著者
室山 勝彦 大口 宗範 林 卓也 林 順一
出版者
社団法人 環境科学会
雑誌
環境科学会誌 (ISSN:09150048)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.189-197, 2001-03-30 (Released:2010-06-28)
参考文献数
17
被引用文献数
1

本研究では,ビール工場において原料から製品に至る一連の工程に対して投入される電力ガス水道水等のユーティリティ,排出される有機廃水,ビールかす等の固形副産物などのエミッションに関して,ライフサイクルアセスメント・インベントリー解析に基づき,累積CO2排出原単位を指標として環境影響を評価した。すなわち,ビール工場で排出される有機廃液をメタン発酵処理し,バイオガスを回収しこれより燃料電池により電力を得て工程に還元するとき,また,副産物であるビール粕を,焼却,メタン発酵,乾燥などの処理を行った場合の,製品ビールにかかる累積CO2排出原単位への影響を検討し,より好ましい廃棄物処理法採用のための指針を得ることを目的とし,LCAインベントリー解析を行った。 あるビール工場において,廃液のメタン発酵によって回収されるメタンを燃料電池によって電力に変換して工程に還元する場合,全工程に投入される電力の9.74%が節減されることが分かった。また製品ビールへの累積CO2排出原単位の48.3%が水道,電力,ガス,灯油などの工程ユーティリティに由来することが明らかになった。これらから,廃液および廃棄物からエネルギーを回収して外部からのエネルギーの投入を低減することがCO2排出の削減に重要であるとわかる。しかし,製品ビールへの累積CO2排出原単位への節減は2.30%にとどまった。これは,製品ビールの相当の割合がアルミ缶でパッケージングされているため製品ビールへの累積CO2排出原単位を押し上げていることにも原因がある。もしアルミ缶の代わりにガラス瓶がパッケージングに使用されれば,さらなる累積CO2排出原単位の削減になることがわかった。またビール粕の乾燥を伴わない飼料化,コンポスト化,および焼却は実質的なCO2の排出につながらないと判断された。さらに,ビール粕をメタン発酵してバイオガスを回収し,排水処理のバイオガスも含めて燃料電池によって電力を得ることができれば,電力の59.8%が還元されることが分かった。
著者
岡村 行信
出版者
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
雑誌
Synthesiology (ISSN:18826229)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.234-242, 2012 (Released:2012-12-11)
参考文献数
20
被引用文献数
7 7

歴史文書に記録されている西暦869年貞観地震を解明するため、地層に残された津波堆積物を詳細に調査し、津波の数値計算を組み合わせて津波規模を推定した。2011年東北地方太平洋沖地震は、その推定よりかなり大きかったが、津波堆積物が過去の巨大津波の証拠であり、巨大津波の警告であることを証明した。この貞観地震に関する研究成果は地震調査研究推進本部に提出され、2011年3月にはおよそ評価が終わっていたが、社会に周知する直前に地震が発生してしまった。このようなことを繰り返さないためにも、巨大地震に関する研究成果はできるだけ早く社会へ伝える必要がある。同時に、信頼できる研究を進めることも重要である。
著者
出井 甫
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.68, no.12, pp.580-585, 2018-12-01 (Released:2018-12-01)

今年,内閣府は,第5期科学技術基本計画を公表し,我が国が目指すべき未来社会としてSociety 5.0を提唱した。Society 5.0では,人工知能(AI)などの技術が,人々の様々なニーズに応えながら,新たな価値を創造していくことが予定されている。一方,我が国には,人間の創作物を保護する法律(いわゆる創作法)が存在する。当該法の制定時,AIのような人間以外による創作活動は想定されていない。では,AI生成物は,法律上,どのように取り扱われるのか。本稿では,創作法である著作権法を中心に,AIによって生成されたもの(AI生成物)に関する知的財産権の現状と課題について考察し,その対応策を検討する。
著者
土肥 修司
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.001-014, 2015 (Released:2015-02-17)
参考文献数
40

エーテル麻酔の成功から約170年,著者の経験は後半の一時にすぎないが,この40年間に,麻酔の理解も安全性も飛躍的に向上した.麻酔薬による意識,記憶,疼痛,運動機能への抑制効果は一様ではなく,おのおの薬の薬理特性によって異なる.麻酔の主要な構成要素である「無意識と無記憶」状態は,麻酔薬が視床を中心とした脳神経系ネットワークの統合を抑制して,環境との連絡が断たれたときに生じると理解されている.麻酔状態では自然睡眠中と異なり,記憶形成過程の増強はないが,「無意識なのか」「記憶の形成中なのか」を確実に検出できるモニターはない.本論文では,研究の歴史的流れを通して麻酔中の意識と記憶に関しての簡潔な総説を試みた.
著者
深川 宏樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.34-38, 2017-01-05 (Released:2017-12-28)
参考文献数
13

物理法則の中には「ある汎関数に停留値を与える現象が起こる」と言い表せるものがあり,これらの総称を変分原理と呼ぶ.良く知られた例は,解析力学で教えられるハミルトンの原理である.散逸のない系の運動方程式は,作用汎関数に対する停留値問題を解くことで求まる.散逸のない完全流体に対しても,各流体粒子に付随した物理量の時間発展を見るラグランジュ描像では,質点系と同様にして運動方程式を得る.一方,空間に固定された点での物理量の時間発展を見るオイラー描像では,変分原理で完全流体の運動方程式を得るには,ラグランジュ座標が補助場として必要である.この定式化が通常の変分原理とは異なるため,補助場を巡って様々な議論がなされた.我々は,この定式化が「評価汎関数に停留値を与える最適制御を求める」という最適制御理論の枠組みの中にあることを見出した.物理系を制御入力のある力学系(制御系)とみなし,作用汎関数を評価汎関数とみなせば,最適制御理論はハミルトンの原理の自然な拡張となる.これを用いれば,完全流体の速度場は制御入力に,ラグランジュ座標は制御される状態変数に,ラグランジュ座標と速度場の関係は制御関数に,それぞれみなせる.次に,散逸のある物理系について述べる.粘性流体では粘性により力学的なエネルギーが熱エネルギーに不可逆的に変換され,単位時間あたりの散逸されるエネルギーの量は散逸関数で表される.これを考慮に入れた変分原理にオンサーガーの変分原理があり,ソフトマター分野では広く使われている.ただし,この変分原理では,散逸関数が二次形式に限られるなどの制限がある.我々は,オンサーガーの変分原理とは異なる方法として,先ほどの制御理論による枠組みを拡張して,散逸関数に制限がなく,より一般的な系を記述できる変分原理を提案した.散逸系ではエントロピーの時間発展は,他の物理量の時間発展に依存するが,エントロピーの値は他の物理量と時間の関数では与えられない.このような依存関係を非ホロノミック拘束条件と呼び,系を非ホロノミック系と呼ぶ.我々は,非ホロノミック系の最適制御問題を定式化し,これを散逸系に適用することで,散逸系の運動方程式を導出した.通常,ナビエ・ストークス方程式は,運動量保存の式に,圧力や応力の具体的な式を代入して導出される.さて,ネーターの定理によると,系に連続な対称性が存在すれば,これに対応する保存則が存在する.例えば,空間並進対称性は運動量保存則を,空間回転対称性は角運動量保存則をそれぞれ導く.したがって,物理系の運動方程式は保存則を導く対称性を満たすことが要請される.また,運動方程式が偏微分方程式で与えられた場合には,系の時間発展は初期条件と境界条件に依存し,物理系では境界値問題が良設定になることが求められる.更に,マクロな系では,エントロピーの時間発展が熱力学第二法則を満たす必要がある.我々は,物理系を制御系とみなしたときに,制御関数,汎関数,拘束条件を先に述べた物理系が持つ制約に矛盾しないように定める方法も与える.本稿の前半では,我々の変分原理を質点系の例で説明し,後半では,ニュートン流体や粘弾性体の運動方程式の導出をする.我々の方法は,既存の散逸系の変分原理にあった汎関数に課せられた制限がなく,より複雑な系の運動方程式の導出ができる.
著者
竹村 幸祐 有本 裕美
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.40-49, 2008 (Released:2008-11-14)
参考文献数
34
被引用文献数
1 1

北米と同様に自発的入植の歴史を持つ北海道では,日本の他の地域とは異なり,ヨーロッパ系北米人に似た相互独立的な心理傾向が優勢であると報告されている(Kitayama, Ishii, Imada, Takemura, & Ramaswamy, 2006)。Kitayama et al.(2006)は,北海道で自由選択パラダイムの認知的不協和実験を行い,他者の存在が顕現化している状況よりも顕現化していない状況でこそ認知的不協和を感じやすいという,北米型のパタンを北海道人が示すことを見出した。本研究では,Kitayama et al.(2006)とは異なる方法で他者の存在の顕現性を操作し,彼らの知見の頑健性を検討した。実験の結果はKitayama et al.(2006)の知見と一貫し,他者の存在の顕現性の低い状況において北海道人は認知的不協和を感じやすく,逆に他者の存在の顕現性が高い状況では認知的不協和を感じにくいことが示された。
著者
鶴若 麻理 大桃 美穂 角田 ますみ
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.90-99, 2016 (Released:2017-09-30)
参考文献数
26
被引用文献数
6

本稿の目的は、在宅看取りを支援する訪問看護師による高齢者の意向確認のタイミングと援助の分析を通して、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning、以下 ACP とする)のプロセスと具体的支援を考えるものである。65歳以上で同居の家族がいる非がんの事例に絞り、3 年以上の訪問看護経験者にガイドを用いた半構造化面接を行った。対象看護師は23名で34事例を分析した。訪問看護師が意向確認をする6 つの状況(在宅ケア開始時、日々のケア、身体状況の変化、終末期、家族らの介護負担、家族の不十分な介護力)とそれに伴う18のタイミングが抽出でき、繰り返し意向確認が行われていた。看護師は心身の変化等の目にみえるタイミングに意図的に働きかけるだけでなく、ケアを通した療養者との日々の会話の中で表出される思いから、意向を引き出すタイミングに繋げていた。看護師は療養者、家族、療養者と家族の関係性に対して支援を行い、療養者の意向や希望を第一に、療養者の意思決定を促すようサポートし、療養者にあったエンドオブライフケアの提供を行っていた。本研究で見出された訪問看護師による働きかけのタイミングとそれに伴う療養者、家族、医療チームとの継続的な話し合いが ACP の具体的プロセスの一端を示していると考える。ACP を支援する看護師にとって、日常ケアを大切にし、医学的知識に裏打ちされたアセスメントから導き出される見通力と、信頼を築き療養者や家族の意思を表出させるためのコミュニケーション力が重要であると示唆された。
著者
衣笠 良治
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.364-370, 2021-07-25 (Released:2021-09-06)
参考文献数
12

HFpEFは,高齢心不全を代表する病態である.いまだ生命予後を改善する治療方法は確立されていないが,レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬,Angiotensin receptor neprilysin inhibitorは一部のHFpEFで有用な可能性が期待されている.HFpEFはフレイルの合併が多く,栄養療法,リハビリ,社会的サポートなど多職種による包括的アプローチが介入の鍵となる.
著者
森田 健
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.7, pp.427-432, 2020-07-05 (Released:2020-11-01)
参考文献数
17

ブラックホールは,天文学,相対性理論,宇宙論,素粒子論など様々な分野で,様々な理由により重要な研究対象である.特に素粒子論では,ブラックホールは情報喪失問題と呼ばれる未解決問題に関係して注目されている.この問題はホーキングによって示されたブラックホールが量子力学の効果で熱的な蒸発をするという予言(ホーキング輻射)に端を発する.ある天体が重力崩壊により,ブラックホールを形成し,その後,ホーキング輻射によって完全に蒸発したとする.すると天体を形成していた物質の情報が,最終的には熱的な情報になるので,元々あった物質の情報が失われてしまう.これは量子力学のユニタリティーに反する過程となっており,量子重力が通常の量子力学と大きく異なることを意味する.ただし,ホーキング輻射の導出にはいくつかの近似が用いられており,本当にユニタリティーが破れるのかはまだわかっていない.この問題はブラックホールの情報喪失問題と呼ばれ,量子重力を理解する上で避けては通れない課題である.これまで情報喪失問題に関して様々な研究がなされてきたが,ここでは特にホーキング輻射の発生機構に注目する.ファインマンの講義録で繰り返し強調されるように,重要な物理現象は直感的に説明されるべきである.しかしホーキング輻射は,数学的な導出がそれほど難しくないにもかかわらず,物理的に単純な説明をするのが難しい.もしホーキング輻射を単純に理解することができれば,情報喪失問題解明において役立つはずである.実は近年,セント・アンドルーズ大学のジョバナッツィ(Giovanazzi)によって,1次元自由フェルミ流体における流体ホーキング輻射と呼ばれるホーキング輻射と類似した現象が,物理的に非常に明快に説明できることが示された.彼は流体ホーキング輻射を,流体を構成する粒子の視点から考察した.そして流体ホーキング輻射が,単なる1次元逆調和振動子ポテンシャル中を運動する粒子の量子力学の問題に帰着することを発見した.この問題は量子力学の初学者でも理解できるほど簡単に解くことができる.これによって1次元自由フェルミ流体という特殊な状況ではあるが,ホーキング輻射の理解がずっと深まった.この結果を応用することで,逆調和振動子ポテンシャルが関連する系ではホーキング輻射に類似した量子現象が起こることを示せる.特に逆調和振動子ポテンシャルは,古典カオスにおいてバタフライ効果を引き起こす上で重要な役割を果たすことが知られている.そのため古典カオス系を量子化することでも,ホーキング輻射に関連した量子論的な熱現象が起こると予測される.カオスやバタフライ効果は我々の日常生活で,ありふれた現象なので,実はホーキング輻射も身近な現象なのかもしれない.しかしカオスにおけるホーキング輻射が,ブラックホールの情報喪失問題でどのような意味を持つのかはまだわからない.一般に多体系におけるカオスは熱平衡化を引き起こし,粗視化を通して系の初期状態の情報を失わせる.そのため何らかの意味で,ブラックホールの情報喪失問題と関係があると考えられるが,その解明は今後の課題である.

45 0 0 0 OA 手掘り中山隧道

著者
藤原 俊雄 南木 均
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
土木史研究 (ISSN:09167293)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.361-366, 1999-05-01 (Released:2010-06-15)
参考文献数
2

中山隧道は新潟県の山間地、山古志村小松倉地区に在り、1998年12月に新トンネルが開通して50年間余の大役を終えた。手掘り隧道建設以前の小松倉は集落戸数が60戸余り、生活の不便はいうにおよばず、積雪深4m以上となる冬季には医療の恩恵を受けられぬまま生命の危険にさらされていた。地域社会の将来を考え、集落の人々は私財を投げうち、自らの手でツルハシを握り、長さ約1kmに及ぶ全国一の手掘り隧道を昭和8年から16年間の歳月をかけて掘り抜いた。住民の力にあまる長大な隧道を自らの手で造り上げた精神と行為は、改めて社会資本の意義、役割を考えさせる貴重な土木遺産であり、さまざまな角度から研究するに値する遺産である。
著者
田中 寛之
出版者
一般社団法人 日本老年療法学会
雑誌
日本老年療法学会誌 (ISSN:2436908X)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1-8, 2023-02-13 (Released:2023-02-15)
参考文献数
32

認知症を呈す多くの疾患は進行性である。そのため,支援者は疾患の進行経過を理解し,対象者の今のステージを把握する必要がある。現在の医学では,アルツハイマー病をはじめとした認知症を呈する変性疾患の根治的治療は困難なため,いずれは中等度・重度の段階に至る。中等度・重度の段階は,軽度や軽度認知障害の段階と比較して,病態は複雑化し評価・介入が難しくなることもあるため,これまでは支援者の経験値に委ねられたものとなり,根拠に基づいた支援が行われていなかったように思われる。認知症者に適切なリハビリテーション・ケアを行うには病状を重症度ごとに,目的に合わせた評価法を用いて,その結果を解釈し,個別性のある介入戦略を立てる必要がある。しかし,中等度・重度の段階で使用できる各種評価法や介入のために活用できる概念モデルについては,これまであまり知られておらず,特に国内では浸透していなかった。本稿では,中等度・重度認知症者で用いることができる認知機能,日常生活活動(Activities of Daily Living; ADL),行動心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia; BPSD)の各種検査・評価法や介入の際に参考にできる概念モデルについて概説する。今後,この段階における研究がさらに進むことが望まれる。
著者
鶴田 幸恵
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.133-150, 2008-06-30 (Released:2010-04-01)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

本稿の目的は,「性同一性障害の正当な当事者であること」をめぐる当事者の語りを検討し,そこでいかなる基準が用いられているかを示すことである.まずは,サックスによる成員カテゴリーの自己執行/他者執行の区別を参照しながら,性同一性障害カテゴリーがどのように用いられているのかを見ていく.次に,「正当な性同一性障害」について当事者が語っているインタビュー・データを分析し,そこで用いられている基準を析出する.その結果,「医療への依存度」「自己犠牲の程度」「女/男らしくあることへの努力」「社会性の有無」という複数の基準が用いられていることがわかった.これらの基準はもともと医学において用いられている基準を参照したものであったものだが,現在ではそれが独り歩きし,性同一性障害コミュニティ独自の基準となっている.以上の議論によって明らかになったのは,性同一性障害カテゴリーが,それを執行する権利が医学にのみあるのではないものとして,コミュニティのなかに存在しているということである.また,そのカテゴリーを適用されるための基準が,医学の求める基準をさらに厳格化し,社会にいかに適応的であるかによるものとなっている,ということである.性同一性障害カテゴリーは,医学から離れた当事者間の相互行為においても,当事者自身によって,非常に道徳的なものとして管理されているのである.
著者
小笠原 正 笠原 浩 小山 隆男 穂坂 一夫 渡辺 達夫
出版者
一般財団法人 日本小児歯科学会
雑誌
小児歯科学雑誌 (ISSN:05831199)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.899-906, 1990-12-25 (Released:2013-01-18)
参考文献数
10
被引用文献数
2

健常な幼児の寝かせ磨きに対する適応性と発達年齢,暦年齢との関連性を明らかにするために,保護者に寝かせ磨きをさせ,その状態を観察するとともにVTRにて記録し,AICに基づき解析を行った.調査対象者は,健常な幼児98名である.発達検査は遠城寺式乳幼児分析的発達検査を実施した.結果は以下の通りである.1.歯磨き介助(仕上げ磨きを含む)を1日1回以上行っていた保護者は,89.8%であった.2.寝かせ磨きの際に,観察された幼児の不適応行動のうち,最も多かったのは「手を出して邪魔をする(20.4%)」であった.以下,「頭を動かす(17.3%)」,「体位を変える(17.3%)」,「口を閉じる(15.3%)」,「歯ブラシを〓む(13.3%)」,「泣く(13.3%)」の順であった.3.寝かせ磨きに適応した者は78.6%で,不適応であった者は21.4%であった.4.寝かせ磨きの際に,子供を抑制した保護者は,12.2%認められ,他の87.8%は抑制しなかった.子供が拒否行動を示したにもかかわらず,抑制しなかった保護者は9.2%いた.5.寝かせ磨きの適応性と発達年齢,暦年齢とは,強い関連性が認められた.6.寝かせ磨きの適応・不適応を判別できる最適なカテゴリーは,遠城寺式乳幼児分析的発達検査項目のいずれも2歳6カ月前後であった.7.暦年齢2歳6カ月以上であれば,寝かせ磨きに適応できるレディネスが備わっていることが明らかとなった.
著者
河手 久弥 髙栁 涼一
出版者
一般社団法人 日本内科学会
雑誌
日本内科学会雑誌 (ISSN:00215384)
巻号頁・発行日
vol.103, no.4, pp.878-885, 2014-04-10 (Released:2015-04-10)
参考文献数
10
被引用文献数
3

副腎皮質機能低下症(副腎不全)は,副腎から分泌されるコルチゾール,アルドステロン,副腎アンドロゲンが欠乏した状態で,副腎自体の病変による原発性と,視床下部-下垂体の病変による続発性に分けられる.副腎皮質機能低下症は,特徴的な症候を欠くため,しばしば診断・治療が遅れることがある.グルココルチコイドの適切な補充が行われない場合は致死的となることがあるため,的確な早期診断・治療が求められる.
著者
菊地 賢
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.695-705, 2016 (Released:2016-12-28)
参考文献数
29

岐阜県中津川市千旦林地区に位置する「岩屋堂ハナノキ自生地」は、絶滅危惧種ハナノキの日本最大の自生地として知られ、湧水湿地を中心に種々の絶滅危惧種の生育が確認されている、生物多様性の保全上重要な自生地である。現在、この湧水湿地の近傍を通過する自動車専用道路(リニア接続道路)の建設が予定されており、湿地環境の影響が懸念されることから、日本生態学会自然保護委員会を含む複数団体が、ルート再考の要望書を提出している。文献や聞き取りによってハナノキ自生地周辺の歴史や伝統的土地利用形態を調べたところ、ハナノキ自生地付近が大規模な湧水湿地を水源に古来から営まれてきた千旦林村の枝村「岩屋堂」であったこと、そこには屋敷・田畑を森林が囲む伝統的里山景観が成立していたこと、湧水湿地と森林の伝統的里山管理を背景に、日本最大のハナノキ自生地が形成されたことが示唆された。リニア接続道路はこの岩屋堂集落の中心を通過し、分断する。そのためリニア接続道路の建設は景観の破壊や集落機能の低下を通じて里山管理を衰退させ、ハナノキ自生地の保全にも悪影響を及ぼすことが懸念される。本稿では、歴史生態学的見地から岩屋堂集落の伝統的土地利用およびハナノキ自生地の成立について考察するとともに、今後のハナノキ保全研究の課題についても考察したい。