著者
南條 佳代
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.181-193, 2012-03-01

『枕草子』において、書に関する多くの記述がなされている。これは、書に造詣が深い清少納言ならではの書道観として、この時代の書風や様子を著しているのである。では、随筆である『枕草子』での書の扱われ方は、実際にこの物語が書かれた平安時代の書と、どういった関わりがあるのだろうか。本文において、紙(料紙)や消息文、添え物、書風の分析を加えながら検証していきたい。さらに、本稿では、『紫式部日記』より紫式部における清少納言の人物評について見ていき、それを踏まえた清少納言の書の捉え方、またこの時代の書の扱われ方について考察し、明確にしていくものである。
著者
川端 咲子
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.89-103, 2012-11-24

宝永七年に刊行された青木鷺水の浮世草子『吉日鎧曽我』は、甚だしく演劇色の強い作品である。全七巻の内、首巻と尾巻に挟まれた一巻から五巻が、首巻尾巻の登場人物が見物した浄瑠璃の内容という、いわゆる入子型劇中劇の形式を取っており、その部分には浄瑠璃らしさを醸し出す工夫が凝らされている。劇中劇部分だけではなく、首巻と尾巻においても歌舞伎のお家騒動物を意識した筋立て、台詞劇である歌舞伎を彷彿とさせる会話のみで進む文体の利用を見ることが出来る。当時の演劇の様子を知る補完資料としても、首巻末尾にある人形浄瑠璃の口上部分は、当時の口上の形態を知る資料となるだけでなく、当時の演劇界、特に京都の浄瑠璃界の情報が読み取れる。また、あまり明確な情報のない大津の芝居についても示唆するところがあるのである
著者
米地 文夫 Fumio Yonechi ハーナムキヤ景観研究所
出版者
岩手県立大学総合政策学会
雑誌
総合政策 = Journal of policy studies (ISSN:13446347)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.103-118, 2012-05-01

宮沢賢治は土壌や地質の調査に地図を用い、測量も行ったので、その体験が作品に反映している。彼の代表作「銀河鉄道の夜」の天の野原に立つ無数の「三角標」の描写もその例である。この「三角標」は「測標(一時的に設けた三角測量用の木製の櫓で、当時は三角覘標と呼ばれた)」から賢治が考えた語とする解釈が一般的である。しかし1887年に参謀本部陸地測量部が刊行した文書には、地図記号の中に「三角標」の名の記号があり、現在の三角点を公的に三角標と呼んでいた時期が数年間あった。その後、公的には使われなくなったが、登山家の間では三角覘標(現在では測標と呼ばれる)を三角標と呼ぶことが多く、賢治もこの俗用の三角標の語を用い、ほかにも1911年の短歌など数作品に同様の例がある。また、銀河鉄道の沿線に立つ三角標の発想には、里程標もモデルにしたとみられる。恒星までの距離を太陽を回る軌道上の地球から、年周視差を使って半年おきに二点から恒星を観測し距離を三角測量法によって測定されていることを賢治は知っていた筈である。つまり輝く星は、地上から観測する測標(賢治の三角標)に当たり、回照器の鏡を動かし陽光にきらめかせて位置を観測者に知らせる測標に見立てたのである。「銀河鉄道の夜」のなかで列車がまず目指した白鳥座の三角標には白鳥の測量旗があると書かれているが、白鳥座61番星はこの方法で地球からの距離を測った最初の星であった。「銀河鉄道の夜」で賢治は、星座早見盤を地図に見立て、星を三角測量の測標に見立てたのであり、賢治が地図や測量に強い関心を持ち、これを発想の重要な柱としていたことが良くわかる作品なのである。Kenji Miyazawa had used maps for soil and geological research and to conduct land surveys, and these experiences were later reflected in his work. One example of this is his depiction of a myriad of sankaku-hyo (triangulation markers) placed in the field of the sky along the railroad in the novella Night on the Milky Way Railroad, one of his most prominent works. The sankaku-hyo is generally considered a term he invented based on soku-hyo, which was referred to as sankaku-tenbyo at that time and which meant a temporarily-installed wooden scaffold for triangular surveying. However, a map symbol referred to as sankaku-hyo was actually used in a document issued by the Survey Department of the General Staff Office in 1887, and the current sankaku-ten (triangulation point) was officially known as sankaku-hyo for several years. Following this, the term sankaku-hyo no longer appeared in official use, but climbers still often refer to a sankaku-tenbyo as a sankaku-hyo. Miyazawa used this popular term, sankaku-hyo, in his novella, as well as in several other works, including tanka poems he wrote in 1911. This idea of sankaku-hyo placed along the Milky Way Railroad is also considered to have been modeled after milepost. Miyazawa must have known that the distance to a fixed star is measured from two points on the Earth, as it orbits the Sun, using heliocentric parallax every six months based on the triangular surveying method. Specifically, luminous stars correspond to soku-hyo (sankaku-hyo in his work) observed from the Earth, and he likened these stars to soku-hyo that inform observers of their location when they twinkle as the mirror of the heliotrope moves. In Night on the Milky Way Railroad, Miyazawa wrote there is a swan on each of the land survey flags placed at the sankaku-hyo for the Swan. Indeed the 61st star of the Swan is the first star for which distance from the Earth was measured using this method. In Night on the Milky Way Railroad, Miyazawa likens a star plate to a map and stars to soku-hyo for triangular surveying. This work clearly suggests that the writer had a strong interest in maps and surveying and that they were the essential elements underlying his ideas.
著者
吉丸 雄哉
出版者
佛教大学国語国文学会
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
no.19, pp.104-121, 2012-11-24

虚像としての忍者は、忍術がつきものであり、それが登場する忍者の話は一定の型を持つ。浅井了意『伽婢子』(寛文六年(一六六六)刊)は「飛加藤」と「窃の術」の二つの忍者の話を収める。該話はそれぞれ中国の『五朝小説』の構成を参考にしたが、原話に出てくる剣侠のかわりに、超人的な忍術を使う忍者を登場させた。「超人的な忍術を駆使して忍者が大事なものを奪うために潜入する」という構成の話の嚆矢にあたる。その後、この話の型は井原西鶴『新可笑記』などに継承され『賊禁秘誠談』で一定の完成を見た。この形式の話は広く膾炙し、史実を述べることが前提の由緒書に記された忍者像にもその影響が見える。
著者
平野 健一郎
出版者
関西大学
雑誌
東アジア文化交渉研究 (ISSN:18827748)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.7-22, 2009-03-31

The development of a theory of international cultural relations can be traced back to Benjamin Schwartz's study of Yan Fu (In Search of Wealth and Power: Yen Fu and the West, Harvard University Press, 1964). Yan Fu translated some of the 19th century Western European works into Chinese as a way for China's modernization. To analyze Yan Fu's cultural struggles, Schwartz applied a path-breaking methodological framework, defining a culture to be "a vast, ever-changing areas of human experience" and proposing to deal with the encounter between two cultures as a vantage point for taking a new look at both cultures. After reading the Schwartz's work carefully and translating it into Japanese, this author formulated a theory of international cultural relations that considers cultural contacts and changes themselves to be important aspects of international relations.
著者
尹 性哲
出版者
芸術工学会
雑誌
芸術工学会誌 (ISSN:13423061)
巻号頁・発行日
no.56, pp.85-92, 2011-10-01

本研究は、韓国漫画史における「海賊版日本漫画」を対象として、海賊版日本漫画が韓国の漫画文化に与えた影響と日本から韓国へいかに漫画表現方法が移植されたかを明らかにし、海賊版漫画の存在にそのような文脈を与えることで漫画分野における著作権の在り方に新たな視点を提示することを最終的目的としている。ここで本研究が対象とする「海賊版日本漫画」の定義とは、著作権法に基づきながら、韓国初の海賊版日本漫画が出版された1952年から現在まで、日本漫画を無断で模倣・模作・翻案・複製し、韓国で出版された漫画とインターネットを通じて流通されているスキャン漫画を全て包括する。その上で、不法無断複製物の「海賊版日本漫画」に対して、「文化伝達」という新たな側面からアプローチすることが従来の研究や報告と異なる本研究の特徴である。既に1930年代の日本漫画にW・ディズニーの「ミッキーマウス」などのキャラクターを無断使用した海賊版が存在し、「ミッキーの書式」を採用することで田河水泡の「のらくろ」などのキャラクターが成立したことが指摘されている。また、戦後、手塚治虫が「ジャングル大帝」などで画面構成やストーリーをディズニーの「バンビ」から借用したことは広く知られるところである。しかしそのことは日本漫画の独自性を否定するものでなく、むしろその成立の一つのきっかけに「海賊版」や現在なら知的所有権の侵害とみなされかねない模倣作品が重要な役割を果たしていたことをふまえた時、筆者は韓国漫画史が独自性を模索する中で「日本漫画海賊版」がいかに機能したかという視点が不可欠である、と考える。本論文では、そのための基礎的な作業として、歴史的な背景からの影響と関係性に着目し、日本統治時代から現在までの韓国漫画史について概観する。次に、韓国の漫画関連書籍、漫画関連機関の報告書、著作権関連書籍などの文献を参照すると共に、韓国の漫画家、漫画研究者、そして漫画関連機関を訪問し、資料収集と聞き取り調査を行うことで文献資料を補った。そこから韓国漫画は漫画史の半分以上の約60年間、統治時代の日本と軍部政権から統制されたことと、軍部政権の統制によって海賊版日本漫画の出版・氾濫現象が起きたことを確認した。そして、(1)日本統治時代から現在までの日本と韓国の歴史的関係、(2)韓国内の歴史的事件と漫画史の関係について概観し、海賊版日本漫画が登場した要因や歴史的変遷について考察した。考察の結果、35年間の日本統治時代は日本漫画を受容しやすい環境を形成し、韓国政府の日本大衆文化に対する排斥行為と軍部政権による漫画に対する弾圧は、日本漫画が海賊版として登場できる環境を作り出したことが明らかになった。さらにまた海賊版日本漫画の出版によって韓国漫画の出版産業が発展したことと漫画出版ブームを呼び起こしたこと、低級文化と認識された漫画を大衆文化へ転換させ、消費パターンを「借りて読む漫画」から「買って読む漫画」へ転換させたことなど、海賊版日本漫画が韓国漫画発展に与えた影響についても明らかとなった。
著者
鎌田 東二
出版者
宇宙航空研究開発機構
雑誌
宇宙航空研究開発機構研究開発報告 (ISSN:13491113)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.1-12, 2012-03

水の惑星に発生した生物種であるヒトのいとなみの中から「宗教」というヒト独自の信仰・思想と行動・儀礼が生まれてきた.すべての宗教に共通する神話と儀礼は,ヒトがこの世界や宇宙をどのように捉え,位置付け(価値付け)てきたか,その諸パターンを示しているといえる.そうした地球上で発生した宗教は,ヒトが宇宙に出る際にどのような役割や機能を果たすのか,宇宙体験と宇宙生活はヒトの心身や感覚や思想にどのような影響を与えるのか,宗教がさまざまな社会リスクにどのように対処し,その対処法は宇宙生活においてどのようにはたらきうるか,またそこにおいて,宗教はどのように変質するか,宗教が持つ力と可能性は何であるのかなどの問題を考察するのが「宇宙宗教学」(宇宙における宗教の研究)の課題である. 地球上では宗教が原因となった対立や戦争もあるが,同時に,宗教は負の感情や苦難の乗り越えや救済や深い洞察をもたらしてきた.そのような諸宗教の中で,日本の宗教および神道が持つ特色や宇宙生活における可能性について考察する.
著者
黒田 圭一 小畠 義樹 久保田 美佳 西出 英一 印南 敏
出版者
Japan Society of Nutrition and Food Science
雑誌
日本栄養・食糧学会誌 (ISSN:02873516)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.291-299, 1985

2種類の魚油多価不飽和脂肪酸濃縮油を異なった投与法によりラットに与えたとき, 投与法の違いが各濃縮油の血清, 肝臓の各種脂質濃度に影響するかどうか検討した。ラットは成長期のSprague-Dawley系の雄を用いた。試験に用いた2種の多価不飽和脂肪酸濃縮油は, 純度66%エイコサペンタエン酸濃縮油 (EPAconc) と純度76%ドコサヘキサエン酸濃縮油 (DHAconc) であった。各濃縮油はラットに2週間投与した。濃縮油投与法は, 0.5%コレステロール (chol) を含む基礎飼料に各濃縮油を3%レベルで添加した飼料を摂取させる方法と, あらかじめ基礎飼料のみラットに摂取させ, 摂取飼料の3%相当の濃縮油を単独に胃内へ胃管で注入投与する方法の2種の方法を用いた。対照群には5%オリーブ油を投与した。各濃縮油を飼料に添加投与したとき, EPA-concは血清の中性脂肪 (TG) を抑制する作用がDHA-concやリノール酸より明らかに強かった。しかし血清, 肝臓, 心臓中のchol濃度に対しては上昇抑制作用が弱かった。一方DHAconcの血清TGの上昇抑制作用はほとんどみられなかった。胃管投与法では, EPAconc, DHAconcともに飼料への混合投与の場合と作用の傾向はよく似ていたが, EPAconcのTGに対する作用は強まり, cholに対する作用は逆に弱まった。血清PLは両投与法において同程度の低下を示した。血清と肝臓中の過酸化脂質 (TBA値) はEPAconcの飼料への添加投与では上昇したが, 胃管投与では上昇しなかった。DHAconcはどちらの投与法においても著しい上昇傾向を認めた。このように試料濃縮油の投与法の相違によりそれらの血清, 肝臓等の脂質への作用は一部異なった場合もあったが, 全般的にみて似たような傾向を示した。
著者
阪井 葉子
出版者
大阪音楽大学
雑誌
大阪音楽大学研究紀要 (ISSN:02862670)
巻号頁・発行日
no.51, pp.5-23, 2013-03-01

アメリカ合衆国からフォークリバイバル運動が世界中にひろまった1960年代、ナチス・ドイツによって破壊された東方ユダヤ人集落(シュテートル)に伝わっていたイディッシュ語の歌をレパートリーに、西ドイツで演奏活動をはじめた歌手たちがいた。彼らがイディッシュ・ソングを取りあげた動機は過去の克服とユダヤ文化の破壊に対する贖罪だった。その意図の真摯さ故に、彼らの演奏活動はユダヤ人教区やイスラエルでも認められた。ただし、社会批判的な運動であるはずのフォークリバイバルにも、伝統歌謡のうたいあげる過去の世界へのノスタルジーと結びついた保守的な側面がある。イディッシュ・ソングのうたう「失われたシュテートル」への憧れにふけることで、とりわけ若い世代のドイツ人のあいだで、自国の罪に対する意識が薄れていく危険性がある。
著者
攝待 尚子 長島 康雄
出版者
仙台市科学館
雑誌
仙台市科学館研究報告 (ISSN:13450859)
巻号頁・発行日
no.22, pp.45-53, 2013-03-31

これまで開発してきたフリーウェブサービスを活用した生き物調査や調査結果を活用した教材のノウハウを生かし,身近な生き物調査と調査結果を活用した授業実践を組み合わせて行った。小学校3年生を対象とするため,調査種や調査結果の提示の仕方などを厳選した教材を作成し,身のまわりの自然環境に関心を持つことをねらいとした授業を実践した。生き物分布図を活用した授業の実践により,これまで興味のなかった児童が興味を持って身近な生き物調査をしたり,身近な環境に関心を持ったりするなどの一定の教育的効果が示された。
著者
渡辺 浩一
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要 アーカイブズ研究篇 (ISSN:18802249)
巻号頁・発行日
no.5, pp.1-22, 2009-02

本稿は、日本近世の文書管理史や由緒論と言われている研究潮流も含めて、過去情報に関わる様々な現象を、「記憶」をキーワードに、より広範な文脈のなかに位置づけるための基礎的な事例研究の一つである。対象は近江八幡町である。近江八幡町は、江戸時代を通じて、戦国末期から近世初期にかけて授与された織田信長や徳川家康の朱印状を、他の文書と区別される特別な保管体制に置いていた。そして、これらを「諸役免除」という「特権」の根拠としていた。しかし、信長朱印状は先行都市安土に授与されたものであり、家康朱印状には諸役免除が記されていなかった。このため、八幡町はその時期に応じて様々な内容の短い由緒書を叙述した、つまり様々な過去を創造することになった。また、創造された過去をより強化するために、1721年に「八幡町記録帳」という文書集を編集した。この文書集は、項目を立てて分類編集されており、その時期の在地社会の過去情報蓄積形態としては洗練された形式を備えていた。このため、過去の描写内容は微妙に揺れ動くものの、その後幕末に至るまで、文書集という形式が踏襲された。また、ここでの編集の対象は原文書だけではなく短い叙述(由緒書)も含まれていた。以上のように、本稿では、過去情報蓄積形態の三つの局面、原文書保管、筆写分類編集、叙述、のうち、編集と叙述の関係について主として分析した。This essay is a fundamental case study on various phenomena about information of the past. The aim is to position there cord keeping history as broader context from the view point of memory. This case is Omi-hachiman that is a local commercial town in early modern Japan. This towns men had kept a kind of royal charters in the special system distinguished other records. They were seemed to the evidence for their privilege of demission of labor. But their charters were not direct evidence. And so their towns men invented various memories to meet the needs of various cases. Moreover for the purpose of enforcing memory, they compiled the collection book of original documents in l721. This book has subject classification. I estimate this style as excellent in the first half of 18th century local era. And so they did not write along historical narrative, and followed the style of compilation until the end of early modern (1868). They compiled not only original documents but also short narratives. As above, I examined the relationship between compilation and narrative among three aspect of the form for accumulation of past information; record keeping, compilation, and narrative.
著者
渡辺 浩一
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要 アーカイブズ研究篇 (ISSN:18802249)
巻号頁・発行日
no.5, pp.1-22, 2009-02

本稿は、日本近世の文書管理史や由緒論と言われている研究潮流も含めて、過去情報に関わる様々な現象を、「記憶」をキーワードに、より広範な文脈のなかに位置づけるための基礎的な事例研究の一つである。対象は近江八幡町である。近江八幡町は、江戸時代を通じて、戦国末期から近世初期にかけて授与された織田信長や徳川家康の朱印状を、他の文書と区別される特別な保管体制に置いていた。そして、これらを「諸役免除」という「特権」の根拠としていた。しかし、信長朱印状は先行都市安土に授与されたものであり、家康朱印状には諸役免除が記されていなかった。このため、八幡町はその時期に応じて様々な内容の短い由緒書を叙述した、つまり様々な過去を創造することになった。また、創造された過去をより強化するために、1721年に「八幡町記録帳」という文書集を編集した。この文書集は、項目を立てて分類編集されており、その時期の在地社会の過去情報蓄積形態としては洗練された形式を備えていた。このため、過去の描写内容は微妙に揺れ動くものの、その後幕末に至るまで、文書集という形式が踏襲された。また、ここでの編集の対象は原文書だけではなく短い叙述(由緒書)も含まれていた。以上のように、本稿では、過去情報蓄積形態の三つの局面、原文書保管、筆写分類編集、叙述、のうち、編集と叙述の関係について主として分析した。This essay is a fundamental case study on various phenomena about information of the past. The aim is to position there cord keeping history as broader context from the view point of memory. This case is Omi-hachiman that is a local commercial town in early modern Japan. This towns men had kept a kind of royal charters in the special system distinguished other records. They were seemed to the evidence for their privilege of demission of labor. But their charters were not direct evidence. And so their towns men invented various memories to meet the needs of various cases. Moreover for the purpose of enforcing memory, they compiled the collection book of original documents in l721. This book has subject classification. I estimate this style as excellent in the first half of 18th century local era. And so they did not write along historical narrative, and followed the style of compilation until the end of early modern (1868). They compiled not only original documents but also short narratives. As above, I examined the relationship between compilation and narrative among three aspect of the form for accumulation of past information; record keeping, compilation, and narrative.
著者
藤本 徹
出版者
社団法人情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.62, no.12, pp.502-507, 2012-12-01

本稿では,「サービスとしてのゲーム」を一つの切り口として,ゲームの要素や枠組み,そしてその社会的利用における考え方を論した。ゲームの社会的利用に関連する概念を検討し,「サービスとしてのゲーム」の観点から,ゲーム産業におけるゲームのサービス化や情報サービス産業におけるサービスのゲーム化といった異なる角度から考察した。その上で,情報サービスにおいてゲームの要素を取り入れるアプローチを3つのレベルに整理して,それぞれの特徴について図書館におけるサービス開発の文脈で例示しながら,今後このような取り組みに向かう際に考慮すべき課題を検討した。
著者
三津石 智巳 外崎 みゆき 河村 俊太郎 中塚 寛幸 愛宕 翔太 岡本 真 清田 陽司
出版者
社団法人情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.62, no.12, pp.508-513, 2012-12-01
参考文献数
11

Ref.Masterとは,国立国会図書館が提供するレファレンス協同データベースを活用して開発された,レファレンススキル向上のためのツールである。ゲーム感覚で遊びながらレファレンススキルを学習することができる。また一方で,Ref.Masterは人が遊んだ副産物として,計算機では困難な処理がなされるゲーム「GWAP(Game with a Purpose)」のアプローチを利用することで,レファレンス協同データベースに登録されているデータの品質向上に貢献することも企図している。本稿では,利用者のモチベーションを保ち継続的に学習を続けてもらうためのゲームと,新たなデータ生成という別の目的を持つゲームであるという2つの側面をもつRef.Masterの開発背景や機能のほか,運用から得られた知見についても述べる。
著者
山川 宏 市瀬 龍太郎
出版者
社団法人情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.62, no.12, pp.514-519, 2012-12-01

21世紀にはいりIT分野の研究者が専門能力の強みのみでキャリア形成をすることは難しくなってきた。我々はこうした背景から,主に若手研究者らの自律的なキャリア形成を支援しうる教材としてHappy Academic Life 2006(HAL2006)というボードゲームを開発し,人工知能学会の20周年記念事業の一環として2006年に全会員に配布し,さらに電子版としてD-HAL2006を開発/公開した。電子版ではプレイログを利用したリフレクションにより自らの経験を大局的に客観視できるため,プレイ中に得られた教訓を各人の多様な将来像に転移しやすい。さらにD-HAL2006におけるプレイヤを学習エージェントとしてモデル化し,知的教授システムと融合した教育支援型ゲーミングシステムの研究も進めている。