著者
大野 旭
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

イスラーム研究は、現代社会のもっとも緊急性を有する課題の一つである。それは「絶対的なムスリム社会」ではなく、多様性に富んだイスラーム社会を意味する。その多様な一環として、モンゴル系諸集団とイスラームとの関係を解明することが必要不可欠である。というのは、ユーラシアにおけるイスラームの世界化はモンゴル帝国支配の結果でもあるからである。本科研では、まずモンゴルという民族の内部における多様性と、モンゴル語系の言葉を話すさまざまな「民族集団」の多様性を実地調査によって明らかにすることができた。中国には10のイスラームを信仰する民族がある。そのうち、東郷(Dongxiang)族と保安(Bao'an)族はモンゴル語系の言葉を母語としている。また、現在ではモンゴル族とされている民族の中にも、ホトン(Qotung)人やトゥマト(Tumad)人のようなムスリムたちがいる。本研究で得られた成果はすべてフィールドワークに基づいている。調査の際には、特に東郷族と保安族内部のスーフィー教団「門宦」(Menhuan)と聖者墓「ゴンバイ」(Gungbei)の存在に注目した。というのは、彼らの近現代の歴史は主としてスーフィー教団を中心に展開され、聖者墓によって表象されているからである。聖者墓には中国史と関わってきたムスリムたちが眠り、信者らに祭られている。かつて、東郷族と保安族は「イスラームに改宗したモンゴル人」という見方が一般的であった。しかし、現在、彼らはこのような見解に異議を唱え始めている。このように民族の歴史に関する見解に変化が生じたのは、イスラームが復興したのではなく、モンゴルが嫌われているからでもない。中国が最近国内の諸民族にナショナルよりも低いエスニック・グループの地位を与え、そのうえで均一的な「中華民族」(zhonghua minzu)という国民国家を創ろうとしている政治的な潮流と連動している。現地調査と情報収集により、まったく別のイスラーム、別の「イスラーム対モンゴル」、そして「イスラーム的中国」の存在が現れてきた。今後は、報告書をベースに、学術書として公開する作業に入る予定である。
著者
森本 あんり
出版者
国際基督教大学キリスト教と文化研究所
雑誌
人文科学研究 (キリスト教と文化) = Humanities: Christianity and Culture (ISSN:00733938)
巻号頁・発行日
no.42, pp.165-186, 2011-03-31

ニューイングランド社会は、本国で既存の体制に対する異議申立者だった人々がみずから体制の建設者となったという点で、またその建設の課題が政治体制と宗教体制との両方であったという点で、特筆すべき歴史的実験であった。その建設の途上では、バプテストやクエーカーに対する不寛容な一面が見られた。彼らの不寛容を現代の倫理感覚で批判することはたやすいが、本稿ではその不寛容に内在する論理を尋ね、これを本来の文脈の中で理解することを試みた。 アメリカにわたったピューリタンは、教会の設立ばかりでなく市民社会の設立に際しても、参加者全員による契約を求めた。コトンやウィリアムズは、世俗的であれ宗教的であれ権力はすべて民衆に由来すると論じており、ウィンスロップや植民地政府の特許状は、この原則に基づいて建設される社会が「閉じた集団」であることを明記している。地縁血縁を脱して自発的意志による社会を構成するというヴォランタリー・アソシエーションの原理は、ひとまずは閉鎖的な私的共同体を結果する。 さらにここには、中世的な寛容理解が前提されている。中世後期の教会法によれば、寛容とは相手を否定的に評価した上で「是認はしないが容認する」という態度を取ることであった。寛容は善でも徳でもなく、その対象は「より小さな悪」に他ならない。中世社会でこの意味における寛容の典型的な対象となったのは、売春とユダヤ教であった。 ニューイングランドでもこの理解が踏襲されている。教会と社会を自己の理念に則って新たに建設するという課題を前にした彼らは、異なる思想をもつ人々を受け入れる必要がなかったので、比較考量の上で当然のごとく不寛容になった。必要に迫られていないのに寛容になることは、真理への無関心であり誤謬の奨励である、と考えられていたからである。かくして中世社会とニューイングランド社会は、同じ中世的な寛容理解の評価軸に沿って、一方は寛容に、他方は不寛容になった。 だが、やがて変化が訪れる。1681 年にインクリース・マザーは、寛容が「必要な義務」ではあるが、「大きな船をバラストするのに必要なものは小さな船を沈没させてしまう」と記している。この発言には、なお消極的な態度ながら、実利を越えた原理的な善としての寛容理解が芽生えている。かかる変化の背景には、王政復古後の本国からの圧力という外在的な原因と、彼ら自身の世代交代という内在的な原因があった。かくして、「ゼクテ」として出発したニューイングランド社会は、ひとたび断念した普遍性を再び志向するようになり、人々の公的な社会参加を求める「共和国」となっていった。やがてアメリカは、寛容でなく万人に平等な権利としての「信教の自由」を新国家建設の基盤に据えて出発することになる。
著者
永野 光朗 小嶋 外弘
出版者
一般社団法人 日本繊維製品消費科学会
雑誌
繊維製品消費科学 (ISSN:00372072)
巻号頁・発行日
vol.31, no.6, pp.288-293, 1990-06-25 (Released:2010-09-30)
参考文献数
7
被引用文献数
2

本研究では, 服装による印象形成過程における手がかりの優位性について検討を行なった.男子大学生に女子大学生の全身写真を提示し, その服装特徴から着装者のパーソナリティを推測させた.林の数量化理論I類による分析をおこない, 因子分析により抽出された3つのパーソナリティ次元 (個人的親しみやすさ, 活動性, 社会的望ましさ) の認知に対して個々の服装特徴がどのように影響を与えているかについて調べた.この結果から, 3つのパーソナリティ次元に共通して優位にはたらく手がかりは「上衣の型」と「上衣の色」であるが, さらにそれぞれの次元には固有の優位な手がかりが存在することが明らかになった.すなわち「個人的親しみやすさ」の次元では上記にくわえて「上衣の柄」が, 「活動性」の次元では「下衣の型」が, また「社会的望ましさ」の次元では下半身における衣服の諸特徴がそれぞれの印象を規定していることがわかった.
著者
Manabu Horiuchi Ryoken Masuda Yinggang Bu Masami Nirei Mitsuhide Sato Tsutomu Mizuno
出版者
The Institute of Electrical Engineers of Japan
雑誌
IEEJ Journal of Industry Applications (ISSN:21871094)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.49-58, 2022-01-01 (Released:2022-01-01)
参考文献数
21
被引用文献数
8

An interior permanent magnet synchronous motor (IPMSM) is characterized by high efficiency in a wide range of applications. However, when operating at high speeds, torque ripple and rotor loss occur because of the spatial harmonics generated by fluctuations in the airgap permeance. This study demonstrates the suppression of torque ripple and harmonic loss by magnetic wedges using finite element analysis (FEA). First, the authors examined the torque and loss characteristics by varying the slot opening width and relative permeability of the magnetic wedge. Results indicate that the torque ripple can be suppressed even if the opening width is widened to half the slot pitch. However, this improvement effect saturates when the relative permeability of the magnetic wedge becomes larger than µr = 10. Furthermore, the authors confirmed the effect of the magnetic wedge by visualizing the harmonic components of the eddy current loss. The findings reveal that the eddy current loss represents a trade-off between the stator and rotor when using the magnetic wedge.
著者
高橋 英章 本田 光 居林 基 斉藤 佳代子 秋野 憲一
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.10, pp.695-705, 2021-10-15 (Released:2021-10-06)
参考文献数
30

目的 札幌市における地域検診および個人・職域を含めたがん検診受診の実態を独自調査によって明らかにすること,がん検診受診率が低い集団を特定し,がん検診受診率を向上させるための施策の基礎資料とすることを目的とした。方法 札幌市在住の40~69歳の男性3,000人および20~69歳の女性4,000人を対象にした自記式質問票による調査を実施した(有効回収率:32.4%)。調査内容は,国民生活基礎調査の健康票のうちがん検診受診に関するものを引用したほか,基本属性,がん関連属性とした。χ2検定またはロジスティック回帰分析を用い,がん検診受診率と基本属性,がん関連属性との関連を解析した。結果 本研究の胃がん検診受診率は男性67.4%,女性48.7%,大腸がん検診受診率は男性59.2%,女性47.7%,肺がん検診受診率は男性66.1%,女性53.4%,子宮がん検診受診率は52.7%,乳がん検診受診率は56.1%だった。 男女ともにすべてのがん種において,就労していない者または国民健康保険に加入している者の受診率が有意に低かった。属性とがん検診受診に関して,就労なしに対する就労ありのオッズ比は,男性3.00~3.09 (肺がん3.00 95%信頼区間:2.09-4.32,大腸がん3.03 95%信頼区間:2.09-4.38,胃がん3.09 95%信頼区間:2.09-4.57),女性1.41~2.46だった。医療保険が国民健康保険の人に比べ,それ以外の保険の人の受診オッズ比は,男性3.47~4.26,女性1.47~2.52だった。また,男女ともに札幌市がん検診の認知度とがん検診受診に女性の胃がん検診を除いて有意な関連がみられ,認知度ありのオッズ比は,男性1.41~1.74,女性1.24~1.48だった。結論 がん検診受診率が50%を下回ったがん種は,女性の胃がんと大腸がんのみであり,とくに男性は胃・大腸・肺すべてのがん検診受診率が50%を超えていた。男女ともに就労していない者,国民健康保険に加入している者,札幌市がん検診(地域検診)を認知していない者のがん検診受診率が低い傾向にあり,国民生活基礎調査のみでは示されなかった札幌市における低受診者集団の特徴が明らかとなった。

2 0 0 0 OA 日本工業要鑑

出版者
工業之日本社
巻号頁・発行日
vol.第5版(明治45、46年), 1911
著者
土田 祐大 増井 伸一
出版者
日本応用動物昆虫学会
雑誌
日本応用動物昆虫学会誌 (ISSN:00214914)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.99-108, 2021-05-25 (Released:2021-06-10)
参考文献数
46
被引用文献数
4

Five phytoseiid mite species: Phytoseiulus persimilis Athias-Henriot, Neoseiulus californicus(McGregor), Neoseiulus womersleyi(Schicha), Amblyseius eharai Amitai and Swirski, and Euseius sojaensis(Ehara)(Acari: Phytoseiidae)were collected from commercial Japanese pear orchards in Shizuoka Prefecture. To evaluate the suppressive effect of generalist phytoseiid species on the spider mite Tetranychus kanzawai Kishida(Acari: Tetranychidae), we compared four treatments(E. sojaensis release, A. eharai release, synthetic pyrethroid application, and no-release)performed in a greenhouse. These treatments were conducted when T. kanzawai densities were low, and pine pollen was provided as alternative food for predatory mites in all treatments. At late June, the peak densities of T. kanzawai were significantly low in E. sojaensis release and in no-release compared with in pyrethroid application and in A. eharai release. The dominant phytoseiid species in E. sojaensis release and in no release was E. sojaensis. After July, however, E. sojaensis densities became lower in E. sojaensis release as well as no-release, and thus T. kanzawai densities became higher in all treatments at early August. These results suggest that conservation and augmentative release of E. sojaensis prior to T. kanzawai population increase, might suppress the outbreak of this spider mite in Japanese pear orchards until early summer.
著者
野田 佳彦
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネス (ISSN:00290491)
巻号頁・発行日
no.1162, pp.129-132, 2002-10-14

今年9月の民主党代表選に、若手統一候補として出馬しましたが、力及ばず敗れました。「今のままの民主党ではダメだ」。そんな若手議員たちの思いを受けて戦いましたが、第1回投票で鳩山(由紀夫)さん、菅(直人)さんに続く3位に甘んじ、決選投票に進むことができませんでした。ご支援いただいた方々の期待に応えられず、申し訳なく思っています。
著者
石田 淳
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.182-200, 2016
被引用文献数
4

<p>本論は, 「ブール代数分析による社会的カテゴリー分析」の枠組みを用いて, 2013年に実施されたインターネット調査により, 人びとのナショナル・アイデンティティを「日本人の条件」として把握し, その様態と社会的属性との関連を分析することを目的とする. 具体的には, 国籍・在住・血統・言語の4条件の組み合わせによる16パターンのプロフィールを回答者に提示し, 「日本人」だと思うか否かの2値評価を求め, 関連する意識や属性・社会経済的地位などの要因との関連を探った.</p><p>分析の結果, 以下のことが明らかになった. まず, 回答者のイメージを統合した統合イメージについて分析した結果, 基本的に血統を必要条件とする条件組み合わせで構成されていた. 次に, 背後にある意識が日本人判断にどのように関連しているかを分析した結果, 国に対する誇りの高さは「血による包含」と, 排外主義は「血による排除」と, 同化主義は「文化による排除」と強く結びついていることが分かった. 最後に, 血統もしくは国籍に寛容的な日本人条件イメージが, 回答者の属性や社会経済的地位, 社会的経験とどのように関連しているのかを探った. その結果, 地域社会における外国人との接触経験や, 年齢の若さや学歴の高さといった外国人への寛容性と関連する属性・地位要因が, 異質性に寛容的な国籍拡張型のイメージの可能性を高め, 同質性に寛容的な血統主義的なイメージ拡張の可能性を低めることが確認された.</p>
著者
竹中 平蔵
出版者
日経BP社
雑誌
日経トップリーダー
巻号頁・発行日
no.325, pp.8-10, 2011-10

菅直人さんが首相を務めた1年3カ月は、ガバナンスが利かない残念な期間になってしまった。特に最後の3カ月間は、菅さんが「辞める」と言いながら居座ったことで、すべてを止めてしまった。 このことは、阪神・淡路大震災と東日本大震災の復興予算の策定スケジュールを見ればはっきりする。初動の予算が成立するまでに、阪神・淡路では40日、東日本では50日と、そんなに変わらない。

2 0 0 0 Oud-Holland

出版者
Gebroeders Binger
巻号頁・発行日
1883
著者
岩田 悦行
出版者
日本草地学会
雑誌
日本草地学会誌 (ISSN:04475933)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.7-14, 1962 (Released:2017-07-07)

今回,盛岡附近を中心として栽培され,あるいは野生する禾草38種類を選び,それらの葉の横断切片により,機動細胞の形状や発達の程度を検討した。1)これらの機動細胞は,葉身上における配列状態,細胞の由来,脉間部における厚さの比率などによりつぎの8型に分けられた(第1表);第I型上面表皮の各脉間部に位し,表皮および葉肉組織に由来した細胞よりなる。第II型第I型とほぼ同様,但し機動細胞の内側に小維管束が発達する。第III型主脉直上部に1条をなす,表皮および葉肉組織に由来した細胞よりなる。第IV型主脉の両側上面にのみ分布,数個の表皮細胞により形成される。第V型上面表皮より由来,各脉間部に分布し,この部分は強く陥凹する。第VI型第V型とほぼ同様,但し脉間部の陥凹は彼ほど深くない。第VII型第V・VI型とほぼ同様,但し脉間部は平坦かかすかに凹む程度。第VIII型上面表皮に由来した細胞が,脉間部および細脈上にわたつて帯状になる。2)各型の機動細胞と乾湿に伴う葉身の開閉運動の難易を検した。それによると,第I・II型では敏速に巻曲または展開,第III・IV型も敏速に折りたたみまたは展開運動を行つた。第VIII型はほとんど反応なく,第V・VI・VII型では,速かに巻曲するものあるいはほとんど巻曲しないものなど反応の程度が区々であり,それらと機動細胞の大きさ,発達の程度,脈部の陥凹の程度などとはほとんど関係がなかつた。3)禾草の葉身の乾湿に伴う開閉運動は,機動細胞のみならず,葉全体の組織構造,さらに機動細胞およびその周辺の組織細胞の生理的特性が,重大な関係をもつものと見られる。
著者
山口 貴大
出版者
日本植物形態学会
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.79-85, 2009 (Released:2011-12-26)
参考文献数
23

被子植物の葉は,一般に向背軸の極性を持ち,光受容に適した平たい構造をしめす.一方,単子葉植物では,単面葉という,葉身が背軸面だけで構成される葉を持つ植物が多く見られる.この単面葉は,単子葉植物における葉の極性制御機構を解明するための独自の発生学的研究材料となりうるとともに,繰り返し進化や収斂進化といった,生物進化の過程で広く見られる現象の機構を明らかにするための,優れた進化学的研究材料にもなりうる.私は単面葉の発生進化機構の研究モデルとして,葉の形態が多様で,分子遺伝学的研究に適しているイグサ属植物に着目し,独自の分子遺伝学的研究基盤を整備するとともに,その発生進化機構に関し,新規な知見を得つつある.本稿では,被子植物における葉の向背軸の極性制御機構に関する最新の知見を概説するとともに,単面葉の発生進化機構に関する研究の進展状況,そして今後の研究の展望および可能性を議論したい.
著者
浦中 康子 南 智行 北島 龍太 勝俣 康史 益田 宗孝
出版者
日本臨床外科学会
雑誌
日本臨床外科学会雑誌 (ISSN:13452843)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.303-306, 2016
被引用文献数
2

今回われわれは,術前心肺停止を発症した冠動脈瘤破裂の1手術例を経験したので報告する.症例は47歳,女性.タクシー乗車中に意識消失し,救急搬送となった.救急車内で意識回復,当院救命センターを受診したが診察時に心肺停止となった.心臓超音波検査にて心タンポナーデを認め直ちに心嚢ドレナージを施行,自己心拍再開を得た.脳低温療法を施行後精査にて,右冠動脈領域に最大径5mmおよび左冠動脈領域に最大径8mmの冠動脈瘤を認め,両側冠動脈肺動脈瘻を形成していた.心肺停止の原因は冠動脈瘤の破裂と判断,人工心肺下に瘤切除,冠動脈肺動脈瘻閉鎖術を施行した.術中小さな冠動脈瘤の同定にICG navigation system (photodynamic Eye<SUP>&reg;</SUP>)が有用であった.術後12日目に軽快退院した.