著者
嵯峨井 勝 ウィンシュイ ティンティン
出版者
一般社団法人日本衛生学会
雑誌
日本衛生学雑誌 (ISSN:00215082)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.220-229, 2015 (Released:2015-09-26)
参考文献数
47
被引用文献数
4 4

Traffic-related air pollution is a major contributor to urban air pollution. Diesel exhaust (DE) is its most important component of near-road and urban air pollutions and is commonly used as a surrogate model of air pollution in health effects studies. In particular, diesel exhaust particles (DEPs) and nanoparticles in DEPs are the components considered hazardous for health. It is widely known that exposure to DEPs is associated with mortality caused by respiratory and cardiovascular diseases. Recently, evidence has been accumulating showing that DEPs and nanoparticles may cause neurodegenerative disorders. Here, we introduce evidence suggesting their association with these disorders. The chemical components and the translocation of DEPs and nanoparticles to the brain are described in part 1. In part 2, we introduce the mechanism of development of neurodegenerative diseases such as stroke, Alzheimer’s disease, and Parkinson’s disease via oxidative stress and inflammatory events. Furthermore, there are many lines of epidemiological evidence showing that the particulates impair cognitive function and ability of memory through oxidative and inflammatory events in the brain. These lines of evidences are supported by many animal experiments on neurological disorders.
著者
大澤 正嗣
出版者
山梨県森林総合研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01 (Released:2014-07-25)

本年度のヤノナミガタチビタマムシの発生頭数と降水量との関係を把握した。また発生生態調査を行った。苗畑における野外調査で、散水区と非散水区を作り、本害虫の早期落葉からの発生を比較したところ、散水区では発生個体数が有意に少なかった。室内試験で、加湿区と乾燥区を設け、本害虫の早期落葉からの発生を比較したところ、加湿区で発生が有意に少なかった。これらのことから降雨が本害虫の個体数を減少させることが判明した。本害虫の産卵、幼虫、早期落葉、蛹、成虫、越冬、被害量等の調査をもとに、発生生態についてこれまでの結果をまとめ報告した。
著者
Shinji Suzuki Nobuo Tsurusaki Yoshinori Kodama
出版者
Arachnological Society of Japan
雑誌
Acta Arachnologica (ISSN:00015202)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.79-86, 2006 (Released:2007-04-10)
参考文献数
28
被引用文献数
2 2

We surveyed habitats of an endangered burrowing wolf spider Lycosa ishikariana (Saito 1934) along the San'in coast of Tottori and Shimane Prefectures, southwestern Honshu, Japan. The species was found from eight sites covering seven different beaches from Inasa Beach (Izumo City) in the east to Toda Beach (Masuda City) in the west in Shimane Prefecture for the first time. This extends the southwestern limit of the species' range ca. 160 km westward from the Yumigahama Beach of Tottori Prefecture, the present southernmost record. In the coast of Tottori Prefecture, the species was found from 17 sites that exceed known number of records in the area. The apparent increase of the number of habitats of the species in Tottori Prefecture is probably due to a shift of survey season from the mid summer to June when density of the burrows culminates by the recruit of newly hatched spiderlings. Simple logistic regression analyses suggested that presence/absence of the species is related to any of the sand grain sizes, sorting indices, areas, lengths and maximum widths of the sandy beaches, though a multiple logistic regression analysis revealed that beach areas and sand grain size were the most significant factors. According to the models obtained, requirements for the occurrence of species were estimated to be areas>0.0313 km2 (total length>985 m, width>60 m) of sandy beach, and sand grain diameter>0.33 mm.
著者
山﨑 真克 麻生 由紀 土居 裕美子 迫垣内 裕 頼 祺一
出版者
比治山大学
雑誌
比治山大学紀要 = Bulletin of Hijiyama University (ISSN:2188899X)
巻号頁・発行日
no.24, pp.274-268, 2017

平成二十八年度四月より、比治山大学研究助成を受け、「不動院と安国寺恵瓊に関する研究」を開始した。本研究は、不動院中興の祖とされる安国寺恵瓊に注目し、「不動院文書」の中にみられる恵瓊関係の書状をはじめとした関連資料、および全国に点在する恵瓊関係資料の調査・収集・解読・整理を行うことにより、十六世紀後半における日本の歴史の中で、特に不動院との関わりに焦点を当てつつ、安国寺恵瓊が果たした役割を明らかにすることを最終目的とする。平成二十九年度は、「安国寺恵瓊関係資料データベースシステム」の構築に向け、恵瓊関係資料の調査・収集・整理を継続的に行った。本稿は、その過程で見出した天正十一年(一五八三)六月廿六日付小早川隆景書状を中心とした報告である。蜂須賀小六宛の当該書状には、賤嵂岳の戦い後における毛利氏と秀吉方との領土問題についての交渉において重要な役割を果たす存在として、安国寺恵瓊の名がみえている。またこの書状は、これまであまり存在が知られていなかった時期の恵瓊の情報を示すものである。
著者
本岡 拓哉
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100305, 2014 (Released:2014-03-31)

第二次世界大戦の終戦直後からおよそ1970年代終わりまでの間、都市部の河川敷の中には居住の場として存在していたところも多かった。すなわち、戦災都市の河川敷にはセルフビルドのバラックが建ち並び、「不法占用/不法占拠」「スラム」というレッテルを受けながらも、河川敷は居住の場としての機能を有していたのである。とりわけ住宅差別を受けた在日コリアンなどの社会的周縁層、経済的社会的弱者たちもそうした河川敷に留まることとなったが、その一方で、都市部の河川敷は養豚業や廃品回収業などにも適した環境であったため、かれらはこうしたインフォーマルな労働によって賃金を獲得することも可能であった。しかし、戦災復興による都市化、さらには1964年の「新河川法」制定を契機に、河川敷の整備は進み、その景観は大きく変容し、河川敷居住は消滅していくことになった。本報告では、戦後期に最も大規模な形で河川敷居住が見られた熊本・白川(一級河川、流域面積480km²)を事例に取り上げ、戦後の「河川敷」居住に対する行政(熊本市、熊本県、建設省)の対応を辿り、1970年代までそれが存続した要因について明らかにする。

25 25 25 0 OA 草思堂随筆

著者
吉川英治 著
出版者
新英社
巻号頁・発行日
1936
著者
森 良和
出版者
玉川大学教育学部
雑誌
論叢 : 玉川大学教育学部紀要 (ISSN:13483331)
巻号頁・発行日
pp.117-134, 2016

ウィリアム・アダムズ(三浦按針)の日本人妻の人物像については従来ほとんど踏み込んだ研究はなされていない。史料がごく限られるからである。しかし,これまでは特に吟味されることなく,夫人の出自と名前が「馬込勘解由の娘おゆき」とされることが多かった。本稿では主に当時来日していた西洋人の記録を検証しながら,これらについて改めて考察し,自身の見解を示していく。
著者
西廣 淳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.141-146, 2012-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
20
被引用文献数
2

霞ヶ浦(茨城県)では1996年以降、霞ヶ浦開発事業の計画にもとづく水位管理が実施され、従来よりも高い水位が年間を通して維持されるようになった。水位上昇に伴って進行すると予測される湖岸の抽水植物帯の衰退の程度と特徴を明らかにするため、行政や関連機関によって取得されたデータを活用して解析した。湖岸の34定点で測定された抽水植物帯の幅(人工護岸から汀線までの距離)の変化を分析した結果、1997年から2010年までの13年間に、9.54±7.71m(平均±標準偏差)の減少が認められた。また植生帯の幅の減少量と、各地点における波高の指標値との間には、有意な正の相関が認められた。優占種にもとづいて識別された抽水植物群落の面積変化を分析した結果、1992年から2002年までの間に顕著に減少していたのは、比高が低く静穏な場所に成立するマコモ群落とヒメガマ群落であった。現在の霞ヶ浦では、「水利用と湖の水辺環境との共存を模索する」ことを目的とした「水位運用試験」として、水位をさらに上昇させる管理が行われているが、これまでの植生帯衰退を考えれば、水位をむしろ低下させ、保全効果を検証する試験こそが必要といえる。
著者
小室 隆 山室 真澄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

日本全国のの平野部の湖沼では戦後の1950年代からの高度経済成長期を通じて、周辺田畑での除草剤使用や(山室ほか 2014)、人口増加や産業の近代化に伴いう、富栄養化がの進行しにより、湖沼水質や植生が劇的に変化をした。2003年には「自然再生推進法」が制定され、日本全国の湖沼においてもNPOや地方自治体によって自然再生活動が実施されている。しかしながら、それらの活動の多くは再生目標の時代設定や対象種の選定が、必ずしも科学的根拠に基づいて行われておらず、人々の主観的な考えに基づき実施されている例が散見されるいるとは言えない状況にある。即ち、本来ならば、湖沼環境が激変する高度経済成長期以前の状況を定量的に把握した上で、産・官・学の協働で再生目標などを設定すべきであるが、。しかし当時の状況が容易に再現できないことから、本来その水域に無かったり、環境悪化後に一時的に繁茂した植物が再生の名の下に植栽される例が散見される。必ずしもそのような状況ではない。 本研究では関東平野で最も水域面積が広く、自然再生アサザの保全・再生活動が行われている霞ヶ浦(西浦)を対象とした。霞ヶ浦は水域面積200km<sup>2</sup>、平均水深4mと浅く、富栄養化の進行した平野部湖沼である。霞ヶ浦も他の平野部湖沼と同様に戦後から高度経済成長期を通じて水生植物が激減した湖沼である(山室・淺枝 2007)。 浮葉植物(Floating-leaved plant)に分類されるのアサザ(<i>Nymphoides peltata</i>)の霞ヶ浦での植栽・保全活動による影響について加茂川・山室(2016)によりは、アサザ植栽を行った消波施設陸側では、底質の細粒化と有機物濃度と全粒化物硫化物の濃度の増加がを確認されておりし、環境への影響環境が悪化していると指摘しているが懸念される。本研究ではこのアサザの生育状況について、霞ヶ浦湖岸全域を対象に調査することで、植栽・保全事業による効果を検討することを目的とした。<br> 本研究では2010年と2015年の2度に渡り、霞ヶ浦湖岸全周を対象に踏査を行い、アサザが生育している地点を地図に落とし、写真撮影を行った。その際、生育している地点の座標、アサザの状態も同時に記録した。2度の調査でアサザの生育地点の変化傾向、そしてと繁茂面積を求めた。面積の計算にはArcGISを用い、踏査の際に撮影した写真から基準長(生育場所で距離がわかる対象物を同じ画角内に収まるように撮影し、Google Earthや地形図から長さを求めた求めた長さ)を求め算出し、アサザの繁茂面積を求める際にスケールとして用いた。この手法によりアサザ植栽による湖岸環境の変化を検討した。また、2009年に国土交通省関東地方整備局霞ヶ浦河川事務所が行ったアサザ分布調査結果を用い比較検討を行った。<br> 2015年にでは155地点でアサザの繁茂が確認された。植栽事業は右岸の鳩崎、古渡、中岸の石田、根田、左岸の永山の計5地点で行われた。これら植栽地のうちアサザを確認できたのは根田と永山の2地点分布は右岸2地点、中岸2地点、左岸11地点で左岸側に集中していた。2のみで、残りの13地点の大部分は自然に進入したと判断された。2015年に2009年から2015年にかけて4地点で生育は確認できず、それらはいずれも右岸側の鳩崎に集中していた。生息繁茂が確認された地点のはは舟溜りや波消堤消波堤の内側のなど、波や風の影響を受けない地点に集中していた。 &nbsp;<br> 霞ヶ浦では2000年に緊急対策として消波工が設置され、アサザの植栽・保護を行った。このことからも分かるように、アサザは本来、波が高い霞ヶ浦で広く分布できる植物ではなく、高度経済成長期以前に生息が確認された地点は全て入り江や湾の最奥部に限定されていた(西廣ほか 2001)。現在アサザが繁茂している場所が人工的に消波された場所や水路であることからも、アサザは霞ヶ浦本来の自然環境に適応した植物ではないと言える。緊急対策が行われた理由として、アサザは霞ヶ浦でしか種子生産できないとの主張があった。これは霞ヶ浦ではサンプル数が多く他では少なかったことが原因で、霞ヶ浦以外でも種子生産されていることが報告されていることからも(藤井ほか 2015)、霞ヶ浦で事業を行う科学的根拠は無かったと考えられる。 &nbsp; &nbsp;&nbsp;

71 71 71 0 OA 量子群の結晶化

著者
柏原 正樹
出版者
一般社団法人 日本数学会
雑誌
数学 (ISSN:0039470X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.4, pp.330-342, 1992-11-16 (Released:2008-12-25)
参考文献数
18
被引用文献数
2
著者
加藤 宏幸 KATOU Hiroyuki
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化
巻号頁・発行日
pp.199-212, 1993-03-20

サン・テグジュペリSaint-Expéry(1900-1944)のほとんどすべての作品にはその背景に砂漠が存在している.『星の王子さま』Le Petit Prince(1943)の24章で砂漠に不時着した飛行士は次のように述べている。「ぼくはいつも砂漠がすきだった。砂丘の上に座る。何も見えない。何も聞こえない。しかしながら,何かが沈黙の中で輝いている……」1)。サン・テグジュペリがどうして砂漠を一生涯愛し続けたのか,彼にとって砂漠はどのような意味を持っていたのかについて,彼の砂漠での実際の体験,彼の作品の背景として存在する砂漠を通して明らかにしたい。
著者
滝本 佳予 西島 薫 森 梓 金 史信 小野 まゆ
出版者
一般社団法人 日本ペインクリニック学会
雑誌
日本ペインクリニック学会誌 (ISSN:13404903)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.8-11, 2016 (Released:2016-03-06)
参考文献数
13

全身の痛みを中心とする多彩な症状を訴え心因性多飲を合併する患者に対し,薬物療法・認知行動療法と併せて行った,患者の語りの傾聴と対話を重視した診療が有用であった1例を報告する.症例は68歳の女性,全身の痛みを訴えて当科を紹介受診した.併存合併症として心因性多飲による低ナトリウム血症と意識混濁,むずむず脚症候群,過敏性腸症候群,睡眠障害,失立失歩があり,ドクターショッピングを長年続けた後の受診であった.患者の語りの傾聴と対話により,まず心因性多飲が改善した.次いで痛みの訴えを線維筋痛症・中枢感作性症候群と診断し薬物療法・認知行動療法を実施したところ,ドクターショッピングをやめ症状も軽減した.“説明不能な”痛みの訴えはペインクリニックではたびたび遭遇する.器質的原因が明確ではない疾患の症状を一元的にとらえ,診断治療を行う役目を果たすためには,患者との語り合いにも問題解決への可能性があることが示唆された.