著者
安達 太郎
出版者
広島女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本研究は日本語の行為要求表現について、小説などの書記資料だけでなく、録画資料を活用することによって終助詞の有無や音声にまで注意を向けた詳細な機能分析を行うことを目的とするものである。研究期間中、命令・依頼のモダリティと意志のモダリティについての分析を行い、後者は論文として公刊した。意志のモダリティの主要な形式はシヨウ(動詞の意志形)とスル(動詞の基本形)である。シヨウは基本的には聞き手への伝達を意図しない典型的な意志を表し、独話で発話される。一方、スルはその行為の実行を聞き手に表明することを意図する点で典型的な意志ではない。シヨウは聞き手とのさまざまな関係(恩恵の直接的、間接的な付与)によって対話においても使われるように機能の拡張が起こる。特に、ケンカをしている二人にむけて発話される「ケンカもうやめようよ」のような行為の提案の機能を持つ文は興味深い。通常の意志の文では終助詞ヨを文末に付加することはできない。(「明日は早いから、寝ようよ」は意志の文とは解釈できない)が、このタイプでは可能になる。音調的にもこの行為の提案のシヨウは急激な上昇が起きてから下降する点で、勧誘の文に近い。これらから、純粋な意志の表出の形式であるシヨウが、話し手の行為に聞き手の参加を求める勧誘の文に連続していく様相を把握することができた。なお、この研究よって構築されたデータベースを用いて、疑問文の反語解釈、感嘆文などの行為要求以外のモダリティ表現の分析にも着手しており、成果の一部は拙著『日本語疑問文における判断の諸相』(くろしお出版)にも含まれている。
著者
神 信人
出版者
淑徳大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2004

平成18年度には、17年度に開発したリーダー制裁行動進化シミュレーションにおけるリーダー進化replicator dynamicsのアルゴリズムを改善した。このシミュレーションでは、社会的ジレンマに直面している各集団に成員への制裁権限を担うリーダーが1人いて、それぞれの持つ行動傾向に応じ、非協力成員やリーダーを支援しない成員を罰するかどうかを決定する状況を想定している。このリーダーのreplicator dynamicsは、集団成員の支援からなる「リーダー個人の利得」と「集団成員の合計利得」という2つの利得に基づいている。前者はリーダー自ら辞任する場合、後者は解任される場合のリーダー交替にそれぞれ対応する。17年度のプログラムでは、二つの利得のどちらが基準になるかが確率的に選ばれていた。しかし現実状況では、どちら一方でも低い場合、リーダーは交替する。そこでこの部分のアルゴリズムを変更し、二つの利得の積を基準とするreplicator dynamicsを新たに開発した。さらに、リーダー支援行動の検証実験を行った。現実の社会的ジレンマが制裁を担うリーダーの存在によって解決されているならば、1)成員各人が直接非協力者を罰する状況と、2)リーダーが非協力者を罰しそのリーダーを成員が支援する状況では、成員の負担するコストが同じでも、2)の状況の方がコスト負担を厭わないことが予想される。この仮説を検証する実験室実験をおこなったところ、1)と2)の状況間で成員の平均コスト負担に有意な差は認められず、仮説は支持されなかった。この結果から、成員からリーダーへの支援を引き出すには、リーダーが制裁権限を担うだけでは不十分で、リーダー選出手続きの公正性や、リーダーの制裁行使意図の妥当性などが重要であることが示唆された。
著者
岩本 崇
出版者
大手前大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

今年度は、三角縁神獣鏡の相対年代についての分析、さらにその成果をふまえた地域における受容のあり方を中心に、古墳時代前期における墳墓築造の経緯と展開について研究を実施した。三角縁神獣鏡の相対年代については、生産面の特徴を共有する鏡群の抽出をもとに、舶載鏡と位置づけられる例を全体で4段階に区分した。そのうえで、生産の画期を3段階目と4段階目の間と考えた。そのうえで、ひとつは東海地方におけるケーススタディをおこない、いまひとつは兵庫県揖保川流域における三角縁神獣鏡出土古墳を具体的にフィールドワークの対象として検討を試みた。その結果、古墳時代前期の中頃に、地域圏の形成のあり方に変動をうかがうことができ、古墳築造のあり方に強い影響をうかがえる可能性があることを指摘した。すなわち、前期中葉までの地域間交流は、地域という大きな枠組みを期盤に展開したものではなく、複雑な地域圏が多様な交流をおこなっていたものと想定できる。その後、前期中葉に至ると、より広域で地域圏が形成されるようになり、その結果として古墳の築造場所の変化、首長墳の数的な統合が現象として表出するものと考えた。そして、さらに時期が下降すると、地域間交流は安定的なものとなり、各地において定型化した埴輪や葺石をもつ前方後円墳が出現するものと想定した。なお、上記の分析のほか、これまでにも継続してきた古墳出土青銅器についての技術的な比較検討や、日韓の古墳時代・三国時代の併行関係を考える材料の提示などを試みた。
著者
小林 恵美子
出版者
名古屋商科大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2002

平成15年4月初旬から中旬にかけて、米国の某州立大学1年生と日本の某国立大学2年生を対象にアンケート調査を実施。4月同時期に日米で調査を実施した理由は、被験者が大学生活を約1年間終了という条件を満たす事、そして世界情勢等の外的要因をコントロールする事で被験者が同じ環境下で回答に臨む事が出来るからです。調査実施に際しては、調査員(米国では大学院生、日本では私)が自由意志のもと集合した学生を対象に約10回のセッションを開催。各セッションは本調査目的と趣旨の説明に始まり、アンケート用紙の配付、回答、回収というステップを経て行われました。平成15年6月から8月にかけては、947名から回収された回答をコードブックに基づき全て数字化し、SPSSを使ってコンピュータに入力。内訳は、アメリカ人大学生が505名、日本人大学生が442名。アメリカ人大学生の平均年齢は19.57才、男性比率は70.1%。日本人大学生の平均年齢は19.68才、男性比率は42.4%でした。平成15年9月から12月にかけては、アンケート用紙に記載された全項目において片側t検定を実施。セルフ・コントロール尺度は、24項目中20項目において日米間で有意差(p<.001)が認められ、日本人大学生の方が自己コントロール出来ない事が統計的に実証されました。特に有意差が大きかった項目は、(1)長期的ではなく、さしあたって今自分の身に起こる事に興味がある(米<日);(2)状況が複雑になると、諦めたり身を引く(米<日);(3)楽しいから、と言うだけの理由で時々危険じみた事をする(米>日);(4)狼狽えている人を見ても、それはその人の問題であって私には関係ない(米<日);(5)怒っている時の私には近寄らない方がいい(米<日)、でした。平成16年1月から3月にかけては結果概要を表にまとめ、希望する被験者宛に郵送する作業に従事しました。
著者
大森 洋子
出版者
久留米工業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

この研究では、観光と町並み保存が密接に結びついた地方中心市街地の重要伝統的建造物群保存地区が、その資源としての町並みを維持し高めていくための課題を具体的事例に即して明らかにすることを目的としている。主に八女福島と筑後吉井を事例に、(1)現在までの町並み保存とまちづくりの経緯、(2)現況景観、(3)観光活動、(4)町並み保存事業の内容と進捗状況、(5)町並み保存に関する住民の意識について研究分析を行い、以下のことが明らかになった。(1)両地域とも外部からの評価により町並みの価値を初めて認識し、それを活かしたまちづくりを一部の住民有志や行政が模索し始めている。やがてそれが町並みを舞台とするイベントの創出につながり、観光客が増加している。観光客の増加は地域の経済活性化に貢献し、また訪問者と地域住民との交流は地域住民の町並みの価値認識を高め、地域全体の町並み保存のコンセンサスが形成された。(2)公的制度による町並み整備事業を、町並みの持つ文化財、生活環境、観光資源の三つの価値を用いた視点から分析することにより、町並整備の発展の経緯とそれらが住民に与えた影響及び課題を明らかにできた。当初は観光資源整備としての意識が強かったが、現在では町並みの持つ文化財としての価値を重視しながら町並み整備が進められていることが分かった。それは同時に固有の景観を求める観光客のニーズに応えることになり観光資源の価値も高めている。又それは生活環境としての価値と矛盾する場合が多いが、文化財としての価値が損なわれないように努力がなされている。利便性や快適性だけを求めるのではなく、少々の不便さを感じながらも地域の誇りとして町並み保存が行われている。比較的順調に町並み整備が進められていると考えられる。町並み保存型の観光地形成を目指している地区では、この三つの価値のどの価値に重点を置くかは異なっても、三つの価値を守りお互いのバランスをはかりながら町並みを維持していくことが、良好な町並み景観を形成しまちづくりを進めていく条件になると考える。
著者
武林 弘恵
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、3つのテーマのうち2に重点的に取り組み、1・3にも一定程度の進展をみた。1、売春婦管理史料の史料学的分析を進めるために、長野県立歴史館所蔵の信濃国内の宿場・温泉場の飯盛女・湯女関係史料の調査や、長崎歴史文化博物館所蔵の肥前国長崎における幕府公認遊廓関係史料の調査を実施するなど、フィールドを広げて史料収集をおこない事例蓄積の進展をみた。2、幕府のみならず諸藩の政策動向もふまえて近世売買春の構造的特質を理解するという立場から、奥州二本松藩を中心に売買春政策の特質を検証した。この関連で、支配の様相を解明するために、郡山市歴史資料館が所蔵する同藩領郡山宿伝来の御用留帳およびそれに類する史料の悉皆調査をおこなった。その成果として、「近世後期の宿駅再建と売買春政策-二本松藩領郡山宿を中心に-」(東北近世史研究会夏のセミナー)・「近世後期二本松藩における都市振興政策と売春業-郡山宿を中心に-」(遊廓社会研究会)・「近世後期の都市振興政策と売春業-奥州二本松藩を事例に-」(千葉歴史学会例会)の3口頭報告をおこなった。また、近世期における全国の売春婦設置状況一覧、および売買春関連の幕府諸藩仕置例を悉皆的に収集・電子化したデータベースを作成した。これにより、幕府諸藩の売買春関連の通時的・全国的な政策傾向を把握することが可能になった。3、遊女屋奉公人の一類型である遣手奉公人の実態解明のため、肥前国長崎丸山町・寄合町遊廓における遊廓関係史料の収集を実施した。
著者
香川 せつ子
出版者
西九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

本研究では、19世紀末から20世紀初頭のイギリスを対象に、女性大学教員の量的動向や属性、専攻分野等を検討し、教育研究スタッフへの女性の参入の過程と阻害要因を明らかにした。19世紀末まで女性の大学教員の職場は女性カレッジに集中し、教育研究環境や地位において不利な条件下に置かれながらも、自然科学等の新興学問分野で独自の業績を残したことを指摘した。
著者
曽 道智 河野 達仁 高塚 創 張 陽 中島 賢太郎
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

本研究は4つの方面から空間経済学を発展させ、持続可能な都市・地域の成長を実現するための方策を考案した。1. 都市、地域の成長政策立案に結びつく空間経済学の理論を構築する。特に、賃金格差を内生的に決めるモデルを開発し、地域間の経済格差の研究ができ、経済成長理論との融合も実現した。2. 都市の開発と持続可能な振興政策を目指し、観光産業の役割、都市のデベロッパー行動、土地利用の方針についての研究を行った。3. 交通政策の分析を行うため、産業集積や防災の立場から道路のインフラ整備を検討した。4. 実証の面において、地域間の効用格差の動向や企業間関係や財の輸送費用削減を通じた集積効果を明らかにした。
著者
正田 彬 舟田 正之 高橋 岩和 土田 和博 山部 俊文 柴田 潤子 江口 公典 石岡 克俊 金井 貴嗣
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2004

本研究組織(「東京経済法研究会」)による本研究は、市場支配的地位にある企業が存在する市場の実態と、それに対する独禁法及び各産業分野の事業法による規制のあり方を、同様な状況が認められる諸外国との比較研究を含めて調査研究することを目的とする。本年度は、以下の研究成果をあげることができた。第一に,IT革命が多様な形で、市場競争を国際的規模で、かつ質的にも変化させつつあるという状況の下で、特に競争を制限するような市場支配的地位にある企業の出現、あるいは大企業による市場支配地位の濫用をどのように抑止し、公正かつ自由な競争を維持・促進していくかを検討した。特に、独禁法による規制を検討対象とし、一般的な理論的・解釈論的研究を行い、具体的素材としては、日米のマイクロソフト事件,インテル事件などIT関連産業を主に取り上げた。そこでは、私的独占による規制の可能性を検討し、日本の私的独占の要件では、市場支配力の濫用を規制することが不十分であることが明らかとなった。第二に、個別規制法による規制としては、電力産業を取り上げ、そこにおける市場支配力の規制の現状と実態を明らかにすることに務めた。そこでは、米国、ドイツ、英国、及びEUによる電力規制をも研究対象とした。どの国でも、既存の電力会社の市場支配力の規制として、構造規制(アンバンドリンク)、そして、行為規制(卸・小売の取引条件の規制、及び、託送などについての規制)が行われている。日本は「部分的自由化」という特殊な状況にあるので、自由化部門と規制部門の問の内部相互補助が極めて重要な課題になっていることが明らかになった。小売のすべてについて自由化するかが今日の政策課題であるが、その際に、整備すべき各種の条件があることを明らかにした。
著者
吉松 靖文 村田 健史 井上 雅彦 木村 映善 中川 祐治
出版者
愛媛大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本研究では、自閉症児を主とした発達障害児の日常生活を支援するための携帯型生活支援ツールを設計・実装し、その評価を行う。ツールは携帯電話で動作し、自宅、学校、外出先などどの場所にいても利用できる日常生活に根付いたツールとして設計した。さらに、パーソナルコンピュータでも同じユーザインターフェースと同じ機能で動作するアプリケーションを提供した。本研究では、このツールを実装し、これを用いて次の2点について研究を行った。平成16年度〜平成17年度は、発達障害児の生活支援ツールの設計・実装を行った。まず発達障害児に有効なインターフェースを提案し、XMLをベースにシステム設計した。ツールとしては、タイマー機能、スケジュール機能、カレンダー機能、絵カード機能の4つの機能を実装した。平成17年度〜平成18年度は、ツールによる自閉症児を中心とした発達障害児への実験を行った。臨床応用では、様々なタイプや程度の発達障害および生活シーンにおいて適用を行った。知的障害の特別支援学校では、PCでタイマーやスケジューラを表示し、学級での活用を行った。その結果、指示待ち状態にあった自閉症児が自発的に活動に着手したり、一つ一つの活動遂行に時間がかかっていた知的障害児や自閉症児が所定の時間内に活動を終えることが可能になったりするなどの成果が得られた。また、他児の遂行と自分のそれを比較するようになったり、タイマーを使っていない場面での活動への着手・遂行も能動的になったりするなどの効果も見られた。家庭での応用では、朝の支度や下校後の活動支援を行った。その結果、朝がなかなか起きられなかった高機能自閉症児が短時間で自ら起床するようになったり、宿題が通常の何倍もかかっていた高機能自閉症児が平均的な時間で宿題を終えるようになったりするなどの効果が見られた。
著者
村上 宣寛
出版者
富山大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

小学生用主要5因子性格検査を全面的に改定し、1674名で全国標準化を行った。質問紙は51項目で構成された。ビッグ・ファイブは40項目で、それに問題攻撃性尺度を追加した。信頼性係数は0.68から0.81、保護者の評定と子供の自己評定の相関は0.39から0.56であった。
著者
MILLER Alan・S 山岸 俊男 大坪 庸介 山岸 みどり 大沼 進 ミラー アラン
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1998

本研究の主要な成果は、以下の4点にまとめられる。(1)信頼と社会的知性との関連について。囚人のジレンマ(PD)における他者の行動予測の正確さが、共感4因子のうちの、想像性因子とのみ関連しており、他の因子とはほとんど関連していないことが明らかにされた。PDで協力行動を取った人物の顔写真と、非協力行動を取った人物の顔写真の再認において、後者の写真の再認率が前者の写真の再認率を上回ることが明らかにされた。(2)集団所属性に基づく信頼について。集団所属性にもとづく内集団成員に対する信頼が、内集団成員に対するポジティブなステレオタイプによって支えられているのではなく、集団内部に一般的互酬性が存在するという直感的な集団理解により支えられていることが明らかにされた。(3)信頼関係形成プロセスにおけるリスクテイキングの役割について。信頼関係形成に際して、リスクの程度が外的環境により決定される状況と、リスクの程度を自分で決定できる状況とを比較することで、リスクテイキングのオプションが信頼関係の形成を促進することが明らかにされた。(4)情報の非対称性が存在する社会関係での信頼行動を支える評判システムの役割について。情報の非対称性が存在するインターネット・オークション市場を再現した実験を実施し、適切な評判システムが存在しない限りレモン市場化が確実に発生することが明らかにされた。更に、単純な評判システムではレモン市場問題の有効な解決をもたらされないことが確認され、適切な評判システムを支える条件についての示唆が得られた。これらの研究成果は、リスクテイキングを中核とする信頼行動を生み出す心理的プロセスと、社会制度の両面から、信頼社会形成のための条件を明確にしている。
著者
内田 直 宝田 雄大 渡邉 丈夫 宮崎 真 宝田 雄大 後藤 一成 関口 浩文 宮崎 真
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

近年、国民の健康に対する関心の高まりとともに身体運動への関心も高まっている。しかしながら、このような関心は、身体的な健康が主体となっている。一方で、精神的なあるいは脳の健康も同様に重要であることは疑い。このような、精神的なあるいは脳の健康と、これに対する身体運動の効果についての研究は、いまだ十分に行われているとはいえない。本研究では、身体運動と精神活動あるいは脳活動の関連について焦点をあて、これについて健康科学的な側面から実証的な研究を行った。このような研究は、身体活動と身体の健康に関連した研究に比べると新しいものであり、今後うつ病や認知症予防のための運動療法としての活動につながるものである。研究は、以下の5つのテーマ(方法)によって行った。すなわち(1)身体運動が睡眠に及ぼす影響について、(2).睡眠中の代謝活動についての予備的研究、(3)朝行う身体運動が、その後の認知機能に及ぼす影響について、(4)身体運動と児童の発達の関連について、(5)観察学習の効果とスキルの転移、である。(1) 身体運動が睡眠に及ぼす影響については、二つの実験を行った。昼寝により人工的に作成した不眠状態への運動の影響をみたが、これは大きな影響が観察されなかった。次に睡眠直前に高強度の運動を行わせ、これが睡眠にどのような影響を及ぼすのかを観察した。これまでの研究では、ストレス反応により睡眠が悪化すると言う説があったが、我々の研究では変化無く、悪化は無かった。しかしながら、睡眠中の体温が睡眠中期で運動後運動しないときよりも有意に高いという興味深い結果が得られた。(2) はヒューマンカロリーメータを用いた睡眠中の代謝の連続測定と言う新しい分野の研究であり、今後運動後の代謝の変化など興味がもたれた。(3) 朝の運動については、日常的に行われる健康運動と似たパタンであるが、これが日中の活動にどのように影響を及ぼすのかを見た。しかしながら、結果としては一過性の効果は認められたが、一日の中での変化は無かった。このような運動を習慣的にした場合の影響が今後の課題として残った。(4) 小学生を対象とした研究のまとめが一部完成した段階である。現状では、認知機能のうち、判別と抑制の発達パタンが小学生年代では異なっている可能性が示唆された。(5) 観察学習は、運動学習の一部であるが、観察学習により獲得された手続き記憶は、必ずしも転移しないことが示唆される結果であった。全体として基礎研究と応用研究の両方から成果が得られ、身体運動が脳と心に及ぼす効果の解明と健康科学への応用についての業績がえられた。期間は終了しているが、この結果を国際論文として発表している作業を持続して行っている。
著者
林 寛平
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、教育の脱集権化が現場の教育にどう影響し、教師たちの教育実践をどのように変容させてきたのかを明らかにすることである。本年度は、博士論文の執筆に向けて脱集権化改革初期の資料を収集し、集権体制から脱集権化に向けた動きが生じた背景を検討した。まず、2009年6月に行われた日本比較教育学会でラウンドテーブル「教育の『北欧モデル』の行方-学力問題に揺れる北欧諸国の教育政策」に参加し、スウェーデンの学力政策と分権体制に関するこれまでの研究のレビューを発表した。この中で、(1)脱集権化がグローバリゼーションとの関連で述べられる際、1990年代の現象として認識されているという誤り(2)日本においては、1960年代までの研究と1990年代以降の研究は盛んに行われてきたが、その間の研究がわずかにしか蓄積されていないこと(3)現在の教育改革を検討する上で、1970年代に起きた政権交代と政策の転換の理解が欠かせないことを指摘した。これを受けて研究の方向性を再吟味し、1970年代を始点(転換期)とした脱集権化改革の検討を始めることにした。2009年8月21日から10月2日にかけて、スウェーデンのウプサラ大学教育学研究所とルンド大学図書館を訪れ、資料収集と調査を行った。ウプサラ大学ではウルフ・P・ルンドグレン教授のもとで1970年代から80年代にかけての政策文書と教員組合の機関誌などの資料を200点以上収集し、歴史的な流れについて整理した。ルンド大学図書館では、1980年代のフリーコミューン(特区自治体)実験期に行われた学校開発活動の報告書を入手した。この調査から、脱集権化改革のアジェンダ設定が1970年国会における野党の提議によってなされたことと、その背景に社会構造の転換と教員組合のロビー活動があったことが明らかになった。さらに、注目すべきアクターとして、国会に設置された学校内活動調査委員会(SIA委員会)が浮かんできた。SIA委員会の資料は図書館に所蔵されているものについてはすべて収集した。1970年代のSIA委員会に関する研究成果は論文にまとめ、現在投稿に向けて準備中である。また、9月末にはアイスランドの就学前学級と小学校を訪れた。今回は最近できはじめている私立学校の動向について調査した。金融危機前後での教育政策の変容について現地の声を聞くことができ、非常に有意義であった。この成果は『比較教育学事典』に「アイスランドの教育」という項での執筆に反映されている。
著者
浦部 知義
出版者
日本大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

国内の劇場・ホールを持つ公立文化施設の内、公演時外にホワイエをオープンスペースとして開放している施設を、一般開放性を重視した劇場・ホール施設と定義した上で、典型的な5施設の利用者を対象として公演時外及び公演時のホワイエを含む施設内オープンスペースの利用実態と空間評価を行った。その結果、劇場・ホールを持つ公立文化施設のホワイエを含む施設内オープンスペースの今後の計画に有効な基礎的資料を得た。
著者
荻野 達史
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

(1)日本における産業精神保健の歴史を詳細に記述し整理することができた。これは、この領域については先行研究がないため、新たな課題への研究上の基礎を築くものである。(2)この問題の中核的な社会的背景となる個人化についての研究を進めた。具体的にはU. BeckのIndividualizationの翻訳プロジェクトを立ち上げ、来春には刊行の予定である。(3)小中学校教員のメンタルヘルスに関する調査票調査を教員組合と協力して実施した。高い回収率を達成でき、分析を継続している。
著者
甲斐田 幸佐
出版者
独立行政法人労働安全衛生総合研究所(産業医学総合研究所)
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

午後に生じる眠気は,作業効率を落とすのみでなく,職場での事故や作業ミスを誘発する.これまで,午後の眠気を抑えるために,さまざまな方法が考案されてきた.なかでも,約20分間の短時間仮眠が注目され,その効果は多くの研究により実証されている,いくつかの企業においては,職場で短時間の仮眠をとる試みがなされているようであるが,安全かつ衛生的な仮眠が可能な場所を確保することは,どの職場でも容易であるとは考え難い.その場合,仮眠以外の選択肢が望まれる.昨年度までに行った一連の研究により,限られた昼休み時間にも利用できるような短時間(約30分間)の自然光受容が,覚醒度を上昇させるだけでなく,気分状態を改善することが新たに明らかになった.午後の自然光受容は職場におけるメンタルヘルスの維持・改善効果も期待される.今年度は,スウェーデン国カロリンスカ研究所において,眠気に関する基礎研究を行った.研究の結果,強い眠気の状態では,眠気の自覚症状と生理的覚醒度やパフォーマンスの間に乖離が生じることを実証した.この乖離は,安全に対する自覚を軽視することにつながる可能性があるため,労働安全を考える上で大切な視点であると考えられる.また,本研究では、眠気の生理的指標,特に心拍数の変動は,パフォーマンス悪化の数分前に生じることを明らかにした.生理的指標からパフォーマンスを予測することにより,労働作業中の事故を予測できる可能性がある.本年度の研究成果は2編の学術論文にまとめられた.
著者
柴内 康文
出版者
同志社大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本年度は、2007年3月に大手オンラインパネルを用いた、メディア利用と社会関係資本に関する調査(有効回収数1,052、回収率47.7%)の分析検討を中心に行った。本調査にはWilliams(2006)による「インターネット社会関係資本尺度」(ISCS)のオンライン項目(橋渡し型・結束型下位尺度)日本語版を組み込む試みを行っているが、その因子構造の検討の結果、オリジナルで得られている橋渡しおよび結束の2次元に加えて、結束の反転項目が主に集まる「疎外次元」がさらに析出された。これらの尺度に加え、社会関係資本に関わる変数としての組織参加、社会的ネットワーク関連変数(携帯登録人数、年賀状枚数、SNS対人関係人数、position generator等)や一般的信頼、また社会関係資本に影響を与える変数としてのマスメディア利用(テレビ利用パターンおよびニュースメディア接触)とインターネット利用形態、また特にマスメディア影響の媒介メカニズムの検討のための培養効果項目、また社会関係資本の結果変数としてのpsychological well-beingなどの変数の尺度構成を行い、スタンダードな線形モデルによる規定関係の検討を行ったのと同時に、ニューラルネットワークと決定木分析を組み合わせた探索的な非線形モデルの解析を行い、その精度に関する比較検討を行った。メディア環境の変化と共に社会関係資本がどのように維持されるのかは、社会的にも関心が高いテーマであると同時に、本研究で行った統計解析技法は、社会科学分析における非線形性の検討に意義があると考えられる。平行して本年度に実施した理論的考察もふまえながら、今後は本研究の成果(解析面及び技法面)の公表、またそのための再分析をさらに進める。
著者
小針 誠
出版者
同志社女子大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本年度は以下3点の研究成果を発表した。第一に、2006年12月〜2007年1月にかけて実施した質問紙調査「現代の中学生の日常生活と人間関係に関する調査」(P県の中学2年生n=1094)の分析と発表をおこなった。本年度は心理主義的な意識、友人関係、スクールカウンセリングの利用頻度と属性との関連を中心に分析した。以上の分析結果については学会大会での報告ならびに研究論文として発表した。なお、同分析報告の一部は「日本教育新聞」(2007年10月22日号)において取り上げられるなど、社会的に注目されるところとなった。第二に、昨今の「いじめ」言説を手がかりに、本来子どもたちの社会関係としての「いじめ」問題が「こころ」の問題として取りあげられていることを批判的に論じ、研究論文としての発表および一般市民に対する講演活動等をおこなった。第三に、社会・教育・子どもの心理主義化の問題も含めて、現代の子どもたちの置かれた諸状況に関して『教育と子どもの社会史』(梓出版社・全234頁2007年5月刊)と題する単著書にまとめた。以上3年間にわたって、現代社会における子どもたちの心理主義化の問題について、文献研究、インタビュー調査、質問紙調査をほぼ予定通り実施し、当初予定していた本研究課題を達成することができた。
著者
前田 一男
出版者
立教大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

本研究の目的は、主に2つあった。第1は、新たに発掘された森戸辰男(1888年〜1984年)関係の諸史料を整理分類し、データベース化したうえで文書目録を作成・公刊することである。このことによって、膨大な森戸関係の文書整理は、ひとつの段階を終えることになるだろう。第2は、それらの諸資料を活用して、特に中央教育審議会において4期連続で会長の職にあった時期(1963年6月〜1971年7月)を中心に、高度経済成長期における教育政策分析の基礎研究を行うことにある。政府・財界と教育運動との対立といった単純な図式を越えた基礎研究の必要性が求められている。このような研究目的に即して、3年間の研究実績は、以下の2つの点に認められる。第1に、森戸関係資料の段ボール箱98箱の分類整理作業が精力的に進められた。文書の整理作業は、有効な分類項目が検討されながら進められた。分類整理の段階は、史料の多寡(量)によってまとまりをつけている段階で、それらをさらに質的な観点から分類していくことを課題とした。とくに◇日本学術会議・教育美術振興会、国立大学事務局長会議・教育刷新委員会・国際理解研究会・日本育英会・教育改革・教育(社会・一般)は、さらなる分類が必要であり、◇森戸メモ、◇森戸講演関係、◇森戸宛書簡、◇森戸原稿は、分類整理に工夫を要する項目である。第2は、現在までに分類整理を終えた資料の文書目録を作成することである。現段階で整理し分類しうる範囲での、森戸辰男関係資料目録の作成を行った。森戸の広範な活動が浮かび上がらせることができるよう、(1)戦前・戦中、(2)戦後I、(3)原稿・その他、(4)書簡、(5)中央教育審議会関係資料の観点から『森戸辰男文書の分類整理に基づく1960年代教育政策分析の基礎研究』として研究成果を刊行した。