著者
河西 秀哉
出版者
神戸女学院大学
雑誌
女性学評論 (ISSN:09136630)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.27-46, 2014-03

日本近現代における売買春について論じた。近世より継続していた売春は、マリア・ルース号事件を契機に、1872年に「芸娼妓解放令」へと結実する。これは、文明開化の一つとして実施されたもので、前近代的な身売りは建前上禁止された。しかし実際は、「自由意志」に基づく稼業として、売春は継続する。こうした仕組みは、欧米の制度を視察して構築されたもので、前近代の売春制度は欧米流の売春統制制度を基にした「公娼制度」へと再編された。つまり、売春に国家の公認が得られたとも言える。政府は私娼の取り締まりは行うものの、売春制度自体を無くそうとはしなかった。敗戦後、日本政府は1945年8月18日に特殊慰安施設協会(RAA)の設置を指示する。これは、占領軍兵士らへの売春を目的とした施設であり、政府はこれに対して資金の貸し付けを行うなど、積極的な関与をみせている。こうした施設の設置を敗戦3日後に指示したことに、政府の売春への意識を見ることができよう。RAAはGHQ兵士の中で性病が蔓延したことで、翌年3月には閉鎖され、そこで働いていた女性たちは放り出され、街娼となっていく。GHQは覚書「日本における公娼制度廃止に関する件」を1946年1月22日に出し、近代の公娼制度は廃止された。しかし日本側の意向もあって、「必要悪」とされて結局は継続し、「赤線」が誕生する。政府は赤線を認める一方、私娼である街娼は取締り、収監・保護して性病治療と矯正に努めた。そうして保護された街娼の生の声が、史料として残されている。それを見ると必ずしも私たちのイメージとは異なる街娼の実態が明らかになる。高学歴者が街娼となったケース、夫や家族に戦争犠牲者を持つケース、一度街娼となってからは生活するために抜け出せないケースなど、その実態は様々である。占領終了後、赤線を廃止しようとする動きは高まるが、法整備はその後なかなか進行しなかった。I have discussed prostitution in the modern period in Japan. In 1872, following the Maria Luz Incident, Japanese bonded prostitution, which had continued from the early modern period onward, was finally addressed by Geishogi kaiho rei(芸娼妓解放令), a law that emancipated prostitutes. This law was enacted as part of Japan's Westernization movement, and it ostensibly prohibited feudalistic bonded labor. In reality, however, prostitution continued as a business based on the "free will" of the women involved. This form of prostitution was constructed as a result of observing the way this industry functioned in Europe. In this way, the feudal system of prostitution was reformed into a "licensed prostitution system," based on western-style systems for regulating prostitution. It can therefore be said that prostitution was officially approved by the state. While the Japanese government did conduct crackdowns on unlicensed prostitution, it made no attempts to eliminate the system itself. After the Second World War, the Japanese government set up the Tokushu Ian Shisetsu Kyokai (literally, the "special comfort facility association"), referred to in English as the Recreation and Amusement Association (RAA). This association provided prostitutes for occupying Allied troops. The government showed active involvement with this association by, for example, providing loans to its facilities. The fact that these facilities were introduced just three days after Japan's surrender gives us an idea of the government's attitude towards prostitution. The RAA was discontinued in March the following year because of the General Headquarters of the Supreme Commander of the Allied Powers (GHQ). The women who worked in the facilities were dismissed and ended up working as street prostitutes. On January 22, 1946, the GHQ issued the memorandum "Abolition of Licensed Prostitution in Japan," and the modern-era system of licensed prostitution was abolished as a result .However, the Japanese authorities had their own attitude toward prostitution. It was ultimately allowed to continue and the Akasen districts (literally, "red line" districts-comparable with the term red-light district ) emerged. While the government did sanction these Akasen districts, it also cracked down on unlicensed street prostitution and made efforts to place street prostitutes in protective custody, where they would be treated for sexually transmitted diseases and receive correctional rehabilitation. The direst comments of the street prostitutes who were taken into custody were transcribed and archived. A read-through of these accounts reveals that our image of street prostitution differs from the reality. Many different types of women worked as street prostitution. These included highly educated women, women who had lost their husbands or other family members in the war, and women who, after entering street prostitution, found themselves unable to make a living in any other way. After the occupation of Japan ended, the movement to abolish the Akasen districts grew in strength, but there was little progress in terms of legislation.
著者
川村 喜一郎 金松 敏也 山田 泰広
出版者
一般社団法人 日本地質学会
雑誌
地質学雑誌 (ISSN:00167630)
巻号頁・発行日
vol.123, no.12, pp.999-1014, 2017-12-15 (Released:2018-03-28)
参考文献数
142
被引用文献数
2 6

本論では,海底地すべりの一般的な特徴,短期および長期の発生メカニズム,海底地すべりによる海洋ハザードについて概説する.海底地すべりは,その形状から,一般的に滑落ドメイン,移動ドメイン,末端ドメインの3つの領域に区画される.滑落ドメインでは開口亀裂,移動ドメインでは剪断変形に起因する非対称変形構造が見られる.末端ドメインでは,圧力隆起部によって特徴づけられる.滑り面は粘土層であると推測されるが,南海トラフで報告されているように非条件下では,砂層も滑り面となる可能性がある.短期的な発生メカニズムは,斜面における荷重の急激な増加や間隙水圧の急激な上昇など,地震に最も関連している.長期的な発生メカニズムは,気候変動によるメタンハイドレートの分解とそれに伴う間隙水圧の増加,長期的な間隙水圧の増加,海山の沈み込み/衝突による地盤の変形,火山活動による斜面勾配の急斜化などがある.
著者
Jack T. Moyer Martha J. Zaiser
出版者
The Ichthyological Society of Japan
雑誌
魚類学雑誌 (ISSN:00215090)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.466-468, 1982-02-27 (Released:2010-06-28)
参考文献数
4

1980年8月15日16時30分, 三宅島の水深12mの地点で全長約90cmの2尾のウツボGymnotborax kidakaが産卵しているのを観察した.両者は尾部をゆるくからませていたが, 突然腹部を押しつけ合ってから離れた.その瞬間精子による水の白濁が観察された.卵は直径約2mmの丸い浮性卵で, 親魚による卵の保護は観察されなかった.1980年7月29目19時30分には, 岸近くの水深2.5mの地点で, 全長約25cmのUropterygtus necturus4尾が群がって行動しているのを観察した.これは産卵直前の行動と思われた.
著者
軽米 克尊
出版者
筑波大学 (University of Tsukuba)
巻号頁・発行日
2014

2013
著者
簗瀬 洋平 鳴海 拓志
出版者
特定非営利活動法人 日本バーチャルリアリティ学会
雑誌
日本バーチャルリアリティ学会論文誌 (ISSN:1344011X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.415-422, 2016 (Released:2016-10-31)
参考文献数
18

Most game players want to improve their skills, but if they don't sense improvement they'll give up playing. So, we suggest a new way of dynamically adjusting a game's difficulty, in a way that is transparent to the player. In an experiment with a platforming game that focuses on jumping and hitting a target, players felt they were becoming better at the game instead of noticing the decrease in difficulty.
著者
大村 彰道 撫尾 知信 樋口 一辰
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.174-182, 1980-09-30 (Released:2013-02-19)
参考文献数
20
被引用文献数
1

To investigate the relationships between content structure of prose and information processing abilities, one group of 61 college students read passages with lots of words explicitly describing conjunctive relations among sentences and some other 61 students read passages with few such words. A memory test, a vocabulary test and an inference test Were administered to measure the relevant abilities. An immediate cued recall, a delayed cued recall and a delayed free recall were measured as dependent variables. Results strongly suggest the existence of a disordinal interaction between passage type and inference ability. That is, a number of connectives stating explicitly conjunctive relations among sentences influenced the understanding and retention of content differentially according to the reader's inference ability. Implications of this aptitude-treatment interaction to education were discussed.
著者
西薗 良太
雑誌
情報処理
巻号頁・発行日
vol.61, no.12, pp.1164-1167, 2020-11-15

ツール・ド・フランスは筆者が20代を通じてプロ選手をしていたロードレースという競技のトップレースである.2020年のツール本戦はコロナ禍によって日程を7月上旬から変更して8月29日より開始した.全21ステージ,3482kmという壮絶なレースである(UAEエミレーツ/スロベニアのタデイ・ポガチャルが初優勝).これに先立ち本来の日程であった7月が空白となってしまうのを避けるべく,2016年頃から盛んとなってきたオンラインサイクリングのプラットフォームである「Zwift」とツール主催者であるASOが提携してVTDFが実現した.7月3週間の毎週末,6ステージという小規模なものではあるが,実際にツールに出るチームから数人ずつ遠隔で選手が参加し,オンライン上でエキシビションレースが展開され,世界中の人々がYouTube Liveなどを通してバーチャルサイクリングレースを観戦した.リアルイベントとは異なり総合成績はチーム毎に争われ,NTTプロサイクリングチームが優勝を果たしている(NTTは大会のテクノロジーパートナーでもある).以下Zwiftのようなバーチャルサイクリングがなぜツール・ド・フランスという世界有数のリアルイベントにまで食い込むことができたのかという文脈について説明する.
著者
松本 隆 マツモト タカシ Takashi MATSUMOTO
出版者
清泉女子大学人文科学研究所
雑誌
清泉女子大学人文科学研究所紀要 (ISSN:09109234)
巻号頁・発行日
no.35, pp.286-271, 2014

1874年に翻訳出版された化学入門書『ものわり の はしご』の語彙、特に巻頭の用語解説付録「ことば の さだめ」の見出し項目を分析した。本書は、漢字と漢語を廃し、化学的な現象や物質名を含め、全文を平仮名の和語で訳しており、その語彙分析から主な特徴として次の3点を見出した。(1)和語による造語は、それまでの漢字を用いた造語の流れを汲んでおり、和語でも体系的で簡明な命名が可能である。(2)類義関係にある和語動詞群を使い分けることにより、混同しやすい類似の化学現象を区別して表現できる。(3)漢語よりも和語の方が、現実世界の事象を巧みに言語に写像し命名した例も見られる。つまり本書は、近代の西洋思想を和語で表現し、論旨の通った文章を平仮名で表記できることを、化学の分野で世に示した先駆的実践ということができる。
著者
藤本 武
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.75, no.3, pp.347-370, 2010-12-31 (Released:2017-06-23)
被引用文献数
1

近年アフリカにおける小規模な紛争について環境変化による希少な資源をめぐる争いとする議論がある。牧畜民と農耕民の間の紛争では放牧地を確保しようとする前者と農地を拡大しようとする後者の土地をめぐる争いとされる。本論はエチオピア西南部の牧畜民と農耕民の間で発生してきた紛争事例について検討を行った。この地域では低地に暮らす牧畜民間の紛争が変動する環境下での資源確保や民族形成との関連で考察されてきた。ところが牧畜民の一部は1970年代から近隣の山地に暮らす農耕民を襲い、遠方の農耕民にまで対象を拡大してウシなどの財を略奪してきた。本論の分析から、紛争の背景には19世紀末にしかれた牧畜民と農耕民に対する国家の異なる統治策、国家支配のエージェントである入植者の私的関与、20世紀前半に主として農耕民になされた奴隷狩り、そして近年の自動小銃の流入など、外部からの地域への関与の問題が無視できないことが明らかとなった。じつは、他のアフリカの牧畜民と農耕民の紛争でも、紛争当事者間の土地などの資源をめぐる争いの背景に、国家や国際機関などによる開発政策が結果として争いを激化させていたり、過去の奴隷制が集団間の関係に影響をおよぼしているなど、資源紛争の構図におさまらない同様の問題が認められた。小規模な紛争を対象に、その個別具体的な相を掘りさげて分析する人類学の紛争研究は、今日常套句的になされがちな紛争説明に対して発言していくべきであるとともに、紛争後も長期に関わることで地域の紛争予防にむけた動きを支援するなど、独自の貢献を果たしていくことが求められる。
著者
揚妻 直樹
出版者
農山漁村文化協会
雑誌
生物科学 (ISSN:00452033)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.108-116, 2013-11-01

シカによる農業被害や自然植生の改変はシカの異常増加によるものであると認識されてきた.その異常増加の原因として地球温暖化・天敵絶滅・狩猟者減少などが挙げられている. ところが,時代を今から数十~百数十年遡ると,日本各地のシカ生息数はかなり多かったことがわかってきた.そうなると,先に挙げられた原因の妥当性が怪しくなる.シカ個体群の消長には,農地周辺と山林で別々に起きた人間の土地利用の変化が大きく効いていると考え られた.
著者
長野 祐児 横川 慎二
出版者
日本信頼性学会
雑誌
信頼性シンポジウム発表報文集 2015_秋季 (ISSN:24242357)
巻号頁・発行日
pp.49-52, 2015-12-15 (Released:2018-02-09)

現代社会において注目されているエネルギー技術の一つとして,リチウムイオン二次電池(以下,LiB)が挙げられる.LiBは将来の社会構造の主役となる電気自動車や定置型蓄電設備に利用されるキーデバイスとしての期待も大きい.ところが現状では課題も多く,特に需要に比例して発煙・発火事故や,それに伴う火災の報告件数も増加している.中でもモバイルPCのバッテリー不具合による発煙・発火事故や,ボーイング社製787型機におけるバッテリーの不具合に関する事故は記憶に新しい.発煙・発火事故は物理的または人的損害を及ぼす火災につながるだけでなく,製品を開発・製造する企業側にも多大な損害を及ぼす.そのような社会的背景を踏まえ,本研究では事故の未然防止を目的とし,様々なLiB使用製品の不具合に対して共通する不具合の発生プロセスを検討する.報告されている197件の製品事故事例を品質管理の手法であるQC七つ道具や,信頼性工学における事故分析のフレームワークを用いて分析し,効果的な未然防止策のための提案を行う.