- 著者
-
寺田 勝彦
藤田 修平
田端 洋貴
脇野 昌司
井上 美里
中前 あぐり
小尾 充月季
辻本 晴俊
中村 雄作
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.Ac0400, 2012 (Released:2012-08-10)
【目的】 脊髄小脳変性症(Spino-cerebellar degeneration:SCD)の立位・歩行障害の改善には,体幹の前後動揺,体幹・四肢の運動失調によるバランス障害,脊柱のアライメント異常による歩行のCentral pattern generator(CPG)の不活性化に対応した多面的アプローチ(the multidimensional approach:MDA)が必要である.今回,SCDの立位・歩行障害へのMDAの有効性について検討した.【対象および方法】 当院の神経内科でSCDと診断され,磁気刺激治療とリハビリテーション目的に神経内科病棟に入院した40例である.無作為に,従来群(the conventional approach group:CAG)20例(MSA;5例,SCA6;12例,SCA3;3例),多面的アプローチ群(MDAG)20例(MSA;8例,SCA6;8例,SCA3例;ACA16;1例)に分別した.CAGでは,座位・四這位・膝立ち・立位・片脚立位でのバランス練習,立ち上がり練習,協調性練習,筋力増強練習,歩行練習を行なった.MDAGでは,皮神経を含む全身の神経モビライゼーションと神経走行上への皮膚刺激,側臥位・長座位・立位・タンデム肢位での脊柱起立筋膜の伸張・短縮による脊柱アライメントの調整,四這位・膝立ち.立位およびバランスパッド上での閉眼閉脚立位・閉眼タンデム肢位での身体動揺を制御したバランス練習,歩行練習を行なった. 施行時間は両群共に40分/回,施行回数は10回とした.評価指標はアプローチ前後の30秒間の開眼閉脚・閉眼閉脚・10m自立歩行可能者数,10m歩行テスト(歩行スピード,ケイデンス),BBS,ICARSの姿勢および歩行項目,VASの100mm指標を歩行時の転倒恐怖指数とし,両群の有効性を比較検討した.統計分析はSPSS for windowsを用い,有意水準はp<.05とした.【説明と同意】 本研究に際して,事前に患者様には研究の趣旨,内容および調査結果の取り扱い等を説明し同意を得た.【結果】 CAGの開眼閉脚の可能者数は13例(65%)から14例(70%)(p<.33), 閉眼閉脚は7例(35%)から9例(45%)(p<.16),10m自立歩行は14例(70%)から14例(70%)(p<1.00)と有意差は認められなかった.MDAGでは,開眼閉脚が14例(70%)から20例(100%)(p<.01),閉眼閉脚が6例(30%)から14例(70%)(p<.002),10m自立歩行が12例(60%)から20例(100%)(p<.002)と有意に改善した.CAGの歩行スピード(m/s.)は,0.56±0.24から0.69±0.28(p<.116),ケイデンス(steps/m.)は101.4±20.2から109.8±13.3(p<.405)と有意差は認められなかった.MDAGの歩行スピードでは,0.69±0.21から0.85±0.28(p<.000),ケイデンスは110.6±13.6から126.6±22.4(p<.049)と有意に改善した.CAGのBBS(点)は33.2±14.6から37.4±14.0(p<.01),ICARS(点)は17.2±7.9から15.4±8.5(p<.000)と有意に改善した.MDAGのBBSでは,30.0±9.1から40.9±6.8(p<.000),ICARSは16.1±4.9から9.4±3.0(p<.000)へと有意に改善した.CAGのVAS(mm)は55.7±28.1から46.3±29.0(p<.014)と有意に改善した.MDAGのVASでは72.4±21.6から31.4±19.4(p<.000)へと有意に改善した.また両群で有意に改善したBBS・ICARS・VASの改善率(%;アプローチ後数値/アプローチ前数値×100)は,CAGでは順に,15.2±17.3,15.0±18.0,22.1±44.3,MDAGでは33.1±17.3,43.7±9.9,59.2±21.7と,それぞれにp<.03,p<.001,p<.002と,MDAGの方が有意な改善度合いを示した.【考察】 今回の結果から,磁気治療との相乗効果もあるが,MDAGでは全ての評価指標で有意に改善し,BBS・ICARS・VASでの改善率もCAGよりも有意に大きく,立位・歩行障害の改善に有な方法であることが示唆された.その理由として,SCDでは体幹の前後動揺,体幹・四肢の運動失調による求心性情報と遠心性出力の過多で皮神経・末梢神経が緊張し,感覚情報の減少や歪みと筋トーンの異常が生じる.皮神経を含む神経モビライゼーションで,皮膚変形刺激に応答する機械受容器と筋紡錘・関節からのより正確な感覚情報と筋トーンの改善が得られた.また神経走行上の皮膚刺激で末梢神経や表皮に存在するTransient receptor potential受容体からの感覚情報の活用とにより,立位・歩行時のバランス機能が向上したといえる.その結果,歩行時の転倒恐怖心が軽減し,下オリーブ核から登上繊維を経て小脳に入力される過剰な複雑スパイクが調整され小脳の長期抑制が改善された事,脊柱アライメント,特に腰椎前彎の獲得により歩行のCPGが発動され,MDAGの全症例の10m自立歩行の獲得に繋がったといえる.【理学療法研究としての意義】 SCDの立位・歩行障害の改善には確立された方法がなく,従来の方法に固執しているのが現状である.今回のMDAにより,小脳・脳幹・脊髄の細胞が徐々に破壊・消失するSCDでも立位・歩行障害の改善に繋がったことは,他の多くの中枢疾患にも活用し得るものと考える.