著者
日置 寛之
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

レンチウイルスは長期発現が可能であるという利点はあるものの、目的遺伝子の発現量が他のウイルスベクターよりも弱いという欠点があった。そこで、神経細胞特異的かつ高発現を可能にするレンチウイルスの開発を進めた。神経細胞特異的プロモーター(SYNプロモーターなど)の制御下でGFPを発現させた場合、ウイルス注入から一週間程度ではGFPの蛍光輝度は非常に弱く、GFPの発現を検出するには免疫染色法が必須となる。そこで、SYNプロモーター下でテトラサイクリン調節性トランス活性化因子(tTA:Tet-Off)を神経細胞特異的に発現するウイルス、Tet応答性プロモーター下でGFPを発現するウイルスを二重感染させるシステムを開発した(Double Lentiviral Vector Tet-Off Platform)。神経細胞特異的に発現したtTAはTREプロモーターを活性化し、その結果GFPの蛍光輝度は40倍程度まで増大した。8週間に渡ってGFPの発現を観察したが、神経細胞特異性に変化はなく、また細胞傷害性も認められなかった。
著者
中村 香子 ホルツマン ジョン
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

本研究は、民族文化観光が、ホストである地元の人びとにとって、どのような経済的資源・文化的資源となっているのかを解明し、地域社会の開発=発展のために民族文化観光が果たしうる役割を探究することを目指している。本研究では、アフリカの「マサイ」を事例に、現地の人びとがみずからの「伝統的な文化」(ダンス、儀礼、装身具、衣装、家屋など)を外国人観光客に提供する民族文化観光が、地元の人びとの経済を支え、自文化に対する誇りを高めるために果たしうる役割に関する情報基盤を提出する。
著者
近藤 正基
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

ここでは、平成19年度に掲載が決まった論文について、その概要と意義について論じ、研究実績の報告としたい。比較政治経済学、例えば資本主義の多様性論やコーポラテイズム論においては、ドイツは非自由主義経済の代表国と目されてきた。ドイツ経済と自由主義モデルとを分かつ点として、労使関係の特徴が挙げられる。つまり、労使団体による集権的な労働条件決定システムのない自由主義経済(アングロ・サクソン諸国)に対し、ドイツでは産業レベルを中心に労使交渉が実施され、そこで実質的労働条件や労働市場政策が決定されるのである。近年、ドイツ経済は「自由主義モデル化」の道を歩んでいるのか、またはその特徴は「持続」しているのかで、議論が対立している。第二論文「現代ドイツにおける労使関係の変容-統一以降の協約自治システムの展開に関する政治経済学的考察」(1)(2)(3)では、1990年から2006年までのドイツにおける労使関係と労働市場政策の変遷を分析し、この両者の仮説を検証した。それにより、強い拘束力を梃子にして、産業レベルの労使団体が広範な労働者の実質的労働条件について決定し、同時に産業平和を達成してきた労働条件決定システム、すなわち協約自治システムが、統一以降、空洞化や権限縮小といった変化を経験し、機能不全を呈していることを示した。その結果、「自由主義化」仮説が妥当であるとの結果を導出した。分析にあたっては、労使団体を中心的アクターとして位置づけるとともに、連邦政府、連邦雇用庁、連邦労働裁判所といったアクターも視野に入れた。
著者
佐藤 真行
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本年度は環境の価値の経済学的定式化とその測定手法の開発にとりくみ、それら環境評価手法に基いた環境政策に関する研究を行った。本年度は研究計画の最終年度にあたるため、これまでの研究蓄積を総括し、本研究課題の成果を論文にまとめ、学術雑誌等に投稿し掲載された。第一に、離散選択モデルを環境問題とりわけ建築廃棄物問題に応用した研究「建築廃棄物問題と住宅政策」が査読を経て『経済政策ジャーナル』に掲載された。これは昨年度の研究に基づくものであるが、今年度の改訂の際に住宅選択時の環境負荷にかんする消費者選好の多様性を分析するために、計量モデル(Random Parameter Logit Model)を選好パラメタの相関を含めるかたちに展開し、そうした選好の多様性をふまえて建築廃棄物問題と現状の住宅政策にかんする考察を行った。第二に、とりわけ情報の不完全性と繰り返される消費者行動と環境の認識を分析するための研究「環境・品質情報の信頼性と消費者行動」が査読を経て『国民経済雑誌』に掲載された。本研究では離散選択モデルと計数データモデルを併用することで、繰り返し選択と環境認識の関係を分析した。また、先の研究とあわせて、消費者選択の頻度によって情報の影響の差異があり、環境評価手法における注意点をあわせて整理した。第三に、情報の質と量が消費者行動に影響することが定量的に示した以上の研究を発展させ、情報の受け手側の性質に注目して情報過負荷現象の発生と抑制のメカニズムを分析する研究に着手した。本年度は、消費者への情報提供や教育・啓蒙活動の影響を分析する研究を行った。知識や関心が高くなければ環境情報は適切に処理されず選択における混乱(行動誤差)の原因になること、そして知識の提供や専門家とのコミュニケーションはそうした誤差を抑制する作用があることを示した。
著者
河合 隆裕 竹井 義次 小池 達也 青木 貴史 神本 晋吾
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

1. 高階パンルヴェ方程式 (P_J)_m(J=I, II, IV; m = 1, 2, …) に対し、その 1 型変わり点の近くにおいて、そのインスタントン型解は 2 階 I 型パンルヴェ方程式の解に変換できることを示した。議論は高階パンルヴェ方程式の背後に在るシュレーディンガー方程式の WKB 解析的・半大域的変換論に基く。2. その WKB 解析的標準型がマシュー方程式となる一連の方程式の変換論を構築し、その WKB解の解析的構造を超局所解析的手法により明らかにした。
著者
乾 賢一 矢野 育子 増田 智先
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

研究代表者等はこれまでに、生体肝移植患者において、シクロスポリンやタクロリムスの標的分子であるカルシニューリンの酵素活性が、これら薬物の免疫抑制効果の指標となり得ることを明らかにしてきた。本研究では、臨床応用可能な迅速かつ高感度な新規カルシニューリン活性測定法の開発を目指して、ELISA法を用いた測定系について検討した。現在までに、カルシニューリンの特異的基質であるリン酸化RIIペプチドに対する抗リン酸化ペプチド抗体の作成に成功し、さらに抗体の特異性が確認された。続いて、抗リン酸化RIIペプチド抗体をプレートに固相化し、FLAG付リン酸化RIIペプチドを標準物質として、サンドイッチELISA測定系を確立した。FLAG付リン酸化RIIペプチドの定量性は、0.125-4ng/mLの範囲であった。本法は、カルシニューリンによるリン酸化RIIペプチドの脱リン酸化反応(ステップ1)と、FLAG付リン酸化RIIペプチドによる反応終了液中に含まれるリン酸化RIIペプチドの定量(ステップ2)を行うことを特徴とし、反応前後のリン酸化RIIペプチドの物質収支からカルシニューリンの脱リン酸化活性が算出できる。本年度は、リン酸化RIIペプチド定量のための条件検討を実施した。まず、ステップ1の停止液のステップ2に対する影響を調べた結果、常用の5%トリクロロ酢酸/0.lMリン酸二水素カリウム溶液を用いた場合、FLAG付リン酸化RIIペプチド(4ng/mL)の検出が不可能であった。そこで次に、5mM EGTA(カルシニューリンの阻害剤)をステップ1の停止液として用いた場合、ステップ2には影響せず、FLAG付リン酸化RIIペプチドの検出が可能であることが示された。今後、開発したnon-RI ELISA測定系の臨床応用に向けて、カルシニューリン活性測定の最適化及び全自動化を目指す予定である。
著者
木田 重雄 宮内 敏雄 新野 宏 西岡 通男 宮嵜 武 近藤 次郎 三宅 裕
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2000

「要素渦」とは混沌とした乱流場の中に存在する微細な秩序構造であるが,近年のスーパーコンピュータや高性能の実験装置の普及のもと,高度な計算アルゴリズムや実験技術の開発により,ごく最近,その物理特性の詳細が明らかになり,また乱流エネルギーの散逸や乱流混合に重要なはたらきをしていることがわかってきたものである。この要素渦に着目し,自然界,実験室,そしてコンピュータ上で実現されるさまざまな種類の乱流に対して,その物理特性や乱流力学におけるはたらきのいくつかを,理論,実験,ならびに数値計算によって明らかにした。要素渦は乱流の種類によらず共通で,管状の中心渦に周辺渦が層状に取り巻いていること,中心渦の断面の太さや回転速度はコルモゴロフのスケーリング則に従うが渦の長さは乱流の大規模スケールにまで及ぶこと,レイノルズ数の大きな流れにおいては,要素渦が群を作り空間に局在化すること,複数の要素渦が反平行接近して混合能力を高めること,等々の特徴がある。要素渦の工学的応用として,要素渦に基づくラージ・エディ・シミュレーションのモデルの開発,要素渦を操作することによる壁乱流のアクティブ・フィードバック制御,「大規模要素渦」としての縦渦の導入による超音速混合燃焼の促進,「大気の組織渦」としての竜巻の発生機構,等の研究を発展させてきた。さらに,クエット乱流中に要素渦の再生を伴なう「不安定周期運動」(乱流の骨格とも呼べる時空間組織構造)を発見した。本特定領域研究によって得られた乱流要素渦の概念,反平行接近などの渦の力学,低圧力渦法などの流れ場の解析手法,などを理論的ツールとして,乱流構造や乱流力学の本質を探る研究が今後大いに進展されることを期待している。
著者
高橋 めい子
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

癌の臨床症例において、PROX1の発現や変異の調査: 肝癌症例でPROX1の発現と癌の分化度や患者の生命予後との間に相関関係があり、PROX1の発現が低い程分化度が低く、また生命予後も悪い事が有意に示された。膵癌でも未分化のものであるほどPROX1の発現量が低いことが示された。癌細胞株でPROX1のゲノムDNAの変異は指摘されなかったが、同じ細胞株のRNAを回収し逆転写反応を行って得たcDNAで特定の4カ所でアデノシンからグアノシンへの同じパターンの変異が起きていることを証明した。細胞培養・臨床検体におけるRNA変異の検出システムの確立:SNP研究に利用されている多塩基プライマー伸長法を応用して、多数の細胞培養・臨床検体を対象としたRNA変異のスクリーニングシステムを確立した。このシステム確立により、多検体から目的のRNA変異を起こしているサンプルの抽出が効率的に行えるようになった。Clinical Research分野においても、RNA変異が及ぼす影響を患者の予後や腫瘍の進展形式等の観点から、網羅的・系統的に解析可能になり、大きな進歩をもたらすことが期待できる。PROX1の機能解析:まずsiRNAの実験系でPROX1の発現を抑えると細胞の増殖能は亢進し、逆にプラスミドを導入してPROX1を強制発現させると増殖能が低下することを証明した。次にTet-off/Tet-on Gene expression systemを用いて、野生型PROX1には増殖抑制作用があり、それがmutant PROX1では失われていることが示された。マウスを用いたin vivo実験でも同じ結果が得られ、野生型では腫瘍縮小効果が認められたがmutant PROX1では腫瘍のサイズはほとんど変化を認めなかった。PROX1は細胞増殖を抑制し、変異によってその機能が失われることが、vitroとvivo双方の実験で証明された。
著者
森村 成樹
出版者
京都大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

3か年計画の最終年度として、参加者が環境エンリッチメントをおこなう趣旨の教育プログラムを動物園3園(よこはま市動物園、野毛山動物園、熊本市動植物園)において実施した。環境エンリッチメントを教育プログラムとして活用することによって、プログラム参加者のみならず、一般来園者の滞在時間が延長される効果が得られた。一連の研究から、動物園来園者の滞在時間が1分以下という非常に短いことが明らかとなった。従って、通常の展示では環境教育に必要な情報を来園者が得ることは難しい。環境エンリッチメントは、一般来園者に見る上で注目すべき点(行動、生態など)を与える役割を果たすことで、来園者の滞在時間が引き延ばされたと考えられた。動物が、本来の行動レパートリーと時間配分を発現できるための環境エンリッチメントは、動物福祉の観点からだけでなく、効果的な環境教育の実践として普及に努めるべきとの結論を得た。加えて、GPSを用いた来園者行動調査から、休憩場所で54.1%を過ごすことが明らかとなった。夏暑く、冬寒く、休む場所が限られているという多くの動物園で見られる空間的特徴は、来園者にとって快適な空間とは言えない。入場口周辺での滞在も多く見られ、動物園の空間配置が来園者の行動、ひいては環境教育の効果に影響を与えうることが新たに分かった。本研究において日本で初めて実施されたGPSを用いた動物園での来園者行動調査は、様々な方面での活用が期待される技術でもある。展示される動物と来園者の行動をさらに詳細に検討することで、動物にも人間にも福祉的配慮のある、教育効果の高い動物園作りを推進するべきである。
著者
宮地 良樹 松村 由美 椛島 健治
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

紫外線は紅斑(日焼け)・皮膚老化・免疫抑制・発癌など多岐に渡る影響を生体に及ぼす。皮膚科領域では、紫外線による免疫抑制作用は重要で、様々な皮膚疾患に紫外線治療が応用されているが、その反面、腫瘍免疫機能の低下により、皮膚癌を誘発することが問題となっている。一方、プロスタグランジン(PG)E2は、各々異なるシグナル伝達系を持っ4種類のサブタイプ受容体EP1、EP2、EP3、EP4を有し、紫外線照射によりのPGE2産生が強く認められることが知られていた。ところが各受容体の発現レベルや分布の複雑さ故、紫外線照射におけるPGE2の機能解析は困難であった。そこで我々は研究目的をPGE2の紫外線照射における生体への役割の解明と治療への応用に定め、課題の実現を目指している。まず、紫外線照射による紅斑形成において、マウスに紫外線照射を行うと、耳介の腫脹が起こるが、この腫脹反応がNSAIDにより減弱し、プロスタノイドの関与を示唆させた。そこでPGE2受容体欠損マウスに紫外線を照射するとEP2、EP4欠損マウスにおいて耳介腫脹反応が減弱していることが確認された。また、皮膚局所の炎症細胞の浸潤、血管径の減少、ドップラー血流計による局所血流量の減少も認められた。したがって、紫外線紅斑の形成には、PGE2-EP2,EP4シグナルが重要であることが示唆された。さらに、紫外線の局所免疫挿制作用を検証するために、紫外線を腹部に3kJ/m2照射した3日後にハプテンであるDNFBを腹部に塗布して感作する。その5日後にDNFBを耳介に塗布し24時間における耳介腫脹変化を確認すると、紫外線を照射しなかったグループに比べ耳介腫脹が減弱し、局所の免疫抑制効果を検証できる。この局所免疫抑制作用がプロスタノイドの産生を阻害するNSAIDの投与により消失することをC57BL/6マウスで確認したのでプロスタノイドがこのメカニズムにおける重要な分子であることが強く推測される。今後も引き続きPGE2各受容体欠損マウスにこのモデルを行い各受容体の役割の解明を行い、紫外線誘発発癌との関連の関係の解明を目指す。
著者
北山 兼弘 清野 達之 里村 多香美 相場 慎一郎 長谷川 元洋 鈴木 静男
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2001

この研究の目的は、樹木多様性がどのように熱帯降雨林生態系の機能を支配しているのかを明らかにすることであり、地域レベルの種多様性が極端に異なるハワイ諸島とマレーシアの比較を行った。4年間に渡り、2地域に設けた土壌発達傾度に沿った複数の森林試験地において毎木調査を行い、木部の肥大成長量を算出した。また、全試験地に設置されたリタートラップからリター回収を2週間から1ヶ月毎に行い、回収したリターの器官別仕分け及び乾重測定を行い、リターの生産速度を明らかにした。ハワイ諸島については過去2年の、マレーシアについては過去4年のリター生産量が明らかになった。肥大成長量にリター生産量を加味して、森林の地上部純一次生産量を算定した。土壌栄養の減少に植物や従属生物がどのように適応しているのかを明らかにするため、特に共生菌根菌に焦点を絞り、マレーシアの代表的なサイトに於ける菌根バイオマスと菌体バイオマスの定量化を行った。各サイトから土壌を採取し、細根、菌根、土壌の3つに仕分けし、エルゴステロールを生化学マーカーとして菌体量の定量分析を行った。また、土壌微生物群集の群集解析を生化学的PLFA法を用いて行った。また、貧栄養に対する樹木の適応を組織解剖学的に明らかにするために、材の通導組織観察と葉の水ポテンシャル測定を行った。以上の結果、地域の種多様性が高いと、土壌栄養塩の減少に対して、組織的、生態生理的により栄養塩利用効率の高い(適応的)種への入れ替わりが起こり、熱帯降雨林の機能は維持されるとの新たな知見が得られた。一方、地域の種多様性が低いと、種の入れ替わりが起こらず、土壌栄養塩量を反映して森林の機能は大きく変化した。この結果により当初の作業仮説は指示された。
著者
玉田 芳史 片山 裕 河原 祐馬 木村 幹 木之内 秀彦 左右田 直規 横山 豪志
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

政治の民主化と安定が好ましいことは広く合意されている。しかしながら、両立は容易ではない。本研究は東・東南アジア地域諸国において、政治の民主化と安定はどういう条件が整えば両立可能なのかを解明することを目指した。東・東南アジア地域には過去20年間に政治の民主化が進んだ国が多い。本研究では韓国、フィリピン、インドネシア、マレーシア、カンボジア、タイのアジア6カ国を取り上げた。この6カ国では2003年から2005年にかけて国政選挙が行われた。選挙にあたって政治が緊迫したのはこれらの国の政治が民主化してきた証拠である。それとともに、比較対象地域として同じ時期に民主化が進んだバルト諸国のエストニアを取り上げた。両立のためには制度設計が重要なことはエストニアの事例がよく示している。エストニアは両立に成功した数少ない旧社会主義国の1つである。鍵になったのは、民主化の着手時にロシア系住民から市民権を剥奪したことであった。当初は国際社会から厳しい批判を招いたものの、結果としてはよい結果をもたらした。アジアの場合、民主化と安定のバランスを保つことが難しい。タイでは1997年憲法で安定を重視した結果、民主的な手続きを軽視する指導者を生み出すことになった。ここでは、フィリピン、韓国、インドネシアともに国家指導者罷免の手続きが課題として浮上することになった。フィリピンやインドネシアでは独裁支配の忌まわしい記憶が残っているため、強い指導者の登場を助けるような制度設計には消極的である。また、手続き上の制度の不備あるいは不正利用のために、民主主義体制の正当性確立が容易ではない。今後の研究課題として、制度よりもポピュリズムの手法に依拠して登場しつつある強い指導者について調べてみたいと計画している。
著者
上尾 真道
出版者
京都大学
巻号頁・発行日
2009-03-23

新制・課程博士
著者
中務 哲郎 岡 道男
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1991

3年間の研究を通じて、古代の民間伝承がギリシア・ラテン文学をいかに豊かにしたか、また、民間伝承を摂取するにあたり詩人たちがいかなる創造的才能を発揮したか、が明らかにされた。中務は、エウリピデス『キュクロプス』が普通考えられているようにホメロス『オデュッセイア』9歌の挿話に基づくものではなく、前5世紀に民間に流布していたと思われる「ポリュペモスの民話」を前提にして作劇されたと仮定すれば、数々の疑問が解けることを指摘した。岡はソポクレス『オイディプス王』の解釈に民話の構造分析という新しい観点を導入した。オイディプス物語の類話(父親殺しの予言、捨て子のモチーフ)は民間説話としてもオリエントからギリシアに広く流布していたが、それらには共通の構造が認められる。その構造はこの類話群の最も基本的な要素であるばかりでなく、悲劇『オイディプス王』の構成をも律している。素材としての民間説話の構造分析を踏まえて悲劇の構造を再考した結果、オイディプスは不撓不屈の真実の追究者か、真実から逃れようとする人間か、という問題に関して極めて明快な解釈が得られた。中務はまた、古代ギリシアの昔話の実態に関して、昔話の呼称、担い手、語り出しと結びの形式、社会的役割などを、文学・哲学・歴史・弁論等の資料から明らかにできる限りを記述した。なお、中務は論文「ホメロスにおけるアポストロペーについて」において、文字以前の口承詩の伝統の中で、詩人と聴衆が相互に干渉しながら口承詩特有の技巧を発展させていったことを考証した。しかし、研究目的に掲げた「口承伝承と文書伝承の関係」一般に考察を及ぼすことはできなかったので、今後の課題としたい。
著者
高田 時雄 余 欣 YU Xin
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度の研究実績は以下の通りである。(1)前年度に引き続き、さらに関連資料の収集につとめ、充実と完備を期するとともに、文献の校訂、輯佚、注釈及び考証などの各段階におよぶ整理と分析も合わせおこなった。(2)古籍原本の調査は、漢籍の他に、調査の重点を日本古抄本に転じ、とくに古類書、古歳時記、日本の陰陽道文献の調査をおこなった。本年度は、国立公文書館内閣文庫、国立国会図書館、東洋文庫、金澤文庫などに加え、重点調査対象機関として、宮内庁書陵部および前田育徳会尊經閣文庫において調査をおこない、本課題に関する非常に重要な資料を発見した。それらのうち最も重要な稀見資料については複製許可を申請し、すでに批准されている。(3)上述の資料を用いて六朝隋唐時代の歳時記と占卜文献に関する輯佚と校訂作業を行った。(4)昨年度の実績をふまえ、幾つかの重要な問題点にっき、個別的研究を行った。それらのうち唐宋時期の土貢の名称と歴史的背景については、京都大学人文科学研究所の"西陲發現中國中世寫本研究班"において研究報告をおこない、『敦煌学研究年報』第四号に公刊予定である。また"蔓菁"という植物の考証論文の初稿も完成させた。(5)九月初にロシアのサンクト・ペテルブルグで開催された「敦煌学--更なる百年:研究の視点と論題」国際学術会議に出席し、「シルクロードにおける人形を用いた避邪技法」という論文を提出した。このほか六月に関西大学で開催された「東アジア文化交渉学会」の創立総会及び第一回年次大会に出席した。
著者
薮下 彰啓
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

レーザーイオン化個別粒子質量分析計を用いて、春季に長崎県福江島において大気エアロゾルの観測を行った。本装置はリアルタイムに単一粒子毎の化学組成を分析する事ができる。黄砂期においては、鉛を含む粒子と多環芳香族炭化水素を含む粒子の数が増加した。黄砂期の鉛を含む粒子の多くにははんだや石炭燃焼由来の金属成分が含まれており、非黄砂期の粒子には海塩由来の成分が含まれていた。本装置により、粒子状汚染物質や黄砂粒子の発生源や輸送・変質過程についての知見を得る事ができた。
著者
石川 裕彦 竹見 哲也 中北 英一 丸山 敬 安田 誠宏
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

IPCC5に向けた温暖化研究では、従来からの気象学的気候学的知見に加え、極端現象など災害に直結する影響評価が求められている。本研究ではIPCC4で実施された温暖化予測計算のデータアーカイブに基づいて、疑似温暖化実験による力学ダウンスケーリングを行い、台風などの極丹下現象による災害評価を行った。台風に関しては「可能最悪ケース」の概念を導入し、ある事例に関して経路が少しずつ異なる事例を多数計算し、その中から最大被害をもたらす事例を抽出する手法を開発した。これらの事例について、河川流出計算、高潮計算、強風被害の見積もり等を実施して、被害発生情報を作成した。
著者
山口 直文
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

粒度・波浪条件・リップルの大きさで決まる堆積物粒子の沈降ポテンシャルが,リップルの移動とそれに伴うベッドロード輸送に与える影響を調べた.これまでの現世海浜での観測結果から,リップル移動速度から求められる堆積物輸送量が,既存の掃流砂輸送モデルから推算される輸送量よりも大きい場合と小さい場合があることが明らかになっている.しかし,その原因は明らかになっていない.本研究の造波水槽実験の結果から,これらのリップル移動速度とモデルとの違いが,リップル近傍での堆積物粒子の沈降ポテンシャルにより整理することができることが明らかになった:粗粒砂海浜のような堆積物粒子が沈降しやすい条件の場合,岸側への部分的な沈降がリップル近傍で起こることで,モデルの推算より岸向きへの堆積物輸送量が大きくなる.―方で,細粒砂海浜のような堆積物粒子が沈降しにくい条件の揚合,"phase lag"と呼ばれる流れと堆積物移動のずれの影響によって,モデルの推算より堆積物輸送量が小さくなる.これらの結果は,粒径や周期が主に支配する堆積物沈降ポテンシャルが,振動流下での堆積物輸送において無視できないことを示しており,その影響の仕方を定量的に評価できるパラメータを提案することができた.造波水槽実験に加え,現世海浜の堆積構造の特徴と,海底に形成されたウェーブリップルの特性を調べるために,新潟県上越市の大潟海岸において調査を行った.この調査では,水深約5mから20mの計12地点で,リップルのサイズの計測と,リップルの頂部・谷部における堆積物サンプルの採取を行った.各リップル表面の堆積物粒度は,頂部と谷部で異なる傾向を示した.頂部に比べて谷部は淘汰が悪く,堆積物の平均粒径が05φより粗い場合には,頂部より谷部が粗い傾向を示すが,0.5ψより細かい場合は逆に頂部のほうが粗いという特徴がみられた.
著者
間瀬 肇 森 信人 竹見 哲也 安田 誠宏 河合 弘泰 黒岩 正光
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究では,温暖化シナリオにもとづく気候変動予測結果をもとに,将来の台風災害,高波の予測災害,高潮災害について定量的な予測方法を確立することを試みた.日本周辺の高波・高潮予測に際しては,適切な台風イベントの抽出とその評価,そして高波・高潮の数値予測が重要となる.このため, 地球温暖化予測結果の下,将来の台風の予測を行った.ついで力学的・統計手法に基づく高波・高潮数値予測モデルを用い,温暖化に伴う高波・高潮災害の予測と評価を行い,将来気候における日本周辺の高波・高潮の顕著な増加を明らかにした