体幹筋トレーニング群の改善は認められなかったが、積極的安定化運動群のみ有意な(P<0.01)改善を認めた。(3)COPの総軌跡長は深部体幹筋トレーニング群の改善は認められなかったが、積極的安定化運動群のみ有意な(P<0.01)改善を認めた。仙腸関節不安定側での片脚立位は、深部体幹筋トレーニング群の改善は認められなかったが、積極的安定化運動群のみ有意(P<0.01)な改善を認めた。健側での片脚立位では両群とも変化は認められなかった。(4)COPの支持面積は、両脚立位、片脚立位ともに有意な改善は認められなかった。(5)仙腸関節のjoint play testは、深部体幹筋トレーニング群の改善は、ほとんど認められなかったが、積極的安定化運動群の改善は認められた。しかし、有意な改善ではなかった。(6) 片脚立位時の立脚側の仙骨と寛骨の相対的位置関係は、深部体幹筋トレーニング群の改善は、ほとんど認められなかったが、積極的安定化運動群の有意(P<0.01)な改善は認められた。【考察】 安定化運動に関する無作為臨床試行論文をレビューしてみると、骨盤帯痛と慢性腰痛の再発予防に対しては安定化運動が効果的であるが、腰痛の機能障害と疼痛の緩和に対する効果は認められていない。今回用いた積極的安定化運動は、レッドコードを用いることで、疼痛に配慮しながら微細な免荷を行いながら漸増的運動療法が可能な方法である。結果、従来行われている深部体幹筋トレーニングよりも積極的安定化運動直後より理学検査およびCOP の総軌跡長が治療前後に即座に有意な改善を認めたことから、積極的安定化運動の骨盤帯不安定性症例に対して、理学検査に相応して姿勢の安定性に関しても有効性が示唆されたものと考える。仙腸関節が安定する状態は、仙骨が前傾(nutation)し、仙骨に対し寛骨が後方回旋するときである。今回、仙腸関節における荷重伝達機能に着目し、荷重伝達障害が積極的安定化運動によって改善するか検討を行なった。荷重伝達障害のある仙腸関節に対し、体幹深部安定化筋群と内転筋群、外腹斜筋の筋収縮を促通することによって、重心動揺の総軌跡長は有意に減少し、荷重伝達機能の改善も認められた。仙腸関節の安定性と正常な荷重伝達を獲得するためには前部斜方向における内転筋のトレーニングが重要であると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 仙腸関節の不安定症例に対しての深部体幹筋と同時に内転筋、外腹斜筋のトレーニングの重要性が示唆された。
著者
吉尾 雅春 西村 由香 松本 拓士 野々川 文子 宇田津 利恵 石橋 晃仁
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.32 Suppl. No.2 (第40回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A0725, 2005 (Released:2005-04-27)

【目的】第39回学術大会において、股関節関節包以外の軟部組織を除去した新鮮遺体骨格標本による股関節屈曲角度が約93度であることを報告した。しかし、生体では股関節周囲の軟部組織の圧迫や筋緊張による抵抗などのために、屈曲角度が減少することが考えられる。そこで、健常成人を対象に、骨盤を徒手的に固定したときと自由にしたときとの他動的股関節屈曲角度を求め、股関節屈曲運動について検討を加えたので報告する。【方法】対象は同意を得た健常成人20名で、平均25.9±3.9歳、男10名、女10名であった。検者Aは対象側股関節内旋外旋・内転外転中間位を保ちながら股関節を他動的に屈曲させた。検者Bは日本リハビリテーション医学会の測定方法に準じて股関節屈曲角度を測定した。測定は背臥位で両側に対して、Smith & Nephew Rolyan社製ゴニオメーターを用いて1度単位で3回行った。測定1:検者Aが反対側の大腿を固定し、対象側股関節を最大屈曲させ、角度を測定した。測定2:両側股関節を同時に最大屈曲したときの角度を求めた。測定3:まず、股関節屈曲運動に伴って骨盤が後傾しないように、閉眼した検者Cが上前腸骨棘から腸骨稜にかけて徒手的に把持して固定した。検者Aが対象側の股関節をゆっくり屈曲させ、検者Cによる骨盤固定の限界点で屈曲角度を測定した。測定3の値は骨盤の動きの制動に影響される可能性が大きいため、3回測定のICCを求めて再現性の検証を行った。統計学的有意水準は0.05とした。【結果】全員を対象とした測定3の3回のICCは、右0.909、左0.830で再現性は高かった。各測定において有意な左右差がなかったので右について提示する。他動的股関節屈曲3回の平均は測定1が133.1±9.1度、測定2が138.3±7.2度、測定3が70.4±9.0度であった。各測定間で相関はみられなかった。腰椎の動きや骨盤後傾角度などを主に表すと考えられる測定1から測定3を引いた角度Fは62.8±10.6度、測定2から測定3を引いた角度Gは68.0±11.6度であった。角度F、角度Gは測定3の角度との間にそれぞれ負の相関(r=-0.58、-0.78)を認めた。また、角度Fは測定1の角度と正の相関(r=0.59)を、角度Fと角度Gは測定2の角度と正の相関(r=0.50、0.63)を示した。【考察】骨盤をしっかり固定したときの他動的股関節屈曲を示す測定3の角度は、言うなれば「寛骨大腿関節」の最大屈曲角度である。右では股関節屈曲角度133度のうち、寛骨大腿関節は平均70度、腰椎の動きや骨盤後傾を含むその他の角度は平均63度であった。軟部組織を除去した新鮮遺体の寛骨大腿関節が93度であったことから、20度余が軟部組織のための角度と考えられる。これらの特徴を考慮しながらROMテストや運動療法を行う必要がある。
著者
池添 冬芽 小林 拓也 中村 雅俊 西下 智 荒木 浩二郎 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0376, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】近年,低強度の筋力トレーニングであっても疲労困憊までの最大反復回数で行うと,高強度と同程度の筋力増強・筋肥大効果が得られることが報告されている。しかし,疲労困憊までさせずに最大下の反復回数で低強度トレーニングを実施した場合,高強度と同等の筋力増強・筋肥大効果が得られるかどうか,また筋の質的要因に対しても改善効果が得られるかどうかについては明らかではない。本研究の目的は,健常若年男性を対象に低強度・高反復および高強度・低反復の膝関節伸展筋力トレーニングを8週間実施し,1)低強度・高反復トレーニングは高強度と同程度の筋力増強や筋肥大・筋の質改善効果が得られるのか,2)各項目の経時変化に両トレーニングで違いはみられるのかについて明らかにすることである。【方法】対象は下肢に神経学的・整形外科的疾患の既往のない健常若年男性15名とした。対象者を無作為に低強度・高反復トレーニング群(低強度群)と高強度・低反復トレーニング群(高強度群)に分類した。膝関節伸展筋力トレーニングは筋機能運動評価装置(BIODEX社製System4)を用いて,低強度群では30%1RM,高強度群では80%1RMの強度で週3回,8週間実施した。8回の反復運動を1セットとし,低強度群では12セット,高強度群では3セット実施した。介入前および介入2週ごとに1RM・最大等尺性筋力,超音波測定を行った。1RM・最大等尺性筋力測定には筋機能運動評価装置を用い,膝伸展1RMおよび膝関節70°屈曲位での最大等尺性膝伸展筋力を測定した。超音波診断装置(GEメディカルシステム社製LOGIQ e)を用いて,大腿直筋の筋量の指標として筋厚,筋の質の指標として筋輝度を測定した。なお,筋輝度の増加は筋内の脂肪や結合組織といった非収縮組織の増加を反映している。トレーニングの介入効果を検討するために,各項目について分割プロット分散分析(群×時期)を行い,事後検定にはBonferroni法による多重比較を行った。【結果】分割プロット分散分析の結果,1RM・最大等尺性筋力,筋厚および筋輝度のいずれも時期にのみ主効果がみられ,交互作用はみられなかったことから,いずれの項目も2群間で効果の違いはないことが示された。事後検定の結果,両群ともに1RMおよび最大等尺性筋力はPREと比較して2週目以降で有意な増加がみられた。また両群ともに筋厚はPREと比較して4週目以降で有意に増加し,筋輝度は8週目のみ有意に減少した。【結論】本研究の結果,両トレーニング群ともに筋力増強,筋肥大,筋の質の改善がみられ,その変化の程度や経時変化に違いはみられなかったことから,低強度であっても12セットと反復回数を増やすことによって,高強度3セットのトレーニングと同様の筋力,筋量,筋の質の改善効果が得られることが明らかとなった。
著者
余野 聡子 西上 智彦 壬生 彰 田中 克宜 萬福 允博 篠原 良和 田辺 曉人 三木 健司 行岡 正雄
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.H2-162_2, 2019 (Released:2019-08-20)

【はじめに、目的】中枢性感作(Central Sensitization:CS)とは中枢神経系の過度な興奮によって,疼痛,疲労,集中困難及び睡眠障害などの症状を引き起こす神経生理学的徴候である。CSを評価する指標として,末梢器官に対して侵害刺激を連続して加えたときに見られる痛みの時間的加重(Temporal summation: TS)が用いられている。また,CSが関与する包括的な疾患概念として中枢性感作症候群(Central Sensitivity Syndrome: CSS)が提唱されており,CSおよびCSSを評価する質問票としてCentral Sensitization Inventory (CSI)が用いられている。CSが病態(疼痛)に関与していると考えられている疾患の代表格である線維筋痛症(Fibromyalgia:FM)において,健常人と比較してTS,CSIがともに高値であることが報告されている.しかしながら,これまでにTSとCSIのどちらがCSを評価する上で,より精度が高い評価法であるか明らかでない.本研究の目的は,これらの評価指標の精度を比較し,その臨床的有用性について検討することである。 【方法】米国リウマチ学会(2010)の診断基準を満たす線維筋痛症患者26名(FM群, 男性3名,女性23名,平均年齢49.3±10.5歳)および健常人28名(健常群,男性7名,女性21名,平均年齢51.8±13.5歳)を対象とした。疼痛はBrief Pain Inventory (BPI)にて評価し,CSに関する指標としてTSおよびCSIを評価した。TS評価では,利き手側の橈側手根伸筋に対して圧痛閾値(pressure pain threshold: PPT)での圧刺激を10回反復し,1回目と10回目の疼痛強度(Numeric Rating Scale: NRS)の差をTSとした。これらの評価項目について,Mann-WhitneyのU検定を用いて群間比較した。また,PPT, TSおよびCSIについてReceiver operating characteristic (ROC)分析を行い,各指標のArea Under the Curve (AUC)の比較検定を行なった。また,FM群と健常群を判別するカットオフ値を算出した。統計学的有意水準は5%とした。【結果】BPI (pain intensity/pain interference), TSおよびCSIは健常群に比べてFM群で有意に高値であった(p < 0.05)。PPTは健常群に比べてFM群で有意に低値であった(p < 0.05)。ROC曲線のAUCは,TSに比べてCSIで有意に高値であった(TS: 0.66, CSI: 0.99, p < 0.0001)であった。各指標のカットオフ値はPPTが12.1N(感度64%, 特異度89%, 陽性反応的中度84%, 陰性反応的中度73%), TSが3(感度60%, 特異度67%,陽性反応的中度63%,陰性反応的中度84%), CSIが37点(感度96%, 特異度100%,陽性反応的中度100%,陰性反応的中度97%)であった。【結論(考察も含む)】TSおよびCSIの精度を比較した結果,TSよりもCSIの方が精度は高かった。FM患者はCSによって生じる多彩な臨床症状を呈することから,機械刺激への過敏性を評価するTSよりも,包括的かつ症候学的な評価であるCSIの精度がより高くなった可能性がある。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は甲南女子大学倫理委員会の承認を得て実施した。事前に研究目的と方法を十分に説明し,同意が得られた者のみを対象とした。
著者
壇 順司 国中 優治 高濱 照
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.33 Suppl. No.2 (第41回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C0431, 2006 (Released:2006-04-29)

【目的】足関節の関節安定化は,内外側靱帯の自動締結作用や腓骨筋及び後方深部屈筋の内外側からの締め付け作用により行われていることは周知の通りであるが,その相互作用についてはあまり知られていない.隣り合う靱帯と腱の間では,関節運動に伴いそれぞれが干渉し合いながら何らかの相互作用があると考えられる.そこで遺体を用いて足関節内外側靱帯と腱の足関節底背屈運動における相互作用について検証したのでここに報告する.【対象】熊本大学大学院医学薬学研究部形態構築学分野の遺体で,可動性(底屈60°から背屈20°)がある右4足関節,左2足関節にて標本1から3を作製し使用した.標本1:右3足関節,左2足関節を用いて,長短腓骨筋,後脛骨筋,長母趾屈筋,長趾屈筋,内外側の靱帯,関節包を残したものを使用した.標本2:右1足関節を用いて外内果の中央付近の前額面で切断したものを使用した.【方法】1)標本1を用いて内外側の矢状面より,静的な腱と靱帯の位置関係を調べた.2)標本1を用いて底屈60°から背屈20°まで他動的に動かし,腱と靱帯の関係を調べ,距骨外側面と腓骨外果内側面が接する角度を調べた.3)標本2を用いて前額面より,静的な腱と靱帯の関係を調べた.【結果】1)外側では,前距腓靭帯,踵腓靭帯(以下,CFL),後距腓靭帯があり,後距腓靭帯とCFLの表層を長短腓骨筋腱が走行していた.内側では,三角靭帯(前脛距部,脛舟部,脛踵部,後脛距部)があり,脛踵部・後脛距部(以下,DL)の表層を後脛骨筋腱が走行していた.2)底屈32.1±2.3°で,長短腓骨筋腱がCFLを,後脛骨筋がDLを圧迫し始めた.CFLとDLはこの角度から背屈で緊張し続けた.また距骨滑車の外側面にわずかな突出部があり,底屈27.1±2.3°でその突出部と外果内側面が接し,外果が外に押し出され,下脛腓関節が広がった.3)切断面で見ると,CFLと長短腓骨筋,DLと後脛骨筋が接しており,腱を起始部の方へ牽引すると靱帯が内上方へ圧迫された.【考察】まず,CFLや三角靭帯(脛踵部)は踵骨に付着しており,この靱帯が緊張すれば,踵骨は距骨に,距骨は関節窩に押しつけられ固定されることになる.つまり背屈に伴い靱帯の緊張が高くなることと長短腓骨筋腱や後脛骨筋腱がこれらの靱帯を内上方へ圧迫することで,関節の安定性が得られると考えられる.特に靱帯損傷が多い外側で,底屈約30°では骨性の安定が乏しいため,長短腓骨腱によるCFLへの圧迫作用がなければ,関節の不安定性は増大することが推察される.次に外内果の下部でCFLや三角靭帯(脛踵部)が滑車の役目を担い,底屈運動時に腱と関節中心部の距離を保ち,関節モーメントを維持することで,長短腓骨筋や後脛骨筋が効率的に活動するようにしていると推察される.つまりCFLと長短腓骨筋,DLと後脛骨筋が相互に作用し,関節の安定化や筋の活動効率に関与しているといえる.
著者
松尾 知洋 川上 照彦 岡崎 美紀 小泉 周也 山西 絵理 室伏 祐介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.A0869, 2008

【目的】我々は第41回の本学会において,交代浴による疲労回復処置が,約1時間の経過観察で,運動負荷後の血中乳酸値を,安静群や温浴群に比べ有意に低下させるものの,同時に行われた筋疲労試験では,筋出力の改善がなく,逆に低下傾向が見られたことを報告した。そこで,今回,我々は,温め過ぎたことが筋出力の低下に繋がったと考え,冷浴で終わる交代浴や冷浴単独での疲労回復試験を施行し,血中乳酸値と筋出力の視点から疲労回復について検討を行ったので報告する。<BR>【方法】健常男性20例(平均20歳)を被験者とし,運動負荷試験後,10分間の疲労回復処置に続き,5分間の軽運動を行った後,疲労試験を施行した。運動負荷はサイベックスにて屈伸回数を50回とし,比較的早い角速度である180deg/sec,膝関節屈伸運動の等速度運動に設定した。また,試合におけるハーフタイムを想定して,運動負荷の間隔は15分とし,初回運動負荷後安静にした群と,交代浴を施行した群,冷浴を施行した群の3群を設定し血中乳酸と筋出力の変化を調べた。血中乳酸はラクテート・プロを用い測定した。また,交代浴と冷浴は,温浴を38~42度,冷浴を10~15度に設定し,両下腿部に部分浴を行った。<BR>【結果】血中乳酸値の経時的変化では,交代浴群,冷浴群は安静群と比較すると低値を示したが,統計学的に有意差を認めなかった。また,筋疲労試験では,総仕事量に関して,左膝関節屈曲筋群において,交代浴,冷浴により筋力の低下が認められた。<BR>【考察】我々は,第41回の本学会において,交代浴による疲労回復処置では,約1時間の経過観察で,運動負荷後の血中乳酸値を,安静群や温浴群に比べ有意に低下させるものの,筋出力の改善がなく,逆に低下傾向が見られ,試合間等の短時間における疲労回復処置には不向きであると報告した。この原因として,過剰な温熱を考え,温・冷・温・冷の冷浴で終わる交代浴や,冷浴単独の疲労回復効果について検討した。血中乳酸値においては,交代浴群,冷浴群は安静群と比較すると低値を示したが,有意差は認めなかった。乳酸塩が完全に回復するには30~40分必要とされており,15分という短いインターバルでの疲労試験においては,有意差が認められなかったものと考えられる。一方,筋出力についても,筋疲労試験において低下を示し,冷浴の効果以上に温浴の影響が大きく表れたのではないかと考えられる。また,冷浴単独については,運動神経伝導の遅延や,参画するMotor unitsの減少により筋出力が低下したものと考えられる。<BR>【まとめ】以上我々の行った疲労回復処置は,短時間のインターバルにおける疲労回復処置としては不向きであると思われるが,疲労した握力の回復には冷浴の時間配分が多い交代浴が効果的であるという報告もあり,今後の検討課題と考えられた。
著者
国中 優治 壇 順司 高濱 照
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.C0884, 2007

【はじめに】膝屈曲時における膝窩部痛は膝関節疾患に多く見られ、その原因の探索は臨床上重要である。我々は膝関節運動に伴う組織の位置変化や筋の形状変化を機能解剖学的にとらえ、その原因を腓腹筋内側頭起始部の折りたたみによる圧迫、もしくは膝窩筋の伸張によるものであると報告した。しかし臨床上膝窩外側部の疼痛を訴えるケースもまれにみられるため再度膝屈曲時における膝窩部の観察を遺体にて行った。<BR>【対象】熊本大学形態構築学分野の遺体で、大腿骨・脛骨の可動性が充分保証されている4体の膝4関節及び観察用に22体膝44関節を用いた。<BR>【方法】可動性の充分保証された膝4関節において伸展位から最大屈曲位まで可動し膝窩部の様子を観察した。また、22体膝44関節においては膝窩関節包の一部に存在するファベラの有無の確認を行った。なお観察したモデルは組織の動態が確認できるように表皮及び結合組織、脈管系を除去し、筋、関節包を剖出した。<BR>【結果】可動した4関節においてはこれまで報告した通り膝屈曲角度が進むにつれ腓腹筋内側頭が起始部にて折りたたまれ圧迫され、膝窩筋は伸張された。外側においては屈曲角度が進むにつれて足底筋が折りたたまれると同時に深部の関節包は蛇腹状になり撓みが見られたが大腿骨と脛骨による圧迫は軽微であった。腓腹筋外側頭においては起始部が足底筋より末梢であるため、折りたたまれることはなかった。次に4関節の内2関節においてはファベラが存在した。ファベラの存在した関節は屈曲にて関節包が後方に緩み腓骨頭上方に位置する膝窩筋にファベラが接触した。それは角度が進むにつれて圧迫強度が増加した。ファベラの存在する関節は44関節中7関節(15.9%)に確認された。<BR>【考察】外側課部関節包の一部であり、腓腹筋外側頭の起始腱の内部に存在するファベラは大豆状の種子骨である。その出現率はGillesらが8~10% 、J.Langらが10%と報告しているが今回の遺体解剖においても15.9%のファベラ出現例が確認できた。屈曲することにより後課部関節包は蛇腹状に折りたたまれることでコンパクトに収納される。しかしファベラが存在する例においては関節包の一部とはいえ種子骨であるためにその部位が後方に突出し腓骨頭上方に位置する膝窩筋(膝窩筋も含む)を圧迫していた。第38回の学術大会にて膝屈曲時には腓腹筋内側頭が圧迫を受けやすくそれが原因で疼痛を発する可能性があり、外側に関しては機械的な圧迫は起きないということを報告した。しかしファベラの存在する例においてはそれによる膝窩筋および周囲の軟部組織に圧迫を加えることが確認できた。ゆえにその部位においても疼痛を発する可能性が示唆された。またファベラの確認はレントゲン撮影にて容易に確認出来るため、評価において早期に疼痛部位を推察することも可能ではなかろうか。<BR>
著者
冨田 浩輝 黒澤 和生
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101242, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】骨格筋への振動刺激は脊髄内の介在神経細胞を活性化し,シナプス前抑制により筋緊張を抑制する事が知られている.シナプス前抑制機能は,痙縮と深く関与している事が示唆されており,条件刺激と試験刺激を異なる筋に対して実施する方法により検討されている.しかし,振動刺激における筋緊張抑制効果において,条件刺激と試験刺激を異なる筋に対して実施した報告は少ない.また,この条件において,異なる振動周波数を用いて筋緊張に及ぼす影響を検証した報告はない.本研究の目的は,膝蓋腱や大腿二頭筋腱に異なる周波数の振動刺激を負荷し,同側ヒラメ筋のH波に及ぼす影響を明らかにする事である.【方法】対象は下肢に神経障害の既往のない健常成人男性42名であり,被験筋はヒラメ筋とした.すべての対象者には膝蓋腱と大腿二頭筋腱に振動刺激(80Hz,100Hz,120Hz)を負荷する2条件を設定し,誘発筋電図(日本光電社製)を用いて,安静時と振動刺激中,振動刺激直後,振動刺激終了5分後のH波とM波の最大振幅比を算出した.振動刺激装置には,旭製作所製WaveMakerを使用した.本研究における統計処理には,統計解析ソフトウェアSPSS18を使用した.各条件内における時間経過の検討として,反復測定一元配置分散分析を行った.尚,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】ヘルシンキ宣言に則り本研究を実施した.研究に先立ち,所属機関の倫理委員会において承認を得た.全ての対象者には事前に本研究の内容やリスク,参加の自由などの倫理的配慮について口頭および文書で説明し,書面にて同意を得た.【結果】膝蓋腱への振動刺激では,80Hzの周波数において,振動刺激中の最大振幅比が,その他の値と比べ有意に低値を示した.100Hzの周波数においては,振動刺激中の最大振幅比が安静時と比べ有意に低値を示した.また,振動刺激直後は振動刺激5分後よりも有意に低値を示した.120Hzの周波数においては,振動刺激中の最大振幅比が,振動刺激直後と振動刺激5分後と比べ有意に低値を示した.大腿二頭筋腱への振動刺激では,80Hzの周波数において,どの間に関しても有意差は認められなかった.100Hzの周波数においては,振動刺激中の最大振幅比は振動刺激直後と振動刺激5分後において有意に低値を示した.また,振動刺激直後の最大振幅比が振動刺激5分後の最大振幅比と比べ有意に低値を示した.120Hzの周波数においては,安静時と比べ振動刺激中と振動刺激直後で有意に低値を示し,振動刺激中は,安静時と振動刺激5分後と比べ有意に低値を示した.また,振動刺激直後は,安静時と振動刺激5分後と比べ,有意に低値を示した.【考察】今回,条件刺激と試験刺激を異なる筋に負荷し,膝蓋腱や大腿二頭筋腱といった異名筋への異なる周波数の振動刺激が,ヒラメ筋H波に及ぼす影響を検証した.本研究では,膝蓋腱への100Hz以上の振動刺激では,振動刺激中のH波は安静時よりも低値を示すが,振動刺激終了後は脊髄興奮性が上昇し,同側ヒラメ筋のH波を促通するという先行研究を支持する結果となった.しかし,80Hzの振動刺激においては,振動刺激中のヒラメ筋H波は有意に低値を示し,振動刺激直後も有意差は認められなかったが,最大振幅比は低値を示した.これは,膝蓋腱への80Hzの振動刺激は,ヒラメ筋H波を抑制した事が示唆され,Ericらの報告における,振動刺激が脳卒中後の足関節底屈を伴う下肢の異常な同時収縮を調整する可能性について支持する結果となった.更に,大腿二頭筋腱への振動刺激では,80Hzの周波数では,ヒラメ筋H波の抑制は得られず,大腿二頭筋に緊張性振動反射は生じなかったことが予想される.しかし,100Hz以上の周波数では,振動刺激中のH波の抑制が生じ,120Hzでは振動刺激終了直後でもH波の抑制が確認された.このことから,緊張性振動反射を誘発するには100Hz以上の周波数が必要であり,より強く筋収縮が誘発される事で,拮抗関係にある筋に対する抑制効果が増大する事が示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究において,振動刺激とシナプス前抑制は深く関与していることが明らかとなった.また,120Hzの振動周波数で大腿二頭筋腱へ振動刺激を負荷する事が,同側ヒラメ筋の筋緊張抑制に有効であることが示唆された.更に,振動刺激には,電気刺激同様の効果が期待できることが示唆され,その効果には振動周波数が深く関与していることが明らかとなった.今後,振動刺激が筋緊張に及ぼす影響や,その他の治療方法との比較などさらなる検討が必要であると考えられるが,本研究により,振動刺激が痙縮に対する有効な治療手段として臨床応用することや,家庭でのホームエクササイズの一つとして活用していく事が期待できるのではないかと考える.
著者
木下 利喜生 上西 啓裕 小池 有美 三宅 隆広 山本 義男 田島 文博 佐々木 緑 幸田 剣 古澤 一成 安岡 良訓
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.33 Suppl. No.2 (第41回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A0594, 2006 (Released:2006-04-29)

【はじめに】近年の研究により運動がプロスタグランジンE2(以下PGE2)やサイトカインに影響を及ぼす事がわかっている。しかし、それらの多くが下肢運動でのデータである。我々の知り得た範囲では、下肢運動と同じ強度の上肢運動を行い、それらの変化を比較検討した研究はない。今回はpreliminary studyとして健常者1名を対象とし、上肢および下肢を用いた高強度の運動を行い、PGE2とサイトカインの中でもインターロイキン6(以下IL-6)に及ぼす影響を比較した。【対象と方法】被験者は医学的に問題のない健常女性1名。実験開始24時間は積極的な運動は中止とし、下肢運動は自転車エルゴメーター、上肢運動はハンドエルゴメーターにて行った。血液は運動前(30分の安静後)、運動終了直後、60分後、120分後に採取し、PGE2、IL-6の測定を行なった。運動負荷は上下肢ともにエルゴメーターを用いて呼気ガス分析にて最大酸素摂取量とその際のHRpeak、Load(Watt)の測定を行った。その値をもとにウォーミングアップをその25%のWatt数で4分間行い、その後80%のWatt数にて50RPMで30分間の運動を行った。またこの際にHRpeak80%を上限に運動の負荷調整を行った。呼気ガス分析にはMINATO社 AEROMONITOR 300Sを使用した。【結果】PGE2は下肢では運動直後は上昇しており、60分後、120分後と徐々に低下し運動開始前程度まで低下した。上肢では運動直後に軽度の上昇がみられ、60分後は運動開始前の値よりも低下し、120分後は上昇するものの運動開始前よりも低値であった。IL-6は下肢では運動直後は上昇しており、60分後は運動直後の値を維持、120分後では軽度の低下を示した。上肢では運動直後に軽度上昇し、60分後は運動開始前まで低下し、120分後では更に低下した。【考察・まとめ】PGE2は下肢運動により上昇し、過去の報告と同様であった。上肢運動によるPGE2上昇は下肢運動時よりも低い印象であった。IL-6も両者の運動において上昇したものの、上肢運動による変化は下肢運動より減弱している印象をうけた。これらの違いについて、特にIL-6は、運動初期から運動による筋傷害とは無関係に収縮筋細胞自体から大量に分泌されることがいわれており、上肢と下肢では、同じ運動強度、同じ時間で運動を行っても、動員筋の量の差でその変化に差が生じたものと推測された。
著者
神尾 博代 山口 三国 信太 奈美 古川 順光 来間 弘展 金子 誠喜
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Eb1258, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 生活習慣病発症予防に効果があるとされる身体活動量は、1日当たりおよそ8,000~10,000歩に相当すると考えられている。しかし、ライフスタイルの変化や交通手段の進歩により、日本人の1日の歩数は男性、女性とも目標値に達するどころか、1日平均歩数は減少している。身体活動量の点から見るとパラメータとして歩数を増大させるだけではなく、歩容を変化させる方法もある。そこで、本研究では歩容調整によって、体重、体脂肪率、BMIを減少させることができるかについて検討することを目的とした。【方法】 健常若年女性24名を対象とし、ランダムに運動・ウォーキング実施群(Ex群)と対照群(C群)の2群に12名ずつ割り付けた。Ex群には日常生活の中で気軽に行える簡単な体操と歩容調整の指導をし、日常生活内で実施させた。体操の内容は1.立位での股関節の伸展、2.立位での重心の前方移動、3.背伸び、4.立位での前方リーチの4種類とした(山口式エクササイズに準拠)。また、歩行指導時の注意点は1.けり出し時、骨盤を後方回旋させず、股関節・膝関節をしっかりと伸展させる。2.けり出し時、踵が外側を向いたり内側を向いたりしないように真っ直ぐに蹴る。3.背すじを丸めたり、反りすぎたりしないようにするとした(山口式スタイルアップウォークに準拠)。C群には指導をせず、通常通りの日常生活を指示した。また、両群に生活習慣記録機(スズケン社製KenzライフコーダPLUS)を腰部に装着させ、起床時から入浴時を除く就寝まで、2週間継続して計測した。指導実施前と2週間経過後の身長・体重・BMI・体脂肪率を測定し、各項目の介入前後の差を求めた。また、2週間の歩数・総消費量・強度別の活動時間を計測した。ライフコーダの強度1~3を低強度(3METs以下)、強度4~6を中等強度(3~6METs)、強度7~9を高強度(6METs以上)とし、それぞれの1日の平均活動時間をもとめた。各項目は有意水準5%にて両群の平均値の差の検定を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者に対し実験の目的・方法・予想される結果・期待される利益・不利益・危険性・中途離脱の権利等について十分な説明を行い、実験参加の承諾書にて同意を得た。本研究は首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】 1日の平均歩数(S.D.)は、Ex群が8598.2(1303.5)歩、C群は9146.9(2750.8)歩であり、歩数に有意差は無かった。しかし、Ex群の介入前後の体重およびBMIの差の平均(S.D.)は体重差-0.7(0.7)kg、BMI差-0.3(0.3)であり、C群の-0.1(0.6)kg、0.0(0.2)に比べて有意に減少していた(p<0.05)。また、体脂肪率の差の平均(S.D.)はEx群-1.7(1.0)%、C群は-0.8(1.3)%と減少傾向が見られた。また、2群間の3つの強度の1日当たりの平均活動時間(S.D.)はEx群が低強度54.8(11.1)分/日、中等強度29.0(7.6)分/日、高強度2.4(1.8)分/日、C群が低強度57.8(15.7)分/日、中等強度30.9(12.5分/日)、高強度3.6(2.1)分/日となり、有意差はみられなかった。総消費量の平均値もEx群1774.3(129.9)kcal、C群1847.6(209.9)Kcalと有意差がなかった。【考察】 Ex群とC群では、歩数や活動レベルを示す運動強度などの量的側面に関して、有意な差がみられなかった。しかし、Ex群でエクササイズ後の体重、BMIが有意に減少していることから、歩容調整により歩行に質的変化が生じ、歩行に使用していた筋活動に違いが生じたのではないかと考えられた。通常、生活動作としての歩行は、移動目的だけを満たす動作となることが多い。しかし、意図的に歩容としての身体の振る舞いを意識することで、歩行に参加する筋活動の増加が得られたものと考えられた。歩行は移動の手段であって、通常速度では運動としての負荷は低くなるが、歩容を意識変容させることで、筋活動の参加が増し、負荷運動として用いることができたのではないかと考えられた。今まで、生活習慣病の予防について歩数やスピードに着目されがちであったが、歩行そのものの質も重要であることが明らかになった。【理学療法学研究としての意義】 歩行を指導する際に、無理なくより効果的に生活習慣病の予防として歩行を活用していくために、量や運動強度だけではなく、歩行の質についての重要性が明らかになった。
著者
那須 久代 秋田 恵一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI1095, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 Eisler(1912)は,前鋸筋を上部,中部,下部の3部に区分している。またGreggら(1979)は,前鋸筋の機能について,上部は肩甲骨回旋中心の形成に,中部は肩甲骨外転に,下部は肩甲骨上方回旋に作用すると述べている。本研究の目的は,前鋸筋各部における形態とその神経支配の特徴を解析し,前鋸筋を機能解剖学的に理解することにある。【方法】 本研究には東京医科歯科大学解剖実習体5体10側を用いた。解剖実習体は8%のホルマリンで固定され,50%エタノールにて保存されていた。前鋸筋各部における筋束の重なりを明らかにしたのち,本筋を支配する神経を調査し,さらにそれらの神経の筋内における分布を解析した。【説明と同意】 本研究に用いられた解剖実習体は,東京医科歯科大学献体の会の方々の生前の同意により献体された。【結果】 筋束の重なり:前鋸筋は,全例において3部に明確に分けられた。上部は複数の筋束が集合して,他部に比べて厚い筋束をなし,肩甲骨上角に停止していた。中部の筋束はほとんど重なり合わずにほぼ水平に走行して肩甲骨内側縁に停止していた。下部は2~4つの筋束が1つのシートを形成し,より下位の筋束ほど腹側に位置し,肩甲骨下角に停止していた。また下部の中でも最下の筋束は,肩甲骨下角の内側に回り込み,ときとして菱形筋に連続しているものも観察された。 前鋸筋の支配神経:前鋸筋の中部ならびに下部は,主にC5,6,7の分節から成る長胸神経の本幹からの枝によって外側面から支配されていた。前鋸筋の上部には,長胸神経からの枝に加えて,C4,5に起始した菱形筋枝からの分枝や,長胸神経の本幹とはかなり近位で分かれた独立枝も複数関与していた。これらの前鋸筋への神経の根は,ときとして中斜角筋を貫いているのが観察された。中部に分布する神経は,筋内に進入したのち,停止側へと広がっていた。一方,下部に分布する神経は,筋束の中央付近で筋内に進入し,起始と停止の両方向に向かって広がっていた。調査した10側中7側において,前鋸筋への肋間神経からの枝の分布を認めた。これには第4~9肋間神経外肋間筋枝からの単独または複数の枝が関与していた。【考察】 本研究の結果,形態学的にも,上部,中部,下部にはそれぞれの特徴があることが明らかとなった。上部は中部・下部とは異なり,菱形筋枝からの分枝や,長胸神経の本幹とは独立した枝が分布した。これらの枝が中斜角筋を貫く場合があることから,中斜角筋のスパズムによる前鋸筋への影響が示唆される。中部は,筋束の走行方向から純粋に肩甲骨を外転する部位であるといえる。下部は,筋束が肩甲骨下角の内側にまで至ることから肩甲骨上方回旋への関与が大きいことが推測される。また,神経支配のパターンが上・中・下部でそれぞれ違うことから,神経損傷による前鋸筋の機能障害を論ずるときには各部の機能を分けて理解しておく必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 前鋸筋は,これまで一様な筋として捉えられることが多かったが,今回の調査により,各部によって筋束の重なりや走行,神経支配のパターンが異なることが明らかとなった。このことから,前鋸筋の機能を考えるときには部位ごとに分けて検討する必要があることが示唆された。
著者
上薗 紗映
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.47, pp.K-9-K-9, 2020

<p> 「ブラック企業」「働き方改革」「やりがい搾取」といったような,働き方や,働く姿勢,人間らしい生活とはなにか,という話が大きく話題になっている。理学療法士は,半数が女性で,なおかつ40歳代未満で8割程度という非常に若い年齢層で構成されている。20歳代~40歳代は結婚出産子育てといったライフイベントも多く,働き方や,自分のキャリアについて多くの女性が悩む時期となっている。また40歳代以降は更年期障害等加齢に伴う自分の身体機能の衰えと,親の介護問題に直面するタイミングであるといえる。今までの日本であれば,これは女性特有の問題であったと思われるが,これからの時代は,男性にとっても取り組むべき課題であり,いかに組織の力を落とさずに,良い医療サービス・福祉サービスを国民に届けられるかは喫緊の課題である。今回の話題提供では,自分自身の経験を例示しながら,陥りやすいジレンマについて話題提供を行いたい。</p>
著者
合田 明生 佐々木 嘉光 本田 憲胤 大城 昌平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101989, 2013

【はじめに、目的】近年,運動が認知機能を改善,または低下を予防する効果が報告されている.運動による認知機能への効果を媒介する因子として,脳由来神経栄養因子(Brain-derived Neurotrophic Factor;BDNF)が注目されている.BDNF は神経細胞の分化,成熟,生存の維持を促進する.またBDNFは神経細胞内に貯蔵されており,中枢神経系の神経活動によって神経細胞から刺激依存性に分泌される.さらに血液-脳関門を双方向性に通過可能なため,中枢神経のみではなく末梢血液中にも存在している.運動時のBDNF反応を観察した先行研究から,中強度以上の有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加することが示唆されている.一方で,これらの先行研究は欧米人を対象としたものが多く,日本人を対象とした研究は見つからなかった.そこで本研究では,日本人において中強度有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加すると仮説を立て検証を行った.その結果から,運動による認知症予防のエビデンス構築の一助とすることを目的とする.【方法】健常成人男性40 名(年齢 24.1 ± 2.8 歳; 身長 170.6 ± 6.7cm; 体重 64.8 ± 9.4kg)を対象にした.本研究は,運動負荷試験と本実験からなり,48 時間以上の期間を空けて実施した.運動様式は,運動負荷試験・本実験ともに,自転車エルゴメータを用いた運動負荷(60 回転/分)とした.運動負荷試験では,最高酸素摂取量を測定した.本実験では,30 分間の中強度運動介入を行い,運動前後で採血を実施した.採血は医師によって実施された.採取した血液検体は,血清に分離した後,解析まで-20°で保管した.血液検体の解析は検査機関に委託し,酵素結合免疫吸着法検を用いてBDNF量の測定を行った.以上の結果から,中強度有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加するのかを検討した.正規性の検定にはShapiro wilk検定を用いた.BDNFの運動前後の比較には,対応のあるt検定を用いた.危険率5%未満を有意水準とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究の実施にあたり,聖隷クリストファー大学倫理審査委員会及び近畿大学医学部倫理委員会の承認を得た.また対象者には研究の趣旨を口頭と文章で説明し,書面にて同意を得た.【結果】中強度の有酸素運動介入によって,40 人中22 名で運動前に比べて運動後に血清BDNFが増加した.しかし,運動前後のBDNF量に有意な差は認められなかった(p=.21).【考察】運動介入によって末梢血液中のBDNFが増加することは,欧米人を対象とした多くの先行研究で報告されている.健常成人における有酸素運動介入による末梢血液中のBDNFの急性反応を調査した文献は13 本確認され,運動後にBDNFが増加した研究は8 本であり,不変または減少した研究は5 本であった.本研究と同様に,運動後に有意なBDNF 増加が認められなかった先行研究では,急速な中枢神経系への輸送が生じたため,運動後の採血でBDNFの増加が見られなかったのであろうと考察している.本研究では,動脈カテーテルを用いたリアルタイムの採血ではなく,静脈に穿刺して採血を行っている.そのため,被験者により運動終了から採血までの時間が数分程度差異があり,この間の末梢血液中BDNFの脳内取り込みが結果に影響している可能性がある.さらに,本研究で運動によりBDNF増加が生じなかった要因の1 つとして,一塩基多型(Val66Met)によるものも考えられる.これはBDNF遺伝子の196 番目の塩基がGからAに変化した多型のことで,これによってBDNF前駆体であるproBDNFの66 番目のアミノ酸がValからMetに変化する.Met 型の一塩基多型を持つ個体では,Val型に比べ,BDNFの活動依存性分泌が障害されることが報告されている.また日本人における一塩基多型(Val66Met)の保有率は,50.3%〜53.0%と欧米人に比べて高い値が報告されおり,このBDNF分泌を阻害する一塩基多型(Val66Met)の保有により,本研究対象者の運動によるBDNFの調節性分泌が減少していた可能性が考えられる.以上より,健常日本人男性におけるBDNFを増加させることを目的とした30 分間の中強度有酸素運動は,対象者によって適応の有無を検討する必要があることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から日本人の特性を考慮した認知機能に対する運動介入が必要であることが示唆される.今後需要が拡大すると予測される認知症予防の分野ではあるが,BDNF増加を目的とした運動介入を行う際には,対象者の適応を検討することでより効率的な介入効果が期待できると考えられる.
著者
藤原 充 長谷川 優子 鈴木 啓介 内山 恵典
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Eb1268, 2012

【はじめに、目的】 院内における入院患者の転倒事故は、排泄への移動を契機に発生することが多いと報告されている。しかし、一般的に理学療法士が、患者に対して行う転倒リスク評価は、いわゆる"尿意がない"状態での運動機能評価に留まっている。先行研究では強い尿意は認知機能を低下させるとの報告もあることから、より現実に近い状況での転倒リスク評価を行うためには、"尿意がある"状態での運動、注意機能評価が必要なのではないかと考えた。本研究では健常成人男性を対象に、"尿意がない"状態と"尿意がある"状態での運動機能、注意機能を評価し、その違いの有無を明らかにすることを目的とする。【方法】 健常成人男性7人(平均年齢27歳)を対象に、尿意を感じない時点"尿意なし"と、強い尿意を感じる時点"尿意あり"における、運動機能と注意機能の違いについて検討した。評価項目としては、尿意に関するものとして、NRSとVASの評価、膀胱容量の測定を行った。運動機能については、10m歩行速度と歩数、左右の最大一歩幅、左右の握力を測定した。また、注意に関する課題としてTMTを施行した。プロトコールは、排尿後に尿意を感じない時点でのNRSとVASを評価し、TMT、10m歩行速度と歩数、最大一歩幅、握力を順次評価した。1Lの飲水後、尿意がNRS"8"となった時点で再度、同一評価を行った。なお、10m歩行テスト、左右の最大一歩幅、左右の握力は各々3回ずつ測定して平均値を算出した。尿意のNRS、VASは"0"を「尿意なし」とし、"10"を「最大に我慢した状態」とした。また、膀胱容量はブラッダースキャンを用いて評価した。評価結果について、尿意ありと尿意なしをSPSSver.19を用いて統計学的に検討した。統計学的手法は、対応のあるt検定を用い、有意水準は危険率5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の実施の先立ち、被験者に対して研究の意義、目的について十分説明し、口頭および文書による同意を得た。【結果】 最大一歩幅は"尿意なし・右"平均120.1±6.1cm、"尿意なし・左"117.8±7.9cm、"尿意あり・右"109.7±9.3cm、"尿意あり・左"108.9±9.6cmとなり、"尿意あり"で有意に低下した(p<0.05)。その他、TMT、10m歩行速度と歩数、握力については有意差を認めなかった。なお、"尿意あり"の状態でのVAS平均は、8.11±0.81cm、膀胱容量は平均367±100.2mlであり、自覚的、他覚的にも尿意を確認できた。【考察】 "尿意なし"と"尿意あり"の時点における運動機能、注意機能の比較では、"尿意あり"の状態で、最大一歩幅のみが有意に低下した。このことから、日常臨床で行っている転倒リスク評価の結果は患者能力の一側面であり、"尿意あり"の状態での評価では違う結果が生じることが示された。一般に最大膀胱容量は成人300~500mlで、尿意は膀胱容量が150~200mlで感じるとされている。しかし、通常排尿は前頭葉からの橋排尿中枢の抑制、自律神経による蓄尿反射と体性神経による外尿道括約筋収縮により抑制されている。尿意がNRS"8"の時点では、膀胱内圧が急激に上昇した状態と言えるため、随意的に外尿道括約筋の収縮を強め、腹圧を高められない状態での運動を強いられることになったと推測される。これにより体幹が安定せず、運動機能が低下したと考えた。今後の課題は、転倒リスク評価における適切な評価項目の選定と"尿意なし"と"尿意あり"で生じた違いに対する原因追究のための指標を用意することである。【理学療法学研究としての意義】 "尿意なし"と"尿意あり"の状態での運動機能、注意機能の違いを捉えることで、転倒リスクを評価する上での視点が増える。また、今回のように"尿意あり"の状態で、パフォーマンス低下が認められた場合、トイレ誘導に関して、失敗や転倒のない適切なタイミングを示すことができる。これらを通し、排泄を契機に発生している転倒事故を減らすことができるものと考えられる。
著者
今泉 敦美 小川 亞子 鄭 飛 田熊 公陽 阪元 甲子郎 松崎 航平 丸田 健介 矢野 佑菜
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】長時間の精神作業や精神的ストレス負荷は,眠気の誘発と共に意欲・集中力の低下をもたらす。また,尾上ら(2004)は脳が疲労することにより前頭前野の血流低下がみられることを報告している。脳の疲労回復に効果的なものとしてアロマセラピー,ガムを噛むなどが挙げられているがそれらの効果を比較した文献は見当たらない。本研究の目的は,閉眼安静・ガム・アロマセラピーの3つの項目のうち短時間で脳の疲労を改善する手段を比較検討することである。【方法】対象は健常若年成人9名(男性3名,女性6名,平均年齢22.3±1.4歳)。脳表の血流変化は,光トポグラフィETG4000(株式会社日立メディコ製)を用い,国際10-20法に準じて脳疲労関連部位である前頭前野に3×3のプローブを設置した。今回,脳の疲労回復方法として3つの方法(閉眼安静,アロマセラピー,ガムを噛む)を用い,また脳を疲労状態にさせるため2桁の100マス計算を施行した。方法は1.10秒間安静,60秒間100マス計算を30秒の休憩をはさみ2回施行。その間NIRSによる脳血流量の測定を行う。2.30秒間安静後被験者は3つの方法をそれぞれ5分間実施。(1)安静:光を遮断した室内で閉眼し,5分間の安静をとる。(2)アロマセラピー:香りは精油(レモングラス)を匂い紙に浸したものを被験者より約3cmの距離で吸入させる。(3)ガム(ミディアムタイプ):メトロノームを用いて毎分60回の頻度で5分間咀嚼する。3.その後1分間安静をとり,その間にNIRSによる脳血流量の測定を再度行う。統計学的解析は,SPSS(Ver.21)を用いて多重比較検定を行った。なお,有意水準は5%未満とした。【結果】3つの課題において,閉眼安静がアロマセラピーとガムに比べて左右の背側前頭前野のoxy-Hb量が最も増加した。安静の次にoxy-Hb量の増加がみられたのはガムであり右側背側前頭前野において増加がみられた。また,アロマセラピーは他項目に比べ増加率は少なかったが,左側上部前頭前野のoxy-Hb量の増加が見られた。【結論】本研究では,3つの課題が大脳皮質前頭前野の脳血流に与える影響についてNIRSを用いて脳血流量の変化を比較・検討した。閉眼安静時に最も脳血流の増加がみられた。理由として,高橋ら(2003)は,入眠前になると,副交感神経が活発になり血管が拡張すると報告している。このことから,5分間の閉眼安静による視覚遮断,室内を暗くすることにより睡眠に近い状況に持っていくことで,副交感神経が活発になり心身・身体ともにリラックスできたことで脳血流量増加に至ったのではないかと推測される。また石黒ら(2013)は,測定部位である前頭前野は運動学習の課題遂行性の改善に重要な役割を果たしていると報告している。今後の課題として,臨床において閉眼安静が運動学習効率化に活かせるのかを検討していきたい。
著者
長谷川 由理 石井 慎一郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A3O1023, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】我々は第44回日本理学療法学術大会において、スクリューホームムーブメント(以下SHM)と大腿骨前捻角度(以下FNA)の関係性について報告し、FNAの大きさにより大腿骨の運動方向、回旋量に違いが生じることを報告した。その中でFNAが大きいほど大腿骨の内旋、膝関節の外旋が大きくなるが、これらの回旋角度の増加が下腿や足部に及ぼす影響については、不明な点である。そこで本研究では、荷重位における膝関節伸展運動時の脛骨、足部の運動を調べ、FNAとの関係性を検討することを目的とした。【方法】対象は、下肢に既往のない成人男性4名、女性10名の計14名(平均年齢23.3±6.0歳)とした。測定課題は、自然立位から膝関節を約90°屈曲し、再び自然立位へと戻るハーフスクワットとした。計測には、三次元動作解析装置VICON612(VICON-PEAK社製)を使用した。赤外線反射標点を体表面上の所定の位置に計16個貼付し、課題動作中の標点位置を計測した。関節角度の算出はオイラー角を用いて、膝関節屈伸角度、大腿骨回旋角度、脛骨回旋角度、大腿骨と脛骨の相対回旋角度(膝関節回旋角度)、膝関節内外反角度を求め、さらに横足根関節回内外角度、前額面上での脛骨傾斜角度(脛骨傾斜角度)を算出した。角度の算出には、歩行データ演算用ソフトVICON Body Builder(VICON-PEAK社製)を使用した。またFNAの計測は、CTやレントゲン所見と相関が強いとされるcraing testにて行った。分析は、各被験者の屈曲60°から最終伸展位における大腿骨回旋角度、脛骨回旋角度、膝関節回旋角度、膝関節内外反角度、横足根関節回内外角度、脛骨傾斜角度を調べ、FNAと各角度の相関の程度をPearsonの相関係数を用いて検討した。統計学的有意水準は、危険率p<0.05とした。【説明と同意】本研究を行うにあたって、対象とした14名の被験者には、本研究の目的と方法について説明し、すべての被験者において同意を得られた。また年齢や計測結果などの個人情報は、本研究以外では使用しない旨を説明し、情報の管理に配慮した。【結果】膝関節伸展時、すべての被験者において膝関節は外旋し、SHMが生じた。FNAと正の相関が認められたのは、大腿骨回旋角度(r=0.62 p<0.05)と膝関節回旋角度(r=0.53 p<0.05)であり、脛骨回旋角度は相関が認められず(r=-0.18)、前回の報告と同様の結果を示した。またFNAと膝関節内外反角度、脛骨傾斜角度、横足根関節回内外角度との相関は認められなかった。しかし、膝関節内外反角度は、大腿骨回旋角度(r=0.79 p<0.01)、膝関節回旋角度(r=0.72 p<0.01)と正の相関を示し、脛骨傾斜角度は、大腿骨回旋角度(r=0.79 p<0.01)、膝関節回旋角度(r=0.60 p<0.05)、横足根関節回内外角度(r=0.56 p<0.05)と正の相関を示した。なお、膝関節伸展運動中、大腿骨は内旋、脛骨は外旋、外側傾斜、横足根関節では回外が生じ、膝関節は内反運動が生じていた。【考察】FNAは、立位姿勢における股関節アライメントを変化させる要因であり、FNAが大きいと、大腿骨頭中心が寛骨臼中心に対し前方に位置するため、大腿骨を内旋させて関節面の適合性を高めているものと考察する。また本研究結果から、大腿骨の内旋角度が大きいと、膝関節の内反、脛骨の外側傾斜が大きくなる傾向が確認された。従来の報告では、FNAが大きいと膝関節は外反外旋し、Knee-inする傾向にあると言われているが、脛骨の外側傾斜と膝内反が生じ、FNAが大きくても荷重位での膝関節伸展運動の最終局面では膝関節は内反することが分かった。それは、過剰な大腿骨の内旋運動が強要されると、膝関節の後内側関節包や内側側副靭帯、ACL、膝窩筋などの張力が増加し、大腿骨内旋が制動されるため、大腿骨と脛骨が連結した状態で、回転軸が膝から足部に移動したためであると考えられた。そのため、FNAが大きい被験者では、大腿骨の内旋運動に追従して、脛骨の外側傾斜、膝関節の内反が引き起こされたと考えられた。【理学療法学研究としての意義】FNAなどの形態は先天的なものであるが、長年の月日を経て二次的に変形性股関節症や膝関節症を引き起こす要因となりうるものである。今回得られた結果からも、FNAが大きいと膝関節内反、脛骨の外側傾斜が大きくなるため、内反変形を助長しやすい運動パターンであることが示唆された。二次的な機能障害の発生を予防していくためにも、閉鎖性運動連鎖を解明していくことが重要であると考える。
著者
仲村 匡平 村田 伸 村田 潤 古後 晴基 松尾 奈々
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.AbPI1121, 2011

【目的】一般にホットパック(Hot pack:HP)療法は湿熱法で利用するが,臨床の現場では衣類が湿ることやタオルの枚数が増え手間がかかることからビニール等でHPを包み乾熱法として使用することが多い.HP療法の作用には,温度上昇作用,血管拡張作用,筋緊張軽減作用,軟部組織の伸張性向上作用,鎮痛作用などがある.篠原らは,湿熱法でタオル10枚目の皮膚表面温度は乾熱法のタオル3枚目の皮膚表面温度にほぼ近似したと述べている.また,Lehmannらは,皮膚表面温度は8分後に42.5&deg;Cまで達するが,1cm以上の深部においては38&deg;C以上には達しないと報告している.先行研究では皮下血流を指標にした報告はあるが,筋血流量を指標とした報告は見当たらず、またこの皮下血流量に関する結果は,深部血流量に該当するとは限らない.そこで本研究では,HP表面温度と皮膚表面温をそれぞれ同じ値になるように調整し,湿熱法と乾熱法での下腿の筋血流量を比較検討した.<BR>【方法】健常成人5名(男性3名,女性2名)10脚.平均年齢は25.8±9.8歳,平均身長159.9±8.4cm,平均体重55.0±8.8kg.室温25&deg;C前後の室内にて実施した.測定姿位は治療用ベッドに腹臥位にて,下腿部後面とした.HPの実施時間は20分間とした.湿熱法はHPを直接タオルで巻き身体にあてる側を8枚,身体にあてない側は熱が放射しないようタオルを何層にも重ねた.乾熱法はHPをビニール袋で包んだ後,タオルで巻き身体にあてる側を3枚,湿熱法と同様に身体にあてない側は熱が放射しないようタオルを何層にも重ね実施した.対象者の左右の下腿部後面のうち一側を湿熱法,他側を乾熱法となるようそれぞれで設定したが,対象者にはHPの使用方法を伝えないよう留意した.なお,施行直前のHPの表面温度を赤外線温度計で測定し,HPの表面温度が40~45&deg;Cになったのを確認して実験を開始した.筋血流の測定はストレンゲージプレチスモグラフを使用してHP施行前後に実施した.大腿部に専用のカフを装着し,下腿周径の最も大きい部分にラバーストレンゲージを巻き付け,大腿部を50mmHgで10秒間駆血,5秒間解除を1分間測定した. 下腿の皮膚表面温はサーモグラフィーを使用してHP施行前後に行った.下腿部を専用カメラにて撮影した.HP施行前の値を基準として湿熱法施行後と乾熱施行後の下腿皮膚表面温,下腿の筋血流のそれぞれの変化率を算出し,HP施行前と湿熱法施行後・乾熱法施行後,湿熱法施行後と乾熱法施行後の変化率について比較した.統計処理は湿熱法と乾熱法における施行直前のHP表面温度の比較について,対応のないt検定を用いて比較した.下腿皮膚表面温の変化率および下腿の筋血流量の変化率について反復測定分散分析およびFisherのPLSDによる多重比較検定を実施した.解析には,SPSSを用い統計的有意水準を5%とした.<BR>【説明と同意】研究の趣旨と内容,得られたデータは研究目的以外には使用しないこと,および個人情報の取り扱いには十分に配慮することを説明し,参加は自由意志とした.<BR>【結果】湿熱法と乾熱法における施行直前のHP表面温度の平均値は,湿熱法HP表面温度が平均42.6±2.6&deg;C,乾熱法HP表面温度が平均42.8±2.6&deg;Cであり,2群間に有意差は認められなかった.下腿の皮膚表面温はHP施行前と比較し,湿熱法施行後および乾熱法施行後で有意な増加が認められた(P<0.01).一方,湿熱法施行後と乾熱法施行後の2群間に有意差は認められなかった.また,下腿の筋血流量はHP施行前と比較し,湿熱法施行後で有意な増加が認められた(F=4.8,P<0.05).<BR>【考察】温熱刺激によって身体は治療として意義のある生理的反応を起こし,その生理的反応の1つに血管拡張作用が挙げられる.温熱そのものの刺激は,軽い炎症と同様の変化をもたらす.温熱刺激によりヒスタミン様物質を放出する細胞を刺激することで血管拡張が起こる.また,温熱刺激により皮膚温度受容器を反応させ,求心性神経を介して軸索反射が起こることによって血管拡張がみられる.HP療法は皮膚と加熱媒体間の水分(湿気)の有無により湿性加温と乾性加温に分類されており,HPから出る水分は熱伝導性に関係する.篠原らは熱伝導性について空気および綿織物の熱伝導性はそれぞれ0.0092w/m&deg;C,0.0796 w/m&deg;Cに対して,蒸気0.251 w/m&deg;C,水0.595 w/m&deg;Cであり,湿熱法の熱伝導が乾熱法により遥かに良いと述べている.以上から,本研究では湿熱法を実施することで,より大きい熱伝導性により血管拡張に作用し,下腿の筋血流量の増加を生じさせたと推察された.<BR>【理学療法学研究としての意義】HPは下腿の筋血流量を増加させる手段として有効であり,特にその効果は湿熱法の方が乾熱法より高いことが示された.
著者
嘉陽 宗朋
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C3P2413, 2009 (Released:2009-04-25)

【はじめに】 今回、交通外傷にて約7週間膝屈曲可動域制限のある症例に理学所見をもとに半膜様筋と膝窩筋を中心にアプローチを行い良好な結果が得られたので、考察を加えここに報告する.以上、症例者に説明と同意を得た.【症例紹介】 71歳、男性.6月5日バイク運転中、乗用車と接触し受傷.MRI所見にて外側半月板損傷、脛骨外顆面の軟骨損傷、内側側副靭帯損傷疑いがある.歩行にて膝痛増悪があり、階段昇降も2足1段でしか行えないため休職中.【初期評価】 7月23日.膝関節可動域:伸展0°屈曲100°.受傷後、可動域制限が残ったまま生活していたことで膝周囲の筋伸張性は低下.膝屈曲時に膝前面伸張痛と膝窩外側にインピンジメント様の疼痛あり.大腿四頭筋の伸張性低下と外側半月板の後方移動が制限されていると考えられる.また約7週間の膝屈曲可動域制限にて内側半月板の後方移動も制限されていると考えられる.【方法】 膝窩筋の収縮にて外側半月板の後方移動を誘導するために、背臥位にて軽度の下腿内旋と膝屈曲を行ってもらい、述者は下腿近位を持ち膝の前方引き出しと伸展の徒手抵抗を加え膝窩筋の筋収縮を促通し、屈曲運動を誘導した.また、内側半月板の後方移動を誘導するために半膜様筋に対しても同様の手技を行った.自主トレとして下肢ストレッチと膝周囲筋力強化を指導した.【結果】 理学療法前、屈曲100°だった膝関節可動域が屈曲140°へ改善し、インピンジメント様の疼痛は消失した.また週に1回の外来通院を行い、1週間後には膝関節屈曲150°、3週間後には155°となり可動域制限を認めなくなった.さらに9週間後には歩行時の膝痛も軽減し階段昇降が1足1段で可能となり職場復帰され、14週間後には5分以上の正座が可能になった.【考察】 初期評価にて膝の屈曲制限は、内・外側半月板の後方移動が阻害されていることが原因と考え、それに対してアプローチを行った.文献では半膜様筋腱膜での張力伝達が内側半月板後節~後角を後方へ誘導し、膝窩筋支帯での張力伝達が外側半月板後節~後角を後方へ誘導すると述べられている.また、可動域改善には、後方移動を誘発する要因が筋である以上、他動運動は出来る限り選択させるべきではないと述べられている.以上のことから、本症例でも筋収縮を伴いながら膝屈曲運動を誘導することで、内・外側半月板の後方移動が誘発され屈曲制限が改善されたと考えられる.また文献では関節軟骨の栄養には膝関節屈伸運動によるパンピング作用が貢献していると述べられている.膝関節可動域が改善したことや、自主トレーニングでストレッチと筋力強化を行ったことで、パンピング作用が効果的に働き、関節内の修復が進んだことで、階段昇降や正座が可能になったと考えられる.【まとめ】 半月板の滑走障害による膝関節屈曲可動域制限には半膜様筋・膝窩筋の収縮を伴った膝屈曲運動が有効であることが示唆された.