著者
坂口 さやか
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、神聖ローマ皇帝ルドルフ二世の帝国統治理念が、政治的権力としていかなる実効性を持ったのか、帝国理念の表象である芸術作品の解釈および受容の研究により解明することにある。平成20年度は、特に以下の目的に沿って研究を進めた。1.ルドルフの肖像A)即位時のメダイヨンや硬貨、B)トルコ戦争に関する銅版画や彫刻、C)アルチンボルドの《ウェルトゥムヌス》に分類して考察を行った。その結果、A)では新皇帝ルドルフを印象付けるため、B)では皇帝の勝利のイメージにより、帝国やキリスト教世界の平和が保たれることを示すため、C)では自然魔術により地上の黄金時代の魔術的皇帝像を構築するため、ルドルフの肖像が創造され、それらは同時代の文献において皇帝のほぼ思惑通りに受容されていたことが解明された。その成果をもとに、表象文化論学会第3回大会およびオタワ大学でのワークショップでの口頭発表、そして『表象』3号への論文投稿を行った。2.神話画従来の研究でルドルフの神話イメージで最重要とされたウェヌスやミネルウァなどの神話画について考察を深めることとした。まず、各々の作品について図像解釈を行った。そして、そこから導出されたキーワード「愛・叡智・寓意」の相互の関連性および政治権力との結びつきを、ブルーノの著作に基づき論じた。さらに、フィチーノを参照しつつブルーノとの比較を行った。その結果、ブルーノの思想が政治権力を強く志向していると判明した。ブルーノはルドルフを魔術的皇帝と崇めており、またプラハ宮廷の人々とも親交があったため、彼の神話イメージに関する政治思想が、ルドルフや宮廷人たちの思想と同様の方向性を有していた可能性を結論として提示した。その成果をもとに、東京大学で開かれたシンポジウム「イメージの作法」での口頭発表および『表象文化論研究』8号への論文投稿を行った。
著者
林 寛平
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、教育の脱集権化が現場の教育にどう影響し、教師たちの教育実践をどのように変容させてきたのかを明らかにすることである。本年度は、博士論文の執筆に向けて脱集権化改革初期の資料を収集し、集権体制から脱集権化に向けた動きが生じた背景を検討した。まず、2009年6月に行われた日本比較教育学会でラウンドテーブル「教育の『北欧モデル』の行方-学力問題に揺れる北欧諸国の教育政策」に参加し、スウェーデンの学力政策と分権体制に関するこれまでの研究のレビューを発表した。この中で、(1)脱集権化がグローバリゼーションとの関連で述べられる際、1990年代の現象として認識されているという誤り(2)日本においては、1960年代までの研究と1990年代以降の研究は盛んに行われてきたが、その間の研究がわずかにしか蓄積されていないこと(3)現在の教育改革を検討する上で、1970年代に起きた政権交代と政策の転換の理解が欠かせないことを指摘した。これを受けて研究の方向性を再吟味し、1970年代を始点(転換期)とした脱集権化改革の検討を始めることにした。2009年8月21日から10月2日にかけて、スウェーデンのウプサラ大学教育学研究所とルンド大学図書館を訪れ、資料収集と調査を行った。ウプサラ大学ではウルフ・P・ルンドグレン教授のもとで1970年代から80年代にかけての政策文書と教員組合の機関誌などの資料を200点以上収集し、歴史的な流れについて整理した。ルンド大学図書館では、1980年代のフリーコミューン(特区自治体)実験期に行われた学校開発活動の報告書を入手した。この調査から、脱集権化改革のアジェンダ設定が1970年国会における野党の提議によってなされたことと、その背景に社会構造の転換と教員組合のロビー活動があったことが明らかになった。さらに、注目すべきアクターとして、国会に設置された学校内活動調査委員会(SIA委員会)が浮かんできた。SIA委員会の資料は図書館に所蔵されているものについてはすべて収集した。1970年代のSIA委員会に関する研究成果は論文にまとめ、現在投稿に向けて準備中である。また、9月末にはアイスランドの就学前学級と小学校を訪れた。今回は最近できはじめている私立学校の動向について調査した。金融危機前後での教育政策の変容について現地の声を聞くことができ、非常に有意義であった。この成果は『比較教育学事典』に「アイスランドの教育」という項での執筆に反映されている。
著者
田丸 徳善 石井 研士 後藤 光一郎 孝本 貢 井上 順孝 柳川 啓一 島薗 進 浜田 哲也 金井 新二 ヤン スインゲドー 西山 茂 藤井 健志 林 淳
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1986

昭和61年度と昭和62年度の二年間にわたり, 現代日本における教団の総合調査を行った. 対象教団は, 神社神道, 仏教教団(浄土真宗本願寺派, 日蓮宗, 臨済宗妙心寺派, 曹洞宗, 真言宗智山派), キリスト教(日本キリスト教団, カトリック)および新宗教教団(金光教, 天理教等)である. これらに関してはできる限り統計処理の可能な資料を収拾し統計分析を行った. これに関しては報告書に掲載されている. また, 地域における教団組織と教勢を把握するために, 銀座と大阪梅田を選び, 都市化の問題をも含めた総合調査を行った. 神社神道は, 既成教団として, 変動がないように考えられてきたが, 内容は大きく変化しているように思われる. とくに都市化が神社神道に及ぼした影響はとくに顕著である. 仏教教団に関しても, 都市と農村の寺院の格差は著しく, 根底から寺院の質を変えようとしている. 都市化が都市と農村の寺院の経済的基盤に変化を与えており, そのことが寺院の世襲化を生む土壌となっている. キリスト教団は, これらに対して比較的変動のない歴史を送っている. そのことは同時に大規模な発展のなかったことをも意味している. 新宗教教団は, 通常の認識では最も変化の激しく, 現代社会に適応した形態をとっていると考えられるが, 実質的にはかなりの程度既成化が進み, 社会的認識との間にはずれがある. この点に関しては, 新宗教教団の詳細な歴史年表を作成することによって, 新宗教教団の歴史的経緯も考察した. 地域研究では, 都市化の顕著な銀座と大阪梅田の比較調査を行うことによって, 各宗教教団の組織的問題を考察した. また, 各教団の製作しているビデオテープを収拾し, 映像に関する考察をも取り入れた.
著者
西島 央
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本研究は、戦前期の小学校の唱歌教育について、学校の建築図面などから読み取れる唱歌室の配置やつくりと、学校日誌などの学校公文書などから読み取れる楽器などの備品・消耗品・教具類を整理し、実際にどのような唱歌の授業が行われており、どのような"音"が奏でられていたかを明らかにすることを目的とする。平成16年度は、調査対象地域の長野県で、唱歌科の普及の早かった上田市・小県郡周辺と、遅かった下伊那郡を中心に、唱歌科の普及期である明治10年代後半から30年代までの時期に限定して、学校建築、楽器等の設備・備品や、唱歌科の授業、儀式・学校行事等における唱歌に関する史料を蒐集した。この調査によって明らかになった知見は以下のとおりである。第一に、唱歌科普及を推し進める要因について、従来から論じられてきた(1)小学校令、教授細目などの制度の整備、(2)小学校祝日大祭日儀式規定と同儀式用唱歌などによる儀式の制度化、(3)各種講習会や個人の尽力に基づく教員養成に加えて、(4)唱歌室の設置、楽器などの教具の購入といったモノ的条件の整備が非常に重要であることがわかった。第二に、残念ながら、当該時期における学校の楽器保有状況を示す史料は非常に少なく、どのような"音"が奏でられていたかを検証するに足る史料は得られなかったが、五線譜に記譜された唱歌の普及とオルガンなどの伴奏用楽器の普及に時差があることから、少なくとも、当時つくられた唱歌を現在演奏するのとは、音程などがかなり違う"音"であったことは推測できる。以上から、今後は、今日の日本人の音楽性を形成していく過程について、モノに注目した調査研究が必要であることが示唆できる。同時に、これまで連携されることのほとんどなかった、戦前期の学校音楽の研究と大衆音楽の研究をつないでいく必要を痛感した。本補助金助成期間は終了するが、引き続きこれらの点に留意して研究を続けていきたい。
著者
國島 正彦 小澤 一雅 渡邊 法美 野城 智也 吉田 恒昭
出版者
東京大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1996

本年度は、工事入札契約制度と安全管理の調査研究に焦点を当て、公共工事執行過程の構造分析と問題点の抽出、コスト縮減のための手段としてVE制度の導入に関する研究、建設労働災害の構造的特性を探るとともに、施工の生産性についての研究を行った。公共事業の妥当性、納税者の不信感、高いと思われているコストが問題とされているが、必要と思われることは、事業決定のプロセスを透明にすること、市民社会と市場メカニズム双方に基づく開かれたシステムを構築していくこと、コストに関しては物価水準が違うことから単純にアメリカと比べて3割高いわけではないがコストダウンの余地はあるため、コストの総合的な解明、発注規模の大型化や平準化、生産性の向上などを行ってコスト縮減に取り組む必要があることが示唆された。コスト縮減の手段としてVEについては、費用・品質・技術開発の3つの視点から、発注者と元請企業の行動を目的・制約条件・手段・評価の4項目に分類した。評価結果をもとに公共工事執行過程の問題点を抽出し、契約後VEの導入について、「減額変更を伴わず工法責任は乙が取る方式」から契約後VE方式を実施させることが現実的であると考えられた。安全と生産性について研究を行った。建設業者の多様性と施工の生産性を考慮しながら、現場の安全管理と事故・災害との関連を表現できる概念モデルを構築した。ガス管の埋設工事を例に取り、施工の生産性に影響を与える要因を明らかにし、それらの影響要因と生産性との関係を定量的に表現することのできる統計モデルを構築した。
著者
佐藤 良明 岩佐 鉄男 木村 秀雄 松岡 心平 DEVOS Patrick 長木 誠司
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

専門分野を異にする音楽=芸能研究者によって構成された本研究は、近現代を中心とした日本の「うた」の変容を、歴史的・地域的にきわめて広い視座から捉え直す研究として始まった。研究の根幹は1920年代以降の日本のポピュラー音楽の展開にあるが、「日本的」な歌舞の源基をなす、能を舞う身体の研究や、明治期における西洋歌唱の導入に伴う異文化混成の研究を含む「総合的」な視野のもとに進められた。漠然と「日本的」とされてきた音楽性の実態を、収集音源から実証的に把握し直した結果、近代の民衆が路上や演芸場で楽しんだ音楽に反映されているのは、なんらかの安定した「民俗音楽的類型」というより、西洋から移入された規範音楽への反発と、にもかかわらず起こった馴化の矛盾的な融合の姿であることが観察された。本研究はまた、日本の流行歌が、欧化政策が分断した「西洋的洗練」対「日本的情緒」の対立項に、アメリカから移入されたポップスが含有する「反クラシック的様式」とが絡む、複雑な構造の中で展開した様相を明らかにした。その成果は、一つには、「演歌の成立と発展」をめぐる書物に、もう一つには「J-POPの正体」をめぐる書物に結実しつつある。近代の米国で「下層民衆」が育んだルーツ音楽が、メディア社会における産業・権力構造の変容と絡みながら、ロックンロールという形式を取るにいたり、それが世界のポップ音楽を革新したいきさつは、一般図書『ビートルズとは何だったのか』(2006)で述べられた。同書が採ったグローバルかつシステム論的な枠組みの中に、演歌ならびにJ-POPの成立と発展を位置づけ、国際的な研究の場に発信していくことが次の課題である。
著者
矢口 祐人 SMITH Colin SMITH Colin S
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は日本における「フリーター」現象を、グローバルな若者文化とポスト産業主義社会の時代性との関連のなかで理解しようとするものであった。その目的は以下の三点であった。まず、日本社会における過去15年から20年のフリーターの増加を、労働市場と若者の文化の価値観の変容から考察すること。さらにフリーターが低収入と不安定な雇用状況にいかに対処し、正規雇用へ移っていく過程を捉えるとともに、政府の政策がかれらのキャリア作りにいかなる動機を与えているかを検討すること。最後にポスト産業主義社会のなかで、日本の若者の生活の変化を考えること。とりわけグローバルな消費文化、および日本独自の若者のサブカルチャーとの関連のなかでそれを捉え、分析することを重視した。本年度は前年度に引き続き、日本のフリーター・若者文化の理解を深めるため、東京と大阪の各地で主に若者ブリーターのフィールドワークを行った。その結果、フリーターと呼ばれる人びとの多様性を具体的に把握することができた。とりわけ、今日の経済状況のなかでやむなくフリーターや派遣社員になっている若者のみならず、自らの選択でフリーターになっていると主張する若者たちと出会うことができた。かれらはボスト産業主義の時代において、近代社会で当然のごとく受けいれられてきた「良い仕事」や「良いキャリア」と呼ばれるものとは別のものに価値を見出している。かれらにとって「大人」の定義も従来と異なるものであることが判明した。変貌する日本社会におけるフリーターの存在は、単なる経済問題としてのみならず、若者の価値観の変容という点からも考察する必要があることが明らかとなった。
著者
野口 友康
出版者
東京大学
雑誌
若手研究
巻号頁・発行日
2023-04-01

予防接種による副反応の健康被害が発生するなかで、予防接種プログラムを成功させるために健康被害者をどのような制度に基づき認定・救済するかは重要である。予防接種健康被害救済制度は、それぞれの国の制度により異なっており、標準的な制度は存在していない。したがって、各国の救済制度を比較検討し、それぞれの制度の特徴や実効性を検討することが必要である。本研究は、予防接種健康被害救済制度のみならず、申請から認定・支給までに至る一連のプロセスの課題などを米国とニュージーランドの健康被害者・支援者への聞き取り調査を通して検討し、日本の予防接種健康被害救済制度の制度的課題を明らかにする。
著者
大林 侑平 (2023) 大林 侑平 (2022)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2023-03-08

本研究のテーマは18世紀ドイツ語圏における官房学的言説の思想史的研究である。この研究は(1)思想史・知識史的分析、(2)理論的分析、(3)方法論の三つのアプローチを含む。(1)官房学の根本概念であるエコノミーを起点に、その人間学的側面と自然哲学的側面に光をあて、銅時代の様々な実践との関連を解明・叙述する。(2)19世紀に至るまで持続的影響力を持った自然哲学が、学問的・政治的・経済的要請、技術的変動との相互作用を、理論的分析を通じて剔抉する。(3)以上の研究に対するメタ分析として、思想史・知識史の方法について、今日の社会認識論や関連分野を参照して新たな適切な叙述・分析の方法を検討する。
著者
大西 克也
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2000

本研究は、出土資料の相互比較による漢語語法史、語彙史再構築を展開するための予備的研究として、正確な解読に困難の大きい楚系文字資料を取り上げ、その集成、正確な釈文の作成、資料の性格の探求、基礎的語彙の調査ならびに他地域出土資料との比較を目指すものであるが、平成14年度に行なった実績は以下のとおりである。楚簡解読の基礎となる字釈関係論文のリストアップと、字釈の収集の作業は、昨年に引き続き行なったが、主たる対象は『郭店楚墓竹簡』『望山楚簡』等の基本的著録に示されている字釈や、李運富『楚国簡帛文字構形系統研究』等文字学関係専門書の中で検討されている楚系文字の解釈である。逐次刊行物中の字釈も引き続き収集した。次にこれらの字釈を参考に既刊釈文の再検討を行ない、新たな釈文を作成し、データベース化した。現時点で完成しているのは郭店楚簡、包山楚簡(遣策を除く)、望山1号墓楚簡、上海博物館蔵楚簡(緇衣、孔子詩論)、戦国楚系金文(劉彬徽『楚系青銅器研究』所収金文)である。入力はテキストデータのみだが、複雑な文字は一字を幾つかの構成要素に分割して入力し、構成要素からの検索が可能なようにした。構成要素の分割に関しては、特に諧声符の認定に留意した。なお、膨大なテキストを処理したために、構成要素分割処理に統一性を欠く部分が有ること、入力に使用したエディタが研究開始時点ではユニコードに対応していなかったために、高電社製Chinese Writer独自の文字コードを使用したこと、外字の使用を最小限に抑えるため現時点では代用記号を使用していること等問題点も多く、これらの解決は将来の課題としたい。言語研究に関しては、平成14年8月に中国広州市で開かれた中国古文字学研究会に出席し、「論古文字資料中的"害"字及其讀音問題」という題で報告を行い、また閉幕式で日本における古文字研究の現状を紹介した。また下記論文「従方言的角度看時間副詞"将""且"在戦国秦漢出土資料中的分布」は各地域の出土資料を比較検討した結果、将来を表わす時間副詞「且」が秦の、「将」が東方六国系の語であったことを論じたものである。
著者
高井 寛
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

ハイデガー『存在と時間』を「行為の哲学」として統一的に解釈するための研究を行った。より具体的には、同書の「空間論」を行為者が行為を遂行するために必要な空間把握の働きを論じたものとして解釈したほか、同じく「周囲世界分析」から、意図せざる意図的行為に関する分析を析出し、また「歴史性」を巡る議論を行為者の行為者性を特別な仕方で形作る「自己の生を物語ること」という観点から、また「死の実存論的分析論」を行為者自身が人生の無意味さについて抱く否定的な情動の観点から解釈した。本研究の意義の一つ目は、『存在と時間』が含む議論の全体を「行為の哲学」として解釈することが可能であることをより一層確かに示したことにある。同書は、存在論の著作として解釈される傾向にあるが、そこでなされている「現存在の実存論的分析論」は、行為の哲学としての側面を有しており、本研究はその内実を明らかにするものであった。以上が、本研究のハイデガー研究としての意義である。次に、本研究は20世紀中葉以降の現代の「行為の哲学(Philosophy of Action)」に欠けている視座を、ハイデガー『存在と時間」から析出するものであるという点で、行為の哲学それ自体としての意義をもつ。より具体的には、個々の行為を成り立たせるための心的状態という現代行為論の主流法の方法ではなく、行為がなされる歴史的、空間的文脈、あるいは死すべき有限な存在者によってなされる時間的な文脈のなかに行為を位置付けるという点で、『存在と時間』から本研究が汲み出した行為の哲学には、現代的な意義がある。最後に本研究の重要性について。本研究は、『存在と時間』の一部分の議論だけでなく、その全体を「行為の哲学」として解釈する点で、研究上の独自性と重要性をもつ。また現代行為論とハイデガーを積極的に架橋するという点でも、あまり類を見ない研究である。
著者
湯川 拓 阪本 拓人 若狭 彰室
出版者
東京大学
雑誌
挑戦的研究(萌芽)
巻号頁・発行日
2023-06-30

「国際社会」(international community)という概念は国際関係を理解する上で極めて重要な概念でありながらも、既存研究においては同概念についての歴史的・動態的な分析は極めて不十分であった。すなわち、「国際社会」概念が外交当事者からどのように用いられてきたのかという分析は、全くと言ってよいほど為されてこなかった。それに対し、本研究では計算社会科学の先端的な手法を取り込み、条約のテキスト分析という新しい方法を用いることで、「国際社会」概念に対して、①動態的分析、②実証的分析という二点を実現することで根本的に画期的な貢献を試みる。
著者
廣瀬 通孝 鳴海 拓志 北川 智利 広田 光一 雨宮 智浩 谷川 智洋 青山 一真
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2019-06-26

本研究の目的は,バーチャルリアリティ空間で複数人が一つの身体(融合身体)を使用して私(I)でも我々(We)でもある身体運動を遂行する環境での検証から,共同行為が自らの寄与によるという感覚(行為主体感)が生じるメカニズムと,身体動作遂行に必要な潜在的知識(身体図式)が変容する条件とそのメカニズムを明らかにすることである.さらに,この知見に基づいて,行為者間の無意識的な意図伝達や動作同期が起こる融合身体の構成法を確立し,融合身体を介して教師から学習者への身体スキルを効率的に転移させることが可能な新しい身体スキル伝達手法を実現することを目指す.
著者
中西 友子
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993

土壌の砂漠化は世界的規模で進行しており、大きな環境問題となってきている。土壌を回復させ緑化を行うための一つの手段として、土壌へ水分保持剤としての吸水性ポリマーを添加することが着目されているが、化学合成されたポリマーは土壌中に蓄積され新たなる環境問題へと発展する恐れがある。本研究では、吸水性ポリマーを植物を素材として作製することを試み、その評価を中性子ラジオグラフィで行った。材料として混合針葉樹材パルプを用い、カルボキシメチル(CM)化することにより得られたポリマーを使用した。ポリマーは、パルプ材の微細繊維を除去し、イロプロパノール中に懸濁した後、モノクロル酢酸を添加しCM化することにより得た。ダイズを用いたポット試験では、土壌中に0.3%このポリマーを添加して植物体の生育状況を検討した。植物体の乾燥重量は、コントロールと同等であり、ポリマーは植物育成に影響を与えないことが確認された。次に、アルミニウム薄箱中でダイズを育成させ、中性子ラジオグラフィにより土壌中の根の生育状況を非破壊状態で調べた。照射は日本原子力研究所原子炉JRR3を用いた。根の片側にポリマーを添加した場合には、側根はポリマーが添加されていない側のみ生育した。また根の真下にポリマーを添加した場合には主根の生育深度がポリマーの上部で止まり、側根が上部で発達した。しかし、根および植物体の乾燥重量はコントロールと同等であり、地上部の生育状況も良かった。これらの実験を通して、本ポリマーは土壌中の水分保持機能のみならず、植物の生育に影響を与えずに植物を浅い土壌で生育させることが可能であることが判った。植物由来の吸水性ポリマーは、根の生育をデザイン出来るばかりでなく、土壌中で分解した後も環境に影響を与えないと予想されることから、砂漠の緑化剤として将来期待されると思われる。
著者
大橋 順
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2018-04-01

日本人男性345名のY染色体の全塩基配列決定を行い系統解析を行った。その結果、本土日本人男性では35.4%の頻度で観察されるが、他の東アジア人には観察されないクレードを発見した。遺伝子系図解析によって過去の人口変動を推定したところ、縄文時代晩期から弥生時代にかけて人口が急激に減少したことが示された。47都道府県の全ゲノムSNPアリル頻度データを用いて解析を行い、都道府県間の遺伝的差異は、縄文人に由来するゲノム成分の程度と地理的位置関係によって説明できることを見出した。興味深い発見の一つは、近畿地方及び四国地方の人々が遺伝的に中国・漢民族に近いことであった。
著者
森脇 優紀 床井 啓太郎 安形 麻理 福田 名津子
出版者
東京大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では、明治期日本の洋式帳簿製本と、明治期に製本技術を習得した技術者による1950年代の修復痕が残る西洋稀覯書の現物調査を中心に、聞き取り調査による情報収集や記録資料の解析も並行して行い、製本の歴史的変遷を再検討した。その結果、帳簿製本については、技術導入以降、需要が高まり民間での製造が急増したことで、西洋由来の技術は試行錯誤が繰り返されて変容し、現在の日本特有の形に至ったことが分かった。稀覯書の修復痕調査からは、明治の導入期以来の技術や知識が基本的な部分で継承されていることが確認できた。資料保存の面では、現在の「原形保存」の淵源となる考え方が既に1950年代に存在していたことが分かった。
著者
塚原 伸治
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2022-04-01

本研究では、現在の商店街について、従来の研究が前提とする「地域活性化モデル」の限界を乗り越えて、民俗学的視点から「もうひとつの活性化論」を提示する。そのために2つの商店街(千葉県香取市、福岡県柳川市)の現地調査を実施し、以下を検討する。第一に、一度シャッター通りとなった商店街の現状を、それぞれの地域における取り組みの産物として理解しなおす可能性を検討する。第二に、商店街の衰退および再生について、過去100年の歴史的経緯との関連から再検討する。それぞれの生活と歴史に根ざした固有の文脈を重視する民俗学の視点を導入することで、21世紀における商店街の衰退と再生を理解するための新たなモデルを構想する。