著者
河谷 大和 柏崎 礼生 高井 昌彰 高井 那美
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
情報処理学会研究報告. グラフィクスとCAD研究会報告 (ISSN:09196072)
巻号頁・発行日
vol.132, pp.35-38, 2008-10-07
参考文献数
5
被引用文献数
1

日本におけるアニメ作品は,国内及び世界的にも高く評価されており,代表的なデジタルコンテンツ産業の一つとなっている.その一方で,動画投稿サイトや同人活動,個人的な趣味の場において,これらの資源を再利用した二次創作物の制作意欲が日々高まりつつある.しかしそれらの制作にあたり,技術面などから手をつけられずにいることも多い.そこで本稿では,アニメ作品の肝であるキャラクターに着目し,それらに特徴的である顔の輪郭形状,目領域,髪領域などに関する特徴量を自動で抽出し,アニメ作品に特有な描画調の強さの度合いを示すアニメ度の定義をし,キャラクターの評価を行う手法を提案する.また,その応用例についての検討を行う.
著者
三浦 洋子 Yoko Miura 千葉経済大学 Chiba Keizai University
出版者
千葉経済大学
雑誌
千葉経済論叢 = The Chiba-Keizai ronso (ISSN:0915972X)
巻号頁・発行日
no.29, pp.45-77,

朝鮮半島の人口問題を食料事情との関連させながら、戦前の李朝時代、植民地時代から現在の韓国と北朝鮮まで比較検討を試みた。すなわち、総人口、人口変動要因である合計特殊出生率、平均寿命、国内移動、国際移動、人口政策も交えて検討し、さらに戦後の人口移動が引き起こした問題点として、年齢構造の変化、経済活動参加状況、産業別労働人口を考察した。李朝時代は食料不足が人口増加の歯止めとなったことが、人口低迷の理由であろうし、植民地時代の人口倍増は、1人1日当りの供給熱量が2,700キロカロリーという水準に到達したことと、衛生状態の改善等が主な理由である。戦後は韓国では70年代の「続の革命」まで人口増加圧力による食料不足は継続した。北朝鮮は当初人口が1000万人に満たなかったため韓国のような食料不足はなかったが、旧ソ連の崩壊とともに支援国を失い、1990年代中半から食料危機が叫ばれ餓死者まででてきた。したがって北朝鮮は人口変動のあらゆる局面に食料不足と経済難が影響している状況にある。
著者
北崎 朋希
出版者
公益社団法人 日本都市計画学会
雑誌
都市計画論文集 (ISSN:09160647)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.640-645, 2017

1998年、ニューヨーク市は歴史的建造物の保全活用を目的として、ミッドタウン特別地区シアター街区の容積移転制度の拡充と負担金制度の導入を行った。この容積移転制度の拡充によって、従来の手法では容積移転が困難な場所にあった劇場を中心に59.7万平方フィートの未利用容積が移転された。また、この負担金制度は、劇場から開発権を購入したデベロッパーから859万ドルを集めた。この資金は、劇場の保全を直接支援するのではなく、新規顧客の開拓や新たなミュージカルやストレートプレイの政策支援に活用されている。これは、シアター産業が安定的に成長することで、劇場所有者が施設の保全や活用に自然と注力するというサイクルを生み出すという考えに基づいている。
著者
牧野 幸志
出版者
摂南大学
雑誌
経営情報研究 : 摂南大学経営情報学部論集 (ISSN:13402617)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.1-10, 2009-02

本研究は,親しい関係にある男女が,どのようなデート状況において,どの程度の性行動を正当と考えるかを検討した。実験計画は,被験者の性別(男性,女性)×デートに誘う側(男性,女性からそれとなく,女性)×デート内容(映画,飲み会,相手のアパートへ,自分のアパートへ)の3要因被験者間計画であった。被験者は,大学生・短大生240名(男性120名,女性120名,平均年齢18.42歳)であった。従属変数は,性行動レベル別に,キス,ペッティング,性交の3測度であった。 3要因分散分析の結果,いずれの性行動測度においても,女性よりも男性のほうが,性行動を正当と認知していた。また,デート内容がより親密なものになるにつれて,性行動の正当性認知が高くなった。さらに,性行動レベルが進むにつれて,正当性の認知は低くなった。特にペッティングと性交については正当性認知が低かった。予想された被験者の性別とデートに誘う側の交互作用,3要因の交互作用は見いだされなかった。
著者
木村 直恵
出版者
日本比較文学会
雑誌
比較文学 (ISSN:04408039)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.7-22, 2003

<p> "Critique" est un mot couramment employé dans la langue japonaise d'aujourd'hui. Mais c'est seulement à partir de la seconde moitié des années 1880 que ce mot a commencé à se répandre et à être utilisé dans le sens moderne. Ce qui ne signifie pas simplement que le mot "critique" s'est mis à circuler; mais aussi que la "critique" en tant que pratique productrice de discours est apparue au sein de l'espace du discours dans la langue japonaise. Mais comment ce nouveau discours, cette nouvelle pratique ont-ils gagné leur place dans cet espace? Nous essayons dans cet article d'éclaircir ce processus, en englobant l'ensemble des mécanismes des discours de l'époque et de ses pratiques.</p><p> Dans cet article, nous avons surtout examiné l'origine de la "critique" par rapport à un autre discours-pratique, apparemment loin de la "critique" :l'"amélioration". L'"amélioration" était un discours-pratique qui est devenu central après la fin du "mouvement de la liberté politique et du droit civil" Contrairement au "mouvement de la liberté politique et du droit civil" qui se focalisait uniquement sur le domaine politique, l'"amélioration" prétendait intervenir, en dehors de la politique, sur un espace plus large: la "société". Ce fut aussi une étape de concrétisation du concept de la "société"</p><p> Les premiers acteurs de la "critique",Tubouchi Shôyô et Takata Sanaé, l'ont initiée , tout en se chargeant de la pratique de l'"amélioration",et tout en critiquant vivement la pratique dominante de l'"amélioration" en vigueur. Ils ont entretenu un rapport profond avec la formation du roman moderne et, dans cette opération, ils ont recomposé la conception de la "société",et ont suscité le démembrement de la pratique de l'"amélioration",avec la naissance de la "critique". C'est dans cette large perspective que l'on arrive à tracer historiquement la naissance du discours-pratique de la "critique"</p>
著者
佐立 治人
出版者
關西大學法學會
雑誌
関西大学法学論集 (ISSN:0437648X)
巻号頁・発行日
vol.68, no.4, pp.1004-979, 2018-11
著者
栗原 俊夫
出版者
足利短期大学
雑誌
足利短期大学研究紀要 (ISSN:03893278)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.35-39, 1997-03-15

昭和31年に始まり,現在も細々とではあるが続けられている「地の塩の箱」運動について,運動の創始者である江口榛一の思想(特に運動の動機)に焦点を当てて考察した。「地の塩の箱」は市中に設置され,その箱の中に有志から入れられた寄金を貧しい者に自由に使ってもらおうという趣旨の箱で,最盛期には国内だけでなく海外でも設置された。この箱の設置運動は慈善が最終目的ではなく,「無償の精神」を社会に広めようとする精神運動であった。江口榛一がこの運動を始めた直接の動機は社会正義的なものであったが,その背後には彼の複雑な人格の問題と信仰が存在していた。江口にとってこの運動は根本的には自己の魂の救済を求める行為であったと思われる。
著者
鳥谷 善史
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
no.9, pp.159-176, 2015-07

天理大学近畿中央部の否定形式には「~ン」や「~ヘン」類という2種類の形式が存在する。現在その意味的異なりは若い世代においてはなくなりつつあるという。その中で,大阪府や奈良県の世代差に注目した調査結果から若年層の2拍一段動詞及び変格動詞において,「~ヤン」という否定形式が急速に広がりはじめていることがわかった。これは近畿周縁部である「和歌山県」や「三重県」の若年層から「大阪府」や「奈良県」の若年層への流入であることを言語地理学的調査結果などから確認する。また,その変化要因としては,言語内的には,これまで「~ン」と「~ヘン」の2種類で否定をしてきたがそれらが,意味的異なりを失ったことを契機として,体系的整合性や発話としての経済性を獲得するとともに,関西全域で一つの否定形式として「~ン」のみの方向に向かっているとの見解を調査結果から論究した。ただ,五段動詞以外の2拍語では,これまでの形式との関係から単純に語幹+「ン」のみに変化できず,その変化の一段階として「ミヤヘン」などの「~ヘン」から「ミヤン」といった標準語形とは全く別の地域のアイデンティティーを生かした形式を取り入れたと考えた。この仮説は,標準語等の言語的影響を直接受けずにいる台湾日本語の変化モデルも視野に入れつつ導いたものである。
著者
井上 有史 久保田 英幹 栗原 まな 馬場 啓至 平田 幸一 松岡 洋夫
出版者
日本てんかん学会
雑誌
てんかん研究 (ISSN:09120890)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.483-489, 2009-01-31
参考文献数
4
被引用文献数
4

2002年6月に道路交通法が改定され、てんかんをもつ人でも条件により運転が許可されるようになった。すべての人が更新を終えた法施行後5年後の実態および問題点について調査するため、警察庁(公安委員会)とてんかん学会会員にアンケートを送付した。警察庁からの提供資料は2003年、2005年と比較し、てんかん学会会員の回答は2003年の調査結果と比較した。合法的に免許を取得した人は2544人で、48%は再適性検査不要であり、要再検査は3年後がもっとも多かった。一方、免許不許可は169人、保留・停止は60人であった。95%が自己申告であり、多くは主治医診断書で処理され、臨時適性検査医によるものは2.5%であった。てんかん学会員は43名が回答し、半数以上がてんかんをもつ人の運転免許に関する意識がポジティブに変わったとした。すべてのてんかんで一律に同じ基準で判定することの問題、殊に希発発作、最近発症のてんかん、誘因のある場合等では、別個に判定すべきであるという意見があった。適性検査における問題点として、発作がおきるおそれがないとは断定できないこと、再発時の免許取消を改善すべきこと、判定医の責任の所在の明確化などが挙げられ、警察の適切な情報公開、学会の判定マニュアル作成や実証的研究推進などの要望があり、啓発活動の重要性が指摘された。法施行後5年が経過し、法の内容および処理手順については浸透してきており、具体的な問題点の整理検討と改善にむけての行動の必要性が指摘された。
著者
田中 里尚
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要 服装学・造形学研究 (ISSN:13461869)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.31-38, 2011-01

本研究は,Angela McRobbieが行った『Jackie』の分析視角を『CanCam』に適用した試論である。1982年1月に創刊された『CanCam』(小学館)は,現在のイメージとは相反して大学生活をエンターテインメント化し,その架空の舞台を通じて,ファッションや恋愛の情報を提供する雑誌であった。ところが,80年代の好景気と雇用機会均等法の施行という背景を受けて,徐々に誌面の中での高級化が進行した。高級化とは単に情報として提示される服の価格の上昇ということではない。すなわち,服を用いて表現されるアイデンティティにステータス意識を持ち込むことによって,創刊当初の大学生活の舞台とファッションが犠牲になり,ステータス意識のある女性像が構築された。その結果,誌面にはブランドを推奨する記事があふれた。それは単にブランド好きということではなく,ステータス意識をもつ女性像に必要なものとして提示され,正当化をほどこされている。また,異性目線によって作られていたファッション記事は,ステータス意識を持つ女性が語る「自分らしさ」という言葉に代表されるように,自分あるいは同性の目線で作られる記事へと変容した。
著者
山崎 孝史
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.412, 2008

地政学の「魅力」と地政言説<BR>言葉による表現が、特定の空間や場所をめぐる想像や表象を意味し、歴史的・政治的な文脈の中である種の真実性を持つものとして扱われることがある。その政治的に重要な例が「地政言説」である。オトゥーホール(O' Tuathail)によれば、地政学は「国家間の競争と権力の地理的な側面を強調した世界政治に関する言説」である。オトゥーホールは、現代において地政学がジャーナリスト、政治家、戦略思想家などにとって魅力であるという。ジャーナリストや政治家は地政学をとおして、混沌とした日常的な出来事を超えた、本質化された差異にもとづく永続的な対立や根源的な闘争を見出そうとする。そこで地政学を言説としてとらえるならば、特定の政治家や戦略思想家が「現実」として示す世界が、実は特定の時間と空間の文脈から描き出されていることや、多様で複雑な現実を特定の視点から単純化されていることに気づくことができる。<BR><BR>地政言説の構成と物質的基礎<BR>言説は単に書かれたものとして主体の位置、実生活、あるいは社会の諸制度から遊離しているわけではなく、それらの中に埋め込まれている。地政言説を例にとれば、世界政治の表象は特定の国家の物質的な要素(人口・資源・産業・資本など)と無関係ではなく、それを基礎としてつくり出される。オトゥーホールは地政学の概念的構成を図解している。図の上部におかれるのが三つのタイプの地政言説とその具体的な形態であり、これらの言説は地政的想像力によってつくり出される特定の地政的伝統から派生している。地政的伝統とは、特定の国家の構造を基礎としている。こうした図式は国際関係の分野での言説構成の理解には有効であるが、それ以外のスケールではどうだろうか。<BR><BR>スケールと言説<BR>政治地理学的にみると、地理的スケールは重要な政治的意味を持つ。個人または集団による政治行動は特定の場所において展開し、一定の空間的広がりを持つ。スミス(Smith)が分類する身体からグローバルにいたる7つのスケールは、政治行動が展開される空間的広がりの程度を示している。特定の政治問題や政治行動は特定のスケールを基盤に発生・展開し、またそのスケールの操作をめぐって政治的な駆け引きが起こる。これを「スケールの政治」と呼ぶが、問題のスケールが重層的な場合「スケールのジャンプ」と呼ばれる現象が起こる。こうしたスケールの政治にも地政言説が関係する。それを「スケール言説」と呼び、政治行動の理念的部分において重要な役割を果たす。政治問題や政治運動は単一のスケールで展開するものではなく、多様なスケールの間を往復する。故にスケール言説の分析についてもマルチスケールの視角が求められる。<BR><BR>言説分析の方法<BR>では言説はどのように分析されるのであろうか。社会運動における主体と場所や空間との関係とを明らかにするために、フレーム分析の手法を用いることができる。フレーム分析は、社会運動を「枠づける=フレーミング」言説に着目する。社会運動は特定の信念、価値観、あるいは世界観のもとに組織され、運動組織は自らの活動を正当化し、敵対する立場や組織の考え方を否定する。フレーミングとは、そうした運動の理念を言語的に表現する行為である。フレーミングに着目することで、特定の組織の活動理念の形成過程のみならず、組織内あるいは組織間での異なった理念の同調や対立を検討することができる。こうしたフレーミングは複雑な現実を言説的に単純化することで人々の支持を得ようとする。この点では地政言説と同様の働きをもっている。<BR><BR>地政言説から政治を読む<BR>地政言説と政治との関係を理解することは、地理学という観点から政治を分析する上で有効となる。また、特定の個人や集団が空間や場所を表象する行為から政治的な意図や権力関係を読み取ることは、政治という営みに対する感受性や批判的思考力を高めることにもつながる。そして、私たちがより賢明な市民や有権者であるためには、地政言説の作用に敏感であるばかりでなく、そうした言説の基礎をなすもっと複雑で錯綜した世界や社会の物質的構成(人口・権力・その他資源の配分、すなわち地理そのもの)を理解せねばなるまい。
著者
沢水 男規
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.47-58, 2018

本論文は怪獣映画『ガメラ3邪神<イリス>覚醒』(1999年)における京都の表象について論じるものである. 第一節では本作において怪獣たちが京都の街並みをどのように破壊しているかを分析し, 本作における京都の破壊が他の都市の破壊よりも小さい規模で描かれていることを示す. 第二節では他の映画作品を参照し, 特撮映画というジャンル全般における京都の表象の特徴を見出す. 第三節では京都という都市に対して本作の作り手が抱いていた「京都らしさ」の実態を考察し, 本作における京都の表象に偏りが生じた要因を明らかにする. 本作における京都の表象は, 怪獣映画における都市の破壊, および映画における京都の表象に関する議論の中で従来十分に論じられてこなかった. 本論文は映画における京都の表象に関する議論を発展させ, 新たな視座を加えることを試みる.