著者
木津 祐子
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2001

(1)琉球王府における中国学術センターたる久米村で、官話学習が専門職の必須項目として重視されていたことを、官話教科書の記述や呈文・稟文の習作から明らかにした。また、琉球の周縁に位置する八重山などでは、士人の家譜が官話の書記体とも呼べる文体で記され、漂着中国人や漂着久米村士人から官話を学び、独自のテキストも編まれていたことが、本研究によって明らかとなった。興味深いのは、琉球において官話を操ったのは琉球人と中国人ばかりではなく、日本布教の足がかりとして琉球を訪れた聖公会系宣教師ベッテルハイムも、日常の意思疎通手段として官話を用いていたことで、ここからは官話が中国周縁地域において、広く媒介言語として機能していたことを示唆する。このように、学術また華化メカニズムの中で官話の果たした役割を明らかにした。(2)中国の学術を古くから受容した日本における初学教育を考察した。日本において幼学書(童蒙教科書)は、中国の類書に倣って編纂されることが多かった。日本で類書をコピーする際には、完全なコピー、枠組みは模倣しつつ新たに抜き書きを行なうもの、同じく枠組みは模倣しつつも抜粹項目はすべて日本の古典からのもの、などの類型がある。特に第三の換骨奪胎型類書の存在は、中国学術の周縁への伝播の行き着く先を示して興味深い。一方、『蒙求』や『千字文』といった幼学書は、中国でも類書に分類されることはあるものの、より通俗なものとして軽んぜられた。しかし日本では清家などの錚々たる学者が注を施すなど、一貫して尊重される。特に京大附属図書館蔵『蒙求』(重要文化財)には、清原宣賢が詳細な考証を施した注が残され、その中には、中国では十九世紀にようやく認知されることとなった情報も含まれていた。このように幼学書というジャンルが、周縁への中国学術の伝播メカニズムの複層性を示すものであることを明らかにした。
著者
浅野 俊夫
出版者
京都大学
雑誌
試験研究
巻号頁・発行日
1984

1。本年度は、試験研究の最終年度に当たるので、59・60年度に開発した装置類をニホンザルの小集団のケージに据え付け、改良と調整を行った。2。まず、自動給餌装置の改良・調整を行った。給餌窓の大きさがおおき過ぎると一度に二つの固形飼料を取られてしまうことが分かったので、窓の大きさを調整した。また、固形飼料の自重のみに頼ると補給路がつまり、呈示窓に餌が落ちて行かないことが分かったので、偏心モーターによる振動を与える機構を付加し、落下を促すようにした。さらに、呈示窓部への手の出し入れは光ビームで検出し、一度手を放してもすぐに戻したときは、うまく餌が取れなかった時なので、手を離してから一定時間経過した時にのみ、呈示窓のシャッターが閉じるように改良した。3。自動個体識別装置は、センサー部には問題が無いが、サルにつける首輪の開発が難しく一応の試作には成功しているが、まだ完成に至らず、実際の実験に使いながら最終調整中である。首輪側には発信機を置かず、首輪に巻いたコイルの時定数を餌場に設定した磁場への影響で検出するという基本原理は期待どおりの成功を納めたが、コイルの巻いてある首輪をサルに脱着する機構が難しく、現試作品は一度着けたら外せない構造になっている。これでも十分に当初の目的には、かなっているが用途が限られるので改良が必要である。4。実験制御用に開発したMSXコンピュータ・システムは、すでに学内外で使用されており、インターフェース・ボードのプリント基板も数度の改訂を経て、完成品がいつでも入手出来る態勢が確立されている。ソフトウェアはBASIC言語を採用したので、誰でも容易に実験用プログラムを書くことが出来る。
著者
足立 大樹
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

Al-Zn-Mg合金にMnを過飽和に添加し、急冷凝固法を用いてアトマイズ粉末を作製し、773Kで脱ガス処理をすることによりサブミクロンオーダーのMn金属間化合物を高密度に分散させることが出来る。これを773Kで熱間押出することでMn金属間化合物の周囲に転位が高密度に導入される。通常の合金であれば不連続動的再結晶の一種である粒子促進核生成再結晶(PSN)が生じるが、今回はMn金属間化合物間の距離が非常に近いことからPSNは抑制され、連続動的再結晶が生じ、微細な等軸の動的再結晶粒が一部で生じた。動的再結晶率は30%強であり、未動的再結晶部分は押出方向に伸張していた。得られた押出しままの組織は押出方向、ED//<111>or<100>に強度に配向した押出し集合組織であったが、これを423Kという非常に低い温度で熱処理することにより未動的再結晶部分からも静的再結晶が生じ、全面に微細な結晶粒が得られた。非常に低温における変化であったため、静的連続再結晶の可能性が考えられたが、集合組織の変化を調べたところ、押出集合組織が緩和され、よりランダムに近い組織が得られていたため、低温熱処理中の静的再結晶は連続再結晶であることが分かった。ランダムな組織は押出効果が得られる押出集合組織よりも押出し方向の強度には劣るが、その他の方向に優れた当方的な組織である。以上のことから、動的再結晶組織に低温熱処理の条件を加えることにより、強度に一方向に配向した組織から、ランダムな組織まで、目的に応じて容易に制御することが可能であることが分かった。
著者
足立 明 山本 太郎 内山田 康 加藤 剛 井上 昭洋 清水 和裕
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

本研究の目的は、非西欧世界における「清潔さ」「衛生」「健康」「身体」概念の変容を、保健医療に関わる開発現象を中心に検討することであった。そのため、これまでの公衆衛生の社会史、文化史の成果を整理し、また各研究者の蓄積してきた諸社会の民族誌的・歴史的経験をもとにして、保健医療の導入と「清潔さ」「衛生」「健康」「身体」概念の変容に関する分析枠組みの検討・整理を行おうとしたのである。平成11年度は、西欧世界を中心とした保健医療の導入とその社会文化的影響に関する既存の文献を収集し、それらを分担して検討した。その主な内容は、上下水道の導入に関する社会文化的影響、保健医療の制度化と宗教の世俗化、保健医療の導入と疾病傾向の変容、キリスト教宣教師と「清潔」「衛生」概念であった。これにたいして、平成12年度は、各自の蓄積してきた諸社会の資料を整理した。その結果分かってきたことの一つは、20世紀初頭の植民地下で西欧の健康概念と西欧的核家族概念が結びつき、社会変容に寄与する可能性である。また、このようなテーマで研究する上で、新しい研究視角の議論も行い、人、モノ、言葉のネットワークをいかに把握するかという方法論的検討も行った。もっとも、現地調査を前提としていないこの研究では、資料的に限界があり、その意味で、本研究は今後の海外学術調査の予備的な作業という性格が強いものとなった。今後は、さらなる研究に向けた体制の立て直しを計る予定である。
著者
足立 明 花田 昌宣 子島 進 平松 幸三 佐藤 寛 山本 太郎
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

本研究の目的は、開発過程を総合的に記録・記述する民族誌的プロセス・ドキュメンテーションの可能性を検討するところにある。いうまでもなく、開発は、開発援助機関、プロジェクトマネージャー、受益者といった直接のアクターのみならず、それを取り巻く多様なアクターとの関わりで、紆余曲折しながら進行していく。それは「複雑系」といってよい過程である。本研究は、参加型開発での現地調査をとおして、開発過程を記録し記述する手法を学際的に検討し、開発研究者や開発実務者のみならず、開発の受益者にも利用可能となるような汎用的記録法の可能性をさぐることを目的としていた。平成14年度は方法論的としてのアクター・ネットワーク論を議論した。平成15年度、16年度は、すでに検討した方法論をふまえて、開発プロジェクトの参与観察を行った。なお、現段階で収集した資料の整理がすべて終わったわけではないが、これまでに判明した点は以下である。1.調査を始めて見た結果、この研究はきわめて「時間のかかる」仕事であるということを実感した。たとえ実験的なプロセス・ドキュメンテーションの調査であっても、数週間から1ヶ月程度の期間でできることはきわめて不十分で、博士課程の院生が全力で取り組むような規模の研究課題である。2.方法論的な検討の結果、アクター・ネットワーク論は有効であることが分かった。例えば、「参加型」というフレームの成立、安定化、揺らぎを、アクターを追うことで、参加型開発の「公的台本」と「隠された台本」を見いだしうる。3.しかし、アクター・ネットワーク論的方法論を、事後的に使ってプロセス・ドキュメンテーションを描くことは、異種混交なアクター間の微妙な相互作用を見落としがちであり、事後的な分析ではなく、「アクターを追う」ことで、このような調査を継続し、方法論的な検討を深める必要がある。
著者
吉沢 一也
出版者
京都大学
巻号頁・発行日
2010-11-24

新制・課程博士
著者
丸山 里美
出版者
京都大学
巻号頁・発行日
2010-11-24

新制・課程博士
著者
山倉 裕介
出版者
京都大学
巻号頁・発行日
2010-11-24

新制・課程博士
著者
太田 至 内海 成治 佐藤 俊 北村 光二 作道 信介 河合 香吏 内海 成治 佐藤 俊 北村 光二 作道 信介 河合 香吏 曽我 亨 湖中 真哉 内藤 直樹 孫 暁剛 中村 香子 波佐間 逸博 佐川 徹 白石 壮一郎
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、第一に、アフリカの乾燥地域に分布する牧畜社会の人々が歴史的に培ってきた知識や技術、社会関係や文化など(「ローカル・プラクティス(LP)」)を再評価すること、第二には、この社会の開発=発展のためにLP を活用する道を探究することである。東アフリカの4カ国、12民族について現地調査を実施し、人々がLPに基づきながら激動する生態・社会環境に対処している様態を解明し、LPが開発=発展に対してもつ潜在力を総合的に再評価し、それを援用する道に関する考察を深めた。
著者
河田 惠昭 田中 聡 林 春男
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

プレート境界型巨大地震として南海地震を取り上げ,これによる地震・津波災害の被害軽減策を危機管理の立場から考究した.まず,南海地震津波が広域に西日本太平洋沿岸を襲い,臨海大都市で大きな被害を起こす恐れがあることから,最終年度に大阪市を取り上げ,そこでの氾濫シミュレーションを実施し,氾濫水の特徴を見いだした.すなわち,大阪市北区梅田地区を対象に,M8.4の南海地震を想定し,地震動によって堤防が沈下し,その部分から津波が市街地に流入したという条件の下でシミュレーションを行った.その結果,氾濫水の市街地氾濫は面的に広がるために浸水深の距離的減少が大きいために,津波の場合が破堤点と地下空間の距離が短く,地下空間への浸水量は洪水の氾濫の場合よりも大きくなることがわかった.そこで,津波や高潮氾濫の被害軽減を図る危機管理上の項目を,2000年東海豪雨災害を参照して整理した.その結果,高潮氾濫の場合には路上浸水が始まり,床下浸水,床上浸水,地下空間浸水というような時系列によって被害が段階的に進行し,それぞれに対して防災対策が存在することを明らかにした.一方,津波氾濫を想定した場合,まず地震が起こることが先行するから,二次災害対策として津波防災が存在することがわかった.したがって,地震とのセットで防災対策を立てる必要があり,しかも高潮に比べて時間的余裕があまりないので,選択的に対策を進めざるを得ないことを指摘した.さらに,津波,高潮災害の危機管理上,最大の問題は超過外力に対してどのような考え方を採用するかということである.そこで,受容リスクと受忍リスを新しく定義して対処する方法を提案した.これらを参照して,浸水ハザードマップを防災地理情報システム上で展開する場合に情報を集約するプログラムを開発し,その有用性を明らかにした.
著者
酒井 敏 紀本 岳志 余田 成男
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2003

「科学技術離れ・理科離れ」の原因の一つは、子供達が未知の謎や、まだ解ってないことに接する機会が失われつつあり、その結果、自分が自然現象の謎を解決したいという欲求が失われてきたことであると考える。そこで研究者が解ったこと(知識)を伝えるのではなく、まだ解っていないことを伝え、共に研究するという新しいプロジェクトを実施することを目的として、この研究を行った。研究テーマとしては、京都のヒートアイランド現象を取り上げた。これは、身近な現象でありながら、未だにその実態が明らかになっておらず、気温の多点観測を行うことで、学問的にも貴重な知見が得られる可能性が高いからである。この観測を行うために、観測装置の自作キットを作成した。通常の気象観測装置では、1測点あたり10万円程度かかってしまい、多数の観測点を配置するのは不可能であるが、データーロガーをはじめ、それを収納する防水ケース、センサを収納するラディエーションシールドなど、すべてを自作することで1測点あたりのコストを約10分の1に抑え、教育現場でも導入しやすいシステムを構築した。これらの材料は、電子部品を除けば、すべて、ホームセンターで入手できるものであり、特殊な材料は用いていない。それにもかかわらず、このキットは市販の製品と比較しても、まったく遜色のない性能を有している。これらのキット製作を目的とした実習を15年度、16年度に高校生に対して行った。ハンダ付けなどの作業は、彼らにとって新鮮であり、非常に興味をもって製作し、ほとんどの生徒が完成にこぎつけた。さらに、これらの装置を使い、16年度秋と冬に京都市内の約30点で高密度連続観測を行った。その結果、京都の都市部と郊外で数度のヒートアイランド現象が観測された。また、よく晴れた日の夜明け前に最大になるといわれているヒートアイランド現象が、常に日没直後に最大となることなど、これまでの通説を覆す結果が得られた。さらに、このような研究を通して、生徒の興味関心を大きく引き出すことに成功した。
著者
高見 茂 上田 学 小松 郁夫 杉本 均 白石 裕
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

本研究においては、教育分野へのPFIの導入状況について、先行国であるイギリスにおける教育PFIの導入状況について調査をした。教育PFIの成功例としては、i)ベンチャー企業が学校教育施設の整備・管理運営事業を中心に教育PFIを展開し、学校教育の活性化に成功したブラックプールの事例や、,ii)市内39の中等学校の新築・改装をPFIによって一挙に実施したグラスゴーの事例等が上げられる。他方教育PFIの導入をめぐっては、既存の教職員とPFI企業の杜員との協働関係の構築に困難が伴ったり、学校側の要求に企業側のサービス水準が合致していないといった問題点も見出された。また教育PFIの適用範囲は、ほぼ校舎の建築と維持管理部分に限定されている。そこで本研究では、教育PFIは学校の運営部分についてはどこまで適用可能かということについても、企業対象のアンケート調査を基に検討した。その結果、施設設備運営、給食・輸送といった事実上の業務についてはPFIの導入はかなり有望であり、条件が整えば庶務・会計、図書館運営、研修等についても導入の可能性は高いとの知見が得られた。さらにわが国においても国立大学を始め小・中・高等学校、杜会教育機関等において教育PFIの導入が始まっている。本研究では、高等教育機関への適用事例として京都大学の桂キャンパスのケースを取り上げた。また、社会教育機関への適用事例として桑名における図書館整備への適用事例を、社会福祉施設と中学校の複合化施設として京都市のケースをそれぞれ調査・検討した。そして教育PFIの有望な適用分野である学校・地域給食施設の適用検討事例を取り上げ、事業化失敗の原因を探った。やはり地域住民のPFIに対する理解が不可欠であるとの結論が得られた。
著者
高橋 玲 AARONSON Stu BENEDICT Wil 佐谷 秀行 松井 利充 BENEDICT William f. AARONSON Stuart a.
出版者
京都大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

本研究は、米国で数年間行われてきた癌抑制遺伝子の機能解析についての研究を継続し、日米の協力研究として発展させることを目的とする。基本的には我々のグループが樹立した癌抑制遺伝子の生物学的活性を直接的に細胞レベルで解析できる実験系を用い、その遺伝子異常を正常のものと比較する。また癌細胞における癌抑制遺伝子の発現を種々の方法で人為的に調節することで癌細胞の表現型の変化を誘導し、癌治療に向けての可能性を検討する。研究代表者高橋は、分担研究者全員の協力を得てRB遺伝子とp53遺伝子のトランスフェクションを進めた。膀胱癌,肺小細胞癌にRB遺伝子導入、口腔扁平上皮癌と大腸癌にp53遺伝子を導入し、それぞれの安定発現株を得て解析を進めた。時にp53遺伝子導入大腸癌細胞においては、アポトーシスを誘導できる系が確立されることが明らかとなり、制癌剤開発に適したモデルとして期待される。ヒト大腸癌培養細胞株WiDrはp53遺伝子上2つ3番目のコドンに相当する部位の点変異を有する。サイトメガロウイルスのプロモーターに制御される正常p53発現プラスミドベクターを安定性にトランスフェクションし、プラスミドのもつネオマイシン抵抗性を利用して正常p53の発現を獲得したクローンを得た。培養中の増殖態度は軟寒天中のコロニー形成率の著しい低下以外には、ほとんど変化がみられなかった。抗Fas抗体(IgM)で処理すると親株にはほとんど変化がみられなかったが、48時間後をピークとしてp53導入細胞に著明な細胞死(アポトーシス)が誘導された。アポトーシス処理後24時間後の細胞からのRNA解析によれば、内在性の変異型p53遺伝子の発現レベルには変化がなく、導入された正常p53の発現及びそれに関連してcdK2のインヒビターであるp21(WAFI)遺伝子の発現の亢進がアポトーシス誘導に伴って生じることが明らかとなった。このことは正常p53遺伝子の発現に担っているサイトメガロウイルスのプロモーターに特異的なシグナルがFAS依存性反応経路に存在していることを示唆しており、現在、同プロモーターに働くNFkBについて解析を進めている。現在までFasからのシグナルとp53依存性アポトーシスとの間に関連はないといわれているが、今回の人為的反応経路の連結により、Fasにより誘導可能なp53依存性アポトーシスのモデルとして、DNA損傷により誘導される場合とは異なりユニークなモデルといえる。トランスフェクションに用いた大腸癌細胞はγインターフェロン処理によってもp53遺伝子再構築なしに抗Fas抗体に感受性を示すようになることが知られており、遺伝子再構築と制癌剤との協同作用として興味深い。肺小細胞癌は神経内分泌特性によって他の肺癌と区別されているが、我々は今回NF1遺伝子mRNAのスプライシング様式の変化がその分化指標となりうることを発見した。NF1のスプライシング様式の変化は以前、分担研究者の佐谷らによって見出されたもので、多くの神経系細胞や腫瘍において、分化度と高い相関を示すことが明らかにされていた。我々は肺小細胞癌培養株で得られた所見をもとに臨床材料で形態学的あるいはNSEなどのマーカーとの関連において解析を続けている。口腔扁平上皮癌においてもp53変異に対して正常p53遺伝子導入株で角化傾向が誘導されることも確認されている。今回の協力研究により困難で長時間を要するヒト癌細胞への安定性癌抑制遺伝子導入にいくつかの細胞で成功し、解析が可能となった。特に定常状態での変化よりも、分化誘導や細胞死誘導などの刺激下では癌抑制遺伝子の細胞レベルでの機能が顕著になることが明らかとなった。今後さらに種々の組合わせで癌細胞における癌抑制遺伝子機能がさらに詳細に解析されることが期待される。今回は兵庫県南部地震のため、渡米計画が一部中止されるなどの変更が生じたが、おおむね、当初の研究交流の成果を待つことができたと考えられる。
著者
笠井 亮秀 小路 淳 小路 淳
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

フィールド調査の結果、ミズクラゲ重量と底層の溶存酸素濃度の間に負の相関が認められた。またミズクラゲの分布域と、魚卵稚仔や動物プランクトンの分布域は、一致していなかった。安定同位体比分析より、ミズクラゲは魚卵稚仔を含む動物プランクトンを主な餌とする雑食性であると推定された。ミズクラゲは強い貧酸素耐性を有しており、沿岸域の 貧酸素化にともない、ミズクラゲへの栄養フローが増大していると推定される。
著者
竹元 博幸
出版者
京都大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

Takemoto(2004)は、チンパンジーの地上利用頻度に季節差があるのは、樹上果実量が多いときに樹上を良く利用するためではなく、気温が高い季節は地上部が過ごしやすい気温になるためだと結論している。熱帯林内の林冠付近は地上部にくらべ気温が高いのが一般的傾向であると言われているが、アフリカの大型類人猿調査地で気温の垂直構造が測定された事はない。本研究は、熱帯林内の食物量と気温や湿度など物理環境の変動を地上部から林冠までの垂直構造とともにとらえ、野生チンパンジーとボノボの森林内空間利用がどのように変化するかを明らかにすることである。本年度は今まで収集した資料を用いて両種の生息地の環境と地上利用の違いを解析した。西アフリカ・ボッソウのチンパンジーの地上利用時間は乾季に増大し、雨期に減少する。また、雨期には林冠に近い高さを良く利用するが、乾季の利用高度は低くなる。対して中央アフリカ・ワンバ地域のボノボの地上利用時間の季節差は無く、森林内の利用高度も変化しなかった。両生息地とも林冠付近の気温は5℃程度地上付近の気温より高かったが、気温の季節変化はボッソウが大きい。多変量解析によると、地上性の差は種や調査地あるいは果実量の差ではなく、観察日の気温の影響が強いことが判明した。森林内気温の季節変化が大きいボッソウ地域に対して季節差の少なかったワンバ地域の気象が森林内利用空間の違いをもたらしていると考えられる。今後2種の採食内容を比較するとともに、アフリカ古気候の変遷が2種の生態に与えた影響について考察したい。
著者
野田 智子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

古代インドの宗教儀礼であるシュラウタ祭式の新月満月祭(DP)の歴史的発展の跡を辿り、その背景にある宗教思想の変化を明らかにするべく、ヴェーダ文献を以下のように分析した。学会誌に投稿する予定である。1.DP一般に関して新月祭満月祭ともにその主要供物は二つのケーキである。新月祭においてはサーンナーイヤという乳製品の供物が献じられる場合もある。このサーンナーイヤは、これまで酸乳と加熱された乳の混合物であると定義されてきた。しかし、この語の祭式綱要書での用例を検討し、混合物という説明が不適切であることを明らかにした。サーンナーイヤとは酸乳と加熱された乳を供物として飽くまで概念上合わせたものであり、またその準備段階の生乳をも意味し、混合前の状態でサーンナーイヤと呼ばれていることを示した。さらに新月祭においてこのサーンナーイヤが献じられる場合には、それは二つ目のケーキの代わりに献じられるというのが学会の定説であるが、それは少なくとも古層、中層の祭式綱要書においては誤りである。サーンナーイヤの有無に関わらず新月祭においてケーキの数は二つであり、サーンナーイヤが献じられる場合にはそれは二つのケーキに加えて献じられるのである。2.ヴァードゥーラ派の新月満月祭について祭式綱要書を研究することによって、同派のDPに固有の特徴を見いだした。まず「低声の献供」と呼ばれる献供の際に飯を供物とする点、アグニホートラ祭の規定を取り入れている点、雨乞いの儀礼を取り入れている点、他派においては祭式要素と見なされている荷車を用いない点等が特異である。さらに主要献供規定の整合性に欠ける点も注目される。3.DP規定から見える各学派の影響関係各文献のDPに関する規定及び用いられるマントラを比較することによって、学派間の影響関係を考察した。