著者
森山 茂徳
出版者
独協大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1992

本研究は1910年の朝鮮総督府設置から1945年の植民地統治終焉までの36年間において、朝鮮における言論機関の果した役割を政治的観点から明らかにしようとするものであった。言論機関を(1)邦字紙、(2)韓字(ハングル)紙とに分けて、研究の結果得られた知見を記すこととする。 (1)邦字紙-発行邦字紙数は時期によって異なるが40種以上にのぼり、その果した役割も多様である。第1に総督府機関新聞とされる『京城日報』の果した役割は特筆されるが、これについては「現地新聞と総督政治-『京城日報』について-」という論文を成果として発表し、同紙の人的構成、経営面の特性、論調の変遷、総督府との関係などについて詳細な分析を試みた。同紙は時期によりその性格を異にし、総督政治との緊張・対立をはらんだ時期と純然たる御用紙的役割を果した時期とに分けられ、とくに緊張期に生彩のある紙面を構成したこと、朝鮮人記者の重要なリクルート源であったことなどを明らかにした。第2に他の邦字紙は概ね日本人の朝鮮進出と朝鮮人独立運動の弾圧とを主張し、『京城日報』よりも尖鋭的な時期もあったが、時代が下るにつれて『京城日報』の独占体制構築の前にその下請的役割に甘んじてゆくことを明かにした。 (2)韓字(ハングル)紙-1920年代「文化政治」の開始により発行が許可され、朝鮮人の言論表明・政治表明・政治参加の機会の増大をもたらすチャネルとなったが、総督政治に対する支持調達よりも要求・抵抗の性格を多くもち時として弾圧を蒙った。しかし1930年代に発行部数の増加とともに商業化し、この中から民族的伝統を守りつつ総督政治に一定の支持・合意を与える部分も現われた。この中から戦後韓国の言論界、政界を担う人々が養成された(尖鋭化した部分は弾圧された)。この意味で言論は政治参加と主張穏健化、民族的伝統維持の主要な担い手としての役割を果した。これらの点については第2の論文で成果を発表する予定である。
著者
森 英章 岸本 年郎 寺田 剛 永野 裕 苅部 治紀 川上 和人
出版者
首都大学東京小笠原研究委員会
雑誌
小笠原研究 = Ogasawara research (ISSN:03868176)
巻号頁・発行日
no.46, pp.95-108, 2020-03

2019年9月、西之島において、初めて専門家による陸上節足動物の上陸調査が行われた。2013年より度重なる火山活動によってほぼすべての地域が溶岩に覆われた一方、一部草地が残された。定量調査と定性調査を並行して実施し、旧島部に残存する節足動物を確認するとともに、新たに形成された大地への進出状況を明らかにすることとした。4綱15目28科33種の陸上節足動物を確認した。うち21種は同島から初めて確認された。既存の記録を加えるとこれまでに西之島から確認された陸上節足動物は少なくとも44種となる。特に2013年噴火後に新たに形成された植生のない溶岩台地において海鳥の死体下よりトビムシ、ササラダニ等の土壌分解者が発見されたことは一次遷移の過程に関する新たな視座を提示するものである。一方、外来種であるワモンゴキブリが残存していることが確認され、対策の実施が望まれる。トラップを用いた定量調査も行われたことにより今後の継続的なモニタリングの基礎情報となる。
著者
辻 陽子 明﨑 禎輝 勝村 仁美 原 臣博 澤下 佑紀 垣崎 仁志 森 耕平 由利 禄巳 野村 卓生 平尾 文雄
出版者
保健医療学学会
雑誌
保健医療学雑誌 (ISSN:21850399)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.38-44, 2021-04-01 (Released:2021-04-01)
参考文献数
41

要旨 本研究では,在院中の統合失調症患者の3 年後の身体機能,抗精神薬投与量,転倒回数の変化を調査することにより,身体機能に対する介入の必要性について検討することである.対象者は統合失調症患者12 名(男性6 名,女性6 名)であった.年齢は64.2±5.6 歳であった.除外規定としては,車椅子レベルの者,精神疾患による認知機能障害により説明の理解が困難な者,脊椎損傷など整形疾患が原因でADL が低下している者とした.調査は2014 年8 月,2017 年9 月にそれぞれ実施した.調査項目はBMI,筋力(30 秒椅子立ち上がりテスト),バランス能力(開眼・閉眼片脚立位時間,Functional reach test,Timed up and go test),柔軟性(長座位体前屈距離),歩行速度(10m最大歩行速度),抗精神薬投与量,転倒回数であった.統計解析はWilcoxon の符号付き順位検定,対応のあるt 検定を用い分析した.結果,30 秒椅子立ち上がりテストは,初回平均17.4±4.5 回から3 年後には平均13.0±4.8 回へと,開脚片脚立位時間は,初回平均 17.0 ±18.0 秒から3 年後には平均7.7±7.1 秒へと有意に低下した (p<0.05).その他の項目に有意差は認められなかった.在院中の統合失調症患者は,3 年間の経過で,特に下肢筋力と静的バランス能力が低下していることが明らかになった.これらから,身体機能の維持・改善への介入が求められる.
著者
森田 紘平
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

本年度の研究実績は大きく三つに分けることができる.物理学における創発の一般論,存在論的構造実在論の洗練,および量子力学の思想史の展開である.まず,物理学の不連続性の典型例である創発について,主に量子力学と古典力学の関係に注目して,モデル概念の重要性を指摘した.より具体的には,準古典的領域が不可欠である量子論と古典論の間の関係づけについてパターン実在論による特徴づけが不十分であり,創発的なパターンとして実在性を確保するためにはモデルの役割を強調する必要があることを示した.次に,ミクロな量子力学的領域に関する存在論である存在論的構造実在論についてその内容を洗練させた.特に,多くの議論が異なる意味で用いてた「構造」や「先行性」といった概念を精緻化して,量子力学に応用することで,ミクロ領域の存在論的特徴付けを行った.この営みは,我々の日常的なスケールである古典的な領域についての存在論的地位を特徴づけることに役立ち,物理学における不連続性を明確化する助けとなる.さらに,このような量子と古典の対立の思想史的展開についても研究を行った.量子力学の哲学においては特に重要視されるニールス・ボーアの歴史的資料を分析することで,ボーアが1920年ごろに量子論や古典論についてどのような立場を取っていたのかを明らかにした.以上,これらの研究は量子力学と古典力学の関係に限定されているが,前者二つの研究は,さらなる応用が可能である.一方で,後者については,現代の不連続性の理解のされ方を特徴づけるために重要な視点を与えるものであると言えるだろう.
著者
安田 博美 山中 盛正 江副 伸介 大森 崇司 草薙 公一 西條 加須江 瀧川 義康 天野 健一
出版者
公益社団法人 日本獣医師会
雑誌
日本獣医師会雑誌 (ISSN:04466454)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.311-314, 2008-04-20 (Released:2011-06-17)
参考文献数
14
被引用文献数
1 1

不活化狂犬病ワクチン接種犬における抗体応答を中和試験によって検討した. 試験には2005年に東京都, 静岡県, 岐阜県, 京都府, 宮崎県および熊本県で飼育されていたワクチン接種犬100頭と未接種犬25頭の合計125頭のペァ血清を用いた. 過去1年間にワクチン接種歴のある犬100頭のうち90頭が有効抗体価25倍以上の中和抗体を保有しており, 8倍以上の抗体価を有する個体の幾何平均抗体価 (geometric mean titers; GMT) は251倍であった. このような犬にワクチンを追加接種すると, 1カ月後には全頭の抗体価が25倍以上に上昇し, GMTは750倍に達した. いっぽう, 今までに接種経験のない25頭にワクチンを接種すると, 23頭が中和抗体を産生したが, 2頭からは抗体が検出されなかった. ワクチン接種1カ月後の抗体価は8倍未満から256倍に分布し, GMTは43倍であった. これらの成績により, ワクチン接種により確実な免疫を付与し, それを維持するためには, 現行の接種プログラムである年1回の追加接種が重要であると考えられる.
著者
森田 達也
出版者
Japan Society of Nutrition and Food Science
雑誌
日本栄養・食糧学会誌 (ISSN:02873516)
巻号頁・発行日
vol.75, no.2, pp.63-69, 2022 (Released:2022-04-19)
参考文献数
27

従来, 小腸における食物繊維の生理作用は, 同時に摂取した栄養素と食物繊維との消化管内における相互作用を反映した結果から論じられ, 食物繊維の消化管自体に対する作用を研究した例は限られていた。本総説では, 食物繊維摂取時の小腸杯細胞応答とムチン分泌量について, 主に食物繊維の嵩と粘性から解析した結果について紹介し, 小腸由来ムチンが発酵代謝産物である短鎖脂肪酸を介して宿主‐腸内細菌の相利共生関係を下支えする内因性食物繊維として機能することについても言及する。さらに, 植物細胞壁由来の古典的食物繊維にくわえ, 近年, 新しい食物繊維素材として注目されている消化抵抗性デンプンや難消化性デキストリン類の消化管内動態を推定する上で, 現行のProsky消化を基本とする食物繊維定量法を用いることの妥当性を議論した。
著者
鈴森 康一
出版者
公益社団法人 計測自動制御学会
雑誌
計測と制御 (ISSN:04534662)
巻号頁・発行日
vol.58, no.10, pp.755-760, 2019-10-10 (Released:2019-10-25)
参考文献数
43
著者
今野 浩之 大森 純子
出版者
公益社団法人 日本看護科学学会
雑誌
日本看護科学会誌 (ISSN:02875330)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.772-779, 2021 (Released:2022-03-02)
参考文献数
35

本研究は,地域で生活を継続する統合失調症を持つ者の回復とはどのような経験であるかを明らかにすることを目的とした.Giorgiが提唱する現象学的アプローチを参考に,統合失調症を持つ者5名を対象に分析した.結果,統合失調症を持つ者の回復の経験とは『他者の理解の中だけにある未知の自分の存在を認知する』であり,未知の自分に対し,過去から現在までの連続の中で自分が認識できている既知の自分を見定めながら『未知の自分と既知の自分を共存させる』ことであった.未知の自分と既知の自分を共存させ続けるためには『既知の自分を維持・強化し続ける』ことが必要であった.統合失調症を持つ者の回復の経験は,未知の自分とそれに対応する既知の自分との因縁の不可分な関係によって生じ続け,今も持続的に経験されていた.既知の自分を蓄積することは,自己同一性の再構築であると考えられ,今も継続しているものであると推察された.
著者
杉崎 弘周 物部 博文 上地 勝 藤原 昌太 山田 浩平 沢田 真喜子 森 良一 横嶋 剛 植田 誠治
出版者
一般社団法人 日本体育・スポーツ・健康学会
雑誌
体育学研究 (ISSN:04846710)
巻号頁・発行日
vol.66, pp.623-630, 2021 (Released:2021-09-18)
参考文献数
25

This study aimed to clarify the problems related to students’ health and safety at school and identify teachers’ needs for learning in a teacher training course by conducting a survey for yogo teachers who were experts in school health and safety. Except for training courses for yogo teachers or health and physical education teachers, there are no compulsory subjects regarding problems related to student health and safety at school. Moreover, previous reports have indicated that general teachers found it difficult to deal with topics related to student health and safety. We surveyed 2,992 yogo teachers randomly selected from across the country and 1,196 responses were received (response rate 40. 0%). The results indicated that mental care, first aid, and developmental disabilities accounted for more than 80% of the problems experienced by yogo teachers related to student health and safety. It was also suggested that the number of years of experience was related to problem perception. Among the topics that needed to be learned at the teacher preparation stage, cardiopulmonary resuscitation, developmental disorders, mental care, allergies, heat stroke, and use of an EpiPen accounted for a high proportion, while chronic diseases, eating disorders, cooperation with other staff (for safety), and orthostatic dysregulation accounted for a low proportion. The present results need to be considered when developing training content required for incumbent teachers and novice teachers, and when discussing the subjects required for teacher training courses. This would also help teachers to respond effectively to problems related to student health and safety at school.
著者
藤原 由紀子 町田 治彦 田中 功 福井 利佳 平林 望 白石 くみ子 岸田 弘美 森 恵美子 増川 愛 上野 惠子
出版者
公益財団法人 日本心臓財団
雑誌
心臓 (ISSN:05864488)
巻号頁・発行日
vol.42, no.9, pp.1166-1172, 2010 (Released:2012-04-21)
参考文献数
10

背景および目的: 64列multidetector-row CT(MDCT) 心臓検査は, 非侵襲的に冠動脈の詳細な形態評価が可能であるが, 放射線被曝による発癌リスクの増加が問題視されている. これに対し, 被曝低減技術の活用と画質劣化の回避のため, しばしば, β遮断薬経口投与による心拍数の低減が図られる. 今回, われわれは, 本検査の安全性の評価と合理的なワークフロー確立のため, β遮断薬投与後の心拍数の経時的変化と検査前後の血圧変動について検討した.方法: 対象は, β遮断薬経口投与下に64列MDCT心臓検査前を施行した連続551例. 投与前, 投与後15~90分, 撮影直前の心拍数と投与前と撮影直後の血圧を測定し, 投与前心拍数に応じた最低心拍数到達時間, 心拍数, および血圧低減率, ならびに心拍数40bpm以下の高度徐脈, 急激な血圧低下に伴うショックなどの重篤合併症の出現頻度を検討した.結果: β遮断薬投与後, 心拍数は経時的に低下し, 最低心拍数到達時間は, 投与前心拍数80bpm未満で60分, 80~89bpmで75分, 90bpm以上で90分であり, 心拍数低減率(最低心拍数)は, 投与前心拍数70bpm未満で16.4%(54.9bpm) , 70~79bpmで20.3%(58.2bpm), 80~89bpmで24.4%(62.9bpm), 90bpm以上で27.7%(69.5bpm)であった. 血圧低減率は, 収縮期血圧において, 80bpm未満で4.3%, 80~89bpmで5.0%, 90bpm以上で4.8%, 拡張期血圧においては70bpm未満で0.7%, 70~79bpmで1.5%, 80~89bpmで1.0%, 90bpm以上で2.8%であった. また, 本剤投与による重篤な合併症はなかった.結論: β遮断薬経口投与下MDCT心臓検査は安全に遂行可能であった. また, 投与前心拍数に応じた心拍数の経時的低減効果が判明し, 検査の流れの予測が可能となった. 今後, これらを踏まえ患者の不安の軽減や待機時間の短縮などに生かしていきたい.
著者
末森 明夫
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.3, pp.411-428, 2020

<p>本稿はアクターネットワーク論および存在様態論を基盤とする非近代主義を援用し,徳川時代より大正時代に至る史料にみる日本聾唖教育言説の変遷の追跡を通して,明治時代における日本聾唖教育制度の欧米化という事象を相対化し,徳川時代と明治時代の間における日本聾唖教育言説の連続性を前景化し,日本聾唖教育史に新たな地平を築くことを眼目とした.具体的には,徳川時代の史料にみる唖ないし仕形(=手話)に関連する記述を分析し,唖の周囲に配置された唖教育に携わる人たち(=人間的要素)や庶民教化政策,手習塾,徒弟制度(=非人間的要素)が異種混淆的に関係性を構築し,唖が諸要素との関係性の下に実在化していく様相を明らかにした.また,仕形を唖の周囲に配置された人間的要素および非人間的要素の動態的関係性として把握し,聾文化論にみる「聞こえない身体」と「手話を使う身体」の不可分的関係性は,「聞こえない身体」と「手話を使う身体」の関係性が一時的に一義的関係性を伴う仲介項に変化し外在化(=純化)したものであることを明らかにした.さらに,徳川時代の日本社会において,唖や仕形をはじめとする諸要素の関係性が変化し続け,明治時代を経て現在の聾文化論が内包する諸問題にもつながっていることを明らかにし,非近代主義に則った日本聾唖教育史の再布置をはかった.</p>