著者
五百籏頭 真 品田 裕 久米 郁男 伊藤 光利 中西 寛 福永 文夫
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

本研究は、宏池会(自民党池田派の系譜)に関する資料収集・インタビューを行い基礎資料を整備すると共に、分担者による研究、報告および議論、論文の執筆を行ってきた。1 資料収集およびインタビュー 宏池会研究の基礎的データの最終的な整理完成が本年度の第1の成果である。宏池会所属議員の役職、経歴、選挙などのデータを収集し、利用可能な形にデータベース化した。このデータに基づき、宏池会という派閥がいかなる特性を持つものかが分析された。また、前年度までに収集された宏池会機関誌「進路」の記事データを整理し解題を行った。また宏池会を解明するためのインタビューを行った。本研究代表である五百籏頭教授は、宮沢喜一元総理に対するインタビューに加えて、非宏池会政治家である中曽根康弘、橋本龍太郎両元総理などへのインタビューを行い、その結果を研究会でメンバーと共有することを行った。また、伊藤昌哉氏、神谷克己氏、桑田弘一郎氏、田勢康弘氏、松崎哲久氏、長富祐一郎氏、畠山元氏、森田一氏らを研究会に招いて聞き取りを行った。また中村隆英先生からは経済史に関し貴重なお話しをいただいた。2 研究報告 分担者である品田、福永が、宏池会系政治家の特性を解明する分析を行った。そこでは、宏池会系議員の部会所属が池田時代以降徐々に変化してきたことが明らかにされた。村田は、宏池会系政治家から防衛庁長官が輩出しているという事態の政治的意味を分析した。中西、久米は、宏池会の経済政策の分析を行った。中西の分析は、池田内閣の政策的ブレーンであった下村治の経済思想を政治学的に分析するものである。久米は、池田内閣期と佐藤内閣期の経済財政政策の策定を実証的に検討し、アイデアの政治という観点から分析を行った。五百旗頭は、これらの分析をふまえつつ、宏池会という政策色の強い派閥が戦後日本にとっていかなる意味を持ったのかを考察した。3 成果発表 以上の研究成果は、PHP出版から年内に研究書として公刊される予定である。
著者
伊藤 光二 原口 武士 玉那覇 正典 鈴木 花野 村田 武士
出版者
一般社団法人 日本生物物理学会
雑誌
生物物理 (ISSN:05824052)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.91-96, 2023 (Released:2023-05-25)
参考文献数
20

生物界最速ミオシンが淡水産藻類シャジクモに存在することが予見されていたが,その実体は不明であった.最近,私達はそのクローニングに成功し,さらに,最速のミオシンクラスであるミオシン11の高解像度結晶構造解析に世界で初めて成功し,最速ミオシンの秘密はアクチンとの結合領域にあることを明らかにした.
著者
伊藤 光 平松 哲夫
出版者
一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会
雑誌
日本プライマリ・ケア連合学会誌 (ISSN:21852928)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.79-85, 2017-06-20 (Released:2017-06-21)
参考文献数
13
被引用文献数
1

目的:睡眠障害の患者に対して,医師と薬剤師が協働でプロトコールに基づく薬物治療管理(Protocol-Based Pharmacotherapy Management:PBPM)を実施し,その効果と患者満足度を検証した.方法:不眠の訴えがあった患者21名に対し,医師の診察前に薬剤師が面談し情報収集を行い,プロトコールに基づき睡眠薬の必要性判断,処方提案や認知行動療法的アプローチなどを行った.介入3か月後に睡眠状況の変化をPSQI(Pittsburgh Sleep Quality Index),ISI(Insomnia Severity Inventory),ESS(Epworth Sleepiness Scale)で評価した.患者満足度の評価はCSQ-8J(日本語版Client Satisfaction Questionnaire8項目版)を用いた.結果:介入3カ月後の睡眠状況は,介入前PSQI:10.3±4.1,ISI:15.0±5.3,ESS:8.7±6.6に比して,介入後PSQI:7.2±2.7,ISI:8.3±4.3,ESS:6.2±5.5で,いずれも有意な改善を認めた.CSQ-8Jの平均スコアは25.5±3.1で高い満足度が得られた.重篤な有害事象の発現はなかった.結論:睡眠障害の患者に対するPBPMは,患者の不眠症状を改善させ患者満足度も高い.PBPMにより薬剤師が主体的に不眠治療に参画でき,患者個々の薬物療法の適正化に貢献できることが示唆された.
著者
岩村 誠 伊藤 光恭 村岡 洋一
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. ICSS, 情報通信システムセキュリティ (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.110, no.79, pp.19-24, 2010-06-10
被引用文献数
2

従来のアンパッキング手法に関する研究は,主にOEP(Original Entry Point)の特定に焦点を当てており,抽出すべきプログラムコード領域がどこからどこまでの範囲なのかについては,特に言及されてこなかった.本稿では,OEPを含む連続するコミット済みメモリ領域を抽出し,このバイト列における相対アドレス指定の分岐命令に着目することで,OEPを含むプログラムコード領域を識別する手法を提案する.これにより,マルウェアのプログラムコード領域全体を抽出できるだけでなく,他の動的リンクライブラリ等を抽出対象から取り除くことが可能となる.また,本提案手法における実験では,対象となるプログラムコード領域の前後に,他のプログラムコード領域を含むメモリイメージが接している場合にも,分岐区域数の期待値に着目することで,OEPを含むプログラムコード領域だけを識別できることを示した.
著者
伊藤 光平
出版者
一般社団法人 室内環境学会
雑誌
室内環境 (ISSN:18820395)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.29-42, 2023 (Released:2023-04-01)
参考文献数
96
被引用文献数
2

ヒトは用途に応じて複数の建造環境を使い分けながら1日の大半を建造環境内で過ごしている。近年,「建造環境の微生物叢 (MoBE)」の網羅的な解明が進んでいる。建造環境では,屋外環境などの一部やヒト自体が微生物の供給源となり多様な微生物が持ち込まれ,独自の微生物生態系が構築されている。その動態は,季節などの自然要因のみならず,換気,建材,設計手法などの人的要因によっても変化する。本論文では初めに,ヒト,環境,微生物における相互作用や関係によって生じるMoBEの構成要因を説明する。次に,建造環境における薬剤耐性菌の発生プロセスと感染症拡大につながるリスク要因を評価する。さらに,都市化に伴いヒトが多様な微生物に曝露する機会が減少することによって生じる免疫発達への影響など,MoBEが与えるヒトの健康への影響についても議論する。以上の通りMoBEの重要性が明らかになりつつある一方で, 複雑性の高いMoBEから一貫した特徴を検出するためには解決すべき課題が多くある。MoBEの複雑性が高いのは,微生物の発生源が無数に存在し,同時にヒトの活動,建築設計や屋外の土地利用など多様なパラメータが存在するからである。さらに,MoBEを解明するための生物学的実験・解析手法にはいくつかの技術的な制限がある。MoBEを人為的に管理することで健康,快適性,生産性等を向上させるためには,さらなる研究が必要である。
著者
井口 洋夫 MUNRO I.H. UNDERHILL A. PHILLIPS D. SARRE P.J. ROBB M.A. DAY P. 丸山 有成 宇理須 恒雄 吉原 經太郎 斎藤 修二 中村 宏樹 伊藤 光男 DAY Peter R J.Donovan J P.Simons 平谷 篤也 阿波賀 邦夫 川嶋 良章 十倉 好紀 馬場 正昭 宮島 清一 長嶋 雲兵 M H.Palmer 藤平 正道 入江 正浩 P B.Davies A Carrington B J.Howard J M.Brown R N.Dixon 吉野 勝美 川口 健太郎 遠藤 泰樹 小尾 欣一 高見 道生 廣田 榮治 福井 一俊 MUNRO I. MEECH S.R. STACE A.J. SIMONS J.P. DONOVAN R.J. 岡田 正 川崎 昌博 加藤 肇 西 信之
出版者
岡崎国立共同研究機構
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1991

分子計算化学に関する5+5ミーティング、放射光利用化学に関する5+5ミーティング及び分子科学5分野合同のミーティングをそれぞれ、岡崎の分子科学研究所、英国ダ-ズベリ-研究所及び英国アビントンのSERC会議所において下記の通り開催した。学術研究上の情報交換・討議が大変有意義な中に実施され、将来計画についても忌憚のない意見交換が行われた。詳細は別途冊子にまとめられる。(1)分子計算化学5+5ミーティング平成5年7月15日-17日に分子科学研究所に於て日英5+5ミーティングが行れた。イギリス側の参加者はDr.B.Sutcliffe(Univ.York),Prof.M.Robb(Kings Colledge),Dr.H.Rzepa(Imperial Colledge),Dr.D.Wales(Cambridge Univ.)とProf.J.Connor(Univ of Manchester)の5名であり、日本側は中村宏樹、大峰巌(分子研)、平尾公彦(名大、東大)、岩田末廣(慶応)、加藤重樹(京大)、山下晃一(基礎化研)の6名であった。英国における計算分子科学の現状、非断熱遷移と多次元トンネル、光異性化反応、水素結合多様性、クラスターの光解離、クラスターの構造、光解離反応、量子波束動力学、溶液のダイナミックス、反応における共鳴現象等々広範囲に亘る有益な討論が行われた。最後に、共同研究実施の問題点、将来への改良点を検討した。若手研究者の交流を深める事、出来れば1996年英国で会合を開く事で合意した。(2)放射光利用化学5+5ミーティング平成5年10月21-22日英国ダ-ズベリ-研において同分野のミーティングを開催した。出席者は日本側から伊藤光男分子研所長、井口洋夫岡崎機構機構長、宇理須恒雄、小杉信博、鎌田雅夫、見附孝一朗、西尾光弘(分子研)及び岩田末廣(慶大)の8名、英国側はA.J.Leadbetterダ-ズベリ-研所長、Munro、West、Hasnain、Jones、Eastham(ダ-ズベリ-)、Comer(マンチェスター)及びWeightman(リバプール大)の8名であった。会議はダ-ズベリ-研の研究プログラムの紹介、分子研SORにおける日英交流の成果報告にはじまり、13件の学術報告がなされた。原子分子の高励起状態、タンパク質分子、固体電子状態、反応素過程、固体表面反応、電励起電子状態理論及び有機材料の光電子分光などについて有益な討議が行われた。最後に、原子分子、固体表面、光表面反応等に関する将来の共同研究の可能性及び1995年に次回ミーティングを開催する可能性について議論した。(3)5分野合同ミーティング平成5年10月17日-20日、英国アビントンのSERC会議所において、5分野合同のミーティングを開催し、学問的議論を行うと共に、今後の日英協力のあり方について討議を行った。学問的討議内容及びその他の詳細については別途に作成される冊子にまとめられる。将来計画等についての議論の概要は次の通りである。(1)英国側科学行政一般についての説明(2)日英協力事業の日本側での運用方法についての説明(3)他機関・財団等に関する情報交換(4)本事業の将来計画について今迄の本協力事業の実績をお互いに振り返り、将来計画を討議した。少ない予算の中でも、大変有意義に進められてきた事を確認しあった。特に、5+5ミーティングは両国間の研究活動情報の交換と共同研究育成の為に大変有益に作用している。今後は、若手研究者の相互長期滞在による共同研究の奨励を一層推進していくべきであるという点で合意した。これには上記(3)の活用が不可欠となろう。来年度以後の具体的計画についても話し合い、その大筋を認めあった。各分野のキーパーソン同志の連絡を一層緊密にする事とした。因みに、平成6年度には、高分解能分光のミーティングを英国で、電子構造のミーティングを日本で開催し、予算の許す範囲で日本人若手研究者を3〜4名派遣する事とした。
著者
藤田 晴久 福島 紘司 桜井 敏晴 福間 真理子 瀬戸 淑子 藤田 知信 伊藤 光一 篠原 紀夫 由本 靖 石原 俊信
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
日本化学会誌(化学と工業化学) (ISSN:03694577)
巻号頁・発行日
vol.1990, no.5, pp.566-574, 1990-05-10 (Released:2011-05-30)
参考文献数
10

有機ケイ素化合物の抗腫瘍活性を培養細胞系と実験動物移植腫瘍系を用いて検討した。50種類の化合物には培養細胞系においてEhrlichがん,肉腫-180.Lewis肺がんおよびB-16メラノーマに対して細胞増殖抑制効果を示す化合物が認められ,また,マウス移植腫瘍系においても上記の各固形腫瘍に対して経口投与によって有効な抗腫瘍活性を現わす化合物が見いだされた.中でも2-(2-Trimethylsilylethy1)thiaethylamine(SDK-12A)は最も強い活性を示し,その効果は抗がん剤5-FUのそれに匹敵するものであった。さらに,SDK-12AはLewis肺がんの転移を有意に抑制し.遅延型免疫機能賦活化作用も認められた。またSDK-12Aは実験動物において毒性面では安全性の高い化合物であった。これらの結果は,SDK-12Aが多面的作用を持った特異な化合物であり,抗がん剤開発の研究領域からみて興味ある物質である。
著者
伊藤 光成
出版者
東洋文庫
雑誌
東洋学報 = The Toyo Gakuho (ISSN:03869067)
巻号頁・発行日
vol.102, no.3, pp.1-29, 2020-12-17

The Cao Wei 曹魏 Dynasty was a polity that faced a contradiction between its standing as a bona-fide Chinese dynasty and the reality of the Three Dynasties Period triumvirate. This article examines the idea of an international order envisioned by the Dynasty’s founder Emperor Wen 文帝 (Cao Pi 曹丕) and the background to its conceptualization. To begin with, throughout the Later Han Period the relationship between that Dynasty and the peoples on its periphery had changed. In the north, the decline of the Xiongnu 匈奴 saw the rise of the Wuwan 烏丸 and the Xianbei 鮮卑; in the east, there was the establishment of tributary relations with the “Eastern barbarians” (Dongyi 東夷); and in the west, there was a rupture in relations with the kingdoms of the West (Xiyu 西域). Under such circumstances, newly enthroned Emperor Wen decided to follow the precedents set by the diplomacy practiced by an idealized Han Dynasty, focusing on the eras when that Dynasty was most influential in each of the three peripheral regions. Accordingly, in the north, an equestrian nomadic hierarchical order was established placing the emirs of the Wuwan and Xianbei under the Chanyu 單于 of the Xiongnu, as during the reign of Later Han Emperor Shun 順帝; in the east, a system of receiving tribute was set up by giving special treatment to the Gongsun 公孫 Clan regime in Liaodong, which exerted strong influence on such “Eastern barbarian” tribes as the Fuyu 夫餘, in the tradition of Later Han Emperor Guangwu 光武帝; and in the west, Former Han Emperor Yuan’s 元帝 Wuji Xiaowei 戊己校尉 military order was reinstituted and Han Dynasty accomplishments in the region compiled, together with efforts to stabilize relations with the region through special treatment of the oasis city state of Jushi Houbuguo 車師後部國, which had caused the original break with the region during the Xin and Later Han Periods. It was in this way that Emperor Wen devoted himself to inheriting the “Han Dynasty international order,” although his policies were often at odds with reality. Consequently, it is difficult to conclude that such diplomacy functioned effectively in the midst of uncertainty on all sides of the periphery. That being said, even if not fully in sync with the realities of the situation, there is no doubt that Emperor Wen attempted to gain legitimacy and authority for his Dynasty by assuming a posture of being the successor to the powerful Han Dynasty.
著者
赤羽 義章 伊藤 光史
出版者
日本味と匂学会
雑誌
日本味と匂学会誌 (ISSN:13404806)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.117-128, 2007-08

日本海側の広い地域に種々の水産発酵食品が存在しているが、福井県の沿岸や周辺の内陸部ではマサバのへしこやなれずしが伝統的に作られてきた。へしこはマサバを塩漬にした後、これを米糠と合わせて漬け込み、6ヶ月以上発酵させて作る。この地方のなれずしには2種類あり、塩出ししたへしこを原料に用いるものと、生マサバを原料に用いるものがある。後者は、マサバを塩漬けした後、米飯と合わせて、夏期を経て4ヶ月以上発酵させて作る。近年、これらの発酵食品の生産量は増加の傾向にある。へしことなれずしとは製造法が違うだけでなく、呈味の点でもかなり大きく異なる。なれずしは比較的低塩分であり、へしこはかなり高塩分で作られる食品であるが、へしこを多く消費するこれらの地域に高血圧その他の健康障害が多いという報告はない。これらの発酵食品が長年存在してきた背景には、なんらかの食品機能が関係しているのではないかと考えた。生マサバを用いてへしこと後者タイプのなれずしを調製し、一般成分やエキス成分などの変化を調べた。その結果、製品中に多量の遊離アミノ酸や有機酸などの呈味成分に加えて、ペプチドが多量に蓄積することが分かったので、これら食品のエキスを高血圧自然発症ラット(SHR)に投与し、血圧に対する影響についても検討した。
著者
伊藤 光弘
巻号頁・発行日
2012

科学研究費助成事業(科学研究費補助金)研究成果報告書:若手研究(C)2009-2011
著者
伊藤 光利 (2006) 五百旗頭 真 (2005) VICTOR KUZMINKOV
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

研究の第2部を構成するソ連解体後,エリツィンとプーチン時代の日ロ関係について研究を行った。まず,特徴なのは,ソ連時代と異なって新生ロシアと日本には,民主主義と市場経済の原理を信頼するという共通の価値観ができたことである。ソ連の解体とともに戦後に形成された二極支配の国際体系が崩壊し,日ソ間に存在したイデオロギーと体制上の対立がなくなった。第二に,1992年に登場したビル・クリントン政権はこれまでロシアに対して消極的であったブッシュ政権とは異なったロシアにおける民主化を積極的に指示することにした。また同盟国の日本の対ロシア政策の変化を求めた。第三に,国際情勢が変化するなかで,エリツィン・橋本の間で日ロは幅広い協力関係への転換を試みた。ロシアの政策が欧米との協調だけではなく,プリマコフ外相の下でアジアとの協力をも求める政策へと転換した。これを受けて日本はロシアに対する政経不可分の原則に基づいた「拡大均衡」政策から,更なる幅広い関係の発展を目指す「重層的アプローチ」の政策へと進んだ。日本政府は,アジア太平洋地域における安全保障のために,強いロシアの必要性を認めた上で,ロシアをG8の正式メンバーとして歓迎した。そしてエリツィンと橋本の両首脳の間に信頼関係が築かれ,それを基礎として,両首脳はクラスノヤルスクと川奈の非公式会談において画期的な合意を達成し,日ロ関係を新たな協力関係の段階に乗せた。しかし,二人のリーダシップによって築かれた日ロ関係はリーダの退場によってモメンタムを失い足踏みすることになった。日ロ両国を分断する国際構造は消えたが,両国共通の関心と利益を築くことは容易ではなかった。
著者
伊藤 光洋 伊藤 良剛 吉川 秋利 大竹 正一郎
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会学術総会抄録集 第58回日本農村医学会学術総会 (ISSN:18801749)
巻号頁・発行日
pp.249, 2009 (Released:2010-03-19)

〈緒言〉整形外科の手術の際にC アーム型の外科用透視 装置が広く使用されているが,当院では2009年4月に本邦 初となる最新のO-arm を導入した。従来のC アームと同 様に透視が可能であるが,3D 画像を作成する際の収集 角度は,従来のC アームでは190°であるのに対し,O-arm では360°である。この収集角度の差によって,3D 画像 の精度,画質の向上が期待されている。今回はこの最新の 装置を使用した手術におけるスタッフの術中の被曝線量を 測定したので報告する。 〈使用機器〉O-arm : BI―700―00020(メドトロニック 社),半導体式電子ポケット線量計:PDM―112(アロカ株 式会社),プロテクター:MSA―25/鉛当量:0.25mmPb (株式会社マエダ),X 線防護衝立:H―22HKF/鉛当 量:1.0mmPb(クラレトレーディング株式会社) 〈方法〉整形外科の術中にO-arm を使用した3症例で, スタッフの被曝線量を測定した。半導体式電子ポケット線 量計を,整形外科医のプロテクターの内側と外側,放射線 技師のプロテクターの内側と外側,麻酔科医の前に立てた X 線防護衝立の内側と外側に装着して測定した。 〈撮影条件〉3D 撮影:120kV,25~32mA,100~128mAs (初期設定値),透視:62~90kV,5.0~6.6mA(AEC), 撮影中心部位からの距離は整形外科医:1m,放射線技 師:2m,麻酔科医:2m とした。 〈結果〉被曝線量が高かったのは,症例1では整形外科医 のプロテクターの外側で27マイクロシーベルト,症例2で は麻酔科医のX 線防護衝立の外側で26マイクロシーベル ト,症例3では整形外科医のプロテクターの外側で14マイ クロシーベルトであった。 〈考察〉O-arm の使用頻度を月8回として計算すると, 年間の整形外科医の被曝線量は0.027×8×12=約2.6ミリ シーベルトとなる。許容される年間の職業被曝線量である 50ミリシーベルトの5.2%と低い値であった。