著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
挑戦的研究(開拓)
巻号頁・発行日
2022-06-30

アフリカ識字活動はカラハリ狩猟採集民をいわば置き去りにしてきた。それには彼らの音韻的特異性・文化的特殊性・現実的諸事情が識字教育の障壁となったという経緯がある。一方で、現在のカラハリ狩猟採集民たちは母語を文字で綴ることを望み、当事国政府もそれを奨励し始めた。本研究は、新しい着想により、母語話者を中心とする現地関係者たちと協働することで、社会に馴染み持続しやすい識字学習インフラを考案し発展させる。この実践のために、世界最大級の音素対立を表記するアルファベット系正書法を設計する。また、「この極限域において、文字で母語を書き綴る営みにはどんな現象が起きるか?」という新しい文字学的問題を探求する。
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2011

音韻論的言語類型論の領域に「拡張韻」という新しい音韻的単位を導入することによって、南部アフリカのコイサン諸語と東アジア・東南アジアの一部の言語を横断する類型論的言語比較を試みた。これによって、従来は広く認識されていなかった当該言語群間にある構造的な類似性が観察された。この観察から、あらためてコイサン音韻論がもつ世界の言語における独自の特徴を再認識することが可能になった。そのための分析概念装置、①通コイサン子音チャートと②通コイサン音素配列テンプレートを整備した。さらに、今後のコイサン言語学の発達のための調査指針を具体的にコイサン横断的比較音韻論の研究調査票として発表した。
著者
中川 裕 大野 仁美 高田 明 Sylvanus Job Christfried Naumann Lee Pratchett
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

この研究は、ボツワナ共和国のカラハリ地域で話される、カラハリ盆地言語帯コエ・クワディ語族カラハリ・コエ語派を対象として、(i)語派の3語群の構造的特徴とその変異を総合的に理解し、(ii)その変異パタンに着目して各語群の類型論的特色を解明し、(iii)その特色を明瞭に描き出す音韻論と文法と語彙を文書化することに取り組んだ。その結果、学術論文14点、学会発表32点、辞書編纂1点、を成果として生み出した。記述の対象となった言語は、当該語派の3語群の7言語(シュア語、ツィハ語、クエ語、ナロ語、ハバ語、グイ語、ツィラ語)に加え、それらと接触するコン語を含む。
著者
藤村 正之 二方 龍紀 石田 健太郎 玉置 佑介 フングン ユウ
出版者
上智大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

時間配分は、生活の質の向上とも関連して、日常生活のみならずライフスタイルや社会心理と相互に規定しあう重要な社会学的な事象である。本研究では、(1)基礎的な文献研究、(2)家計・消費行動に関する2次データの分析、(3)生活時間と生活の質の関連に関する調査票調査の実施・分析を行った。実証研究から、24時間の基本配分としての仕事と家事、それに影響する性別・家族構成・就業状態、その残余として諸行動が派生するという構造が確認された。
著者
柏木 正之 原 健二 ウォーターズ ブライアン 久保 真一
出版者
福岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究期間内において、ヘッドスペース固相マイクロ抽出(HS-SPME)法、ガスクロマトグラフ・タンデム型質量分析装置(GC-MS/MS)を用いて、インスリン製剤の添加物であるm-クレゾールの検出が可能であることが確認され、応用することにより、その定量も可能であると考えられた。また、インスリンアナログの検出法について、液体クロマトグラフ・タンデム型質量分析装置(LC-MS/MS)を用いて検討を行い、その定量の可能性が示唆された。
著者
池上 知子
出版者
愛知教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

本研究は、不本意な学歴アイデンティティが他者に対して抱く偏見や差別感情の形成にどのように影響するかを、社会的アイデンティティ理論に依拠しながら検討した。具体的には「所属大学に自己同一視できず不本意な社会的アイデンティティに甘んじている学生ほど、自大学からの離脱を願うがゆえに自大学を卑下し、かつ他の上位の大学の学生に強い羨望を抱くが、同時に不本意な自己の現状を合理化するために、下位の大学の学生を蔑視する」という研究仮説を立て実験的手法を用いてこれを検証した。併せて、研究対象を日本の大学生にすることにより学歴に対する日本の青年の意識構造を明らかにし、日本の学歴社会の抱える問題点を探った。本研究の成果は以下の4点に集約される。1.中庸レベルにある国立大学の学生を対象に他大学の学生に対するステレオタイプ・イメージを表出させたところ、多くの学生が内集団卑下の傾向を示した。この傾向は自身の学歴アイデンティティが顕現化すると緩和されたが、その一方で他の下位の大学の学生を蔑視する度合は強まった。2.大学同一視の低い学生は自大学の劣位が明らかになるような状況下でとりわけ防衛的になり、上位の大学の学生の評価を引き上げ、下位の大学の学生の評価を引き下げる傾向を示した。3.所属大学への同一視の高い学生は、自大学、他大学いずれの学生にも概して好意的な評価をすること、とりわけ、上位の大学の学生のとったポジティブな行動に対して好意的反応を示した。4.1から3で述べた現象には学歴社会の合理性や持続性にかかわる各学生の信念が少なからず関係していることが明らかとなり、不合理だと感じる社会構造の中で不本意な社会的アイデンティティに甘んじなければならない状況が他者に対する偏見や差別感情につながることが示された。
著者
御厨 貴 牧原 出 手塚 洋輔 佐藤 信 飯尾 潤
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2018-04-01

政治主導が高まる中で,多様な政策分野で活用されつつある有識者会議に注目し,その現代的変容を解析した。その成果として,(1)災害復興や皇室政策といった個別領域における有識者会議の作動について研究した。(2)聞き取りの方法論に関しても,近年の動向を踏まえて,整理と提起を行った。(3)現代的な変容の一つとして,同種のテーマで繰り返し有識者会議が設置され,しかも同一の委員が長期にわたって参画するという新しい傾向を指摘できる。
著者
森實 瑠里
出版者
愛知医科大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

Alarminの一つとして注目されているadenosineは数.Mの低濃度から強い炎症性サイトカイン産生抑制能を有する。また組織損傷の強い熱傷では血中adenosine濃度が有意に上昇していることが明らかになった。熱傷のさいに遊離されたadenosineは局所における過剰な炎症を抑制する生理的な働きを果たしている可能性が示唆された。
著者
大槻 耕三 中村 考志 佐藤 健司
出版者
京都府立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

麹納豆は多くの酵素類を含むのでその酵素反応を昔から食品加工に利用してきた。東北地方の塩納豆、静岡県の浜納豆、京都の大徳寺納豆などがその例である。本研究では麹納豆の酵素活性(フィターゼ、プロテアーゼ)を検討し、非発酵大豆食品の問題であるフィチン酸Ca、Mg、Zn、Fe塩(栄養的に不給体のミネラル)の分解加工をめざしている。塩納豆(#1、酒田市)、浜納豆(#2、浜松市)、大徳寺納豆(#3、京都市)及び比較対照として糸引き納豆(#4)、その他の非発酵大豆食品を試料とし化学分析、酵素活性測定を行なった。塩納豆は糸引き納豆に米麹と食塩を加えたもので熟成期間は約3カ月で、糸引き納豆と麹の形態が残存している。浜納豆と大徳寺納豆はほぼ同じ製法で蒸煮大豆に麦こがしと麹を加え1週間発酵させた後16%食塩水に浸漬し約一年間熟成する。これらの試料のフィチン酸分析したところ、#1,#2,#3,#4の順に0.04,0.03,0.19,1.86%であった。この結果から麹納豆は糸ひき納豆に比ベフィチン酸が1/10以下に減少している。また遊離カルシウムと総カルシウム比は#1、#2、#4、#3の順に23、19、16、11%であった。旨味に関与する遊離アミノ酸率を測定すると#1,#2,#3の麹納豆と#4の糸ひき納豆ともに18〜24%で非発酵大豆食品「きなこ]の0.9%に比較して高くプロテアーゼ作用の強いことが示された。塩納豆の有用性が確認できたので、実験室的に塩納豆を試作したところ、熟成2週間でフィチン酸が50%減少し、4週間後では約90%が分解されていることが明かとなった。塩納豆は外見は糸引き納豆の性質が残っているが化学成分的にはこのようにかなり異なっていて、ミネラル栄養吸収性が改良されている。また塩納豆は他の麹納豆に較べ食塩含量が5分の1の5%であるので健康的である。塩納豆は他の大豆食品試料との比較から「カルシウム栄養や微量ミネラル栄養」の高吸収性の大豆加工食品である。
著者
黒瀬 陽平
出版者
北里大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

ベンゾジアゼピンには食欲を刺激する作用のあることが報告されている。本研究では、ベンゾジアゼピン類による食欲制御機構を明らかにするために3種類の実験を行った。まず、ラットの側脳室内に1日1回定時にジアゼパム(10mug)を注入し、1日あたりの採食量を10日間にわたって測定した。その結果、ジアゼパム投与直後に一時的に採食量が減少し、再び増加したが、投与前以上の採食量の増加はみられなかった。次にベンゾジアゼピンによる中枢セロトニン神経の活動変化を調べるため、食欲中枢の存在する視床下部(室傍核)に半透膜のついたプローブを埋め込み、セロトニンとその代謝産物(5HIAA)を連続的に回収し、高速液体クロマトグラフィーによってその濃度変化を測定した。その結果、ジアゼパム(160mug)を側脳室投与したところ、ジアゼパム投与群の方が対照群に比べ5HIAA濃度が高くなる傾向がみられ、セロトニン神経の活動が高くなっていると考えられた。最後に、ベンゾジアゼピンがインスリン分泌能に及ぼす影響を調べるため、動静脈カテーテルを装着したラットに可変的にグルコース溶液を注入し、一定の高血糖値を維持することによってインスリン分泌を促した。続いてグルコース溶液注入開始90分後にジアゼパム(2.5mg/kg体重)を動脈投与し、10分ごとにグルコース注入量と血糖値を、20分ごとに血漿インスリン濃度を測定した。その結果、ジアゼパム投与はインスリン濃度の増加量には影響しなかったが、グリコース注入量を有意(p<0.05)に減少させた。すなわち、ジアゼパム投与はインスリン分泌能を高めたと考えられた。以上3種類の実験から、ベンゾジアゼピンは中枢セロトニン神経の活動変化を介して食欲およびインスリン分泌に影響する可能性が示唆された。今後の研究では、実験動物として反すう動物を用いてベンゾジアゼピンの作用機序を調べる必要がある。
著者
山本 裕二 星 博幸 佐藤 雅彦 中田 亮一
出版者
高知大学
雑誌
国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))
巻号頁・発行日
2019-10-07

100万年を超える長期間をカバーできる準連続時系列の古地磁気強度絶対値(API)データ源は、世界でもアイスランドの溶岩層序群をおいて他はない。本研究では、異なる地磁気逆転頻度を示す2つの期間を中心としたAPI準連続変動の解明を目指す。さらに海底堆積物から明らかにされつつある同期間の古地磁気強度相対値の時系列データと統合することで、試料依存性のない古地磁気強度連続変動記録を確立する。
著者
佐藤 英明
出版者
神戸大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

(1)アメリカの連邦遺産税と比較した場合、現在のわが国の相続税の下での非居住者への相続税は、無制限納税義務者たる居住者の場合ときわめて相違点が少ないという特徴が浮かび上がってくる。これは諸控除等の適用に関して顕著であるが、その他、日本の相続税負担がかなり重いことを考えると、租税回避に対応する規定等を整備する必要が強調される。(2)日本が現在結んでいる唯一の相続税条約であるいわゆる日米相続税条約は、相続される財産の所在を条約によって細かく決定し、それをもとに両国の課税権を決定していくという発想にもとづく所在地型条約である。しかし、1970年代以降は、被相続人の住所地をまず決定し、それをもとに各国の課税権の範囲・内容を決定していく住所地型条約が、国際的には一般化してきている。(3)わが国のように相続人の住所地によって制限納税義務者と無制限納税義務者とを区別する相続税法を有する国が、アメリカのように被相続人の国籍および住所地によって両者を区別する遺産税制の国と、住所地型条約を締結する場合には、相続人等に無制限納税義務を課す国がない場合が生じる可能性や、一見対等に見える条約により、わが国の課税権が実際上大きな制約を被る可能性が存在する。後者の問題を回避するためには、国内法において、特別な場合には、被相続人の住所地が日本である場合にも相続人に無制限納税義務を課す制度を設けることが必要であるが、そのような対処を行なうにあたっては、わが国の相続税法が遺産取得税という考え方にもとづいていることとの関係で、慎重な検討が必要である。
著者
越野 裕子 大野 耕一
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2021-04-01

猫伝染性腹膜炎 (FIP) は、猫コロナウイルス (FCoV) の感染によって引き起こされる、猫において最も重要な致死性感染性疾患の一つである。しかしFCoVに感染した猫の多くはFIPを発症せず、無症候あるいは軽度消化器症状を呈するキャリアーとなる。キャリアー猫から分離されたFCoVであるFECVと、致死性のFIPを発症した猫から分離されるFCoVであるFIPVの決定的な違いは未だに明らかではない。本申請では両者の違いについて検証を行うため、まずは自然感染症例からのウイルス分離を試み、そのウイルス性状をin vitroで明らかにするとともに、宿主の臨床情報との関連を検討するものとする。
著者
藤井 富美子
出版者
大阪市立大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1986

トリグリセリドを主成分とする皮脂よごれの洗浄に脂質分解酵素リパーゼを応用すると, リパーゼはトリグリセリドをより極性の高いジグリセリド, モノグリセリド, および, 遊離脂肪酸に加水分解し, 界面活性剤による除去を容易にすることが明らかにされている. しかし, 一方において, リパーゼに界面活性剤が共存すると, リパーゼ活性は著しく阻害されることも知られている. そこで, 本研究ではリパーゼを実用洗浄系に応用するために, リパーゼ・界面活性剤複合系での油性よごれの洗浄に及ぼすリパーゼの洗浄効果を検討した. 得られた研究成果の概要はつぎのとおりである.各種のリパーゼ・界面活性剤複合系について, 電気伝導度, 表面張力, 可溶化, ならびに, 吸着等温線などの溶液物性を測定した結果, リパーゼは界面活性剤と結合して複合体クラスターを形成し, そのクラスターはリパーゼの加水分解作用の関与しないスクアランのような炭化水素よごれを可溶化することによって洗浄に寄与することが明らかになった. 一方, リパーゼの加水分解作用をうけるトリオレインのようなトリグリセリドよごれではリパーゼ・界面活性剤複合系において, リパーゼ活性が存在する界面活性剤の低濃度領域では, トリグリセリドはリパーゼの加水分解作用により除去される. しかし, リパーゼ活性がほとんど失なわれる界面活性剤の高濃度領域では, トリグリセリドはリパーゼ, 界面活性剤複合体クラスターベの可溶化によって除去される. ここで, トリグリセリドの洗浄ではリパーゼの加水分解作用は可溶化よりもより効果的である. したがって, リパーゼ, 界面活性剤複合系によるトリグリセリドの洗浄では, リパーゼの活性阻害作用の小さい界面活性剤を選択することが重要であり, AOS, AES系のほうが, SDS, LAS系にくらべて適しているという結論を得た.
著者
高橋 純一 杉村 伸一郎 大村 一史
出版者
福島大学
雑誌
挑戦的研究(萌芽)
巻号頁・発行日
2022-06-30

本研究が対象とする「アファンタジア(aphantasia)」は2015年に提唱された新たな事例で,実際の知覚は機能しているが心的イメージを形成しにくい特質である。現在,成人を対象とした研究が展開されており,その知覚および心的イメージの特徴について知見が得られ始めている。アファンタジアは先天的な特質であるため,幼児期・児童期でも既に心的イメージ形成の困難さが生じている可能性が推測される。本研究は,幼児期・児童期におけるアファンタジアの新奇事例を提唱し,その定義を可視化できるアセスメントツールを開発しようとするものである。
著者
小貫 啓史
出版者
東京大学
雑誌
若手研究
巻号頁・発行日
2021-04-01

量子計算機に耐性を持つ暗号(耐量子計算機暗号)の候補の1つである同種写像暗号の安全性を評価する。同種写像暗号は、耐量子計算機暗号の候補の中でも暗号通信で送信されるデータ量が小さいという特徴を持つことから注目を集めている。同種写像暗号の安全性は同種写像問題と呼ばれる問題の困難性を根拠としている。本研究では、超特異楕円曲線上の同種写像問題に対して、その自己準同型環の部分情報に基づいて困難性の解析を行う。
著者
津曲 俊太郎
出版者
地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立こども医療センター(臨床研究所)
雑誌
若手研究
巻号頁・発行日
2019-04-01

リンゴ、モモなどバラ科果物を中心とした果物アレルギーは自然寛解の可能性が低く現時点では確立した治療法がない。我々は先行研究でバラ科果物アレルギーに対するシラカバ花粉アレルゲンを用いた皮下免疫療法を実施し79%で臨床的有効性を示したが、治療効果を評価する経口負荷試験が煩雑で難しいことを実感した。本研究では、より生体の反応に近く食物アレルギー臨床症状と一致性の高い末梢血好塩基球活性化検査を利用して本治療法の有効性を客観的に評価するとともに、長期観察による寛解へのメカニズムの解明を目的とする。最終的には治療プロトコールを確立し本治療法がバラ科果物アレルギーの根治療法として今後普及することを目指す。
著者
中村 乙水
出版者
長崎大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

海洋は鉛直方向に変動が激しく、特に表層から深度数百メートルまでは温度環境が大きく変化する。外洋性魚類の中には表層を主な生活圏としながらも、深海で餌を食べるものが多く知られており、外洋性魚類の鉛直移動パターンを解釈するためには、採餌だけでなく温度環境を利用した体温調節も含める必要がある。本研究は、外洋性魚類の鉛直移動パターンと体温および採餌行動を野外で計測し、体温調節と採餌戦略から鉛直移動パターンの要因を探ることを目的としている。今年度はサメ類とマンボウ類を対象に野外放流実験を行った。マンボウ類では、台湾水産試験所と共同でヤリマンボウの放流実験を行った。装着期間の関係で摂餌行動は記録されなかったが、世界初記録の詳細な行動と体温データが得られた。ヤリマンボウの体温は海面水温30℃に対して16~24℃と低く保たれており、体温を調節するために好適な深度帯を選んでいることが示唆された。サメ類では、かごしま水族館と共同でジンベエザメ1個体に行動記録計、体温計とビデオカメラを装着して放流し、摂餌行動と体温変化のデータを得ることができた。ジンベエザメは主に海面付近に滞在し、時折深度200mを越えて潜降していたが、摂餌行動は海面付近でしか見られらなかった。水温は海面が30℃、深度400m付近で10℃と20℃の差を経験していたが、体温は26~29℃と狭い範囲に保たれていた。また、海面水温30℃よりは体温は常に1~3℃低く保たれていた。海面付近でしか摂餌行動が見られなかったことと併せて考えると、海面水温が高い海域では、餌が豊富だがジンベエザメにとって暑すぎる海面付近に滞在するためにジンベエザメは潜って体温を下げていることが示唆された。