著者
坂 清
出版者
錦正社
雑誌
軍事史学 (ISSN:03868877)
巻号頁・発行日
no.11, pp.93-104, 1967-11
著者
金坂 清則
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.252-295, 1975
被引用文献数
1 1

Many studies have been published to deal with Japan's urban growth which began at the Meiji era, but there seems to be very few works which focus its examination on the urban functions and city and region relationship on a meso-scale, and have a scope to develop into macro-scale study of the whole region. Since a regon exists as a part of the whole, attention to such a direction will be urgently needed.<br>The writer intends to explain a historical change in the city and region structure in the Niigata Plain-the country's second largest plain-and its surroundings for the period of about seventy years since the early Meiji era. To this end the processes of forming the Ura Nippon Region must be unraveled dynamically and regionally, and location and the sphere of influence of urban functions, which may be classified into four categories-administrative, cultural, economic and transportational, are examined in relation to city size and distribution of cities. Parts of the results obtained are summarised as follows.<br>1. In 1879 there were thirty-three cities and towns in the objective region, and thirty-four in 1935. Cities in 1879 are classified into three, ie. a city in Class I, four in Class II, and twenty-eight in Class III (See Figure 1).<br>2. The four cities in Classes I and II were separated each other by 30 to 40 kilometres, and the distances between Class III cities were around 6 to 9 kilometres, the intervals being quite uniform. The outline of this structure had already been formed by the middle of the eighteenth century. Since that time most of those cities have had periodical fairs, and half of them were nuclei of textile and hardware industries which had been located at the rural settlements around them (See Figures 1 and 2).<br>3. On this foundation the administrative and cultural institutions such as government offices and schools began to be located corresponding to city size at the early years of Meiji. At the same time economic activities, especially of modern manufacturing industies which tend to be unevenly distributed, began to be accumulated around those cities. The framework of established orders among cities was therefore not broken down but was solidified more as the time passed.<br>4. Consequently larger cities genarally developed more in proportion to their scale. If the Zipf's rule is applied, the three largest cities had smaller scale than the rule's ideal value, and Class III cities larger than the same in 1887, and the case was reversed in 1935. As a result the difference in the scale of the largest and the smallest cities increased by 2.7 times during the period. This was also the process when the order among cities became rank-sized (Table 11).<br>5. After the middle of the Meiji era the objective region was gradually subordinate to Tokyo, and formed into a part of the Ura Nippon Region. The trend was definitely fixed at the mid-Taisho years. The cities developed only slowly in this region, and their influence over the countryside remained weak. Therefore the countryside began to be controlled by the cities outside this region and by the outer realm. The large-scale landlordship was the most important internal factor to keep the rural country into stagnation.<br>6. Another factor to bring about such change to the region was a drastic change in transportation: a shift from maritime and river-borne traffic to the modern railway. This should not be overlooked.
著者
松原 慶昌 田坂 清志朗 福本 貴彦 西口 周 福谷 直人 田代 雄斗 城岡 秀彦 野崎 佑馬 平田 日向子 山口 萌 青山 朋樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0062, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】近年子どもの外反母趾が増加し,問題となってきている。外反母趾の原因は様々な要素が指摘されており,足部アーチの低下が外反母趾と関連しているという報告がある。子どもの足は足部アーチの形成の重要な時期にある。さらに,足部アーチの形成には足趾把持力が関連していると報告されているため,足趾把持力が外反母趾に関連している可能性がある。また,特に子どもにおいては足部の筋力,形状共にも発達段階にあるため,足部の筋力が足部形状に与える影響が大きい可能性がある。子どもにおいて外反母趾と足趾把持力の関連についてはまだ調べられていない。そこで,本研究では子どもにおける外反母趾と足趾把持力の関連について調べることを目的とした。【方法】対象は奈良県田原本町にある小学校5校の小学4~6年生671名の計1342足(平均年齢10.3歳±0.7歳,男子317名,女子354名)とした。外反母趾角は,母趾基節骨と第一中足骨のなす角とし,静止立位にて,ゴニオメーターを用いて測定した。足趾把持力は足趾筋力測定器(竹井機器工業,T.K.K.3364)を用いて股関節,膝関節ともに90°屈曲座位にて,左右両足を各足二回測定した。各足の最大値を足趾把持力として用いた。統計解析は,従属変数に外反母趾角,独立変数に足趾把持力,調整変数に性別,年齢,身長,体重を投入した重回帰分析を行った。なお,同一の対象者から二足を用いているため,両足の類似性を補正するために,一般化推定方程式を用いた。統計学的有意水準は5%未満とした。【結果】全対象者の外反母趾角の平均は7.91±5.0°,足趾把持力の平均は13.3±4.0kgであった。重回帰分析の結果,偏回帰係数は-0.098(95%信頼区間:-0.187~-0.010)で有意差(p=0.029)を認め,外反母趾角と足趾把持力は負の関係にあった。【結論】本研究では,子どもにおける外反母趾角と足趾把持力の関連性を検討した。その結果,小学子どもにおいて外反母趾角と足趾把持力が負の関係にあることが明らかになった。しかし,先行研究においては,健常成人では外反母趾角と足趾把持力の関係性は認められなかった。この理由は,子どもの足部は発達段階にあり,筋力が足部形成に与える影響が大きい可能性が考えられる。低足趾把持力により十分な足部アーチ形成が行われず,足部アーチの未発達が外反母趾角の増大につながったと考えられる。本研究は横断研究であるため,因果関係について断言できないが,足部アーチが発達段階にある子どものころに,足趾把持力を鍛えることで外反母趾の予防につながる可能性がある。
著者
片桐 創太 中釜 大輔 乙戸 崇寛 澤田 豊 赤坂 清和
出版者
理学療法科学学会
雑誌
理学療法科学 (ISSN:13411667)
巻号頁・発行日
vol.29, no.5, pp.699-702, 2014 (Released:2014-10-30)
参考文献数
7

〔目的〕肩甲帯と骨盤帯の回旋角速度の変化が反復投球によりどのように変化するか検討した.〔対象〕上下肢に整形外科疾患を有しない大学野球部員8名.〔方法〕投球数を60球とし,この投球の前半と後半のフォームを水平面よりハイスピードカメラを用いて撮影した.画像よりacceleration期の肩甲帯と骨盤帯の回旋角度,回旋角速度,およびステップ長を算出した.〔結果〕投球の後半で球速が維持または上昇した群では,球速が低下した群と比較して肩甲帯の相対的回旋角速度の変化が少なかった.〔結語〕反復投球時では投球速度を維持するため,無意識に肩甲帯の相対的回旋角速度の変化を最小限に調整している可能性が示唆された.
著者
大西 秀明 八木 了 大山 峰生 相馬 俊雄 伊橋 光二 小野 武也 赤坂 清和 半田 康延
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.30 Suppl. No.2 (第38回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.116, 2003 (Released:2004-03-19)

【はじめに】歩行や立位保持時の膝窩筋の筋活動については,過去にいくつかの報告があるが,起立動作時における膝窩筋の活動を報告したものはみない.今回,我々は起立動作時における膝窩筋の筋活動を解析したので報告する.【方法】対象は,膝関節に損傷の既往のない健常男性8名(21歳_-_36歳)であった.被験者には実験内容を十分に説明した上でインフォームド・コンセントを得た.運動課題は高さ40cmの椅子からの起立動作であり,足関節が軽度背屈位の肢位から動作を開始した.起立の速度は自然速度とし,動作遂行時における膝窩筋および外側広筋からEMGを導出した.膝窩筋のEMGの導出には双極性のワイヤー電極を使用し,外側広筋のEMG導出には表面電極を使用した.右側の膝窩筋に25ゲイジのガイド針で双極ワイヤー電極を刺入し,電気刺激で確認した後,ガイド針を抜去して電極を留置した.導出されたEMGは,バンドパスフィルタ処理(膝窩筋;10Hzから1000Hz,外側広筋;10Hzから500Hz)を行った後,全波整流し移動平均処理を行った.さらに,最大筋収縮時に得られた値を基準にして正規化した(%EMG). 動作分析には床反力計(Kistler)と三次元動作解析装置(Oxford Metrics)を使用し,頭部が動きだした時期から臀部が椅子から離れた時期までの期間を第一相とし,臀部が椅子から離れてから膝関節が完全伸展するまでの期間を第二相と規定し,各被験者が起立動作に要した時間を100%として動作時間を正規化した.【結果】運動開始から直立位までに要した時間は1969±394(平均±標準偏差)msecであり,第一相が768±166msec(39.4±6.4%),第二相が1201±298msec(60.6±6.4%)であった. 膝窩筋の筋活動をみると,動作開始時にわずかな活動(15%EMG)がみられ,徐々に活動量が増加し,殿部が椅子から離れる前(32%time)に最も強い活動(29 %EMG)を示した.臀部が椅子から離れた直後から60%timeまで膝窩筋の活動は急激に減少し,60%time以降では殆ど筋活動が観察されなかった.外側広筋の筋活動をみると,第一相初期(0から20%time)では殆ど筋活動がみられず,20%timeから活動量が増加し,臀部が椅子から離れる直前(37%time)に最も強い活動 (33%EMG)を示し,その後,動作が終了するまで徐々に活動量が低下していくのが観察された.【考察】我々は過去に歩行,立位保持,階段昇降動作時における膝窩筋の筋活動を解析し,膝窩筋が大腿四頭筋と同時期に活動することを報告してきた.しかし,本研究の結果においては先行研究と異なり,外側広筋の活動に先駆けて膝窩筋の活動がみられた.これは,体幹を前屈する際に大腿骨が脛骨に対して前方移動するのを防ぐためではないかと推測できる.
著者
成田 孝三 藤田 昌久 岡田 知弘 足利 健亮 石川 義孝 金田 章裕 金坂 清則 石原 潤 応地 利明
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1996

8年度は、1.都市を中心とするシステムについて欧米、日本、アジア・アフリカに関する比較研究を行う、2.地理学の空間分析、マルクス経済学の構造分析、近代経済学の計量分析の統合を目指す、3.日本のシステムについて動態的研究を行なう、という研究の枠組みと分担を決定した。9年度はそれに従って各自がフィールド調査を実施し、報告書の研究発表欄に掲げた成果を得た。10年度は統合の実を挙げるために、近畿圏を共通の対象として研究し、次の知見を得た。1.古代国土システムの構成要素としての近畿圏は、従来説の大化の畿内と天武の畿内の間に、近江を中心とする天智の畿内が存在し、それは三関の範囲に合致する軍事的性格を帯びており、中国の唐制に類似する。2.古代畿内の首都は孤立した一点ではなく、複数の首都ないしは準首都によって構成されており、それは現代の首都移転論をめぐる拡都論にも通じる状況である。3.中世期末畿内の構造変化を本願寺教団の教勢の進展を通じてみると、それは近江・京都・大阪を中核とし、奈良・三重・北陸に広がり、最後に兵庫・和歌山に伸びて現代の近畿圏を覆った。近江が中心となった理由はその生産力と交通の拠点性である。4.五畿七道の区分を踏襲してきた幕藩体制から近代国家体制への転換に伴って、府県を単位とする地方区分が確立した。近畿の範囲は6府県を核とし、場合によっては三重や福井が加わるという形をとった。この構成は現代にもつながっている。5.現代の大阪圏は初め西日本に広がっていたが、次第に縮小して上記の近畿圏に収斂しつつある。また近畿圏の構成単位である各日常生活圏の完結性が弱まり、大阪と京都を中心とする圏域に統合されつつある。それに伴って各種行政領域と日常生活圏との整合性が崩れ、その〈地域〉としての有意性が損なわれるおそれがでてきた。なおバブル崩壊後、中心部の都市地域と周辺部の農村地域との格差が拡大しつつある。
著者
加藤 剛平 田宮 菜奈子 柏木 聖代 赤坂 清和
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.17-26, 2011-02-20

【目的】地域在住要介護者等の外出頻度に関連する環境因子を横断研究により検討する。【方法】通所リハビリテーション利用者(77名)を対象にした。多重ロジスティック回帰分析を用いて,外出頻度が低い状態に関連する利用者の基本属性および環境因子を探索した。一週間の外出頻度を従属変数とし,性別,年齢,疾病の種類,日常生活活動能力,利用施設,一週間の通所リハビリテーション利用日数,環境因子を独立変数とした。環境因子は,Home And Community Environment(HACE)日本語版を用いて評価した。【結果】地域の障害の多さを示すHACE日本語版の地域移動性得点が高いことは,一週間の外出頻度が通所リハビリテーションの利用を除くと「まったく外出しなかった(調整オッズ比[95%信頼区間]:8.84[1.80-67.02])」と独立に関連した。また,通所リハビリテーションを外出頻度に含めた二次的分析でも同様の結果が得られた。【結論】地域の物的障害が多いことは,地域在住要介護者等の低い外出頻度に関連する環境要因として重要である。
著者
宮坂 清
出版者
三田哲學會
雑誌
哲学 (ISSN:05632099)
巻号頁・発行日
vol.128, pp.285-312, 2012-03

特集 : 社会学 社会心理学 文化人類学投稿論文This paper deals with the relationship between tourism and agriculture by case studies of migrants to Minami-Izu. In Anthropology of tourism, there has been less studies of domestic migration from urban to country area in Japan though there are many cases.Minami-Izu, Shizuoka prefecture have been known as a major tourist site from 1960s which is represented as warm and rich nature by the mass media and tourist agencies. The local farmers who had been almost self-suffcient in food also entered into tourism by running direct sales shop or pick-your-own farm shop. Though they are declining these days, it is remarkable that the local community encourages migration from urban areas and engagement in agriculture. The Community attracts people by ways such as creating youth employment, researching development of organic farming and networking farmers, or mediating urban market and local farmers.There are migrant farmers in Minami-Izu, who share value of sustainable farming which is characterlized by organic without agricultural chemicals and rooted in local nature and community. They seem to enjoy life there despite many adverse conditions as they see the value worthwhile. To locate domestic migration from urban to country area in the study of tourism, the dualistic frame of urban and country should be treated as more fluid and interactive by mediaters of locals and migrants.
著者
鈴木 正崇 浅川 泰宏 市田 雅崇 織田 達也 中山 和久 宮坂 清 宮下 克也 谷部 真吾
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、「道の宗教性」という観点から、「文化的景観」との関連を探ることによって民俗宗教の再構築や現代民俗の生成を検討する試みであった。研究を通じて、「道の宗教性」がもつ創造性や、「文化的景観」をめぐる新たな民俗の生成、遺産化をめぐる諸問題が浮き彫りにされ、動態的な宗教民俗学の構築へと展開することが可能になった。
著者
坂 清次
出版者
日本信頼性学会
雑誌
日本信頼性学会誌 : 信頼性 (ISSN:09192697)
巻号頁・発行日
vol.28, no.6, pp.431-437, 2006-10-01
参考文献数
2

あり得ないJCO事故で20世紀が終わり21世紀の幕が明けたが,牛乳集団中毒事件,自動車のリコール隠し,牛肉偽装事件,回転ドア死亡事故などに始まりアスベスト問題,相次ぐ鉄道事故や耐震偽装事件,原子力発電所死亡事故から最近はエレベーター,ガス瞬間湯沸かし器,シュレッダー事故など事件・事故が続発している.また新興IT会社や伝統のある大企業の粉飾決算や公共事業をめぐる談合問題など企業不祥事も相次いでいる.一方で学術研究分野でも捏造や資金の不正使用などが国内外で大きな問題となっている.当事者である技術者や企業・組織の取り組む問題として技術者倫理,企業倫理とともに企業・組織の社会的責任が大きな関心を集めているが,これらを読み解く鍵に社会の激変がある.コーポレートガバナンス,コンプライアンス,アカウンタビリティー,リスクマネジメント,ステークホルダー,CSR,SR,SRIなどカタカナ・横文字のオンパレードであるが問題の国際性がうかがわれる.以下では,安全とは何かから表題の技術者倫理,企業倫理と社会的責任について,非寛容さを増している社会の変化を踏まえて展望してみる.
著者
金坂 清則 山田 誠 新谷 英治 勝田 茂 坂本 勉 天野 太郎 小方 登 秋山 元秀
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

本研究では、19世紀の世界をリードした西欧の中でもとりわけ重要だった大英帝国の人々が行った旅や探険とその記録としての旅行記について、アジアに関するものに絞り、歴史地理学的観点を主軸に据えつつ、歴史学者や言語学者の参画も得て多面的に研究し、そのことを通して、未開拓のこの分野の研究の新たな地平を切り開く一歩にした。また、その成果を地理学のみならず歴史学や文学の世界にも提示して学問分野の枠組みを越えることの有効性を具体的に提示し、かつそれを一般社会にも還元することを試みた。このため、I英国人旅行家の旅と旅行記に関する研究、II英国人の旅と旅行記に関するフィールドワーク的研究、III旅のルートの地図・衛星画像上での復原、IV19世紀のアジアを描く英国人の旅行記文献目録編纂という枠組みで研究を進めた。Iでは、このような研究の出発点となるテキストの翻訳に力点を置く研究と、それ以外の理論的研究に分け、前者については最も重要かつ代表的な作品と目されるJourneys in Persia and Kurdistanについてそれを行い、後者については、最重要人物であるイザベラ・バードやその他の人々の日本・ペルシャ・チベット・シベリアへの旅と旅行記を対象に研究した。IIについては、イザベラ・バードの第IV期の作品であるJourneys in Persia and Kurdistanと、第V期の作品であるKorea & Her NeighboursおよびThe Yangtze Valley and Beyondを対象とし、このような研究が不可欠であり、旅行記の新しい読み方になることを明示した。またツイン・タイム・トラベル(Twin Time Travel)という新しい旅の形の重要性を提示し、社会的関心を惹起した。IIIでは縮尺10万分の1という従来例のない精度でバードの揚子江流域の旅のルートを復原すると共に、この種の研究に衛星画像の分析を生かすことができる可能性を西アジアについて示した。また今後の研究に必須の財産となる目録を編纂した(IV)。