著者
アンダソヴァ マラル
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.71-81, 2014-03-25

本稿は、古事記および日本書紀における崇神天皇の段を取り上げ、オホモノヌシの登場をふくめ、両書におけるシャーマニズムの考察を試みるものである。古事記ではヤマトは異界として位置付けることができ、その中で崇神天皇によるオホモノヌシの祭祀が描かれる。それに対して、日本書紀では中国を意識した天皇像が描かれつつも、天皇が神々の祭祀を自ら行っていくというシャーマニズムの在り方がうかがえるのである。
著者
岩倉 具忠
出版者
京都外国語大学
雑誌
研究論叢 (ISSN:03899152)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.175-184, 2006

「国語論争」(questione della lingua)とは幾世紀にもわたるイタリア語のモデル(共通語)についての大論争である.文学作品の創作にあたって,フィレンツェを代表とするトスカ-ナ地方の方言なのか,それとも多くの方言の長所を採り入れた折衷的なイタリア語なのかという問題である.それには中世以来多国家,多都市に分裂していたイタリアの歴史自体が深くかかわってくる.中世のいわゆる育都市国家を経てルネサンス時代に入ると,イタリアにはいくつかの強力な国家の支配が確立し,政治的にも文化的にも互いに拮抗し合い,覇権を争うことになる.当然この不統一な政治状況は「俗語の混乱」を招き,当の国語論争にも反映した.フランスのように中央集権国家の確立によって政治的統一が達成されていた国とは違い,イタリアはそうした統一が政治的要因によって阻まれていたとはいえ,イタリア人には同じ文化を共有しているという意識はあった.だからこそ共通語としてのイタリア語を求めたのである.ルネサンス期には各々宮廷を持つ君主,僭主,教皇たちの人文主義的文化政策によって知識人のあいだの交流が促進され,かれらのあいだには,時として政治的統一への願望とあいまって,古代におけるラテン語のような「共通語」への回帰に対する欲求がとみに高まってきたというのも事実であった.この論争のさなかにトリッシノによって発見されたダンテの『俗語詩論』の写本が,「折衷派」に利用されることになる.しかし『俗語詩論』でダンテの追い求めた「共通語」は,実は詩のジャンルのなかでもっとも高級なカンツォ-ネに適した「高貴な俗語」にはかならなかった.そうした理想的言語を駆使できるのは,プロヴァンスの詩人たちにも匹敵する国際級の大詩人であり,シチリア派やボロ-ニャの少数の詩人とダンテ自身のみであることを巧妙に暗示しようというのが『俗語詩論』の「隠れた」意図であったとすれば,この作品はいわば文学的「自己解釈」であったと考えられる.こうした隠れた意図はもとより,次元の高いダンテの構想を理解できなかったルネサンスの作家たちは,『神曲』をフィレンツェ方言で書きながら,『俗語詩論』で,ある種のフィレンツェの語嚢を拒絶したダンテが矛盾を犯していると考えた.その代表者は共通語をフィレンツェ方言にするべきであると主張するマキャヴェッリであった.中世の修辞学に則りダンテは,詩の文体に厳密な等級を設け,カンツォ-ネは最高級の「悲劇的」文体でかかれ,一方『神曲』は,中級の「喜劇的」文体でかかれるべきであるとした.したがって「高貴な俗語」の範疇に入らない低俗な語彙が『神曲』で用いられるのは当然のことなのである.その後のイタリア語はどのような歩みをたどったのであろうか.現在イタリア語の標準語は,フィレンツェ方言に落ち着いた.実はイタリア語の標準語の形成には独特な経緯があったのである.ダンテ,ぺトラルカ,ポッカッチォの三大作家がいずれもフィレンツェ方言で創作したため,イタリア全土のひとびとはまずものを書くにあたって,この三大作家をモデルにした.その結果フィレンツェ方言が共通語となり,やがて話しことばにもフィレンツェ方言が浸透していった.ダンテから現代にいたる700年の間にイタリア語がさほど変わっていないということは,三大作家の時代に現代イタリア語の基礎が築かれたということを意味する.ダンテはよく「イタリア語の父」と呼ばれるが,これは単なる比境というより,まさに文字通り,イタリア語の生みの親といえるであろう.国語論争をしているあいだに言語は自然の流れに乗っていたのである.
著者
櫻庭 京子 峯松 信明 広瀬 啓吉 坂野 秀樹
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. SP, 音声 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.104, no.630, pp.25-29, 2005-01-20

男性から女性へ性別の移行を希望する性同一性障害者(Male to Female transgender/transsexual=MtF)に対する音声治療・訓練を筆頭著者が中心となって行なっている。今回, 本訓練の客観的及び主観的有効性を検証するために, 訓練前後の音声に対する第三者による評価実験を行なうと共に, 訓練効果に対する患者本人の満足度について調査した。さらに話声位のF0(基本周波数)の変化を調べた。その結果, 第三者の聴取実験において訓練前は全ての聴者から男性と判定されていた患者が, 二ヶ月の訓練後では, 聴者の約九割に女性と判定されるに至った。患者自身も凡そ声の変化の様子に満足しているとの結果が得られている。F0は成人男性の平均値から成人女性の平均値に移行した。
著者
阿部 輝夫
出版者
順天堂大学
雑誌
順天堂医学 (ISSN:00226769)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.55-61, 2006-03-30
参考文献数
7

この10年間に,日本の性同一性障害を取り巻く環境は大きく変化した.1997年に日本精神神経学会が性同一性障害(GID)の診断と治療のためのガイドラインを策定し,1998年には日本最初の公に認められた性別適合手術が行われた.そして,2003年に新たな法律が制定され,性別適合手術(SRS)が終了しており,一定の条件が整っていれば戸籍の性別変更が可能となった.この結果,それまで自己判断でホルモン療法や外科的手術を受けていた人達も,性別を変更する目的で,そのために必要な精神科医2名からの診断書を得るため受診するようになった.この当事者達のニードの激しい増加を受けて,各地の大学病院などでも対応の準備が始まっているが,その数はまだまだ十分な状況とは言えない.ここでは,約1500例のGIDの自験例を基に,まずGIDに関する基本的概念を述べる.つまり,primary GIDとsecondary GIDの違い,同性愛とGIDの概念の相違,および今後の問題などについて.そして,実地医家がGIDの診断と治療を進めて行くうえでの留意点について述べたいと思う.・Diamondら日く,「GIDは自分で診断でき,治療法を選択できる唯一の疾患である」と.・GIDと同性愛は,概念が異なる.・MTFが男性を好きになるのはあたりまえの<指向>であり,<嗜好>でもなければ<志向>でもない.・『ガイドライン』への不一致例も,それまでの治療を再評価し,再構築することができる.・特例法の成立により,条件が整えば戸籍の性別が変更できる.
著者
白井 利明 山田 剛
出版者
大阪教育大学
雑誌
大阪教育大学紀要. IV, 教育科学 (ISSN:03893472)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.13-27, 1999-08
被引用文献数
1

現代青年の「インタラクティブ・ツール」と生活意識の関連を検討するために,大学と専門学校の学生で女性384人に対して質問紙調査を実施した。その結果,第1に,ポケベルや携帯電話は,電車内や友人との会話中が授業中よりも寛容になるという場面差がみられた。また,自分のものが鳴った場合は,使用者や関心のある者が関心のない者よりも寛容だったが,他人のものが鳴った場合にはそのような違いはみられなかった。第2に,「インタラクティブ・ツール」への関心は親密さ・回避(自分が傷つきたくない)・多忙感・空虚感とプラスの方向に関係したが,ボランティアを中心とする関心は別の次元であり,しかも空虚感との関連の方向がマイナスであった。The purpose of this study was to clarify how contemporary female adolescents may commit on the "interactive tools" such as "Tamagocchi", "Puri-Kura", beepers, portable telephones, personal computer communications, body touching and volunteers, by examining the relationships between the commitment on them and life feelings. Three hundred eighty four samples answered a questionnaire in 1997. Findings showed that firstly, they felt free to use or hear beepers and portable telephones more in a train and during talking with friends than during a lesson at school. At the same time, those who used or were interested in them did so more than others only in the case of their calling but there was no statistically significant difference in the case of other people to use. Secondly, commitments on interactive tools related to needs to intimacy, narcissism, pressure of business and low self-fullness but another dimension particular to volunteers showed high self-fullness.
著者
丹羽 めぐみ 大森 秀之 人見 一彦
出版者
近畿大学
雑誌
近畿大学医学雑誌 (ISSN:03858367)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.45-55, 2007-03

当院の性同一性障害専門外来に来院した青年期女性の性同一性障害の2症例について,ロールシャッハ・テストとHTPPの人物画を通して,性同一性を中心にその心理的特性を検討した.結果,2症例の共通点は1.性別の同一化が曖昧なために思春期に身体変化の衝撃を大きく受けており,身体の生々しさを受け入れられない,2.母親が同性のモデルになり難く,身近に性同一性の方向性や目標の手がかりとなる対象を見つけ難い,3.そのような性同一性が不安定な状態で性同一性障害という概念に同一化することで,精神的な安定がもたらされている.一方異なる点は,同性と異性への同一化の程度であった.
著者
石井 由香理
出版者
SHAKAIGAKU KENKYUKAI
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.89-105,181, 2013

This paper examines the change in images of transgendered and on-transgendered people and their relationship to a Japanese transgender drama group by analyzing six scripts written between 2000 and 2011. In the early dramas, transgender characters whose gender identity was depicted to be clearly the opposite of their assigned identity were in the foreground. However, later on, people whose identities were unique, reflective and not ready-made social identities with essential qualities began attracting attention. This transformation of the transgender characters in the dramas also reflects changes in the relationship between transgendered and non-transgendered people. The early dramas emphasized that it is necessary for non-transgendered people to be considerate toward transgendered people. Therefore a non-transgendered person was under the impression that had to accept and understand transgendered people. However, transgendered people seemed to show consideration for other transgendered and non-transgendered people over time. And, non-transgendered people were depicted as having emotional scars or some stigma, and should receive consideration in later dramas. This gradually led to the concept of gender identity disorder becoming less important, and transgendered people were required to always be considerate toward all individuals.
著者
林 茂樹
雑誌
摂南大学教育学研究 = Bulletin of Educational Research of Setsunan University (ISSN:13498118)
巻号頁・発行日
no.12, pp.17-30, 2016-03

本稿は、小学校の「帰りの会」における1 日の反省の場が、個人に対する「吊し上げ」や「責任追及」の場に変化するメカニズムを、教室内の相互行為と秩序形成という視点から明らかにしようとしたものである。現在では、「班・核・討議づくり」の方法論による「学級集団づくり」の影響はほとんどないと考えられる。他方で、班・係・日直等の学級集団内の組織や役割、朝の会・帰りの会という短時間の学級活動は広く定着している。そして、子どもたちは、学級集団内での生き残りをかけ、体験にもとづく、状況依存的な行為選択を日々行っている。戦後の学級活動についての制度史的・実践史的展開に関する社会学的な解釈を踏まえ、1 日の終わりの反省の場が「吊し上げ」、あるいは「責任追及」に変化する場面を教室内の社会現象が構築される過程として捉え直した。そして、教室内の相互行為による秩序形成という視点で具体的な対面場面での子どもたちの振舞いの意味を解釈することにより、意図せざる結果として、「学級裁判」と形容される場面が創り出されることを指摘した。
著者
田中 浩二
出版者
日本精神保健看護学会
雑誌
日本精神保健看護学会誌 (ISSN:09180621)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.33-42, 2011
参考文献数
16

本研究は,精神科病院に長期入院を余儀なくされた患者が体験している生活世界を明らかにすることを目的とした質的記述的研究である.研究参加者は,精神科病院に10年以上入院している患者12名であり,参加観察と半構造的面接によりデータを収集し,質的帰納的に分析した.その結果,長期入院患者は【失ってしまったものが多く自らの存在が危うくなるような体験をしている】が,【入院前の自分らしい体験に支えられた生活】や【入院生活のなかでみつけた小さな幸せ】【病棟内から社会とのつながりを見いだそうとする工夫】【生きていくうえでの夢や希望】を拠り所に生活していることが明らかになった.長期入院患者の看護では,喪失体験に対する共感的理解とともに,その入らしい生活を送ることができるような場や人とのつながりを探求していくことが重要である.
著者
勝田 至
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.174, pp.7-30, 2012-03

近代の民俗資料に登場する火車は妖怪の一種で、野辺送りの空に現れて死体をさらう怪物である。正体が猫とされることも多く、貧乏寺を繁昌させるため寺の飼い猫が和尚と組んで一芝居打つ「猫檀家」の昔話も各地に伝わっている。火車はもともと仏教で悪人を地獄に連れて行くとされる車であったが、妖怪としての火車(カシャ)には仏教色が薄く、また奪われる死体は必ずしも悪人とされない。本稿の前半では仏教の火車と妖怪の火車との繋がりを中世史料を用いて明らかにした。室町時代に臨終の火車が「外部化」して雷雨が堕地獄の表象とされるようになり、十六世紀後半には雷が死体をさらうという話が出現する。それとともに戦国末には禅宗の僧が火車を退治する話も流布し始めた。葬列の際の雷雨を人々が気にするのは、中世後期に上層の華美な葬列が多くの見物人を集めるようになったことと関係がある。猫が火車とされるようになるのは十七世紀末のころと見られる。近世には猫だけではなく、狸や天狗、魍魎などが火車の正体とされる話もあり、仏教から離れて独自の妖怪として歩み始める。悪人の臨終に現れる伝統的な火車の説話も近世まで続いているが、死体をさらう妖怪の火車の話では、死者は悪人とされないことが多くなった。人を地獄に連れて行く火車の性格が残っている場合、火車に取られたという噂がその死者の評判にかかわるという問題などから、次第に獄卒的な性格を薄めていったと考えられる。Kasha, which emerges in modern folklore, is a kind of monster which appears in the sky over funeral processions and carries away the dead. The monster is often identified as a cat, and "nekodanka," which is an old tale of a cat playing tricks together with the priest of a poor temple to make the temple prosper, is also known in various places.Kasha was originally a Buddhist carrier that allegedly took villains to hell. However, when kasha is portrayed as a monster, its Buddhist character is weakened, and the dead taken by kasha are not necessarily villains. The first half of this article clarifies the connection between kasha in Buddhism and kasha as a monster, using medieval materials. During the Muromachi period, kasha for the death was "externalized," and thunderstorms were considered to represent going to hell, while in the last half of the 16th century, the story of thunder carrying away the dead appeared. At the same time, at the end of the Sengoku period, the story of a Zen Buddhist monk defeating kasha gained ground. People's concerns about thunderstorms at funeral processions are connected with the fact that in the last half of the Middle Ages, gorgeous funeral processions of the upper classes attracted many spectators.It seems that kasha were first identified as cats in the late 17th century. In early modern times, kasha were also identified as raccoon dogs, tengu, moryo, etc., leaving Buddhism and beginning to walk alone as unique monsters. The traditional story of kasha, which appears at the death of a villain, was continued until early modern times, but in the story of kasha as a monster carrying away the dead, the dead was often not villains. If kasha still had the character of a monster which carries away people to hell, the rumor that kasha took the dead might have tarnished the reputation of the latter. For this reason, the character of kasha as a tormenting devil in hell would have gradually been weakened.