著者
黒田 藍 村山 洋史 黒谷 佳代 福田 吉治 桑原 恵介
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
pp.21-097, (Released:2022-02-28)
参考文献数
35

目的 孤立や孤独を防ぎ,かつ食事を確保する方策として食支援活動が行われてきたが,その実践に関する学術的知見は乏しい。本稿では,住民がボランティアで食支援活動を行う地域食堂のコロナ下での活動プロセスを記述し,地域食堂の活動継続が利用者や住民ボランティアにもたらした効果について予備的に検証することを目的とした。方法 本研究は東京都内の独居高齢者が多く居住する大規模団地にて,飲食店と同水準の食品衛生管理体制のもと運営されている地域食堂「たてキッチン“さくら”」で筆頭著者が実施するアクションリサーチの一部である。2020年2月から同年5月までの地域食堂の活動を報告対象とした。活動プロセスは運営の活動記録,運営メンバーと住民との対話記録,活動時の画像記録を用いて記述した。地域食堂の利用住民10人と住民ボランティア6人との対話記録をKJ法に基づき分類し,彼らが認識する地域食堂の活動継続がもたらした効果を評価した。活動内容 対象期間中に地域食堂の役員や住民ボランティアは定期的に会議等を行い,市民向け新型コロナウイルス感染症対策ガイドや保健医療専門職の助言,利用者の意見等を参考にしながら,運営形態の検討と修正を続けた。結果として,地域食堂は高齢住民ボランティアが中心となって住民の食と健康を守るために週5日の営業を継続した。店頭の販売個数は形態変更に伴い5月に半減した一方(2020年2月4,670個,同5月2,149個),各戸への配食数は需要の増加に伴い3月以降増加した(2020年2月301個,同5月492個)。事後評価の結果,地域食堂の新型コロナウイルス感染症対策は外食業の事業継続のためのガイドラインを遵守していた。活動継続の効果として,地域食堂利用者では〈食の確保〉,〈人とのつながり〉,〈健康維持増進〉の3つのカテゴリー,住民ボランティアでは〈社会とのつながり〉,〈健康維持増進〉の2つのカテゴリーが抽出された。結論 住民ボランティアが,住民の食と健康を守るとの活動理念を確認しながら,新型コロナウイルス感染症の対策情報等を参照し,ステークホルダーを巻き込み,一般に求められる水準の感染症対策を取り入れて食支援活動を継続していた。この取組継続は,住民の食確保や健康支援に加え,住民同士のつながり維持に役立ったことが示唆された。
著者
宅和 晃志 吉川 大弘 ジメネス フェリックス 古橋 武
出版者
日本知能情報ファジィ学会
雑誌
知能と情報 (ISSN:13477986)
巻号頁・発行日
vol.30, no.5, pp.744-752, 2018-10-15 (Released:2018-10-15)
参考文献数
20

近年,ユーザと自然な雑談を行うことを目指した非タスク指向型対話システムが注目されている.ユーザのシステムへの満足度を高めるためには,自然な対話を行うことに加え,ユーザの興味を惹きつける内容の発話を行うことが有効であると考えられる.そこで本論文では,「共感を得ることで笑いを誘う発話文」として,Twitterより「あるあるネタ」を表すツイートを取得し,発話文として用いる手法を提案する.「あるあるネタ」とは,聴衆の共感を得ることで笑いを誘う演芸における手法の一つである.一往復対話の評価実験(-3〜+3点の評価)の結果,雑談対話APIの平均評価点-0.24に対し,提案手法の平均評価点0.76となり,提案手法の有効性を確認した.
出版者
日経BP社
雑誌
日経システム構築 (ISSN:13483196)
巻号頁・発行日
no.150, pp.35-44, 2005-10
被引用文献数
1

テストは,カットオーバー前にバグを根絶させる"最終防衛ライン"。そのテストが不足すれば,システム障害が引き起こされる。 事実上テストを省いたことで障害に至ったのは,製造業A社。顧客向けシステムを再構築した際,旧システムから新システムへのデータ移行ツールの動作テストを省略した。上流工程の遅れが,テスト時間を奪ったためだ。
著者
宮田 章裕
雑誌
研究報告セキュリティ心理学とトラスト(SPT) (ISSN:21888671)
巻号頁・発行日
vol.2018-SPT-28, no.2, pp.1-6, 2018-05-03

本稿では,著者の企業 ・ 大学両方における実経験に基づき,効率的な大学研究室マネジメントのためのコミュニケーションツールの要件を整理する.そして,この要件に基づいて,課題管理システムを主軸としてコミュニケーションツールの選定を行う.さらに,これらのツールを用いて実際に研究室をマネジメントした際の実例を紹介し,各ツールに対するユーザ評価を報告する.
著者
日下部 徹
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2011

肥満 2 型糖尿病モデルマウスを用いて、脂肪細胞由来ホルモンであるレプチンと GLP-1 受容体作動薬であるエキセナチドの共投与は、各単独投与と比較してより強い摂食抑制作用、体重減少作用を示し、かつレプチンが持つ異所性脂肪蓄積の減少作用の増強、GLP-1受容体作動薬が持つインスリン初期分泌促進作用の増強など、互いの作用を増強することが示された。 今回得られた結果は、レプチン/エキセナチドの共投与が肥満 2 型糖尿病に対する有用な治療薬になり得ることを意味する。
著者
馬庭 貴司 山本 寛
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.129-134, 2007 (Released:2007-02-14)
参考文献数
11
被引用文献数
2 2

アムビゾームは,現在でも深在性真菌症治療のgold standardとされているアムホテリシンB(AMPH-B)の優れた抗真菌活性を維持しつつ,副作用を低減させたリポソーム製剤である.本剤はリン脂質およびコレステロールで構成された単層膜リポソームの脂質二重膜にAMPH-Bを保持した製剤である.アムビゾームは深在性真菌症の主要起炎菌である,Aspergillus属,Candida属,およびCryptococcus属を始めとする各種真菌に対し,幅広い抗真菌活性を示し,その作用は殺菌的であった.また,アムビゾームは各種真菌感染モデルにおいて,既存のAMPH-B製剤(d-AMPH-B)と比較して,優れた感染防御効果ならびに治療効果を示した.海外臨床試験において,d-AMPH-Bで問題とされる投与時関連反応や腎障害の発現を有意に減少させ,臨床においても本剤のコンセプトが証明された.国内第II相臨床試験においても,Aspergillus属,Candida属,およびCryptococcus属による深在性真菌症に有効であり,他剤無効例に対しても効果を示した.また,臨床的に大きな問題となる副作用は認められず,長期間の投与が可能であった.d-AMPH-Bでは累積投与量が5gを超えると不可逆的な腎毒性の発現が懸念されるが,アムビゾームでは総投与量の大幅な増大が可能であった.血中のAMPH-Bの存在形態を検討したところ,遊離型として存在しているAMPH-Bは平均値で0.8%と低く,そのほとんどがリポソームに保持されており,血中でアムビゾームは安定に存在していた.以上より,アムビゾームは深在性真菌症治療に新たな選択肢になると考えられた.
著者
山村 彩
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.5, pp.278-280, 2016 (Released:2016-11-01)
参考文献数
12
著者
林 怜史
出版者
日本作物学会
雑誌
日本作物学会紀事 (ISSN:00111848)
巻号頁・発行日
vol.91, no.2, pp.153-162, 2022-04-05 (Released:2022-03-29)
参考文献数
36

農研機構北海道農業研究センター(北農研)において育成された業務用米向け多収水稲品種「雪ごぜん」の収量性を既存品種「ななつぼし」と比較し,施肥量や栽植密度が収量などに及ぼす影響を明らかにするために,北農研本所(札幌,火山性土)で3か年,美唄試験地(美唄,泥炭土)で2か年の圃場試験を行った.両品種について,施肥量2水準(標肥と多肥),栽植密度2水準(標植と疎植)を組み合わせた4区を設けた.「雪ごぜん」は2015年札幌で「ななつぼし」より有意に多収となり,2016年札幌,2018年美唄では「ななつぼし」より有意に高い整粒歩合を示したことから,「雪ごぜん」は「ななつぼし」よりも多収で整粒歩合の高い品種であると考えられた.多肥区は2015年札幌でのみ標肥区より有意に多収となったが,それ以外では多肥区における倒伏や,総籾数と登熟歩合あるいは千粒重とのトレードオフのため,多肥化による増収は見られなかった.疎植区は,低日照であった2018年美唄においてのみ標植区より低収となった.「雪ごぜん」標植区では成熟期窒素吸収量12 g m–2,稈長80 cmを上回る条件で倒伏が見られたが,疎植区では倒伏程度は最大でも1.0と,標植区より倒伏の程度が小さかった.施肥量が収量に及ぼす影響は有意ではなかったが,不良年であった2018年美唄の「雪ごぜん」疎植区においては多肥化によって28 g m–2の増収の傾向が見られた.これらのことから,多肥と疎植を組み合わせることで,不良年における減収の危険性と生育が旺盛な条件での倒伏の危険性の両方を小さくし,省力化を達成できると考えられた.
著者
柏木 めぐみ 大石 千理 村田 和優 尾崎 秀宣 山田 哲也 金勝 一樹
出版者
日本作物学会
雑誌
日本作物学会紀事 (ISSN:00111848)
巻号頁・発行日
vol.91, no.2, pp.120-128, 2022-04-05 (Released:2022-03-29)
参考文献数
14

水稲の種子温湯消毒法において,温湯処理前に種籾の水分含量を10%以下にする(事前乾燥処理) と高温耐性が強化され,防除効果の高い高温域の65℃での消毒 (高温温湯消毒) が可能となることが示されている.「高温温湯消毒法」を安定した技術として普及させるためには,実用的な事前乾燥処理法を確立することが重要である.そこで本研究では,種籾を乾燥機で加温して事前乾燥を行うときの処理条件について検討した.温湯消毒時の高温耐性が低い「日本晴」の種籾を40~60℃で最長72時間加温して事前乾燥を行なった結果,①温度が高い方が短時間で効率的に乾燥でき, 40℃の乾燥では水分含量を10%以下にするまでには12時間要する場合があること,②40~50℃の乾燥では水分含量8%程度までは急激に乾燥するが,その後の水分の減少は緩やかになり,50℃で24時間乾燥させても7%以下にはならないこと,③水分含量が7%を下回っても発芽能に影響はなく,高温耐性は強化されることなどが明らかになった.しかしながら60℃で72時間乾燥させた場合には発芽能が低下する試験区もあった.さらに温湯消毒時の高温耐性が高い「コシヒカリ」の種籾を50℃で水分含量9.5%以下まで乾燥させた場合には, 72℃・10分間の温湯処理でも, 90%以上の発芽率を確保できた.以上の結果から,「日本晴」と「コシヒカリ」の種籾の高温温湯消毒を実施するための事前乾燥処理の条件としては,「40~50℃の温度で12~24時間乾燥処理して水分含量を7~9.5%とすること」が最も適していると結論付けた.
著者
重松 伸司
出版者
追手門学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

I.平成17年度(第三次)の研究目的として、以下の研究課題についての補充調査を設定する。1.ペナンに拠点を置き、明治後期に横浜・神戸に在住したアルメニア人実業家A.M.Apacar氏について、その交易ネットワークと形成過程の資料・実地調査。2.シンガポールのアルメニア人コミュニティについて、文書記録の収集と墓碑銘の補充調査。II.上記の研究課題について、平成17年度には以下の現地調査、資料調査及び共同研究を行った。1.マレーシア・ペナンにおける旧アルメニア街の家屋配置とその遺跡保存の実地調査(平成18年1月7日〜1月9日)。なお、この調査はNPO「奈良町づくりセンター」主催の国際シンポジウム「アジアの町づくりを考える」(タイ、マレーシア、ミャンマー、英国、アメリカ、日本など約30名参加)に随伴して旧アルメニア街の実地調査に参加した。本調査では上記課題1の資料は確認できなかったが、新たにアルメニア街の実測と一部家屋の保存調査を行った。2.シンガポールのアルメニア教会における墓碑銘調査及びシンガポール国立公文書館における旧在アルメニア人の聞き取り調査記録の補足調査(平成18年3月12日〜3月16日)。本調査では、まずアルメニア教会内に現存する全アルメニア人墓地(後列18基、前列16基、風化約5基)の全墓碑銘について写真収録、アルメニア国花Vanda Miss Joaquimの発見者Agnes Joaquimの墓碑銘及び事蹟に関する資料同定を行った。3.シンガポール国立公文書館所蔵の文書資料Communities of Singapore (Part 1)-Oral History Interviewsに収録されたアルメニア人3名の聞取り記録の複写・分析を行った。4.以上の調査に関連する口頭報告としては、トヨタ財団助成式記念シンポジウム「隣人を知るプロジェクト」の招聘講演(平成17年10月2日)で調査活動の一部を報告した。5.また、ペナン在住のアルメニア研究家Clement Liang氏および東南アジアの日本人街研究家大場昇氏と共同で「マレーシアにおける日本人街・アルメニア人街」の講演会を行った(12月7日)。
著者
栄原 永遠男
出版者
大阪歴史博物館
雑誌
大阪歴史博物館研究紀要 (ISSN:13478443)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.1-18, 2020

考古学的な調査研究により、後期難波宮の中枢部には壮大な宮殿建築群が建てられており、京域には条坊制が敷かれていたことが明らかになった。これにより、後期難波宮・京には多くの人々が住み、繁栄していたというイメージが出来上がっている。しかしそれらはあまり根拠がなく、遷都や行幸時と平時とにわけて、再検討が必要である。大粮申請文書その他の分析によると、各官司はそれぞれ独自の建物や院を持つことはなく、合同庁舎・合同院の一角にコーナーを保持していた。合同庁舎・合同院は、一、二の官司が仕丁とそれを指揮監督する使部などの雑任を配置する形で保守されていた。後期難波京の京域については、貴族が邸宅を持っていたが常住することはなく、家令に管理させていた。また使部や家令が家を持ち家族が住んだ可能性はあるが、正方位の家がびっしり立ち並ぶ状態ではなかった。以上は平時の場合であるが、遷都や天皇が行幸してくると状況は一変した。多くの官人が来て官僚機構も機能し、貴族やその家族も居住した。
出版者
日経BP社
雑誌
日経バイオビジネス (ISSN:13464426)
巻号頁・発行日
no.1, pp.91-94, 2001-06

プロビオヨーグルトLG21(以下LG21)を明治乳業が発売したのは2000年3月。発売から約1年経過し、初年度売り上げが70億円に達することが確実となった。単価が小さい食品分野で、1商品70億円は大ヒットと言える。ましてヨーグルトという限られたカテゴリーの商品としては驚異的で、同社が長年ブランドとして育ててきたブルガリアヨーグルト(500pカップ)と既に肩を並べてしまった。
著者
長友 京子 奥田 正浩 池原 雅章 高橋 進一
出版者
一般社団法人映像情報メディア学会
雑誌
映像情報メディア学会技術報告 (ISSN:13426893)
巻号頁・発行日
vol.26, no.54, pp.1-4, 2002-07-25

コンピュータ、及び、情報技術の急速な発展に伴って、3次元モデリングやレンダリングは、多くのアプリケーションにおいてますます重要になっている。3次元メッシュは莫大な量のデータを持っているので、保存や、ネットワークからダウンロードする際に時間がかかる。大部分の3次元モデルを表示する為のアプリケーションは、ユーザーが低解像度モデルのみ欲しいときさえも、3次元モデルの全てのデータを獲得しなければならない。従って、プログレッシブ性を持つこと(3次元モデルの多重解像度伝達を可能にする)が、望まれる。本論文において、我々は、イレギュラーなメッシュをテクスチャ上でマッピングし、セミレギュラーに変えることで、3次元メッシュのプログレッシブな符号化法を提案する。その際圧縮には、2次元画像符号化アルゴリズムをメッシュ圧縮に適用する。ウェーブレット変換を使うので、符号化されたビットストリームは、プログレッシブ性を持つ。我々は、高圧縮率においても、オリジナルのモデルと視覚的に同等なモデルを得ることが出来た。
著者
湯田 ミノリ 伊藤 悟 内田 均 木津 吉永 伊東 純也
出版者
Tokyo Geographical Society
雑誌
地學雜誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.117, no.2, pp.341-353, 2008-04-25
参考文献数
21
被引用文献数
2 4

The use of GIS in education in Japan has not yet been widely diffused, although the computer and network environments of schools have been improved, and teachers have already recognized the characteristics and advantages of this tool in education.<br> Nowadays, GIS has been intergraded into many aspects of our lives. Mobile phones are also basic tools in our daily lives. A GIS application that runs on cellular phones would be helpful in school education.<br> From this point of view, the authors have developed a system called Cellular Phone GIS including a GIS application for mobile phone (hereinafter Cell Phone GIS Application) and its web-based GIS viewer application for PC using Google maps (hereinafter PC viewer), and carried out fieldwork at an upper secondary school using these tools. Data can be input and edited outdoors with the Cell Phone GIS Application. These data can be viewed on both cellular phones and personal computers via the Internet. Students carried out a land use survey in the area around the school with the Cell Phone GIS Application, and examined and presented the results using the PC viewer in class.<br> Students participated actively in the fieldwork with the cellular phone. Through experience of the survey with the tool, they found many new things and learned to adopt multi-dimensional points of view and ways of thinking. Also, this project generated more interest among students in geography classes.<br> The Cell Phone GIS Application provided high school students with a feeling of accomplishment from the fieldwork. Meanwhile, this tool and PC viewer minimized work after fieldwork because users do not have to input and aggregate data again. Therefore, teachers and students can use course hours efficiently. The Cellular Phone GIS can provide an environment in which students are able to receive educational effects from fieldwork.
著者
ミルン A. A. 吉村 圭
出版者
鹿児島女子短期大学
雑誌
鹿児島女子短期大学紀要 = Bulletin of Kagoshima Women's College (ISSN:02868970)
巻号頁・発行日
no.58, pp.99-112, 2021

[訳者解題] 本稿では『くまのプーさん』(Winnie-the-Pooh)の著者として知られるA. A. ミルン(Alan Alexander Milne)が書いた,戦争と平和に関する論考『名誉ある平和』(Peace with Honour)6章から8章までの翻訳を行う.1 本稿で扱う6章から8章では,主に本書の副題(an Enquiry into the War Convention)にもある戦争というものが行われるに至る「慣習」が議論の中心となる.「戦争への慣習」(The War Convention)と題された6章では,庭の破壊をする侵入者の寓話が描かれている.その中では,仮に自身がその庭をこよなく愛する所有者で,その侵入者による破壊を阻止する唯一の手段が偶然手元にあった爆弾を投げることだったときに,家族もろとも爆弾で庭を爆破するかどうかという問いが投げかけられる.通常はそのようなばかげたことをするものなどいるはずがないのだが,しかしそれを実行に移すのが,「感傷にとりつかれた愚か者たち」(sentimentally obsessed idiots)であるとミルンは指摘する(44).この寓話は当然のことながら,他国による侵攻とそれへの反撃という戦争の比喩になっており,ここで言われる「感傷」とは,戦争やそこでの死に対して「英雄」や「名誉」といった言葉で語られるときに呼び起こされる感情のことを指している.日本でも戦国時代の刀と刀で体をぶつけあう戦いのあり方が英雄的でロマンチックな行為として語られることがあるが,本書で言及されているように,同様の価値観が少なくともボーア戦争まではイギリスにもあったようである(49).ミルンはこの「感傷」こそが習慣的に繰り返されてきた戦争の1つの要因であると考えていた.ミルンは庭の寓話によって,庭を破壊されることに対する「本能的な武力の利用」(instinctive use of force)ではなく,例えばその侮辱行為に対して自身の面子が保たなければならないという,決闘の時代から脈々と受け継がれてきた「慣習的な武力の利用」(conventional use of force)こそが戦争を誘発するものの正体だと指摘しているのである(40). そして7章では,戦争へと若者たちを駆り立てる号令として利用されてきた多くの詩の一節を引き合いに出しながら,その「感傷」がこれまでの歴史の中で戦争を正当化してきたと述べている.ミルンは第一次大戦を「ほとんどコミカルといってもいいほどに非英雄的なもの」(almost comically unheroic)(52)と捉えている.第一次大戦における兵士たちは,英雄のように戦場で壮絶に散ったのではなく,その多くは負傷や毒ガスの後遺症に苦しみながら,しかしベッドの上で死んだのである.1千万の戦死者のうち,800万人は,次に犠牲になるのが自分ではなく自分の戦友であってほしいと願いながら,「英雄的なことを成し遂げる前に殺されてしまった」(did nothing before they were killed)(53)という.しかしそれでもなお,彼らの死は終戦記念日の度に繰り返し行われるの祈りやスピーチ,勲章,あるいはこの章で繰り返し引用されるホメロスの「国のために死すことは甘美にして望ましいもの」という一節によって美化され,神聖化される.このようにして第一次大戦における死は,英雄的と語られてきた過去の戦争と同様に美化され,その美しき死への「感傷」によって,地獄を経験したはずのヨーロッパは同じ過ちを繰り返そうとしている.ミルンはここでこのような警鐘を鳴らしているわけである. 1940年,ミルンは『名誉ある平和』への補足として小冊子「名誉ある戦争」(War with Honour)を執筆した.その中でミルンは,自身が『名誉ある平和』を書いた目的について「読者たちに,先人の目を通した伝統的戦争観ではなく,現在の戦争を自分自身の目で見てほしかった」(I wished my readers to look at modern war with their own eyes, not at a tradition of war through the eyes of their ancestors)(6)と語っている.2 また『名誉ある平和』の10章では,勇敢な物言いで戦争について雄弁に語る者たちこそ,望めばいくらでもその機会があったはずなのに戦争で死ぬことがなかったものたちだと皮肉を込めて述べている(100).このように,自身で戦争を体験していないものたちが,「感傷」によって美化された戦争について語り,そしてそれが繰り返されることをミルンは恐れていたのである. ミルンは自身の具体的な戦争経験について多くを語った作家ではないが,7章3節では,その戦争体験の一端を覗き見ることができる.そこでは同じ連隊の部隊に参加するために,一緒にフランスへ行くことになった物静かな青年兵士について書かれている.この青年は両親から持たされた防弾チョッキを身につけるべきかどうかを悩んでいたのだが,結局それを着ていようがいまいが関係はなく,彼は連隊合流前に敵軍の爆撃によって粉みじんに吹き飛ばされてしまったという.戦場を直に経験したミルンに,このようにあっけなく戦死した大勢の戦友がいたことは想像に難くない.そしてミルンは「自分自身の目で」目撃したその戦友たちの死を,覚悟を持って「コミカルといってもいいほどに非英雄的」だったと表現しているのである.そしてその覚悟とは,彼らの死が美化され「感傷」に訴えかける道具として,次の戦争に利用されないようにするための覚悟なのである. ミルンはこれまで英文学研究史上重視されてこなかったきらいがある.そしてこの『名誉ある平和』もまた,一部のミルン研究者を除けばあまり語られることはなかった.しかし本書は平和主義者として第一次大戦という人類史上最初の歴史的事件を経験し,それが二度と繰り返されないよう願った作家が書いたものであり,それは当時を生きた人間の精神を示す重要な資料としても評価することができるのである.ここに邦訳を掲載することで,ミルンの当時の願いが現代というこの時代に広く知られるための一助となればと考えている.[解題注記]1 本稿では『名誉ある平和』の初版(Methuen, 1934)を元に引用,翻訳を行う.『名誉ある平和』の概要については拙訳『名誉ある平和〈1〉』の「訳者解題」にて詳しく述べている.2 「名誉ある戦争」は第二次大戦下に書かれたものである.この中でミルンは,ナチスの支配に置かれることは戦争よりも悪しき状態として,ナチスとの戦争を支持している.邦訳については拙訳「名誉ある戦争」参照.