- 著者
-
田林 明
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
- 巻号頁・発行日
- vol.60, no.1, pp.41-65, 1987-06-30 (Released:2008-12-25)
- 参考文献数
- 87
- 被引用文献数
-
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この報告では,日本の灌概システムを用水源に基づき類型化し,それぞれの類型の実態と分布状態を説明した.さらに灌漑システムの特徴を明らかにするために,その形成過程を検討した. 日本の灌漑システムは,(1) 河川, (2) 溜池, (3) 湖沼, (4) 地下水, (5) 溪流,そして (6) その他の灌漑システムに分類することができる.そのうち最も重要なものは河川灌漑システムであり,溜池灌漑システムはそれに次いでいる.日本列島の大半では河川灌漑システムが卓越しているが,特に東日本においてその傾向が強い.また,瀬戸内地方や近畿地方を中心にして溜池灌漑システムが優勢な地域が広がっている.さらに,より局地的であるが,関東平野では多様な灌漑システムが併存し,本州中部や四国,九州の山間部では溪流灌概システムが多くみられる。これらの地域差は1つには,降水量や地形などの自然条件の差異と対応するが,より本質的には社会的・経済的・文化的諸条件に規制されながら歴史的過程を経て形成されたものと考えることができよう.そこで日本の灌漑システムの形成過程を検討すると,弥生時代には天水や溪流を利用した個別的水利用がまず始まり,これが小河川の利用に進んだ.古墳時代になるとさらに溜池や中小河川利用が盛んになった.大河川の上中流を利用し扇状地性平野の開発が進んだのは江戸時代前半であり,江戸中期から大河川下流の三角州性平野の開発がすすんだ.明治期以降は灌漑システムの改善の時期であり,新しい施設や技術が導入された. 西日本においては古代の条里制遺構や中世の荘園制のもとで整備された小用水路が最近まで広く利用されており,現在の灌漑システムの基礎が古い時代に確立されていたと考えることができる.他方,戦国時代から江戸時代にかけての大河川を利用した用水創設と新田開発は,東日本で著しい水田増加をもたらした。河川灌漑に基礎をおく日本の灌漑システムの基本的性格は,この時期に成立したといえよう。ことに,樹枝状に分岐する水路系統を基盤として形成されている階層的・重層的配水システムとそれに対応する組織体系は日本の灌漑システムの特徴であるが,江戸期に確立し今日に至っているといえよう.