- 著者
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鈴木 雅博
- 出版者
- 日本教育社会学会
- 雑誌
- 教育社会学研究 (ISSN:03873145)
- 巻号頁・発行日
- vol.105, pp.27-47, 2019-11-30 (Released:2021-07-10)
- 参考文献数
- 13
教師が無境界的な仕事に献身的に取り組むことについては,熱心さを重視する文化や際限のないリスク管理を求める言説の作用,法制度の問題等によって説明されてきた。ただし,こうした説明は教師を文化・言説・制度に係る諸規範に従う受動的な存在として位置づけ,教師の実践が持つゆたかさを取り逃がしてしまうおそれがある。そこで本稿は,教師たちが時間外の仕事に規範を結びつけてそれとして解釈していく,あるいは解釈するように求めていく実践を明らかにすることを試みる。調査対象は,勤務時間短縮にともなって下校時刻の扱いをどうするかが話し合われた公立中学校での会議場面である。 原案は「教師は部活動に懸ける子どもの思いに応えるべき」との規範を論拠に下校時刻繰上げを一部にとどめていたが,会議参与者は学習指導や生活指導,リスク管理に係る諸規範を下校時刻に結びつけることや,問題を「教育」ではなく「労働」の枠組みで捉えることで原案がもたらす時間外労働の増加を回避しようと試みていた。そこでは,諸規範の「正しさ」ではなく,どの規範や枠組みがその場にとってレリヴァント(適切)となるかが争われた。教師は単に規範に従うのではなく,しかも,労働者ではなく教師に結びつけられた,学習指導/生活指導/リスク管理という「子どものため」の指導規範を参照することで,勤務時間短縮という「果実」を不完全にではあれ取り戻していた。