- 著者
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島 純
- 出版者
- 社団法人 日本食品科学工学会
- 雑誌
- 日本食品科学工学会誌 (ISSN:1341027X)
- 巻号頁・発行日
- vol.55, no.1, pp.37-37, 2008-01-15 (Released:2008-02-29)
- 参考文献数
- 3
- 被引用文献数
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ナイシンAは,バクテリオシンと総称される抗菌性ペプチドの1種であり,乳酸球菌Lactococcus lactisにより生産される.2005年にCotterらが提唱した分類に従うと,バクテリオシンは抗菌特性や化学構造からクラスIおよびクラスIIに分類される.ナイシンAが含まれるクラスIバクテリオシンは,ランチビオティクと呼ばれる細胞膜攻撃性の耐熱性低分子ペプチド(<5kDa)である.ランチビオティクの特徴は,デヒドロアラニン,デヒドロブチリン等の修飾アミノ酸を含むことである.また,デヒドロアラニン,デヒドロブチリンの一部は,システインとの分子内縮合によりモノスルフィド結合を有するランチオニンや3-メチルランチオニンを形成する.ナイシンAの抗菌スペクトルは,他のクラスのバクテリオシンと比較して広く,他種乳酸菌やグラム陽性の食中毒細菌の多くに抗菌活性を示す.また,ナイシンAと部分的に構造が異なる天然類縁体であるナイシンZ及びナイシンQの存在が報告されている.ナイシンAの化学構造を模式的に図1に示した.一方,クラスIIバクテリオシンは,ランチオニン等の修飾アミノ酸を含まない低分子ペプチド構造を有するバクテリオシンの全てを包括するとされている.乳酸菌の生産するバクテリオシンが注目される大きな理由は,バイオプリザベーションへの応用の可能性が大きいことにある.有害食品微生物の制御の代表的手法は加熱であるが,全ての食品素材に加熱処理を適用することは出来ない.その場合には,食品保存料の使用が必要となるが,消費者の安全性指向の高まりにともない,化学合成された食品保存料の使用を敬遠する傾向にある.このようなことから,生物由来の安全な抗菌作用を有する天然抗菌物質を活用して,有害食品微生物を制御しようとするバイオプリザーベーション技術の開発が期待されている.バイオプリザーベーションに用いる保存料はバイオプリザバティブと呼ばれ,食経験が十分にあることや有害作用がないことが確認されている必要がある.ナイシンA等を生産する乳酸菌は,ヨーグルトやチーズ等の発酵乳製品や味噌,醤油等の発酵食品の製造に用いられてきており,長年に及ぶ食経験を有していることから,安全が確保されているGRAS(Generally recognized as safe)微生物と認識されている.そのような観点から考えて,ナイシンAをはじめとする乳酸菌バクテリオシンは,バイオプリザバティブとして最適な条件が揃っていると言える.バクテリオシンの食品への利用には,様々な手法が考えられる.1つは,精製したバクテリオシンを食品添加物として利用する手法である.また,バクテリオシン生産菌を発酵食品のスターターとして用いることで,発酵を行いながらバクテリオシンを生産させて有害細菌の増殖を防ぐ手法も考えられる.これらの方法ばかりでなく,食品の種類や形態等に合わせて,多様なバイオプリザベーション手法の構築が可能である.ナイシンAを代表とするクラスIバクテリオシンは,バイオプリザバティブとしての活用が最も期待されている天然抗菌物質であると思われる.実際に,ナイシンAは世界50カ国以上で既に食品保存料として使用されている.我が国においては,現段階ではナイシンAの食品添加物としての使用は認可されていないが,食品安全委員会においてナイシンAに係る食品健康影響評価が進められており,今後の動向が注目される.バクテリオシン生産能を含めた乳酸菌の潜在機能を有効活用することにより,食品の安全性向上が強く期待できる.