著者
伊藤 伸泰
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.67, no.7, pp.478-487, 2012
参考文献数
61

物理学が無限大の代名詞として扱ってきたアボガドロ数に,計算機の発達により手が届きはじめている.1秒間に1京演算以上を実行するという10PFLOPS以上の性能を持つ計算機によってである.こうした「アボガドロ級」計算機を活用すれば,ナノスケールからマクロスケールまでをこれまで以上にしっかりとつなぐことができると期待される.比較的簡単な分子模型を多数集めた系の計算機シミュレーションによる研究の結果,熱平衡状態および線形非平衡現象の実現と解析は軌道にのり,さらに1,000^3個程度の系を念頭に非線形非平衡現象へと進んでいる.非線形非平衡状態を解明し飼い慣らした次に期待されているのは,生物のような自律的に機能するシステムをナノスケールの計算で得られた知見に基づいて解明し自在に作り出す技術を確立することである.そのためにはアボガドロ級の計算機で実現する10,000^3個程度の系のシミュレーションが強力な手段となる.この可能性を検討する「アボガドロ数への挑戦」が,現在,進行中である.
著者
橋本 朋宏 横井 輝夫 原口 枝里子
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.H4P2369-H4P2369, 2010

【目的】わが国には約200万人の認知症者が暮らし、家庭内で虐待を受けている高齢者の内、認知症者が8割近くを占めている。虐待を防止し、QOLを高めるためには、不可解と思われる認知症者の言動の意味を理解し、共感することが不可欠である。認知症とは、一度獲得された記憶や判断などの認知機能が減退し、そのことによって生活が営めなくなった状態と定義される。しかし、認知症は、単に記憶障害や見当識障害といった知的道具障害の寄せ集めではなく、これらの知的道具を統括する知的主体が侵されている状態である(小澤 勲)。そこで認知症者の言動を理解するために筆者らは、知的道具を統括する自己認識能に着目し、認知と情動の相互発達モデルとして信頼性が高いルイスのモデルと発達心理学の重要な知見である「心の理論」を評価するパーナーらの「誤った信念」課題を用いて、「心の理論」「自己評価」「自己意識」から構成された"自己認識能からみた認知症者の不可解な言動を解釈するモデル"を作成した。「心の理論」とは、自己や他者の行動の背景にある直接観察できない心の状態(意図・思考・欲求・情動など)を推定する能力のことであり、パーナーらの「誤った信念」課題をわかりやすくした4枚の絵カードを用いて評価する。「自己評価」とは、自己が生きる社会のルールや基準に照らし自己の言動が良いのか悪いのかを評価する能力であり、それらの能力を確認できる4組の絵カードを用いて評価する。「自己意識」とは、自己に対し注視し、他者と自己を区別する能力であり、各人の実態を指し示すシンボルである本人の名前(梶田叡一)、他者の名前、および「あー」という無意味な音を対象者の後方から発し、返事または振り向きの有無で評価する。本研究では、このモデルを用いて、生命やQOLの基盤であり、ADLの内、最後に残る食事機能について分析した。【方法】対象は某特別養護老人ホームに入所している認知症者で、Clinical Dementia Rating(CDR)で軽度・中等度・重度であった28名(平均年齢86.4歳、男性2名、女性26名)。自己認識能の評価は、筆者2名で対象者の注意力の持続や難聴の程度を考慮して静かな場所で行い、対象者を「心の理論」「自己評価」「自己意識」の有無で区分された4段階に分類した。食事評価は、同じ筆者2名が五日間にわたり昼食と夕食での食事場面を観察し、一回の食事に1名ないし同じテーブルの2名の対象者の言動を書き留めた。CDRの評価は、ケアワーカーの責任者が行った。分析は、「心の理論」「自己評価」「自己意識」の有無で区分された4段階それぞれの食事場面の特徴を整理し、筆者らのモデルに基づいて解釈した。尚、拒絶した1名は対象から除き、1名のみの「心の理論」課題通過者は、分析対象から除いた。 【説明と同意】施設長に研究プロトコルを提出し、書面にて同意を得た。対象者には口頭で説明し、拒絶反応がみられた場合は中止した。【結果】それぞれの段階の特徴を示した。1.「心の理論」課題は未通過で「自己評価」課題を通過した対象者9名 CDR:中等度~重度 「もうあんぽんたんやから」など自己を卑下する言葉がよく聞かれた。こぼれたものは箸やスプーンで拾い、食べようとはしなかった。また、こぼれているものを手に持った皿で受け止めようとする者もいた。食欲がない者では、食事に手をつけようとしなかった。2.「自己評価」課題は未通過で「自己意識」課題を通過した対象者6名 CDR:重度 こぼしていることにあまり注意をむけなかった。こぼれたものを手づかみで食べ、皿をなめる者もいた。また、顎などについたご飯粒をとろうとはしなった。3.「自己意識」課題未通過の対象者12名 CDR:重度 こぼしていることに全く注意をむけなかった。三分の一から半数の者が、スプーンが口元に運ばれるが口を開けず、口の中のものを飲み込まずに溜め、おしぼりやエプロンを口に入れてもぐもぐしていた。【考察】「自己評価」課題通過者では、自己の知の低下を認識しているように、食事場面においても自己の状況である自己が食べている場面や自己の食欲を認識していた。「自己評価課題」未通過者では、自己の状況への認識が薄れ、食べ物をこぼしていることにも注意をむけなかった。そして、自己の行動を社会のルールに照らし評価できなくなり、他者の目を気にせず、こぼれたものを手づかみで食べ、皿をなめる行動がみられた。「自己意識」課題未通過者では、食べ物が口の中にある自己の状況を認識できず、長時間口の中に溜め、おしぼりを口に入れるなど行動に目的性が失われていった。【理学療法学研究としての意義】不可解だと思っていた認知症者の食事場面での言動を解釈できることで、彼らに共感できるようになる。そして食事場面での共感を通して、生活全般への共感に発展し、その結果として、認知症者のQOLが高くなることが期待できる。
著者
川久保 悦子 内田 陽子 小泉 美佐子
出版者
The Kitakanto Medical Society
雑誌
北関東医学 (ISSN:13432826)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.499-508, 2011
被引用文献数
1

<B>【目 的】</B> 認知症高齢者に対して「絵画療法プラン」を作成, 実践し, (1) 絵画療法が認知症高齢者にもたらす効果, (2) 認知症高齢者の作品の特徴, (3) 肯定的反応および否定的反応を示した絵画療法の画題, (4) 絵画療法を効果的に進めるための介入方法を明らかにした. <B>【対象・方法】</B> 対象者は, 認知症をもつ年齢65歳以上の高齢者で, 認知症グループホームHを利用し, 調査協力を得た5名である. 3か月間に, 週1回, 60分程度の「絵画療法プラン」を計12回介入した. 評価は内田<sup>1</sup>の認知症ケアのアウトカム評価票, BEHAVE-ADを使用し, 各回の絵画作品の評価も行った. また対象者の反応をカテゴリー分類した. <B>【結 果】</B> 対象者5名すべて女性であり, 年齢は86±5.9歳 (平均±SD), 全員がアルツハイマー病であった. (1) 絵画療法が認知症高齢者にもたらす効果は「周辺症状」,「介護ストレス・疲労の様子」,「趣味・生きがいの実現」,「役割発揮の有無」の改善と,「制作への自主性」や「他人の作品を褒める」などの肯定的な行動や言動をもたらした. (2) 作品は色あざやかで抽象度が高く大胆な構図で, 単純化などの特徴がみられた. (3) 認知症高齢者に肯定的な反応であった画題は「色彩が原色で彩度が高く, 工程が単純, 写実ではなく自由表現をいかした画題」「昔使っていた材料を使った画題」「生活の中で役に立ち, 手芸を取り入れた画題」「色や素材を選択できる画題」であった. (4) 絵画療法には肯定的な言動の反面「できない」という, 相反する感情もあった. <B>【結 語】</B> 絵画療法は, 認知症高齢者の精神活動によい効果をもたらすが, ケア提供者が絵画療法プランを取り入れることで, 認知症高齢者のいきいきとした反応や言動を発見することができる. 介入により新たに発見したことをアセスメントし, 認知症高齢者ができることを促すようなケアを行うことが求められる. 落ち着いた環境を整え, 画題と介入方法を考慮する必要がある.
出版者
日経BP社
雑誌
日経情報ストラテジ- (ISSN:09175342)
巻号頁・発行日
vol.14, no.12, pp.228-231, 2006-01

団塊世代の定年を見据えて様々な企業がシニアマーケットの開拓に乗り出すなか、ニッコウトラベルはその一回り上の世代まで顧客に取り込み、成長を続けている。企画する海外旅行の顧客平均年齢は何と71歳。2006年3月期の売上高は前年度比6%増の50億500万円、経常利益は同32%増の4億円を見込む。 高齢者を対象にしたサービスや製品の市場は有望だ。
著者
阿佐 宏一郎 小田 浩一
出版者
The Illuminating Engineering Institute of Japan
雑誌
照明学会誌 (ISSN:00192341)
巻号頁・発行日
vol.94, no.5, pp.283-288, 2010-05-01
被引用文献数
1

The estimation of optimal print size for reading is often essential in clinical treatment and/or universal design; however, it is not known how to calculate the proper letter size for reading with maximum efficiency. Psychophysics studies have revealed psychometric functions of reading that exhibit a hill-like shape with a plateau of maximum speed and a downfall beyond Critical Print Size (CPS). To control the magnification rate of visual aids for patients with visual impairments, CPS that can indicate the boundary of maximum efficiency is now becoming a noteworthy index to determine optimal letter size. In addition to reading, word searching is also an important task for our living. However, the CPS of word search tasks has not been examined yet. We estimated the CPS of word search from the results of two experiments focused on searching for words in Chinese characters and Japanese alphabet (Katakana: square forms) in Japanese. The functions of the searching tasks showed a hill-like shape almost identical to the reading tasks but with elevated speed, and the CPS were stable around 0 logMAR in both the reading and the searching tasks. Hence, CPS is unsusceptible to tasks and can function as a robust marker for the smallest print size with maximum speed. This finding indicates that CPS is the threshold of proficiency (maximum/reduced) beyond the threshold of vision (visible/invisible). CPS can be a meaningful index to achieve the appropriate control of print size and subsequently help people with visual problems.
著者
石川 千穂
出版者
The Kantoh Sociological Society
雑誌
年報社会学論集 (ISSN:09194363)
巻号頁・発行日
vol.2014, no.27, pp.13-24, 2014

Symbolically expressed by the concept of flat culture, it has been a long time since the distinction between high culture/popular culture and the definition of youth culture or the youth themselves became blurred. This paper traces the process of identity formation of rock culture and "the youth" as rock listeners in Japan by clarifying the transition in narratives tracing a distinction between the inner and the outer in each Japanese rock magazine. By so doing, the paper demonstrates that the difficulty counter cultures face today is mainly derived from the difficulty in imagining the mass of the population as a unified community.
著者
田中 聡子
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷大学社会学部紀要 (ISSN:0919116X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.35-94, 2009-11-30

住宅問題が包括的な社会政策として取り扱われないのは、戦後、住宅問題、住宅政策が社会政策から次第に経済政策的な展開を余儀なくされたからである。人が住居を持つということは、家族や近隣、地域とのつながりの中で暮らすということである。適切な居住空間と人間どうしのつながりが可能となる住環境の保障が必要である。その背景には住宅問題が密接に関わってくる。住宅の保障や居住環境の保障が貧困状態に陥ることを予防し、市民社会で生活する基盤を整えるための重要な政策であると考える。戦後、住宅政策が特に経済政策的色彩を強めたのは臨調・行革を一つの契機としている。それ以降、住宅政策は内需拡大策の一環としてニュータウン建設や戸建て建設の推進によって「持ち家」主義をさらに推しすすめた。また、公的介入の縮小と市場化に委ねた政策によって市場の活性化を進めたことが結果として、住宅の階層性を深刻にしていった。日本のこれら、住宅政策の動向を臨調・行革を中心に論じる。
著者
岡根 好彦
出版者
慶應義塾大学大学院法学研究科
雑誌
法学政治学論究 : 法律・政治・社会 (ISSN:0916278X)
巻号頁・発行日
no.95, pp.101-134, 2012

一 はじめに二 論評ないし意見の表明による名誉毀損表現に対する日本での扱い (一) 「公正な論評」の法理の採用 (二) 「ロス疑惑」事件報道に関する最高裁判決 1 事実の概要 2 「公正な論評」の法理に関する立場の継続と「相当の理由」の採用 3 「事実」と「意見」の識別 (三) 「裸の意見言明」三 論評ないし意見の表明による名誉毀損表現に対するアメリカでの扱い (一) 意見特権論の登場 1 Gertz v. Robert Welch Inc. 判決 2 第二次リステイトメント五六六条 3 Old Dominion Branch No. 496, National Association of Letter Carriers v. Austin 判決 (二) Ollman v. Evans 連邦控訴裁判決 1 事実の概要 2 判旨 (三) Milkovich v. Lorain Journal Co. 判決 1 事実の概要 2 判旨 3 本判決の影響四 分析と検討 (一) 論評ないし意見の表明による名誉毀損表現に関する従来の法理の分析と比較 1 日本 2 アメリカ合衆国 3 両国の比較 (1) 類似点 (2) 相違点 (二) 表現媒体による、識別判断の変動可能性について五 まとめ
著者
コーテ トラヴィス 大金 エセル ミリナー ブレット マクブライト ポール 今井 光子
雑誌
玉川大学観光学部紀要
巻号頁・発行日
vol.2013, no.1, pp.43-53, 2014-03-31

2013年,玉川大学では,観光学部が設立され,同時に全学的なELFプログラムが開始された。本稿では,ELFプログラムの概要,チューター制度,TOEIC IPスコアから見る観光学部生の状況について述べる。また,観光学部が,独自のカリキュラムの中でELFプログラムを如何に組み込んでいるかについても言及する。考察の結果,当学部生は,ELFプログラムに対して肯定的な反応を示しており,英語学習への熱意も持ち合わせているようである。2013年春学期のTOEIC IPの結果によると,当学部の平均スコアは他学部に比べると良い結果であった。また,更なる分析により,海外研修のためのTOEIC目標スコア500という要素が,英語力向上に寄与しているということが明らかになった。また,チューター制度も重要であると感じ,活用しているという状況であった。しかしながら,自立的に学習させていくためには,より具体的な自立学習への指導が必要であると言える。
著者
櫻川 昌哉 後藤 尚久
出版者
慶應義塾経済学会
雑誌
三田学会雑誌 (ISSN:00266760)
巻号頁・発行日
vol.98, no.3, pp.431(55)-453(77), 2005-10

論説この論文では, 資本規制に強く規制された銀行が, 所定の資本比率を達成するために, 不良融資を追い貸しで存続させるメカニズムを分析する。銀行への経営統治が弱体であり, 政府が会計操作を許容するとき, 経営者に不良融資を存続するインセンティブが生じることが示される。後半では, 追い貸しの検証をこころみる。90年代以降, 地価下落が進むにつれて, 建設・不動産・金融への融資を増加させるという検証結果が見出され, 追い貸しがあった形跡を示唆している。This paper analyzes the mechanism compelling banks that are heavily regulated by capital requirements to continue forbearance lending for bad loans to achieve a designated capital ratio. It indicates that when the corporate governance of banks is weak and the governments allowed for window dressing, incentives emerge for managers to continue forbearance lending for bad loans. In the letter half, we verify forbearance lending. Empirical results reveal that as land prices declined since the 1990s, loans for construction, real estate, and finance increased, suggesting evidence of forbearance lending.
著者
小山 政史 Koyama Masashi
出版者
福井工業大学
雑誌
福井工業大学研究紀要 Memoirs of Fukui University of Technology (ISSN:18844456)
巻号頁・発行日
no.45, pp.343-351, 2015

In February, 2015, the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (MEXT) of Japan gave some universities a request for improving their educational content. The verb BE is often picked up as inappropriate content taught in university. However, to acquire how to use the verb BE correctly is difficult for Japanese learners of English, so this paper shows some causes which make it difficult for Japanese learners to use the verb BE correctly, and then shows a new method for Japanese learners to acquire the usage of the verb BE.
著者
伊藤 光雄
出版者
島根大学
雑誌
経済科学論集 (ISSN:03877310)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.39-61, 1997-03-31

はじめに13; アメリカの銀行業は、金融自由化の過程で1980年代を通じて大きな構造変化を遂げるとともに、銀行経営においては商用不動産融資をはじめとするハイリスク・ハイリターン部面への融資に傾倒し、1989年、1990年の「金融不況」において多大な不良債権を発生させ著しい苦境に陥った1)。しかし、1991年以降のァメリカ経済の復調とそれに続く好景気を背景に、米銀は不良資産の整理といわゆる「リストラクチャリング」を断行して復活を遂げ、以後新たな段階の本稿は、この米銀の復活過程を、米銀の収益動向ならびに資産負債構成の変化を分析することで、その内実を明らかにすることを課題としている。