- 著者
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合田 明生
佐々木 嘉光
本田 憲胤
大城 昌平
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.48101989, 2013 (Released:2013-06-20)
【はじめに、目的】近年,運動が認知機能を改善,または低下を予防する効果が報告されている.運動による認知機能への効果を媒介する因子として,脳由来神経栄養因子(Brain-derived Neurotrophic Factor;BDNF)が注目されている.BDNF は神経細胞の分化,成熟,生存の維持を促進する.またBDNFは神経細胞内に貯蔵されており,中枢神経系の神経活動によって神経細胞から刺激依存性に分泌される.さらに血液-脳関門を双方向性に通過可能なため,中枢神経のみではなく末梢血液中にも存在している.運動時のBDNF反応を観察した先行研究から,中強度以上の有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加することが示唆されている.一方で,これらの先行研究は欧米人を対象としたものが多く,日本人を対象とした研究は見つからなかった.そこで本研究では,日本人において中強度有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加すると仮説を立て検証を行った.その結果から,運動による認知症予防のエビデンス構築の一助とすることを目的とする.【方法】健常成人男性40 名(年齢 24.1 ± 2.8 歳; 身長 170.6 ± 6.7cm; 体重 64.8 ± 9.4kg)を対象にした.本研究は,運動負荷試験と本実験からなり,48 時間以上の期間を空けて実施した.運動様式は,運動負荷試験・本実験ともに,自転車エルゴメータを用いた運動負荷(60 回転/分)とした.運動負荷試験では,最高酸素摂取量を測定した.本実験では,30 分間の中強度運動介入を行い,運動前後で採血を実施した.採血は医師によって実施された.採取した血液検体は,血清に分離した後,解析まで-20°で保管した.血液検体の解析は検査機関に委託し,酵素結合免疫吸着法検を用いてBDNF量の測定を行った.以上の結果から,中強度有酸素運動によって末梢血液中のBDNFが増加するのかを検討した.正規性の検定にはShapiro wilk検定を用いた.BDNFの運動前後の比較には,対応のあるt検定を用いた.危険率5%未満を有意水準とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究の実施にあたり,聖隷クリストファー大学倫理審査委員会及び近畿大学医学部倫理委員会の承認を得た.また対象者には研究の趣旨を口頭と文章で説明し,書面にて同意を得た.【結果】中強度の有酸素運動介入によって,40 人中22 名で運動前に比べて運動後に血清BDNFが増加した.しかし,運動前後のBDNF量に有意な差は認められなかった(p=.21).【考察】運動介入によって末梢血液中のBDNFが増加することは,欧米人を対象とした多くの先行研究で報告されている.健常成人における有酸素運動介入による末梢血液中のBDNFの急性反応を調査した文献は13 本確認され,運動後にBDNFが増加した研究は8 本であり,不変または減少した研究は5 本であった.本研究と同様に,運動後に有意なBDNF 増加が認められなかった先行研究では,急速な中枢神経系への輸送が生じたため,運動後の採血でBDNFの増加が見られなかったのであろうと考察している.本研究では,動脈カテーテルを用いたリアルタイムの採血ではなく,静脈に穿刺して採血を行っている.そのため,被験者により運動終了から採血までの時間が数分程度差異があり,この間の末梢血液中BDNFの脳内取り込みが結果に影響している可能性がある.さらに,本研究で運動によりBDNF増加が生じなかった要因の1 つとして,一塩基多型(Val66Met)によるものも考えられる.これはBDNF遺伝子の196 番目の塩基がGからAに変化した多型のことで,これによってBDNF前駆体であるproBDNFの66 番目のアミノ酸がValからMetに変化する.Met 型の一塩基多型を持つ個体では,Val型に比べ,BDNFの活動依存性分泌が障害されることが報告されている.また日本人における一塩基多型(Val66Met)の保有率は,50.3%〜53.0%と欧米人に比べて高い値が報告されおり,このBDNF分泌を阻害する一塩基多型(Val66Met)の保有により,本研究対象者の運動によるBDNFの調節性分泌が減少していた可能性が考えられる.以上より,健常日本人男性におけるBDNFを増加させることを目的とした30 分間の中強度有酸素運動は,対象者によって適応の有無を検討する必要があることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から日本人の特性を考慮した認知機能に対する運動介入が必要であることが示唆される.今後需要が拡大すると予測される認知症予防の分野ではあるが,BDNF増加を目的とした運動介入を行う際には,対象者の適応を検討することでより効率的な介入効果が期待できると考えられる.