著者
北條 勝貴
出版者
物語研究会
雑誌
物語研究 (ISSN:13481622)
巻号頁・発行日
no.9, pp.20-31, 2009-03-31

In ancient China, it was originally thought that a person who suffered an abnormal death became a demon and committed evil to the living. The general procedure (fashion) in dealing with demons involved solely elimination through a ritual of confrontation, not a religious service. Although sentiments among the people started to upset such customs (traditions), during the Zhanguo Period thereafter, religious practices pertaining to demons became commonalized via national intervention. It was in the bereaved seeking to deliver (redeem) the dead in agony (in anguish) that led to the nation's involvement in addressing those who had undergone an unnatural death. Hence, the more intimate the deceased is to one, man (mankind) cannot help but speak on behalf of the departed. However, those statements after all are plagiarisms of the account of the dead that attempt to preserve (maintain) and reinforce the legitimacy (rights) of the individual and community. Only the very dead can determine the meaning of death ; rather, only can we cultivate (nurture) our sensitivity toward the voices of the expired. In fact, since that in itself is a difficult task that requires the potency of a tough and flexible mind, it may therefore turn into an opportunity to relativize the existing (current) frame of reference.
著者
中田 實
出版者
日本村落研究学会
雑誌
村落社会研究 (ISSN:13408240)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.1-6, 2005 (Released:2013-10-08)
参考文献数
8

The idea of the theory of Community Co-management was originally based on research of the fishing and pearl culturing villages of Shima district in Mie Prefecture during the 1960s. At that time, the landed quantity of cultured pearls in the district increased rapidly because of growth in number of culture establishments and an increase in density of their culturing oyster shells. However, the increase of pearl production in a limited marine area resulted in the rapid deterioration of both quality and price of cultured pearls. At around the same time, sightseeing facilities attracted attention in the district, and environmental burdens imposed by them have become heavy. Then, to realize compatible and sustainable relations with each other for the efficient use of local resources, the establishment of a new community organization composed of fishermen, pearl culture establishments, sightseeing facilities, and inhabitants as comsumers of marine products became indispensable. The management of local resources, by all interested parties, became the core function of the community. For this reason, a community can be seen as an organization for the co-management of living conditions. Modern society has increased its collective consumption, and has grown in community co-management of its living conditions. This means that a community can be seen from the view point of managerial functions. There can be an understanding of the common features and structures of rural and urban communities as well as of neighborhood communities and municipal authorities despite ecological and legislative differences. At present, the development of the decentralization of administrative systems in our country permits the official establishment of a kind of teritorrial autonomous body within a local autonomy. The concept of community co-management has become increasingly realistic.
著者
熊谷 太州 坂本 真樹 野々村 美宗
出版者
一般社団法人 色材協会
雑誌
色材協会誌 (ISSN:0010180X)
巻号頁・発行日
vol.93, no.1, pp.2-8, 2020-01-20 (Released:2020-01-28)
参考文献数
28
被引用文献数
1

滑り運動下におけるぬくもり感の発現メカニズムを明らかにするため,10種の試料について触覚次元に基づく官能評価試験を行い,試料の物性値と得られた触覚因子との関係を系統的に解析した。その結果,ぬくもり感の認知においてはWarm感だけではなく,Soft感も関与している可能性が示された。Warm感は,試料の表面粗さが大きいと熱抵抗が増加,初期熱流束最大値(q-max)が減少することによって知覚されたものと考えられる。また,Soft感は試料の弾性率を示すヤング率とソフトマター表面を擦ったときの滑り出し過程における摩擦力の弾性項の寄与を示す摩擦パラメータksが小さいときに認知された。このことは,試料が縦方向に大きくひずみ,滑り出しから最大静摩擦までの摩擦力の増加が緩やかだとSoft感が知覚されることを示している。
著者
森 宣瑛 吉岡 靖雄 平井 敏郎 髙橋 秀樹 市橋 宏一 宇髙 麻子 植村 瑛一郎 西嶌 伸郎 山口 真奈美 半田 貴之 角田 慎一 東阪 和馬 堤 康央
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第41回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.P-9, 2014 (Released:2014-08-26)

近年、腸内細菌を有さないマウスの検討などにより、腸内細菌が宿主免疫細胞におよぼす影響が明らかになりつつあり、腸内細菌叢の有無が、免疫細胞の発達や各種免疫疾患の悪化・改善に寄与することが判明している。一方で、食事や抗生物質の服用などによる腸内細菌叢の変動が、免疫機能に与える影響は未だ不明な点が多い。従って、今後、環境要因による腸内細菌叢の変動を理解・制御できれば、各種疾患の予防や、健康増進に繋がるものと期待される。本観点から我々は、食餌成分や化学物質などが腸内細菌叢に与える影響を評価すると共に、腸内細菌叢の変動と宿主免疫機能の連関解析を図っている。本検討では、腸内細菌叢に最も大きな変動を誘導すると考えられる抗生物質の曝露が、宿主免疫系におよぼす影響を評価した。2週間連続で抗生物質を投与し、腸内細菌数の変動を解析したところ、コントロール群と比較して腸内細菌数が減少していた。次に、抗生物質を投与後、コレラトキシンとニワトリ卵白アルブミン(OVA)を経口免疫したところ、コントロール群と比較して、OVA特異的IgG・IgG1・IgEがほとんど誘導されないことが明らかとなった。また、抗生物質を投与した後、3週間後から免疫を開始した場合においても同様の傾向が認められた。次に、抗体産生抑制のメカニズムを解析するため、抗生物質を2週間投与後、宿主免疫系への影響を解析した。その結果、腸管の免疫組織であるパイエル板では、抗生物質投与によりCD4陽性T細胞の割合が減少しており、抗生物質投与終了3週間後にも、同様の傾向が認められた。即ち、抗生物質の一時的な投与は、長期間に渡って宿主免疫系に影響をおよぼし続けることが明らかとなった。今後、抗生物質をはじめとした様々な物質による、腸内細菌叢への作用機構、腸内細菌叢の変動による生体影響の関係を精査し、新たな毒性学・安全科学研究を推進したいと考えている。
著者
今井 直子 熊川 孝三 安達 のどか 浅沼 聡 大橋 博文 坂田 英明 山岨 達也 宇佐美 真一
出版者
日本小児耳鼻咽喉科学会
雑誌
小児耳鼻咽喉科 (ISSN:09195858)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.352-359, 2013 (Released:2014-03-20)
参考文献数
18

【目的と方法】  先天性難聴の原因として最も頻度が高いのは GJB2 遺伝子変異であり,一般的に非進行性難聴を呈するとされる。今回我々は GJB2 変異97例について遺伝子型と難聴の進行の有無について検討した。【結果】  遺伝子型は従来アジア人に多いとされている235 delC が最も多く,欧米人に多い35 delG は認められなかった。当初からの重度難聴例を除いた41例のうち,1 年以上の間隔で聴力が 2 回以上測定されている症例は32例であった。明らかな難聴の進行例は 1 例,進行疑い例は 3 例であったが,遺伝子型の特定の傾向は認められなかった。【結論】  GJB2 変異においては難聴の進行は稀であり,進行性難聴を呈する特定の遺伝子型は指摘できなかった。しかし乳幼児では特に難聴の程度が言語発達に大きく影響を与えるため,GJB2 遺伝子変異例であっても稀に難聴が進行するということをふまえて注意深く難聴の経過を追う必要がある。
著者
米村 創
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.91, 2011 (Released:2011-05-24)

沖縄にはトンビャン(桐板)と呼ばれる植物性の原材料で織られた織物がある。本研究では、トンビャンの原材料である植物について、沖縄・中国の貿易、貿易品の流通、そして中国での農作物生産物からその解明を試みることを目的としている。 トンビャンは古く琉球王国時代から中国の福建省福州からの貿易品として輸入されていたという伝承が残っている。トンビャンは糸で輸入されることも多く、輸入された糸は沖縄の織物生産者の手によって織られ、高貴な身分の者を筆頭に一般庶民の間でも夏の衣服として広く利用されていた。トンビャンの織物生産は沖縄の統計や伝承によれば、昭和10年代ころまで生産されていたが、その後は中国からの輸入が途絶え、原材料が無くなった沖縄地域でトンビャンが織られることはなくなった。原材料である植物の種類が不明であることより、現在では「幻の織物」として沖縄では位置づけられている。その原材料が竜舌蘭の一種ではないかと一部の研究者の間では説明されているが、未だに不明なままであると言わざるを得ない。 台湾や海南島(海南省)では明治・大正・昭和の時期にパイナップル(鳳梨)繊維を織物用として広範囲に特用農産物として栽培し、外国や内国へ輸出(移出)していたことが当時の資料や統計から明らかとなっている。主に中国大陸沿岸地域に輸出(移出)していたが、輸出先で鳳梨繊維の名称が麻類の名称へ変化することが多く、中国大陸沿岸地域での鳳梨繊維利用の確認が困難であった。しかし、福州港、また福州の周辺地域にも鳳梨繊維が流通していることが明らかとなり、福州で購入したという沖縄のトンビャンはこの鳳梨繊維で生産されたと考えることができる。見た目上、鳳梨繊維と沖縄のトンビャンの繊維が類似していること、台湾などにおける鳳梨繊維の外国への輸出供給量の減少時期と、沖縄におけるトンビャン生産量の減少時期が一致していることもそのことを裏付けている。つまり、トンビャンの原材料は主にパイナップルである可能性を指摘できる。図は予想されるトンビャンの原材料から消費地までの流通経路である。 沖縄の植物繊維の織物の一つに芭蕉布というものがある。芭蕉布などは沖縄で原材料である芭蕉を沖縄で栽培し、沖縄で織る織物であるが、一方トンビャンは輸入品のみの織物であることから、元々その織物を外国に求めていた貿易品であったと推察される。
著者
譚 仁岸 Renan TAN
雑誌
神戸女学院大学論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.79-93, 2019-12-20

本稿は有島武郎が一九二二年に発表した「宣言一つ」及び関連テキストを再読することを通して、「知識階級」と「第四階級」の階級移動の問題を再検討し、新たな理論的資源を援用して知識人の持っている「文化資本」の権力性と階級性を大正時代の文脈に沿いながら論じたものである。知識階級の啓蒙的暴力を反省することにおいても、過度な政治化と過度な脱政治化との間の選択においても、複数の価値的衝突と正義のアポリアに面する際の政治的実践においても、有島武郎にはまだ批判的可能性が内蔵されている。それは今日において政治思想の視点からも思考し続けるに値するものである。
著者
岡野 公禎 木村 太郎 鈴木 亮一
出版者
公益社団法人 日本獣医師会
雑誌
日本獣医師会雑誌 (ISSN:04466454)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.99-104, 2018-02-20 (Released:2018-03-20)
参考文献数
19

犬42頭の不妊手術に対し,麻酔導入15分前にブトルファノール(BTR)0.4mg/kgの静脈内投与もしくはモルヒネ(MOR)0.5mg/kgを皮下投与した群(pre-B群n=14,pre-M群n=14)と麻酔導入後に投与した群(post-B群n=7,post-M群n=7)に分類し,気管挿管に必要なアルファキサロン(ALFX)の麻酔導入量を検討した.ALFXの麻酔導入量は,pre-B群(1.59±0.26mg/kg)がpost-B群(2.45±0.36mg/kg)に対し35.1%の減少を示し,pre-M群(1.30±0.38mg/kg)はpost-M群(2.42±0.52mg/kg)に対し46.2%の減少を認めた(P<0.05).ALFXの麻酔導入量はBTR及びMORの麻酔前投薬により減少した.

2 0 0 0 OA 戦争と性漫画

出版者
大洋社
巻号頁・発行日
1932
著者
松本 欣三 Suresh Awale 藤原 博典 堀 悦郎
出版者
富山大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

ADHAを含む発達障害(DD)と病因と症状が類似する隔離飼育マウスをエピジェネティック発達障害モデルとして用い,発症機構と漢方薬(抑肝散,桂枝湯)による治療及び予防を検討した。抑肝散のみが注意様行動,一部の症状に対して治療効果を示した。一方,抑肝散や桂枝湯の投与を発達初期から開始した場合,DD様症状が抑制されたことから,両漢方薬はDDの予防軽減に有用と推測された。また隔離飼育動物では神経ステロイドのアロプレグナノロン (ALLO)の生合成が障害されている点に着目し,脳内ALLO量を低下させた結果,社会性行動の障害が誘導されたことから,ALLO産生障害がDDの発症に関与する可能性が示唆された。
著者
君島 光夫
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
日本土木史研究発表会論文集 (ISSN:09134107)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.143-154, 1983-06-24 (Released:2010-06-15)
参考文献数
16

The rapid transit railway network in Tokyo consists of thirteen lines.This network in based on a conception at the dawn of a new age before 1945 when the developrent plan of five or seven subway lines was fomed.This article enurerates chronologically the charge of the develognent plan for rapid transit railway network in Tokyo and private plans based on researches and investigations of pioneers at the dawn of a new age from 1906 to about 1940, describing the background of those days in the conception.