著者
白井 聡
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度に発表された主たる業績は、黒滝正昭・相田愼一・太田仁樹編『ポスト・マルクス研究-多様な対案の探究』に収録された論文「経済学と革命-宇野弘蔵におけるレーニン」である。本論文は、日本において独自のマルクス経済学の体系を築いた宇野弘蔵の理論形成におけるレーニンの決定的な影響を考察することを主題としている。宇野理論におけるいわゆる三段階論(原理論、段階論、現状分析)が形成されるにあたって、原理論と段階論とを峻別するという根本着想を与えたのがレーニンの『帝国主義論』であったことは、よく知られている。しかしながら、従来の研究において、「科学とイデオロギーの峻別」を強調した宇野がいかなる思想的意味合いでレーニンから強い影響を受けたのか、ということはほとんど問われてこなかった。本論文は、この点の探究を進めたことに大きな意義がある。また、両者の影響関係を考察することによって、宇野理論が持ったとされる政治的含意(すなわち、ともに極端な静観主義と主意主義)が出現した必然性を明らかにしつつ、宇野の理論には、こうした両極端とは異なる政治的含意が含まれていることを明らかにした。具体的には、原理論と現状分析の悪循環的性格・無制限性を指摘したうえで、かかる性格を体系構築め初発においてすでに否定している段階論の性格、すなわち、それが歴史における現在をつねにすでに「永遠に繰り返される」悪循環の世界から切断しているということを指摘し、かかる方法がレーニンから受け継がれたものであることを示した。本研究は、レーニンと彼の同時代思想家との対比を行なうという本研究計画の手法をより現代的な局面に対して応用したものである。
著者
中塚 和希
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

これまでの研究によりフラーレンC60を光応答性分子として触媒に組み込むことでアンモニアボランなどの水素キャリアからの脱水素反応に有効な触媒設計を試みてきた。また、フラーレンC60を用いた研究の知見を生かし、炭素材料に担持したCo(salen)を金属前駆体として、金属ナノ触媒の調製法を開発した。既報の方法でCo(salen)を調製し炭素担体に含浸後、熱処理を施すという簡便な方法で触媒活性点の制御を実現してきた。当該年度は、更なる研究の発展を求めて、有機金属化合物であるCo(salen)に代わり、Ni含有金属有機構造体(Ni-MOF)を前駆体として用いることで、ナノ構造制御された金属活性種を有する炭素触媒材料の開発を行った。既報のNi-MOFに適切な熱処理を施し、Ni-MOFを部分的に分解することで、多孔質炭素上に均一な粒子径のNi粒子が高分散に担持されることを見出した。また、本触媒が残存したMOF構造によりオレフィンの水素化反応に対して基質のサイズ選択性を発現することを見出した。得られた触媒の構造について、高輝度光科学研究センター(SPring-8)での放射光XAFS測定やTEM観察、XRD測定などの分析手法をうまく組み合わせることで解析し、その構造と触媒性能との関係性を明らかにしている。また、当該年度において計1報の論文投稿および国内外学会の5件の発表を行うなど、多くの研究成果を出している。これらの研究成果をフィードバックすることで、将来的に研究の更なる発展が期待される。
著者
小林 理恵 原田 萌香 笠岡 宜代 友竹 浩之
出版者
東京家政大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2018-04-01

災害時における食物アレルギー患者は栄養不足やアレルギー症状の面で致死的状態になる可能性が非常に高い。3年計画の初年度である2018年度は食物アレルギー患者の災害食支援に「パッククッキング法」を活用するために,熱源と飲用水が制限される状況を想定し,炊き出し料理の中でアレルゲン除去食をパッククッキングした際のアレルゲン混入の実際を明らかにすることに取り組んだ。東日本大震災において提供された頻度の高いアレルゲン食品(小麦、乳、卵)を使用し,パッククッキング法の利用が想定できる炊き出しメニューとして「シチュー」を抽出した。炊き出しシチューの中で,ご飯とアレルゲン除去シチューをパッククッキングした。この時,ポリ袋は1枚及び2枚重ねの2条件で比較した。調理品は凍結乾燥後,専用ミルにて粉末試料とした。検査対象アレルゲンはグリアジン,β-ラクトグロブリン,オボアルブミンとし,アレルゲンアイELISA IIのプロトコルに従いスクリーニング試験を行った。この時,8点での検量線の直線性はr=0.9以上を条件とした。アレルゲン除去食における各アレルゲンの検査結果はポリ袋の使用枚数に関わらず10μg / g以下であり,アレルゲン混入は認められなかった。すなわちパッククッキング法を用いることにより,炊き出しシチューの中で上記の各アレルゲンフリーのシチューとご飯を調製することは可能であり,この方法は自助・共助・公助のいずれの場面でも応用可能と考える。しかし,粘度の高い炊き出しシチューの中でパッククッキングを実施すると,炊き出しシチューがポリ袋に付着する。実験過程では注意を払いポリ袋内部からアレルゲン除去食試料を採取したが,災害時には同様の配慮は期待できず,調理後の開封時にポリ袋に付着したアレルゲンが混入するリスクが高い。これを回避するためには,ポリ袋を2重使用することが望ましいと考える。
著者
彦坂 健児
出版者
千葉大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2017-04-01

マラリア原虫のミトコンドリアは、3つのタンパク質遺伝子(cox1, cox3, cob)および高度に断片化された大サブユニット/小サブユニットリボソームRNA(rRNA)のみが存在するミトコンドリア(mt)DNAをもつ。このmtDNAの機能性については未解明な部分が多いが組換え技術が確立されていないため、解析が進んでいない。本研究課題では、1) mtDNAを欠損したマラリア原虫rho0細胞を作出し、2) 人工的に作製したmtDNAを導入する、ことによりマラリア原虫mtDNAの機能性の解明を目指している。本年度は、1)の小課題に対し、初年度の実験結果を踏まえ、組換えの標的遺伝子および原虫種(Plasmodium berghei、Plasmodium yoelii、Plasmodium chabaudi)の検討を行った。その結果、P. bergheiのゲノムのAP2-G領域を標的とした酵母DHODH遺伝子(yDHODH)の導入に成功した。また、yDHODHが機能しているかどうか確認するために、組換え原虫をマウスに感染させ、抗マラリア原虫薬であるアトバコンの投与実験を行った。その結果、野生型のP. bergheiと比較して、アトバコンへの感受性が低いことが示唆された。現在、この組換え原虫株を用いて、アトバコン投与量の検討を行っている。これに加え、ヒト熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)のin vitro培養系を起ちあげ、マウスマラリア原虫と同様のyDHODH組換え方法について検討を行っている。
著者
野村 武男 松内 一雄 榊原 潤 椿本 昇三 本間 三和子 高木 英樹 中島 求
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

工学分野で発展してきたPIV計測法(Particle Image Velocimetry)は、時々刻々変化する非定常な流れ場を可視化・解析することができる。これまでのこの手法を用いた研究は、細部の気流解析や魚などの小型遊泳動物、昆虫の飛翔メカニズムに関する研究のように測定領域が非常に小さいものしか行われていない。本研究では、PIV計測法を用いて、ヒト水泳時の身体周りの流れ場の可視化から流れの非定常性を明らかにし、競泳動作のダイナミクス解析、および泳シミュレーションモデルを作成する事で、ヒトの推進メカニズムを明らかにしようとした。ヒトを扱った測定領域の大きなPIV解析は世界的にも初である。PIV計測法を用いた研究結果から、ヒトは泳動作時に渦(運動量)をうまく利用し、効率よく推進力へと結び付けている事が明らかになった。泳者の手部および足部の複雑な動きは、それら推力発揮部位周りの循環の発生・放出と関係しており、特に手部の場合は、放出された渦と手部周りの束縛渦が渦対を作り、その渦対間にジェット流を生成し、運動量を作り出していることが分かった。この運動量の変化(増減)が推進力と結びついている。また、泳動作モデルの作成では、水泳時に身体各部位に働く流体力を算出するために用いられている3つの流体力係数(付加質量力係数、接線方向抵抗係数、法線方向抵抗係数)を分析の対象となる泳者の体型と泳動作に合うように調節することによって、水泳中のダイナミクスをシミュレーション上で再現することができ、水中ドルフィンキック泳動作中に発生する全身の推進力や各関節トルクなどを算出することができた。身体部位別の推進力を求めることによって、水中ドルフィンキックの推進力は主に足部によって発揮されていることがわかった。さらに、足部の柔軟性と泳パフォーマンスの関連性を示す事ができた。
著者
山岡 耕作 堀 道雄 関 伸吾
出版者
高知大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

人工流水環境下、人工採苗、琵琶湖産、海産のアユ3系統81個体について、摂食観察を行った。観察は朝夕の1日2回、摂食行動を連続50回、計100回行った。観察後、アユは氷水中で死亡させた後、重力等の外圧に影響されないよう、個体を吊り下げる様にした固定装置を用いて10%ホルマリンで固定し、保存した。形態的利き手の判定は、ホルマリン固定した個体について、下顎関節が前方に位置する側を利き手として判定した。体軸の歪みも判定に用いた52個体で左右の顎の使用頻度に有意差が認められた(人工、右利き9個体、左利き10個体:琵琶湖、右10、左10:海産、右7、左6)。摂食行動に関して、3系統間に差はみられなかった。全ての個体について形態的利き手の判定を行った結果、摂食行動が右利きの個体では体軸が右に歪み、科学関節部位の左側が前方に位置し、形態的利き手は左利きとなった。それに対して摂食行動が左利きの個体は、体軸が左に歪み、下顎関節部位は右側が前方に位置し、形態的には右利きとなった。これらのことから、摂食行動の利き手と形態的利き手は逆の関係になることが明らかとなった。従って、下顎関節部の位置、体軸の歪み、説食行動の3形質が密な関係にあることが示された。左右の顎の使用頻度、顎部形態、体軸の歪みに関して、3系統間に差はみられなかった。3系統81個体の外部形態の計測を行った結果、胸鰭長、腹鰭長に左右差が全ての個体で認められた。胸鰭長は81個対中61個体において形態的利き手と胸鰭の短側が一致した。腹鰭長では81個体中55個体において形態的利き手と腹鰭短側が一致し、胸鰭、腹鰭ともに利き手側が短い傾向がみられた。形態的利き手と対鰭との密な関係がうかがわれる.。左右の腹鰭位置を測定した結果、81個体中65個体において形態的利き手側の腹鰭が後方に位置した。形態的利き手と腹鰭関節の位置は密接な関係にある可能性がある。櫛状歯、眼径及び左右の眼の位置については、形態的利き手との間には明確な関係は認められなかった。又、調べられた全ての外部形態の左右差に関して、3系統間で有意差は認められなかった。
著者
井上 幹生 末國 仙理 藤田 知功 福家 柔 奥谷 孝弘 後藤 将太 阿部 博文 市守 大介 篠原 拓馬
出版者
愛媛大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究では、天然林と人工林から成るパッチモザイク構造とサケ科渓流魚個体群の時空間的動態との関係を水系スケールで検討した。サケ科魚類の産卵場所は水系内で極めて不均一に分布するが、孵化した当歳魚の移動分散によって均一化がおこり、そのことが水系全体の効率的利用に帰結することが示された。その過程において、天然林パッチは当歳魚の初期成長を高める場として機能することが示唆された。
著者
光谷 拓実
出版者
奈良国立文化財研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

9年度、10年度と2年度にわたって採取した標本17本分は、心材部に続く辺材部(白太ともいう)がすべて失われており、その正確な枯死年代を求めることのできない形状のものばかりであった。年輪年代の結果は500年前後と1000年前後を示すグループに分かれた。そこで、失われたであろう辺材部の年輪数を推算してみると、500年前後を示すグループは600年を境に前後した枯死年代が、もう一方の1000年前後示すグループは1100年を境に前後した枯死年代が考えられる。ここで、過去に発生した大地震の古記録を見てみると、西暦599年と1096年に大地震が発生している。あくまでも推定ではあるが、調査した湖底木はこの2度の地震で急斜面に生育していた巨木が地滑りとともに、芦ノ湖の湖底に移動し、逆さスギが誕生したものと思われる。2年度にわたる調査結果を見ると、まず第1に湖底木の年輪年代から見て、この地域を襲った巨大地震は約500年の周期が考えられる、第2は、C^<14>年代法で推定していた年代(西暦350年頃、西暦900年ごろ)がいずれも約200年ほど新しくなることが明らかになり、C^<14>年代法の信頼度をクロスチェックできたことになる。本研究で得られた結果は、今後の箱根地域での地震予知を考える上で、貴重な年代情報を提供できたことになろう。現在、芦ノ湖を誕生させた神山の泥流中に埋没していたヒノキ材の年輪解析を進めている。これらの年輪年代が確定すれば、芦ノ湖の誕生した年が判明するであろう。
著者
服部 俊夫 仁木 敏朗 平島 光臣 HAORILE C.-Y. 久保 亨 児玉 栄一
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2011-04-01

デングウイルス(DENV)感染者における新規バイオマーカーとしてのGalectin 9 (Gal-9)とOsteopontin (OPN)の臨床的な有用性を研究した。血漿Gal-9はDENV感染者では正常群と比べ有意に上昇し、ヒトでの報告された最高の値を示し、回復期では有意に減少した。Gal-9値はヘマトクリット値、血小板数、単球およびウイルスRNAのコピー数と相関していた。血漿OPNも9倍以上の増加を急性期で示し、回復期ではトロンビン切断型のOPNが上昇し、免疫と凝固のクロストークマーカーと思われた。故に、DENV感染における血漿Gal-9及びOPNが病態反映のマーカーである可能性を示した。
著者
山下 雄大
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本年度(2018年度)は前年度の研究成果を考慮した上で、公安委員会の理論的指導者であるサン=ジュスト、ビヨ=ヴァレンヌ、ロベスピエールの三者に共有されている「統治への不信」というモチーフに基づく「統治」概念の特殊な用法、および1793年後半に完成した「革命政府」の理論形成におけるその帰結の究明に取り組んだ。具体的な内容は以下の通りである。まずはルソーの政治哲学における「統治」概念の形成過程と「行政官」の意義に着目するとともに、ルソー主義の関連文献を読解・分析し、革命期の「統治」批判とルソー受容の関係性について検討した。ルソーにおいては必要悪と位置づけられている行政官をめぐる議論を参照軸とした結果、革命初期にすでに登場していたことが指摘されているルソーを叩き台とした理論形成の傾向、すなわち「アンチ・ルソー主義」が93年のジャコバン主義に及ぼした影響の範囲が画定された。続いて、革命政府の理論化に大きく寄与したとされている上記三者の演説をコーパスとして、「統治」と「立法者」概念に注目しながら93年のジャコバン主義に通底するレトリックを検討した。共和政の安定のために求められる自己統治の理想が人民の対概念として形成された可変的な「敵」と名指された人物に対する統治へと向かうアポリアのなかで成立を余儀なくされた革命政府の理論にあっては、特徴的な解釈を施された「立法者」概念が重要な役割を果たしている。この視点を導入することにより、立法府の成員たる代表者としての近代的立法者による、人民それ自体の創造・再生を担う古典的立法者像への自己同一化の試みが93年のジャコバン主義を際立たせる争点のひとつであることが判明した。
著者
佐藤 文彦
出版者
金沢大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究ではベルリンを舞台にした両大戦間期ドイツ児童文学をもとに、モダン都市ベルリンと子どもの関係性について考察した。その結果、新聞や電話で情報を収集・伝達し、さまざまな交通手段を駆使して巧みに都市を移動する新しい子どもの姿は、19世紀までの児童文学の人物とは決定的に異なるだけでなく、大都会に疎外される近代人を描いた同時代の大人の文学とも一線を画することがわかった。
著者
増田 昌敬 長縄 成実 宮沢 政 田中 彰一
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990

微小な隙間内において低粘性流体が高粘性流体を置換する場合、流体間界面に不安定性が生じてフラクタルなパタ-ンを形成する。本研究では、0.8mmの隙間をもつアクリル板を2枚重ねたHeleーShaw実験モデルを製作し、この上下板間の微小な隙間に満たされたある流体が他の流体により置換される時の流体界面の形状を観察した。上下のアクリル板は、各々、直径60cmと66cmの円板であり、厚さ2cmである。実験では、まずモデル内に一方の流体を満たした後、下板の中心に開けられた径1mmの注入孔より、他の流体を放射状に圧入する。本年度は、濃度200、500、1000ppmのポリアクリルアミド水溶液を水で置換する場合の流体界面の形成過程の観察を行い、流体のレオロジ-特性が流体間の界面の不安定成長に与える効果について解析した。観察デ-タを画像解析した結果、以下のことが言える。(1)低粘性のニュ-トン流体が高粘性の擬塑性流体を置換する場合は、ニュ-トン流体同士の置換の場合に比べて、その流体間界面にはより大きな不安定性が生じる。この置換パタ-ンのフラクタル次元d_fは1.69〜1.81の値であり、前年度に得られたニュ-トン流体同士の置換の場合の1.80〜1.96に比べて小さくなる。(2)流体間の界面に生じる不安定性(フラクタルなパタ-ン)は、時間経過とともに大きなフィンガ-(指状体)に成長していく。この成長過程においては、流体のレオロジ-特性が大きな影響を及ぼす。2次元流れの数値シミュレ-ションでは、差分法を用いてラプラス方程式を解いた。計算の初期条件として、流体間の界面にゆらぎを与えることにより、流体界面の不安定性の成長過程はある程度予測できた。しかし、実験に特徴的であった樹枝状のフィンガ-の成長は再現できなかった。
著者
飯野 雄一 石原 健
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2017-05-31

線虫C.エレガンスは環境中の塩の濃度と餌の有無を連合して学習し、経験した塩濃度に向かう、あるいは避ける行動を示す。本研究はこの際の行動反転の分子・神経機構を明らかにすることを目的としている。この行動制御に重要であると以前の研究より分かっていたのがDAGシグナル伝達経路である。神経細胞内で、酵素ホスホリパーゼC(PLC)によりジアシルグリセロール(DAG)が生成される。生成されたDAGはプロテインキナーゼC(PKC)などの酵素を活性化する。このシグナル伝達経路が塩を感じる感覚神経(ASER神経)内で活性化されると線虫は高塩濃度方向に進み、不活性化されると低塩濃度方向に進むことが分かっていた。そこで、実際にDAGの量がどのように変化するかを調べた。このためにDownward DAG2とよばれる蛍光プローブをASER神経に発現させ、蛍光の変化を顕微鏡で観測することによりシナプス部位のDAG量を測定した。この結果、感覚入力としての塩濃度の変化に応答してDAG量が変化することが観察された。塩濃度が上昇するとDAGは低下、塩濃度下降時にはDAGは増加した。DAGの増減はASER神経の感覚受容に依存し、カルシウム、PLCに依存することもわかった。さらに、飢餓を経験した線虫ではDAG量の変化が小さかった。この単純な機構により、DAGは過去に経験した塩濃度と現在の塩濃度の差をコードできることがわかり、塩走性の反転機構の一部が説明できた。また、飢餓による行動変化におけるfoxo型転写因子の役割と働きかたについての研究を進めるとともに、ASER神経から下流の介在神経への情報伝達をカルシウムイメージングで解析した。さらに、全神経の活動の同時観察のための4Dイメージングシステムの導入を進めた。
著者
幸田 正典
出版者
大阪市立大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本課題研究は、社会性魚類における共感性を調べることで脊椎動物の共感性の起源を探索ろうとしれいる。期間内に1、推移的推察、2、顔認知に基づく個体認識などの社会的認知、3、しっぺ返し戦略に基づくなわばりの親敵関係、4、ペア繁殖種における正および負の共感性の予備的検証実験などで成果を上げることができた。今回の研究から社会性魚類の認知能力は従来思われてきた以上に発達していること、その中には自己鏡像認知も含まれ、自己認識をしている可能性が非常に高いこと、ペア繁殖魚の間では相手を助けるあるいは相手に利する共感的な行動が認められることが強く示唆された。魚類における共感性を調べた研究はこれまでほとんどなく、今回の研究成果は画期的と言える。共感性実験では、具体的には負の共感として相手への電気負荷に対する救済行動、正の共感として相手個体への給餌を指標として用い、比較的短期間に救済や給餌による援助や救済行動が認められた。魚類では情動伝染はあっても特定個体へ向社会的行動ははじめての発見であり、この研究成果の意義は高い。以上のように、社会的認知能力だけではなく共感性においても相手個体を正確に認識した上でなされており、魚類でもおそらく自分の行為の持つ意味を「理解」した上で、共感行動を行っている訳である。我々の研究成果は共感に必要な高い認知能力、それにともなう多様な情動がすでに脊椎動物の進化の初期段階ですでに生じている可能性を示している。これらは、同時に実施しているホンソメワケベラなどの社会性魚類における自己鏡像認知と大きく符合するものであり、これらを合わせ、社会性魚類の共感性や社会認知能力の抜本的な見直しが必要かつ画期的な成果が期待できるでことを示唆する成果と言える。これらは、脳神経科学の最近の知見とも、その方向性はおおむね合致し、相補的な展開が今後期待される成果と言える。
著者
大村 浩一郎 澤崎 達也
出版者
京都大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2012-04-01

抗環状シトルリン化ペプチド抗体(抗CCP抗体)は関節リウマチ(RA)の特異的自己抗体であるが、早期RAの約半数は抗CCP抗体陰性であり、診断がしばしば困難であるため抗CCP抗体陰性RAの特異的な診断マーカーが求められている。今回我々はAlphaScreen法と呼ばれる自己抗体の網羅的スクリーニング法を用いて抗CCP抗体陰性RA血清中にみられる未知のシトルリン化蛋白抗体のスクリーニングを行った。2000種類あまりのシトルリン化蛋白のうち、14個の未知のシトルリン化蛋白に対する反応がみられ、そのうち2個が頻度は少ないながら新規自己抗体であることが明らかになった。
著者
李 富生 吉村 千洋 笠原 伸介
出版者
岐阜大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

水中の微量有機物を除去することを主な目的として導入される活性炭吸着プロセスによるウイルスの吸着容量と吸着後のウイルスの生残性の変化を明らかにするため、活性炭によるモデルウイルスの吸着容量実験、吸着後のウイルスの誘出実験、実活性炭処理施設に対する調査実験を行い、ウイルスの吸着容量と生残性に対する活性炭細孔分布や共存有機物の影響を検討した。
著者
大利 徹 佐藤 康治
出版者
北海道大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2012

ゲノムデータベースの精査により新規経路・酵素の存在を予測し、その検証を行った。具体的には、Nitrosomonas eutrophaでは4-アミノ安息香酸の合成に機能未知のNE1434が関与すること、Streptomyces coelicolorのglutamate-cysteine ligase様遺伝子SCO0910はergothioneineの生合成に関与すること、S.coelicolorでは、真核生物でタウリン生合成経路に関与する2つのオルソログSCO3035、およびSCO3416,/2782/2017を持つ。しかし組換え酵素を用いて検討した結果、これらはタウリンの生合成には関与しないと推定された。
著者
齋藤 暁
出版者
崇城大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2018-04-01

研究実施計画に沿って、多倍長精度で時間依存密度行列繰込群を用いる量子回路シミュレータZKCM_QCの改良を進めた。この計算手法で計算コストを決定づける特異値分解の内部ルーチンにGPGPUを用いると高速になるが一方で計算精度が落ちる。落ちた計算精度をCPU計算でRayleigh商反復により回復させることで多倍長精度を維持するのだが、安定性向上のため繊細な技術的な改良を行った。この精度回復の詳細について、学会発表2件で述べた。また、ZKCM_QCを用いて主要な量子アルゴリズムのシミュレーションを行ってきており、2018年度前半の時点では、Deutsch-Jozsaアルゴリズムについてはある程度構造のあるオラクルの場合、回路幅218量子ビットの回路をPCワークステーションで浮動小数点精度256ビットでおおよそ27分でシミュレートできている。また、Shorのアルゴリズムについては、回路幅60量子ビット、回路深さおおよそ70万の回路を14.5時間~17時間でシミュレートできている。Shorのアルゴリズムのシミュレーションでは私はまだ所用時間が合成数のビット長に対して指数的に増大するデータを見つけていないが、競合する研究グループであるメルボルン大学のWangらの結果には所用時間が急激に増大していると思われるデータ点がある。同様の手法を使っていてかなり異なる結果になっている理由としては、(1)私は多倍長精度で計算しており計算中ゼロ特異値と微小特異値を混同することはほぼないが、Wangらは仮数部53ビット精度での計算のため混同している可能性があること、(2)私はQFTベースの算術回路を使っているのに対してWangらは巾乗剰余を通常の算術回路ベースでデータに作用させており、回路構成が異なること、が考えられる。以上の結果についても同じ学会発表で述べた。
著者
田中 良広 澤田 真弓
出版者
独立行政法人国立特別支援教育総合研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

本研究では、読字実験により弱視者の最小可読文字サイズが清音文字に比べ濁音・半濁音文字の方が3ポイント程度大きいことを明らかにした。この実験結果に基づき、濁点・半濁点部分を2倍程度(面積比4倍程度)大きくした弱視用フォントを試作した。試作した弱視用フォントの有用性を検証するための単語読みの比較実験では、初期実験の正答率を大きく上回った。このことにより、試作した弱視用フォントの有用性が確かめられた。
著者
村上 恭通 佐々木 正治 笹田 朋孝
出版者
愛媛大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

古くは蜀と呼ばれた四川省成都平原において、製鉄遺跡の発掘調査を実施した。成都市蒲江県鉄牛村遺跡では前漢代・後漢代、そして古石山遺跡では後漢代の製鉄関連施設を検出した。これらの発掘調査により、成都平原における漢代製鉄炉の特徴と生産物を明らかにした。