著者
瀧 雅人 田中 章詞
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.759-764, 2019-11-05 (Released:2020-05-15)
参考文献数
10

このところ深層学習(ディープラーニング)という言葉を頻繁に耳にするようになってきました.巷では技術的特異点などのパワーワードに引っ張られ,人工知能が人間の仕事を奪うかもしれない等と報道されるケースも少なくないため,怪しい分野だと思われている方もいるかもしれませんが,そうではありません.機械学習の理論的下地は確率・統計学にあり,むしろ物理学を修めた方なら誰でも腑に落ちるような枠組みに支えられています.深層学習は,数多ある機械学習の手法群の中の一つの手法です.その一方,親玉である機械学習という分野は,データをもとにそこからパターン・知識を抽出する手法一般の研究開発を指します.物理学者が普段行っているデータ解析のうち,ある程度の割合は機械学習だといっても過言ではないでしょう.深層学習は,ニューラルネットワーク(ニューラルネット)と呼ばれる特殊な数理モデルを用いる点で,他の機械学習の手法と大きく異なります.ニューラルネットは20世紀の中頃,動物の脳の数理モデルとして提唱されましたが,その後はデータの学習のための機械学習モデルとして広く研究されるようになりました.長い研究の歴史を持つニューラルネットですが,2006年頃になり新しい段階に突入し,やがて加速的な発展期を迎えます.ネットワーク構造を深層化することでニューラルネットが極めて高い学習能力を発揮することが実証され,広範なタスクに対応できるネットワーク構造が次々と開発され始めたのです.この一連の流れで発見されたアルゴリズム・技術・ノウハウの総体が深層学習だ,といって良いでしょう.深層学習は画像認識にとどまらず,Google翻訳のような自然言語処理,音声の変換・生成,フェイク動画の生成,アルファ碁に代表されるゲームAIなど,急激にその応用範囲を拡大し,産業・科学技術の風景を変えつつあるのは皆さんもご存知の通りです.では,この間の研究によって全ては理解され尽くされ,応用も試み尽くされたのでしょうか? 実態はそうではなく,むしろその逆です.ニューラルネットが高い性能を実現する理論的なメカニズムは未だほとんど理解されておらず,そのためアドホックなネットワーク構造の設計も当然第一原理に基づくものではありません.そしてゲームAIのような探索的作業への大きな可能性があるにもかかわらず,深層学習の基礎科学への導入は,まだ部分的かつ初歩的な段階にあります.深層学習の高い表現能力や汎化性能の理論的理解や,データサイズに比べてデータ次元が極めて高いような場合に対応できる学習アルゴリズムの発見など,今後物理学者も寄与できる未解決問題も数多くあると考えられます.またこれまでの産業・ソーシャルデジタルデータだけではなく,科学データへの応用を通じて露わになる深層学習の技術的問題点や改良の可能性も数多くあるでしょう.これからは,基礎科学研究によって深層学習の新しい可能性が開けていくものと期待しています.
著者
成瀨 浩史 堀井 聡子 鶴野 充茂 吉村 健佑
出版者
日本広報学会
雑誌
広報研究 (ISSN:13431390)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.34-45, 2022-04-28 (Released:2022-07-25)

マンガ・アニメを用いた広報の感染症対策におけるエンターテインメント・エデュケーションの有用性を検討するため、感染症対策を目的とした厚生労働省の Twitter 投稿のうち、マンガ・アニメを起用した投稿の「いいね」、リツイート、引用リツイート数をそれ以外と比較した。マンガ・アニメを起用した投稿は8 事例あり、これら投稿へのリツイート等の平均値はそれ以外の投稿と比べ高かった。ただしリツイート等の数は投稿期間の長期化により減少する傾向にあった。本結果から、マンガ・アニメの起用は無関心層への訴求に有用性が示唆された。ただし、その効果は一過性であり、マンガ・アニメの放映時期など、外部要因を考慮した投稿により広報効果を高める工夫が必要である。
著者
小林 和夫
出版者
北海道地理学会
雑誌
北海道地理 (ISSN:02852071)
巻号頁・発行日
vol.1988, no.62, pp.7-17, 1988-04-30 (Released:2012-08-27)
参考文献数
44
著者
前村 孝志 後藤 智彦 秋山 勝彦 二村 幸基 渡邉 篤太郎
出版者
一般社団法人 日本航空宇宙学会
雑誌
宇宙技術 (ISSN:13473832)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.27-32, 2002 (Released:2002-12-19)
参考文献数
4
被引用文献数
1

平成13年8月29日初号機打上げに成功したH-IIAロケットは,幅広い打上げ能力と柔軟な運用性を持ちながら,コストはH-IIロケットの約半分の1機85億円以下であり,世界の商業化ロケットと遜色のない経済性を備えている.このため,信頼性向上とコストダウンを目的にエンジン,機体部品点数の大幅削減によるシステムの簡素化,軽量化に関し様々な新技術を投入した.また,地上設備についても改良を行い,ロケット組立て及び打上げ作業期間を大幅に短縮した.本報では当社が担当した数多くの新技術のうち主要項目について初号機打上げ結果とあわせて紹介する.
著者
篠崎 智大 横田 勲 大庭 幸治 上妻 佳代子 坂巻 顕太郎
出版者
日本計量生物学会
雑誌
計量生物学 (ISSN:09184430)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.1-35, 2020 (Released:2020-12-04)
参考文献数
65

Prediction models are usually developed through model-construction and validation. Especially for binary or time-to-event outcomes, the risk prediction models should be evaluated through several aspects of the accuracy of prediction. With unified algebraic notation, we present such evaluation measures for model validation from five statistical viewpoints that are frequently reported in medical literature: 1) Brier score for prediction error; 2) sensitivity, specificity, and C-index for discrimination; 3) calibration-in-the-large, calibration slope, and Hosmer-Lemeshow statistic for calibration; 4) net reclassification and integrated discrimination improvement indexes for reclassification; and 5) net benefit for clinical usefulness. Graphical representation such as a receiver operating characteristic curve, a calibration plot, or a decision curve helps researchers interpret these evaluation measures. The interrelationship between them is discussed, and their definitions and estimators are extended to time-to-event data suffering from outcome-censoring. We illustrate their calculation through example datasets with the SAS codes provided in the web appendix.
著者
桑村 幸恵
出版者
日本パーソナリティ心理学会
雑誌
パーソナリティ研究 (ISSN:13488406)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.311-313, 2009-05-01 (Released:2009-07-04)
参考文献数
9
被引用文献数
1 1

The purpose of this study was to examine empathic embarrassment toward others of different psychological distances, and to compare those high on chronic susceptibility to embarrassment and those low. Participants were seventy-five female technical-college students. They completed a questionnaire that used six situations and four actors: oneself, family member, friend, and stranger. They indicated how much embarrassment they felt toward each actor in each situation. Results showed that empathic embarrassment occurred more frequently toward the person of close psychological distance, and those high on chronic susceptibility experienced empathic embarrassment more often.
著者
中島 紳太郎 高尾 良彦 宇野 能子 藤田 明彦 諏訪 勝仁 岡本 友好 小川 雅彰 大塚 幸喜 柏木 秀幸 矢永 勝彦
出版者
日本大腸肛門病学会
雑誌
日本大腸肛門病学会雑誌 (ISSN:00471801)
巻号頁・発行日
vol.64, no.6, pp.414-422, 2011 (Released:2011-06-02)
参考文献数
20

症例は24歳女性でジェットスキーから転落し,外傷性ショックの状態で他院救急搬送となった.直腸膀胱腟壁損傷と診断され,損傷部の可及的な縫合閉鎖,ドレナージおよびS状結腸人工肛門造設術が施行された.膀胱機能は改善したものの括約筋断裂によって肛門機能は廃絶状態となり,受傷から3カ月後に当院紹介となった.排便造影で安静時に粘性造影剤の直腸内保持は不可能で完全便失禁であった.しかし恥骨直腸筋のわずかな動きと筋電図で断裂した括約筋の一部に収縮波を認めたため括約筋訓練を行った.2カ月後に最大随意圧の上昇を確認,また造影剤の直腸内保持が短時間ではあるが可能であり,恥骨直腸筋の収縮と超音波で断裂部の瘢痕組織への置換が確認された.受傷から6カ月後に瘢痕組織を用いた括約筋前方形成術,9カ月後に括約筋後方形成術と括約筋人工靭帯形成術を実施した.受傷から17カ月後に人工肛門を閉鎖し,便失禁もみられず経過は順調である.
著者
柳澤 亜希子
出版者
一般社団法人 日本特殊教育学会
雑誌
特殊教育学研究 (ISSN:03873374)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.13-23, 2007-05-30 (Released:2017-07-28)
被引用文献数
3 1

本研究は、障害児・者と暮らす兄弟姉妹(以後、「きょうだい」と記す)が直面する諸問題とそれに対する支援の動向について概観し、今後のきょうだいに対する支援のあり方について提言することを目的とした。従来、障害児・者のきょうだいへの支援は、同じ立場にあるきょうだいが交流する場を設け、彼らの不安や悩みを緩和することを目的とした心理社会的な支援がおもに実施されてきた。一方、障害児・者の障害特性や対応方法について学ぶことを目的とした教育的な支援は、実施の際の指針となる知見が不十分であるために、国内外ともに体系的な活動までには至っていないことが明らかとなった。今後、障害児・者のきょうだいに対する支援においては、どの時期に、どのような情報を提示していくべきか、教育的支援の内容を体系的に構築していく必要性が示唆された。
著者
Hirozumi Kobayashi Koji Nishigaki Toshifumi Saeki Ken Maeda
出版者
The Japanese Society of Systematic Zoology
雑誌
Species Diversity (ISSN:13421670)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.165-175, 2023-07-25 (Released:2023-07-25)
参考文献数
27

Seven specimens of Paloa villadolidi Roxas and Ablan, 1940, were collected from Okinawa and Ishigaki islands in the Ryukyu Archipelago, Japan, and their morphologies are described herein. Although this species has been considered as a synonym of Odonteleotris macrodon (Bleeker, 1853) which is redescribed in this study, the former is distinguished from the latter by having a steeper jaw (upper jaw tip not reaching orbit vs. ending below orbit center in O. macrodon), a contrasting number of canine teeth on the jaws (more upper-jaw canines than lower-jaw ones vs. more lower-jaw canines), the absence of distinct fin markings (vs. many small black spots on fin rays), no spots on the caudal-fin base (vs. with a red spot), and a higher number of cephalic sensory canal pores (17 vs. 13 or 14). This study also noted a unique canine teeth arrangement in P. villadolidi, which has canine teeth only in the anterior half of the lower jaw, unlike the canine teeth arrangement of four other butid genera (Incara Rao, 1971, Odonteleotris Gill, 1863, Ophiocara Gill, 1863, and Oxyeleotris Bleeker, 1874), which have an inner row of canine teeth in the posterior half of the lower jaw. Although further study is needed to determine the taxonomic status of P. polylepis Herre, 1927, the other nominal species of the genus, the present study tentatively considered it valid based on the original description, which described it as having a deeper body than P. villadolidi. The seven Japanese specimens were identified as P. villadolidi, as they have slenderer bodies than P. polylepis, and they represent the first Japanese records of the species.
著者
柳瀬 寛夫
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.58-63, 2020-02-01 (Released:2020-02-01)

図書館家具の地震対策は,建築全般の耐震性能とあわせて総合的に対策を練らないと,安全性は確保できない。「構造体」から伝わる「非構造部材」の揺れ方は一様ではなく,思いがけない被害をもたらすこともある。「家具」に留まることなく,「非構造部材」全般に渡って幅広く被災事例を知ることで,相互に関わるきめ細かな耐震対策に気づけるようになる。書架においては転倒防止を第一とし,建築側の状況を踏まえて適切な方法で床や壁などに固定する。また書架を軽くするため本の落下はやむを得ないと考えるが,頭より高い位置に重い本を置かない,避難路の確保を考えておく,棚への戻しやすさなど,対策しておくべきことは多い。
著者
入江 恵子
出版者
日本スポーツとジェンダー学会
雑誌
スポーツとジェンダー研究 (ISSN:13482157)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.148-158, 2015 (Released:2017-04-14)
参考文献数
24

Modern yoga in Japan specializes in certain factors after having experienced three booms in its popularity, including the tendencies of feminization, consumer culture, fashion, medicine, and spirituality. Specifically, feminization is an outstanding characteristic of yoga in Japan as some yoga studios will only permit females to participate. On the other hand, yoga in Japan excludes a religious and/or philosophical element, which is present in yoga practice in other countries. As such, this paper examines how Japanese yoga has been feminized through the elimination of religious factors. For this purpose, this study analyzed the article, autobiographies, and data from the fieldwork. This study found that incidents of religious cults in Japan once damaged the whole yoga community so severely that most yoga studios were banned as a result. One yogi decided to focus on the female population in order to eradicate the stigma attached to yoga, and the social background of “spiritual culture” and “consumer culture” assisted in his arbitrary decision. Finally, the images and the way that yoga is “consumed” in Japan reflect the gender norms of today. Modern yoga in Japan places importance on “healing/relaxing” for beauty, and never mentions enhancing sexual ability like in other countries.
著者
宮田 りりぃ 石井 由香理
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.266-280, 2020 (Released:2021-09-30)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

本稿では,2016 年から大阪新世界エリアの女装コミュニティにおいて不定期開催されている,当事者主体の交流イベントに着目する.そこで,一連のイベントに関わった人々へのインタビューから,イベントの成立過程および当事者たちの自己語りについて描き出す.その上で,そこでは女装の逸脱的意味づけがどう組み替えられているのかを考察する.第1 に,この交流イベントは,当事者同士の連帯と結びついた「楽しみの増加」を目指す女装者たちと,長期的観点からの「売り上げの増加」を目指す商業施設側との間の利害や合理的判断が一致するかたちで成立していた.第2 に,女装者たちが語る自らの性別越境とは,女装と男性とを自由に往来するような可逆的なものであり,また気軽に実践できるような楽観的なものでもあった.これらの結果から,一連のイベントは,女装という行為に対する娯楽化と経済化という異なる逸脱的意味づけの組み替えが共存することで支えられており,さらに逸脱の娯楽化は当事者たちによる固定的な性別越境のあり方との差異化によって可能となっていることがわかった.以上の知見は,これまで医療化によって支援から周縁化されたり,犯罪化によって差別的扱いを受けたりする傾向にあった女装という行為を捉え直すための,新たな視角を提起するものである.
著者
野口 肇
出版者
医学書院
雑誌
助産婦雑誌 (ISSN:00471836)
巻号頁・発行日
vol.20, no.4, pp.48, 1966-04-01

1月29日づけの各紙朝刊は,軒なみに,天皇の第三皇女和子さんの夫君である鷹司平通氏が,自宅にすぐちかいマンションの一室で死んでいたとかきたてました.それぞれ「事故死」とか「変死」とのべているが,おなじ部屋で銀座のバー「いさり火」の前田さんというホステスが死んでおり,ガスストーブの栓があけはなしてあったとのことです.警察当局のしらべではどちらもお酒をそうとうのんでいて,死因は一酸化炭素の中毒,他殺のあとはないそうです.つまりひらたくいえば,よくあることだが,妻のある中年男がバーのホステスと合意の心中をしたのです.ふつうなら新聞はほんの数行だけ隅に報道するはずですが,なにしろ当事者が皇族のひとりというので大さわぎでした. いうまでもなく鷹司氏は元明治神宮宮司の長男,平安時代からつづいている五摂家の当主という純良な血統で,機関車の研究ではいくつも著書をもっている権威者,交通博物館につとめるまじめなサラリーマンです.同館長の意見ではたいへんまじめで,こうした心中事件などおもいもよらなかったと語っています.記憶をよびさませば,昭和25年5月,「民間人」として内親王を夫人にむかえたさいしょの人,当時やんやと祝福されたものです.趣味は古典音楽と切手の収集,バーあそびや女性関係などかりそめにもウワサにのぼらない模範的な紳士でした.
著者
宮崎 友里 重松 潤 大井 瞳 笹森 千佳歩 山田 美紗子 高階 光梨 国里 愛彦 井上 真里 竹林 由武 宋 龍平 中島 俊 堀越 勝 久我 弘典
出版者
一般社団法人 日本認知・行動療法学会
雑誌
認知行動療法研究 (ISSN:24339075)
巻号頁・発行日
pp.21-017, (Released:2022-10-05)
参考文献数
36

インフォームド・コンセント(Informed Consent: IC)は、心理療法を提供する際にセラピストが道徳的な義務として行うことが必須とされている。一方で、心理療法のICでは多くの場合、心理療法を実施する期間や費用の設定に関する形式的なIC取得が多い。また、心理療法におけるICは、セラピストの治療関係の重要性をよりよく理解するのに役立つといった側面や、心理的な支援のプロセスにおいて大きなバイアスとなる可能性があるなど、心理療法に与える影響について指摘されているが、わが国でそれらを概観した研究はない。そこで本稿では、心理療法におけるICの現状や研究動向について述べたのち、IC取得が困難な場合の対応や国内施設における心理療法のIC取得に関する現状を報告し、心理療法のICの理解を深めることを目的とする。