著者
井黒 忍
出版者
大谷大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

具体的内容:本年度においては、明清時代の碑刻資料を用いて、山西省汾河流域の水利用方式と関連規程を考察した。その結果、流域中における水利用規程の多くが12世紀に作成され、20世紀初頭に至るまで継承されたものであること、下流域においては、16世紀以降、水の売買・貸借が盛んに行われ水利用の不均等性を補填する互助システムとして機能したことを明らかにした。研究成果として、環境を共通テーマとする2008年史学研究会例会において研究報告を行い、「清濁灌漑方式が持つ水環境問題への対応力-中国山西呂梁山脈南麓の歴史的事例を基に-」を『史林』(第92巻第1号)に掲載した。さらに、現地碑刻調査にて得られた諸データを用いて「汾河下流域の水資源利用と開発に関する碑刻データベース」を構築した。意義と重要性:呂梁山脈南麓地域における山間部からの流出水を用いた灌漑方式が、地域社会の自律的管理のもとで700年間以上にわたる長期持続性を有したことは、この水利用方式が恒常的に発生する旱魃や水害を克服しうるシステム的耐性を持つものであることを意味する。これは、乾燥・半乾燥地域における水利慣行や規程の中に人々の環境適応のあり方を見いだすことができるとする研究の仮定を証明するものである。さらには、システムの耐久性を支えるものとして、水の売買や貸借が日常的になされたことを明らかにしたことの持つ意味は大きい。現在、各地で水不足が深刻化する中、国家および地方政府の施策として水利用権の売買が行われつつある。汾河流域の地域社会が持つ歴史的経験から、こうした現状に対しても有効な提言を与えることが可能となる。
著者
澤田 祐一
出版者
京都工芸繊維大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

平成9年度中に,制御スピーカーを取り付けた1次元ダクト内の音圧に関する数学モデルをすでに確立し,さらにダクト開口部に達する進行波成分を最小にする有限次元フィードバック制御器を確率システム理論を用いて構築した.平成10年度は前年の成果に基づいて数値シミュレーションおよび実験を実施し,その動作特性,有効性の検証を行った.数値シミュレーションで取り扱うダクトは実験装置として使用する矩形ダクトと同サイズのものを想定し,全長2[m]のダクトに口径12[cm]の制御用スピーカーを取り付けた.また,制御スピーカーをエンクロージャーで覆いその内部の音圧を計測することで,スピーカーのバッフルボードの変位をより正確に推定できるようにした.数値シミュレーションを実施した結果,騒音源(送風ファン)からの音波(進行波)がスピーカーの設置位置を通過すると同時にその振幅は急速に減少していることが確認され,提案した制御系がダクト内の進行波成分を効果的に押さえることが示された.その性能はおよそ100[Hz]から1000[Hz]までの進行波成分を最大20[dB]減少させることができ,本研究で提案した制御系の目標を十分に満足するものであった.ダクト内の音圧分布という観点から見た場合,騒音源である送風ファンからスピーカーまでの部分では制御の有無に関わらす音圧の振幅にほとんど変化は見られないが,制御スピーカーから開口部に到る部分では音圧のみならず音圧勾配も十分に抑制できていることが明らかとなった.これは,ダクト開口部から放射する音が減少することを意味する.実験は数値シミュレーションの場合と同様のアクリル製矩形ダクトとDSP(Digital Signal Processor)を用いた制御装置により行った.シミュレーションでは1000[Hz]付近まで効果的に制御できることを確認したが,実験ではおよそ120[Hz]から500[Hz]の範囲でダクト開口部付近の音圧をおよそ10[dB]低下させることができ,実験においても1次元ダクトと見なせる周波数範囲で制御系が良好に動作することが確かめられた.
著者
高橋 公明 池内 敏 ロビンソン ケネス 橋本 雄
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

大陸沿岸・半島部・島嶼部で構成される東アジアでは、海を舞台とした人間の営みが大きな意味を持つ。本研究では、東アジアの国際関係史、文化交流史および海事史などで扱われている諸課題を相互に連関させ、かつそれらを基礎づけるとものとして「海域史」を位置づける。その立場から既知・未知を問わずに資史料を発掘し、新たな方法論を提示して、これまで見えてこなかった局面に光をあてた。こうした「海域史」の立場から資史料を見たとき、常に大きな困難となるのは資史料の性格である。第1に、中心(国家)から周縁(地域)を見る立場から作成された資史料が多いこと、第2に、「嘘」や「誇張」が含まれた記述を解釈しなければならないこと、第3に、文学作品や舞台表現など、そもそも「事実」であることを保証していないものも、資史料として活用しなければならないことなどである。以上の認識に基づいて、(1)古地図は何を語っているのか、(2)文学表現のなかの言説と「事実」のあいだ、(3)偽使の虚実を超えての3点の課題を設定し、これからの海域史研究における史資料活用の可能性を広げるための検討をおこなった。その結果、研究代表者・研究分担者だけでなく、研究協力者からも多様な成果が提示された。それらの成果は、国際的な学術誌を含め、論文・著書として発表され、最新の成果に関しては研究報告書に結実した。
著者
中嶋 美和 (林 美和)
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

平成20年度は1935年7月の人事で浮上した真崎教育総監更迭問題を中心に、二・二六事件が発生するまでの陸軍内部の動向についての分析を行った。この問題は、陸軍中央の中でも中堅幕僚たちの水面下による活動の影響が非常に強い。荒木陸相辞任後はその影響力をかき消すべく、反荒木の中堅幕僚たちが陸軍中枢部に属する上官に対して書面で「真崎罷免」を懇願するなどの行動を起こしている。そこで、本研究では中堅幕僚たちによる諸活動の実態を解明していくことにした。分析史料としては、国会図書館憲政資料室所蔵「片倉衷関係文書」を使用した。「片倉衷関係文書」は近年になり新しい原史料が追加され、軍人宛ての書簡が多く収められている。平成20年度の科学研究費補助金は、この史料の収集作業に利用した。片倉は満州事変の際にも暗躍し、荒木を支持する青年将校から忌嫌われる存在であった(実際、二・二六事件の時に磯部浅一からの銃弾を浴びている)。板垣征四郎や石原莞爾などと親しい片倉は、彼らに頻繁に書簡を送り、真崎を罷免するよう促している。以上のような問題関心をふまえ、陸軍中堅幕僚の内部活動の実態を解明していくことにする。取り上げる事例としては真崎教育総監更迭問題における中堅幕僚たち(片倉を中心とした)の活動実態を研究分析していった。そして、かつては陸軍の中心であった荒木や真崎が、陸軍内のいわば悪役として位置づけられていく過程を明らかにした。なお、上記研究実績を踏まえ、現在、私は博士論文及び学術雑誌に投稿予定の論文の執筆作業を行っている。
著者
松本 充豊
出版者
長崎外国語大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本年度は、第一に、ラテンアメリカやヨーロッパの各地域を対象にしたポピュリズム研究の成果を踏まえて、東アジアの新興民主主義国である台湾のポピュリズムを分析するための理論的な枠組みの構築を目指した。第二に、そうした枠組みをもとに、台湾の陳水扁政権下のポピュリズムを李登輝政権期と比較しながら実証的に考察した。李登輝と陳水扁との比較を通じて明らかになったことは、前者のポピュリズムが統合的、調和的なものであったのに対し、後者は分裂的、対立的であったという特徴である。陳水扁が台湾アイデンティティを強調する方向へと戦略を転換したことで、彼のポピュリズムは分裂的、対立的なものへと変わり、両政権のパフォーマンスにも違いがもたらされた。陳水扁が、台湾アイデンティティの強い人々という「味方」と、そうでない人々や中国という「敵」の対立の構図を作り出したことで、台湾の政治構造は二極化し、社会は分裂の度合いを深めた。陳水扁が辞任の危機を回避できた背景にも、そうした戦略の効果と民進党をベースとした組織化された支持基盤の存在があったといえる。研究成果の意義として指摘できることは、第一に、陳水扁のポピュリズムを、東アジア政治を席巻したポピュリズムの潮流の中に位置づけ、その興隆と衰退を明らかにしたことである。第二に、台湾における民主主義の「変容」の特徴を明らかにしたことである。台湾の民主主義がポピュリズムの色彩を強めたことは確かだが、政治制度の違い(ラテンアメリカ諸国は大統領制、台湾は半大統領制)から、G・オドーネルがいう「委任民主主義」へと「変容」したわけではなかったことが示された。
著者
島田 弦
出版者
名古屋大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本研究の目的は、インドネシアにおける外国法の影響および「法の移植」論の再構成であった.具体的には、法分野においてインドネシアに体系的な影響を与えてきた、オランダ、アメリカ、オーストラリアなどについて調査を行い、インドネシア法への影響を明らかにすることを目的とした。その結果、特にオランダにおける歴史法学論争、自由主義と保守主義の対立などと植民地法政策の関係について研究を中心に成果を上げることが出来た。
著者
西山 茂
出版者
東洋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

本調査研究では、仏教が一般庶民の「煩悩」に即して「菩提」を説き、「方便」を以って「真実」に誘引する、衆生教化法の今日におけるあり方を仏教系新宗教教団の中に探り、その具体的な工夫手立てを「教導システム」と規定し、その実態を本門佛立宗・霊友会・創価学会・立正佼成会・真如苑などの事例のなかに探った。その結果、仏教系の新宗教教団のそれぞれが種々の教導手段を持ち、自利の「凡夫」を利他の「菩薩」にする体系的な修行のシステムを有していることがわかった。そのシステムの内部においては、仏典や題目の読諦によって、六波羅蜜などの特定の徳目実践によって、布教や社会的実践(選挙を含む)によって、またあるいは教団霊能者への「お伺い」や教団中央への祈願依頼・財施(献金)などによって、罪障消滅や「徳積み」ができ(修徳致福)、仏心に近づくことが説かれていた。また、仏教系新宗教教団の多くが、信仰の深まりに応じた幾つかの位階を設けており、信者にその位階を上昇させ、教団の期待する信者像により接近できるよう、社会化させていくことが教団の中間指導者に求められていることも判明した。この場合、位階を上るごとに新しい礼拝対象が与えられるが、信者には、その都度、応分の財施(献金)が必要になる。調査研究の結果、教団の期待するより上位の信者像と一般社会が期待する人間像の間にはずれが存在することが浮かび上がってきた。具体的に、そのギャップの実態や程度を探ることについては今後の研究課題としたい。以上の調査研究の成果は、平成14年度に刊行された資料集(1)、平成15年度に刊行された資料集(2)および調査報告書に集約されているが、本格的な成果の公表は今後の課題として残されている。
著者
古澤 泰治
出版者
一橋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

海外共同研究者である小西秀男氏(Boston College)とともに、2国間で締結される自由貿易協定(FTA)をネットワークゲームを用いて分析してきた。産業化度や人口規模において似通っている国同士がFTAを締結しやすく、そのため全ての国々がそれらに関して対称的ならばグローバルな完備FTAネットワークが安定的になることを示した。また、FTA締結国間でトランスファーが可能ならば、国々が極めて非対称的な場合でも完備FTAネットワークが安定的になるという結果も導いた。各国が生産し輸出する差別化された財の間での代替性も重要な役割を果たす。それらの代替性が十分低いならば、完備FTAネットワークは唯一の安定的なネットワークとなる。逆に、もしも差別化財間の代替性が高いならば、完備ネットワーク以外の安定的なFTAネットワークが存在することになる。このようなときは、最終的に世界でどのようなFTAネットワークが張りめぐらされるかはFTA形成のパスに依存してくる。これらの研究成果は"Free Trade Networks,"COE/RES Discussion Paper No.27,Hitotsubashi University(現在専門誌掲載審査中)、"Free Trade Networks with Transfers,"Japanese Economic Review,56(2),144-164,2005にまとめられている。また、人々の効用関数が準線形型のとき、社会厚生は消費者の粗効用と貿易収支の和として表されるという、簡潔で有用な分析結果を"A welfare Decompositionin Quasi-Linear Economies,"Economics Letters,85(1),29-34,2004で発表した。
著者
小崎 閏一
出版者
志學館大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

サン=ドニ修道院において遂行された一連の歴史記述作業は周知のところであるが,なかでも怪しげな歴史物語や露骨な偽文書の解釈を巡っては作成者や作成の意図・年代について諸説入り乱れるものがあり,そこから歴史の現実から遊離した途方もない見解が導き出されることもしばしばであった。本研究では,サン=ドニの大市(ランディ)の起源とのかかわりで問題となる『受難聖遺物伝来記』(Descriptio)と,813年の日付を持つ偽シャルルマーニュ証書を考察の対象としたが,それは取りも直さずこれらの史料から歴史的現実を無視した解釈が唱えられてきたからに他ならない。しかしこれらの史料を冷静に検討すれば,従来の解釈とは大きく異なる結論を得ることができるように思われる。シュジェールの言うIndictum exterius in platea, interius enim sanctorum erat, libentissime reddidit.は,「内側(町内)の市は聖人に属するものであるが故に,野原で開かれる町外の市を聖人に返還した」と訳すべきではなく,「内側(修道院内)の祝祭は聖人のものであるが故に,野原で開かれる町外の市を聖人に返還した」と理解すべきである。問題はIndictumの捉え方であるが,シュジェールはこれを本来の意味に近い「祝祭」と,11世紀後半から12世紀初頭にかけて含まれるようになった「市」の両様に取っている。813年の日付を持つ偽シャルルマーニュ証書(DK286)については,12世紀に作成された偽文書という前提で議論されたことから様々な誤解と混乱が生じている。これが史料として初出するのはJ.Doubletの著作(1625)であることから,この偽文書がDoubletによって捏造されたもの,ないしはそれに近い時期のものと考えれば,この証書に伴うあまたの疑念が払拭されるのである。
著者
中島 茂樹
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

ポスト冷戦世界で進行するグローバリゼーションの下で、国家は、対外的に主権を有しており、国内的にはヒエラルヒー的従属関係によって特徴づけられており、議会によって制定された法律を基礎にして社会の発展を形づくる、というイメージはますます過去のものになっている。グローバリゼーション下の国家と経済との融合化によって、国家の性格は大きく変貌を遂げ、「国家」と「経済」、「国家」と「社会」、「公」と「私」の境界はますます不確かなものになっている。かくして、問題は、社会におけるもろもろの公的に重要な任務のうち、いかなるものを国家的任務とし、いかなるものを私的団体の自律に委ね、いかなるものを個人の自己決定に委ねるか、ということである。このような問題は、現行憲法の枠内では、本来的に立法者による民主的決定の問題であることはいうまでもないが、しかし、そもそも立法者はこのような問題についての決断の正当性を何によって根拠づけようとするのか、そしてまた、憲法は、私的団体や個人について、どのような仕方で、どこまでを規制対象におくことができるのか、等々の問題が問われることになる。本稿は、主としてドイツおよびわが国における「公共性」や「公共圏」に関する議論をもふまえながら、現代の議会民主政にとって不可欠な媒介機能のゆえに、国家と社会とのシステム境界上に位置づけられる政党への国庫補助の憲法上の許容性をめぐって、その場合に問題となる国家の正統性基準としての公共性という観点から検討し、その研究成果をまとめたものである。
著者
山崎 孝治 小木 雅世
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

北極振動または北半球環状モード(Northern Hemisphere annular mode : NAM)は冬季北半球で卓越するモードであるが、その季節変化は十分調べられていなかった。当研究では、客観解析データを用いて、北半球の月平均・帯状平均高度場の主成分分析を各月ごとに行うことによって各月ごとに卓越する環状モードを抽出した。それにより夏季のNAMは冬に比べて南北スケールが小さく北極側にシフトしており、対流圏に閉じられたモードであることがわかった。2003年夏、ヨーロッパは熱波に襲われた一方、日本は冷夏であった。このときの気象状況を夏のNAMという観点から解析した。7月初めまでは夏のNAMはやや負であったが、7月中旬〜8月中旬に大きな正となった。このとき、ヨーロッパでは高気圧偏差が卓越し、大気下層気温は大きな正偏差となった。一方、東シベリアでも大きな正の高度偏差となり、オホーツク海高気圧が発達した。このため日本では冷夏となった。NAMが大きな正であった期間には北半球の対流圏上層でダブルジェット構造となったが、その成因を波と平均場の相互作用の観点から解析した。その結果、擾乱が低緯度に伝播し波の運動量輸送により高緯度のジェットを加速しダブルジェット構造を生成することが明らかになった。このダブルジェット構造の北極海沿岸のジェットに沿って欧州からロスビー波が伝播し、東シベリアで砕波し、オホーツク海上空にブロッキング高気圧を形成したため、日本付近での異常気象が持続した。夏の異常気象を理解するうえで、夏のNAMが有益な概念であることが示された。NAMの冬と夏のリンクに関しては、ユーラシアの雪だけでなく、成層圏オゾンの輸送を通じたリンクがあることが示唆された。
著者
釣 雅雄
出版者
岡山大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

政府債務が増大した我が国においては,政府が破綻することなく財政運営を行いつつ,効率的な財政政策を行う必要がある。しかしながら,社会保障費の増大や,地方交付税交付金などに代表される地方への国の役割が固定化された状況では,財政政策の自由度は限られている。さらに,政府債務の増大によって,今後利子率が上昇した場合には,国債費の増大などが生じ,さらに財政状況は悪化する。このような中で,中期的な財政政策運営を行うことの意義を財政政策ルールという視点から分析を行った。
著者
樋口 京一 細川 昌則
出版者
信州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

アミロイドーシスは微細なアミロイド線維が細胞外に沈着する病態であり、本来生理的機能を持つ蛋白質が線維状に重合、沈着し生体に傷害を与える。プリオンやマウス老化アミロイドーシスですでに存在するアミロイド線維がアミロイド蛋白と接触し、構造変換を誘導し雪だるま式に重合・線維沈着を引き起こすという「蛋白構造伝播仮説」が唱えられ、その検証がアミロイドーシスの発症機序解明のための重要課題となっている。マウス老化アミロイドーシスをモデルとして蛋白構造伝播仮説の検証を目指し以下のような研究を行った。 1.マウス老化アミロイド線維(AApoAII)投与によるアミロイド誘発 AApoAIIをマウスに投与(静脈内、腹腔内)しアミロイドーシスの発症を解析した。投与後1ヶ月で全マウスにAApoAII沈着が、3ヶ月で全身に重篤な沈着が確認され、アミロイドーシスが著しく促進された。 2.ProapoA-II蛋白質とアミロイド線維核岐成反応 アミロイド線維蛋白画分からAApoAII以外の小量沈着蛋白を精製した。小量蛋白質はapoA-IIのN末端にAla-Leu-Val-Lys-Argのプロペプチドが切断されずに残存しているproapoA-II蛋白であり、アミロイド線維中のproapoA-II濃度は血漿中の10倍に濃縮されていた。 3.AApoAIIアミロイド線維による感染の可能性 AApoAIIをマウスの消化管内に投与しアミロイド線維による感染の可能性を解析した。投与後2ヶ月で全てのマウスにアミロイド沈着が観察され、その後沈着が増大した。高齢マウスを若齢マウスと同一ケージ内で3ヶ月間飼育した結果、若齢マウスでアミロイド沈着が誘発された。 以上の結果からアミロイドーシスの蛋白構造伝播仮説はほぼ実証されたと考えている。今後は最初の線維核形成や線維伸長反応を抑制・促進する因子の解析が重要と思われる。
著者
佐藤 毅彦 児島 紘 高橋 庸哉 前田 健悟
出版者
熊本大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2002

本研究は、IT世紀の理科学習ツール「インターネット天文台・気象台」を開発・設置、教育実践に活用し効果を挙げてゆくことを目標としている。本年度は、熊本大学にインターネット天文台を設置、首都圏に既存の二基と合わせて教育利用を推進した。互いに近接した既存の二基と地理的に離れた後続天文台が渇望され、熊本大学インターネット天文台はまさにそれに応えるものとなった。また、北日本に天体ライブ映像を配信するためのサーバーを、北海道教育大学の札幌校に設置した。熊本大学教育学部附属中一年の理科で、インターネット天文台を利用した授業を行った(平成14年12月)。屋上で天体望遠鏡を使い実際に太陽面を観察した後、インターネット天文台を操作しての太陽面観察とした。インターネット経由の天体観察自体、子供連には初めての経験であり、それは印象的なものであった。黒点の移動を調べるための前日・前々日を含めインターネット天文台をフルに活用し、この実践例から、「各地のインターネット天文台を相互利用することで、天候条件に左右されがちな天体観察の授業を、計画通りに進めることができる」という利点があらためて確認された。星が月に隠れる「星食」現象を捉え、教育学部学生対象に観測会を実施、熊本と関東とで現象に30分もの時間差があることを体験してもらった(熊本と首都圏のインターネット天文台を併用)。教員志望学生のこうした体験は、将来の小中高における教育を豊かにしてゆく大切な要素である。インターネット気象台と、「定点2000」観測点(ライブカメラ含む)、アメダス観測点などインターネット上の気集情報を組み合わせた教材を用い授業実践を行った(平成15年1月、学部生卒業研究の一環)。「青森は雪だった」「高知の天気は予想と違った」など、子供達が主体的に取り組みながら各地の天気の違いを学ぶ様子が見られ、一定の成果を挙げることができた。特定領域内においては、複数の研究と連携が動き始めたところである。その強化は、今後の発展課題である。
著者
藤田 耕史
出版者
名古屋大学
雑誌
若手研究(A)
巻号頁・発行日
2004

本年度は前年度に引き続き、南極ドームふじにて採取した降雪中の安定同位体に関する解析を進めた。ドームふじの年間降水量は28mmと極めて乾燥しているが、そのほとんどの期間で少量ながらも降雪が観測された。日降水0.3mm上の日は1年間で18日、11イベントを数えたが、これらのイベント的降雪だけで年間降水量のほぼ半分がもたらされていた。これらの降雪イベントが生じる際には昇温が観測されており、このために降水量で重み付けをした気温が年平均気温よりも5℃程度暖かいという結果が得られた。降水試料の安定同位対比は分析の標準試料をはるかに下回る値を示していたため、検量線の直線性が問題となった。そこで、同研究科の阿部理助手の協力を得て実験をおこない、検量線の直線性を確認した。以上の結果をまとめ、Fujita and Abe(2006)として出版した。上記解析の結果は、アイスコア中の安定同位体から過去の気温復元をおこなう際に用いられる気温と同位体比の関係が、イベント頻度の多少に伴って大きく変化することを示唆している。そこで降雪イベントをもたらしている気圧場について、全球気候データを解析し、高気圧ブロッキングによって氷床内陸に水蒸気がもたらされていることを明らかにした。この気圧場が形成される頻度を解析したところ、ここ数十年という短い期間においても、気温と降水の同位体の関係は大きく変動していることがわかった。現在論文化に向けて最終的な解析を進めている。降雪の解析を進める一方、長岡雪氷研究所の協力を得て、雪の作成・昇華・温度勾配実験をおこなった。これは積雪内水蒸気輸送にともなう安定同位体の変化を明らかにするための実験である。これまでは昇華は一方的に雪粒子から水分子が失われる現象として理解されていたが、日本と南極の雪を同時に実験にかけた結果、昇華が進む間にも周辺の水蒸気の凝結と氷粒子からの昇華が生じていることが明らかになった。これらの現象を説明するために新しいアイデアのモデルを使い、両者の雪の同位体変化をうまく説明することができた。
著者
泰中 啓一
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

20世紀の末には、計算機科学の手法が生物学において重要な役割を果たすようになってきた。本研究代表者と九州大学の松田博嗣氏は、1980年代(同時期)に格子ロトカボルテラ法という方法をそれぞれ独自に開発し、生態学や生物進化に適用してきた。当時としてはセルオートマトンが空間パターン解析の主流であったので、乱数を大量に使ったこの新しい方法は珍しいものであった。大規模計算であるため、日本の2つの研究室以外では、ほとんど行なわれていなかった。しかし今世紀に入り、コンピュータの発達と伴にこの格子ロトカボルテラ法は世界中で使われるようになってきた。我々はこの手法を通じて、集団レベルでのリダンダンシーの重要性を見出した。数理的な手法を用いて生物進化および生態学の最適化問題や適応問題を研究してきた。そのため、主として格子上のシミュレーションによって進化と絶滅を研究してきた。研究代表者は、「格子ロトカボルテラ模型」という格子上の確率模型によって生物の個体群動態を研究してきた。それにより、多くの新しい知見を得た。とくに長期的応答の研究である:生態系の短期的応答は比較的簡単に予測できることはよく知られているが、長期的応答は予測が不可能となることが分った。Eco Mod.やEPLのレフェリーから"great importance","beautiful model"などと評価された。また新聞でもその内容が報道され、また成果は、新書や単行本として出版された。
著者
菅原 隆
出版者
八戸工業高等専門学校
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

苛酷環境下におけるコンクリートの耐久性を向上させる事はコンクリートの研究者にとって至上命題となっている。寒冷地における歩車道ブロックは凍結融解の作用や凍結防止剤の散布により表面剥離や崩壊などの被害が急増している。ここでは、コンクリート製品の一つである歩車道ブロックを対象として、コンクリートの耐久性を向上させる要因を明らかにすることを研究目的として、申請計画書に基づいて各種実験・研究を行った。3年間に亘って研究を行った結果をまとめると次のようなことがいえる。(1)コンクリート工場製品に透水型枠工法が適用できるかどうかについて検討した。試作した透水型枠と透水性シートを組み合わせることでコンクリートの表層部を強化でき、品質の良いコンクリートを製作できることがわかった。(2)透水型枠工法によって製作した歩車道ブロックの表面は透水性シートを使用した事により綺麗さが格段に向上した。また、水セメント比の低下や表層部の緻密化によってコンクリート表層部が強化され、凍害に対する劣化が抑制されることを明らかにした。(3)塩化物の浸入によるスケーリング抵抗性も透水型枠工法を用いることで向上し、歩車道ブロックの上面・側面ともにスケーリング量は大きく減少することを明らかにした。(4)コンクリート工場製品にかかわらず、コンクリート構造物の高耐久性、高機能性を考慮した時には透水型枠工法が有効な工法の一つである事を明らかにした。以上のように、凍害や塩害などを受けやすい苛酷な環境下にあるコンクリートはその表層部を強化してやることで劣化を抑え、かつ耐久性を向上させる事ができる事を明らかにした。また、透水型枠工法はコンクリート工場製品やコンクリート構造物などの表層部を強化できる有効な手法の一つであることも明らかにした。
著者
小野 健吉 山梨 絵美子
出版者
奈良国立文化財研究所
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1994

近代京都画壇で活躍した3人の日本画家の作庭について、それぞれ、以下のような成果を得た。(1)山元春挙:(1)春挙は、芦花浅水荘の庭園を機能的にも形態的にも琵琶湖と一体のものとしてデザインした。(2)庭園は建築と平行して施工された。(3)施工は、当初、京都の庭師・本井政五郎、その後、大津の庭師・木村清太郎が引き継ぐ。(2)橋本関雪:(1)関雪は、蟹紅鱸白荘にはじまり、白沙村荘,走井居、冬花庵と、生涯、建築や作庭に情熱を保ち続けた。(2)建築や作庭も、絵画と同様の創作と見なしていた。(3)白沙荘の施工は、青木集、本田安太郎などの庭師がおこなったが、細部にわたり、関雪の指示があった。(4)関雪の庭園には、中国の文人趣味に対する傾倒や歴史的教養主義がうかがえるが、明治大正時代に京都で主流をなした写実的風景式庭園のはんちゅうに入るものといえる。(3)竹内栖鳳:(1)霞中庵庭園の築造は、従来いわれていた大正元年ではなく、大正3年頃の可能性が大きい。(2)庭園のデザインは、建築同様、栖鳳の考案によるものである。施工にたずさわった庭師は本井政五郎である可能性がある。(3)霞中庵庭園は、芸生の広がり、カエデの樹林、流れ外部景観(嵐山)などで構成され、その平明さ、軽快さは、栖鳳の画風と一脈通じるものがある。上記の各画家の作庭を観察すると、関雪・栖鳳については、作庭と画風に共通性が見出せるが、春挙の芦花浅水荘は大和絵風の明るさ・のびやかさがあり、峻厳な画風とはやや趣を異にする。しかし、その春挙にしても、写真に熱中したという写実を重んじる基本的な態度が、その作庭の中に着取できる。
著者
村本 健一郎 椎名 徹 播磨屋 敏生 長野 勇
出版者
金沢大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

降雪雪片は雲内で発生した氷晶が成長し,さらにいくつも併合して落下してきたものである。この落下中の氷粒子や雪片の併合には,これらの形状や落下運動が関与している。降雪現象は,雲物理学に関しての考察だけではなく,リモートセンシングや通信,最近の地球気候モニタリング分野などの多様な工学的応用にも重要である。また、電磁波伝搬における減衰には、降雪現象が大きく関係する。降雪の研究で主に使用される観測機器の一つとしてレーダがある。降雪のレーダ観測は、レーダ反射因子Zと降雪強度Rとの間の関係式に基づいている。この降雪のZ-R関係式を決定するためには、ZとRのそれぞれを短い時間間隔でしかも高精度で測定しなければならない。しかしながら、短時間間隔かつ高精度で測定可能な降雪測定システムは、これまで開発されていなかった。そこで、画像処理手法を用いた降雪の物理的パラメータを測定する新しいシステムを開発した。落下中の雪片の映像を画像処理して、粒径、落下速度、密度を計算した。また、降雪強度は、画像データから計算するとともに、電子天秤から直接重量を測定する方法でも求めた。更に、これらの観測と同期して、小型Xバンド・ドップラーレーダを用いて受信電力も測定した。Xバンド波の減衰と降雪強度との間の関係を調べると同時に、雪片の物理的特徴量との比較も行った。これらの実験から、電波減衰には、降雪強度だけでなく雪片の粒径分布や密度も関係することがわかった。
著者
松久 寛 西原 修 本田 善久 柴田 俊忍 佐藤 進
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990

スキ-時の人体の上下運動に関してはひざをリンク機構、筋肉を収縮要素、それと直列につながる弾性要素、並列の減衰要素で模擬した。ひざは大きく曲げる程ばねが柔らかくなるリンク機構による幾何学的非線形性を持ち、筋肉はばねと減衰からなる受動的なダンパ-としての役割と収縮による能動的な運動を行う。動特性としてはひざを深く曲げる程緩衝効果は大きくなるが、筋肉にかかる荷重は大きくなる。能動的に立ち上がる場合は立ち上がりの前半に雪面への押し付け力が増加し、後半に減少する。この雪面押し付け力の増加減少をタイミングより利用することによって、雪面の凸凹による体の不安体を安定化することができる。またスキ-板をはりとして、足首で力とモ-メントが働くとして人体とスキ-板の連成振動の解析モデルを作成した。ここで、人体の動きとスキ-板の形状、剛性などとタ-ンの関係が明らかになった。テニスに関してはボ-ルを一つの質点と一つのばね、ラケットを弾性はり、ガット面を一つのばね、腕を回転とねじり方向各3自由度のばね・質点系でモデル化した。ここで、腕のモデル化においては、腕をインパルス加振したときの各部の回転角加速度を計測し、時系列デ-タの最小自乗法によって各係数を同定した。そして数値計算によって、ボ-ルの飛距離、腕にかかる衝撃力の関係を明らかにした。また、ラケットの特性、すなわち曲げ剛さや、ガットのはり具合の影響についても検討し、このモデルがほぼ妥当なものであることがわかった。また、ラケットの構造の変化、すなわち重心位置とボ-ルの飛距離や手にかかる衝撃力の関係についても検討した。これらの研究により、人体の力学モデルの作製法およびスポ-ツ用具の解析法が確立されたので、これらを組み合わせることにより、人体の運動時の動特性、特に関節にかかる応力等を求める手法が得られた。