著者
中谷 貴壽 宇佐美 真一 伊藤 建夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.387-404, 2007
参考文献数
57
被引用文献数
2

日本列島産ベニヒカゲの種内系統関係を調べるため,aethiopsグループの主要な地理的変異と,外群としてErebia属および近縁属合計6種を用いて分子系統解析を行った.種ランクについては系統樹(近隣結合法と最大節約法による解析では亜種ランクまでのトポロジーは同じため近隣結合法による樹形をFig. 2に示す),地域集団ランクについてはネットワーク樹(統計的節約法)によって解析した. 大陸産近縁種を含む系統関係 種ランクでは,共通祖先種からscoparia, alcnena, neriene, aethiops, niphonicaがほぼ同時期に分岐している事が示唆され,いずれも高いブートストラップ値で支持される.Scopariaとniphonicaが分割されている点を除けば,従来の形質に基づく亜種レベルまでの分類が分子系統的にも支持される.Fig. 2に示すように,scopariaとniphonicaは分布域が地理的に近接しているものの,種ランクの分化が進んでいる事が示唆される.Erebia vidleriはカナダBritish ColumbiaからアメリカWyomingにかけて局地的に分布する種で,E. niphonicaと似ているとの指摘がある.Warren (1936)は1種で1グループとしaethiopsグループの隣に置いている.その生息地は針葉樹林縁の明るい草原であり(Fig. 5d), aethiops (Fig. 5a), neriene (Fig. 5b), niphonicaの生息環境とよく似ている.しかし分子系統的にはaethiopsグループとは遠い位置にある事が示唆された.亜種ランクでの分岐に関しては,E. aethiopsではCaucasus集団(ssp. melusina)の分岐が深く,その他のスイス(ssp. aethiops)・Middle Ural (ssp. goltzi)・Sayan (ssp. rubrina)の集団はあまり分化していない.E. nerieneではAmur地域集団(ssp. alethiops)とSayan・モンゴル集団(ssp. neriene)に分岐している.日本列島産ベニヒカゲ集団については,Sakhalinから2種,北海道から24種,本州から26種のハプロタイプを検出した.ネットワーク樹(Nakatani et al., 2007)によると北海道で3系統,本州で2系統が認められた.北海道産集団(Fig. 3a)は,西部系統が稚内付近から日本海岸沿いに渡島半島まで分布し,中部Sakhalin,利尻・礼文両島の集団も含まれる.広域分布のハプロタイプHA000から狭分布型の多くのハプロタイプが派生している.東部系統はオホーツク海沿岸から道央・日高山脈まで広い範囲に分布する.日高山脈北部に狭分布型のハプロタイプが産する他は,すべてハプロタイプHD000であり遺伝的に均一な集団である.北部系統はネットワーク樹では北部系統に結合されるが,他の系統とは遺伝的距解か離れており,北部の狭い範囲に分布している.本州産集団(Fig. 3b)では,北部系統が東北地方から上越山系の東半分と赤石山脈に分布する.また南部系統は上越山系の西半分と赤石山脈以外の中部山岳に広く分布する.Sakhalin集団では,南部Sakhalin, Yuzhno-Sakhalinsk産は北海道北端の稚内市周辺に限って分布するものと同じハプロタイプであり,また中部Sakhalin, Khrebtovyi Riv. 産は利尻島,礼文島に分布するハプロタイプに近縁なタイプであった.Sakhalinと北海道を分ける宗谷海峡の水深は約60mであり,最終氷河期の約1.1万年前以降に海峡が形成されたとされる(大嶋, 1990, 2000).Sakhalin南部集団は北海道北端集団と遺伝子的に同じ集団であることが確認され,またSakhalin中部の集団も利尻・礼文など北海道北部集団と近縁であることが遺伝子的に確認された.すなわち,宗谷海峡が形成されるまではSakhalinと北海道のベニヒカゲ集団の間には遺伝的交流があったことが裏付けられた.一方利尻島と礼文島を北海道本島と分ける利尻水道の水深は海図によると約80-85mであって,宗谷海峡よりも古い時代から海峡となっていた可能性がある.北海道本島の集団と比較して,利尻・礼文集団の方が,Sakhalin南部産の集団より分子系統的に分岐が古いという結果と整合性がある.大陸とSakhalinを分ける間宮海峡の水深は宗谷海峡よりもさらに浅く,海峡の形成は約4,000年前以降とされる(大嶋,2000).朝日らの調査(朝日ほか,1999;朝日・小原,2004)によるとSakhalinにおけるベニビカゲの分布は北緯51-52°より北では生息が確認されておらず,永久凍土が存在するほど寒冷な気候には適応できないものと推測される.陸化されていてもその環境がベニヒカゲの生息に適さないものであれば往来は不可能である.現在よりも寒冷な氷河期には間宮海峡は陸化していたものの,ベニヒカゲが大陸との間を行き来できる環境ではなく,Sakhalin・北海遠のベニヒカゲ集団は最終氷河期に大陸との間を往来することはなかったと考えられる.これはSakhalin・北海道集団が対岸のAmur地域のnerieneとされる集団とは分子系統的に非常に離れた存在であるという解析結果から示唆される. Aethiopsグループの系統地理 Aethiopsグループの生息環境をみると,aethiops (Fig. 5a), neriene (Fig. 5b), scoparia (竹内, 2003), niphonica (中谷・北川2000;中谷・細谷,2003)は,いずれも針葉樹林内やその林縁の明るい草原が主な生息環境となっている.またalcmenaの生息環境は渡辺(1993;私信)によると,中国甘粛省夏河(Xiahe, Gansu, China)では乾燥した潅木帯(Fig. 5c)である.Aethiopsグループの生息環境と現在の分布域(Fig. 1)からみると,共通祖先種はBaikal湖付近の針葉樹林と草原がモザイク状に拡がる地域を中心に分有していたと推定される.そして環境の悪化(温暖化または乾燥化)によっていくつかの集団に隔離分布したもののうち,東部の分布近縁部にあたるSakhalin・北海道付近でsconariaが分岐し,近縁部南部の中国で乾燥地に適応したalcmenほが分岐した.またSayan・Baikal地域の北部でnerieneが分岐した.Niphonicaは大陸の東南方で分岐した可能性が考えられる.これらの分岐年代はほぼ同時期とみられる.その後の環境改善(寒冷化または湿潤化)期にaethiopsはBaikal, Sayanから西へCaucasus, Uralを経てヨーロッパまで分布を拡大し,niphonicaは日本列島へ進出した.NerieneとaethiopsはSayan, Altaiでも分布を拡大し,Baikal地域からSayanにかけて混生状態を生じた.中国東北部から朝鮮半島北部に分布する集団は現在nerieneとされるが,朝鮮半島北部の集団は本州産niphonicaと同じとする見解(川副・若林,1976)や,移行型がみられるとの指摘(江崎・白水,1951)もあり,今後の調査が期待される.すでに述べたようにaethiopsグループの内,alcmenaを除くタクサはいずれも針葉樹林の林縁を主な生息域としており,乾燥が強い広大な草原には生息していない.このような生態から推定すると,ヨーロッパにおけるErebia epiphron (Schmitt et al., 2006)と同じように,分布を分断され孤立化した集団の隔離は,間氷期の温暖期だけではなく氷河期の乾燥が強い環境下でも起こっていた可能性が考えられる.分岐の年代推定はErebia属全体の進化プロセスの中で検討していく必要がある.
著者
青田 昌秋
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科學. 物理篇 (ISSN:04393538)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.151-172, 1976-03-30
著者
青田 昌秋
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 物理篇 (ISSN:04393538)
巻号頁・発行日
no.33, pp.p151-172, 1976-03
被引用文献数
11
著者
小野 祐嗣 磯田 豊 工藤 勲 宮園 章 有田 駿
出版者
北海道大学大学院水産科学研究科
雑誌
北海道大学水産科学研究彙報 (ISSN:13461842)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.47-59, 2015-08

北海道オホーツク海側の沿岸に沿って南下する宗谷暖流は,宗谷海峡を挟む日本海とオホーツク海の水位差(圧力勾配力)によって駆動されている(青田,1975)。実際に,係留流速計・HFレーダ・海底設置型ADCP等を用いた長期流速記録と現場の水位差記録(稚内と網走の水位差)の間には高い相関があり,宗谷暖流はその水位差が極大となる夏季に流量増加,水位差がほとんどなくなる冬季にはほぼ消滅という明瞭な季節変化を示す(例えば,松山ほか,1999; Fukamachi et al.,2008; Ebuchi et al.,2009)。宗谷暖流は基本的に水位差駆動されているので順圧流が支配的であるが,成層が発達する夏季には傾圧流量の寄与が順圧流量の半分弱程度になるという見積もり報告もある(Matsuyama et al.,2006)。夏季の宗谷暖流の沖合境界表層に出現する冷水帯は,順圧流と傾圧流が相互作用した結果として理解されている。例えば,Ishizu et al. (2006)は順圧流の強い水平シアーから生じる海底エクマン収束が鉛直循環流を生成し,冷たい底層水が海面まで湧昇するという物理機構で冷水帯の形成を説明している。
著者
佐藤 茂樹
出版者
広島女学院大学
雑誌
広島女学院大学論集 (ISSN:03748057)
巻号頁・発行日
no.45, pp.194-180, 1995-12

This is collation of the "Dairi Utaawase" (Imperial Palace Poetry Composition Contest) (Intercalary September 19, 1213) contained in the Gunsyo Ruiju using the 17 versions in the possession of the National Institute of Japanese Literature. There are of course some small differences, but it was possible to amend the "atarakishi" in the thirteenth criticism to "atarashiki." With regard to the differences among waka poems, it seems there are fundamental problems in the "toyama no oku mo" and "toyama no oku no" in right's poem in the first round, as well as the "kikiwafuru" and "kiewafuru" in right's poem in the tenth round.
著者
神山 智美
出版者
富山大学経済学部
雑誌
富大経済論集 = The journal of economic studies, University of Toyama : 富山大学紀要 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.253-275, 2018-03

就活(就職活動)ならぬ「終活」ということばが生まれてきた。これは,2008(平成21)年に週刊朝日(朝日新聞出版)が造ったことばで,当初は葬儀や墳墓(お墓)等の人生の終焉に向けての事前準備のことを指していた。現在では「人生のエンディングを考えることを通じて自分を見つめ,今をよりよく,自分らしく生きる活動」のことを指すようである。人生のエンディングを考えるに当たり,多様な選択肢のなかで葬儀のあり方や埋葬の仕方等は重要な事項となる。また,これは決して自身のことだけとは限らない。人口の多くが都市域に集中する時代にあって,地方に住む老親と離れて暮らしているケースや,先祖代々からの墳墓が地方にある場合は少なくない。そうした場合には,地方で「孤独」に住まう老親の今後や,墳墓の移設等が家族会議で議論されることもあるのではなかろうか。他方,都市域という人が多く集う空間にあっても「孤独」は存在する。配偶者,子孫および近しい親類等がいない人というのも珍しくはない。これらの人が人知れず寂しく死を迎える状態を「孤独死」と表現される。こうした孤独死および継承する人がいないケース等については,どのような葬儀のあり方や埋葬の仕方等をとることができるのかということも考えねばならない。地域や自治体の役割も問われてくるであろう。ちなみに,2000(平成12)年からは,地方分権改革に伴い,「墓地,埋葬等に関する法律(墓地埋葬法,1948(昭和23)年法律48号)」における都道府県および市町村のすべての事務が自治事務とされている。以上のように,1948(昭和23)年に墓地埋葬法が制定された後も,墓地および墳墓に係る状況は変化を遂げてきている。1997(平成9)年には厚生省に「これからの墓地等の在り方を考える懇談会」が設置され,墓地を利用する者の視点に立って1998(平成10)年に報告書がまとめられた。こうした時代背景のもとで,本稿は,廃棄すべき廃墓石および措置すべき遺骨,なかでも孤独死の遺骨というものの扱いの検討を試みる。「終活」や「孤独死」という問題には,観念的なものが伴いがちであるが,それらとは一線を画して即物的なものとして捉えることを試みるものである。なお,実際の訴訟として墳墓(お墓)の所有権および祭祀主催者の承継等に係る争訟は少なからずであり,加えて,人の終期についても,法学上は「臓器移植」「脳死」等の大きな議論があるところ,本稿はそれらを扱うものでもないことをお断りしておく。
著者
柴田 博
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.9-20, 2015
被引用文献数
1

Thanatology(死生学)はgerontology(老年学)と共に1903年,免疫学者メチニコフにより創出された用語である。この2つの学問は,科学(自然,社会)および人文学(哲学,宗教,文学など)の双方の分野からなる学際的な学問である。<br>人間の死の問題は生活の質(quality of life, QOL)の問題と統合的に把えなければならない。しかし,学問の進捗としては老年学の方が先行し,死生学は遅れたためそれは不十分にしか成されていない。1980年代まで死の問題を扱うことは宗教,哲学,生命倫理学以外の分野ではタブー視される傾向にあったのである。<br>この四半世紀,老年学のQOLにanalogousにQOD(D)(quality of dying and/or death)の実証的な研究が北米を中心に盛んになっている。これらの研究は従属変数としてのQOD(D)を操作概念化し,提供されるケアとの関連で,終末期のQOLを評価しようとするものである。死の質を測定するための尺度の開発により,実証研究は今後も大きく進むものと考えられる。<br>しかし,死の学問は終末期のきわめて短いスパンの問題に限局されてはならない。もっと長い人生のスパンにおけるQOLとの関連でも論じられなければならない。それは量的研究ではなく文学,病跡学にみられるようなnarrativeな方法を採ることになるであろう。本論文では,死生学にまつわるいくつかのトピックスについての,筆者の私見を述べた。死生学における位相的意義は明確にし得ないが。
著者
金涌 佳雅
出版者
日本医科大学医学会
雑誌
日本医科大学医学会雑誌 (ISSN:13498975)
巻号頁・発行日
vol.14, no.3, pp.100-112, 2018
被引用文献数
4

<p><i>Koritsu</i>-<i>shi</i> (solitary death) refers to cases of death in which the deceased was living in a one-person household. In Japan, <i>koritsu</i>-<i>shi</i> cases have received significant attention as a major social problem because the aging population has led to an increase in single-person households. However, because the definition of <i>koritsu</i>-<i>shi</i> is unclear and carrying out a national level survey of households where the occupant has died is difficult, the actual situation surrounding <i>koritsu</i>-<i>shi</i> has not been elucidated. As <i>koritsu</i>-<i>shi</i> is legally treated as an unnatural death, statistics on <i>koritsu</i>-<i>shi</i> have been reported in many areas (Tokyo, Osaka, Kobe) under the medical examiner system. Of these areas, statistics from the Tokyo ward area have revealed the most information and show that the proportion of unnatural deaths involving <i>koritsu</i>-<i>shi</i> has been increasing year after year, with 36% of cases being <i>koritsu</i>-<i>shi</i> in 2016. Each year showed that <i>koritsu</i>-<i>shi</i> was higher in men than women. Although the deceased were predominantly male in cases of middle-aged <i>koritsu</i>-<i>shi</i>, both sexes are affected more evenly in single-elderly cases. However, the overall incidence was higher in men when the numbers of middle aged and elderly people are tallied against the higher numbers of elderly women. In men, the characteristic cause of death is chronic alcoholic liver injury with other cases mostly being categorized as unknown due to postmortem damage. Even within the densely populated Tokyo ward area, spatial clustering was detected with regard to the incidence of <i>koritsu</i>-<i>shi</i> per ward. There are many points that are consistent between reports of <i>koritsu</i>-<i>shi</i> in the Tokyo ward area and other areas. However, it is not easy to compare results among different regions due to the unclear definition of <i>koritsu</i>-<i>shi</i> and insufficient bias exclusion. <i>Koritsu</i>-<i>shi</i> cases are expected to increase in Japan in the future. Future efforts should focus on finding the deceased as soon as possible after death, or even pursuing the possibility of preventing <i>koritsu</i>-<i>shi</i> in cases when an individual living in a one-person household suddenly collapses at home. In addition, to reduce the effect of loneliness and social isolation among those living in single-person households to improve health outcomes, it is important that medicine and public health efforts address the problem of <i>koritsu</i>-<i>shi</i>.</p>
著者
古閑 博美
雑誌
嘉悦大学研究論集 = KAETSU UNIVERSITY RESEARCH REVIEW
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.107-121, 2015-10-26

毎年、担当する講座に外部講師を招いている。学生の学修意識と態度能力向上に資する教育的機会として位置づけている。外部講師は実業界、教育界から芸能界まで多岐に渡り、学内からも招いている。初めての試みとして、「魅力的な行動・表現」(選択科目)で「エグゼクティブ・セミナー」を企画した。講師の植村裕之氏は、三井住友海上火災保険株式会社元社長で、現在は同社のシニアアドバイザーである。植村氏は、「魅力的な行動・表現」をテーマに、50年に渡る実業界での経験を踏まえ、学生時代の過ごし方、社会で必要な心構えや取り組み、出会った素晴らしい人びとに共通する事項など丁寧かつ率直な態度で学生に語ってくださった。学生の傾聴の態度は真摯であって講師に好感を与えた。外部講師を招聘するにあたり事前教育が不可欠である。筆者が教壇に立って以来行ってきた教育実践に、「礼に始まり礼に終わる」がある。魅力行動研究から、学生の態度能力の向上に資するものとして「さささ親切」「三立:立腰立額立身」「正心静座」を提唱し実践している。こうした実践の有効性について考察した。教育研究職にとってもこのような講演は貴重と考え、植村氏の了解を得て内容を掲載する。