著者
服部 尚樹 北川 香織 中山 靖久 稲垣 千代子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.5, pp.326-332, 2008 (Released:2008-05-14)
参考文献数
60
被引用文献数
1

アミロイドβタンパク(Aβ)はアミロイド前駆タンパク(APP)からβ-およびγ-セクレターゼによってペプチド分解されて生成され,Aβオリゴマーとなって神経細胞毒性を生じる.細胞外のAβ沈着に先立って細胞内に主にAβ1-42が蓄積し,神経細胞傷害をきたす.細胞内Aβの起源として,細胞内産生よりも細胞外に分泌されたAβが細胞内に取り込まれる経路が優位であると考えられている.細胞外Aβによる神経細胞毒性機構としてNMDA受容体の細胞内取り込み増加によるシナプス機能障害やグリア細胞の活性化が報告されている.一方,細胞内Aβによる神経細胞毒性機構としてこれまでに,1)ユビキチン依存性タンパク分解の抑制,2)シナプス機能障害,3)過リン酸化タウタンパクの増加,4)カルシウム仮説,5)ミトコンドリア傷害とフリーラジカルの増加等が示されてきた.我々は,Aβによる神経細胞傷害の新たな原因としてホスファチジルイノシトール-4-一キナーゼ(PI4K)阻害作用を見出した.アルツハイマー病脳ではPI4K活性が約50%に低下しており,ホスファチジルイノシトール(PI)やホスファチジルイノシトール一リン酸(PIP)のレベルも低下している.塩素イオンポンプ(Cl-ポンプ)はその活性発現にPI4Pを必要とする事から,AβによるPI4K活性抑制に伴うPI4Pレベルの低下がCl-ポンプ活性を抑制し,神経細胞傷害をきたすかを検討した.病態生理濃度のAβ(1~10 nM)は,ラット脳細胞膜分画中のII型PI4K活性を阻害し,細胞膜のPIPレベルを低下させた.初代培養ラット海馬神経細胞にAβ1-40,Aβ1-42,Aβ25-35を投与すると,神経毒性の強さに平行して細胞内塩素イオン濃度[Cl-]iが上昇し,グルタミン酸興奮毒性が増強された.この機構に,神経細胞[Cl-]iの増加によるII型ホスファチジルイノシチド依存性キナーゼ(PDK2)活性低下とそれに伴うリン酸化Aktレベルの低下が考えられた.今後,Aβの新たな標的であるPI4Kを作用点とするAβ標的拮抗薬の開発が期待される.
著者
王 梓 大畑 佳久 千葉 卓哉
出版者
公益社団法人 日本油化学会
雑誌
オレオサイエンス (ISSN:13458949)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.55-60, 2018 (Released:2019-09-02)
参考文献数
36

老化や寿命は,環境などに影響される確率的な要素が大きいと考えられていたため,遺伝学や分子生物学の研究対象として扱われるようになるのが発生学などと比べて遅れていた。しかし近年,モデル生物や高等生物をもちいた寿命研究が精力的に行われ,いくつかの老化制御シグナルが複数の生物種に共通して存在していることが明らかとなってきた。それらはインスリン/インスリン様成長因子-1(insulin/insulin-like growth factor-1: IGF-1),sirtuin 1(SIRT1),mammalian target of rapamycin(mTOR)経路などである。さらに,これらの細胞内シグナル伝達経路を標的として,実験動物の寿命を延長させる物質がいくつか報告されている。それらの物質は,カロリー制限による寿命延長効果を模倣する物質としても知られている。米国では,そのような物質の一つをもちいて抗老化薬としての大規模なヒト臨床試験が行われており,数年後にはその結果が報告されることになっている。本稿では,上記のこれまでに明らかになっている老化制御シグナル,およびその制御物質について概説するとともに,植物由来の機能性成分の中で老化制御因子として注目されている物質について紹介する。
著者
山本 真司
出版者
イタリア学会
雑誌
イタリア学会誌 (ISSN:03872947)
巻号頁・発行日
no.38, pp.52-76, 1988-10-30
著者
鈴木 理子 白頭 宏美 杉原 由美
出版者
日本教師学学会
雑誌
教師学研究 (ISSN:13497391)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.11-20, 2020 (Released:2020-09-24)
参考文献数
18

大学で行われている自律型日本語学習クラスを初めて担当した教師Aにインタビュー調査を行い,教師にどのような気づきがあったのか,その気づきはどのようなことを契機にして起こったのかについて分析した。自律型クラスでは,学生が自身の日本語の強み,弱みを認識した上で,将来のことも考え,自分にとって必要な日本語学習を主体的に計画,実行し,評価する。教師は,これらの過程に関わりながら学生を支援する立場にあり,教える項目が決まっている授業とは,教師がすべきことが大きく異なる。分析の結果,教師Aの気づきには,「学生に対する認識」「自律型クラスに対する認識」「学生にとっての自律型クラスの意義」「自律型クラス内で教師が学生に対してすべきこと」「教師に必要な知識」「同僚とのやりとりの重要性」の6つがあった。また,これらの気づきの契機は「学生との相互作用」「同僚とのやりとり」であった。
著者
武田 雅子 タケダ マサコ Masako TAKEDA
雑誌
大阪樟蔭女子大学研究紀要
巻号頁・発行日
vol.1, pp.15-28, 2011-01-31

英詩への入門として、前回「いろいろな詩の形」としてまとめたが、今回はその続編として詩に用いられる技法を取り上げた。ここでは便宜上まず、音、形、比喩、単語の並び方、内容に分類し、音に関するものとして、頭韻とオノマトペ、形に関するものとして、繰り返し、言葉の使い方に関するものとして、同じ比喩の中の直喩と隠喩を対照して、さらに擬人法、単語の並び方に関するものとして撞着語法、内容に関するものとして、誇張法とそれに相対する控えめな表現、さらにアイロニーを、それぞれ実例と共に作品の中でどう生かされているか、鑑賞の際には何に注目すべきかを解説した。技法を通して、詩を読むこと、さらには文学作品を読むことの意味と楽しみも盛り込んだ。
著者
ハヤシザキ カズヒコ
出版者
日本教育社会学会
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.96, pp.153-173, 2015-05-29 (Released:2016-07-19)
参考文献数
17
被引用文献数
1 1

本稿は,学校エスノグラフィの手法をもちいながら,フルサービス・コミュニティ・スクールや拡張学校の特徴を,米,イングランド,スコットランドの比較からあきらかにしようとするものである。これらの3カ国では,財団の支援や国の政策によって,貧困削減や社会的包摂をめざす学校におおきな投資をしている。そして学校がマネジメントを拡大したり,あるいは,チャリティと協力したりして,子ども・家庭・コミュニティに多様なサービスを提供している。この貧困削減をめざすコミュニティ・スクールは90年代の米国のうごきが今世紀になって世界各国にひろまったものであるが,イングランド・スコットランドではそれが国全体へとひろげられた。サービスの一部には日本になじみのものもあるが,歯科医療,警察常駐,ギャング離脱など米や英に独特のものもある。さらに,親やコミュニティにたいするサービスとして,成人学習や親のエンパワメントがあり,本稿では3国3校の事例をつうじて,成人学習の内容やエンパワメントの手法をあきらかにしている。これらのコミュニティ・スクールは社会的包摂につながるあらゆるニーズにこたえようとするものである。貧困そのものをなくしたり,社会の構造自体を変革したりするものではないものの,貧困の帰結をかえて人びとの人生を変革することがあり,まなぶべき点はおおい。
著者
内田 太朗 Takahashi Toru 仁田 雄介 熊野 宏昭
出版者
日本行動医学会
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.24-34, 2020 (Released:2020-06-07)

セルフコンパッション(Self-compassion:SC)とは、苦痛の緩和のために慈しみをもって自分に接することであ る。SC特性は、精神的健康と関連があることが、様々な調査研究で明らかにされてきた。しかしながら、先行研究において、SC は特性あるいは状態として測定されてきたため、SCが日常生活場面で具体的にどのように実行されているかは不明である。また、実 際の日常生活場面におけるSCをアセスメントするツールがないため、臨床現場などにおいて、SCに対する介入効果を十分に検討す ることができない。これらの問題を解決するための方法の1つに、SCを特性や状態としてではなく、具体的な行動として測定するこ とが考えられる。そこで、本研究では、臨床行動分析の機能的アセスメントの枠組みに基づき、行動の形態および行動の結果の2 つの観点からSC行動を測定する方法を開発し、その妥当性を検討することを目的とした。大学生および大学院生31名を対象とし、 日常生活場面における、SC行動を測定する質問項目を用いて、携帯端末を用いた調査を実施した。SC行動の形態(項目は「自分 自身をなだめる」「優しさをもって自分に接する」「苦痛を緩和しようとする」「セルフヴァリデーションをする」)および行動の結果(項 目は「落ち着きの増加」「自分への優しさの増加」「苦痛の緩和」「自己批判の減少」)をそれぞれ説明変数とし、状態SC、状態 well-being、アクセプタンスをそれぞれ目的変数としたマルチレベル単回帰分析を行った。分析の結果、SC行動の形態の項目「自 分自身をなだめる」、「優しさをもって自分に接する」、「苦痛を緩和しようとする」は、状態SCの高さを有意に予測した。また、SC行 動の結果の項目「落ち着きの増加」、「自分への優しさの増加」、「苦痛の緩和」は、状態SCの高さを有意に予測し、「自己批判の 減少」は、状態SCの高さを有意傾向で予測した。これらの結果から,本研究で作成したSC行動を測定するおおよその項目は、妥 当であることが示唆された。SC行動の形態の項目「自分自身をなだめる」は、状態well-beingの高さを有意傾向で予測し、SC行 動の結果の項目「苦痛の緩和」は状態well-beingの高さを有意に予測した。しかし、それら以外のSC行動の形態および結果の項 目は、状態well-beingの高さを有意に予測しなかった。これらの結果から、SC行動後の60分以内における状態well-beingは増加 しない可能性がある。今後の研究では、SC行動がその後のwell-beingを増加させるかどうかをより詳細に検討するために、SC行 動と(1)本研究で測定されなかった状態well-beingの要素との関連性を検討、(2)60分以降あるいは1日全体の状態well-being との関連性を検討、(3)well-being特性との関連性を検討することが必要である。SC行動の形態の項目「自分自身をなだめる」、 「優しさをもって自分に接する」、「苦痛を緩和しようとする」は、アクセプタンスの高さを有意に予測した。また、SC行動の結果の項 目「自分への優しさの増加」「自己批判の減少」は、アクセプタンスの高さを有意に予測し、「落ち着きの増加」は、アクセプタンスの高さを有意傾向で予測した。これらの結果から,SC行動の種類によって,アクセプタンスの高さを予測する程度が異なることが示 された。本研究の限界点として、SC行動の先行条件および確立操作を検討できなかったことが挙げられる。今後の研究で、どの ような文脈下でSC行動が生起しやすいのかを検討することや、ルールなどを含めた確立操作がSC行動の生起に与える影響を検討 することが望まれる。そうすることにより、SC行動を生起・維持させる変数に関する知見が蓄積され、機能的アセスメントの枠組 みからSC行動をより詳細に捉えることが可能となると考えられる。
著者
佐藤 浩一
出版者
日本子育て学会
雑誌
子育て研究 (ISSN:21890870)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.9-20, 2018 (Released:2019-01-25)
参考文献数
48

本研究は、国内における体系的でエビデンスに基づくいじめ防止プログラムの開発に向け、各国のいじめ防止プログラムの内容を分析し、効果的いじめ防止要素を抽出・検討することを目的とした。各国のプログラムを概観すると、働きかけは「ソーシャル・エモーショナルラーニング」が中心となっており、実施手順は「システム化」され、プログラムのEBP性についても問われるようになっている。近年のいじめ対策は、当事者だけへの働きかけから、学校・家庭・地域も含めた全校的取り組み(エコロジカルアプロー チ)へのシフトや、諸科学やメソッドの統合化などの傾向がみてとれ、働きかけの対象とその特性の「包括的なアプローチ」が必要とされている。
著者
氏家 聡 下地 由美 西川 泰 谷口 摩里子 南田 久美子 伊藤 利恵 川端 大樹 上中居 和男
出版者
公益社団法人 日本栄養・食糧学会
雑誌
日本栄養・食糧学会誌 (ISSN:02873516)
巻号頁・発行日
vol.56, no.6, pp.371-374, 2003-12-10 (Released:2009-12-10)
参考文献数
18
被引用文献数
3 4

鉄はわれわれの生体内に不可欠な元素の一つであるが, 近年, 鉄欠乏性貧血が問題となっている。そこで, 生体内への鉄分補給に関して, 腸管から血中への鉄分吸収 (血清鉄濃度) を指標に, 食酢摂取による鉄吸収効果を擬似鉄欠乏状態のラットを作製して検討した。鉄と米酢を与えた群の血清鉄濃度は, 鉄のみを与えたコントロール群に比べ, 有意に上昇した。また, 黒酢, プルーン酢, リンゴ酢を用いた場合の血清鉄濃度の変化を調べたところ, これらの食酢は米酢と同様の効果が認められた。食酢の主成分である酢酸を用いた場合にも, 同様の吸収促進効果がみられた。これらのことから, 食酢は鉄吸収を促進し, その作用には酢酸が寄与していることが示唆された。
著者
中尾 啓太 小川 景子
出版者
日本認知心理学会
雑誌
日本認知心理学会発表論文集 日本認知心理学会第14回大会
巻号頁・発行日
pp.10, 2016 (Released:2016-10-17)

それまで経験したことがないにも関わらず,以前どこかで経験したことがあると感じた際の,鮮明な感覚の体験をデジャヴ (deja vu) という(Brown, 2004)。デジャヴ発生には新規刺激の形態 (Brown & Marsh, 2010) や,情報量 (Cleary et al., 2012) が影響することが報告されている。これまで情報量の操作には静止画 (二次元と三次元) が用いられていることから,本研究では,研究1として動画を用いて情報量の操作を行い,さらに研究2として情報の質 (文脈) に着目してデジャヴの発生要因に関する検討を行った。 検討の結果,先行する記憶に情報量が少なく (研究1),先行記憶と目の前の刺激に共通する文脈情報がある (研究2) ことによりデジャヴ感覚の発生が促進されることが示された。
著者
Haruka Okui Kaoru Sato
出版者
Meteorological Society of Japan
雑誌
SOLA (ISSN:13496476)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.64-69, 2020 (Released:2020-04-11)
参考文献数
18
被引用文献数
1

Using long-term high-resolution operational radiosonde observation data from nine stations in the subtropics and mid-latitudes of Japan, this study performed statistical analysis of the dynamical characteristics of gravity waves (GWs). Wave generation by shear instability in summer was a particular focus because orographic GWs cannot propagate deep into the middle atmosphere through their critical layer in the lower stratosphere. The kinetic energy of summer stratospheric GWs is markedly large south of 37°N. Hodograph analysis revealed that GWs propagating eastward relative to the ground are dominant in summer. The percentage of GWs propagating energy upward (downward) is large above (below) the height at which the mean occurrence frequency of shear instability is high. The time series of the kinetic energy of stratospheric GWs exhibited statistically significant positive correlation with the occurrence frequency of shear instability slightly below the tropopause. These findings strongly suggest the possibility of excitation of summer stratospheric GWs by shear instability above the jet. The shear instability condition is satisfied more frequently in the region 30°N-35°N. This is probably related to two characteristics of the background fields slightly below the tropopause: larger vertical shear of zonal winds at higher latitudes and lower static stability at lower latitudes.