著者
千田 有紀
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.416-432, 2022 (Released:2023-03-31)
参考文献数
31
被引用文献数
1

本稿は,フェミニズム・ジェンダー理論や実践の課題を問い直すものである.近代フェミニズム思想は,「性的差異」と「平等」をどのように両立させるかという課題と格闘してきた.女性が普遍的人権を適用されないのは,女性の身体に「差異」が潜んでいると認識されていたからである.近代社会の形成期に生起した第一波フェミニズムは,「母」であることを権利の源泉としつつ,個人としての権利も主張した.第二波フェミニズムは,近代社会批判とともに,社会的につくられた「母」役割を批判しつつも,自らの身体性を主張の源泉とした. ジェンダー概念の関連でいえば,「解剖学的宿命」に対抗するやり方のひとつが,「文化的社会的産物」としてのジェンダーという概念をつくりだすことであった.またポスト構造主義の登場により,差異は関係的な概念であること,そして「生物学的なセックス」や「身体」もまた言語的,社会的に構築されていると考えられるようになった.さらにジェンダーのみならず,さまざまな諸カテゴリーの位置性や交差性が問われることになった.ジェンダーの構築性の指摘から30年以上が経過した現在,「女」というカテゴリーの定義をめぐる論争のなかで,「身体」をどう位置づけるのかという問題が,以前とは異なる課題とともに再浮上している.
著者
三谷 曜子 北野 雄大 鈴木 一平
出版者
公益財団法人 自然保護助成基金
雑誌
自然保護助成基金助成成果報告書 (ISSN:24320943)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.116-122, 2020-01-10 (Released:2020-01-10)
参考文献数
18

北海道周辺におけるラッコは北方四島を除く全域にて,毛皮を目的とした乱獲により姿を消したとされていたが,2014年にラッコの親子が北海道東部(道東)で確認されて以降,徐々に目撃数が増えている.本研究では,道東沿岸域に再定着しつつあるラッコが,生態系に与える影響について定量化することを目指し,ラッコの行動観察による,行動分類と餌生物判別を行い,アラスカ個体群と比較した.ラッコの行動は,陸,および船上から,ある個体を30分間追跡するフォーカルサンプリングを行い,1分ごとに行動を記録した.行動は,採餌,遊泳,毛づくろい,他個体との接触,見回り,休息に分けた.子連れ個体の場合は,子への毛づくろい,授乳についても記録した.採餌していた場合には,潜水時間と海面に持ち帰った餌の同定,及び海面滞在時間について記録した.この結果,同定できた餌のうち,約7割は二枚貝であり,そのほか,ウニやホヤ,カニを食べていることが明らかとなった.餌生物の少ない環境では,潜水時間が長くなると知られているが,個体数の安定しているアラスカ個体群と潜水行動を比較すると,平均潜水時間は半分程度となったため,環境収容力の限界には達していないと推察できる.
著者
吉田 健
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.118-121, 2012-03-20 (Released:2017-06-30)
参考文献数
4

水酸化ナトリウム(NaOH)は工業薬品としては「苛性ソーダ」と呼ばれている。苛性ソーダは様々な産業の基礎素材として重要な役割を担っている化学製品であり,塩(食塩,NaCl)を原料とした電解ソーダ法で製造されている。電解ソーダ法には水銀法,隔膜法,イオン交換膜法の製法があるが,わが国では水銀法から隔膜法への転換を経て,現在では全てイオン交換膜法となっている。本稿では当社での実例も交えながら,イオン交換膜法による苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)の工業的製法と用途について紹介する。
著者
坊内 良太郎 小川 佳宏
出版者
一般社団法人 日本内科学会
雑誌
日本内科学会雑誌 (ISSN:00215384)
巻号頁・発行日
vol.104, no.1, pp.57-65, 2015-01-10 (Released:2016-01-10)
参考文献数
14
被引用文献数
2

腸内細菌はエネルギー吸収,腸管免疫など種々の生物学的機能を有する共片生物であり,宿主の代謝や免疫に多大な影響を及ぼす.腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)により短鎖脂肪酸の合成が低下し,腸上皮バリアが破綻,lipopolysaccharide(LPS)の血中への移行を介して全身の慢性炎症が惹起され,肥満・2型糖尿病を発症する.dysbiosisは腸管免疫寛容を破綻させ,1型糖尿病の発症にも関与する可能性がある.治療応用につながるさらなる病態解明が期待されている.
著者
渡辺 伸一
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究 (ISSN:24340618)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.204-218, 1998-10-05 (Released:2019-03-22)

本稿の課題は、新潟水俣病を中心事例として、当該地域社会における被害者への差別と抑圧の論理を解明することである。水俣病患者に対する差別には異なった2つの種類がある。ひとつは、「水俣病である」と周囲から認知されることによって引き起こされるいわば「水俣病差別」とでも呼ぶべきものであり、もうひとつは、その反対に「水俣病ではない」と認知される、つまり「ニセ患者」だとラベリングされることによって生じる差別である。新潟水俣病の第一次訴訟判決(1971年9月)および加害企業との補償協定締結の時期(1973年6月)の以前においては、地域の社会構造や生活様式、社会規範に密接に関わる形で生み出されてきた「水俣病差別」の方だけが問題化していた。しかし、その後、水俣病認定基準の厳格化によって大量の未認定患者が発生する頃から、別の否定的反応が加わるようになった。これが、「ニセ患者」差別という問題である。これは、地域社会における「水俣病差別」と「過度に厳格な認定制度(基準)」が、相互に深く絡み合う中で生み出されてきた新たなる差別と抑圧の形態であった。本稿ではさらに、差別と抑圧の全体像を把握すべく、新潟水俣病における差別と抑圧の問題は、以下の7つの要因が関与して生み出された複合的なものであること、しかし、その複合化、重層化の度合いは、阿賀野川の流域区分毎に異なっていることを明らかにした。1.加害企業による地域支配、2.革新系の組織・運動に対する反発、3.漁村ぐるみの水俣病かくし、4.伝統的な階層差別意識の活性化、5.水俣病という病に対する社会的排斥、6.認定制度による認定棄却者の大量発生、7.“水俣病患者らしさ”の欠如への反発。
著者
三村 喬生 松村 杏子 松村 優哉 関家 友子
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.181-186, 2020-04-01 (Released:2020-04-01)

テキスト分析とは,文字として符号化された筆者の意図を定量的な手法により逆符号化するプロセスである。特に大量のデータを用い,その内部に潜む構造や背後にあるアルゴリズムを統計的に推定する手法が盛んに研究され,多くのプログラミング言語において実装が進んでいる。その中でもR言語はプログラミング初心者でも見通しよく解析プロセスを進めることができるため入門に適している。そこで本稿ではテキスト分析初心者に向けた,本格的な分析に挑む前に知っておくべき統計的な基礎知識・基本的な分析環境の構築法・小規模データによる解析の具体事例をハンズオン形式でまとめた。
著者
古川 安
出版者
日本科学史学会
雑誌
科学史研究 (ISSN:21887535)
巻号頁・発行日
vol.49, no.253, pp.11-21, 2010 (Released:2021-08-02)

Umeko Tsuda (1864-1929), a pioneering educator for Japanese women and the founder of Tsuda College, was a scientist. As an English teacher at the Peeresses School in Tokyo, the young Tsuda was granted a leave of absence by the government to study "teaching method" at Bryn Mawr College, a women's college near Philadelphia. During her stay in Bryn Mawr (1889-1892), however, she majored not in pedagogy but in biology, despite the fact that the Peeresses School officially banned science education for noble women. Following the vision of the feminist Dean Carrey Thomas, Bryn Mawr College offered full-fledged professional education in science comparable to that of Johns Hopkins University. Bryn Mawr's Biology Department was growing; there, Tsuda took courses from such notable biologists as Edmund B. Wilson, Jacques Loeb, and the future Nobel Laureate Thomas H. Morgan. In her third year, under Morgan, she carried out experimental research on the development of the frog's egg, which was published in a British scientific journal as their joint paper two years later. Tsuda was considered one of the best students in the department, and Bryn Mawr offered her opportunities for further study. However, after much consideration, she chose to return to Japan. Although Tsuda gave up a possibly great career as a biologist in American academe, she knew that it was almost impossible for a woman to pursue a scientific career in Meiji Japan and wanted to develop her dream of establishing an English school for women. Her experience of "forbidden" scientific study at Bryn Mawr seems to have given her great confidence in realizing her feminist ideal of enlightening Japanese women at the women's school she founded in 1900, the forerunner of Tsuda College.
著者
朱 沁雪
出版者
首都大学東京
巻号頁・発行日
pp.1-59, 2018-03-25

首都大学東京, 2018-03-25, 修士(文学)
著者
早坂 信哉 尾島 俊之 八木 明男 近藤 克則
出版者
The Japanese Society of Balneology, Climatology and Physical Medicine
雑誌
日本温泉気候物理医学会雑誌 (ISSN:00290343)
巻号頁・発行日
pp.2359, (Released:2023-07-24)
参考文献数
17

【背景・目的】高齢者において抑うつの発症は様々な疾患のリスクとなり,要介護状態に陥るきっかけとなる.一方,日本においては浴槽の湯につかる特有の入浴法が多くの国民の生活習慣となっているが,この生活習慣としての浴槽入浴と長期的な抑うつ発症との関連は明らかではなかった.本研究は,大規模な6年間にわたる縦断研究によって生活習慣としての浴槽入浴が長期的な抑うつ発症との関連を明らかにすることを目的とした.  【方法】Japan Gerontological Evaluation Study(以下,JAGES)の一環として2010年,2016年に調査対象となった11,882人のうち,自立しておりかつGeriatric Depression Scale (以下,GDS)4点以下で抑うつがなく,夏の入浴頻度の情報のある6,452人,および冬の入浴頻度の情報がある6,465人をそれぞれ解析した.コホート研究として週0~6回の浴槽入浴と週7回以上の浴槽入浴の各群の6年後のGDSによる抑うつ発症割合を求め,浴槽入浴との関連をロジスティック回帰分析によって年齢,性別,治療中の病気の有無,飲酒の有無,喫煙の有無,婚姻状況,教育年数,等価所得を調整して多変量解析を行いオッズ比を求めた.  【結果】週0~6回の浴槽入浴に対する週7回以上の浴槽入浴の抑うつ発症の,調整後の多変量解析によるオッズ比は夏の入浴頻度0.84(95%信頼区間:0.64~1.10),冬の入浴頻度0.76(95%信頼区間:0.59~0.98)であり,冬に週7回以上浴槽入浴することは抑うつを発症するリスクが有意に低かった.  【結論】習慣的な浴槽入浴の温熱作用を介した自律神経のバランス調整などによる抑うつ予防作用による結果の可能性があり,健康維持のため高齢者へ浴槽入浴が勧められることが示唆された.
著者
松本 美富士
出版者
一般社団法人 日本臨床リウマチ学会
雑誌
臨床リウマチ (ISSN:09148760)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.239-252, 2015-12-30 (Released:2016-03-31)
参考文献数
28

本邦の多くのリウマチ医は線維筋痛症(fribromyalgia; FM)の病名の認識はあるが,疾患の存在に否定的であり,診療に対して拒否的である.最近の脳科学の目覚ましい進歩を背景に,非侵害受容性疼痛,特に慢性疼痛の分子機序,脳内ネットワークの解明などから,FMの疼痛も脳科学から解明されつつある.また,本邦では2003年から厚生労働省の研究班が組織され,疫学調査,病因・病態研究,診断基準,治療・ケア,診療体制の確立,ならびに診療ガイドラインの作成など精力的にプロジェクト研究が行われ,疾患の全体像がかなり具体的に見えてきた.その中で,特筆すべきことはFMの疼痛を,他の慢性疼痛と同様にアロディニアを伴う痛みの中枢性感作によるものと説明し得ること,この現象に脳内ミクログリアの活性化が認められ,いわゆる脳内神経炎症(neuroinflammation)の概念で説明できる可能性である.これら所見は近未来的な病態発症機構を標的とした画期的治療法の開につながるものであり,今後のさらなる発展が多い期待されるところである.病態以外にも厚労省研究班で得られた知見を中心に解説し,またEvidence Based Medicine (EBM)手法を用いて厚労省研究班と学会が合同で作成した,診断,治療・ケアについてのガイドラインも概説した.
著者
佐々木 雄一
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.1_248-1_270, 2019 (Released:2020-06-21)
参考文献数
65

明治憲法下の日本政治は、首相や内閣の力が弱く、割拠的だったとされる。憲法に 「内閣」 の語はなく、国務大臣単独輔弼が原則であり、首相は十分な権限を持たず、内閣はしばしば閣内不一致で瓦解した。内閣の外には軍や枢密院などの機関が分立的に存在し、内閣による政治統合を妨げていた。こうした割拠性は、当初、元勲・元老が統合者の役割を担っていたために深刻な問題を生じさせなかったが、1930年代以降、本質的な欠陥を露呈した、という。 以上のような見方は大きく修正する必要があるというのが本稿の議論である。歴代内閣を通観すれば、明治憲法体制においても、首相の下で内閣が一体となって政治運営をおこなうのが常態だった。首相の他大臣に対する指導力が制度的に担保されず閣内不一致で内閣がしばしば瓦解したとか、元老が統合していたために円滑な政治運営がおこなわれたといった事実は存在しない。また、枢密院は内閣と並立するような機関ではなく、軍も元来は内閣の統制が及ばない存在ではなかった。 「割拠」 論は辻清明の戦時中の同時代的な問題意識に端を発し、長年通説として広く受け入れられているが、明治憲法体制の実態に関する具体的な分析と裏づけを欠いているのである。
著者
佐藤 淳 木下 豪太
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.307-319, 2020 (Released:2020-08-04)
参考文献数
58

次世代シークエンサーは2005年ごろから実用化が進んだ新型DNAシークエンサーであり,現在も急速なスピードで改良されている.現時点で開発から10年以上が経ち,日本の哺乳類学でも少しずつ利用されつつある一方で,未だ十分に活用されていないのが現状である.本稿では,最近の研究事例を紹介することで,今後の日本の哺乳類学における次世代シークエンサーの利用を促進するきっかけとしたい.次世代シークエンサーが提供するデータにより,従来と比較して桁の異なる莫大な量のDNA情報が利用可能となったことで,進化生物学,生態学,分類学等の基礎科学だけでなく,野生哺乳類の保護・管理等の応用科学分野においても大きな貢献が期待される.
著者
久末 遊 久松 定智 村上 裕
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
衛生動物 (ISSN:04247086)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.235-238, 2019-12-25 (Released:2019-12-25)
参考文献数
30

The red imported fire ant, Solenopsis invicta Buren, was first recorded from Japan during 2017. Since then, the Biodiversity Center, Ehime Prefectural Institute of Public Health and Environmental Science (BCEJ) has received a total of 70 reports about ants suspected to represent this species from the citizens of Ehime Prefecture. In addition, BCEJ conducted monitoring surveys for the ants at four ports of entry (Mishima-kawanoe Port, Matsuyama Port, Niihama Port, and Imabari Port) in Ehime Prefecture on 10 July 2017. Samples obtained during these surveys and submitted by citizens were identified to genera and evaluated for their status as non native invasive species by staff at BCEJ, and the results were delivered immediately to concerned individuals at the sources. Subsequently, samples were further identified to 21 species within 14 genera and four subfamilies by the first author. Results include seven exotic species, S. geminata (Fabricius), Monomorium chinense Santschi, M. pharaonis (Linnaeus), Trichomyrmex destructor (Jerdon), Pheidole indica Mayr, Tetramorium bicarinatum (Nylander), and Tapinoma melanocephalum (Fabricius), new distributional records for Shikoku for T. destructor (Jerdon), and new records for Ehime Prefecture for M. pharaonis (Linnaeus) and Lasius meridionalis (Bondroit). In addition to ants, 14 out of 70 reports referred to Myrmarachne elongata Szombathy, which is a salticid spider that mimics and superficially resembles ants.