著者
内山 奈穂子 有竹 浩介 マリシェフサカヤ オリガ
出版者
国立医薬品食品衛生研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

大麻由来カンナビノイドΔ9-THC或いは合成カンナビノイド(JWH-018)を投与したマウスの脳波と自発運動量の変化を調べた.マウスにΔ9-THCを腹腔内投与すると,有意な行動量の低下が観察され,痙攣行動と痙攣脳波が誘発され,痙攣脳波は断続的に4時間以上持続して起こることが判明した.一方,JWH-018を腹腔内投与すると,Δ9-THCと比較して,行動量の抑制と痙攣がより投与から短時間に誘発されることが判明した.さらに,JWH-018によるマウスへの痙攣誘発作用が容量依存的に起こることが明らかとなった.また,CB1受容体選択的拮抗薬AM251をΔ9-THC 或いはJWH-018投与の30分前に腹腔内投与しておくと,行動量の抑制と痙攣の誘発が完全に消失することが判明した.従って,Δ9-THCやJWH-018は,CB1受容体を介してマウスに痙攣を誘発することが示された.次に,痙攣を誘発するΔ9 -THC用量の閾値を検討した結果,投与量2.5 mg/kgが痙攣を誘発する最低用量であった.さらに,脳波スペクトルの特性を視覚的に区別することができる脳波解析:スペクトログラムとエンベロープ変動係数解析を行った.さらに,Δ9-THCの反復投与により,投与3-4日後に痙攣の発生数が減少したことから,Δ9-THC連続投与により身体的な耐性が生じることが示された.また,CB1受容体拮抗薬をマウスに前投与することにより,Δ9-THCおよびJWH-018によって誘発される痙攣が抑制されたことから,これらの痙攣作用は,CB1受容体を介して起こることが示された.さらにCB1受容体KOマウスにJWH-018を腹腔投与した結果,CB1受容体KOマウスはJWH-018投与後に痙攣の脳波または痙攣行動を示さなかったことから,JWH-018の痙攣作用は,CB1受容体を介して起こることが改めて確認された.
著者
大野 行弘
出版者
大阪薬科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2017-04-01

我々は、シナプス開口分泌を促進的に調節するシナプス小胞タンパク質2A(Synaptic vesicle glycoprotein 2A: Sv2a)に着目し、Sv2a遺伝子にミスセンス変異を導入したSv2a変異(Sv2aL174Q)ラットの行動表現系を解析することにより、シナプス分泌障害と精神疾患の発症脆弱性との関連を研究している。本年度は、統合失調症で異常がみられる驚愕反応プレパルス抑制現象について検討を加えるとともに、大脳辺縁系の側坐核におけるドパミン遊離の変化についてin vivo microdialysis法を用いて解析し、以下の結果を得た。①実験にはSv2a変異ラットおよびF344ラット(対照)を使用した。②生理食塩水あるいはメタンフェタミン(1 mg/kg)を投与し、15分後に驚愕反応プレパルス抑制試験を行った。③プレパルス条件を70dB+120dB、75dB+120dB、80dB+120dB、85dB+120dBの音量範囲に設定し検討した結果、Sv2a変異ラットではF344ラットに比べ、プレパルス抑制反応が有意に低下していることが明らかとなった。④覚せい剤であるメタンフェタミンを投与した場合、メタンフェタミンによるプレパルス抑制の低下はより顕著となり、Sv2a変異がプレパルス抑制機構を障害することが確認された。⑤驚愕反応プレパルス抑制は、聴覚情報が体性感覚野に至る経路の制御機構であり、統合失調症などの精神疾患において障害を受けることが知られている。このことから、 Sv2aの機能低下が精神疾患の発症脆弱性を亢進する可能性が示された。さらに、⑥側坐核における脱分極刺激およびメタンフェタミンによるドパミン遊離を評価した結果、 Sv2a変異がドパミン遊離を亢進することが明らかとなった。
著者
大野 俊
出版者
清泉女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

日本のメディア界では近年、中国、韓国などは「反日」、フィリピン、インドネシアなどの東南アジア諸国は「親日」といった二分論的な対日観を示す記事や出版物の刊行が目立つ。ステレオタイプ化した対日認識の実情をよく吟味するため、中国、韓国、フィリピン、インドネシア、東ティモールで関係者多数への面談調査、大学生らとのグループ・ディスカション、配布票調査などを実施した。関係国の研究者を招いて国際シンポジウムも開催した。その結果、近隣アジア諸国市民の対日認識は各国とも多様化し、彼らの認識は各国の戦後の政治情勢・日本による経済援助認識・日本の大衆文化受容の相違や訪日経験の有無とも関連していることもわかった。
著者
中村 健吾
出版者
大阪市立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2018-04-01

2018年度は、本件とは別に私が研究代表者となり3年間にわたって進めてきた科研費による研究(「EUの多次元的な福祉レジーム改革とシティズンシップの変容に関する研究」、課題番号:16H05730)の最終年度にあたるため、年に2回の研究会を通じて共有された研究分担者たちによるEU加盟各国での福祉レジーム改革に関する調査結果をも参照しながら、「社会的に排除された人びと」の実態とその支援策の展開について知見の整理を進めた。その際、EUによる移民統合政策と共通庇護制度の分析を担当した私自身は、欧州委員会が2000年代に入ってから提唱した定住移民のためのcivic citizenshipという構想の行方、ならびにEU加盟各国において施行されている移民への「市民統合(civic integration)」政策の展開に着目して、2003年に採択されたEUの「家族再結合指令」および「長期居住者指令」が、(EU加盟国の国籍を有する市民のみが享受することのできる)EUシティズンシップとは異なる広義の欧州シティズンシップの形成にとって有する意味を考察した。上記の調査作業を整理するための理論的枠組みとして、フランスの政治哲学者であるJ.ランシエールのいう「政治」と「人権」の独特な概念、ならびにイギリスの政治学者であるE.アイシンが提唱する「遂行的シティズンシップ」の概念を援用し、得られた知見への分析を行なった。以上の研究の成果は、私が2019年9月に公刊した論文「EUは越境する人の権利をどこまで認めているか?」において発表した。また、上記の共同研究の成果をまとめた編著を出版する計画を研究分担者とともに立案した。
著者
高橋 美樹子 多田 周右 向井 秀幸 松尾 和彦
出版者
帝京平成大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

中心体は分裂期に双極紡錘体を形成して染色体の均等分配に重要な役割を果たす。そのために中心体の複製は細胞周期につき1回だけ、細胞分裂を経た後に開始できるというライセンシング制御が想定されている。その分子機構は未解明であり、染色体分離に関わるタンパク質分解酵素セパレースが必要であることは知られていたがその基質も不明であった。本研究によって、中心体タンパク質kendrinが中心体におけるセパレースの重要な新規基質であり、分裂期におけるkendrinの限定分解とそれによる中心体からの解離が、次の中心体複製開始すなわちライセンシング機構に必要であることを世界で初めて明らかにした。
著者
相澤 志郎 北川 昌伸
出版者
独立行政法人放射線医学総合研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

C3Hマウスにフレンド白血病ウイルス(Friend leukemia virus : FLV)を感染させ、1週後に低線量(3Gy)のX線を全身照射(Total body irradiation:TBI)すると、造血器系の細胞に著明なアポトーシスが誘導され、照射後約2週の経過でマウスは貧血を起こして死亡する。ところが、感染後2週目に照射したのでは造血死は起こらない。また、フレンドウイルス感受性マウスであるDBAマウスでは同様の処置を行っても造血死は起こらない。ウイルス感染と照射の間隔の遠いによる造血死の発生の有無について間隔を細かくして検討したところ、ウイルス感染後5,6,7,8日目に照射した場合に著名な造血死が観察され、フレンドウイルス感染後の極めて限られた期間で感受性であった。ウイルス感染後1週日と2週日の造血幹細胞(CFUs,CFU-E)の放射線感受性を検討したところ、1週目の造血幹細胞が著しく感受性であった。したがって、造血細胞の放射線感受性の亢進が造血死の原因と考えられたが、その分子機構についてはまだ明らかでない。DBAマウスについては、ウイルス感染による放射線感受性の亢進時期がシフトしていろ可能性が考えられたので、間隔を変えて検討したが、いずれの場合でも造血死は観察されずその可能性は除外された。
著者
加来 義浩 河原 正浩 浅井 知浩
出版者
国立感染症研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01

狂犬病ウイルス(Rabies virus: RABV)に感染すると、ウイルスは血流を介さず、末梢神経細胞を経由して中枢神経へと伝達され、狂犬病を発症する。発症後の致死率は100%であり、有効な治療法はない。本研究では、狂犬病発症後の治療法の開発を目的として、RABV感染細胞内でウイルス蛋白質に結合できる人工小型抗体を複数作出し、一部についてはウイルスの増殖阻害効果を有することを確認した。また人工小型抗体の遺伝子をナノ粒子に封入し、神経細胞へのin vitroデリバリー系の構築を行った。
著者
大竹 二雄
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

1993年12月27日に,種子島海岸で採集されたシラスウナギの5個体の耳石について,SIMS(二次イオン質量分析法)を用いた酸素同位体比(^<18>O/^<16>O)の微小局所領域測定を試みた。測定にはCAMECA社製IMS-6f型(東京大学理学系大学院地球惑星物理学研究室所属)を用いた。分析条件はPrimary beam:CS+,10kV,Primary beam size:〜25μmφ,Primary beam intensity:〜8x10-11A,Secondary HV:-9.5kV(Normal-incidence Electron Gun(-9.5kV)を用いる),測定時間:-10min/analysisとし,試料には金蒸着を施した。また標準試料としてCaCO_3 stdを用いた。耳石は研磨して中心面を表出させ,1μmダイヤモンドペーストを用いて鏡面を作成し分析試料とした。2個体の耳石について分析値の再現性を検討し,3個体については中心から縁辺に至る耳石中心面状の3〜4点について分析し,生息水温が既知の部位の分析値と生息水温を対応させることにより水温-酸素同位体比の関係を求め,耳石中心の水温(産卵水温)の推定を試みた。標準試料を用いた分析における再現性は,連続分析においては2∂が±1.5‰の範囲に収まり,非常に良好であった。耳石試料では,±4‰であったが技術的に再現性を向上させることは十分可能であると考えられた。本年度の分析値は測定精度の点から不十分な結果しか得られず,水温-酸素同位体比の関係を具体的に求めることはできなかった。しかし耳石中心と縁辺部の酸素同位体比の差は極めて小さいことが分かった。縁辺部にあたる水温は約20℃であったことから産卵水温もこれに近いものと推測される。今後,さらに測定法の検討を行い精度の高い分析を行う必要がある。
著者
松山 知弘 磯 博行 塩坂 貞夫
出版者
兵庫医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

ニューロプシンの海馬機能における役割を検討する目的でニューロプシンノックアウト(KO)マウスの学習・記憶障害を行動学的に検討した.KOマウスはwildのlittermateに比較し,オープンフィールドテストではより高い活動性を示し,Auditory Startle Reflexでは驚愕反射の増大と延長を,そして水迷路テストでは反応潜時の明らかな延長を認めた.一方,放射状迷路テストと受動的回避学習テストでは両群間で有意差は認められなかった(Obata K,et al.4th World Stroke Congress,Melbourne,Australia,2000).KOマウス脳は病理組織学的にはwildのそれと比較し、シナプスに形態異常のあることが判明した(Hirata A,et al.Mol Cell Neurosci,in press,2001).さらにニューロプシンは海馬LTPに重要な役割を果たしていることが明かとなった(Komai S,et al.Eur J Neurosci 12:1479-1486,2000).従ってニューロプシン欠損は高次脳機能のうち情動障害と空間認知機能障害をはじめとする学習・記憶障害をきたすことが明らかとなった.マウスの一過性前脳虚血モデルを用い,脳虚血負荷後の海馬機能を行動学的に検討した.虚血負荷後CA1錐体細胞死のみられたマウスではすべての行動テストに異常を認めた.一方,細胞死のみられない動物ではオープンフィールドテストや回避学習テストではsham群に比し差異を認めなかったが,水迷路では反応潜時の明らかな延長を認めた.放射状迷路学習での誤反応数は細胞死の有無にかかわらず虚血群とsham群間に差異は認めなかったが,虚血群では空間配置の確認作業や遂行の順序だての欠落を示すと考えられる行動異常,痴呆症にみられる徘徊行動を説明する現象を認めた.従って,脳虚血は明らかな海馬神経障害の有無にかかわらず空間認知機能障害をはじめとする学習・記憶障害をきたすことが明らかとなった(Matsuyama T,et al.J Cereb Blood Flow Metab 17(Suppl 1):S638,1997).以上の所見より,脳虚血に伴う海馬ニューロプシンの低下は学習・記憶障害を引き起こす可能性のあることが明らかとなった.これらの結果は今後の神経行動科学研究に有用であると思われる.
著者
戸田 真紀子
出版者
京都女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2017-04-01

伝統的な家父長制社会において、クオータ制導入による女性議員の増加が社会に与える影響の有無、大小を調査し、社会の価値観に変化がみられる場合はそのメカニズムを明らかにすることが本研究の目的である。事例として、女性議員比率世界一のルワンダと、戦前から女性解放運動がありながら、いまだに家父長制社会が制度的にも肯定され、家制度が温存され、女性議員比率が低迷している日本を比較している。研究2年目となる2018年度は、日本側とルワンダ側双方で研究が進んだ。まず、日本側は研究代表者である戸田による女性議員へのインタビューがルワンダ側と比較できる数まで進んだ。また、資料収集にも進展があった。ルワンダ側も、現地の研究協力者であるプロテスタント人文・社会科学大学のジョセフィン先生とフォーチュネ先生による女性議員へのインタビュー調査が完了した(インタビューにかかる費用が見積もり予算よりはるかに多く、予算内に収めるために、インタビューができた女性議員の数は予定よりも少なくなっている)。戸田が8月にルワンダに渡航し、現地で、両先生から詳細な説明を受け、疑問点についての解説を得た。予算の関係上、日本には1名の先生しか招聘できないが、両先生とも、現地社会の諸問題についても独自に調査をしておられるので、その知見も来年度の学会報告に生かせることに確信が持てた。現地では、2019年度の学会報告に向けての打ち合わせに加えて、1名の先生を日本に招聘するための査証申請の準備も行った。
著者
平 智 松本 大生 池田 和生
出版者
山形大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

ミツバアケビ果実生産に対する自家不和合性の影響を明らかにすることを目的として、一連の受粉試験を行った。受粉雌蕊の花粉管を観察したところ、自家花粉管は胚珠付近にまで到達していたことから、ミツバアケビは後発型自家不和合性を示すものと考えられた。ミツバアケビの6栽培系統間における交雑(不)和合性を調査したところ、いずれの系統も自家不和合であること、一部の交雑は不和合であることが明らかになった。交雑和合な系統の雄花を用いて人工受粉を行った際の結実率は30%以上であったが、開放受粉での結実率は1%以下であった。また、自家花粉を25%以上含む混合花粉を受粉すると、結実が阻害されることが明らかになった。
著者
今津 勝紀
出版者
岡山大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

日本の古代では、旧暦の夏に必ず飢饉が発生していた。飢饉の発生により疫病も発生するのだが、本研究では、その被害の程度を推定した。具体的に取り上げたのは隠伎国で、貞観八年・九年(866~867)の疫病により、人口が三割から五割減少したと推定される。もっとも、これだけの被害が列島全体を覆うわけではなく、全体を見た場合には、変動の幅は小さくなるのだが、地域社会にとっては、大打撃であることは間違いない。古代社会は決して、牧歌的な農耕社会ではなく、厳しい生存条件のもとで流動性高い過酷な社会であった。
著者
西田 公昭
出版者
立正大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

マインド・コントロール影響の被害実態の把握する個別面接調査を9名の対象者に行った。その結果、1)被害の状況、2)最初の接近方法、3)影響力の心理的過程、4)現時点の反省が明らかになった。またもう一方で、詐欺被害者95名と非被害者168名とを対象にした質問紙調査を行った。その結果、1)被害の現状、2)被害後の心理的苦悩、3)欺瞞的説得の心理的方略、4)被害者の個人的特徴が明らかとなった。これらの成果から、この不当な影響力への防衛的な対処とすべきスキルと心理特性を明らかにした。
著者
松良 俊明 坂東 忠司 梶原 裕二
出版者
京都教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

「ダンゴムシ-枯葉-微生物」の3者関係に着目し、ダンゴムシが陸上生態系の中で果たしている役割を中学生が十分理解・認識できる3種類の実験を開発した。すなわち、ダンゴムシは新しい枯葉より腐食のすすんだ枯葉を好むことを確かめる実験、ダンゴムシが枯葉を摂食することで微生物による枯葉の分解が促進されることを確かめる実験、またダンゴムシが枯葉を摂食した後に残る糞や食べ残しが植物生産に正に作用することを確かめる実験である。
著者
折田 悦郎 新谷 恭明 藤岡 健太郎 梶嶋 政司 永島 広紀 陳 昊 井上 美香子 横山 尊 市原 猛志 田中 千晴
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

戦前期の帝国大学(以下、帝大)のうち、法文学部が設置されたのは九州帝大と東北帝大だけであった。東京、京都の両帝大には、法学部、文学部、経済学の3学部が置かれ、一方、九州・東北帝大以降の北海道、大阪、名古屋の各帝大には、法文系学部は設置されなかった。このことは法文学部の存在そのものが、帝大史研究の中では一つの意味を持つことを示唆している。本研究は、このような法文学部について、九州帝大の事例を中心に考察したものである。
著者
鋤柄 俊夫
出版者
同志社大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

従来の武士と農民だけの中世史を見直すために、京都や鎌倉など中世を代表する中心都市以外の村や町や都市的な場の復原を、考古学資料を軸に文献史料と歴史地理を合わせた地理情報システムの方法によっておこなってきた。研究の対象は、京都府八幡市に所在する石清水八幡宮門前と京都府京田辺市に所在する普賢寺谷中世館群である。研究は歴史情報の取得、歴史情報の分析、歴史情報の総合の3段階でおこなった。歴史情報取得では、木津川の改修によって水没した石清水八幡宮の周辺旧村落跡の分布調査を2001年度におこない、2002年度と2003年度に普賢寺谷の新宗谷館跡で試掘調査と発掘調査をおこなった。歴史情報分析はデジタルマップを利用して石清水八幡宮の周辺村落を推定し、また普賢寺谷の地形と中世の古絵図の関係を検討した。歴史情報の総合では、中世の集落に関わる南山城および他地域の史料および遺跡情報をデータベース化し、普賢寺谷と石清水八幡官門前の復原のためのモデルを作成した。これらの研究の結果、普賢寺谷の中世館群はあたかも根来寺や平泉寺でみられるような宗教を核とした城塞都市に類似することがわかった。これは当時の一般的な中世村落とは異質であり、山城国一揆の見直しにもつながる。石清水八幡宮門前では従来の研究が中世後半のみの復原であったことを明らかにし、宮寺が最も中央権力と結びついていた平安時代後期から鎌倉時代の風景は、水陸交通の要衝として淀を最大の門前としていた可能性を指摘した。これは中世前半の都市論に対する新しい提案である。
著者
佐久川 弘 竹田 一彦 山崎 秀夫 チドヤ ラッセル サンデー マイケル アデシナ アデニュイ ダーバラー アリー アブデルダム シェリフ モハメド モハメド アリ カオンガ チクムブスコ チジワ
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-07-19

瀬戸内海において海水、堆積物、生物試料を採取し、海域による農薬汚染の進行度の評価を行い、瀬戸内海全域にわたる汚染の歴史的変遷を明らかにした。生物試料中の農薬濃度の測定から、食用魚等の食品としての安全性を評価し、水生生物へのリスクアセスメントを行った。さらに、瀬戸内海の海水等の農薬濃度、農地等での農薬使用量、船底塗料の出荷量から、過去の農薬の物質収支の変遷に関して解析を行った。その結果、測定した8種類の農薬のうちで、陸地で使用されるダイアジノン(有機リン系殺虫剤)がすべての試料において、比較的高濃度で存在し、水産食品としての安全性への懸念や水生生物に対する負の影響が認められることを明らかにした。
著者
前迫 ゆり 名波 哲 鈴木 亮
出版者
大阪産業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

特別天然記念物春日山原始林はかつて豊かなフロラを有し,数百年にわたって保護獣のシカが生息してきた文化的背景を有している。調査の結果,1)生物多様性の再生には自然攪乱が関係しており,ギャップ形成後,すぐに植生保護柵を設置することによって種の多様性再生が生じたが,不嗜好植物の外来種(アオモジ,ナギ,ナンキンハゼ)の定着も認められた。2)シカの長期的インパクトは,常緑広葉樹から常緑針葉樹林(不嗜好植物ナギ)への偏向遷移をもたらし,100年オーダーで不可逆的変化が生じると考えられた。3)古いギャップに植生保護柵を設置した場合,埋土種子が枯渇し,実生更新がきわめて困難であることが検証された。
著者
中堀 博司
出版者
宮崎大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

4年目の2019年度には、研究代表者の中堀が、低地地方の主要都市リルにおいて追加の調査を実施した。リルは、ブルゴーニュ公国の形成から崩壊までほぼ1世紀を通じて北の拠点で(南の拠点はディジョン)、同市にかかわる調査は以下の通りである。①ブルゴーニュ公滞在時の宮廷・都市イベントに関する新たな文献資料調査、②宮廷・都市イベントを記述する年代記の分析(特に重要なのはJ.デュ・クレール『覚書』)、③都市リルの宮廷関連施設についての地誌的検討である。①~③は相互に関連するが、特に③都市地誌の検討が重要である。1450年代以後、第3代ブルゴーニュ公(フランドル伯)フィリップ・ル・ボンは、新たにリウール宮(Palais Rihour)の建設を開始した(その一部遺構のみ現存)。その結果、1460年代から、フランドル伯がそれまで居所としてきたド・ラ・サル館(Hotel de la Salle)は、都市リルに譲渡されたのち16世紀には廃棄された。ところで、このド・ラ・サル館においてこそ第1回金羊毛騎士団総会や名高い雉の誓いの宴、また宮廷貴族の結婚式ほか数々の祝祭イベントが繰り広げられたが、実はその所在地すら謎めいたままである。この点を明らかにするための資料調査・収集を、リル大学附属図書館、ノール県文書館、リル市立文書館および図書館で重点的に実施することができた。その他、研究協力者の畑は、前年度までに収集した史資料の分析に基づき、ホラント・ゼラント都市に関する報告を行った。
著者
若桑 みどり 栗田 禎子 池田 忍 川端 香男里
出版者
川村学園女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

(1)若桑の研究成果。インドの独立運動において、とくにベンガル地方の文学と美術において女神カーリの復活または興隆があったことを明らかにした。この精神的起源として宗教家Vive kanandaによるカーリ崇拝の復興を指摘し、その信仰が男性的原理、暴力と国家主義の原理に支配されるイギリス帝国主義の男性性に対立するインドの女性性という対立軸の形成にあったことを示した。黒いカーリは先住民族の人種的出自を示すものであり、男性支配以前の母系制的インドの再支配を意味する。これは岡倉天心によって、西洋対東洋の図式に置き換えられ、汎アジア主義へと変容した。(2)池田の研究成果。植民期の日本絵画には「支那服を来た女性像」が頻出するが、それは植民地化された中国の可視化であり、植民され中国を「女性」として隠喩するものであった。また同様に日本女性が支那服を着る画像も生産されたが、それは西洋に対立する日本と中国を汎アジア化するものであった。これらがすべて女性像であったことは、これによって男性による日本帝国主義が、植民地と女性を統治し、自己の卓越性を表象するものであった。(3)栗田の研究マフデイー運動に参加した女性戦士は男装してそのジェンダーを隠蔽した。指導者は独立運動の展開のために女性のエネルギーを最大限必要としたにもかかわらず、女性が性別役割の境界線を超えることを欲しなかったためである。このことはインドにおいてガンジーらが女性のエネルギーを主軸として不買抵抗運動を成功させたことと対照的であり、ヒンズーの文化の基層をなす母系制的土台と、イスラームの父権主義の差異を示すものである。