著者
柴田 隆子
雑誌
人文
巻号頁・発行日
no.16, pp.131-147, 2018-03

本論では1980 年代のテレビ番組における言説と映像を分析し、「小劇場ブーム」と観客像との関係を明らかにする。NHK の演劇番組やニュース番組では、小劇場演劇は1985 年に始まる小劇場建設ラッシュとそれを享受する若い観客が注目された。一方、若者向け番組では文化における情報の送り手と受け手の境界が揺らいでいることが議論されていた。ダンスや音楽の場面で舞台が紹介されるこれらの番組で描かれたのは、演劇の同時代文化としての側面である。そこで語られる観客の多様なイメージは、批評やメディアの描く文脈を反映したものであった。1980 年代の小劇場演劇は集団創作が注目に値する。多くの女性を含む従来の演劇的慣習に従わない作り手たちは新しい想像力を手にし、舞台を記号的に読み解く若い観客は、その創作の共犯者であった。番組映像から見えてくるのは「小劇場ブーム」という現象は小さな劇場という場と小劇団の増加であり、その結果、集団創作のスタイルとそれを支える新たな想像力が客席を含めた演劇領域に広まったといえる。
著者
古閑 博美 コガ ヒロミ Hiromi Koga
雑誌
嘉悦大学研究論集
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.57-71, 2012-10-26

礼儀は、辞儀、書儀、行儀からなる。本稿は、辞儀を取り上げ、礼の身体技法について文献を紹介し、四種類のお辞儀を提言する。2010年、大学にキャリア教育の導入が義務づけられ、「学校教育と職業生活との接続」が期待されている。社会人として必須の礼儀や作法を身につけた学生を育成することは社会の要請であり、学生個人はもとより大学の品位を保つうえからも必須である。キャリア教育は、社会的・職業的自己実現を目指すうえで必要な知識や技術、価値観、態度、望ましい人格などを育成することを目的とした教育プログラムである。振舞いのしかたである作法や行動教育を含むといえようが、こうしたプログラムは、伝統的な大学では正規の教育課程の枠外におかれていた。しかし、近年、学生の学力低下や態度能力、コミュニケーション能力の低下が指摘されるようになり、講義やクラブ活動などが円滑に運営できなくなったとの声も多く聞かれるようになるなか、礼の身体技法を身につける意味が注目される。礼儀や作法は、円滑な人間関係を構築するうえで無視できないというだけでなく、人間形成に不可欠なものである。TPOや時処位にかなったお辞儀を身につけた学生は、魅力行動となる態度能力が向上し、何より礼儀正しく振舞うことでよい評価を得ることができる。それは、行動の教養を身につけたことになり、自信につながる。

4 0 0 0 論集

著者
神戸女学院大学
出版者
神戸女学院大学
巻号頁・発行日
1953
著者
縣 拓充 岡田 猛
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.438-451, 2010 (Released:2012-03-27)
参考文献数
45
被引用文献数
8 2

本研究では, 創造性神話に代表される美術の創作活動に対するイメージが, どのように表現や鑑賞への動機づけに影響するかを検討した。その際, 表現に対する効力感, 及び, アートに対するイメージを媒介変数として仮定し, 創作活動に対するイメージは両者を介して表現・鑑賞への動機づけに効果を及ぼすという仮説モデルを構築した。まず予備調査として, 人々が美術創作やアートに対して持つイメージを, 自由記述式の質問紙によって抽出した。続いて首都圏の大学生・専門学校生306名に対して, 上述の仮説モデルを検証する本調査を行った。構造方程式モデリングを用いた主な分析結果は以下の通りである。1)創作・表現に対するステレオタイプは, 表現に対する低い効力感, 及び, アートに対するネガティヴなイメージを予測した。2)表現に対する効力感やアートに対するイメージは, どちらも表現・鑑賞への動機づけに影響していた。以上の結果から, 表現のみならず, 鑑賞を促す上でも表現に対する効力感を高めるような実践が有用である可能性や, その一つの方法としての, 創作・表現に対するステレオタイプを緩和するというアプローチの有効性が示唆された。

4 0 0 0 OA 競馬成績書

出版者
帝国競馬協会
巻号頁・発行日
vol.昭和9年 春季, 1934
著者
吉本 充宏 宝田 晋治 高橋 良
出版者
一般社団法人 日本地質学会
雑誌
地質学雑誌 (ISSN:00167630)
巻号頁・発行日
vol.113, no.Supplement, pp.S81-S92, 2007 (Released:2009-01-27)
参考文献数
29
被引用文献数
2 6

国内でも有数の爆発的噴火を繰り返す北海道駒ヶ岳火山の最新活動期の噴出物を中心に,爆発的噴火の堆積物の特徴や構造,それらの織りなす地形を見学するとともに,日本で最初にハザードマップが作成された火山防災先進地域の活動を視察する.
著者
菊永 茂司 高橋 正侑
出版者
公益社団法人 日本栄養・食糧学会
雑誌
日本栄養・食糧学会誌 (ISSN:02873516)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.123-128, 1985 (Released:2009-11-16)
参考文献数
21
被引用文献数
1

野菜中のCaの利用性を知るために, Caの生体への吸収利用に密接に関与するシュウ酸を細管式等速電気泳動法により定量を試みた。また, 市販野菜13種類中のシュウ酸とCa量を測定した。1) IPには島津製のIP-1B, 検出器にPGD-1を使用した。泳動条件は, リーディング液にその各pHにおけるシュウ酸を含む8種有機酸のPU値から0.01N HCl-β-alanine (pH4.0), ターミナル液に0.01N n-capro-ic acid (pH 3.4), 泳動電流150μA (8分) →50μAとした。2) 上記1) の泳動条件でのシュウ酸の定量性については, 20nmol/μl以下でもY=0.988X+0.249の直線性が得られた。 また, この泳動条件でシュウ酸, オキザロ酢酸, α-ケトグルタル酸, クエン酸, コハク酸の分離が可能であった。3) 野菜のシュウ酸抽出液中のIPによるシュウ酸の分離ゾーンは, oxalate decarboxylaseを作用させると消失することから, シュウ酸の単一ゾーンであることを確認した。4) 分析した13種類の野菜中のシュウ酸量は, 100gあたり, ホウレン草, 1,339mg, ショウガ239mg, パセリで177mgなどであった。 またCa含量は, 100gあたり, ヨモギ307mg, クレソン256mg, フキ (葉) 243mg, ホウレン草150mgなどであった。5) ホウレン草の 「ゆで」 時間と沸騰水量は, ホウレン草重量の5~10倍量で2~3分間 「ゆで」 ることによって, 遊離型シュウ酸のほぼ全量を除去でき, また生体に最も吸収されやすいと考えられる遊離型Caの損失も少なかった。
著者
三浦 麻子
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会誌 (ISSN:09135693)
巻号頁・発行日
vol.95, no.3, pp.219-223, 2012-03-01
参考文献数
14
被引用文献数
1

東日本大震災は我々の生きる社会の有りようを自然環境や経済状況など多様な側面で大きく変え,そのことが我々の心理に及ぼした影響は甚大である.本稿では,災害時のコミュニケーションにおけるオンラインメディア(特にソーシャルメディア)の利用実態に関する社会心理学的研究について,関連する先行研究をレビューするとともに,東日本大震災発生以来のツイッター上のツイートを分析した実証的研究を紹介する.特に,ユーザがツイッターで発信した情報について,感情反応の開示と情報伝搬という2側面に注目して検討・考察する.
著者
趙 成河 河内山 冴 園山 繁樹
出版者
障害科学学会
雑誌
障害科学研究 (ISSN:18815812)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.183-192, 2019-03-31 (Released:2019-10-01)
参考文献数
9

本研究では、場面緘黙を示す幼児1名を対象とし、大学教育相談室での行動的介入の最初の導入期2セッションを含め、その後の心理治療の展開初期までの計10セッションの教育相談場面での手続きを報告し、その結果から刺激フェイディング法及び随伴性マネジメントの効果を検証することを目的とした。介入手続きは、プレイルームで一緒に活動する人と活動時間を刺激フェイディング法に基づいて調整した。従属変数は場面ごとの発話・表情・身体動作レベルであり、5段階のチェックリストを用いてレベルを評定した。発話は副セラピストとの遊び場面で増加し始め、その後、主セラピストとの学校ごっこ場面でも自発的な発話が見られた。表情も発話の変化に伴い、ほほ笑みや笑顔が増加した。身体動作は全セッションで緊張は見られなかった。本研究は主に教育相談場面で介入を実施したが、幼稚園と小学校場面でも緘黙症状がある程度改善した。一方、発話と表情レベルは活動内容によって変動が大きく、より効果的な参加者・活動の調整については今後さらに検討する必要がある。
著者
寺本 喜好 臼井 永男
出版者
The Society of Physical Therapy Science
雑誌
理学療法のための運動生理 (ISSN:09127100)
巻号頁・発行日
vol.9, no.4, pp.171-175, 1994 (Released:2007-03-29)
参考文献数
11
被引用文献数
1

この研究の目的は,脚長差の出現が直立姿勢における骨盤と腰椎の形態及び左右の荷重差に与える影響ついて検討することである。健常な20名(男性11名,女性9名)を対象に,二台の体重計の上で左右の下肢に脚長差を順次つけ,直立姿勢における左右の荷重差を計測した。その内4名について骨盤と腰部の左右捻転角を測定した。その結果,ヒトは10~20mmの脚長差においても,骨盤と脊柱で捻転(回旋)と側彎を繰り返して垂直方向のバランスをとっているが,重心は脚長差の長脚側に移る傾向が見られた。平均30mm以上の脚長差になると平衡感覚は破綻をきたし,姿勢は乱れ直立位を保つことは困難であった。このように脚長差の出現は骨盤と脊住を捻転側彎させて,垂直方向に直立位を保とうとするが,前後左右の重心を乱し不良姿勢を形成する可能性を内包している。また左脚よりも右脚の方が,平衡機能を保つ上で優位な利き足となっていることが示唆された。
著者
森 真一
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.3-19,180, 2002-10-31 (Released:2016-05-25)

There seems to spread such a discourse as " high self-esteem makes life happier, so, to the contrary, if your self-esteem is low or absent, it makes some psychological problems " among many people. I name this discourse " the rhetoric of self-esteem. " I consider the discourses of recovery books make the rhetoric popular. So, in this paper, I aim to analyze those discourses to make clear the relatedness between the rhetoric of self-esteem and the social situation that has accepted it. The writers of recovery books claim that the "dysfunctional family" or the "codependent relationship" produces those who have difficulties of living in the contemporary society because of their lack of self-esteem. What social situation makes such discourses plausible? A.Giddens would probably say that in the de-traditionalized, reflexive society, intimacy has transformed into the "pure relationship." In this form of relationship, people must always make a choice of continuing their relationship or discarding it, by referring to their inside. So people must get high self-esteem to be internally referential in such a society, which makes the discouses of recovery books plausible. But I propose to consider the pure relationship as the radicalization of "the cult of the individual." And, as a result of this tendency, many people have tried to manage the risk of hurting the "sacred self" of themselves and others by preserving their own self-esteem depending not on the other's estimation but on their own. The rhetoric of self-esteem presented by the authors of recovery books justifies this "self worship" and teaches many people the methods of this form of worship, which makes the discourse of recovery books plausible.
著者
山田 晶子
出版者
愛知大学語学教育研究室
雑誌
言語と文化 (ISSN:13451642)
巻号頁・発行日
no.18, pp.111-121, 2008-01