著者
松本 和也
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.61, no.9, pp.33-44, 2012-09-10 (Released:2017-11-22)

本稿では、昭和一〇年代後半(昭和一五~一七年)の私小説言説を検討対象として、それらが陰に陽に意識していたと思しき歴史小説(や客観小説)を主題とした言表との相関関係において分析・記述する。昭和一六年までに歴史小説言説と私小説言説とが、〝私〟を基(起)点とする作家としての態度を重視するという点で近接していたことを明らかにした上で、対米英戦開戦の一二月八日をへて一挙に合一される様相までを論じた。
著者
松本 靖 後藤 幸弘
出版者
Japanese Society of Sport Education
雑誌
スポーツ教育学研究 (ISSN:09118845)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.89-103, 2007

小学校5年生児童を対象に、戦術の系統に基づいて考案した7つの「課題ゲーム」を中心とする学習過程を適応した実験群 (TG群) と、「5対5のミニゲーム」とゲームで発見した課題を練習する学習過程を適応した対照群 (NG群) を設定し、両群の学習成果を比較した。結果は以下の通りである。<br>1) 個人的技能 (8の字ドリブルの得点、ボールリフティング回数、トラップ回数、ならびにパスの正確性) は、両群ともに向上が認められた。<br>2) 集団的技能 (攻撃完了率、仲間との関わり率、連係シュート率) は、両群ともに向上した。しかし、TG群では単元後半に顕著な向上を示し、NG群との間に有意差がみられるようになった。<br>3) シュートに至るプレーパターン (8種類) の出現種類には、両群間に差はみられなかった。しかし、スルーパス、ワンツー、ポスト、およびオーバーラップからのシュートの出現頻度は、TG群では増加したが、NG群には増加はみられなかった。また、相手クリアーミスとドリブルからのシュートの出現頻度は、TG群では減少したが、NG群では前者は増加し、後者には変化はみられなかった。<br>4) 単元終了時における戦術行動の出現頻度は、いずれもTG群の方が多く、スルーパス、ポストにおいて顕著な差がみられた。<br>5) 授業の自己評価は、TG群の方がNG群よりも有意に高値を示した。さらに、記述内容においても、「技や力の伸び」では、TG群はパスの正確性に関することが多く、NG群は個人技能に関することの多いことが認められた。また「新しい発見」では、TG群はボール非保持者の動きに関することが多く、NG群は守備の仕方に関することが多く認められた。さらに、「楽しさ」では、TG群は、集団技能に関するものが多いのに対して、NG群は、精一杯の運動、勝敗に関するものが多かった。<br>6) 態度測定の「価値」ならびに「評価」尺度の得点は、TG群の方が高いことが認められた。<br>7) 戦術行動の認識度は、両群ともに有意に向上したが、単元終了時の成績は、攻撃に関わる成績の差によってTG群の方が高値を示した。<br>8) 学習ノートにみる作戦は、TG群では 『スローガン的作戦』 から 『パスパス作戦』 『状況把握攻撃作戦』 に変化した。これに対し、NG群では 『スローガン的作戦』、『役割分担守備作戦』 から 『守備を固めて速攻作戦』 に変化し、守備に焦点化された作戦に終始していた。<br>9) サッカーの学習が楽しかったと答えた児童は、両群ともに増加した。また、その増加は、TG群の女子において顕著に認められた。<br>10) 戦術行動認識度テストと授業の楽しさ得点の間には、有意な相関関係が得られ、戦術に関わる認識が高まり、それをゲームで発揮できるようになれば、児童はサッカーの授業を楽しめるようになることが示唆された。<br>以上のことから、戦術行動の系統を基に考案した「課題ゲーム」を中心とする学習過程は、児童に戦術行動を認識させることによって、個人技能や集団技能を高め、楽しさを感じさせ得ることができ、体育授業に対する愛好的態度をも高め得ることが認められた。<br>ところで、本研究で用いた「課題ゲーム」は、攻撃に焦点をあてて作成し、攻撃の認識の高まりとともに守備の認識の高まりを期待した。しかし、攻撃に関する認識は高め得たが、守備に関する認識度をNG群以上に向上させ得なかったという問題が認められた。これには、守備は受動的になるためゲーム状況を記憶できにくいことに加え、攻撃側に数的優位を保障した本研究の「課題ゲーム」では、完全な防御が不可能であったことの影響が考えられた。この点については、今後さらに検討する必要がある。
著者
松本 通夫
出版者
鳥取県産業技術センター
雑誌
鳥取県産業技術センター研究報告 (ISSN:13464345)
巻号頁・発行日
no.10, pp.27-32, 2007

鳥取県で生産されるあんぽ柿の一部は、従来のあんぽ柿よりも乾燥が進んでいないため、軟らかく、かつ、美味しいが、日持ちが悪い。そこで、過熱水蒸気処理による表面殺菌により、このあんぽ柿の日持ちの向上を検討した。20℃保管では、過熱水蒸気処理することにより、日持ちを2〜3日延長できて約1週間の日持ちを可能とした。10℃保管では過熱水蒸気処理の有無にかかわらず、5〜6週間の日持ちが可能であり、低温保管による日持ち効果の著しいことが明らかとなった。
著者
綿引 壮真 松本 聡 阿部 豊
出版者
一般社団法人 日本機械学会
雑誌
日本機械学会論文集 (ISSN:21879761)
巻号頁・発行日
vol.83, no.852, pp.16-00476-16-00476, 2017 (Released:2017-08-25)
参考文献数
20

New viscosity measurement technique by using rotational breakup of electrostatically levitated droplet was developed. The new one-dimensional viscosity measurement equation is derived by integrating three-dimensional momentum equation based on the assumptions with axisymmetric shape and internal flow of levitated droplet. From the measurement result obtained, internal flow around the center of the dumbbell shape droplet is axisymmetric along the elongational axis. This result means that the present proposed new method is appropriate. In the present study, high accuracy image processing technique is applied to obtain the shape and curvature around the center of the dumbbell shape droplet by using the transformation to rotating coordinate system. The present technique can be applicable after the breakup start and before the shape of the droplet becomes asymmetric. This is reason why Euler force becomes so large that the symmetricity cannot be sustained. The newly proposed viscosity measurement technique makes it possible to estimate the viscosity within 10 % error in the range of the viscosity which the previous levitation technique cannot be available.
著者
清藤 武暢 黄瀬 和之 四方 順司 松本 勉
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. WBS, ワイドバンドシステム (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.104, no.734, pp.13-18, 2005-03-11

グループ署名方式は, ChaumとVan Heystにより提案された署名方式であり, グループに属する利用者がグループの代表として匿名で署名を生成することができ, 問題が生じたときにはグループ管理者により署名生成者を特定することができる方式である.本稿では, これまで計算量的な安全性の枠組みのもとで研究されてきたグループ署名方式について, 情報理論的安全性の枠組みのもとで考える.特に, 情報理論的に安全なグループ署名方式のモデル, 及び安全性の概念を新しく導入する.そして, 安全性の概念の定式化を行う.更に, その強い安全性を満たす具体的な構成法を提案する.
著者
松本 大成 志田 純一 上ノ町 重和 濱田 貴広 山口 徹 弓削 英彦 有薗 剛
出版者
西日本整形・災害外科学会
雑誌
整形外科と災害外科 (ISSN:00371033)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.577-580, 2008-09-25 (Released:2008-11-20)
参考文献数
6

症例は70歳男性.草取りをした後に右前腕の疼痛が出現したため,クリニックを受診し,筋肉痛の診断でステロイドの局注を受けた.翌日,疼痛の増悪と前腕の腫脹を来たし,近医へ入院となった.抗生剤投与するも,腫脹は上腕まで広がり,Vitalの悪化と意識レベルの低下をきたしたため,受傷後2日目に当院紹介,救急搬送された.入院時,既に意識レベルの低下を認め,右前腕から上腕まで著明な腫脹と暗赤色調の紫斑と水泡形成を認めた.単純レントゲン,CTにて皮下から筋層内まで及ぶガス像を認め,ガス壊疽の診断にて緊急手術(上腕及び前腕切開排膿,デブリードマン)を施行した.培養にてKlebsiella pneumoniaeを認めた.全身管理の甲斐なく術翌朝永眠された.非クロストリジウム性ガス壊疽の死亡率は25.1% と生命予後不良の疾患である.いかに早期診断,早期治療,迅速な救命処置が必要か考えさせられる症例であった.
著者
宮地 功 松本 靜夫
出版者
福山大学
雑誌
福山大学工学部紀要 (ISSN:0286858X)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.147-152, 2007-12

It is very important to know Fujii Koji's career and his surroundings, in order to know the way and the philosophy of his architectural design. He was born in 1888 and died in 1938. His life can be divided into 4 periods-First period; from birth until entrance to university: Second period ; during Tokyo Imperial University: Third Period; during Takenka Komuten: Last period; during Kyoto Imperial University. He was acquainted with many intellectuals, artists, writers, prominent teachers and so on in his life. He might be affected by those people and he influenced on many people.
著者
西岡 伸 鳥居 拓馬 楠本 拓矢 松本 渉 和泉 潔
出版者
一般社団法人 人工知能学会
雑誌
人工知能学会論文誌 (ISSN:13460714)
巻号頁・発行日
vol.32, no.5, pp.AG16-C_1-10, 2017-09-01 (Released:2017-09-01)
参考文献数
20

In recent financial market, high frequency traders (HFTs) and dark pools have been increasing their share. Financial analysts have speculated that they might decrease market transparency and malfunction price discovery, and their interaction would make the situation worse.To validate speculations, artificial market simulation is a tool of study by constructing virtual markets on computers. In this research, by constructing an artificial market simulation, we analyzed how the interaction between HFTs and a dark pool impacts on the market efficiency (in the sense of price discovery) of a (lit) stock market. In simulations, two types of trader agents enter the market. A market maker agent, a representative strategy of HFTs, submit orders to the lit market. We analyzed the market maker's interest rate spread, or simply the spread, as a key parameter for their strategy. Stylized trader agents submit orders to either the lit market or the dark pool with some probability given as a parameter.The simulation results suggest that on the condition that market makers have little impact to market pricing (having a large spread), moderate use of dark pools can promote market pricing. On the other hand, on the condition that market makers have big impact to market pricing, excessive use of dark pools can inhibit market pricing, while using dark pools do not have bad influence when the rate of use is not high. On the influence of market makers, our results suggest that the bigger the impact to market pricing (a small spread), the more it can promote market pricing.
著者
松本 康志
出版者
国立研究開発法人 科学技術振興機構
雑誌
情報管理 (ISSN:00217298)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.79-88, 2017-05-01 (Released:2017-05-01)
参考文献数
6

気象情報は社会の基盤的な情報として,防災対応から日々の生活などのさまざまな分野で活用されている。気象庁は,スーパーコンピューターの計算能力向上を基盤にした精緻な数値モデル開発等による予測精度の向上と,ひまわり8・9号の観測データ等のビッグデータや対象区域の細分化によるきめ細かい気象情報をはじめとする新たな情報提供など,さまざまに充実を図ってきた。同時に,「気象庁防災情報XMLフォーマット」の策定など,気象情報を社会により広く,よりわかりやすく提供し,活用を促進する方策も講じてきた。近年の情報通信技術(ICT)の飛躍的な発展に伴い,即時的,自動的な情報処理による高度な利用が期待される。そのため,IoTなどに関する有識者や幅広い産業界の企業・団体からなる「気象ビジネス推進コンソーシアム」を2017年3月7日に発足させ,気象情報を活用して社会の生産性の向上を目指す取り組みを新たに開始した。
著者
福田 朋子 松本 高利 田辺 和俊 長嶋 雲兵 青山 智夫
出版者
日本コンピュータ化学会
雑誌
Journal of Computer Chemistry, Japan (ISSN:13471767)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.1-8, 2002 (Released:2003-04-08)
参考文献数
13
被引用文献数
2 1

新規フロン代替物質探査のために、フロン類に特有なC-Fの強い吸収が観測される1500-500cm-1付近の含フッ素化合物44分子の赤外吸収強度とそれらの分子の8種類(C=C, C-C, C=O, C-O, C-H, C-F, C-Cl, O-H)分子内結合数との相関を3層のパーセプトロンタイプニューラルネットワークに学習させ、8種類の分子内結合数の赤外吸収強度への影響を3層パーセプトロン型ニューラルネットワークの入力パラメータの感度解析(パラメータスキャン)[2]と偏微分係数解析[3, 4]を用いて解析した。ニューラルネットワークは、Leave-one-outテストで誤差が10%以下の予測を行うよう学習を行った。感度解析の結果、C=C, C-C, C=O, C-O, C-H, C-F, C-Cl, O-Hの8種類の分子内結合のうち C=O, O-Hが多いと赤外吸収強度が大きくなることが判った。C-Fもその結合数が多い場合は赤外吸収強度が大きくなるが、相対的に少ない場合はむしろ吸収強度を小さくする。C-Oは全く吸収強度に影響を与えない。偏微分係数解析では、C-C, C=O, C-Cl, O-Hの数が大きな吸収強度に寄与することが判った。C-OとC-Fの影響は小さいことが示唆された。両者の結果は不飽和炭素アルコール系より飽和炭素エーテル系のフロンの方が赤外吸収強度の小さな代替フロンができる可能性の大きいことを示唆している。
著者
本田 洋 松本 義明
出版者
日本応用動物昆虫学会
雑誌
日本応用動物昆虫学会誌 (ISSN:00214914)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.28-35, 1987
被引用文献数
9

モモノゴマダラノメイガの2系,果実系幼虫とマツ科系幼虫の寄主特異性の比較のために,両系幼虫の寄主植物の有機溶媒抽出物および含有糖類に対する摂食反応を,試料添加のロ紙を幼虫に摂食させる簡易検定法で調べた。<br>1) 両系幼虫ともにそれぞれの寄主植物(スギ葉を除く)の80% MeOH抽出物に対して強い摂食反応を示したが,他の有機溶媒抽出物にはほとんど反応を示さなかった。<br>2) 果実系幼虫はマツ科系の寄主植物であるゴヨウマツの80% MeOH抽出物により摂食を阻害されたが,ヒマラヤスギ,ウラジロモミの同抽出物にはほとんど反応しなかった。<br>3) マツ科系幼虫は果実系幼虫の寄主植物のモモ,クリ,リンゴ果実の80% MeOH抽出物にはいずれも強い摂食反応を示した。<br>4) 果実系の寄主植物のクリにはシュークロースが多量に含まれ,モモ,リンゴあるいはスギ葉にはフラクトース,グルコースが多いがシュークロースは少ない。一方,マツ科系の寄主植物にはいずれもフラクトースが多く,シュークロースはきわめて少ない。<br>5) 果実系幼虫はシュークロースに最も強く反応し,ついでフラクトース,グルコースの順に反応した。また幼虫はソルビトール,イノシトールに弱いながら摂食反応を示したが,マルトースとラクトースでは摂食を阻害された。<br>6) マツ科系幼虫はフラクトースに最も強く反応し,ついでシュークロース,グルコースに反応した。しかし他の供試糖類に対してはほとんど反応を示さなかった。<br>7) 両系幼虫の糖選好性と寄主植物中の糖含有量はほぼ対応していた。<br>8) 以上の結果から,果実系とマツ科系は幼虫の寄主特異性の基礎と考えられる糖類に対する摂食反応が異なり,これら2系は分類学上異なる位置にある集団であると結論される。
著者
松本 剛
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2017
巻号頁・発行日
2017-03-10

東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人が死亡・行方不明になった宮城県の石巻市立大川小学校(以下,「学校」と云う)をめぐり,児童の遺族が市と県に損害賠償を求めた訴訟で,平成28年10月26日,仙台地裁は原告(児童の遺族)の主張を一部認める判決を言い渡した。判決では教員は津波の襲来を予見しており,早めに安全な場所へ児童を誘導すべきであったとされる。しかし,新聞報道の判決文要旨のみではこの辺りの判断の根拠の検証が難しい。そこで,本報告者は今般,仙台地裁より判決文全文の提供を受け,原告・被告双方の主張とそれに対する地裁の判断を検証し,今後の学校防災の在り方について,考察を行った。事象を時系列で追うと,以下のようになる。・午後2時46分,本件地震発生,直後より,NHKが津波等に関する情報や避難の呼び掛け。・午後2時51分以降,NHKが宮城県で大津波警報が出ており高さ6mの津波の到達が予想されていること等を伝えた。・午後3時14分,気象庁は,宮城県に到達すると予想される津波の高さを10m以上に変更。NHKは発表直後にテレビ放送の字幕でこのことを伝えた。・午後3時20分頃,河北消防署の消防車が学校前を通過し,大津波警報が発令されたことを伝え,避難を呼び掛けた。・午後3時30分~35分頃,教職員と児童70名が徒歩で校庭から「三角地帯」に向けて移動開始。・午後3時37分頃(推定),「三角地帯」に向かう途中で,北上川を遡上した津波が堤防を越流して襲来し,教職員と児童は津波に呑まれた。・午後3時37分頃,学校に津波が到達し,周辺一帯が水没。「三角地帯」は,新北上大橋付近の北上川東岸に位置する標高約7mの小高い丘で,大川小学校の校庭(標高1.5m程度)より標高が高く,学校からは直線距離で150m程である。一方,学校のすぐ南側には標高数百メートルの「裏山」と呼ばれる高地がある。標高が高く,避難場所として真先に想定されるべき場所である。「裏山」への避難には3ルートがあり,当面の津波被害回避として標高10mを目安とすれば,どのルートについても校庭の中央付近からの距離にして150m程度,所要時間は歩いても2分以内(原告が後に実験を行った結果)である。しかし,当時は降雪により地面が湿っていたとされ(被告主張),また崖崩れを起こした履歴があり,教職員や地元の人は「裏山」への避難を躊躇していた。判決では,地震発生前,発生後午後3時30分以前,それ以降の3段階に切り分け,津波により児童が被害に遭うことが予見出来たか否か,また教員の注意義務違反の有無をそれぞれ判断し,以下の点を明示している。遅くとも午後3時30分頃までには,広報車が学校の前を通り過ぎて,学校の付近に津波の危険が迫っていることを伝えていた。北上川東岸の河口付近から学校のある地区にかけては平坦で,北上川沿いには津波の侵入を妨げる高台等の障害物は無い。教員は当然,勤務校周辺のこのような地理的特徴を知っているはずであり,判決では遅くとも上記広報を聞いた時点で大規模な津波が学校に襲来する危険を予見したものと認め,この時点で,教員は速やかに児童を高所に避難させるべき義務を負ったとした。判決ではまた,避難場所としての「三角地帯」と「裏山」の適否についても論じている。ここでは,予想津波高10mという情報がある以上,北上川の堤防を超える可能性もあることや,付近にはより高い地点が無いことから,避難場所として適切ではないと結論付けている。午後3時30分或いはそれ以前に「裏山」への避難を開始すれば,充分に津波被害を回避できたことが容易に想像される。余震が続く中で崖崩れの虞もあり,足場の良くない山中で児童を率いて斜面を登ることは簡単ではなく,児童に怪我をさせる危険性もあった。しかし判決では,大規模な津波の襲来が迫っており,逃げなければ命を落とす状況では,各自それぞれに山を駆け上ることを児童に促すなど,高所への避難を最優先すべきであったと結論付けている。原告・被告双方はこの判決を不服として控訴したと報じられた。しかし,この判決は,非常事態に際し,児童・生徒の生命が学校としての秩序の維持などよりも優先されるという,学校防災の本質を示している。また,判決では学校で過去に津波被害が無かったこと,またハザードマップ等で学校が避難場所として指定されているなどを理由として原告の訴えを一部退けているものの,現実にこのような事件が起きた以上は,次回同様の津波が襲来した場合,このような根拠で学校側が義務を逃れることは許されない。教職員には自然現象への理解,学校の置かれた環境の把握,災害に対する備え,普段からの防災訓練などに加え,児童・生徒の生命を守るため,常に「先を読む」力が求められる。
著者
松本 三和夫
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.30-43,123**-122, 1992-06-30

科学者、科学者の行動、科学者のネットワーク、科学者集団、科学制度、社会システムのすくなくとも六つの活動水準を分析の単位として、どのような型の首尾一貫した科学社会学の理論が構成できるかを吟味し、理論の帰結を科学者集団の制度化論に関連づけて特定する。<BR>一九八〇年代以降、科学社会学は問題ごと、研究センターごとに研究スタイルの細分化が進むいっぽう、分野全体を基礎づける概念や理論にかならずしもじゅうぶんな見通しが得られていない。こうした状況に鑑み、本稿ではまず科学社会学の基礎概念を決め、研究前線における多様な研究動向間の橋渡しが可能なよう、科学社会学の外延を確定する。ついで、科学社会学の課題の内包を内部構造論、制度化論、相互作用論に分節して特定し、科学者集団の状態記述に関するかぎり、各課題が相互に共約可能であることを証明する。<BR>最後に、制度化論を見本例として理論の含意を例示する。とりわけ、制度化がじっさいにどのような起こり方をするかのパターンに関する規約 (制度化の規約) を理論に導入すべきことを提唱する。それを用いて理論を展開し、事実分析にとって有意味な、しかし直観だけではみえにくい逆説的な帰結 (専門職業化が制度化を伴わぬ事例 [ナチズム科学] の存在) が導けることを示したい。