著者
岩崎 稔 DRISCOLL M.W.
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

昨年度に引き続き、岩崎稔とマーク・ドリスコルが、総動員システムと植民地支配というふたつの政治文化システムの連関や相互作用を、具体的な文化的表象を用いて分析する作業を続けた。関連する文献を収集し、適宜読解するとともに、認識を共有するための研究会も重ねた。具体的には、岩崎が特に植民地支配における身体と文化の問題に取り組み、コロニアリズムにおける物質的な暴力の思想的な含意についていくどか報告した。とくに性的な身体をめぐって、レイシズムの支配が、統合と排除、包摂と異物化というふたつの作用としてせめぎあすことの動態とその理由を解明することに先進した。他方ドリスコルは、岩崎と認識を共有しつつ、謝金によって翻訳通訳業務を担当してくれるアルバイト学生を伴って国立国会図書館にひきつづき通い、必要な図版、図録を調査してきた。また収集した身体をめぐる表象や図像を具体的にもちいて図像学的読解の実践を試みた。このトレーニングを通じて、図像を分析する際の基本的な枠組みや概念を鍛えることができた。また、とくに新しい視座として、ドリスコルは、コロニアリズム研究の一環である沖縄研究にも研究対象を拡大することができ、複数の研究者や民間の研究者との共同作業をこころみた。これらの作業を通じて、身体や空間をめぐるポリティクスについて、プロジェクト参加者の認識は、初発の時点に比べて格段に深化し、多くの素材を処理可能になった。また、研究のための図像の読解作業を通じて、今後の研究に必要な研究者ネットワークを構築した。
著者
佐々木 あや乃 羽田 正 枡屋 友子 佐々木 あや乃
出版者
東京外国語大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
1999

11世紀に成立した、フェルドゥスィー作の『シャーナーメ(王書)』は、イラン人が自らの文化を強く意識した代表的作品であり、ペルシア語世界屈指の古典である。栄耀栄華を誇っていたペルシアが7世紀中葉にアラブに征服された後、沈黙の2世紀を経て、シュウービーヤと呼ばれる文化的ナショナリズムのうねりが起こってきた中で、ペルシア語文化圏に伝わる神話や伝説・語りを通して、フェルドゥスィーがまとめあげたのが、この『シャーナーメ』なのである。これまで、11世紀の成立時から現代に至るまでの各時代において、『シャーナーメ』の有した社会的意義を明らかにすることを目的とした研究を行ってきた。14年度はイラン本国に焦点を絞り、イラン文部省(高等教育省)、イラン国会図書館、フェルドウスィー大学(在マシュハド)等の協力を得て、以下の調査を行った。(1)イラン国内の『シャーナーメ』写本の所在についてのデータをまとめる。(2)イラン・イスラーム革命(1979年)の前後で、イランの国語教科書にとりあげられた『シャーナーメ』に変化がみられるか、変化があるとすればいかなる変化がみられるのかを探る。イラン文部省(高等教育省)で、革命前・後、革命後現政権が落ち着きを見せ始めた1990年代、及び現在の4期にわたり、小・中・高校の国語教科書を閲覧、調査にあたる。(3)イラン国内のマイノリティー(ペルシア語を母語としない人々)にとっての『シャーナーメ』とは何かについての研究を進めた。A.エンジャヴィー氏の『フェルドゥスィーの書』3巻をもとに分析を進め、現地での各マイノリティーヘのインタビュー等も含め、『シャーナーメ』とマイノリティーとの関わりを探索する。(4)『シャーナーメ』らしさが表れている物語の翻訳を試みる。中学・高校の教科書に必ずとりあげられている「ロスタムとアシュクブースの物語」では、戦闘場面の勇壮さが鋭い音とリズムの組み合わせ、スケールの大きな比喩表現を用いて描かれている。勇士たちの言葉の掛け合い、嘲笑や挑発までもが見事に表現しつくされた物語であり、傑作中の傑作であるといえよう。
著者
川田 順造 SOW Moussa DEMBELE Mama SANOGO Klena KASSIBO Breh 中村 雄祐 楠本 彩乃 足立 和隆 坂井 信三 芦沢 玖美 応地 利明 MOUSSA Sow MAMADI Dembele KLENA Sanogo BREHIMA Kassibo SKLENA SANOG ISSAKA BAGAY SAMBA DIALLO BREHIMA KASS 田中 哲也
出版者
東京外国語大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1992

平成5年度は、8年間続けたこの国際学術研究の最終年度にあたり、これまでの研究の方法、組織、内容、成果等について、全般的な総括・反省を行なうとともに、第4巻目の報告書を、これまでと同様、フランス語で作成することに充てられた。報告書をフランス語で作成するのは、第一に研究の成果を、研究対象国であるマリをはじめ西アフリカに多いフランス語圏の人々に還元するためである。第二に、フランス語という、アフリカ研究において長い歴史と蓄積のある国の言語であり、同時に広い国際的通用力を、とくにアフリカ研究の分野でもつ言語で発表することにより、国際的な場での研究者の批判・教示を得、また国際学界への貢献を意図するからである。幸い、この2つの目的はこれまでの3巻の反応をみても、十分に達せられたと思われる。研究分担者であるマリ人研究者も、彼らの公用語であるフランス語で研究成果を刊行し、それがマリをはじめアフリカのフランス語圏の人々、および世界のフランス語を理解する研究者にひろく読まれることに満足し、この面での日本の研究協力に感謝している。他方、フランスをはじめとする世界の研究者からの、この研究報告に対する反応は大きく、巻を重ねるにつれて、送付希望の申込みが、諸国の研究者や研究機関から寄せられている。国際的アフリカ研究誌として伝統のあるフランスの『アフリカニスト雑誌』に第1巻の書評が載ったのをはじめ、学会、論文などでの言及や引用は枚挙にいとまがない。研究の方法、組織については、研究条件等の著しく異なる日本とマリでの共同研究という困難にもかかわらず、マリ側の研究分担者が共同研究の意義をよく理解し、日本人研究者との研究上の協力、便宜供与、成果の共同討議(現地で)、報告書執筆において、誠意をもって協力してくれたことは幸いであった。ただ、マリ国の研究所のコンピューター、ワープロ等の設備の不十分さや故障、郵便事故等に加えて、1991年春の政変に伴なう暴動で研究所の図書や資料、備品が盗難や破壊の被害を受け、この報告書のために準備しておいた貴重な調査資料(録音テープや写真、フィールドノート等)もかなりのものが失なわれて、折角の調査の成果が報告書に十分生かせなかったものもあるのは残念である。それにもかかわらず、マリの研究分担者は、学問的良心に忠実に、内容の充実した報告書を寄せてくれた。1991年の政変の被害で、その年秋締切りの第3巻に報告書を寄せることができなかった、クレナ・サノゴ、ママディ・ダンベレの2人の考古学者は、その欠落を償うべきであるという義務感から、共同の力作レポート1篇のほかに、各自の単独執筆の1篇をそれぞれ寄稿し、報告書全体の広さと厚みを増してくれた。その他の研究者の、調査成果のまとめについては、計画通りないしは、当初の計画をはるかに上まわるもの(例えば、応地利明氏の、熱帯乾燥地の雑穀農業についての、広汎かつ独創的なレポートなど)である。昨年度の現地調査の結果、予定されていた報告書のほか、川田は研究代表者として、8年間の共同研究全体を展望する論考として、「サヘルとスワヒリ」と題する、東西アフリカのアフリカ=アラブ文化の大規模な接触地帯の比較を行なう報告をまとめた。これは川田が年来アフリカ学会等の学会でも発表してきたものの、今回の調査成果をふまえた総括であるが、当研究が対象とする地域である「サヘル」(アラビア語の「緑」「岸」)と東アフリカの「スワヒリ」(「サヘル」の複数形)との対比は、国際学会の視野でもはじめての試みである。また、研究分担者芦沢等によって実施された身体技法と身体特徴についての計測に基づく実証的な研究は、アフリカでの現地調査における文化人類学と自然人類学の共同調査の試みとして、第3巻につづくものであるが、文化を自然の関係を探求する新しい試みとして、予備的な発表を行なった学会(1993年10月日本人類学会・日本民族学会連合大学での楠本等の報告)でも注目されている。その他、坂井、中村、カッシ-ボ、ソ-等の研究分担者も、それぞれの分担課題についての精緻な現地調査に基づく報告をまとめ、独創的な貢献を行なっている。
著者
李 孝徳
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

東アジア系(日系、朝鮮系、沖縄系)移民の第二次世界大戦後の文学表現は、日本の近代文学・比較文学あるいは各国文学研究においては、特殊なものとして個別的にしか扱われてこなかった。本研究では、こうした文学表現を、日本とアメリカ合衆国の植民地主義と人種主義が生み出した環太平洋地域のディアスポラによる、共通した「根こぎ」の経験が普遍的に表されたものと捉え、関係史的な観点から新たな文学研究のアプローチを提示した。
著者
麻田 豊 藤井 毅 石田 英明 ムイーヌッディーン アキール 萩田 博 粟屋 利江 AQEEL Moinuddin ムイーヌッディーン アオール ムイーヌッディーン アキ アキール ムイーヌッディ
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1997

1.南アジア近代諸語文献の所蔵調査を行う目的で、初年度の平成9年度においては、ヨーロッパ大陸では特にロシアとフランスに的を絞り、サンクトペテルブルグの東洋学研究所とパリの国立図書館において予備調査を行った。イギリスではロンドンの東洋学・旧インド省コレクション(OIOC)とロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)をはじめ、マンチェスター、エディンバラの図書館、また、インド・パキスタンでは各都市の文書館を精力的に訪問し、各言語による中世の写本や19世紀の刊本の文献所在調査・検索調査を遂行した。2.2年度目の平成10年度は、前年度のロシアとロンドンのOIOCとSOASにおいて重点的に文献所蔵調査を実行するとともに、ドイツとチェコにまで調査範囲を広げることができた。特に、ドイツではこれまで知り得なかった、写本に関する有益な知見を得ることができた。3.最終年度の平成11年度は、ヨーロッパではスペインとオランダ・ドイツを中心に調査を行った。インド・パキスタンにおいては、大都市の機関や図書館のみならず、これまで未訪問でありその所蔵状況が判明していなかった大小さまざまの図書館や文書館をできるだけ多く訪問した。また、各地のイスラーム聖者廟やモスクに附属する図書館および旧藩王国の図書室にまで調査範囲を拡大した。各年度において、最も基礎的な資料でありながらこれまで収集を怠ってきた各言語の写本・刊本目録の収集に力を注いだ。4.3年間の海外調査では、特にインド・イスラーム関係(ウルドゥー語・ペルシア語・アラビア語による)の写本目録類をかなりの量、収集することを大きな目的とした。これら写本目録は通常の図書流通ルートにのらないため入手が極めて困難であり、発行元の図書館をひとつひとつ訪問して収集することは今回のようなプロジェクトが組織されて初めて可能になったといえる。収集された目録類は量的にも我が国最大のコレクションであろう。ほかに、マラーティー語・パンジャービー語・マラヤーラム語の写本・刊本に関するかなり密度の高い所蔵情報が得られた。これらは分冊1の報告書として、また個別テーマ書誌として、カースト族諸関係およびインドの言語問題関係の文献目録を分冊2の報告書としてまとめることができた。
著者
所 木綿子
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究は19世紀北アフリカのアルジェリアにおいて、フランス植民地軍に対する武装闘争であるジハードを指導し、思想探求者としても知られる、アミール・アブドゥルカーディル・ジャザーイリー(Amīr 'Abd al-Qādir al-Jază' irī, 1807-1883、以下アブドゥルカーディル)の思想について、彼の準拠していた国際法としての側面を以下の点から明らかにすることを目的とした。①異教徒との対立、調停におけるイスラーム法の役割、イスラームにおいて言及されてきた社会秩序について、政治哲学、国家思想の側面からアブドゥルカーディルの思想における法の役割について②彼の著作で述べられているイスラーム法と関連する概念について他のイスラーム学者との見解の共通点と差異について分析することで、彼の思想の位置づけについて。①1844年隣国モロッコがフランスとの戦争に敗北した結果を受け、アブドゥルカーディルに対するモロッコの態度が援助から敵対に転じた事例、イスラーム国家と非イスラーム国家との間に締結された和平の是非に焦点を当てて検討を行った。このときアブドゥルカーディルは自らのジハードの遂行を妨げる、和平の是非について、エジプトの法学者ムハンマド・イライシュに法的判断を仰いだ。それによるとモロッコが住民の安全上必要不可欠であるとして和平を締結したことは、受け入れざるを得ないものであった。したがってアブドゥルカーディルの法的判断とは、ジハードの必要性を最大限主張し、その指導者である自らの立場をも主張したといえ、戦闘の劣勢によりジハードより和平が優先される事態を食い止めきれるものではなかったといえる。②アブドゥルカーディルの主張は、伝統的なイスラームのマーリキー学派、シャアフィイー学派の見解に依拠し、とくに北アフリカの法学者によって多く参照され、スペインの「国土回復運動」の渦中にあった15世紀の法学者、ワンシャリースィーの議論を土台としていることが今回注目された。彼の議論のイスラームと異教徒との関係をアブドゥルカーディルがどのように再考してきたのか、彼に至る思想の歴史の実態とはどのようであったのか今後も検討していきたい。
著者
坂本 邦暢
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

今年度はこれまで進めてきた研究成果をまとめ、一本の論考と複数の発表に結実させることができた。まず博士論文以降すすめてきた研究成果をまとめた論文「アリストテレスを救え 16世紀のスコラ学とスカリゲルの改革」を論集『知のミクロコスモス 中世・ルネサンスのインテレクチュアル・ヒストリー』(ヒロ・ヒライ、小澤実編集、中央公論新社、2014年3月)に寄稿した。古代からルネサンス期までの知の歴史を追う形で執筆された本論文には、15世紀後半から16世紀前半までのイタリアでの大学教育について行った研究成果が反映されている。また結論部において、アリストテレス主義の哲学が新科学の台頭の中いかに生きのびていったかをしるすことで、17世紀以降についての調査成果も統合した。この成果と並んで、4月と7月にそれぞれアメリカと日本の学会にて研究成果を発表した。両者とも16世紀のアリストテレス主義をめぐる発表である。以上の論考執筆、発表と平行して、本年度は書籍の解説記事やいくつかの書評記事の執筆を行うことで、研究成果の共有と評価につとめた。榎本恵美子『天才カルダーノの肖像ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈』(勁草書房、2013年)の解説記事では、16世紀の医学者カルダーノをめぐる近年の研究状況を解説し、あわせて同書の特色と意義を論じた。書評記事としては、古代から近世までの生理学を扱った論文集と、アリストテレスの物質論の歴史を扱う論集をとりあげた。
著者
宇佐美 まゆみ 林 俊成 西郡 仁朗 鎌田 修 由井 紀久子 木林 理恵 黄 美花 品川 覚
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2011-04-01

『BTSJによる日本語会話コーパス(トランスクリプト・音声)2015年版』(333会話、約78時間)、話者同士の関係等の会話の社会的要因、及び「自然会話教材作成支援システム」機能を組み込んで、自然会話コーパスと自然会話教材のリソースとなりうる自然会話データの保存の一元化を行い、「共同構築型データベース」として「自然会話リソースバンク(Natural Conversation Resource Bank: NCRB)」の基盤を構築した。また、『BTSJ文字化入力支援・自動集計・複数ファイル自動集計システムセット(2015年版)』を完成し、語用論、対人コミュニケーション研究の効率化を実現した.
著者
ダニエルス クリスチャン 宮崎 恒二 大塚 和夫 西井 涼子 眞島 一郎 関根 康正 河合 香吏 陶安 あんど
出版者
東京外国語大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2002

本計画研究の最終年度に当たる本年度は、これまでの4年間の研究成果を踏まえて、総まとめと研究成果の公表に重点をおいた。これまでの研究活動においては、三つの基本課題に沿って知識が資源化される過程を検討してきた。第一課題は、知識の所有・占有・共有である。第二課題は、現代における前近代知識の読み直しであり、第三課題は、実体化された知識である。実践の中で生まれてくる知識がどのように資源化されるかが大きなテーマである。本年度は、領域研究全体のr資源」概念の再構成に貢献できるように、上記の三課題を視野に入れながら、資源化メカニズムの解明を継続・研究した。これまでに知識の「資源化」と知識の「商品化」とのあいだに本質的な懸隔のあることを明らかにした。本年度は、資源としての知識が拡散と流動のベクトルをもつのに対し、その商品化は固定と秘匿のベクトルをもつという分析指標から計画研究の総まとめを行った。班員がその立場を取り入れた形で成果論文の執筆に執りかかった。具体的な活動は(1)総括班主催で2006年12月9日-10日に開催した資源人類学国際シンポジウムでの発表、及び(2)2007年秋に刊行する予定の責任編集・全9巻からなる資源人類学成果論文集の1巻をなす第3巻「知識資源の陰と陽』に掲載する論文作成であった。(1)の国際シンポジウムでは、関根はハワイ南アジア系移民社会における伝統知識の再活性化(宗教・呪術の復活)の補充調査をした上で、「On the Shift from Knowledge as a Capital to Knowledge as a Resource」と題する発表を行った。(2)については、班員はそれぞれ上記の三課題を中心に5年間の研究成果を論文にまとめる作業を行った。ダニエルスは、上記の第3巻の責任編集に当たると同時に、雲南における伝統技術の補足調査をした上で成果論文集の第1巻に掲載する伝統技術の資源化過程に関する総論を準備した。
著者
前田 君江 (2002-2003) 尾沼 君江 (2001)
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

1.昨年度に引き続き、イランの現代詩人シャームルーAhmad Shamlu(1925-2000)に関する研究を行った。今年度は、シャームルーの政治的思想と作品との関わりから、さらに進んで、彼が1950-60年代におけるイラン詩の状況の中でうち立てた、独自のジャンルと詩論についての研究を行った。2.シャームルーは、イラン詩において初めて、she'r-e mansur「非韻律詩」のジャンルを確立した詩人である。本研究では、歴史的にshe'r-e mansur(「散文の詩」)と呼ばれてきた作品を分析することによって、ペルシア詩におけるshe'r-e mansur概念の再考を試みた。これによれば、ペルシア語のshe'r-e mansurは、従来、prose poetryと訳されてきたが、形態的には、文学研究一般で言われるところの「散文詩」ではなく、avant garde free verse(「完全自由詩」)と呼ばれるものに近い形であることが明らかになった。しかし、同時に、she'r-e mansurが、「詩」において必要不可欠であるとされてきた「韻律」を排除したために、「散文」であるとみなされ、かつ、she'r-e mansur自体もまた、韻律の存在に関わりなく、詩が「詩たらしめるもの」を追求するという点で、「散文詩」と同様の文学史的課題を背負ってきたことを明らかにした。3.韻律形式は、現代においてもなお、ペルシア文学において、絶対的な価値をもつものであり、これを侵すことの意味もまた重大であった。シャームルーが、詩から韻律を排除するに際して、うち立てた概念のひとつが、「純粋詩」である。本研究担当者は、シャームルーの「純粋詩」の思想を、ペルシア詩において、新しい「詩」概念の形成として捉え、これを分析した。これによれば、第一に、シャームルー詩作論においては、「それ自体の形態をもった詩が、おのずから生まれてくる」という、彼の個人的な感覚が、非韻律詩創出の契機となっていることが指摘できる。また、第二に、シャームルーの主張する無意識性が、たとえば、「自動記述」において見られるような、無意識の利用ではなく、外界における体験が詩人の感覚を支配する力の強さを確信している点で、特徴的であることが明らかになる。4,さらに、シャームルーが事実上、詩作のうえでの師として位置づけたニーマー・ユーシージNima Yushij(1897-1960)の詩論の分析を通し、両者の詩学上の対立点が、詩における韻律リズムの存在に関するものだけでなく、詩と詩のフォルムとの関係をめぐるものであった点を明らかにした。
著者
藤井 守男 佐々木 あや乃
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、神秘主義の発展過程からみて重要性が際立つ3つのペルシア語説教テクストの特徴を明らかにするため、独自の検索機能を設定した「ペルシア語説教テクスト文例対比データベース」を構築した。これを活用することで、13世紀の後半に頂点を迎えるペルシア神秘主義文学の形成過程に、ペルシア語説教テクストが果たした役割の学問史的位置づけを実証的に提示することが可能となった。
著者
高島 英幸 村上 美保子 今井 典子 杉浦 理恵 桐生 直幸
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

英語学習者のコミュニケーション能力の発達の状況を調査した研究である。英語の文構造(語順)の把握力を測る文法テストとスピーキングテストを開発し,2学校,約250~330人の学習者に中学2年生から高校1年生の3年間,1年に1~2回テストを実施し分析した。調査した9つの文法構造のうち,名詞を後ろから修飾する英語の文構造の定着が不十分であることがわかった。特にスピーキングテストでは,発話に時間がかかったり,何も言えない学習者も多く見られた。
著者
水野 善文 藤井 守男 萩田 博 太田 信宏 坂田 貞二 臼田 雅之 石田 英明 宮本 久義 高橋 孝信 橋本 泰元 高橋 明 松村 耕光 横地 優子 山根 聡 萬宮 健策 長崎 広子 井坂 理穂
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2009-04-01

インドの多言語状況は、時代を通して地域的な多様性だけではなく社会的にも幾つかの層をなしていた。言語の差異を超えて愛好・伝承され続けてきた文学・文芸を対象に、古代から現代まで、多くの言語の各々を扱うことのできる総勢30名以上のインド研究者が共同して研究を進めた。その結果、民衆が自らの日常語による創作から発した抒情詩や説話、職業的吟遊詩人が担った叙事詩、それらをサンスクリット語で昇華させた宮廷詩人、さらには詩の美的表現法が現代の映画作りにも至っている、といったインドの人々の精神史の流れを解明できた。
著者
久米 順子
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

夏季にスペイン・イタリアへの出張を行った。スペインではマドリード国立図書館やスペイン高等学術研究院人文社会科学研究センターなどで、イスラーム支配下の社会で生きたキリスト教徒であるモサラベに関して文献を収集した。イタリアではフィレンツェおよびローマの国立図書館などで、ロマネスク導入期のイベリア半島におけるローマ教皇庁の存在とその影響力に関する資料調査を行った。投稿を予定していたレオン・カスティーリャ王アルフォンソ6世没後900年記念の国際会議には、日程の面で都合がつかず、参加することができなかった。しかしそのためにまとめていた成果は、日本の雑誌論文として出版された。アルフォンソ6世の姉ウラーカによる美術のパトロネージ活動を取り上げ、宮廷と修道院の狭間で生きたこの王女が、西ゴート王国に連なるレオン王国の伝統の存続に力を尽くす一方で、イスラーム、北方のバイキング、フランスの諸侯や神聖ローマ帝国など半島内外の多様な異文化との接触体験を持ち、外来様式であるロマネスク美術の導入にも積極的に関わっていたことを示した。他には、昨年行った国際シンポジウムでの発表のうち1件が刊行された(残り2件については印刷中)。また、ロマネスク美術への移行期におけるマージナルな挿絵の特質を論じた欧文論文が1本、マドリードで刊行された研究論文集に掲載された。これらの成果によって、スペイン・ロマネスク美術の生成における異文化受容の田一端を明らかにすることができた。
著者
RATCLIFFE Robert 益子 幸江
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

本研究は,アラビア語モロッコ方言において見られるGeminate(重子音)について,言語学的・音声学的調査を行うことを目的としている.音声学的な重子音は日本語にも存在し,促音と撥音の一部がそれであるが,これと同様のものがアラビア語モロッコ方言にも存在する.しかも,日本語では語中の位置でしか現れないが,モロッコ方言では語頭,語末の位置でも現れる.18年度にモロッコ国内での調査を行い,男性2人,女性2人の計4人から言語資料,音声資料および映像資料を収集した.その音声資料を,音韻論的に分析し,さらに,音声表記を行った.また,サウンドスペクトログラフを用いてGeminate(重子音)の持続時間を計測した.結果は以下のとおりである.1) ほとんどすべての子音がGeminate(重子音)を持つ.2) 音韻論的には,Geminate(重子音)は語頭,語中,語末のいずれの位置にも現れる.3) 語頭では,摩擦音や鼻音などのような続けられる子音の場合はGeminate(重子音)の方が長い.4) 語頭では,続けられない子音である破裂音や破擦音の場合はGeminate(重子音)であっても持続時間は変わらない.5) したがって,音韻論的なGeminate(重子音)はかならずしも音声学的なGeminate(重子音)ではない.現在,語中と語末の位置のGeminate(重子音)についての分析を進めている.その結果では,語中の位置でのGeminate(重子音)は続けられない子音である破裂音や破擦音でも,その閉鎖区間を長くすることができるので対立を保っているように見え,語頭の位置の場合のように中和してはいないと考えられる.この分析を進めて行くと同時に,語頭の位置での現象については更なる検討が必要であり,そのためには聴取実験のような新たな研究手法を使う必要が出てきそうである.
著者
青山 弘之 末近 浩太
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究は、東アラブ地域各国の法制度ないしは主権国家としての領域を超越して展開する「非公的」政治空間に着目し、そこで繰り広げられる政治主体に関する情報を収集し、ホームページなどを通じて継続的に公開した。また収集した情報をもとに、「5.主な発表論文等」で列記した論文・論考を発表し、ムハーバラート、レジスタンス、シャッビーハ、官制NPOなどが同地域の政治において決定的な役割を担っていることを論証した。
著者
益子 幸江 佐藤 大和 峰岸 真琴 降幡 正志 岡野 賢二
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究では、強調の機能をイントネーションがどのように表すことが可能かを、タイプの異なる複数の言語について、音響音声学的データに基づいて検討した。言語タイプとして、音の高低を用いる声調言語と高低アクセント言語、音の強弱を用いる強弱アクセント言語を取り上げた。声調言語ではイントネーションは通常は用いられないのに対し、他のタイプの言語ではイントネーションが用いられることがわかった。また、発話における声調のピッチパタンは声調ごとの典型的なパタンからの逸脱(調音結合)では説明できず、声調の組合せからなる形態統語論上の単位に付与される動的パタンと考えられることが明らかになった。