著者
初田 賢司 桑原 恵治 武田 昭
出版者
日経BP社
雑誌
日経systems (ISSN:18811620)
巻号頁・発行日
no.282, pp.48-55, 2016-10

ステークホルダーとは、利害関係者のこと。プロジェクトやプログラムを成功に導くために、関係する人や組織を洗い出して期待や影響を分析し、より良い関係を築き上げるのが、ステークホルダーマネジメントである。 図5に示したのは、プログラムにかかわる…
著者
"関 和俊 石田 恭生 小野寺 昇 田淵 昭雄"
出版者
川崎医療福祉大学
雑誌
川崎医療福祉学会誌 (ISSN:09174605)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.113-119, 2007

"高所において生体は,いわゆる急性高山病(Acute Mountain Sickness ; AMS)症状に悩まされることが少なくない.動脈血酸素飽和度(SpO_2)を簡易に測定ができるパルスオキシメータは,酸素不足と高所順応の状態を的確に把握し,ヘモグロビンの透過率を測定できる機器であり,最近の登山には必要不可欠な装備とされている.富士山は,海抜3,776mの日本最高峰であり,低圧低酸素環境下にある.本研究では,心拍数,SpO_2およびAMSスコアを用い,富士登山における生体変化を明らかにすることを目的とした.被験者は健康な成人男女26名(男性15名,女性11名)であった.登山中の心拍数およびSpO_2の測定にはパルスオキシメータを用いた.AMSスコアの事後アンケート調査を実施した.心拍数は五合目登山前(88.8±11.8bpm;beats per minute)と比較して,富士山頂(101.2±19.3bpm)において有意に上昇した(p<0.05).SpO_2は,五合目登山前(91.4±2.0%)と比較して,富士山頂(82.1±6.5%)において有意に低下した(p<0.05).AMSスコアは「頭痛」および「めまい及び/またはふらつき」に関して山頂時に有意に高値を示した(p<0.05).このことから,富士登山においても心拍数やSpO_2は高所順化の指標となることを示唆する結果となった.また,SpO_2の測定は富士登山における高所順応が順調に獲得されているかどうかを知るための適切な指標であることが示唆された.心拍数,SpO_2およびAMSスコアを用いることによって,富士登山における急性高山病を事前に防ぐことが可能であると考えられた."
著者
森川 政人 小林 達明 相澤 章仁
出版者
JAPANESE SOCIETY OF REVEGETATION TECHNOLOGY
雑誌
日本緑化工学会誌 = Journal of the Japanese Society of Revegetation Technology (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.103-108, 2012-08-31
被引用文献数
1 2 1

学校プール内に生息している水生昆虫相の種,個体数について,東京都及び千葉県内の 4 地域計 32 校において,2007 年 5 月~2008 年 5 月までの使用期間外に各校月 1 回程度調査を実施した。調査の結果を TWINSPAN で解析したところ,東京都と千葉県が異なるグループに分類された。ヒメゲンゴロウ,コシマゲンゴロウ,ミズカマキリ,ショウジョウトンボは東京都の学校プールで確認することができなかった。種数に差が確認された要因として,種の供給源となる学校プール周辺の水田面積や周囲の樹木の有無などが考えられた。主にトンボ目の個体数の差に影響を与える要因としては,学校プール周囲の植生から供給される落葉である可能性が示唆された。
著者
光冨 省吾
出版者
福岡大学
雑誌
福岡大學人文論叢 (ISSN:02852764)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.237-268, 2013-12
著者
高村 圭子
出版者
東京女子大学
雑誌
日本文學 (ISSN:03863336)
巻号頁・発行日
vol.84, pp.90-101, 1995-09-30
著者
宗村 和広
出版者
信州大学
雑誌
信州大学法学論集 (ISSN:13471198)
巻号頁・発行日
pp.107-146, 2002-03-01

「ファンブック罪に濡れたふたり~Kasumi~」事件・控訴審判決 東京高等裁判所平成17年3月3日判決 〔判例時報1893号126頁,判例タイムズ1181号158頁〕
著者
笠原 英彦
出版者
慶應義塾大学法学研究会
雑誌
法学研究 = Journal of law, politics and sociology (ISSN:03890538)
巻号頁・発行日
vol.91, no.12, pp.29-76, 2018-12

一、はじめに二、柳原前光の帝室制度構想三、佐佐木高行ら保守派と元老院改革四、「帝室典則」の修正と柳原の関与五、伊藤博文の体制刷新と柳原の起用六、高輪会議と柳原の元老院改革構想七、おわりに論説
著者
杉浦 裕子
出版者
鳴門教育大学
雑誌
鳴門教育大学研究紀要 鳴門教育大学 編 (ISSN:18807194)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.232-245, 2012

Thomas Blake Glover (1838-1911)is a Scottish trader who came to Japan at the end of the Edo period. He established Glover & Co. in Nagasaki and traded arms and ships with anti-Tokugawa clans, mainly with the Satsuma clan. He is often regarded as a supporter of the anti-Tokugawa samurai and as a contributor to the Meiji Restoration. Indeed, though Glover in later years contributed to the modernization of Japan in more peaceful ways, introducing shipbuilding docks, coal mining, railways, a mint, a brewery, and so on, the most prominent career in his life is that of "a merchant of death" in the very last days of the Tokugawa Shogunate. This essay examines the significance of his role at the end of the Edo period from the perspective of British diplomatic policy towards Japan in the 1860s and its rivalry with France. Throughout the 19th century, Great Britain had been the biggest empire among the great world powers. However, when Tokugawa Japan was forced to open the country to the world, neither Britain nor other western great powers had the intention to colonize Japan. They had learned that to plant colonies and to maintain them cost too much, and they also had spent much money on the Crimean War and other wars by the 1850s. What they wanted instead was the profit from free trade with Japan. Britain's diplomatic policy in particular was shifting to what is called "small Britain policy" during 1860s-70s, which promoted not colonization but free trade. After the 1880s, Britain and France resumed expansion of their colonies, mainly on the African continent. Therefore, Japan was lucky enough to escape the destiny of being colonized in spite of the disturbance of domestic politics, because the last days of the Tokugawa Shogunate in the 1860s were the very time of slackened foreign pressures. After Japanese ports were officially opened in 1859, Britain and other great powers' diplomacy with Japan was strongly united with their trade policy towards Japan, and the rivalry between Britain and France inevitably developed gradually. As trade policy can determine diplomatic policy, Britain and France began to take different attitudes towards the Tokugawa Shogunate in order to secure their own profit from commerce. France continuously supported Tokugawa because Japanese official trade with foreign countries was under the control of the Shogunate at that time, and France wanted to promote trade through strong ties with the Shogunate. On the other hand, Britain gradually distanced themselves from the Tokugawa Shogunate and showed understanding towards anti-Tokugawa clans, because Britain, as a promoter of free trade, found that those anti-Tokugawa clans also wanted free trade with foreign countries. Thomas Blake Glover, then an ambitious Scottish trader representing the British Empire, was the very man who did his illegal business with those anti-Tokugawa clans outside of Shogunate-control. Glover was such a wellknown and influential trader among anti-Tokugawa samurai that his significance was recognized by British Consul to Japan. Glover even arranged for Harry Parkes, the British Consul to Japan, to visit Satsuma, and this turned out to be a turning point for Parkes's policy. As a result, British diplomatic and trade policy with Japan won over that of France, and after the Meiji restoration, the modernization of Japan was carried out under the strong influence of Britain rather than France.
著者
日原 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.15, 2005

1.はじめに 学校現場での防災教育の実践例を,筆者の前任校東京都立墨田工業高校(1学年200名・標高1.5m)における1年「地理A」(必修2単位)および3年「選択地理」(選択2単位)の実践記録から紹介する.2.都立墨田工業高校における防災教育の実践例(1)授業開き:地下鉄の駅の差異「菊川駅/恵比寿駅」(1年4月) 授業開きは1年間の生徒の地理授業への「食いつき」を決める決定的な意味を持っていると考えている.ここでは興味を引きつつ,通年にわたって考えてほしいテーマを設定する.実践校では「0m地帯」をテーマとして,「地下鉄の駅から考える」(矢田ほか2002)(配当1時間)という実践を行った.スライドを用いながら,身近な景観の中に防災対策が隠されていることに気づかせ,地形断面図と重ねることにより分布の意味を考察するという地理的見方・考え方の重要性を理解させた.(2)地域調査:「0m地帯を歩く」(1年7月) 7月の補習期間に1年生全員対象の0m地帯の見学(配当4時間)をクラスごとに5日に分けて実施した(日原2004).実際の景観で実感的に0m地帯を理解させることで防災意識を高めることができた.(3)シミュレーション学習:「開発による洪水流出の変化」(1年9月) 日原(1996)が開発したシミュレーション教材「開発による洪水流出の変化」は,タンク・モデルによる洪水流出解析をPC利用によって生徒が作成することを通じて,多摩ニュータウン開発による乞田川の流出の変化を実感的に理解することができる(配当2時間).上流地域が開発により排水性の高い流域へ改変されると,下流地域への洪水集中が起こりやすくなる.洪水は流域の問題であることを理解させた.(4)洪水/水害,地震/震災の差異を理解させる授業(1年9月) 義務教育段階での防災意識は「地震だ⇒火を消せ」に代表される規範的なものであるが,後期中等教育以降では災害の構造を客観的に見る目を育てたい.そのためには自然災害の連鎖構造を理解させることが重要であると考えている(日原1993,1999).自然災害の連鎖構造は「_I_誘因⇒_II_自然素因⇒_III_加害力の作用⇒_IV_社会素因⇒_V_被害の発生⇒_VI_社会素因⇒_VII_災害の波及」という図式で捉えられる(水谷 1985)._V_や_VII_に至らないように,この矢印をどこかで断ち切ることが「防災」であることを理解させるために,9月最初の授業に「防災の日」にちなんだ特設的な「地震を考える」(配当2時間)を設定した.連鎖構造を理解させるためには,地震の場合,地形の階層的理解が不可欠である.「学校周辺の地形は○○である」=暗記の地理に慣れてきた生徒は単一の答えを信じている.しかし,現実には,大地形=変動帯,中地形=関東平野,小地形=沖積面,微地形=埋め立て造成地と,地形環境はMulti-scaleに構成されている._I_誘因は大地形・中地形の問題であり,_II_自然素因には小地形・微地形が効いてくる.この実践からは,まず,科学的に安全な地盤地域への居住(転居)という「防災」が浮上する.しかし,経済的に自立しえない高校生段階では,非現実的であると共に,ややもすると厭世的になりかねない.そこで,社会素因を考えさせる.義務教育時代に断片的な知識として覚えてきた震動時の行動,身の回りの家具の固定,防災グッズの準備等は_IV_にあたる.さらに,重要なのは_VI_であり,ここでは「助け合える,協調的な地域社会の構築」がひとつの鍵になり,その実現は高校生も日常生活を通じて十分担っていける.(5)文化祭でのビデオ「江東区の0m地帯」制作・発表(3年4-10月) 1年必修「地理A」の知識を発展させて,3年選択「地理」では10月の文化祭に参加するビデオ作品「江東区の0m地帯」の制作を行わせた(日原1998).生徒が脚本を作成し,景観を撮影して編集する.脚本確定に至る討論が防災教育として大きな意義を有していた.完成作品は文化祭で上映するとともに,近隣の小学校への配布を行った.3.防災教育の課題 これまでの実践から,学校教育における防災教育の課題として以下の点を指摘する. 1 地理に関する学習指導要領において「防災教育」が正当に位置づけられることが不可欠である. 2 生活地域と学区域がほぼ一致する義務教育段階と異なり,学校周辺と自宅周辺の自然環境が異なる場合が多い高校以上においては,現象の扱いに配慮が必要である. 3 2も含めて,発達段階を考慮した小中高一貫防災教育カリキュラムの構築が重要である.
著者
有賀 夏紀
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.19, pp.85-100, 2021-03

本稿では、金沢称名寺に伝存する吒枳尼天関連資料を読み解き、中世の儀礼と、それを支える教理について考察する。『辰菩薩口伝』『辰菩薩口伝上口決』は、仏教の夜叉である吒枳尼天の秘説を集めた聖教である。ここでは即身に成仏するという密教的身体観を基調とし、八葉蓮華、宝塔、舎利、如意宝珠といったキーワードを用いて、天台教学の立場から『法華経』(法華円教)と密教との一致を説く。この教説は衆生の心臓を食用するという吒枳尼天によって媒介され、成就するものであった。これと同様の教理が、おなじく称名寺聖教の『輪王灌頂口決私』に見出せる。本資料は即位灌頂の口決であるが、天皇の身体と、仏との一体化を目的とする即位灌頂は、衆生の身体を食して即身成仏させる吒枳尼天と結びつきやすかったと考えられる。吒枳尼天と『法華経』をめぐる言説は、円密一致の教理とともに、中世の儀礼の一端を支えていたのである
著者
西村 杏香 鳴川 紗 大野 維吹 久世 伊純 小林 耕太 Momoka Nishimura Suzuka Narukawa Ibuki Ono Izumi Kuze Kohta I Kobayasi
出版者
同志社大学ハリス理化学研究所
雑誌
同志社大学ハリス理化学研究報告 = The Harris science review of Doshisha University (ISSN:21895937)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.239-243, 2020-01

ハンドスピナーは人気なおもちゃであり、世界中の人々がスピナーを回転させることが習慣になっている。この研究の目的は、他の依存症(アルコール,ギャンブルなど)に関連する脳活動とハンドスピナー使用中の脳活動を比較することで、人々がハンドスピナーにハマる理由を見つけることであった。そこで非磁性のハンドスピナーを作成し、核磁気共鳴画像によりスピナーを回している際の脳活動(脳血流)の変化を評価した。実験データにより、ハンドスピナーの快適度が増えるにしたがって島皮質の活動が増加することが分かった。さらに、いくつかの報酬関連領域(側坐核および尾状核)は、スピナーを「回転」させた時に活動を示した。これらの脳活動はハンドスピナー中毒の一因となる可能性があり、この結果は習慣性や中毒性のある行動に関連する神経メカニズムを解明する手がかりを与え得るだろう。
著者
中山 誠二
出版者
日本植生史学会
雑誌
植生史研究 (ISSN:0915003X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.33-42, 2015-02
著者
宮本 悟
出版者
日本政治学会
雑誌
日本政治學會年報政治學 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.195-215,253, 2005

For a long time, a majority of people have thought that the military would attempt a coup d'etat in the Democratic People's Republic of Korea due to the widespread economic deterioration in the past, and the fact that the domestic economy has seen some recent improvement makes this event more unlikely at present.<br>Why haven't a group of officers within the Korean People's Army attempted a coup d'etat? In this research, I provide three key reasons that explain why, even during three crisis periods involving major politico-military purges, this has not happened.<br>Chiefly these were: entrenched clique competition in the military; the existence of an organization that can oppose the armed forces; and a systemic and purposeful division of the military. I have confirmed through this research that the system that has divided the military still exists in the army, a system controlled effectively by a senior <i>commissar</i>. Therefore, this research concludes that the possibility of a coup d'etat occurring is low even in the present D. P. R. K.
出版者
日経BP社
雑誌
日経コンピュータ (ISSN:02854619)
巻号頁・発行日
no.874, pp.56-58, 2014-11-27

野村ホールディングス(野村HD)と野村証券が日本IBMに対し、開発費用など計33億円の損害賠償を求めるIT訴訟の詳細が判明した。海外製パッケージソフトを利用したシステム導入の失敗が裁判へと発展した。なぜシステム開発が中止に追い込まれたのか。裁判資料や内部関係者の話から検証する。
著者
林 在圭
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.13-21, 2011

韓国における伝統的な儀礼は年中行事と通過儀礼に大別される。こうした年中行事や通過儀礼は人々の生活に癒しの休息と活力を与えてくれる。また年中行事や通過儀礼などの諸儀礼の過程では、特別季節料理がご馳走として調理され、四季折々の食物とともに豊穣祈願、家内幸福、厄払いなどの願いをこめて、あるいは祖先崇拝の象徴として供物が供えられる。それゆえ、儀礼食の供物は霊や神と人間との関係性における媒介の役割を果たしている。 韓国の祖先祭祀は儒教的大伝統に則って、儒教の教えを行為に表した典型的な儀礼として、祖先祭祀を行うことによって、その教えを体得することができ、それが社会的評価にもつながる。そのため、韓国人にとって祖先祭祀を祀ることが重要な生活規範になっている。 特に祭祀供物には韓国文化の歴史的経過とその特徴が反映されており、肉や魚料理をはじめ餅や果物などが供えられる。したがって祭祀供物を通して、日常の食事ではほとんど食べない肉料理や魚料理を中心とした良質の動物性蛋白質を摂取しうる機会を得ることができる。