著者
青谷 秀紀
出版者
史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.98, no.1, pp.69-102, 2015-01

中世後期のキリスト教世界では、信徒たちが、煉獄での滞在期間を可能な限り短くするため、様々な方法で贖宥を獲得しようとした。個人が限定された空間で想像のうちに聖地へと旅立つ仮想巡礼や、都市空間にエルサレムやローマの表象を重ね合わせることで都市を聖地化するプロセッションなどの集団的儀礼はその有力な手段であった。本稿では、内省的な宗教運動が広まりを見せると同時に、高度な都市化を経験した中世後期のネーデルラントを対象に、一見対照的とも思われる双方の実践が、ともに聖地の表象を喚起することで聖なる時間と空間を追体験し、救霊のための祈りを試みるという同質性を有していたことを明らかにしたい。そこからは、中世後期のキリスト教世界に特有な集団と個、公と私の関係性が浮かび上がってくるだろう。
著者
湧上 聖 末永 英文 江頭 有朋 平 敏裕 渡嘉敷 崇 山崎 富浩 前原 愛和 上地 和美
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.304-308, 2000-04-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
15
被引用文献数
9 5

長期経腸栄養患者に銅欠乏が出現することが時々報告され, 貧血及び好中球減少症を伴うことがある. ある種の経腸栄養剤の銅含量が少ないことが原因で, 治療は硫酸銅や銅含量が多い経腸栄養剤で行われている. 今回, 食品である銅含量の多いココアを用いて銅欠乏の治療を行い, 銅の必要量を検討してみた. 当院に平成10年に入院していた経腸栄養患者86人を対象とした. 男性40人, 女性46人, 平均年齢69歳であった. 基礎疾患は脳卒中71人, 神経疾患5人, その他10人であった. CBC, 電解質, 腎・肝機能, 総蛋白, コレステロール, 血清銅 (正常値78~136μg/dl) を全症例に検査した. まず, 血清銅が20μg/dl以下の8症例に対して, ココアを一日30~45g (銅1.14~1.71mg), 血清銅が77μg/dl以下の31症例に対してはココアを一日10g (銅0.38mg) 経腸栄養剤に混注して1~2カ月間投与した. ココアの量が30~459の8症例の内, 2例が嘔吐と下痢で中断した. 残り6症例は血清銅が平均8.7±6.2から99.0±25.4μg/dlと有意に改善した. ココアの量が10gの31症例は血清銅が平均50.5±19.3から89.0±12.9μg/dlと有意に改善した. 銅欠乏に伴う貧血及び好中球減少も改善傾向がみられた. その後ココア10gで改善した23例についてココアを5g (銅0.19mg) に減量したところ, 平均98±36日で血清銅は90.7±10.4から100.6±17.1μg/dlへ有意に上昇した. これまで成人の一日銅必要量は1.28~2.5mgとされていたが, 今回の結果から銅欠乏の治療に関してはココア一日10g, 銅として0.6mg (ココアの銅含量0.38mgと栄養剤の平均銅含量0.22mg), 維持についてはココア5g, 銅として0.37mg (ココアの銅含量0.19mgと栄養剤の平均銅含量0.18mg) で十分だと示唆され, 経腸栄養剤開発における銅含量の参考になると思われる.
著者
長滝 祥司
出版者
科学基礎論学会
雑誌
科学基礎論研究 (ISSN:00227668)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.47-52, 1994-12-25 (Released:2009-07-23)
参考文献数
9

フッサールが指摘したように(1), ガリレイ以来発展してきた自然科学によって, われわれは世界や事物を数量化して把握することに馴染んできた。こうした数量化によって, 事物把握が間主観的になり科学的客観性が生じてくる。科学的客観性とは, 個人的で一回的な事物経験が数量化され, 間主観的, 全時間的になることによって成立してきたものである。またそれと相即的に, 知覚され経験される事物は因果的連関のうちにあり, 自然科学が発見した精密な因果的法則に支配されていると見なされる。そこでは, 主観性は因果連関のなかに組み込まれるか, あるいは無視されている。しかし, こうした事態は世界についての客観的, 因果的把握も, 直接的に経験された知覚世界 (フッサールの用語に従えば, 生世界 [Lebenswelt] に基づく認識方法の一つであるということが忘却された結果である。言い換えれば, 人間の生と自然科学とが完全に切り離された結果といえよう。近代の自然科学に範をとる実験心理学も, こうした忘却の上に成立していた。では, 知覚世界と科学とはいかなる関係にあるのか。フッサールに従えば, そもそも知覚世界とは科学的世界 (科学によって規定される世界) の出発点であり, その基底にあって科学に素材を提供し, その根拠となるものである。つまり, 精密な科学も知覚経験から出発して得られたものである。そうならば, 知覚経験のなかに科学へと繋がる萌芽が看取できるであろう。換言すれば, 知覚経験のなかに科学的客観性の起源が見出されるはずである(2)。われわれの知覚経験が, まったく秩序を持たずきわめて不安定なものであったなら, それは精密科学に素材を提供することなどできなかったと考えられるからである。したがって, その素材とは知覚経験におけるある種の安定性であるともいえる。もちろん知覚経験とは, 身体の運動などによってつねに変動し, 人によって異なることもあるなど, 不安定なものである。しかし, それでもわれわれは, ある事物の見え方が様々に変異するなかでそれを同一のものとして把握し, 身体を同じ場所に置くことによって緩い意味での間主観性も成立する。つまり数量化して把握する以前に, われわれは事物についての安定的な経験を持っているのである。本稿ではこの安定性を“知覚的客観性”と名づける。本稿の目的は, 心理学の知覚研究において知覚と実在の関係, 知覚における安定性, 客観性の問題がどのように取り扱われてきたかを整理し, 現象学的知覚論との対比をつけることである。心理学からは, 実験心理学の始祖であるヴントと, 彼への批判から始まったゲシュタルト心理学, そして後者の継承者であるギブソンを扱う。また, 現象学ではメルロ=ポンティの知覚論を主題的に論じていくことにする。そして, 知覚的客観性をめぐって, ギブソンとメルロ=ポンティの議論を比較してみたい。もちろん, この二人のあいだに直接的な影響関係があったわけではない。しかし, ゲシュタルト心理学が要素主義を克服したことに対する彼らの強い共感を考えると, 両者を比較することはあながち不毛なこととは思われない。そして, 両者の対比を通じてあらためて知覚的客観性の問題を考察することにより, 知覚と科学の結び目を確認したい。
著者
田中 雄一郎
出版者
学校法人 聖マリアンナ医科大学医学会
雑誌
聖マリアンナ医科大学雑誌 (ISSN:03872289)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.195-203, 2023 (Released:2023-05-16)
参考文献数
37

ロボトミーはどのようなプロセスを経て世界に広まったのか。ロボトミーには当初から批判的な意見が付き纏っていた。受け入れに当たっては国によって大きな温度差があった。ロボトミー伝播の過程で勃発した第2次世界大戦という人類史上最大の戦乱が,精神疾患治療の歴史にも大きな影を落とした。モニスやフリーマンの古典的ロボトミーの術式は,世界に拡散する過程で様々な「改良」が加えられ変容を遂げる。
著者
佐々木 真一
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.63-67, 2005 (Released:2006-12-27)
参考文献数
7
著者
浦田 龍之介 鈴木 満里乃 山本 真生 伊藤 将円 鈴木 皓大 伊藤 梨也花 伊藤 晃洋 飯島 進乃 屋嘉比 章紘 鈴木 彬文 井川 達也
出版者
The Society of Physical Therapy Science
雑誌
理学療法科学 (ISSN:13411667)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.188-192, 2023 (Released:2023-06-15)
参考文献数
22
被引用文献数
1

〔目的〕本邦理学療法分野の症例報告における情報の欠落の実態について調査することとした.〔対象と方法〕2019年に日本国内の学術雑誌に掲載された理学療法に関する症例報告を対象とした.医中誌Webを含む4つの電子検索データベースを用いて文献を網羅的に収集した.症例報告における情報の欠落について,CAse REport guidelinesを用いて評価した.〔結果〕253件の症例報告が選択された.患者の個人情報の項目では遵守率が100%であった.アブストラクトと本文に関する計12項目では,遵守率は50%未満であった.〔結語〕本邦理学療法に関する症例報告のなかには,必要情報の欠落により読者の誤解を招く表現が用いられている可能性が示唆された.
著者
島本 奈央
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.253-274, 2021 (Released:2021-07-08)

2020年7月パレスチナ占領地に関する国連特別報告者S. マイケル・リンク氏によって、イスラエルによるパレスチナ占領地域への連座刑犯罪についての報告書が4年ぶりに提出され、連座刑を国際法上の戦争犯罪として考えようとする議論が波紋を広げている。連座刑を用いたイスラエルの組織的な占領統治は、ユダヤ人、パレスチナ人の非共生な状態をより深刻化させている。連座刑は現行法上国際刑事裁判所で戦争犯罪として裁くことはできないものの、地域的な国際刑事法廷では戦争犯罪として認められ始めている。 本稿では、私が携わった上記に関わる業務とフィールドワークの報告に加えて、それを基に国際人道法上の違反行為である、連座刑についての国際法的論点の現状整理を行う。本稿の目的は、連座刑を用いたパレスチナ占領政策の考察と、法的理論の欠缺の示唆にある。
著者
山本 晶友 樋口 匡貴
出版者
心理学評論刊行会
雑誌
心理学評論 (ISSN:03861058)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.242-258, 2020 (Released:2022-02-05)
参考文献数
104
被引用文献数
1

This article reviews the functions and negative consequences of two emotions that support reciprocal help in humans: compassion and gratitude. Compassion arises when an individual witnesses another individual’s suffering and can be distinguished from the experience-sharing of distress with that person. This emotion has a significant role in the caregiving response to vulnerable offspring and cooperative relations with non-kin. However, compassion may sacrifice the welfare of people who are not the target of this emotion or may hinder the target’s growth. Gratitude is generated when one benefits from someone else’s good intentions, and can be distinguished from a mere positive emotion or indebtedness. This emotion contributes to increasing the morality of the beneficiary and the benefactor and contributes to a high-quality relationship between them. However, gratitude may cause unnecessary harm to the beneficiary’s welfare. In an intimate relationship, unbalanced gratitude may decrease relationship satisfaction. Social emotions largely support reciprocal help in humans; however, these emotions evidently are not the sole requirement.
著者
三村 守 大坪 雄平 田中 秀磨 後藤 厚宏
雑誌
コンピュータセキュリティシンポジウム2017論文集
巻号頁・発行日
vol.2017, no.2, 2017-10-16

「目grep」とは,バイナリファイルから人間の目で文字列を検索するGREPコマンドをエミュレートするスキルである.本稿では,畳み込みニューラルネットワークを用いて「目grep」を再現し,未知の悪性文書ファイルを検知するいくつかの手法を提案する.畳み込みニューラルネットワークは,画像認識の分野において革新的であり,従来のモデルよりも顕著な成果を挙げている.さらに,実際の悪性文書ファイルからデータセットを作成し,Precision,RecallおよびF値を算出して提案手法を評価した.その結果,悪性文書ファイルから「目grep」によってシェルコードを発見できる可能性があることを確認した.
著者
戸井田 一郎 中田 志津子
出版者
JAPANESE SOCIETY FOR TUBERCULOSIS
雑誌
結核 (ISSN:00229776)
巻号頁・発行日
vol.82, no.11, pp.809-824, 2007-11-15 (Released:2011-05-24)
参考文献数
84
被引用文献数
1

1951年の結核予防法大改正によって凍結乾燥BCGワクチンの接種が法制化されてから2004年までに結核予防法によるBCG接種者総数は2億1380万人に達している。そのなかで接種局所および/または所属リンパ節の範囲を超えて身体他部位に重大な副反応が発生した症例を検索し,39症例(接種10万件あたり0.0182件)が同定できた。ほかに,BCGとの関連に疑問があるがBCG接種にひきつづいて起こった重大な有害事象症例として4症例の報告があった。39症例のうち19例では,慢性肉芽腫症(CGD),重症複合型免疫不全(SCID),Mendelian Susceptibility to Mycobacterial Disease(MSMD)などの先天性免疫不全を含め,何らかの細胞性免疫異常が報告されている。死亡の6例には全例に免疫異常が認められている。BCG接種の唯一の機会を逃す子供が生じないように,それと同時に,生後3カ月までの接種を避けて先天性免疫不全児へのBCG接種の危険を回避することができるように,公費によるBCG接種の期間を最短でも生後1年まで延長することが望まれる。
著者
藤井 一至 松浦 陽次郎 菅野 均志 高田 裕介 平舘 俊太郎 田村 憲司 平井 英明 小崎 隆
出版者
日本ペドロジー学会
雑誌
ペドロジスト (ISSN:00314064)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.73-81, 2019 (Released:2020-12-31)
参考文献数
23

2022年から実施される学習指導要領の改訂では,地理歴史科の科目が「地理総合」,「地理探求」に変更となり,地図や地理情報システムの活用による国際性,主体的な思考力の養成が求められることとなった。これにあわせて,土壌に関して国内外で蓄積されてきた研究成果を基礎にした,正確な地図および用語を高校生が活用できるように,高校地理の土壌に関わる教育内容の更新が喫緊の課題である。そこで,現行の高校地理(地理B)の教科書にみられる用語および地図の問題点を整理し,教育内容の修正・更新案を提示した。具体的には,(1)チェルノーゼム,プレーリー土,パンパ土,栗色土の統一,(2)単独の土壌分類名と対応しないツンドラ土の削除,(3)「ラテライト」の削除とフェラルソル(ラトソル)への統一,(4)ポドゾル,フェラルソルの分布域の過大評価の修正,(5)テラロッサ,テラローシャを含む「粘土集積土壌」の追加,(6)間帯土壌(成帯内性土壌)として黒ボク土,沖積土の追加である。これによって,世界の土壌の分布と生業や文化との関わり,日本の主要な土壌の地理的分布とその特異性の理解促進に貢献できる。