著者
鈴木 允
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100352, 2017 (Released:2017-05-03)

本研究は,愛知県東加茂郡賀茂村(現豊田市足助地区の一部)の,大正年間の『居所寄留届綴』の分析から,当時の山村地域からの労働力移動の実態に関する知見を見出すことを目的としている. 明治・大正期の人口動態に関する研究は、統計資料の不正確性・不完全性ゆえに未だに多くの検討の余地を残しており、とりわけ人口移動の活発化に伴う都市化の進展の実態解明は大きな課題である。本研究はこうした課題に接近するため、人口移動や都市化の実態解明につながる知見を見出すことを狙いとしている.また,移動の実態を人口排出地域の側から明らかにすることは,大正年間に始まったとされる人口転換プロセスの解明にも寄与できる可能性がある.本研究においては,1915(大正4)年から1926(大正15)年の居所寄留届のこれらの情報をデータベース化し,寄留先や寄留者の属性,寄留の期間などを検討した.
著者
池谷 和信
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.243, 2008

<BR>1.はじめに<BR> アフリカを対象にした地域研究は、1950年代後半以降現在まで約50年の伝統を持って学際的に行われてきたが、地理学もその重要な部分を構成してきた。地理学では、自然地理学における環境変遷史研究、人文地理学における土地(自然資源)利用の変遷に関する研究などに焦点がおかれ、近年では、従来の地理学の枠にとらわれずにアフリカの地域像を構築することをねらいとした2册の単行本(のべ約900頁)が刊行されている(池谷ほか 2007、2008印刷中)。<BR> その一方で、アフリカ各地の地誌・民族誌のなかで通時的資源利用プロセスの復元のためにGPSやGISが使われてきた。佐藤は、空中写真、地形図、衛星画像などの資料に加えて地域住民に対して詳細な聞き取り調査をすることで、エチオピアの焼畑民マジャンギルによる環境動態の復元を行っている(佐藤2003)。このほかにも、GISや地理資料を利用した地域研究は、アフリカの他の地域でみられる。<BR> この報告では、GISを使用したアフリカ研究が、これまでのアフリカ地域研究に対して、どのような新たな貢献をすることができるのか?ここでは、あくまでも地域研究をさらに進展するためのツールとしのGISに注目したい。具体的には、筆者がこれまで約20年間にわたって現地調査を行ってきたアフリカ南部に位置するカラハリ砂漠(とくにボツワナ)に焦点を当てる。撮影年代の異なる航空写真や地形図や人口分布図を利用する一方で、これまで筆者自らが収集してきた数多くの地名の分布特性などを他の地理情報とのかかわりから分析する。<BR><BR>2.カラハリ砂漠の景観変遷史<BR> カラハリ砂漠は、日本の約2倍の面積を有し、ボツワナを中心として南部アフリカの内陸部に広がっている。ここでは、年間の降雨量がおよそ500mmであり、その降雨量は12月から3月までの雨季に集中しており、その年変動も大きい。また、対象地域のサバンナ景観を考える場合には、灌木の広がる地域だけではなく、降雨後に水が貯蓄されるパンと呼ばれる窪地、サバンナのなかで点在するウッドランドなどの森林景観、かつてのかれ川の跡であるモラポと呼ばれる地形の分布を無視することはできない。とりわけ、パンの大部分には必ず地名が付与されている。さらに、この地域では、狩猟採集民サン(ブッシュマン)や農牧民カラハリの人びとが暮らしてきており、彼らの集落やキャンプ地や畑地(スイカやササゲなどの栽培)があちこちに点在する。これらのことから人類の踏み後のみられない場所はほとんどなく、何らかの人為の作用した景観を構成してきた。<BR><BR>3.アフリカ環境史へのGISの貢献-ミクロからマクロへの展開-<BR> 近年、アフリカ地域研究のなかで、冒頭で述べたようなGISを利用した各地の環境動態研究や資源利用研究が報告されてきた。筆者は、それらを十分に活用することで、環境変動と人間活動のかかわりに関する研究に貢献でき、新たなアフリカ地域像を構築することができると考えている。しかし、そのためには、本稿の事例のみではなく、中部アフリカにおける熱帯雨林、西アフリカにおける森林・サバンナ移行帯、東アフリカにおけるサバンナなどの地域事例を加えて、アフリカ大陸全体の環境史に関するデータベースの構築が必要であろう。それを通して、自然が豊かで歴史なき大陸であるといわれたアフリカではあるが、自然に対する人為作用に関して新たな枠組みを提示することができるであろう。なお、筆者が所属する国立民族学博物館では、約24万点の標本資料(諸民族の生業、儀礼、技術にかかわる用具類など)の情報をHP上で公開している。このうちアフリカを対象にしたものは約2万3千点となり、アフリカ大陸の文化的地域性を把握するためにこれらを使用してのデータベースの作成も、今後の課題として残されている(大林ほか1990参照)。<BR><BR>参考文献<BR>大林太良ほか(1990)『東南アジア・オセアニアにおける諸民族文化のデータベースの作成と分析』民博研究報告別冊 11号。<BR>佐藤廉也(2003)「森林への人為的作用の解読法」池谷編『地球環境問題の人類学』世界思想社 <BR>池谷和信・佐藤廉也・武内進一編(2007):『朝倉世界地理講座-大地と人間の物語-11 アフリカI』朝倉書店。<BR>池谷和信・武内進一・佐藤廉也編(2008印刷中):『朝倉世界地理講座-大地と人間の物語-12 アフリカII』朝倉書店
著者
木本 浩一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.100043, 2011

中国に次ぐ経済発展によって注目されるインドではあるが、ホットスポットや生物多様性など環境面での懸念や、人口圧力や人権、地域間格差など多くの複雑に絡み合う構造的な諸問題を抱えていることは言うまでもない。 これら諸問題を検討する際に、個々の諸問題や要因を単に「その関連においてみる」ということではなく、それらを「地域的文脈においてみる」ということの重要性を強調したい。例えば、近年注目されつつある経済特区(SEZ)の場合でもその経済効果や影響という側面のみならず、多層的な地域的文脈のなかに位置づけて検討することが可能である。ここで言う「地域的文脈」とは、多様なスケールによって構成されるという(客観的な)側面と、「行為者にとっての地域」が(主観的に)構成されるという側面、という両面によってなる方法的枠組みのことである。その際、抽象的に構成される(と考えられる)「地域的文脈」が具体的「地域」に投錨する形で具体的な土地に関するコンフリクトが生じる。 以上を踏まえ、本研究では、インドにおける土地利用をめぐる正当性と合法性の相克について、いくつかの事例を取り上げながら検討してみたい。 もちろん、正当性の根拠としての合法性という観点からすれば、「相克」は次元を無視した問題設定であるかもしれないが、法的根拠に基づいた各アクターの行為が地域的文脈のなかで衝突しているという現実からすれば、合法性によらない秩序はいかにして可能かという課題に直面することになる。このことは同時に、「方法としての土地利用」という観点の可能性を示唆することにもなる。 本研究で取り上げる事例は、以下のとおりである。1)高規格高速道路建設の事例(図1)、2)都市郊外における反都市化の事例、3)「違法」建築物撤去問題、4)指定部族(ST)に対する再定住集落に関わる問題、などである。いずれもカルナータカ州(南インド)南部の事例である。
著者
竹本 統夫 浅見 和希
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

<b>日本と比べ広い範囲で降雪が観測できるスウェーデンでは、春になると融雪によって河川の流量が大幅に増加し、時には水害を引き起こす。この融雪出水はヴォールフロードと呼ばれ、スウェーデンを代表する自然災害の一つに数えられている。しかし近年では、その発生傾向に変化が見られる。特に南部では冬季の積雪が減り、発生規模の縮小が著しい。北部を流れるカリクスエルヴェンと南部のエムオーンの二つの河川の流量とその周辺の気象データの1961年~2013年の推移を調査したところ、北と南の両方で気温が上昇傾向にあり、北部で融雪次期が2週間から1ヶ月ほど早まっている一方で、南部では冬季の積雪または降雨が短時間で流出し、融雪出水の規模が小さくなる傾向にあることが明らかとなった。また南部では、夏に集中豪雨が増え年間の流量のピークが春から夏に移動する傾向も見られた。</b>
著者
内藤 正典
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.70, no.11, pp.749-766, 1997-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
14
被引用文献数
1 2

本稿は山本健見による筆者の著書への批判に反論することを通じて,多民族・多文化の共生をめぐる諸問題に対する研究視角を検討したものである.冷戦体制の崩壊とともに,イスラムとイスラム社会を共産主義に代わる新たな脅威とする言説が西欧諸国に蔓延している.しかし,多くのムスリム移民が定住している西ヨーロッパ諸国において,この言説は多文化の共生を危機に陥れる危険をはらんでいる.宗教や民族の相違が直ちに対立や紛争をもたらすとする言説の問題点とは何であるのか.移民自身からの異議申立ては何を争点としているのか.異文化との共存をめぐるマスメディアの功罪とは何か.そして,移民によって国家の基本原理が問われていることをどのように評価すべきか.本稿では,ドイツにおけるトルコ人移民の問題を通して,これらの課題を検討する際に必要な視角を具体的に提示した.
著者
佐々木 達
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2013, 2013

<b>1.課題の設定</b> <br>&nbsp; 東日本大震災から時間がたつにつれて地域経済の再構築は被災地にとって喫緊の課題となっている。とくに、地域経済の一翼を担う農業の復興を図るうえで障害となっているのは、農産物に対する風評被害である。除染やサンプル検査などが行われる中で沿岸部では津波被害からの営農再開が進みつつある一方で、安全とされる農産物が敬遠され、消費者も農産物を安心して消費できない状況が継続している。 しかし、風評被害問題も農産物が売れないという単純な話でとらえるべきではない。原発事故を契機とした問題の長期性と根深さが加わっているが、農産物流通のあり方や地域農業の再建、そして今後の地域の在り方をどうするのかという問題の立て方が必要である。それらの課題に先立ち、本報告では、福島県いわき市を対象にして、消費者の農産物の購買行動を把握することにより風評被害の実態を明らかにすることを目的とした。今回は、アンケート結果の中から野菜の購買行動を中心に検討を行う。&nbsp; <br><br>&nbsp;<b>2.アンケート結果の分析</b> <br>&nbsp; 分析の結果、明らかになったのは以下の点である。①野菜の購入先は食品スーパーが主流である。震災前後で購入先に大きな変化は見られない。②野菜を購入する際に重視されているのは産地、鮮度、価格の3要素である。風評と関連する放射性物質の検査はこれに続く結果となっており、原発事故以降に新たな判断材料として加わったと見ることができる。③購入産地は県外産にシフトしているのが現状である。ただし、産地表示や検査結果を気にしている反面、その判断する情報リソースは二次情報、三次情報である可能性も否定できない。④購買行動において国の基準値や検査結果に対して認知されているが,信頼度という点においては低い結果となっている。野菜の購買基準は,「放射性物質の検査」と答える人も多いが,風評とは関連性のない「価格」を挙げる人が多い。しかし、「価格」要因は消費者サイドに起因するのではなく現在の小売主導の流通構システムから発生している可能性がある。一般的に風評被害は、消費者が買わないことにばかり目を向けがちであるが、市場・流通関係者の取引拒否や産地切替などの流通システムからも風評は生まれることを看過してはならない。 &nbsp; <br><br><b>3.復興支援のあり方―調査から発信・共有へ―</b> <br>&nbsp; 風評被害は、消費者だけでなく小売店、農業生産者など様々な主体の思惑が錯綜する中で実体化している。今後、風評被害を払拭するための支援のあり方には、地元の消費者と情報を共有・発信しながら課題認識の場を作り出していくことが重要であると考える。なぜなら風評被害に対する正確な現状把握や調査もほとんど手が付けられておらず、「目に見えないもの」に生産者や消費者がただただ翻弄される状況がいまだに続いているからである。正確な現状認識のための研究調査の重要性を認めつつ、その成果を地域の住民とともに共有し、課題を乗り越えるための復興支援調査との両輪で被災地の復興に参加することが重要であろう。
著者
池田 亮作 日下 博幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

都市の気温は, 都市化の影響を大きく受けていると考えられており, 都市の暑熱環境の悪化は, 熱中症など都市住民の健康にも影響を与えうると不安視されている. そこで, 街区の風通し, ドライミスト・街路樹の設置などの暑熱環境緩和策への関心が高まっている. これらの効果を, 数値モデルを用いて評価するためには, 街区スケール(10<sup>2</sup>~10<sup>3</sup>m)から建物周辺スケール(10<sup>1</sup>m)の現象を計算できるモデルが必要となる.そのためには, 建物を解像し, 街路樹の効果もモデルに反映させる必要がある.本研究では, 街区・建物周辺スケールのシミュレーションが可能なモデルの開発を行い, 現実都市における熱環境シミュレーションを行った.
著者
平井 幸弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.235, 2008

<BR>1. 「IPCC地球温暖化第4次評価報告書」<BR> 2007年2月~5月、IPCCの「地球温暖化第4次評価報告書」が提出された。このうち気候変動に関する最新の科学的知見を評価した第1作業部会報告書では、1906年~2005年までの100年間で世界の平均気温は0.74℃上昇、最近50年間の長期傾向は過去100年間に上昇した気温のほぼ2倍、海水面は20世紀の100年間で17cm上昇、また1970年代以降とくに熱帯・亜熱帯地域でより厳しく、より長期間の干ばつが観測された地域が拡大、北大西洋の強い熱帯低気圧の強度が増してきたことなどが記されている。そして、気候変化の影響、社会経済・自然システムの適応能力と脆弱性を評価した第2作業部会の報告書では、氷河・氷帽の融解による氷河湖の増大・拡大、山岳での岩雪崩の増加、海面上昇による海岸侵食など、すでに世界の各地で起こっている温暖化の影響についても、明記されている。<BR> このような地球温暖化による様々な影響は、場所によっては、これまでその地域で経験したことのない大災害を引き起こしたり、災害の発生頻度が高まったりする場合もある。地球温暖化との直接的な因果関係は証明されていないが、2005年8月にアメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナや、本年9月~10月のサハラ以南のアフリカ諸国での記録的洪水、また11月にバングラデシュを襲ったサイクロンなどによって、数千人規模の死者や数十万・数百万人の被災者が出ている。このような近年の状況を考えると、今後温暖化に伴う地域規模・地球規模の災害が、ますます深刻な問題となることが懸念される。<BR><BR>2. 地球温暖化への緩和策と適応策<BR> 先のIPCCの報告書では、たとえ温室効果ガスの濃度を安定化させたとしても、今後数世紀にわって人為起源の温暖化や海面上昇は続くとされる。そのため温暖化に対しては、温室効果ガスを大幅に削減する緩和策とともに、将来の不可避的な干ばつや洪水などの気象災害や、継続的な海岸侵食などに対する適応策を、早急に検討・実施していく必要がある。この場合、発生する災害現象は、それぞれの地域の自然システムの特徴や相違、また社会・経済システムの脆弱性の大小によって、影響の範囲や規模、災害の様相は大きく異なる。近年は経済の急激なグローバル化によって、とくに開発途上国における貧困化の進行、観光業の発展による大量の人の移動、大規模な灌漑施設の整備・過剰揚水等による土地の荒廃など、地域における災害に対する脆弱性が増大しているところも多い。<BR> したがって、地球温暖化への対応として講じられる適応策は、それぞれの地域の自然および社会・経済システムを十分に把握した上で、実施されなければならない。<BR><BR>3. 地理学からのアプローチ<BR> 例えば、すでに世界各地で深刻な問題となっている「海岸侵食」問題を例に挙げてみたい。ベトナム北部の紅河デルタの海岸や、中部のフエのラグーン地域、また南部のメコンデルタの海岸でも、それぞれ激しい海岸侵食が起こっている。紅河デルタでは三重に築かれた海岸堤防の海側2列が侵食により決壊し、多くの住民がすでに移住を余儀なくされている。フエ・ラグーンでは、1999年の大洪水をきっかけに砂州が複数ヵ所決壊し、その周辺で急激な侵食と砂丘の崩壊が起きた。メコンデルタでは、海岸のマングローブが侵食され後退する一方、内陸側ではエビの養殖池の造成のためマングローブが広く伐採されている。このように、それぞれの海岸の地形や水文条件、また開発の歴史や生業、集落組織、文化などの社会・経済条件などを、十分調査した上でなければ、各地域に有効な適応策は考えられない。そのためには、まず現場の実態把握と、災害メカニズムの科学的調査、そしてそれぞれの地域における住民を含めた適応策の検討が必要である。<BR> このようなグローバルな環境変化や災害現象に対して、すでに地理学の立場から多くの調査・研究がなされている。本シンポジウムでは、近年あるいは今後懸念される「地球温暖化」と関連する様々な災害についての報告をもとに、地理学の様々な分野から、今後の地域・地球規模の災害への対応について幅広く討論したい。
著者
阿部 亮吾
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.14, pp.951-975, 2005
被引用文献数
3

1980年代以降急増したフィリピン人女性エンターテイナーの存在は,アジア系ニューカマーの中でも看過できない存在である.なぜならば,彼女たちは外国人を厳しく規制する日本の入管行政において,合法的な入国・就労が認められてきたエスニック集団だからである.本稿の目的は,システム化された移住労働の今日的状況のもとで,彼女たちを他者として位置づけているポリティクスを明らかにすることである.本稿では,名古屋市栄ウォーク街のフィリピン・パブを事例に,雇用者との労使関係,顧客との相互関係に着目し,彼女たちが雇用者と顧客双方からどのようなパフォーマンスを期待されているのかを議論した.そこで明らかとなったのは,ミクロ・スケールの日常空間で作用する雇用者の空間的管理のポリティクスと顧客のまなざしのポリティクスが,移住労働の制度・法的背景と相互に関係し作用する様相であり,それに果たすフィリピン・パブという空間の役割であった.
著者
上村 要司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.184, 2004

1.研究の目的<br> 近年,高水準の供給が続いている分譲マンションは都市の居住形態として定着した感があるが,そのストックの増大とともに既存住宅の住み替えを通したフィルタリング効果(居住水準の向上)の重要性も高まっている.都市における居住地移動や住宅の居住選択に関する既往研究は多岐にわたるが,中古や新築といった住宅の取得形態から居住選択行動を捉えたものは多くない.そこで本研究では,分譲マンションの取得形態に着目し,新築取得層との比較から既存住宅取得層の居住地選択特性について明らかにする.<br>2.方法<br> 本研究では,東京圏(1都3県)において既存住宅流通量の把握が可能な指定流通機構データから,鉄道沿線別の地域特性に配慮しながら取引活発な10都市(川口・志木・千葉・我孫子・東京都港・八王子・西東京・横浜市青葉・川崎麻生・鎌倉の各区市)を抽出し,2002年12月に当該都市の10マンション(戸数100戸以上)に対しアンケート調査を実施した.有効回答率42.4%で501世帯から回答を得た.<br> 調査項目は,_丸1_現住地,家族構成,世帯主の職業・就業地等の世帯属性,_丸2_中古・新築での取得形態,_丸3_従前住宅の所在地・所有関係,_丸4_購入時の比較住宅・探索地域,現住地の選択理由,_丸5_購入時の重視項目等である.分析においては,各地域における中古・新築取得層の別に従前居住地や取得時の探索地域及び現住地・勤務先との関係を都市空間パターンとして捉えるとともに,居住地選択における住環境要素の重視度を中心に考察する.<br>3.結果<br> 1)居住選択行動の特性:現住地の選択理由では中古・新築取得層とも「通勤利便性」の比率が高いが,中古では「住み慣れた地域」もこれに次いで高く,「子供の学区」とともに新築との間で1%水準の有意差がみられた.従前居住地が現住地と同一区市である比率は,新築では20%にとどまるが,中古では49%を占め比較的狭いエリアで居住選択が行われている.選択時の探索地域でも,新築の56%が他の区市町村や現住地と同じ鉄道沿線を対象にしているのに対し,中古では同一区市のみが51%を占め,現住地周辺に対する志向性が強い.一方,回答者におけるサラリーマン世帯の多さを反映し,就業地が現住地と異なる区市町村の比率は新築で90%,中古も77%と高く東京都心5区は48%を占める.しかし,就業地が他の区市町村の場合でも,中古では同一区市内での探索が46%と高く,新築の16%に対し探索範囲を限定する動きが顕著にみられた.<br> 2)都市間移動を伴う選択行動の空間特性:都市間移動を伴う居住地選択が多くみられた新築取得層では,志木市や西東京市のマンションで都心に向かう鉄道沿線を中心に,概ね20km圏内のセクター方向に従前居住地の存在が認められたが,我孫子市では千葉方面から都心区を超えた世田谷区や調布市からの転居もみられた.<br> 3)居住選択における重視項目:現住地の選択に際して重視された住環境要素をみると,駅までの距離や買物の利便性の重視度が高い都市が多いが,千葉市では沿線やまちのイメージも重視されており,港区では周辺の娯楽環境などの都市機能への期待が高い.一方,鎌倉市では交通等の利便性より周辺の自然環境や住宅街としての閑静さの重視度が高く,居住環境の良好さが強く意識されている.<br>4.まとめ<br> 分譲マンションの新築取得層では,主な就業地である都心区と現住地を結ぶセクター方向での探索以外に,都心区を超えた転居行動もみられたのに対し,中古では同一都市内での比較的狭いエリアでの選択行動が卓越していることが明らかとなった.それは通勤利便性だけなく,住み慣れた地域や子供の教育環境に対する強い志向性が現れた結果といえる.このことは,設備や構造の新しさなど住宅の要素に関心が向けられやすい新築に対して,既存住宅を選択した居住者では,住宅自体より地域の住環境をよく吟味して取得しようとする意識が働いていることを示唆している.<br>
著者
山川 修治
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.16, 2005

1.はじめに近年,集中豪雨の頻度が高まってきていると指摘される。集中豪雨の地域性に何か変化はないだろうか。2004年はまさに大水害の年であったが,その背景には何があるのだろうか。梅雨季から盛夏季にかけての梅雨前線・秋雨前線とそれに伴う暖湿気流の振る舞い,および史上最多の10個上陸の記録をつくった台風を中心に据えて,近年の類似年を検討しつつ特徴を述べる。2.集中豪雨の地域性をもたらした要因近年とくに日本海側地域における集中豪雨が増加しているが,それはなぜだろうか。端的にいって,日本海側に前線が停滞しやすくなっている(山川, 2002)。従来,日本海に停滞前線が現われるのは,梅雨末期,つまり梅雨明けを控えた1週間ほどであった。しかし,ここ10数年においては,梅雨季の後半に入って間もなく,日本海から北日本を通る停滞前線が出現しやすくなっている。その傾向は8月にも認められる。その成因として,1)北太平洋高気圧の梅雨季における早い北偏と,2)同高気圧の盛夏季における南への後退があげられる。2)の原因としては,3)オホーツク海高気圧の出現頻度が高い年の発現,4)寒冷渦の出現頻度増加(8月)が挙げられる。3)関連で5年周期変動も指摘されている(Kanno, 2004)。さらに3)の原因としては,地球温暖化のため東シベリアの気温の上昇が顕著だが,周辺海洋ではそれほど変化がなく,そのため,極東域で南東季節風が強化,高気圧性の循環が卓越し,オホーツク海高気圧の発達を促進していることが推察される。暖湿気流(湿舌)にも特色がみられる。2004年7月13日の新潟・福島豪雨,同月18日の福井豪雨の両事例とも,豪雨地域に進入する線状の積乱雲(Cb-line)が非常に鮮明だった。そのCb-lineに沿って顕著な暖湿気団(相当温位:約345K)が流入した。その水蒸気源は,一部はインド洋(ベンガル湾)から入り,また一部は南シナ海,東シナ海,および黒潮大蛇行へ移行中の西太平洋からも合流した。加えて,日本海でも海面水温(SST)が高く,水蒸気を供給した。下層ジェット(WSW20m/s強)が吹くとともに,それに直角方向の対流現象も生じ,日本海からの蒸発を促したと推測される。3.猛烈台風の襲来の要因2004年における台風の総発生数は29個と,平年より2つ多いだけだが,発達したものが多かった。猛烈に発達した台風の頻発は,日本南方,西太平洋における200hPa(圏界面付近)の明瞭な気温低下,および,高いSSTの相互作用の結果とみなすことができる。さらに,熱帯太平洋中部の高SSTが熱帯収束帯(ITCZ)を活発化させたこと,北太平洋高気圧の張りの西縁部がまさに日本列島付近にあり,その縁辺流が南方の台風を日本列島へ向かわせた。太陽活動と有意な正相関の認められる海域が日本付近に多いが,高SSTは2000-01年極大期の余波とみなすことができよう。放射平衡の結果として現われる圏界面付近の低温化は,今後もトレンドとして進行する可能性が高く,猛烈台風形成要因として見逃せない。台風0423号は特筆に値する。超大型で強風圏は半径650kmに達した後,日本列島を襲った。台風が土佐清水に上陸後,中京地区を東北東進中,中心から100-200km北側の北陸方面(いわゆる「可航半円」内)で激しい暴風雨被害が発生した。その原因として,1)台風上空の12.1-12.5km(200hPa)に強風圏にほぼ対応する暖域があり,Cbスパイラルバンドの雲頂高度もほぼ同高度に及んでいたとみられ,奥羽山脈を東から西へ横断してもCbはあまり衰えなかったこと,2)大陸からー61℃(200hPa;上記暖域核との気温差18℃)の寒気団の南下もあり,気圧および気温の勾配が急激な状態となったことが挙げられる。豊岡・舞鶴などにおける洪水のため,台風に伴う人的被害としては台風8210号(8月2日,梅雨前線が残るなか渥美半島に上陸;死者行方不明:95名)に匹敵する惨事となった。2004年との共通点としては,1)1982年も「長崎豪雨」などの集中豪雨が相次いだ後での追い討ち豪雨による土砂災害だった。2)ともに成層圏QBOは典型的な東風フェイズで,熱帯対流圏の鉛直シアは小さく,東へ張り出すチベット高気圧の東縁部に沿って台風が北上しやすかった。3)ともに黒潮大蛇行年。4)ともに太陽活動はピークの3-4年後の衰退期にあたり,ユーラシア大陸上の寒冷渦が強化された(同期特有の現象)。相違点としては,1982年はエルニーニョ年であるのに対し,2004年は上記のようなSST分布であったが,ともに日本への湿舌は極めて強いという結果となった。4.まとめ2004年は複合的な要因が重なり,前線活動と台風による豪雨災害が頻発した。それには,高いSSTの影響が大きいが,QBO東風フェイズ,太陽活動(SSTおよび寒冷渦へ作用)も影響したほか,地球温暖化の直接・間接的に関与していると考えられる。
著者
平井 純子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.47, 2009

<b>1.山村留学について</b><br>山村留学とは,「自然豊かな農漁村に,小中学生が一年間単位で移り住み,地元小中学校に通いながら,さまざまな体験を積む活動」である(NPO法人全国山村留学協会)。山村留学は留学児童の心身の成長だけでなく,地域の子どもたちへの刺激となり,地域住民の交流が促され,さらに外部からの眼が地域の良さの再発見をも引きだすことにもつながる。1980年代後半,地方では過疎化に伴う学校統廃合を回避するため,山村留学事業を運営し地域を活性化していこうとする地域や自治体が増えた。同時期,都市部においては不登校や校内暴力などの学校教育への不安などによる社会的な不安が募った。地域と都市部におけるこれらの動きにより,山村留学事業は開始後10年ほど経過したこのころから増加し始め、社会的関心も高まり、一定の評価がなされてきた。一方で山村留学事業を実践したものの、数年のみで中止してしまう地域も少なくない。<br><b>2.研究目的</b><br>山村留学については,制度の紹介記事や体験ルポタージュのようなものが多く見られるが、学術的な研究が少なく今後の課題となっている。山村留学の形式には,里親型・寮型・学園型・親子型の4パターンがあるが,北海道で多く実施される親子留学での研究蓄積が希薄である。また,留学の児童生徒数は2004年をピークに減少しており,受け入れ児童数の多い学校と少ない学校の二極化が進んでいる。こうした状況から,個別の山村留学を検証していくことが必要となっている。本報告では,山村留学の具体的な事例として,親子留学を行う北海道斜里町峰浜地区の峰浜小学校を取り上げ,当該地区での山村留学と学校教育の現状,山村留学生とその家族が与える地域社会への影響について,具体例をあげつつ検討した。詳細は当日報告する。
著者
高野 誠二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.256, 2005

<B>1. はじめに</B><BR> 近年増加しつつある、駅を中心とした都市整備を行う「駅と街づくり」事業において、都市と鉄道との間の交渉は重要な意味を持つ。両者が共同して事業にあたる必要があるだけでなく、公共の利益を確保する目的を持つ自治体と、自社の利益の確保を目指す鉄道事業者の利害が、鋭く交錯するからである。本研究では、どのような形で都市と鉄道が利害を調整しながら、駅の整備を進めてきたのかを明らかにする。<BR><B>2. 都市と鉄道との間の問題の推移と利害の調整</B><BR> まず、駅や鉄道の整備をめぐる、都市と鉄道との間の問題の変遷を、新聞記事数の集計から概観した。時代が下るにつれて、踏切の改良や駅裏改札口の設置といった小規模な事業から、鉄道連続立体交差事業や駅ビル建設のように、より高度で複雑な事業へと、関心が推移したことがここから分かる。また近年では、自由通路の設置や駐輪場建設等の問題が増加した。これらの場合では、都市と鉄道の間の立場や費用分担等が、現行の法制度によって十分に規定されておらず、交渉が紛糾しやすいことも、記事の数が多くなった一因である。記事の内容を見ても、たとえば駅前広場整備のように、都市と鉄道の利害を調整する法制度や、設計や費用分担の基準等が充実している事業では、両者の交渉が紛糾することは少なかった。このように、都市と鉄道の利害を法制度が十分に調整できていない問題では、都市と鉄道会社との交渉の成否が、駅やその周辺地区での整備事業の帰趨にとって重要である。そこで、都市と鉄道は具体的にどのような交渉を展開しながら、駅の整備を行ってきたのか、駅を中心とする都市整備事業が多く行われてきた、八王子市を事例にして調査を行った。<BR><B>3. 八王子市における都市と鉄道の交渉</B><BR> 八王子市と国鉄の間で特に大きな問題となったのは、八王子駅において1949年に開設された駅裏改札口や、1983年に完成した自由通路と駅ビルの建設であった。駅裏改札口や自由通路の設置は、都市と鉄道の間での費用分担や設置基準等を定めた法制度が無いだけでなく、これらの建設が収入の増加に直結する訳ではない、鉄道側の姿勢が消極的だったことも大きな障害であった。また、八王子のライバル都市での駅ビル推進運動もあったので、必ずしも八王子駅での駅ビル建設を進める必然性が無い国鉄は、八王子市に対して厳しい条件で臨んでいた。これに対して八王子市は、元国鉄職員の市議会議員を中心とするコネを活用して交渉を進めた。また、市内の住民の反対運動に遭って頓挫しかけていた、国鉄のオイルターミナル建設やパイプライン敷設の計画に対して、八王子市が反対運動を鎮めたり用地を斡旋したりする等、国鉄にとって有利となる条件を示して取引することで、自由通路と駅ビルの建設への国鉄の協力を取り付けることができた。<BR> 京王電鉄の駅をめぐっては、京王八王子駅の地下化にあたり、市が構想を持っていた京王線の延伸計画に対応可能なように、設計の変更を働きかけた他、市内各駅の整備を進める必要があった。また京王グループは、市内のバス路線のほとんどを傘下に収めるので、バスターミナルの整備や、山間部への不採算バス路線の維持についても、市は京王グループの協力を得る必要があった。これらの交渉における鍵の一つが、宅地開発への対応であった。市内での宅地開発や様々な開発事業を進める、多角経営の京王グループの収益にとって、市の態度は重要である。八王子市では、担当官の裁量の幅が大きい、宅地開発要綱の運用において便宜を図ること等の条件の代わりに、駅の整備やバスの運行等に関する市の要求が実現されるように、京王グループと取引を行っていた。<BR><B>4. まとめ</B><BR> このようにみてみると、都市と鉄道との間に介在する諸問題のうちで、法制度によって調整が行われる範囲外の問題では、両者の間で様々な条件の政治的取引を絡めた交渉を行うことで解決を図らざるを得ず、事業は滞りがちであった。たとえば近年も、法制度による利害の調整が十分に機能していない、駐輪場の設置をめぐる問題が各地で大きくなっているように、両者を調整する法制度の有無が、今後の駅と周辺地区の整備の進展に大きな影響を及ぼすであろう。また、八王子市の場合では、国鉄と京王グループの性格の特徴が、それぞれの市との交渉の中に表出していた。鉄道事業者としての性格を十分に読み解くことで、駅と周辺地区における都市整備事業の進展の様子も、より明らかになると考えられる。
著者
塚田 友二 岡 秀一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.193, 2005

<B>1.はじめに</B><BR> 都市や農村に残存する森林は,人間による影響が大きいため,環境条件に加えてさまざまなスケールの人為攪乱を含む歴史的要因を考える必要がある(大住2003).<BR> そこで本研究では,北海道石狩平野を対象として,人為攪乱をはじめとする歴史的要因が,森林の分布や植生構造にどのように関わってきているのかを明らかにする.<BR><B>2.方法</B><BR> 平野内の85地点で毎木調査を実施し多様度指数(H´),胸高断面積合計(BA)などを算出した.その結果とGISを用いて明らかにされた自然環境条件ならびに人為攪乱とを比較した.人為攪乱の内容には土地利用変化,植栽,流路変更,森林利用,都市化などがある.なお解析は石狩低地帯南部,石狩低地帯中部,石狩低地帯北西部,空知低地帯南部に区分しておこなった.<BR><B>3.結果と考察</B><BR> 森林は平野の8.6%にみられ,農地の強風からの保護を目的に設定された林帯幅数10mの幹線防風林と一部の平地林に残存する.石狩低地帯南部はH´が高く,BAは中庸である.これは明治時代にカシワの選択的伐採があったもののその後の植栽がなかったこと,河川からやや離れた場所の土壌の乾燥化が関係する.石狩低地帯北西部はBA,H´の分散が大きい.古砂丘地形に規定された植栽の有無,土地利用変化パターンが及ぼす種構成の違い,原植生の植生構造を残す旧河川の自然堤防に位置する林分など地域におけるさまざまな植生のタイプの存在が分散を大きくさせている.石狩低地帯中部,空知低地帯南部はBAの分散が大きい.原植生の多くが荒地,湿地,疎林であったことを考慮すると,BAは植栽年数が規定している.しかし戦後に開拓されたため,現在でも湿性な環境が維持されている.そのため絶滅危機種であるクロミサンザシなどの生育地になり,林分はレフュージアとしての可能性を持つ.<BR>この他に住民の管理と強風による倒木の影響を受けている森林が住宅地域に残存している.<BR><B>4.まとめ</B><BR> 平野の森林は,開拓から約140年の間に大なり小なり自然環境条件に規定された人為攪乱を受け,地域ごとに異なる植生構造を形成してきたことが分かった.その結果,1)明治時代の人為攪乱による作用を強く受けた林分,2)樹種構成の変化が起きている林分,3)流路変更の影響を受けず原植生が残る河川近傍の林分,4)自然林と植栽がモザイク状に分布する林分,5)湿性な環境が維持されている林分,6)都市化の影響を受けた林分,の6タイプに区分された.残存する森林は地域特有の歴史性や自然環境の中で培われてきており,それぞれは人為攪乱の影響を受けつつも固有の価値と可能性を持つものとして評価できる.
著者
瀬戸 真之 西 克幸 石田 武 田村 俊和
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.88, 2007

<BR>I.はじめに<BR> 郡山・猪苗代両盆地の分水界に位置する御霊櫃峠(海抜約900m)には一種の「階状土」が発達し,少なくともその一部では現在も礫が移動していることが知られている(鈴木ほか,1985).田村ほか(2004)は,この微地形を「植被階状礫縞」と呼び,その形態的特徴を調査した.この植被階状礫縞は,基岩の岩質,節理の方向と斜面の向き,強い西風とそれによる高木の欠如,および少ない積雪等が要因となって形成され,維持されていると推測され,植被の部分的欠如には人為の関与も疑われる.その後,隣接する強風砂礫地で礫の移動状況や各種気候要素の観測を行っている(瀬戸ほか,2005, 2006; Seto et al. 2006).<BR> 今回,この植被階状礫縞を掘削してその断面を観察し,成因の考察に有用なデータが得られたので報告する.なお,本発表においても,植被階状礫縞という名称を用いる.<BR><BR>II.植被階状礫縞の概要<BR> 植被階状礫縞が発達しているのは,海抜925mのピークの南側(長さ約200m),西側(40m),北側(30m),北東側(40m)にかけての,傾斜10~20度(南側)および10~20度(南側以外)の,やや凸型の縦・横断面形をもつ斜面である.基岩は中新統大久保層(北村ほか,1965)の緑色凝灰質砂岩で,平行な細かい節理が発達し,薄く剥がれやすい.年間を通して強い西風が卓越する.積雪はかなり少ない模様である.その強風のせいもあってか,稜線部の植生は高木を欠き,高さ数10cmのツツジ群落,あるいはササ草原(ピークの北側斜面のみ)となっている.<BR> 植被階状礫縞は,扁平な角礫が露出した幅数10cm~2mほどの「上面」(tread)と,ツツジ(北側斜面ではササ)に覆われた比高・幅とも30cm~1.5m程度の「前面」(scarp)で構成される.この「上面」と「前面」の列は,ピークの南側から西側さらに北側の斜面ではほぼ東西にのび,しばしば分岐し,合流して,西方に向かうと階状より縞状の形態が明瞭になる.<BR> <BR>III.植被階状礫縞の断面<BR> 北側斜面に位置する植被階状礫縞で,階段を横断する方向に約150cmの長さの溝を掘削して観察した(図).<BR> 植被階状礫縞の「上面」では,地表に径15cm前後(最大径20cm)の扁平礫がオープンワークに堆積し,その下位には小角礫を大量に含む暗褐色腐植質砂壌土~壌土がある.この層の厚さは20~40cmで,基底面は斜面の一般的傾斜と調和的に10~20度ほど傾き,「前面」の地表下ではツツジの根やササの地下茎が密である.最下位には薄く剥がれやすい基岩が出現する.<BR><BR>IV.植被階状礫縞の形成プロセス<BR> 断面の観察から,階段状の形態を呈するのは地表面だけで,堆積物直下の基岩は階段状を呈さず,「上面」の部分でも「前面」の部分でもほぼ一様の傾斜を示すことが明らかになった.また,「前面」の部分にはツツジ群落が付き,その根やササの地下茎が堆積物の中にまで及んでいる.さらに,地表面の礫がツツジ群落中へ入り込んでいる様子も認められる.<BR> これらの特徴から,下記のプロセスが継起したことが窺われる:(1)高木がなくなり裸地となる;(2)植生が斜面最大傾斜方向と直行する向きに帯状に発達する;(3)礫が最大傾斜方向へ向かって斜面上を移動し,帯状植生によって堰き止められる;(4)礫が裸地と帯状植生の境界部分に堆積し,最終的には細粒物質も堰き止めるようになる;(5)裸地と帯状植生の境界部分で堆積物の層厚が厚くなる この一連のプロセスによって礫地は徐々に水平になり,帯状植生の部分は基岩とほぼ同じ傾斜を維持して,最終的には階段状の微地形を形成したと考えられる.植被のない方向には傾斜に沿って礫が連続的に移動し,縞状になったのであろう.<BR><BR>V.今後の課題<BR> 植被階状礫縞の断面から,その形成プロセスの一部を推定した.しかし,高木が失われた原因や,低木・草本植生が帯状に発達したプロセスは,今のところ明らかではない.帯状植生については近くの斜面で裸地上の礫が帯状に黒っぽく変色し,この部分に発芽が認められる箇所が存在する.この黒色に変色した部分は何らかの原因で地表・地中の水分条件が周囲の斜面とは異なると推定される.今後は,強風などの気象条件とも関連させて帯状植生の成因を探ることが,植被階状礫縞の形成プロセスを考える上で重要になると思われる.
著者
笹本 裕大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2012, 2012

Ⅰ はじめに<BR> 報徳社とは,地縁による組織の1つであり,地域の財産の構築や相互扶助を行うための報徳仕法を実践するものとして各地で組織化された.近年,地縁によるつながりが薄れつつあるといわれるなかで,この報徳社も減少傾向にある.ただし,存続しているものも少なからずあることから,本報告では,報徳社の存続や解散と現存する報徳社の活動実態に関わる地域的要因を明らかにする.<BR><BR>Ⅱ 報徳社の全国的動向<BR> 報徳仕法は江戸時代後期から近代にかけて,二宮尊徳およびその弟子らによって全国各地に伝えられ,大正末期の最盛期には全国に1,000社もの報徳社が存在していた.<BR>高度経済成長期を経た1976年の時点でも,主に第一次産業に従事する住民の割合が比較的高い地域において211の報徳社が存続していた.しかし,その後も報徳社の解散は相次ぎ,2010年には91社が存続しているにすぎない.<BR> 1975年に報徳社が存続していた地域でも第一次産業に従事する住民の割合低下は続いており,高齢化も進行している.そうした地域性の変化に加えて世帯数が大幅に増加した地域では報徳社の解散がみられる.このほか,1976年の時点で報徳社が存在し,その後解散した地域では,その3割で世帯数の減少が確認できた.すなわち,都市化が進行した地域や集落機能が低下したと考えられる地域において報徳社の解散が進んだと推察できる.<BR> 報徳社が存在している地域は,1975年以降の世帯数の増加が比較的少ない.また,持ち家の比率が高い地域が多く,出生時から居住している,もしくは居住歴が20年以上にわたる住人の占める割合が相対的に高い地域において,報徳社は存続する傾向にある.すなわち,報徳社が存続している地域は,都市化の影響が少ない地域であることがわかる.一方,都市化の影響がある地域でも,報徳社員数の変化が少ない地域もある.こうした地域では,報徳社員を含む旧来からの住民同士のつながりが強固であると推察できる.そして,このつながりが報徳社の存続の一因として考えられる.<BR><BR>Ⅲ 現存する報徳社の活動実態<BR> 現存する報徳社の活動実態を探るため,都市化の影響が少ない地域の事例としてM報徳社を,また都市化が進行してきた地域の事例としてK報徳社をそれぞれ取りあげ,各々の活動実態を比較した.<BR> M報徳社のあるM集落に報徳仕法が伝えられたのは1900年頃とされている.当時のM集落は農業が盛んな地域であった.こうした地域にあって農業および農村の振興を目的に全世帯を社員として1903年にM報徳社を法人化した.しかし,現在では地域の農業に関わる活動は盛んではない.これは,地域の農業の衰退や高齢化,社員の減少が関係している.ただし,M集落の世帯数は法人化時点から近年に至るまであまり変化がなく,一般世帯のうち持ち家の世帯が占める割合は9割を超えている.すなわち,現在は社員ではないものの,かつては報徳社とかかわりがあった世帯が多く,それらの世帯では報徳社の活動に対して理解があると推察できる.そのため,報徳社は地域住民全体に交流の場を提供するものとして活動を続けている.<BR> K報徳社のあるK集落に報徳仕法が導入されたのは,1870年頃とされている.その後,地域の財産である共有地の所有権が失われる危機に際し,共有地を法人の所有地とすることで対応するため,1967年に報徳社を法人化した.また,K集落の自治会参加者の大半を報徳社の社員が占めていた.そのため,同社は自治会的な活動も兼ねていた.しかし,K集落では1960年代以降転入者が増加しており,旧来の共同体とは無関係な世帯から報徳社の活動が自治会的な活動を兼ねていることに対して批判が生じるようになった.このため,現在,報徳社では自治会的な活動を行っていない.ただし,土地の管理と保全は現在も行っており,旧来からの住民に交流の場を提供するものとして活動が継続されている.<BR><BR>
著者
熊原 康博 谷口 薫 内山 庄一郎 中田 高 井上 公 杉田 暁 井筒 潤 後藤 秀昭 福井 弘道 鈴木 比奈子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

はじめに 近年のラジコン技術の進歩によって,非軍事用のUAV(Unmanned Aerial Vehicle)の小型化と低価格化が進み,機材を自ら操作して低空空撮を行うことが可能となりつつある.日本でも,これらの機材を災害発生後の被害把握に活用する動きはあった(井上ほか,2012など)が,従来,専門業者にデータ取得を依頼することが多く,誰でも,どこでも,いつでも容易に利用できる状況ではなかった.最近,安価なホビー用ヘリコプターの高性能化が進み,これを利用して斜めあるいは垂直画像の低空空撮を容易に行うことが可能となった.本発表では根尾谷断層水鳥地震断層崖周辺で,ホビー用GPSマルチロータ-ヘリ(DJI社製Phantom)を用いた低空空撮の結果を紹介する. さらに,得られた空撮写真からSfm(Structure from Motion)ソフトを用いることで, DSM(Digital Surface Model)を作成する事も容易になった.SfMとは,コンピュータビジョンの分野ではメジャーな要素技術であり,リアルな立体CG作成などの映像産業やロボットや自動車制御における三次元的な自己位置認識などで用いられている.自然科学の分野では大量の写真画像から地形などの三次元モデルやオルソ画像を生成する用途で使われ始めている.今回は,断層変位地形の三次元モデルの再現を企図してSfMソフトウェアの一つであるAgiSoft社のPhotoScanを使用した. &nbsp; 調査対象範囲 濃尾地震(1891)は歴史時代に発生した我が国最大の内陸地震(M 8.0)で,本巣市根尾水鳥では縦ずれ最大6m,横ずれ2mの断層変位によって明瞭な地震断層崖が出現し,国指定の天然記念物に指定されている.このため,地震発生後120年以上経過するが,断層変位地形の保存状態がよい.空撮実験はこの断層崖を中心に南北約400m,東西約150mの範囲で行った. &nbsp; &nbsp;UAVによる写真画像の取得 Phantomは電動4ローターを持つラジコン機で,長さと幅約50㎝,重量約700g,ペイロードは最大約400gであり,最長7分程度の飛行が可能である.GPSとジャイロによって,初心者でも安定した飛行が可能である.使用した機材は.機体とインターバル撮影が可能なデジタルカメラを含め10万円以下である. 地表画像は,Phantomにデジタルカメラ(Ricoh GRⅢ:重量約200g)を機体下部に下向きに取り付け,高度約50-100mから5秒間隔で撮影した.低空でからの空撮であるために地上の物体を鮮明にとらえており,地震断層崖の地形も詳細に把握することができる.機体が傾いても,カメラの向きを常に一定に保つジンバルを用いれば,立体視可能なステレオ画像を容易に得ることが可能となる. &nbsp; Sfmソフトを用いたDSMの作成 撮影した約80枚の画像を,PhotoScanに取り込み,ワークフローにしたがって処理を行った.今回は,特に飛行ルートを設定して撮影をしたものではなく,カメラポジションはバラバラである.それでも,高解像度の3D画像が生成され,任意の角度や縮尺で断層変位地形を観察することができる.ソフトへの画像の取り込みから3D画像の完成までに要する時間は1時間弱である.正確な画像を作成するためには,カメラのレンズ特性や,地理院地図などから緯度・経度・標高を読み取り,地表のコントロールポイントを設定する必要がある. &nbsp;PhotoScanを活用すれば,GeoTIFF形式の書き出しもでき,他のソフトでも読み込むことが可能となる.本研究では, GeoTIFF形式で出力したDSMをGlobal Mapperで処理し作成した水鳥断層崖周辺の1 mコンターの3 D等高線図や断面測量を行った. &nbsp; おわりに 今回紹介した小型UAVとSfmソフトを利用した手法は,今後,活断層研究をはじめとする各種の地形研究や災害後の調査など多くの研究に活用が期待される.特に数100 m x 数100 m程度の比較的狭い範囲の地形を詳細に把握するには,多いに利用できると考えられる.この手法を用いれば,活断層や地震断層沿いの変位量を効率的に行うことが可能となり,地震の予測精度の向上に重要な震源断層面上のアスペリティー位置の推定などに貢献できる.
著者
濱 侃 田中 圭 望月 篤 鶴岡 康夫 近藤 昭彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>Ⅰ</b><b> はじめに</b><br> 現在,農地を小労力,低コスト,低環境負荷で適切に管理するための作物の生育に関するデータの取得方法として,Unmanned Aerial Vehicle(UAV)を利用した近接リモートセンシングの活用が検討されている。そこで,衛星(特に光学衛星)を用いたバイオマス計測をはじめとした植生モニタリングの知見が応用され,施肥量の調整といった実利用を目的とした研究が進められている。これらのUAVを用いた観測データは,農家にとっては生育調整などに利用でき,同時に,搭載するセンサー次第で任意のデータを高頻度に取得可能なオンデマンド型リモートセンシングとして植生モニタリングに利用することができる。<br>本研究では,水稲を対象にUAVを用いた植生モニタリングを行い,高い時間および空間分解能の画像の取得に基づくフェノロジー観測,生育量の推定を試みた。<br><b><br> Ⅱ</b><b> 研究手法</b><br><b>☐</b><b> </b><b>フィールド観測</b><br> 千葉県農林総合研究センターの水稲試験場において,2014年,2015年の2年間,水稲の生育期間を中心におおむね週1回間隔で観測を行った。試験圃場は,2筆の水田を48区画に細分し,移植時期(全4期),品種(コシヒカリ,ふさおとめ,ふさこがね),施肥量(3~10gN/m&sup2;)を変えている。観測には,小型UAV(電動マルチコプター),可視光撮影用と近赤外撮影用のデジタルカメラ(可視画像:RICOH社 GR,近赤外画像:BIZWORKS社 Yubaflex)を用いて対地高度50mから空撮を行った。水稲の生育状況の実測データは,千葉県農林総合研究センターの観測値を使用した。<br><b>☐</b><b> </b><b>画像解析</b><br> オルソモザイク画像,3次元地表面モデルは,複数枚の重なり合う画像から自動でオルソモザイク画像,3次元地表面モデルを作成可能なSfM/MVSソフトウェアPhotoScan<br>Professional v1.2(Agisoft社)を用いて作成した。なお,近赤外撮影用カメラで撮影した画像は専用ソフト(Yubaflex2.0)で放射輝度に変換後,SfM/MVSソフトウェアを使用した。その後,植生指数(正規化差植生指数(NDVI)など)を計算し,植生活性度の計測および生育パラメーターの推定に使用した。なお,これらの情報をGIS(地理情報システム)上に集積し,時空間変化の解析を行った。<br><br><b>Ⅲ</b><b> 結果・考察</b><br> NDVIpvの時系列変化は,移植から出穂にかけて値が上昇し,その後登熟にかけて下降を示し,ピークの時期はほぼ出穂期と一致する。また,移植時期の差によるフェノロジーの差も,時系列変化に表れた。移植時期が遅いほど,出穂までの生育期間が高温になることで生育速度が早くなり,移植からNDVIpvのピークまでの期間が短くなった。移植時期が4月初旬と6月初旬で,その差は最大で24日となった。また,移植時期が遅いほどNDVIpvの最大値も高くなり,植生の活性度は高くなった。しかし,収量は増加せず,それらの区画では,重度の倒伏が確認され,過剰な生育の影響が示唆された。<br> 植生指標を用いて,出穂前(追肥の適期)の水稲の生育パラメーター(草丈,LAI)の推定を行った結果,草丈では特に推定精度が高く,平均二乗誤差は約5cmとなった。また,3次元地表面モデルから求めた草丈と実測した草丈を比較した結果,決定係数(R<sup>2</sup>)は0.82と高く,3次元地表面モデルを草丈の計測に使用できることがわかった。これらの草丈計測・推定手法の応用としてコシヒカリにおける倒伏予測を行った結果,予測エリアと実際の倒伏エリアは概ね一致した。
著者
南雲 直子 バドリ バクタ シュレスタ 大原 美保 澤野 久弥
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

フィリピン共和国ルソン島中部のパンパンガ川流域は、 2015年10月中旬に襲来した台風24号及び12月中旬の台風27号により流域の広い範囲が浸水した。台風27号による降水量は台風24号のものよりも多かったが、観測された河川水位・浸水深、人的・建物被害は台風24号の方が大きかった。また、両台風による降水量・洪水規模は、過去30年間で最大とされる、2011年台風17号を超えることはなかった。フィリピンではNDRRMC(National Disaster Risk Reduction and Management Councilを中心に広域行政区、州、市、バランガイにそれぞれDRRMCが設置され、防災体制は他の東南アジア諸国と比べ進んでいる。しかし、洪水が頻繁に発生し、ある程度の時間差で上流から下流へと洪水が波及するパンパンガ川流域では、ハザードマップ作成やリスク評価とともに、地域レベルでのタイムライン策定など、より良い復興のための対策を今後も充実させていくことが必要であろう。