- 著者
-
佐藤 惟
- 出版者
- 福祉社会学会
- 雑誌
- 福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
- 巻号頁・発行日
- vol.14, pp.169-191, 2017-05-31 (Released:2019-06-20)
- 参考文献数
- 37
本稿の目的は,近年社会科学の分野で注目を集める「希望」の概念を社会福祉領域に適用することが,「ニーズ」をめぐる議論に与える影響を探ることである.本稿では特に,「ニーズ」や「デマンド」,「希望」に関する議論と,介護保険制度導入前後の時期に出された行政文書から,高齢者福祉領域における政策理念の転換を分析した.その結果,1990 年代前半まで「ニーズ」と「デマンド」の相違に関する議論が主流であったのが,2000 年前後からは,「ニーズ」と「希望」の関係への言及が増えていた.介護保険制度の導入に当たっては,高齢者の「希望」に基づき「その人らしい生活」を送ることが,「尊厳の保持」につながることが述べられ,それまでの「ニーズ」とは別の視点が現れていた. 「デマンド」に比べて「希望」は,自己決定の土台となる概念でもあり,介護保険制度が掲げる「自立支援」や「尊厳の保持」と親和性の高いものである.ミクロ実践の場では,「信頼関係構築」のためにも,「希望」の把握が欠かせない.一方で,本当に支援が必要な社会的マイノリティの存在を見逃さないためにも,マクロ政策においては「希望」とは別の基準による議論が必要であり,「社会的判断に基づくニーズ」を語ることがあくまで重要な意味を持つ.「希望」の概念を導入することで,「ニーズ」が指し示す範囲は客観的ニーズとしてのあり方に収束し,その輪郭が明確になってくる.