著者
上村 博司 窪田 吉信
出版者
横浜市立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

前立腺癌の発生および進展には、男性ホルモンであるアンドロゲンとアンドロゲン受容体が大きく関わっている。初期治療としてのホルモン療法は、完全に癌細胞を死滅させることはできず、治療を開始して数年後には多くの症例がホルモン非依存性を示し、再燃癌へと進んでいく。このメカニズムとして、ホルモン非依存性癌細胞からのパラクリンあるいはオートクリン作用として分泌される増殖因子やサイトカインが再燃への進展機序に関与していることが挙げられる。我々は、高血圧に関わるペプチドであるアンジオテンシンIIが前立腺癌細胞の増殖効果を持ち、降圧剤であるアンジオテンシンII受容体ブロッカー(ARB)が癌細胞の増殖抑制および抗腫瘍効果を持つことを解明し発表した。興味あることに、前立腺癌細胞や間質細胞はアンジオテンシンII受容体(AT1レセプター)を発現していることも、我々は確認している。このことは、ARBが前立腺癌細胞や間質細胞にも作用することを意味しており、ARBが前立腺癌に効果があることを示唆している。この研究では、前立腺癌細胞と間質細胞に対して増殖作用のあるアンジオテンシンIIに焦点をあてた。前立腺癌組織においてレニン-アンジオテンシン系(前立腺RAS)が存在するかどうかを、real time RT-PCRを使って調べた。結果は、正常前立腺や未治療前立腺癌に比べ、再燃前立腺癌で、AT1レセプターやアンジオテンシノーゲン、ACEなどが有意に強く発現していた。また、前立腺癌細胞であるLNCaP細胞をアンドロゲン、エストロゲン、デキサメタゾンや抗アンドロゲン剤で刺激すると、AT1レセプターが強く発現していることが分かった。以上の結果より、再燃癌はエストロゲン剤やデキサメタゾンなど各種治療が行われており、その結果、癌細胞でのAT1レセプターが強く発現し、ARBの効果が得やすいと推測された。
著者
岩田 奈織子
出版者
国立感染症研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

重症肺炎を引き起こす重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV) 及び中東呼吸器症候群コロナウイルス (MERS-CoV) に対する新規ワクチン開発のため、平成29年度は平成28年度に引き続き免疫原とするSARS-CoVのスパイク (S) タンパク質を作製し、その中和抗体誘導能をマウスで確認した。平成28年度に作製したSARS-CoV S タンパク質は精製度が低かったため中和抗体誘導能が低かったため、平成29年度は精製度の高いSARS-CoV S タンパク質を作製し直した。このタンパク質を抗原としてマウスに 1 匹あたり 1 回、1, 0.5, 0.1, 0.05 μg をそれぞれ皮下免疫したところ、2回の免疫で S タンパク質に対する IgG の産生が見られた。IgG 抗体の産生は免疫した抗原濃度に依存して見られ、1 μg, 0.5 μgでは免疫した全てのマウスで高い IgG 抗体産生があった。中和抗体に関しても 1, 0.5, 0.1 μg では産生が見られたが、0.05 μg の免疫群では検出限界以下だった。また、各抗原量に金ナノ粒子を添加して同様に免疫をした場合、1 μg, 0.5 μgを免疫した群では抗原のみを投与した群と比較して中和抗体の産生に違いはなかったが、0.1 μg を投与した群では金ナノ粒子を添加した場合の方が IgG 抗体および中和抗体の産生はわずかに高かった。しかし、これらの免疫マウスを用いてウイルス攻撃実験を行なった結果、金ナノ粒子を添加した免疫群はどの抗原量においても感染後の体重の回復が悪く、さらに金ナノ粒子添加 0.1 μg、0.05 μg を免疫した群では、生存率が抗原のみの群よりも悪かった。この結果に基き次年度は、金ナノ粒子を添加したことによる副反応の影響を追求する。
著者
小山 聡子 大江 篤 近藤 瑞木 斎藤 英喜 水口 幹記 竹下 悦子 山田 雄司 北條 勝貴 赤澤 春彦 佐々木 聡
出版者
二松學舍大學
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-10-21

本研究では、前近代日本の病気治療と呪術の変遷について、各自の専門とする時代を中心に史料調査などを行なった。1年に2回から3回の研究会を開き、各自の調査および研究成果を報告し、議論してきた。本研究では、日本についても、東アジア全体で考えていくべきであるとする認識を持ち、海外の研究者とも連絡を密にしてきました。2018年8月には、中国の浙江工商大学を会場に、国際シンポジウム「東アジアの歴史における病気治療と呪術」を主催した。本研究の成果は、前近代日本の病気治療と呪術に関して、各自の専門分野から論じた論集を2019年度末までに出版する予定となっており、現在、準備中である。
著者
馬 剛
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2019-04-01

ノビレチンはポリメトキシフラボノイドの一種であり、シークヮーサーやポンカンなどカンキツのごく一部の品種に含まれる。本研究課題では、ノビレチンを多く蓄積する ‘太田ポンカン’とほとんど蓄積しない‘宮川早生’の果皮を用いてマイクロアレイ解析を行うことにより、ノビレチン生合成を調節する転写因子を単離する。単離した転写因子をアグロインフィルトレーション法を用いてカンキツ果実またはカルスに導入し、機能解析を行う。本研究では、カンキツ果実におけるノビレチン生合成に関わる遺伝子の発現調節機構の解明を目的とする。
著者
田口 哲也 阪口 晃一
出版者
京都府立医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011-04-28

カペシタビン(CAP)誘発の手足症候群(HFS)を予防可能な皮膚外用剤の開発を試みた。HFSの主原因であるCAP代謝産物の5FUと5FU代謝産物の産生をブロック可能なウラシル3%含有の軟膏(UO)を作製し、第I相試験でその安全性と血中移行性の無いことを確認した。次に3%ウラシル軟膏の第II相試験を実施し、結果、グレード2以上のHFSが起こる頻度は第2コースと第3コースでそれぞれ35.3%と50%とCAPの国内開発治験における75.3%より低頻度であった。このようにUO塗布によりCAP誘発HFSの発現を予防できる可能性が示唆されたが、今後第Ⅲ相比較試験により証明することが必要である。
著者
黒沼 幸治 高橋 弘毅
出版者
札幌医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

肺炎球菌感染症は重症化しやすく、侵襲性肺炎球菌感染症は致死率も高い。肺炎球菌感染症の莢膜血清型による重症度の違いが疫学研究により報告されており、 我々のサーベイランスにおいても肺炎球菌ワクチンの普及に伴い、北海道における侵襲性肺炎球菌感染症の血清型にも変化がみられている。肺コレクチンが肺炎球菌成分と特異的に結合し、また、マクロファージを活性化させて 菌の貪食に必要な受容体を増加させることで抗菌活性を発揮することを確認した。肺炎球菌の病態としてワクチン効果、宿主の免疫状態、肺コレクチンなどの制御因子との関連が重要であることが明らかとなった。
著者
松尾 崇 山本 圭治郎
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

本研究の目的は、フラクタル性を基盤にして、新葉、桜、紅葉などのパターンがどのようにヒトの感性に影響をおよぼすかを明らかにすることである。よって、四季の自然のパターンの写真撮影およびビデオ撮影を行った。写真撮影した2次元パターンに対しては、フラクタル性(自己相似性)を調べた結果、サクラの花、新葉、紅葉は、2桁の観測スケールでフラクタル性を持つ場合のあることが明らかになった。特に、それぞれ8点の写真から最も「美しい」と判断されたサクラの花、新葉、紅葉の写真は、広いスケールでフラクタル性をもつことが明らかになった。しかしながら、「美しさ」の判断には色彩の効果が強く、パターンの入り組み具合の効果(フラクタル性)は付加的に影響すると考えられた。上記の心理学的な方法に加えて、脳波による生理学的な感性評価を行うために、感性解析システムによる検査を試みた。脳波を、あらかじめ測定した感性スペクトルデータベース(怒り、悲しみ、喜び、リラックス)と比較することにより分析し、被験者の心理状態を定量的に評価した。いろいろな状況で測定した結果、円筒物体の握り安さの評価は、各個人の感性スペクトルデータベースを作成することにより評価可能であることが分かった。これを基に、自然界のパターンを被験者に見せ、脳波の特性を分析した。しかしながら、現在までのところ、フラクタルパターン特有の感性は見いだされていない。この理由の1つは、映像を見たり、音を聞いたりする時点で脳波に大きな変化があり、これがノイズとなってしまうことである。今後、測定環境、方法、脳波測定位置など条件をいろいろに変えて検討する予定である。
著者
山川 勝史
出版者
京都工芸繊維大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究は,強毒性鳥インフルエンザパンデミック時の被害を最小限に抑えるため,その主となる感染ルートである飛沫核感染において,感染メカニズムの解明と予防策を流体力学的観点から追究することを目的としてる.具体的には気流計算にウイルス学に基づくパラメータおよび周辺環境の詳細な情報を取り込むことで,高い精度でのウイルスの振る舞いを捉えてきた.本研究では室内気流を制御することでその感染率の低下を狙う流体工学ワクチンの開発に注力した.さらに室内流と気道流を連続的に計算する手法については,境界部の接続も含め概ね完成させることができた.
著者
葛原 隆
出版者
徳島文理大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

抗インフルエンザウイルス化合物を探すために、ウイルス株間で保存性の高い、インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼ内のエンドヌクレアーゼの阻害化合物の探索を行った。インフルエンザRNAポリメラーゼのエンドヌクレアーゼドメインタンパク質を精製し、サリドマイドアナログ化合物・コケ由来の天然物であるマルカンチン・緑茶カテキンがこのエンドヌクレアーゼ阻害活性を有し、抗インフルエンザ活性を有することを見いだした。
著者
中川 まり
出版者
東京女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究は子育て期・共働きの母親を対象に母親のゲートキーピング行動とキャリア形成、父親の家事・子育て参加との関連を明らかにした。家事・子育てのゲートキーピング行動とは母親が子育てや家事の監督者であるために、父親の育児・家事を管理・促進・抑制するという仮説である。成果として母親のゲートキーピング行動は3概念からなることを明らかにした。第一は抱え込みとして父親の参加を妨げること、第二は参加促進として父親の家事・子育てを褒め、教えること、第三は統制として父親に家事・子育てを頼む、父親の家事をやり直すであった。また母親はキャリアも家庭役割も重視し夫婦で家事分担の取り決めがあるほどキャリアへの意欲も高い。
著者
長野 和雄
出版者
京都府立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

衣替えや冷房の使用のような生活上の季節現象を生活季節という。 本研究の目的は、桜の開花時期を示す桜前線のように、衣替えの時期や冷房開始時期などを気象条件から予測し衣替え前線や空調開始前線として示すことである。京都市域の住民に対し、毎日の21行為の有無をウェブアンケートにより1年間尋ねた。同期間に、京都で総合気象観測を行い体感温度ETVOを算出した。これらから体感温度と各行為の関係を数量化し、これを全国836地点の気象データに適用し、各地における各行為の開始・終了時期を推定した。そして推定期日の分布を線図として表した。
著者
森 啓至 太田 明
出版者
藤田保健衛生大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

パーキンソン病などの神経変性疾患においては、その発症原因について未だ明らかにされていないが、炎症性サイトカインの増加が発症原因の一つとして考えられている。さらにパーキンソン病では、ドーパミン細胞の変性・細胞死により種々の身体症状が現れるが、その初期症状として嗅覚異常や抑うつ状態が身体症状発現前から認められることが近年明らかとなってきた。一方、嗅覚伝達系の主要な部位である嗅球にはドーパミン細胞が存在し、嗅覚系において重要な機能を担っていると考えられる。このような背景から、lipopolysaccharide(LPS)を投与したマウスの嗅球を研究対象とし、炎症性サイトカインの嗅覚系に与える影響に関して詳細に検討を加え、神経変性疾患の病態解明の手掛かりとなることを期待し本研究課題を実施した。その結果、マウスへのLPS投与により嗅球内のTNFαおよびTNFαを介したアポトーシス誘導に関連する遺伝子発現が増加することを確認し、さらに嗅球の顆粒細胞層においてTUNEL染色陽性細胞が増加する結果を得た。また、TNFα受容体欠損マウスを用いて同様にLPSを投与したところ、TUNEL染色陽性細胞の増加は認められなかったことから、LPSによる嗅球内でのアポトーシス誘導には、TNFα受容体を介する刺激伝達系が必須のものとの結果を得た。このように、嗅球において増加した炎症性サイトカインにより細胞死が誘導されたことから、炎症性サイトカインが嗅覚系に何らかの影響を及ぼす可能性が示唆されたが、嗅球のドーパミン細胞に対する影響に関しては明らかな結果は得られていない。現在、LPSの長期間投与が嗅球のドパミン細胞へ及ぼす影響について、また嗅球の機能維持に必須となる脳室下帯周囲の神経幹細胞および細胞新生機構への炎症性サイトカインの影響に関して引き続き研究を行っている。
著者
清登 典子 深沢 了子
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2018-04-01

昨年度決定した各メンバーの担当事項に基づき、各自が『夜半亭蕪村句集』のデータベース構築のための調査検討を進めた。その結果、昨年度達成すべき目標としていた『夜半亭蕪村句集』春部全468句についてはデータとする①から⑨までの九項目の調査をほぼ終えることができた。ただし、⑦蕪村関係俳書への入集状況調査のうちの同時代俳書の調査検討、⑧作句年次の推定、⑨入集俳書における句形変化、という三点については、調査検討が不十分な点があるために、さらに今後も調査検討を続けていき新しい調査結果が入り次第データに補足していくこととなった。今年度の目標としていた夏部全465句についてもメンバー全員で調査検討を進め、データとする九項目のすべてについて一応の調査を行うことができた。しかし、春部の発句の場合と同様に⑦同時代俳書における入集状況、⑧作句年次推定、⑨入集俳書ごとの句形変化、の三点については不十分な点があるため、今後も調査検討を継続していくこととなった。研究代表者(清登典子)、研究分担者(深澤了子)、研究協力者(金田房子・牧藍子・真島望)の5名全員による研究会を開催し、データ構築の進捗状況や問題点について話し合いを重ねた結果、データ九項目の配列として、③『夜半亭蕪村句集』の四季別入集順番号を冒頭に持ってきたほうがよいという結論に至り、データの配列の変更を行った。研究代表者が、『夜半亭蕪村句集』の出現によって、『蕪村自筆句帳』の欠落箇所の発句配列を推定することができるのではないかとの考えに立って検討した結果を研究論文として発表したほか、研究分担者、研究協力者も蕪村俳諧および蕪村につながる俳諧文学にかかわる研究の成果を発表することができた。
著者
安井 幸則 橋本 義武 坂口 真
出版者
大阪市立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

コンパクトなEinstein多様体および特殊ホロノミー群を持つRiemann多様体の幾何学をブラックホールの視点から研究することを目標とした.このような幾何学は物理的には,高次元のゲージインスタントンそして重力インスタントンと捕らえられるものであり,超弦理論やM理論の最近の進展から予想される幾何学の新しい方向を探ろうとする問題意識と深く関わっている.特に,コンパクトなSasaki-Einstein多様体に関しては,重力理論/ゲージ理論対応を使って超対称ゲージ理論の強結合領域を調べることができるため,最近大きな注目を集めている.主な研究成果は以下のとおりである.1.Lorentz解を正定置Einstein計量に解析接続する方法と,ある種の極限操作を組み合わせて5次元de SitterKerrブラックホールから球面東上に無限個の非等質な新しいEinstein計量を構成した.2,トーリックSasaki-Einstein多様体上のラプラシアンのスペクトラムを解析した.特に,基底状態のスペクトラムはゲージ理論側のカイラル・プライマリー演算子を再現することを示した,この結果は,重力理論/ゲージ理論対応の1つの検証を与えるものである.3.4次元Tod-Hitchinオービフォルド空間を底空間とするSU(2)束に3-Sasakian計量を構成した.底空間のオービフォルド特異点は全空間では解消されスムーズな7次元Einstein多様体を得ることができた.4.6次元de Sitter NUTブラックホールのBPS極限から新しいCalabi-Yau計量を複素線東上に構成した.この計量は4次元の重力インスタントンの自然な高次元拡張とみなすことができる.5.Sasaki-Einstein計量を持つ5次元多様体が与えられると,ブレーンタイリングと呼ばれる手法を用いて双対な超対称ゲージ理論を構成することができる,我々はこの手法を使って,新しい無限シリーズのクイバー・ゲージ理論を構成した.
著者
有馬 学 季武 嘉也 中村 尚史 日比野 利信 永島 広紀 一ノ瀬 俊也
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

本研究は北九州地域の都市を主たる対象に、近代日本の都市化・工業化における地方都市の位置と機能を明らかにすることを目的とする。本研究の鍵となる史料は、今回初めて利用可能になった安川敬一郎の日記をはじめとする関係史料(北九州自然史歴史博物館蔵、以下「安川文書」と略)である。本研究では第一に、「安川文書」の整理を同博物館と協力して行い、その史料情報をデータベース化して活用できるようにした。「安川文書」の活用は、地方財閥の代表的な存在であった安川財閥の企業活動を詳細に明らかにするのみならず、企業、政党、行政、社会運動等の都市主体の動向と相互関係(対抗・競合・協調)を検証し、それによって近代日本の地方都市史研究に新たな地平を開くことを可能にすると思われる。「安川文書」の主要な内容は、(1)安川敬一郎日記、(2)安川家の経営実態を示す帳簿類をはじめとする経営史料、(3)安川宛の書簡および安川の書簡草稿、(4)安川の膨大な意見書類である。本研究ではこれらの分析によって、安川の経済活動のみならず、それと結びついた政治活動、および政治・経済活動を結び付ける独特の国家観、国際情勢認識を明らかにすることができた。帳簿類の検討からは、安川家と松本家の事業上の関係(組織構造)や安川家の投資行動(資産運用のあり方)の実態が解明された。それによれば、安川家は日清戦争時の石炭ブームで得た利益を、鉱区の拡大と鉄道投資に投下し、事業多角化を実現した。また、安川敬一郎日記、書簡、意見書等を、的野半助関係文書、永江純一関係文書、新聞史料などと付き合わせることによって、これまでほとんど言及されなかった安川の政治活動の詳細が初めて明らかになった。衆議院選挙における安川の活動の舞台は北九州ではなく福岡市であり、そこでは安川は政友会系と玄洋社系双方の支持を調達できる立場にあった。安川は中央政界にも人脈をもち、第二次大隈内閣期に立憲同志会と政友会を牽制する第三勢力の形勢をはかったが、その意図は挙国一致による日中関係の安定化と、そのもとでの中国への資本進出にあった。
著者
井村 誠孝
出版者
関西学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本年度は信号処理の改良と多数の種類の感覚を通じた情報提示技術の開発を行った.信号処理における深層学習の利用については,引き続き最新の研究成果の導入を試行し,敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Networks; GAN)の利用を検討した.嚥下音や発話音をセンシングする際には,音が気導ではなく骨導であることによって生じる音声信号の変調が信号処理に影響を与える.気導音と骨導音の計測に基づき,骨伝達関数を推定することにより,骨伝達関数を考慮した音声信号処理を実施した.頸部の様々な感覚を通じたクロスモーダルな情報提示のために,力触覚ディスプレイの構築を行った.振動による触覚提示について,デバイスの小型化と振動情報からの主要成分の抽出を行った.また相関を用いた周波数応答法により計算機から振動デバイスまでの伝達関数を求め,振動デバイスが出力する振動刺激の適切化を行った.力触覚提示に関しては,新しい手法として以下に述べる3手法を考案し試作システムを構築した.(1) 空気噴流に周期的変調を与えることで力触覚の同時提示を実現する手法では,人の感覚のうちでも複合的なものである「こそばい」や「かゆい」といった感覚を再現可能とした.(2) MR(Magnetoreological)流体を利用して運動に対して抵抗感を生じさせることにより,頭部に対する力覚提示を実現した.(3) 腱に対して振動刺激を与えることによりバーチャルな運動が生じる運動錯覚の利用を試み,振動刺激と外部物体の接触による相互作用の性質について調査を行った.
著者
青木 博史
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2017-04-01

本年度における主な研究業績は,以下のとおりである。①図書『歴史語用論の方法』(共編著,ひつじ書房,352pp,2018年5月),②図書『日本語文法史研究4』(共編著,ひつじ書房,308pp,2018年10月),③論文「可能表現における助動詞「る」と可能動詞の競合について」(『バリエーションの中の日本語史』岡﨑友子ほか編,くろしお出版,pp.197-214,2018年4月),④論文「準体助詞「の」の発達と定着―文法化の観点から―」(『歴史語用論の方法』高田博行ほか編,ひつじ書房,pp.141-165,2018年5月),⑤論文「「ござる」の丁寧語化をめぐって」(『日本語文法史研究4』青木博史ほか編,ひつじ書房,pp.155-175,2018年10月),⑥発表「丁寧語の発達」(平成30年度九州大学国語国文学会,九州大学,2018年6月9日),⑦招待発表「「補助動詞」の文法化―「一方向性」をめぐって―」(日本語文法学会第19回大会,立命館大学,2018年12月16日),⑧招待発表「「動詞連用形+動詞」から「動詞連用形+テ+動詞」へ―「補助動詞」の歴史・再考―」(シンポジウム「日本語文法研究のフロンティア―文法史研究・通時的対照研究を中心に―」,国立国語研究所,2019年1月13日),⑨発表「「て+みせる」の文法化」(第277回筑紫日本語研究会,長崎大学,2019年3月28日)。古代語から現代語への過渡期である近代語に注目したものとして,いずれも重要な成果である。近年注目を集めている「歴史語用論」に関する図書①(論文④所収)は,様々な分野へ影響を与えるものとして重要である。現在の文法史研究の活況を反映した図書②(論文⑤所収)も,学界への多大な貢献が期待される。口頭発表⑥⑦⑧⑨は多くの反響が得られており,この成果については本科研の期間中に活字化する予定である。
著者
富永 修 田原 大輔
出版者
福井県立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

資源水準が極めて低いタケノコメバルを放流する事により遺伝的影響を評価し、多様性を保全するために凍結精子を用いた人工授精技術の開発を目的とした。タケノコメバル人工種苗集団を放流することで、瀬戸内海東部の野生集団の年級群間のFst値に有意差は認められなかったものの、2005年以前年級群から2009年級群の間で7.4%の低下が認められた。また、凍結精子保存と解凍方法に関して実験を行い、凍結防止剤の選定および冷却速度、到達温度、ならびに解凍速度および凍結防止剤除去方法を確立できた。しかし、凍結精子を用いた人工授精は一部成功したものの事業化には受精率の改善が必要である。
著者
小尾 孝夫 永田 拓治 岡田 和一郎 村井 恭子 佐川 英治 渡邉 将智 戸川 貴行 会田 大輔 岡部 毅史 齊藤 茂雄
出版者
大東文化大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

従来、魏晋南北朝の政治史は、多くの場合、正史の影響を強く受け、各王朝史の枠組みのなかで論じられてきた。本研究では、こうしたかつての枠組みではなく、より大きな歴史的な視野での東部ユーラシア史のなかでその政治史を論じ直すことを目指した。そうしたなかで、各時代において、戦争、移民、交易、文化交流などが各王朝の政治に与えた影響を具体的に検証するとともに、一見国内的な政治事件に見える事件の背後に王朝の枠を超えた多元的な世界の影響のあることを確認してきた。また、魏晋南北朝通史の新しい時期区分についても提案した。
著者
大平 明弘 海津 幸子 和田 孝一郎
出版者
長崎大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2018-04-01

網膜光障害の首座は視細胞と網膜色素上皮細胞に生じる。ラット、マウスを用いてフラボノールの一種である、クエルセチン (文献1) と栃の実の殻に存在するプロアンチシアニジン (文献3) とカルテオロール塩酸 (文献2)の網膜への影響を調べ、これらの物質が網膜の機能、形態を光障害から防御することを報告した。クエルセチンは光による視細胞のアポトーシスを抑制し、網膜の変性を防御した。光障害の指標として用いた8-hydroxy-2'-deoxyguanosine (8-OHdG), Heat shock protein (Hsp70) の発現は光で誘導され、クエルセチンの投与で抑制された。電気泳動移動度シフトアッセイの結果は、AP-1結合活性が露光により活性化され、c-Fosおよびc-Junの結合は結合活性を媒介したが、JunBの結合は媒介しなかったことを示した。 ケルセチンの腹腔内投与は網膜における光酸化損傷を減少させ、ラットにおける光誘発光受容体細胞変性に対する細胞保護を仲介する AP - 1結合部位でのc - Junおよびc - Fosタンパク質のヘテロ二量体組み合わせの抑制は、ケルセチン媒介細胞保護に非常に関与している。栗の実の殻からのポリフェノール化合物は網膜脂質の酸化を抑制した。 種子の殻からの高分子量のA型プロアントシアニジンは、酸化ストレスとアポトーシスのメカニズムを抑制することによって、ラットの網膜を光照射による損傷から保護した。カルテオロールは生理食塩水処置群と比較してチオレドキシン1とグルタチオンペルオキシダーゼ1のmRNAレベルを有意に上方制御した。カルテオロールは、BSO /グルタミン酸誘導細胞死を有意に抑制し、in vitroでカスパーゼ-3/7活性およびROS産生を減少させた。